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唖然としている駐在の背中へ、南は思いっきりぶつかった。不意を突かれ、狼狽する彼の右腕を、ぐっと掴む。

 

勢い余って開かれたカーテンの内側には、人体模型が置かれていた。村人の襲撃を見越した南は、咄嗟にこの人体模型を囮にし、逆に迎え撃つべく待ち伏せをしていたのだ。

 

「このアマがっ!」

 

ある程度自由の利く左腕でがむしゃらに肘うちを食らわせるが、南はひるまない。銃を持っている右腕を離すまいと、むしろどんどん力を増していく。

 

駐在の肘が目に当たり、一瞬視界が見えなくなるぐらいの痛みを覚えたが、そんなことで諦めるわけにいかない。もしここで吹き飛ばされたら、それは死に直結する。

 

「やめろっていってんだこのメスがよぉ! しまいにゃこれで撃ち殺すぞこらぁ」

 

喚き散らしながら、駐在は身体全体を左右にぶんぶんと振り回す。

 

「きゃあっ!」

 

か弱い女性の体力ではさすがについていけないのか、右手にこもった力が弱まる。だが、まだ残った何本かの指が、必死にしがみついてくる。

 

駐在のふかふかな右指、そして左指がその細い手指を握りつぶそうとするが、なかなか上手くいかず、双方譲らない。やがて、銃口が南の方を向いた。

 

「このままぶっ放してやる!」

 

今がチャンスとばかりに、ほどけた指をトリガーにかけた。だが、撃たれまいとする南の左腕が、彼の右腕にぶつかってきた。

 


一発の銃声が、校内に響いた。南はその轟音に対して咄嗟に顔を背けたが、やがて自分がその犠牲にならなかったことに気がつくと、恐る恐る駐在の方を見る。

 

彼は立ち尽くしたまま、ピクリとも動かなかった。そのぶち柄の顔は、何一つ変わらず笑顔を浮かべている。だがその身体、心臓の部分にはぽっかりと不格好な穴が開き、うっすらと血が滲んでいた。やがて彼は壁にもたれ掛かったまま、ずずずっとその場に倒れ込み、そのまま動かなくなった。


南が危機に陥っている最中、貢と猛は村にただ一つの宗教施設「包神社」へと向かっていた。その道中には古びて形が崩れ、おぞましい形相となった着ぐるみ達がまるで地蔵のように祀られており、それが夜になると一層不気味さを醸し出している。

 

「村の人間達が使っていた着ぐるみさ。持ち主が死ぬと、人間の墓とは別にこうやって祀られるんだ」

 

唖然として着ぐるみの列を見ていた貢に、猛がいった。

 

「この中には俺の家族もいる。いずれは俺もここに並ぶのかもな」

 

「じゃ、じゃ、じゃあ、先生も着ぐるみを!?」

 

「そんなに怖がるなよ。俺はこの通り、大学で教鞭をとってる、今までお前等の前に着ぐるみ姿で現れたことがあるか? いくら故郷ったって、狂った村人の味方はしないよ」

 

「で、で、ですよね、す、すいません」

 

いつも通りの穏やかな返答に、貢は安心した。

 

無限に続くかと思われるぐらいの抜け殻達の行列とすれ違い、やがて大きな建物が見えてきた。こうごうと燃えさかる篝火によって、そこは夜にも関わらず非常に明るかった。木材の痛み具合、所々にできた染みなどから、かなり年代を経た建物であるということはすぐに分かる。

 

能の舞台のようなその場所は非常に広く、村人何十人がごった返してもまだ余裕があるのではないかと思われた。この照らされた壁には、江戸時代の獅子や象をかたどった着ぐるみが、狸やうさぎの着ぐるみと仲睦まじそうに戯れている絵が描かれていたが、それに混じって、おぞましいものもあった。


嫌にぶくぶくとした男女が、着ぐるみ達の持つ刀や鎌、その他様々な農具によって串刺しにされ、夥しい量の血を流しながらのたうち回っている様子が、他の可愛げある絵と同じ調子で描かれていた。

 

「これが着ぐるみ様の儀式さ。着ぐるみに包まれた生け贄は意識のあるまま滅多刺しにされ、炎の中に捧げられる。まさか、今でも行われていたなんて……」

 

「ひ、ひどい……」

 

「ほう、村のしきたりを愚弄するか」

 

貢がはっと振り返ると、栄が立っていた。最初に素顔を見た時、もう腰が曲がっていてもおかしくないような年齢を感じさせたが、今の彼女はとんがらし大王の着ぐるみに身を包み、二人の前に立ちはだかっている。

 

「まあ、都会のもんには分からんだろう。実際に体験してみれば、その偉大さが分かるというもの」

 

「な、な、何を言ってるんだ!?」

 

「お主は着ぐるみ様の男形となるんじゃ、光栄に思えよ」

 

「そ、そんなものには、ならない!」

 

今まで誰にも見せたことのない、強い反抗心の籠もった表情を貢は浮かべた。

 

「け、健吾さんはどうした! 健吾さんを返せ!」

 

着ぐるみの中の老婆は嘲るように笑いながら、黙って右を指さす。その方向、祭壇からやや外れた所に置かれた灯籠の下、健吾の亡骸が力なく横たわっていた。

 

「その汚らしい都会ものも、立派な役目を果たすんじゃ」


「貴様ぁ!」

 

貢は大声を張り上げ、栄に向かっていった。そしてそのまま、彼女を怒りのままに殴りつける――

と、本人は願っていた。

 

だが、その願望とは裏腹に、彼の身体は地面に向かってうつ伏せに倒れていった。何が起きているのかすら分からぬまま、右腕がねじられ、強烈な痛みが流れる。そしてその後、すぐさま腹部に打ち込まれた強い衝撃により、彼の眼前は暗闇に包まれた。



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