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「桐原、お前バイトしたことあったのか?」

 

「やだわ先生、アタシだってバイトぐらいしたことあるわよ。メンドいから一日でやめたけどねー」

 

「……まあ、そうだな。アルバイトとかで競争相手が増えて、村の人間が就けるだけのパイが減ったんだ。俺みたいにあまり関係のない仕事に就く奴も少なくない。 だがそれでも、伝統ある着ぐるみ業を続ける仲間達のことは陰ながら支援させてもらってるよ」

 

「先生、カッコいい!」

 

「当然のことさ。それが出来ないヤツは、キブクレだよ」

 

「キブクレ?」

 

「ああ、お前等の言う”着膨れ”とは少し意味が違うか。後で教えてやるよ」

 

「でで、でも、そんな歴史が日本にあったんですね。ぼ、ぼく、知らなかったです」

 

「どうだ、いい勉強になっただろ? 一流の大学でも滅多に来れないフィールドワークだぜ」

 

自信ありげに猛が語る一方で、南はうかない顔をしていた。先ほどよりも顔色が悪く、額からは冷や汗すら流れている。

 

「ど、どうしたんです? 南さん」

 

「お前が気持ち悪いんだって言ってんだろうが」

 

「おい吉川、体調が悪いのか」

 

だがその様子はよく見ると、何かに怯えているようであった。

 

「ごめんなさい、外出てもいいですか……?」

 

南は、申し訳なさそうに家の外へと出て行った。


家の裏手で、南は息を荒くしてうなだれている。

 

「み、南さん……」

 

後からついてきた貢、そして猛が気遣うように声をかけた。

 

「どうする? 一足先に宿泊場所に行って休むか?」

 

「あの、体調は悪くないんです。でも私、着ぐるみが……」

 

「着ぐるみ?」

 

「怖いんです……昔のことが原因で」

 

南は震える手を押さえながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

 


彼女が5歳の頃の誕生日、両親が新しくできた遊園地へと連れて行ってくれた。前々から行きたかった場所、はしゃぎ回ってうっかり両親とはぐれてしまった。

 

どこかも分からぬ広い園内で一人泣いていると、その遊園地のマスコットを模した着ぐるみが近づいて、優しくその手を取った。

 

「お父さんとお母さんのところへ案内してくれるんだ!」

 

彼女はそう思って、人形に手を引かれるまま歩いていった。だが、不思議なことに、着ぐるみはなるべく人気のない場所を歩きたがる。徐々に彼女も不安になってきた。

 

かれこれ20分ほど歩いた頃、着ぐるみがトイレを指さした。日は暮れ始め、近くにアトラクションもない場所に人がいない。

 

抵抗むなしくものすごい力で身体を抱き抱えられ、無理矢理中へ連れ込まれようとしたその時、偶々そこを通りがかった警備員が駆けつけた。着ぐるみは南を投げ捨て、慌てて逃げていった。

 

幸いにして彼女は無事な状態で発見されたが、そのまま誰にも助けられなかったらどうなっていたか、幼心にもなんとなく理解できた。


以来、南は着ぐるみに対してトラウマを抱き、遊園地やデパートのイベント会場などは、なるべく避けるようにして生きてきた。だが今回、猛は行き先の詳細を秘密にしてサークルの皆を驚かせようと考えていた。南もまさか、自分が最も苦手とするものが多数存在する場所へと連れて行かれるとは思わなかったのだろう。

 

「そうか、俺が余計なことしたせいで……。ごめんな」

 

「いえ、先生のせいじゃないです。元はと言えば、私のこの恐怖症がおかしいんですよ、だから気にしないで下さい」

 

「ともかく、落ち着いた方がいいよ。とりあえず宿に連れて行くから、今日はそこで休んでろ、いいな」

 

「……すいません」

 

「ぼ、僕も行きます。南さんが心配です」

 

「お前、健吾達と一緒にいたら苛められるもんな」

 

「そ、そんな理由じゃないですよ!」

 

「ははは、分かってるよ。一緒に行こう」


こうして三人が一足早く宿泊先に向かった。

 

残された二人、健吾と美佳は猛から宿泊先の場所を聞かされ、一通り見学を終えた後で来るように言われ、適当に村をぶらついていた。この村の人間は、一人違わず着ぐるみを身につけている。道行く度にすれ違う、デフォルメされたライオンやゴリラに最初こそ胸ときめかせはしゃいでいた美佳だったが、やがて自身の性格から来る飽きっぽさゆえ、不機嫌になっていった。

 

「なんかもう疲れた、帰りたい」

 

「え、もうかよ美佳さん! もうちょっと一緒にいようよ」

 

「だって楽しくないもーん」

 

健吾は困った。今が誰にも邪魔されず、愛しの美佳さんと二人っきりでいられる機会なのに、まだ一時間も経っていないじゃないか。この問題に対し、彼は実に安直で、なおかつ下品極まりない解決法を思いついた。

 

「ほら美佳さん、あそこに小屋があるだろ。あれ、農具とかを置く納屋だぜ」

 

「それがどうしたのよぉ」

 

「こんな変な村だ、きっとすっげえ変なものがあるぜ。なあ、中入って見てみようよ」

 

「うーん、どうしよー」

 

「ね、いいだろ?」

 

健吾は美佳の目を見つめながら、その手をそっと握る。

 

美佳もまんざらではなさそうな挑発的な顔を浮かべ、口元を緩めた。

 

「わかったわ、いいよぉ」

 

「マジ!?」



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