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ぐらぐらした不安定な道を乗り越えると、やがて二日前に通った林道が見えてきた。もう、声は聞こえてこない。それまでの緊張が一気に解かれ、この上ない安心が南を包んだ。

自分は助かったんだ……! 狂人の集団から、ただ一人逃れることができたんだ……!

暗い道を走らせていると、自動車のハイビームが何かを照らした。有名なアニメをもじったキャラクターが牧場の宣伝をしている看板が映し出されていた。ここを通った時、健吾がバカにしたあの看板……。貢に似て、不細工だと言っていた……。それを聞いて、美佳も意地悪に笑っていた。でも、皆もういないんだ……。全く意識してないのに、ぼろぼろと涙が零れ出し、口元がひきつってくる。南は、夜の林道で、一人泣いた。

 

 


翌朝、付近の駐在所にたどり着いた南の通報によって、包み村の一斉捜索が行われた。村へと入った捜査員を待ち受けていたのは、所々に残された異様な風習の跡、そして着ぐるみ達の焼死体であった。

 

この奇っ怪かつ凄惨な猟奇事件は、たちまち世間の注目の的となった。現代日本において、このような信じられない事件が起きたという事実は、丁度流行していた田舎暮らしブームを吹き飛ばす程の力を持ち、皮肉にも地方の過疎化を加速させる要因の一つとなってしまった。とあるサブカル系の映画監督はこの事件を映像化しようとし、周囲からの猛烈な批判を浴びた。

 

だが、当の吉川南本人は、この事件について何らコメントをすることはなかった。記者団だけではなく、あらゆるメディアからの取材や出演要請を、彼女は一切受けず、ただただ沈黙を守り続けた。世間にとっては好奇心を満たす格好のイベントかもしれないが、彼女にとっては大きな災いである。それを振り返るなど、出来るわけがなかった。南は大学を中退して実家へと戻り、クリニックでの治療とスーパーのレジ打ちをしながらひっそりとした日々を送り続けていた。


バイトの帰り、夕飯の食材が入ったビニール袋を手に商店街を歩いていた彼女の耳に、脳天気な歌が聞こえてきた。

 

自分がいつも通っている道で、着ぐるみが風船を配っている。最近流行りのキャラクターらしい。歌は側に置かれたラジカセから流れてきている。

 

思わず、腰が引けた。あれ以来、着ぐるみが以前にも増して怖くなった。実際に見るだけでなく、テレビの映像が目につくだけでも、寒気がする。

 

別の道を通って行こう。そう思って着ぐるみから目を背けた時、貢の顔がフラッシュバックした。最期に彼が見せた、穏やかな瞳。その意味が、未だに理解できない。いや、理解できるが、受け入れられないのかもしれない。おそらく、彼に対して感じた唯一の想い、抱ける人はもう現れないだろう。でも、彼は私をどう思っていたのだろう。どのような私を見て、あのような表情を見せたのだろう。

 

なんとなく、足が前に動いた。着ぐるみは彼女に気がつくことなく、寄ってきた子供達とじゃれている。恐れはある。でも、恐れたままじゃ駄目だ。その勇気が、彼女を前に進ませる。

 

着ぐるみとすれ違いそうになった時、何かが目の前にニュッと突き出された。ハッとしてそれを見ると、風船の紐だった。着ぐるみが赤い風船を持って首を傾げている。これを受け取れということらしい。

 

やや戸惑ったが、南はそれを受け取り、そして再び歩きはじめた。それまで抱いていた黒いもやのようなモノが、若干ではあるが薄まった気がして、体が軽くなった。今までの悲しい記憶からなる負の感情が、少しだけだが和らいだ気がした。

 


上を向いて歩く彼女の後ろ姿を、着ぐるみはじっと見つめていいた。

 

風船欲しさによって来る子供を、彼は手で強引に払いのけた。最初子供は不満そうな表情を浮かべたが、先ほどとは明らかに異なる彼の様子に怯え、すぐさま逃げ出した。

 

しばらくして、着ぐるみはゆっくりと歩き出す。満足に動かせない左足を引きずりながら。周囲を見ると、どこから現れたのか、たくさんの着ぐるみ達が共に歩いてくれていた。彼を置いていかないよう、歩調を合わせながら。

 

ブタ、マングース、トカゲ、カマキリ、ヘビ。思わず感極まり、ピンクの兎は両手を前に出し、だらんと下げると、彼らもすぐさま同じ動作でそれに応えた。村の者、土地亡き後も志は有。志は常に一つ。討つべき者はただ一人。

 

(完)


この本の内容は以上です。


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