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そっと息を殺しながら扉を開け、待ち伏せがいないか確かめた後、蒼い闇に覆われた室内に足を踏み入れた。そして間もなくして、獲物の姿を捉えた。窓にかけられたおんぼろの黒いカーテン。

 

その下から、足が伸びている。

 

予想以上の浅はかさに駐在は思わず吹き出しそうになった。都会の人間ってのはジャンクフードの食い過ぎでバカになってる。数年前、卒中で死んだ親父はしょっちゅう言ってたが、どうやら事実らしい。

 

どうしてやるか? アホらしくくるまってる所を撃ち殺してやるか?いや、殺すなと言われている。楽しみも無くなっちまうしな。気づかないふりして周りを探して、そんで徐々に近づいて、一気に銃を突きつける、それでいいだろう。後はたっぷりヤってやる。

 

彼はあたかも周囲を探し回るフリをした。なるべく、カーテンの膨らみに目をやらないようにして。そうして次第に距離を詰めていった。

 

よほど緊張しているのか、ピクリとも動かない。気づかれまいとしているのか、それとも半ば諦め、怯えているのか。

 

なに、女一人が自棄になってかかってこようが、力には自信がある。ねじ伏せて、そのまま服でも剥いでぶち込んでやる。

 

いよいよ、すぐ側までやってきた。右側の机を調べるふりをしながら、足を一歩一歩そちらにやる。やがて、十分に近づいたと判断し、思いっきりそこへと飛びつき、銃を突きつけた。だが、その感触は、彼の予想とは大きく違っていた。


唖然としている駐在の背中へ、南は思いっきりぶつかった。不意を突かれ、狼狽する彼の右腕を、ぐっと掴む。

 

勢い余って開かれたカーテンの内側には、人体模型が置かれていた。村人の襲撃を見越した南は、咄嗟にこの人体模型を囮にし、逆に迎え撃つべく待ち伏せをしていたのだ。

 

「このアマがっ!」

 

ある程度自由の利く左腕でがむしゃらに肘うちを食らわせるが、南はひるまない。銃を持っている右腕を離すまいと、むしろどんどん力を増していく。

 

駐在の肘が目に当たり、一瞬視界が見えなくなるぐらいの痛みを覚えたが、そんなことで諦めるわけにいかない。もしここで吹き飛ばされたら、それは死に直結する。

 

「やめろっていってんだこのメスがよぉ! しまいにゃこれで撃ち殺すぞこらぁ」

 

喚き散らしながら、駐在は身体全体を左右にぶんぶんと振り回す。

 

「きゃあっ!」

 

か弱い女性の体力ではさすがについていけないのか、右手にこもった力が弱まる。だが、まだ残った何本かの指が、必死にしがみついてくる。

 

駐在のふかふかな右指、そして左指がその細い手指を握りつぶそうとするが、なかなか上手くいかず、双方譲らない。やがて、銃口が南の方を向いた。

 

「このままぶっ放してやる!」

 

今がチャンスとばかりに、ほどけた指をトリガーにかけた。だが、撃たれまいとする南の左腕が、彼の右腕にぶつかってきた。

 


一発の銃声が、校内に響いた。南はその轟音に対して咄嗟に顔を背けたが、やがて自分がその犠牲にならなかったことに気がつくと、恐る恐る駐在の方を見る。

 

彼は立ち尽くしたまま、ピクリとも動かなかった。そのぶち柄の顔は、何一つ変わらず笑顔を浮かべている。だがその身体、心臓の部分にはぽっかりと不格好な穴が開き、うっすらと血が滲んでいた。やがて彼は壁にもたれ掛かったまま、ずずずっとその場に倒れ込み、そのまま動かなくなった。


南が危機に陥っている最中、貢と猛は村にただ一つの宗教施設「包神社」へと向かっていた。その道中には古びて形が崩れ、おぞましい形相となった着ぐるみ達がまるで地蔵のように祀られており、それが夜になると一層不気味さを醸し出している。

 

「村の人間達が使っていた着ぐるみさ。持ち主が死ぬと、人間の墓とは別にこうやって祀られるんだ」

 

唖然として着ぐるみの列を見ていた貢に、猛がいった。

 

「この中には俺の家族もいる。いずれは俺もここに並ぶのかもな」

 

「じゃ、じゃ、じゃあ、先生も着ぐるみを!?」

 

「そんなに怖がるなよ。俺はこの通り、大学で教鞭をとってる、今までお前等の前に着ぐるみ姿で現れたことがあるか? いくら故郷ったって、狂った村人の味方はしないよ」

 

「で、で、ですよね、す、すいません」

 

いつも通りの穏やかな返答に、貢は安心した。

 

無限に続くかと思われるぐらいの抜け殻達の行列とすれ違い、やがて大きな建物が見えてきた。こうごうと燃えさかる篝火によって、そこは夜にも関わらず非常に明るかった。木材の痛み具合、所々にできた染みなどから、かなり年代を経た建物であるということはすぐに分かる。

 

能の舞台のようなその場所は非常に広く、村人何十人がごった返してもまだ余裕があるのではないかと思われた。この照らされた壁には、江戸時代の獅子や象をかたどった着ぐるみが、狸やうさぎの着ぐるみと仲睦まじそうに戯れている絵が描かれていたが、それに混じって、おぞましいものもあった。


嫌にぶくぶくとした男女が、着ぐるみ達の持つ刀や鎌、その他様々な農具によって串刺しにされ、夥しい量の血を流しながらのたうち回っている様子が、他の可愛げある絵と同じ調子で描かれていた。

 

「これが着ぐるみ様の儀式さ。着ぐるみに包まれた生け贄は意識のあるまま滅多刺しにされ、炎の中に捧げられる。まさか、今でも行われていたなんて……」

 

「ひ、ひどい……」

 

「ほう、村のしきたりを愚弄するか」

 

貢がはっと振り返ると、栄が立っていた。最初に素顔を見た時、もう腰が曲がっていてもおかしくないような年齢を感じさせたが、今の彼女はとんがらし大王の着ぐるみに身を包み、二人の前に立ちはだかっている。

 

「まあ、都会のもんには分からんだろう。実際に体験してみれば、その偉大さが分かるというもの」

 

「な、な、何を言ってるんだ!?」

 

「お主は着ぐるみ様の男形となるんじゃ、光栄に思えよ」

 

「そ、そんなものには、ならない!」

 

今まで誰にも見せたことのない、強い反抗心の籠もった表情を貢は浮かべた。

 

「け、健吾さんはどうした! 健吾さんを返せ!」

 

着ぐるみの中の老婆は嘲るように笑いながら、黙って右を指さす。その方向、祭壇からやや外れた所に置かれた灯籠の下、健吾の亡骸が力なく横たわっていた。

 

「その汚らしい都会ものも、立派な役目を果たすんじゃ」



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