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「先生、いいんですか……?」

 

不安そうな南をなだめるように猛は微笑む、

 

「大丈夫さ。こんな小さい村、健吾みたいなガサツな奴がうろうろしてれば絶対誰かが見ていてくれるよ。なあに、皆親切な人達だから、無茶はさせないさ。それに美佳だって、あいつのことだ。またつまらん悪ふざけでもしてるに違いない。今にひょっこり出てきて、駐在にどやされるさ。それよりも勉強だぞ。この村に来る機会なんて、一生に一度あるかないかだからな」

 

至って呑気そうな猛とは裏腹に、南は不吉なものを感じずにはいられなかった。


健吾は鳥居のある林道へとたどり着いた。村の入り口付近まで行こうとして迷ってしまったのだが、その道中でたまたま、彼女のヘアピンが鳥居の付近に落ちているのを見つけたからだ。

 

前から人が来ないか、警戒しつつ進んでいく。正直言って、この村の人間は当てにならない。先生は此処の出身だからああ言うのも無理はないが、その見た目といい行動といい、胡散臭い。昨夜、美佳を捜索してると連中は言っていたが、今日自分が村を歩き回った限りでは、人捜しをしてますって感じのヤツは一人も見当たらなかった。捜す気なんて毛頭ないのか、それとも――。

 

白塗りの荘厳な装飾が施された建物の前まで来た時、人の気配に気づき、健吾は物陰に身を隠した。前方からやってきたのは、狸の着ぐるみであった。

 

建物の角までやってきた時、健吾はすかさず姿をあらわし、ひるんだ隙に相手の喉元をがっちりと押さえ込んだ。こういう力仕事には自身がある。

 

「おい! 美佳さんはどこだ! 言え!」

 

「やめてくれ、言うから、言うから、年寄りを苛めんといてくれぇ!」

 

愛らしい外見からは想像もつかない、皺がれた男の声。

 

「さっさと言え! さもないと……」

 

着ぐるみの首をぐっと締め上げてやると、中身は苦しそうに呻き、必死で叫んだ。

 

「この先だ! この先の拝殿に女はいる! だから早く離してくれぇ……」


健吾が食らわせた当て身によって、着ぐるみの主は気を失った。引き剥がされた被り物のその下にあったのは、齢70を越えているだろう、老いた男の頭だった。

 

愛らしくデフォルメされたその被り物の下には、醜い素顔が隠されていたのだ。

 

「うへっ、ちょっとでも可哀想と思ったのは間違いだったぜ」

 

気を失っている老人を茂みの中に隠し、健吾はそのまま先へ進むことにした。健吾は自分がアクション映画の主人公であるかのように思えた。幼い頃、ジェームズ・ボンドやチャールズ・ブロンソン、シルヴェスター・スタローンに憧れ、近所の年下のガキ相手にバカな映画ごっこをやって、何度も大人達から雷をくらったか分からない。

 

桐原美佳――最高に綺麗で、超絶魅力的な女。もし彼女を助け出すことができれば、必ず俺になびいてくれる。今までは俺が献身する側だったが、それも逆転だ。あの高嶺の花が自分にひざまづく様をその単純な脳内で想像し、健吾は興奮せずにいられなかった。

 

幸いにして、他の村人に遭遇することはなかった。三十分以上かけてひたすら歩いていると、辺りの状況が目に見えて変わりはじめた。樹木に混じって、やたら古びた着ぐるみが並んでいる。最初は人かと思って驚いたが、どうやら人並みの大きさをした柱に立てかけたもののようだ。ライオンや熊といった馴染みのものから、江戸時代の妖怪絵巻物に描かれているような得体の知れないものまで、たくさんの着ぐるみオブジェが不気味に立ち並んでいた。


どれもがかなり年月を経ていて、愛嬌のあるはずの着ぐるみの顔は、泥や虫の死骸にまみれ、怪しくにやけているように見えた。

 

「おお」

 

急に声を掛けられ振り返ると、駐在がいた。

 

「こんなところで何して?」

 

ぶち犬の着ぐるみのせいで表情はよく読みとれないが、両手を後ろにやって首をわずかに傾けている。まずい、何とか誤魔化さなければ。

 

「先生達とはぐれたんだよ、随分先に行っちまった」

 

「……この先に?」

 

「ああ、そうだ、この先。何でも、すっげえ珍しい神社があるから、見に行こうってさ」

 

健吾は内心焦っていた。いざとなれば、この駐在を殴り飛ばして逃げるしかない。そしてその心情は、露骨なぐらい顔に表れていた。

 

「そうかそうか、まあ、ゆっくり見学して行きなさいな。都会じゃあこんな珍しいものは見れないからねえ」

 

駐在は愛嬌たっぷりに右手を振り、来た道を戻っていった。どうもあいつは気にくわないが、去っていってくれたのは運が良かった。健吾はこのまま探索を続けることにした。


やがて、何か祭壇のようなものが見えてきた。神社の社に近い形だが、不自然に丸みがあって、見方によっては着ぐるみ動物の頭を模したように見える。その上に、一体の着ぐるみが寝かされていた。何の動物がモチーフなのか、人目ではっきりと分かった。人間だ。幼稚園児がクレヨンで殴り書きしたような顔をした人間を立体化した着ぐるみだ。

 

「何だ、これは……?」

 

恐る恐るその人型に触れると……。

 

「うわっ!?」

 

不自然な生暖かさがあった。間違いなく、人が入っている。

 

「いけないなあ、不法侵入ってやつだよ?」

 

その声に振り向こうとした瞬間、鈍い痛みが後頭部を襲った。意識の混濁とともに身体の力が抜け、健吾はその場に崩れ落ちる。

 

「気絶させた人間はもっとちゃんと隠しとくもんじゃないかねえ、ちょっと脳味噌が足りないよ君」

 

薄れゆく意識の中、健吾の頭をよぎったのは、美しい美佳の姿だった。



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