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健吾が食らわせた当て身によって、着ぐるみの主は気を失った。引き剥がされた被り物のその下にあったのは、齢70を越えているだろう、老いた男の頭だった。

 

愛らしくデフォルメされたその被り物の下には、醜い素顔が隠されていたのだ。

 

「うへっ、ちょっとでも可哀想と思ったのは間違いだったぜ」

 

気を失っている老人を茂みの中に隠し、健吾はそのまま先へ進むことにした。健吾は自分がアクション映画の主人公であるかのように思えた。幼い頃、ジェームズ・ボンドやチャールズ・ブロンソン、シルヴェスター・スタローンに憧れ、近所の年下のガキ相手にバカな映画ごっこをやって、何度も大人達から雷をくらったか分からない。

 

桐原美佳――最高に綺麗で、超絶魅力的な女。もし彼女を助け出すことができれば、必ず俺になびいてくれる。今までは俺が献身する側だったが、それも逆転だ。あの高嶺の花が自分にひざまづく様をその単純な脳内で想像し、健吾は興奮せずにいられなかった。

 

幸いにして、他の村人に遭遇することはなかった。三十分以上かけてひたすら歩いていると、辺りの状況が目に見えて変わりはじめた。樹木に混じって、やたら古びた着ぐるみが並んでいる。最初は人かと思って驚いたが、どうやら人並みの大きさをした柱に立てかけたもののようだ。ライオンや熊といった馴染みのものから、江戸時代の妖怪絵巻物に描かれているような得体の知れないものまで、たくさんの着ぐるみオブジェが不気味に立ち並んでいた。


どれもがかなり年月を経ていて、愛嬌のあるはずの着ぐるみの顔は、泥や虫の死骸にまみれ、怪しくにやけているように見えた。

 

「おお」

 

急に声を掛けられ振り返ると、駐在がいた。

 

「こんなところで何して?」

 

ぶち犬の着ぐるみのせいで表情はよく読みとれないが、両手を後ろにやって首をわずかに傾けている。まずい、何とか誤魔化さなければ。

 

「先生達とはぐれたんだよ、随分先に行っちまった」

 

「……この先に?」

 

「ああ、そうだ、この先。何でも、すっげえ珍しい神社があるから、見に行こうってさ」

 

健吾は内心焦っていた。いざとなれば、この駐在を殴り飛ばして逃げるしかない。そしてその心情は、露骨なぐらい顔に表れていた。

 

「そうかそうか、まあ、ゆっくり見学して行きなさいな。都会じゃあこんな珍しいものは見れないからねえ」

 

駐在は愛嬌たっぷりに右手を振り、来た道を戻っていった。どうもあいつは気にくわないが、去っていってくれたのは運が良かった。健吾はこのまま探索を続けることにした。


やがて、何か祭壇のようなものが見えてきた。神社の社に近い形だが、不自然に丸みがあって、見方によっては着ぐるみ動物の頭を模したように見える。その上に、一体の着ぐるみが寝かされていた。何の動物がモチーフなのか、人目ではっきりと分かった。人間だ。幼稚園児がクレヨンで殴り書きしたような顔をした人間を立体化した着ぐるみだ。

 

「何だ、これは……?」

 

恐る恐るその人型に触れると……。

 

「うわっ!?」

 

不自然な生暖かさがあった。間違いなく、人が入っている。

 

「いけないなあ、不法侵入ってやつだよ?」

 

その声に振り向こうとした瞬間、鈍い痛みが後頭部を襲った。意識の混濁とともに身体の力が抜け、健吾はその場に崩れ落ちる。

 

「気絶させた人間はもっとちゃんと隠しとくもんじゃないかねえ、ちょっと脳味噌が足りないよ君」

 

薄れゆく意識の中、健吾の頭をよぎったのは、美しい美佳の姿だった。


肩に走った強烈な痛みによって、健吾の意識は無理矢理目覚めさせられた。何も見えない、暗闇の空間。だがそれでも、自分の両手が縄のようなものに縛られ、引っ張り上げられていること。そして今、自分の右肩に凄まじい一撃が加えられ、そこから夥しい出血が起きていることぐらいは、容易に理解することができた。

 

「さすがにナタで斬られちゃあ、覚めるもんも覚めるよなあ」

 

暗闇から、声が聞こえた。どこで聞いたか思い出せないが、こちらを不快にさせる、どこか間の抜けた調子。

 

さらに、もう一撃。骨が大きく揺れ、神経を激痛が蝕んでいく。あまりの苦痛に、健吾は大声を張り上げた。

 

「叫んだって、誰もこねえよぉ? ここは屠場みたいなもんだからなあ?」

 

「やっ、やめ・・・やめてくれぇ」

 

涙声で発せられる健吾の懇願も、空しく無視された。次に放たれたナタの一振りによって、健吾の逞しい右腕は、もはやか弱い女性でも簡単に引きちぎれるぐらい、無惨な有様となってしまった。

 

「ああああああ!!」

 

「そんなに叫ばれてもなぁ。男の声じゃあこっちもいきり立ってこねえのよ、悪いねえ」

 

「な、なんで・・・なななんで、こんなことを」

 

息も絶え絶えな男の言葉に、暗闇はハハハと陽気に笑った後、しばしの無言を間に挟んで答えた。

 

「おまえ、俺に無礼なマネしたろ?」

 

そして左腕に襲いかかる、無慈悲な刃。


先ほどよりも、重く、力が籠もっている。もはや、健吾が助かる術はない。何故、自分がこのような目に遭うのか・・・。そして、今自分を惨殺しようとしている声の主は誰なのか・・・。いずれの謎すら、彼には知る権利すら与えられなかった。



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