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「分かるぞ。俺がお前のこと嫌いなんだからよ。うじうじして、はっきりしやがらねえ。はっきり言わせてもらうと、蛆虫みてえに思ってたよ」

 

 

繊維質に包まれた猛の手が、貢の背中に触れる。その瞬間、貢は自身の背中の一部がむき出しになっていることに気がついた。そしてそこに、どろどろの液体が流し込まれはじめた。鈍い銅色をしたその液体が入った器を傾けながら、猛は語る。

 

「これはな、この地方に自生してる大変珍しいマツの一種なんだ。こいつの樹液は熱と反応すると、強力な接着剤になる。重機でも持って来なきゃ剥がれないぐらいの、丈夫なやつにな」

 

バルブが回される音の後、シューッ、と、気体が吹き出る音が聞こえてきた。貢はその方向に目を向けたかったが、叶わない。ガス溶接用のバーナ-を、猛は着ぐるみ越の分厚い手で器用に調節していた。

 

「喜べよ相田。お前は今から神様になるんだ。社会に不必要ないじめられっこが、皆から崇められる存在になるんだぜ? 嬉しいだろ」

 

(やめろ! やめてくれえ!)

 

徐々に近づいてくる熱気に対して、貢は恐怖し、心の中で必死に叫んだ。だが残酷にも、バーナーから噴出される鮮やかな火は、彼の背中を熱でいたぶり、塗りたくられた樹脂と強制的に融合させていく。

 

(ああああああああ!)

 

とてつもない激痛で、貢の両目は端から端へ、何十回も往復する。この激しい苦しみを表現できないことが、余計に彼の感覚を追いつめた。

 

「痛いだろう! 苦しいだろう! でも我慢しろよ! 注射みたいなもんさぁ!」

 

被り物の内側から、けたたましい笑い声が響いた。


「おらぁ、えらいきんちょうすっぞぉ」

 

松明を片手に、ペンギンの着ぐるみが言った。

 

「まったくじゃあ。五十年に一度っちゅうから、わしもはじめて見るわ。どんなすごいもんじゃろ」

 

竹割用の鉈を手にした乳牛の着ぐるみが言葉を返す。

 

「去年死んだ作造じいさんは見たことあるっちゅうとったよ。ばあさまが祝詞を挙げた後、男と女の着ぐるみ様に向かって皆で滅多刺しにするんじゃあ」

 

すっかり錆びた草刈り鎌を手に、腰の曲がったかばの着ぐるみが会話に加わる。

 

「いくら村のためとはいえ、少々おっかないもんやのぉ」

 

「なあに、形になるのは都会もんじゃ。平気じゃ平気」

 

ペンギンの言葉に、かばは表情一つ変えず、うんうんと頷いた。

 

「あいつらは経済や政治やらえらそうなことばかり言いよて、えらいわがままやからのぉ。少しはこうして減らした方がええんよ」

 

その通り、とペンギンが声を大にした。

 

「鹿やイノシシやって増えすぎたらあかんから、鉄砲で数を減らすじゃあろう? それと同じやて」

 

「やつらの生み出したギジツは有り難く使わせてもらっちょる。それが供養の代わりやあ。ぼたん鍋や鹿肉食うのと同じやて」

 

「なるほど、それやったらええことやあ」

 

村人二人の言葉に乳牛は納得したとみえて、いくつもの乳首がついた腹をポンと叩いた。

 

 


「しかし、松明をずっと上げながら歩くのもしんどい。ヨシよ、ちょっと変わっとくれ」

 

ペンギンがおもむろに松明を近づけてきたので、乳牛は焦った。

 

「わわっ! あんまり近づけるな。生地をふりぃすにしたんを忘れたか」

 

「あらっそうだった。いかんいかん」

 

まったくモウ、などとぶつくさ言いながら乳牛は松明を受け取り、先を照らした。すると、向こうから一匹の着ぐるみがやってきたのに気がついた。警官帽を被った、ぶち柄の犬。

 

「あら、駐在どんではねえか」

 

一番最初に乳牛が気づき、声をかけた。続いてペンギンが駆け寄る。

 

「形集めの役を仰せつかってたそうじゃのう。ご苦労なこってご苦労なこって」

 

ぶち犬は何も答えず、ただコクリとだけ頷いた。それを見て、カバが訝しがる。

 

「なんじゃらお前。いつもはようさん喋るのに、風邪でも引いたか」

 

ぶち犬は再び、コクリと頷いた。ペンギンがポンとその背中を叩く。

 

「そりゃお前、夜中にあんだけ飲んだ後やのに外おったら、風邪でも引かん方がおかしいわ。駐在所戻ってゆっくりせえ」

 

その言葉にぶち犬が押し黙っていると、向こうからもう一人着ぐるみがやってきて、三人に声を掛けてきた。

 

「皆さん、何をしとるんですか。もうすぐ着ぐるみ様が始まりますよ」

 

ぶち犬は何かに気づいたのか、ハッと声の方へと振り向いた。ピンク色のうさぎが、にっこりとした笑顔でこちらへと歩いてくる。


「おお、せがれ! 父親譲りの着ぐるみ、よう似合いますなぁ」

 

「ははは、俺も久しぶりに着たもんで、上手く着こなせてますかねえ」

 

「いや、なかなかの男っぷり。それでこの包み村の次期村長!」

 

うさぎを褒め称える他の着ぐるみ達を、ぶち犬は呆然と眺めていた。

 

「では皆さん、祭壇の方へ行きましょう」

 

「おお、そうじゃそうじゃ」

 

「五十年に一度の儀式、すごいもんになるじゃのう!」

 

「ほら、駐在さん、どうしたんですか? 早く」

 

うさぎに呼ばれ、ぶち犬は急いで四人の後へとついていった。


――外の寒さを遮断する柔らかな生地に包まれて、南は考えていた。今にも叫びだして、この四人の着ぐるみ達を突き飛ばして逃げてしまいたいぐらい、恐ろしい。このまま行けば、どうなるか分からない。つまるところ、自分は殺されるかもしれないのだ。

 

だから、最初は逃げようと思っていた。はぎ取ったぶち犬の着ぐるみで駐在になりすまし、その隙を突いて村の外に出ようとしていた。

 

だが、できなかった。貢や猛を見捨てて、自分一人だけ逃げるなどというのは、良心が許さなかった。

 

(自分がずっと一緒にいます! だ、だから安心して!)

 

同い年の異性から、こんなに暖かくて頼もしい言葉をかけられたことは、今までになかった。そんな優しい人を、置き去りにすることなんてできない。

 

そして、ついさっき遭遇した出来事が、彼女をあえて危険な道へと進ませた。突然現れた、ピンク色したうさぎの着ぐるみ。彼女の心の奥底にトラウマとして刻まれている、あの忌まわしい着ぐるみと同じ。更に、そいつの発した、聞き覚えのある声。必ずしもそうだとは言い切れないが、もし自分の察した通りの人物が着ぐるみの正体だとすれば、貢は……?

 

彼女は、自身のか弱さを省みず、村人達に紛れて忌まわしい場所へと向かう決意を固めた。大切な人を、救うために。



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