閉じる


<<最初から読む

37 / 79ページ

やがて、何か祭壇のようなものが見えてきた。神社の社に近い形だが、不自然に丸みがあって、見方によっては着ぐるみ動物の頭を模したように見える。その上に、一体の着ぐるみが寝かされていた。何の動物がモチーフなのか、人目ではっきりと分かった。人間だ。幼稚園児がクレヨンで殴り書きしたような顔をした人間を立体化した着ぐるみだ。

 

「何だ、これは……?」

 

恐る恐るその人型に触れると……。

 

「うわっ!?」

 

不自然な生暖かさがあった。間違いなく、人が入っている。

 

「いけないなあ、不法侵入ってやつだよ?」

 

その声に振り向こうとした瞬間、鈍い痛みが後頭部を襲った。意識の混濁とともに身体の力が抜け、健吾はその場に崩れ落ちる。

 

「気絶させた人間はもっとちゃんと隠しとくもんじゃないかねえ、ちょっと脳味噌が足りないよ君」

 

薄れゆく意識の中、健吾の頭をよぎったのは、美しい美佳の姿だった。


肩に走った強烈な痛みによって、健吾の意識は無理矢理目覚めさせられた。何も見えない、暗闇の空間。だがそれでも、自分の両手が縄のようなものに縛られ、引っ張り上げられていること。そして今、自分の右肩に凄まじい一撃が加えられ、そこから夥しい出血が起きていることぐらいは、容易に理解することができた。

 

「さすがにナタで斬られちゃあ、覚めるもんも覚めるよなあ」

 

暗闇から、声が聞こえた。どこで聞いたか思い出せないが、こちらを不快にさせる、どこか間の抜けた調子。

 

さらに、もう一撃。骨が大きく揺れ、神経を激痛が蝕んでいく。あまりの苦痛に、健吾は大声を張り上げた。

 

「叫んだって、誰もこねえよぉ? ここは屠場みたいなもんだからなあ?」

 

「やっ、やめ・・・やめてくれぇ」

 

涙声で発せられる健吾の懇願も、空しく無視された。次に放たれたナタの一振りによって、健吾の逞しい右腕は、もはやか弱い女性でも簡単に引きちぎれるぐらい、無惨な有様となってしまった。

 

「ああああああ!!」

 

「そんなに叫ばれてもなぁ。男の声じゃあこっちもいきり立ってこねえのよ、悪いねえ」

 

「な、なんで・・・なななんで、こんなことを」

 

息も絶え絶えな男の言葉に、暗闇はハハハと陽気に笑った後、しばしの無言を間に挟んで答えた。

 

「おまえ、俺に無礼なマネしたろ?」

 

そして左腕に襲いかかる、無慈悲な刃。


先ほどよりも、重く、力が籠もっている。もはや、健吾が助かる術はない。何故、自分がこのような目に遭うのか・・・。そして、今自分を惨殺しようとしている声の主は誰なのか・・・。いずれの謎すら、彼には知る権利すら与えられなかった。


――遙か昔のことです。

 

村の近くにある大きな沼に、巨大な蛇が住み着きました。

 

村の作物や建物に危害を加えるので、人々は蛇を大変おそれました。

 

それでも勇気を出して、何とか余所の土地へ移ってくれないかと相談を持ちかけたところ、蛇はそれを受け入れる代わりに、ある条件を出しました。

 

「身の丈六尺ある大きな男女を生け贄として寄越せ」

 

村人達は困り果てました。この村には、そんな背の高い人間などいなかったのです。

 

でもこのままでは食べるものが無くなり、皆死んでしまいます。

 

その時、ある若い男が言いました。

 

「わしら夫婦が草木を編んだものを身にまとって、大きくなればいいのだ」

 

男は勇気は勇気がありましたが、その妻は大変な卑怯者で、夜な夜な一人で川を越えて逃げだそうとしたのですが、途中で足を取られ、そのまま溺れ死んでしまいました。

 

村人はその行為に怒り、水を含んでぶくぶくに膨らんだ彼女の亡骸を、武器や農具で何十回も突きました。

 

情けなく死んだその女の代わりに、密かに想いを寄せていた長老の娘が名乗り出て、男と新しく夫婦になりました。

 

かくして、夫婦は互いの身体に草木で作ったぶかぶかの服や、頭がすっぽり入る、人の顔をかたどった帽子を纏って六尺の大きさになりました。

 


そして、蛇に食べられやすくするため、己の身体を様々な武器や農具で何十回も突かせ、立派な生け贄となったのです。

 

生け贄に満足した蛇は何処へと去り、村には平穏が訪れたのでした。

 

その後、村のために命を捧げた一組の夫婦は「着包様(きぐるみさま)」として村の守り神となり、自己の保身のため逃げだし死んだ女は「着膨(きぶくれ)」として忌みの対象となって、その行いが後世まで伝えられるようになりました。

 

「着ぐるみ(ぬいぐるみ)の起源について 包村にまつわる伝承」

 

(昭和5年 村の古老より伝え聞く)



読者登録

エンジンさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について