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包神社には、既にたくさんの着ぐるみ達が集まっていた。パンダ、ゴリラ、ワニ、リス、シカ、キリン。一つ目小僧に傘化け、赤鬼青鬼。年代を感じさせるデザインから、つい最近作られたと思われるものまで、古今東西のあらゆる着ぐるみがそれぞれ鎌、斧等の凶器や火のついた松明を持って、祭壇の前に揃っていた。

 

「皆さん! この大事な儀式に、よくぞ参加してくださいました。村の代表として、祖母とともにお礼を言わせていただきます」

 

うさぎ着ぐるみの言葉に、他の着ぐるみ達はわあっと歓声を上げた。

 

「さあ、駐在さん、祭壇へ上がりましょう。あなたも功労者ですからね」

 

うさぎに手を引かれ、ぶち犬を身に纏った南は祭壇へと上がらされた。そこにはとんがらし大王、栄が立っていた。

 

「ようきた、わが孫よ。息子に似て立派になったもんじゃ」

 

その嗄れた声が、若干潤んでいる。着ぐるみの中で涙ぐんでいるのだろう。

 

「おばあちゃん、その言葉嬉しく思います。この儀式を司ることができたこと、父も草葉の陰で喜んでいますよ」

 

「うむ、ではまずキブクレを」

 

うさぎはコクリと頷くと、なにやら大きな物体にかけられた、鮮やかな紫の布を勢いよく剥がし取る。

 

それを見て、思わず南は声を上げそうになった人間を下手くそにかたどった着ぐるみが、水に濡れてぶよぶよに垂れて、すさまじい悪臭を放っている。

 

「キブクレだぁ!」


「突けぇ! 突けぇ!」

 

「厄を追い払え!」

 

うさぎはその笑顔を崩すことなく「キブクレ」を抱え、狂乱する村人に向かって放り投げた。愛らしい着ぐるみ達は野太い叫び声を上げ、手にした得物でそのおぞましい物体を散々にいたぶった。湿った布から黒い血液が流れだし、動物達の体を染め上げていく。

 

南は着ぐるみのつぶらな瞳越しにその光景を目撃し、戦慄した。ぼろぼろに引き裂かれた肉の切れ端所々に、美佳が身につけていた衣服やアクセサリーが見え隠れしている。間もなく、自分も同じ結末を辿るのではないだろうか。

 

狂乱の虐殺が終わり、舞台は凄まじい熱気に包まれていた。むせかえる血の臭いが、村人達の本能を蘇らせ、甲高い絶叫を上げさせる。

 

「うむ。では、着ぐるみ様とお蛇様の方を……」

 

うさぎはコクリと頷くと、なにやら大きな物体にかけられた、鮮やかな紫の布を勢いよく剥がし取る。上等の漆で装飾された厳かな台の上には、着ぐるみが二つ。おどろおどろしい鱗柄の布に包まれ、ポカリと口を開けている健吾の死体。その身体には、両腕が見えなかった。

 

だが、真に南を戦慄させたのは、その後ろに控えていたものだ。着ぐるみ様、すなわち貢がぐったりとした姿勢で祀られていた。最初はその着ぐるみの異様な風貌そのものに恐怖した南であったが、まもなくしてその中身の正体を感づき、改めて愕然とした。

 


「着ぐるみ様じゃ! 着ぐるみ様じゃあ!」

 

「ああ、ありがたや! ありがたや!」

 

ぐったりした着ぐるみ様の姿を前にして、着ぐるみ達は熱狂し、けたたましく声を上げた。だが「静まれ!」という栄の一括で、すぐさま黙りこくった。かばの着ぐるみを着た年寄りは何かに気づいたようで、栄に対して率直な疑問をぶつけた。

 

「なんか、話に聞いたとは少し違うような気がするやあ、おばば」

 

「その通り、着ぐるみ様は本来男と女の二人組。今のままでは女形が足りん」

 

その回答に、他の村人達も口々に喋りはじめた。

 

「それやあ儀式にならんじゃらないか」

 

「どういうことやあ、おばば!」

 

「儀式をおろそかにするのか?」

 

再び一帯はやかましくなったが、更に大きな老婆の怒号で、すぐさま静まりかえった。

 

「慌てるでないわ! 女形はそら、そこにおる」

 

その指差した先には、ぶち犬がいた。

 

「そ、そりゃ駐在やあねえのかい!?」

 

「違う! あの者は既に亡き者となっておる! 

 

この着ぐるみの中にいるのは、真っ赤な偽者!」

 

「おお、なんと!」

 

突然のことに、南は立ち尽くしていた。その様を見て、うさぎが嘲るように笑った。

 

「最初から分かってんだよ。そのバッジの位置、ズレてるぜ?」

 


ぶち犬の胸に付けられた、おもちゃのような警官バッジ。その位置がやや傾いていて、かなり注意しなければ分からないような、黒い穴がわずかに覗いていた。

 

「それ、弾痕だろ? あの駐在を撃ち殺した時の。

 

なあ、もう観念しろよ、南」

 

南はしばらく黙り込んでいたが、やがて静かに被りものを取り、その素顔を見せた。

 

「……あんたがそんなやつだと思わなかったわ、先生」

 

「ほう、分かっていたか」

 

南の言葉に、うさぎはいかにも余裕綽々な手つきで、同じく被り物を取った。露わになったその素顔は、悪辣な笑みを浮かべていた。

 

「見覚えがないかな? この着ぐるみに。忘れるはずなんてないと思うがなぁ」

 

「ま、まさか……!?」

 

更なる衝撃が南を襲った。自身の記憶に焼き付いて離れない、恐るべき悪魔、あの着ぐるみ。そう、幼い自分を襲ったのは、ピンク色のうさぎだった……。

 

「俺の親父はな、お前のせいでサツに逮捕されたんだよ!」

 

「そんな!?」

 

「俺だって全く気づかなかったよ。だがな、この前お前の昔話を聞いて確信した。ラッキーだよ、これも運命ってやつだろうな。親父はな、ムショで自殺したよ。おかしいよな? たかが都会のガキを一人やろうとしただけで死なせられたんだ。しかも未遂だぜ? どう思うよ、え?」


「何を言ってるの!? あなたには倫理ってものがないの!?」

 

「都会もんが決めた理屈なんぞ知るかよ。さあ、覚悟を決めろ。お前は今から神様になれるんだ」

 

 

腕を掴もうとした猛の手を払いのけ、南は腰のホルダーから拳銃を取り出した。あの駐在から着ぐるみと共に奪い取ったものだ。

 

だが、猛の余裕は崩れない。栄もまた、震えながら銃を向ける南を見て、にんまりと勝利を確信していた。

 

「やめときな。銃ってのは案外扱いが難しいんだ。素人はこんなに近い的に当てるのすら無理ってもんだ」

 

「それに小娘、周りが見えっか? こんなに大勢の村人に囲まれとる。万が一、わしらに銃を当てられたからといってお主は生きて出られんぞ、無駄なことじゃらあ」

 

「うぅ……」

 

「さあ、娘は娘らしく、大人しくしい。大丈夫じゃあ、痛みはするが素晴らしい地位と引き換えじゃ」

 

「嫌よ!」

 

南が尻込みした隙を見て、猛が飛びかかった。南は咄嗟に発砲しようとしたが、その引き金は思った以上に固く、撃てないまま猛の手によってはたき落とされてしまった。

 

「いい匂いだ、親父の気持ちが分かるよ」

 

「いやぁ! 放して!」

 

南は必死に抵抗するが、抱きつく男の両手をふりほどくにはあまりにも力がなかった。



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