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視界が暗闇に包まれた状況の中、美佳は意識を取り戻した。ほぼ真っ暗に近いが、かろうじてぼんやりとした光が向こうに見える。どうやら、目を何かで塞がれているらしい。おまけに、手足も自由に動かせない。拘束されているのではなく、動かそうとしても力が全く入らないのだ。助けてと叫ぼうとしても、全く力が入らない。それに、背中を除く身体全体が、何か柔らかいもので包まれている。

 

一体、自分に何が起こったのか。しばらく考えてみて、分かったことはただ一つだけ。自分は、無理矢理着ぐるみを着せられている……?

 

「おまえさんは、今から神様になるんだよぉ」

 

どこかで聞き覚えのある声。

 

(やめて、お願いたすけて……)

 

助けを求める声が、全く出せない。背中に、何か熱いものが近づけられているのを感じる。

 

(やめて! やめてえええ!)

 

それが背中に当てられた瞬間、ジュッと何かが蒸発するような音がして、激しい痛みが彼女を襲った。

 

(んぎいいいいいい!)

 

身体全体が小刻みに痙攣する。声に出して激痛を訴えることができず、苦悶が体中を駆けめぐる。

 

「これからなぁ、ずうっと死ぬまで、この着ぐるみと一緒になれっだ。有り難いこと、有り難いことじゃらぁ」

 

焼けただれた背中に、何か液体のようなものが流し込まれ、それが更なる激痛を呼ぶ。

 

 


(死にたい……! こんなに痛いなら、死なせてぇ)

 

 

あまりの苦しさに全身をガクガクと震わせながら、美佳は一刻も早い苦痛からの解放を必死で望んだが、その願いは無慈悲にも退けられることになる。


真夜中、貢が宿泊部屋として使っている教室の扉がノックされた。ひょっとしたら健吾が仕返しにきたのかと、戦々恐々としつつ、扉から離れている窓から外の様子を覗いてみると……。

 

そこには、南の姿があった。扉の前で、申し訳なさそうに俯いている。

 

「み、み、南さん……」

 

貢の声に南は振り向き、ぺこりと一礼した。

 

 

「同じサークルなのに、あまり話したことなかったですね……」

 

今は使われていない、小さな校舎の狭い運動場。その上に瞬く星空を、二人は下駄箱前の段差に腰掛け、眺めていた。

 

「お、お、俺、人と話すの、苦手なんで……」

 

「いいんですよ、アタシもあの二人に適当に合わせてるだけで、自分では何もできないし……」

 

「み、美佳さん、今頃どこにいるんでしょう。心配だなあ……」

 

「貢さん。美佳さんや健吾さんのこと、本当に心配ですか?」

 

「え、え、そ、それはどういう意味で?」

 

「……こんな時に言うのもなんですけど、あの二人、あまり好きじゃないんです。すごく偉そうで、図々しくて、あなたのことなんて人間として扱ってないみたいで、見ているこちらも嫌になるんです」

 

 

 


自身でも乱暴な発言だと思ったが、構わなかった。トラウマを抉るこの包村という場所で、予期せぬトラブルの真っ直中にいることが、彼女にとって大きなストレスとなっていた。

 

それに加え、先ほどの健吾のあの態度が腹に据えかねていたのだ。おそらく行方知れずになったのが自分や貢であれば、健吾はあのような必死な姿勢は見せなかっただろう。下手をすると美佳と二人して、捜索を村人に任せてさっさと帰ろうなどと言い出していたかもしれない。

 

ついその心中を、側にいた貢に吐き出してしまった。

 

「で、でも、僕にかまってくれます。二人なりに、ちゃんと話しかけてきてくれます」

 

「だからそれは――」

 

「……一番ひどいのは、無視されることです」

 

しばらく間を置いて、貢は付け加えた。

 

「中学校の頃、もっとひどいイジメに遭ってました。あんなもんじゃないんです。皆何が起こっても、一言も話しかけてきてくれないんです。話をしないってことは、人間扱いしないってことなんです。あの時に比べたら……」

 

語る貢の目にうっすら涙が浮かぶ。その様子を見て、南は自身の発言が軽率であったことを理解した。

 

「……ごめんなさい。大変な事態なのに、ひどいことを言ってしまって」

 

 


「い、い、いいんです。実際俺、ウジウジしてるから、上手く話とか進められなくて、相手をイライラさせちゃうんです。南さんみたいに、ちゃんと二人とも話できなくて……」

 

「無理矢理合わせてるだけですよ。面白い話題なんて思いつかないから、適当に相づち打ってるだけ」

 

「で、で、でも、すごいことだと思います。相手と向かい合えるなんて……勇気があります」

 

「……着ぐるみが怖いのに?」

 

「だ、誰にだって、こ、怖いものが一つはあります。だ、だから、元気を出して……」

 

「でも……」

 

憂かない表情を浮かべた南を貢はしばらくずっと見ていたが、やがて意を決したように言い切った。

 

「も、も、もし、怖かったら、自分がずっと一緒にいます! だ、だから安心して!」

 

その言葉を発し終わってからしばらくして、貢は珍しく笑顔になった。少々ぎこちないが、人を安心させる柔らかな笑み。

 

貢の言葉に南は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに安堵したように微笑んだ。

 

「分かりました。じゃあ、ちゃんと守って下さいね」

 

「も、も、勿論!」

 

非常にささやかではあるが、お互いこの村に来て初めて、穏やかな時間を過ごすことができた。この遣り取りを物陰から監視するものがいたことに、二人は気づくはずもなかった。

 

 



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