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そんな時、結婚したばかりの若い夫婦が名乗り出て、こういった」

 

(草木を編んで詰めた袋を身に纏って大きくなった私達が、生け贄になります)

 

「そ、それが、着ぐるみ?」

 

「そう、着ぐるみの発祥――。もっとも学術的な証拠は皆無だが、この村ではそうなっている。だがその途中、女の方は逃げだそうとして、川に落ち溺れ死んだ」

 

「ま、まるで……!」

 

「今の美佳と同じ状況だ」

 

美佳の亡骸が被せられていた被り物を見つめながら、猛は話す。

 

「死んだ女の代わりに、長老の娘が名乗りを上げ、男の新たな妻となった。そしてそれを纏って大きな男女となった二人を、村人は槍や鎌で八つ裂きにしたんだ」

 

「な、何故そんな惨いことを…」

 

「おそらく、蛇の食欲をそそるためだろう。それに、キブクレのように怖じ気付いて逃げ出さないためという意味もあると思う」

 

残酷な言い伝えに、貢の顔は青くなる。

 

「ともかく、二人は見事生け贄を全うし、村は救われたと言われている。以来、五十年に一度、この村では儀式を行うことになった。若い一組の男女に、それぞれの性別の人間を大きめにかたどった着ぐるみを着せ、そして……」

 

「ひ、人身御供に……?」

 

貢の言葉に、猛は黙って頷いた。

 

「ひょっとすれば、健吾はまだ助けられるかもしれない、急ぐぞ!」

 

「は、は、はい!」


笑いながら迫り来る、うさぎの着ぐるみ。

 

驚いた拍子に、南は夢から覚めた。元々は理科室だった部屋。棚には空っぽのガラス瓶が並べられ、部屋の端には黄ばみで顔が見えなくなった人体模型が壁によりかかるようにして置かれている。

 

付きまとう憂かない気分を晴らす為、南は部屋の外へと出た。部屋の前の開いていた窓から顔を出し、外の空気を吸う。空を見上げると、すっかり星が瞬いている。都会の薄汚れた紺色ではなく、透き通るような暗黒の夜天。

 

もしこの場所でなければ。もし、今みたいな大変なことが起こっていなければ、素直に見とれていただろう。皆果たして無事に帰ってくるのだろうか。ひょっとすると、自分一人だけがこの見知らぬ地に取り残されてしまうのではないか。不安が木枯らしのように肩を撫で、彼女の身体を震わせる。

 

上着をきゅっと狭め、なるべく寒さを抑えようとした時、ふと、校門に目がいった。ぼんやりと丸い光が入ってくる。

 

(先生と貢さんが帰ってきたのかしら?)

 

いや、その考えを即座に否定した。それなら、光は二つあるはずだ。嫌な予感がした彼女は、じっと息を潜め様子を伺う。

 

光の持ち主は入り口の前まで来たところで一旦立ち止まり、腰に下げた何かを取り出した。距離があってはっきりとは見えないが、懐中電灯の光にぼんやりとその形状が映し出される。

 

それを見ていた彼女の頭に、自ずとイメージが浮かんだ。拳銃だ。それが判ると同時に、胸中の悪寒は最大限に増幅した。そして一目散に、彼女は部屋の中へと駆け込んだ。


漏れたライトの光に照らされ黒光する拳銃をまじまじと眺め、駐在はこれから起こる快事を想像し、胸躍らせていた。大丈夫だよ、生け捕りにはするさ、生け捕りにはな……。たらりと流れた涎を慌てて拭き取った後、彼は校舎へと足を踏み入れた。

 

「吉川さーん、いますかねー?」

 

声を掛けてみるが、返答はない。やはり、感づかれているか。こんだけコトが起こってるんだから、当然だな。

 

あまり力をかけないように歩いているつもりだが、やはり建物が古いせいか、どうしてもきしんだ音が響いてしまう。

まあいいや、確か理科室に泊まってるらしいな。駐在はいつでも撃てるように銃を構え、ゆっくりと廊下を進んだ。

 

見つけたらどうするか? 当然、ヤるのさ。さっきの溺れ死んだ女も惜しかったかもしれないが、若いだけで好みじゃねえ。一見まぐわいとは無縁そうな、大人しい女の方が俺は好きなのさ。どうせ死ぬんだ、一発ぐらいヤッても文句はねえさ。しっぽりしなきゃストレスが溜まるってんだよ。

 

理科室の看板が見えた時、ライトの調子が悪いのに気がついた。年代物の赤い懐中電灯は、カチカチと朧気な点滅を繰り返した後、とうとう点かなくなってしまった。

 

電池切れか。替えの電池を持ってくりゃよかったと思ったが、大きなアクシデントではない。この仕事柄、夜に動くことは慣れている。真っ暗な中でも、何か分かる程度に物を見ることはできる。少なくとも、都会育ちの連中よりは利いてるさ。


そっと息を殺しながら扉を開け、待ち伏せがいないか確かめた後、蒼い闇に覆われた室内に足を踏み入れた。そして間もなくして、獲物の姿を捉えた。窓にかけられたおんぼろの黒いカーテン。

 

その下から、足が伸びている。

 

予想以上の浅はかさに駐在は思わず吹き出しそうになった。都会の人間ってのはジャンクフードの食い過ぎでバカになってる。数年前、卒中で死んだ親父はしょっちゅう言ってたが、どうやら事実らしい。

 

どうしてやるか? アホらしくくるまってる所を撃ち殺してやるか?いや、殺すなと言われている。楽しみも無くなっちまうしな。気づかないふりして周りを探して、そんで徐々に近づいて、一気に銃を突きつける、それでいいだろう。後はたっぷりヤってやる。

 

彼はあたかも周囲を探し回るフリをした。なるべく、カーテンの膨らみに目をやらないようにして。そうして次第に距離を詰めていった。

 

よほど緊張しているのか、ピクリとも動かない。気づかれまいとしているのか、それとも半ば諦め、怯えているのか。

 

なに、女一人が自棄になってかかってこようが、力には自信がある。ねじ伏せて、そのまま服でも剥いでぶち込んでやる。

 

いよいよ、すぐ側までやってきた。右側の机を調べるふりをしながら、足を一歩一歩そちらにやる。やがて、十分に近づいたと判断し、思いっきりそこへと飛びつき、銃を突きつけた。だが、その感触は、彼の予想とは大きく違っていた。


唖然としている駐在の背中へ、南は思いっきりぶつかった。不意を突かれ、狼狽する彼の右腕を、ぐっと掴む。

 

勢い余って開かれたカーテンの内側には、人体模型が置かれていた。村人の襲撃を見越した南は、咄嗟にこの人体模型を囮にし、逆に迎え撃つべく待ち伏せをしていたのだ。

 

「このアマがっ!」

 

ある程度自由の利く左腕でがむしゃらに肘うちを食らわせるが、南はひるまない。銃を持っている右腕を離すまいと、むしろどんどん力を増していく。

 

駐在の肘が目に当たり、一瞬視界が見えなくなるぐらいの痛みを覚えたが、そんなことで諦めるわけにいかない。もしここで吹き飛ばされたら、それは死に直結する。

 

「やめろっていってんだこのメスがよぉ! しまいにゃこれで撃ち殺すぞこらぁ」

 

喚き散らしながら、駐在は身体全体を左右にぶんぶんと振り回す。

 

「きゃあっ!」

 

か弱い女性の体力ではさすがについていけないのか、右手にこもった力が弱まる。だが、まだ残った何本かの指が、必死にしがみついてくる。

 

駐在のふかふかな右指、そして左指がその細い手指を握りつぶそうとするが、なかなか上手くいかず、双方譲らない。やがて、銃口が南の方を向いた。

 

「このままぶっ放してやる!」

 

今がチャンスとばかりに、ほどけた指をトリガーにかけた。だが、撃たれまいとする南の左腕が、彼の右腕にぶつかってきた。

 



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