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こうして三人が一足早く宿泊先に向かった。

 

残された二人、健吾と美佳は猛から宿泊先の場所を聞かされ、一通り見学を終えた後で来るように言われ、適当に村をぶらついていた。この村の人間は、一人違わず着ぐるみを身につけている。道行く度にすれ違う、デフォルメされたライオンやゴリラに最初こそ胸ときめかせはしゃいでいた美佳だったが、やがて自身の性格から来る飽きっぽさゆえ、不機嫌になっていった。

 

「なんかもう疲れた、帰りたい」

 

「え、もうかよ美佳さん! もうちょっと一緒にいようよ」

 

「だって楽しくないもーん」

 

健吾は困った。今が誰にも邪魔されず、愛しの美佳さんと二人っきりでいられる機会なのに、まだ一時間も経っていないじゃないか。この問題に対し、彼は実に安直で、なおかつ下品極まりない解決法を思いついた。

 

「ほら美佳さん、あそこに小屋があるだろ。あれ、農具とかを置く納屋だぜ」

 

「それがどうしたのよぉ」

 

「こんな変な村だ、きっとすっげえ変なものがあるぜ。なあ、中入って見てみようよ」

 

「うーん、どうしよー」

 

「ね、いいだろ?」

 

健吾は美佳の目を見つめながら、その手をそっと握る。

 

美佳もまんざらではなさそうな挑発的な顔を浮かべ、口元を緩めた。

 

「わかったわ、いいよぉ」

 

「マジ!?」


「でも、ちょっと待ってて? ほら、靴ひもが解けちゃってぇ」

 

「そんなことどうでもいいよ!」

 

「焦んないでぇ。あの中で待っててぇ」

 

ちゃんと行くから、と耳元での囁きを受け、健吾は大いに興奮し、いそいそと納屋の中へ入っていった。

 

その後ろ姿を見つめ、美佳はクスリと嘲るように吹き出した。あいつのことなんて、何とも思ってはいない。ちょっと可愛い子ぶってたらオーバーなぐらい骨を折ってくれる、ただの便利屋さん。関係を持つなんて、もっての他だ。

 

パンツ一丁の健吾が期待に胸を膨らませて待っている納屋に向かってアカンベーをして、美佳はその場から離れた。気が変わった、もうちょっとブラブラしてみよっと。でもなるべく、あいつに見つからないようにしないと。まあ、そうなったらそうなったで適当に言い訳すればいいんだけどね。

 

しばらく歩いた所に、古びた鳥居を見つけた。その奥には少々狭いが、通り抜ける分には問題のない、木々に囲まれた道が続いている。

 

(面白そう)

 

美佳は何の疑いも持たず、その道を進んでいくことに決めた。


知らない鳥の鳴き声が響く森の中を、美佳は一人進んでいく。最初の内は面白いかもと思っていたが、歩いても歩いても同じような景色が続くばかりで、足も疲れてきた。でも、今更引き返すのも何か嫌だ、せめて何かを見つけてから帰らなきゃ損よ、そんな浅はかな考えで、見知らぬ場所を闇雲に歩き続けていたのだ。

 

だが、彼女の願い叶ってか、もうしばらく歩いた時、何か小屋のようなものが見えてきた。美佳の好奇心は再燃し、先ほどまでの疲れもなんのその、一気に走った。

 

その建物は先ほど健吾が入っていった納屋と同じぐらいの大きさだった。が、白塗りの外壁や朱色の屋根、そして入り口の前に掛けられている、くずし字で書かれた札と榊の葉で装飾された飾り物が、何やら重要な場所であることを予感させた。

 

「……覗くだけならいいわよね、ちょっとだけぇ」

 

閉まっていたら帰ろうと思って引き戸に手をかけると、思ったより簡単に開いた。そっと中に足を踏み入れる。真っ暗で何も見えなかったが、側にあったスイッチを入れると、オレンジ色の豆電球が点灯した。

 

そこら中に、たくさんの着ぐるみが乱雑に放置されていた。馬や虎など、一目でモチーフが分かるものもあれば、まるで妖怪のようなおどろおどろしい造形のものまであらゆる着ぐるみが集められていた。

 


その中に、一つ妙なものがあった。ぶち柄をした、犬の着ぐるみ。他の着ぐるみは力なくもたれかかるような姿勢で置かれているのに、それだけしっかりと起立した状態になっている。

 

「何かしら、これ……」

 

美佳はその着ぐるみに近づき、恐る恐る触ってみた。その瞬間、とてつもなく重大なことに気がついた。暖かい。この着ぐるみから、人のような温もりを感じる。

 

だがそれに気がついた時は既に手遅れだった。着ぐるみの右手が彼女の手をがっちりと掴み、残った左腕でかたくその身動きを封じてしまったからだ。

 

「お嬢さ~ん、迷子かなあ? おうちはどこかなあ?」

 

口を塞がれ、言葉に鳴らない叫びを上げる美佳であったが、もはや何もできなかった。そのまま着ぐるみの分厚い腕によって締め落とされ、彼女は意識を失った。


待ちぼうけを食らった健吾が、しょんぼりした気持ちを胸に宿泊場所に戻ってきたのは、辺りが薄暗くなり始めた頃だった。

 

宿泊場所とは言っても、このような小さな村に旅館やホテルがあるわけではない。大分昔、村民の学校として使われていた木造の小さな校舎を、宿泊施設として改修したものである。村民の寄り合い所や物置きなど、宿泊だけでなく様々な事柄に利用可能で、粗末ながら風呂場もちゃんと用意されている。

 

門の前で煙草を吹かしていた猛に美佳のことを聞いたが、返ってきたのは健吾自身が最も恐れる答えだった。

 

「桐原? まだ帰ってないが……」

 

「そんな!? んなはずねえよ!」

 

健吾は酷く焦り、落ち着かない調子でまくし立てた。

 

「こんな場所でずっと戻ってこないって、それやばいですよ! 事故じゃないですか!」

 

「お前等、一緒じゃなかったのか?」

 

「い、いえ、途中で別れたんです……でも! ひょっとして森の中とか入り込んで、遭難とかしてたら!」

 

美佳さんが危ないですよ! いつになく必死な健吾の声を聞き、建物の中から南と貢もやってきた。

 

「俺、今から探しに行きます! 美佳さん、きっと今頃泣いてますよ!」

 

「で、で、でも、よ、この辺りの夜はすごく暗いですよ」



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