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背中に疼く激しい痛みによって、美佳は意識を取り戻した。

 

「ぎひっ、うう……」

 

目を開けるが、相変わらず視界は最悪だ。地面に横になった体を何とか起こそうとするが、痛みと正体不明の痺

れが原因で、思うように動かない。手足を少し動かそうとしただけでも、苦手な腕立て伏せを何度も繰り返した時のような筋肉の疲労に襲われ、更なる痛みが加わる。

 

「いっ……」

 

それでも、残っている力を振り絞って彼女は立ち上がろうとした。一センチ、二センチ、少しずつ背を浮かしていく。じわりじわりと浸食する痛みのせいで、全身から汗が吹き出て、呼吸はますます荒くなる。

 

「い……た……い」

 

おそらくこの行動は、彼女の人生において一番の努力だっただろう。整った顔立ちの美人で、資産家の娘。周りは常にチヤホヤしてくれて、困ったことはなんでも親が解決してくれた。困難も障壁も無縁だった自分が今、何故このような状況に陥らなければならなかったのか。汗に混じって、涙が彼女の頬を伝っていく。

 

長い時間をかけ、ようやく腰から上をまっすぐ立たせることができた。気がつけば、ほんのわずかであるが、痺れも緩和している。立ち上がることこそできないが、四つん這いなら何とか進めそうだった。おぼつかない目の前の光景を頼りに、美佳は手足を板張りの床につけ、ゆっくりと動かしていった。


柔らかい着ぐるみの感触越しでも、何かに触っているのかは理解できた。

 

(おまえさんは、今から神様になるんだよぉ)

 

背中を何かで抉られる前に聞いたこの言葉が、脳内にこだまする。

 

「やだ、なりたくな、い……」

 

必死で力を振り絞って少しずつ手足を前に出し、ようやく手の感触が柔らかい地面のそれに変わったその時、どこからか声が聞こえた。

 

「四つん這いとはやらしいなぁ~ 一発いいかい?」

 

「ひぃ!?」

 

自分の口を夫塞いだ、ゲスな着ぐるみ男の声だ。とにかく捕まらないよう、四肢を必死に動かし、逃げた。

 

「おい、どこいくんだ~? ぐるぐる回ってるだけだぞぉ~?これぞ輪姦ってヤツか?」

 

柔らかい着ぐるみの手が、美佳の臀部に触れる。布越しの卑猥な感触が、ますますパニックを悪化させた。どこでもいい、ここから離れなきゃ!手当たり次第に手足を進め、がむしゃらにもがいた。

 

「着ぐるみプレイってのもなかなかいいもんだぞぉ。時間が経ってくるとなあ、ふわふわしたもんがぬるぬるしてぐちゃぐちゃになってくんだぞぉ」

 

おぞましい声は一向に離れることがない。美佳の思考は益々混乱し、ついには声に鳴らぬ、ガマの断末魔のような叫び声を挙げ、自身を犯そうとする魔手に抵抗しようと試みた。

 

(やめてっ!  たすけてっ! ママ! パパ! 誰かっ!)


「初めは誰だって嫌なもんさ。慣れ、それが人生でも一番大事だぞ、都会育ちのお嬢様は特になぁ」

 

もはや狼狽しきった彼女は、両手の注意がおろそかになっていた。それゆえ、自らの手が宙に浮かび、そのまま何にも触れなかったことにすら、全く気づくことが出来なかった。

 

彼女の体は急な斜面から勢いよく転げ落ちた。体を痛めつける激しい回転が終わった直後、その体を冷たい液体が襲った。

 

(い、息が……できない)

 

転げ落ちた先は、大人でも膝が浸かるぐらいの川であった。鼻や口に水が流れ込み、悲鳴は全てあぶくとなってしまう。這い上がろうと腕を張ろうとしても、苔に滑って無駄に終わった。ましてや、人体外の材質に包まれた不自由な手では。窒息という更なる苦しみが、彼女を死の悶絶に陥らせる。

 

(誰でも、いい……た、す、け、て)

 

濡れた生地に包まれた両手で喉をかきむしるが、苦痛は増すばかり。

 

(わ、た、しが……なんで……)

 

やがて美佳はピンと背を弓のように思いっきり反らせたまま、硬直して息絶えた。彼女の絶命の様を、駐在は側の石に腰掛け、ずっと眺めていた。

 

「よっしゃ、一丁あがり!」

 

背後からやってきた人物に気づき、彼は「よう!」と声を掛けた。

 

「『キブクレ』はこんでええ」


「蛇もOKだぜ、さっき裁いてきた」

 

 

「よしよし、残るは後二人、ここからが大事じゃぞ」

 

「手はずの方はいいんだろうな、婆さん」

 

ライオンの着ぐるみを身につけたその人物は、こくりと頷いた。

 

「男の方はしっかり身柄押さえる準備できとるよぉ。おめぇは女の方たのむぞぉ」

 

「あの大人しそうな女だな、正直言って好みなんだ」

 

「分かってると思うが、犯すなよぉ。大事な形なんじゃからぁ」

 

「大丈夫だよ、信頼しろよ婆さん」

 

巡査は腰のホルダーから自慢の拳銃を取り出すと、何とも待ち遠しそうな笑みを浮かべてそれを見つめた。


貢と猛がその無惨な亡骸を発見したのは、それから一時間後のことだった。いなくなった健吾と美佳を探している途中で、川にうつ伏せになった状態で動かなくなった、ぼろぼろの着ぐるみ。その被りものを剥いでみると、窒息の苦悶に顔を歪めた美佳の顔が現れた。その表情は、生前の美貌と大きくかけ離れた醜いものだった。

 

「ひ、ひどい……。な、なんで……」

 

「キブクレだ……」

 

気が動転している貢とは対照的に、猛は冷静に呟いた。

 

「キ、キブクレ……?」

 

「傲慢と身勝手の象徴、いわば貧乏神みたいなもんだ。まさか、「着ぐるみ様」をやるつもりか……?」

 

「な、なんですか。その「着ぐるみ様」って」

 

「この村に古くからまつわる、呪われた儀式だ。まさか今でも行われているなんて……」

 

周囲に人の気配がないのを確認した上で、猛は語り始めた。

 

「この村には言い伝えがあってな。昔、この村の近くにある沼に大蛇が住み着いて、建物を壊したり、人を食ったりしたんだ。それにたまりかねた村人達はお願いだからやめてくれと懇願するんだが、大蛇は身の丈六尺以上の壮健な男女一組を生け贄として捧げよという。だがな、この村には背丈も小さく身体の弱い者しかいなかった。このままでは村は滅んでしまう。

 



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