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自身でも乱暴な発言だと思ったが、構わなかった。トラウマを抉るこの包村という場所で、予期せぬトラブルの真っ直中にいることが、彼女にとって大きなストレスとなっていた。

 

それに加え、先ほどの健吾のあの態度が腹に据えかねていたのだ。おそらく行方知れずになったのが自分や貢であれば、健吾はあのような必死な姿勢は見せなかっただろう。下手をすると美佳と二人して、捜索を村人に任せてさっさと帰ろうなどと言い出していたかもしれない。

 

ついその心中を、側にいた貢に吐き出してしまった。

 

「で、でも、僕にかまってくれます。二人なりに、ちゃんと話しかけてきてくれます」

 

「だからそれは――」

 

「……一番ひどいのは、無視されることです」

 

しばらく間を置いて、貢は付け加えた。

 

「中学校の頃、もっとひどいイジメに遭ってました。あんなもんじゃないんです。皆何が起こっても、一言も話しかけてきてくれないんです。話をしないってことは、人間扱いしないってことなんです。あの時に比べたら……」

 

語る貢の目にうっすら涙が浮かぶ。その様子を見て、南は自身の発言が軽率であったことを理解した。

 

「……ごめんなさい。大変な事態なのに、ひどいことを言ってしまって」

 

 


「い、い、いいんです。実際俺、ウジウジしてるから、上手く話とか進められなくて、相手をイライラさせちゃうんです。南さんみたいに、ちゃんと二人とも話できなくて……」

 

「無理矢理合わせてるだけですよ。面白い話題なんて思いつかないから、適当に相づち打ってるだけ」

 

「で、で、でも、すごいことだと思います。相手と向かい合えるなんて……勇気があります」

 

「……着ぐるみが怖いのに?」

 

「だ、誰にだって、こ、怖いものが一つはあります。だ、だから、元気を出して……」

 

「でも……」

 

憂かない表情を浮かべた南を貢はしばらくずっと見ていたが、やがて意を決したように言い切った。

 

「も、も、もし、怖かったら、自分がずっと一緒にいます! だ、だから安心して!」

 

その言葉を発し終わってからしばらくして、貢は珍しく笑顔になった。少々ぎこちないが、人を安心させる柔らかな笑み。

 

貢の言葉に南は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに安堵したように微笑んだ。

 

「分かりました。じゃあ、ちゃんと守って下さいね」

 

「も、も、勿論!」

 

非常にささやかではあるが、お互いこの村に来て初めて、穏やかな時間を過ごすことができた。この遣り取りを物陰から監視するものがいたことに、二人は気づくはずもなかった。

 

 


翌朝、南は健吾の怒鳴り声で目が覚めた。

 

「クソッ……もっとちゃんと探せや! ふざけたぬいぐるみなんぞ着込みやがって!」

 

隣室からでも、その苛立ちが伝わる。部屋を出ると、ちょうど健吾も隣の教室の扉を開け、外へと出るところであった。

 

「おう、ちょっと出かけてくるわ。先生達には適当に言っといてくれ」

 

「行くって、何処にです!」

 

「決まってんだろうが、美佳さんを探しに行くんだよ。やつら、まだ見つけられてないみたいだ」

 

「でも昨日、あんまりうろつくなって――」

 

「うるせえな! 動かなきゃ美佳さんは助けられねえかもしれねえだろ! うかうかしてて万が一美佳さんが死んじゃったら、俺、俺……」

 

ああくそ! と健吾は床を踏みならした。

 

早朝からの騒々しい物音を聞きつけ、猛と貢も階段を上がってきた。

 

「先生、いいところに来てくれたよ。止めても俺、行くからな」

 

「わかった、行きたければ行け」

 

「せ、せ、先生! でも……」

 

「確かに健吾の言うとおりかもしれない。もし美佳が助かるのであれば、可能性を増やすのはいいことだ。だが健吾、決して危ない真似はするなよ」

 

「……分かってるよ」

 

猛の言葉に健吾は頷いた。そして三人に背を向け、廊下を走り去っていった。


「先生、いいんですか……?」

 

不安そうな南をなだめるように猛は微笑む、

 

「大丈夫さ。こんな小さい村、健吾みたいなガサツな奴がうろうろしてれば絶対誰かが見ていてくれるよ。なあに、皆親切な人達だから、無茶はさせないさ。それに美佳だって、あいつのことだ。またつまらん悪ふざけでもしてるに違いない。今にひょっこり出てきて、駐在にどやされるさ。それよりも勉強だぞ。この村に来る機会なんて、一生に一度あるかないかだからな」

 

至って呑気そうな猛とは裏腹に、南は不吉なものを感じずにはいられなかった。


健吾は鳥居のある林道へとたどり着いた。村の入り口付近まで行こうとして迷ってしまったのだが、その道中でたまたま、彼女のヘアピンが鳥居の付近に落ちているのを見つけたからだ。

 

前から人が来ないか、警戒しつつ進んでいく。正直言って、この村の人間は当てにならない。先生は此処の出身だからああ言うのも無理はないが、その見た目といい行動といい、胡散臭い。昨夜、美佳を捜索してると連中は言っていたが、今日自分が村を歩き回った限りでは、人捜しをしてますって感じのヤツは一人も見当たらなかった。捜す気なんて毛頭ないのか、それとも――。

 

白塗りの荘厳な装飾が施された建物の前まで来た時、人の気配に気づき、健吾は物陰に身を隠した。前方からやってきたのは、狸の着ぐるみであった。

 

建物の角までやってきた時、健吾はすかさず姿をあらわし、ひるんだ隙に相手の喉元をがっちりと押さえ込んだ。こういう力仕事には自身がある。

 

「おい! 美佳さんはどこだ! 言え!」

 

「やめてくれ、言うから、言うから、年寄りを苛めんといてくれぇ!」

 

愛らしい外見からは想像もつかない、皺がれた男の声。

 

「さっさと言え! さもないと……」

 

着ぐるみの首をぐっと締め上げてやると、中身は苦しそうに呻き、必死で叫んだ。

 

「この先だ! この先の拝殿に女はいる! だから早く離してくれぇ……」



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