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「何を言ってるの!? あなたには倫理ってものがないの!?」

 

「都会もんが決めた理屈なんぞ知るかよ。さあ、覚悟を決めろ。お前は今から神様になれるんだ」

 

 

腕を掴もうとした猛の手を払いのけ、南は腰のホルダーから拳銃を取り出した。あの駐在から着ぐるみと共に奪い取ったものだ。

 

だが、猛の余裕は崩れない。栄もまた、震えながら銃を向ける南を見て、にんまりと勝利を確信していた。

 

「やめときな。銃ってのは案外扱いが難しいんだ。素人はこんなに近い的に当てるのすら無理ってもんだ」

 

「それに小娘、周りが見えっか? こんなに大勢の村人に囲まれとる。万が一、わしらに銃を当てられたからといってお主は生きて出られんぞ、無駄なことじゃらあ」

 

「うぅ……」

 

「さあ、娘は娘らしく、大人しくしい。大丈夫じゃあ、痛みはするが素晴らしい地位と引き換えじゃ」

 

「嫌よ!」

 

南が尻込みした隙を見て、猛が飛びかかった。南は咄嗟に発砲しようとしたが、その引き金は思った以上に固く、撃てないまま猛の手によってはたき落とされてしまった。

 

「いい匂いだ、親父の気持ちが分かるよ」

 

「いやぁ! 放して!」

 

南は必死に抵抗するが、抱きつく男の両手をふりほどくにはあまりにも力がなかった。


「よし、この場で女形に込めるゆえ、はよ薬を飲ませよぉ」

 

栄は黄色い液体の入った小瓶を手に、一歩一歩南に近づいていく。猛は己の宿願の完遂を確信した。過疎によって廃れていく村を、儀式の達成によって救うこと。そして、無惨にも死へ追いつめられた父親の仇討ち。それらが一変に果たされる、これほど爽快なことがあろうか。もがく南の頭を掴む手に力を込め、動けないようにする。そして嫌がるその口に、しびれ薬が注ぎ込まれん時……。


何者かが突然、二人を突き飛ばした。その隙を突き、南は猛の魔手から逃れたが、体勢を崩した栄は薬を自分の顔に浴び、叫び声を上げ慌てふためきだした。そしてその身体を必死に両手で掴む、異形の着ぐるみ。

 

「貢さん!」

 

不細工な男形へと変身させられた貢が、自由に動かぬ身体に鞭打ち、栄を人質に取ることに成功したのだ。

 

「う、動くな! お、お前の母親がどうなってもいいのか……!」

 

猛は少しばかり面食らったそぶりを見せた。だがしかし、その左手はすぐ側にあった宝剣に伸びていた。

 

「貢さん! 危ない」

 

南が叫ぶも、遅かった。猛の剣は、実の祖母である栄諸共貢を串刺しにした。

 

「村のためだ、ごめんよばあちゃん……」

 

「猛よ、よくやったぞ……!それでこそこの包村の代表……!」

 

ドス黒い血を大量に吐きながら、栄が狂ったように叫ぶ。男形の身体がガクガクと震え、口元が赤黒く染まり、そして広がっていく。

 

村人達が喚き散らし、舞台は狂乱に包まれる。

 

「かかれ! 都会もんを殺しゃあ!」

 

凶器を持った着ぐるみ達が、祭壇へと押し寄せた。

 

「貢さん!」

 

「南さん、逃げて……」

 

起きあがろうとする南の右手に、固いものがぶつかった。拳銃であった。

 


猛が振り向く。その顔は血に染まり、人を食らった鬼のよう。

 

南は怖じ気付くことなく、冷静に銃を向け、そしてやってくる猛めがけて発砲した。轟音が夜の空に響き、猛の左足がものすごい勢いで宙に浮いた。

 

「ぎゃあっ!」

 

腿を撃たれ、バランスを崩した猛が倒れ込んだ先には、めらめらと燃え上がる篝火。

 

それはそのまま村人の着ぐるみに倒れ込み、瞬く間に引火した。燃えやすい素材で作られた着ぐるみを着ていたことが命取りとなった。火だるまと化した村人はその苦しみのためもがき、そして炎は周囲の人物にも容赦なく襲いかかった。断末魔のうめき声を上げ、愛らしい表情を浮かべたまま炎上する着ぐるみ達。ある者は死体に囲まれ身動きできぬまま焼死し、またある者は悲痛を和らげる為、周囲の木々に頭を何度も打ち付けながら力尽きていった。そこから生み出される繊維と死の臭いが、その場を更なる地獄絵図へと変貌させていく。

 

「貢さん! しっかりして!」

 

醜く息絶えた栄の屍をどかせ、南は貢に駆け寄った。だが、その息は弱く、呼吸をする度陰惨な血の息吹が彼女の顔に当たった。

 

「み、南さん、これ……」

 

貢が手を奮わせながら彼女の手に握らせたもの、それは車のキーだった。

 

「南さん、い、い、生きて、く、下さい……。元気でいて、下さい……」

 


被りものと血塊に阻まれたその声は、もはや彼の死期が間近に迫っていることを明らかにした。それでも諦めきれず、南は何とか彼を立たせ、共にこの場から逃げようとした。

 

「南さん、危ない!」

 

彼女の背後に迫っていた火だるまの山羊に向かって、貢はおもむろに飛び込んだ。そして紅の火炎は瞬く間に彼の体へと移り、全身を大きな炎が包んだ。

 

「貢さん!」

 

彼を救おうとした南は、焼けただれる着ぐるみから垣間見えた今にも消し炭になりそうな眼球と目が合った。このような状況だというのに、その目線は悟りきっているかの如く穏やかであった。

 

彼女は死にゆく貢に背を向け、急いで駆けた。悲しさが胸中を包んだが、涙は流れない。



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