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何者かが突然、二人を突き飛ばした。その隙を突き、南は猛の魔手から逃れたが、体勢を崩した栄は薬を自分の顔に浴び、叫び声を上げ慌てふためきだした。そしてその身体を必死に両手で掴む、異形の着ぐるみ。

 

「貢さん!」

 

不細工な男形へと変身させられた貢が、自由に動かぬ身体に鞭打ち、栄を人質に取ることに成功したのだ。

 

「う、動くな! お、お前の母親がどうなってもいいのか……!」

 

猛は少しばかり面食らったそぶりを見せた。だがしかし、その左手はすぐ側にあった宝剣に伸びていた。

 

「貢さん! 危ない」

 

南が叫ぶも、遅かった。猛の剣は、実の祖母である栄諸共貢を串刺しにした。

 

「村のためだ、ごめんよばあちゃん……」

 

「猛よ、よくやったぞ……!それでこそこの包村の代表……!」

 

ドス黒い血を大量に吐きながら、栄が狂ったように叫ぶ。男形の身体がガクガクと震え、口元が赤黒く染まり、そして広がっていく。

 

村人達が喚き散らし、舞台は狂乱に包まれる。

 

「かかれ! 都会もんを殺しゃあ!」

 

凶器を持った着ぐるみ達が、祭壇へと押し寄せた。

 

「貢さん!」

 

「南さん、逃げて……」

 

起きあがろうとする南の右手に、固いものがぶつかった。拳銃であった。

 


猛が振り向く。その顔は血に染まり、人を食らった鬼のよう。

 

南は怖じ気付くことなく、冷静に銃を向け、そしてやってくる猛めがけて発砲した。轟音が夜の空に響き、猛の左足がものすごい勢いで宙に浮いた。

 

「ぎゃあっ!」

 

腿を撃たれ、バランスを崩した猛が倒れ込んだ先には、めらめらと燃え上がる篝火。

 

それはそのまま村人の着ぐるみに倒れ込み、瞬く間に引火した。燃えやすい素材で作られた着ぐるみを着ていたことが命取りとなった。火だるまと化した村人はその苦しみのためもがき、そして炎は周囲の人物にも容赦なく襲いかかった。断末魔のうめき声を上げ、愛らしい表情を浮かべたまま炎上する着ぐるみ達。ある者は死体に囲まれ身動きできぬまま焼死し、またある者は悲痛を和らげる為、周囲の木々に頭を何度も打ち付けながら力尽きていった。そこから生み出される繊維と死の臭いが、その場を更なる地獄絵図へと変貌させていく。

 

「貢さん! しっかりして!」

 

醜く息絶えた栄の屍をどかせ、南は貢に駆け寄った。だが、その息は弱く、呼吸をする度陰惨な血の息吹が彼女の顔に当たった。

 

「み、南さん、これ……」

 

貢が手を奮わせながら彼女の手に握らせたもの、それは車のキーだった。

 

「南さん、い、い、生きて、く、下さい……。元気でいて、下さい……」

 


被りものと血塊に阻まれたその声は、もはや彼の死期が間近に迫っていることを明らかにした。それでも諦めきれず、南は何とか彼を立たせ、共にこの場から逃げようとした。

 

「南さん、危ない!」

 

彼女の背後に迫っていた火だるまの山羊に向かって、貢はおもむろに飛び込んだ。そして紅の火炎は瞬く間に彼の体へと移り、全身を大きな炎が包んだ。

 

「貢さん!」

 

彼を救おうとした南は、焼けただれる着ぐるみから垣間見えた今にも消し炭になりそうな眼球と目が合った。このような状況だというのに、その目線は悟りきっているかの如く穏やかであった。

 

彼女は死にゆく貢に背を向け、急いで駆けた。悲しさが胸中を包んだが、涙は流れない。


真っ暗な道を、急激な坂を、南は必死に走った。着ぐるみを纏った状態では極めて走りづらく、途中で何度もバランスを崩しそうになったが、それでも転倒せぬよう、命がけで踏ん張った。

すぐ後ろから、苦しみに満ちた着ぐるみどもの声が追いかけてきているのだ。もし立ち止まるようなことがあれば、それは即ち死。亡者に抱きつかれ、ともに火だるまとなって残酷な死を迎えるのみ。同じサークルのメンバーであった、他の三人のように。

被り物を取ったことが幸いして、息切れは今のところ起こしてはいないが、心臓が破れそうなぐらい痛い。車の停めてある宿泊所を目指し、南はがむしゃらに足を動かす。この村で初めて夜を迎えた時、美しいと感じた様々な景色が、あっという間に視界を通り過ぎて行く。貢と二人で話をした、あの時のことが頭に浮かぶ。今の自分と当時の自分、短い間の出来事なのに、まるで別人が体験したことのように感じられた。

長い間走り続け、宿泊施設が姿を見せた。ひょっとして、車がないのでは?そんな不安が頭の中を巡ったが、その心配は杞憂であった。猛が運転してきたワゴン車は、四隅にドラム缶が置かれただけの粗末な駐車場に停車されていた。すがりつくように運転席の扉を掴み、鍵を差し込もうとするが、着ぐるみ越しゆえなかなか上手くいかない。そうしている間にも、彼女を追う亡者達の声は近づいてくる。途中で力尽きたのか、明らかに人数は少なくなっているが、その分より恨みと憎しみの募った叫びが響いてくる。


ようやく、扉が開いた。急いで乗り込み、エンジンをかけようとする。が、上手くいかない。


「かかって……かかってよぉ!」

空しい駆動音の不発が、何度も繰り返される。

 

前方から、紅い塊がやってくるのが見えた。言うまでもない、村人達である。体中を焼かれている間、着ぐるみと生身が融合したのか、もはや独特なクリーチャーのようなおぞましい姿をした者達が、苦悶の叫びを挙げながら、車へと近づいてくる。何人かはたどり着くことすらできず、その場に倒れ込んでそのまま動かなくなったが、3匹の怪物達がボンネットへと張り付き、無理矢理こじ開けようと試みだした。自らの体をいたぶる炎をエンジンに引火させ、南諸共消し炭にしようと考えているのだろう。

 

「来るなぁ! 来るなぁ!!」

今まで一度たりとも挙げたことのないような、とてつもない怒りと焦りが彼女の口から発せられる。だが、エンジンはかからない。

全身の毛をむしられたペンギンの丸焼きのような怪物が力尽き倒れた後、右手が焼けただれた犬が最期の力を振り絞り、ボンネットをわずかにこじ開けた。やがて、駆動部にその燃えさかる手が伸ばされんとしたその時――。

 

「やめてぇぇ!」

最期のエンジンスタートが成功し、車体が激しく揺れ始めた。躊躇することなく、そのままアクセルを踏んだ。怪物達は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、地面を激しくころ転がっていく。

村の入り口に向かって、南は猛スピードで車を走らせる。かすかに自分を追ってくる声が聞こえてくるが、もう追いつかれそうにはない。



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