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 成人男性が両手を広げたぐらいの、大きなしわくちゃの真っ赤な顔から直接、両手足が伸びた異様な着ぐるみが姿を現したのだ。

 

貢と健吾は突然のことにア然としており、美佳は極めて脳天気にギャハハと笑った。

 

「ちょっ何こいつ! へんなのー! まんじゅうのお化け!?」

 

彼女の言葉に、「まんじゅうのお化け」は皺枯れたような老婆の声で返答した。

 

「これはとんがらし大王と言ってな、江戸時代のとんがらし商人が宣伝のために作らせたもんじゃ」

 

先ほどから笑いをこらえていた猛が、ようやく彼女について紹介をはじめた。

 

「この人は縫原栄。この村の村長で、俺のばあちゃんさ」

 

「何だよもう! 先生も人が悪いぜ!」

 

「そ、そ、そうですよ。ねえ、南さん……南さん?」

 

南は顔を青くし、唖然としたまま一言も口に出さなかったが、やがてその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。


「いやいや、すまんのお。都会で流行ってるらしい”さぷらいず”っちゅうもんをやってみたんやが、驚かせすぎたかのぉ」

 

村で最も大きな畑を持つ栄の屋敷に通された一行は、客間にて村名物の胡麻茶を振る舞われながら、栄の話を聞くことになった。

 

先ほど失神寸前の状態に陥った南は、別の部屋で寝かせようという猛の言葉に対して「もう大丈夫です、ただの立ちくらみだから」とそれを断り、他三人と同じく座布団の上に座っている。

 

「ばあさん。あんた夏でもその格好なのか?」

 

ぶっきらぼうな口調で健吾が尋ねた。

 

「その着ぐるみ、重くないの?」

 

続けて美佳も質問を投げる。きっちり正座をしている貢や南とは対照的に、その姿勢はかなり崩れていた。

 

先ほどまで身につけていた「とんがらし大王」の着ぐるみはもう脱いで、部屋の端に置かれていた

。本来の栄の姿は一見、やや腰が曲がり気味のどこにでもいるような老婆だが、眼差しをよくよく見ると、年齢にそぐわないエネルギッシュさが感じられる。

 

「なあに、これは冬用じゃ。外から持ってきた”ふりぃす”っちゅうのを入れとるから、あったかいんやよぉ。ちゃあんと夏には夏の涼しい着ぐるみがあるよってに。それに、ギジツなんかも進歩しやるから、意外と軽いんやよぉ」

 

そう言われて気になったのか、美佳はどでかいとんがらし大王の頭に近づき、両手で持ち上げてみた。

 


すると、身体を兼ねたその奇面は外見からは想像できぬぐらいふわりと持ち上がった。

 

「うわ! 本当だ! ふわふわで軽い! アタシも着てみたいなぁ」

 

「よしよし、またええ着ぐるみを着せてやるよぉ」

 

「本当!? やったぁ!」

 

独特の間延びした訛と愛想のよい微笑みを交え、栄は更に語る。

 

「やっぱりあれかね。民俗学目指すっちゅうことは、こっちいの猛みたいに、皆先生になるんかね。偉いのぉ」

 

「別にぃ」

 

ぶっきらぼうな言い方で美佳が答える。

 

「ただアタシってちょっと自分の力と時間を持て余してるっていうかぁ、トリビアを身につけたかったのね。んでやってみたら以外と楽しかったからさあ、居てるってだけでぇ、そういうのは成るように成ればいいって感じかな?」

 

「つ、つまり何も考えてないってことですか?」

 

まだ顔色の戻らない貢が、不必要な言葉を吐く。当然の如く、健吾はそれにキツい反応を見せた。

 

「何だお前、美佳ちゃんがアホだって言いてえのか?」

 

酸っぱい臭いが漂うのも構わず、彼は怯える貢の不格好に長い鼻っ柱にあわやぶつからんとするぐらいまで自身のでかい顔を近づけ、すごんだ。

 

「ち、違います。こ、言葉のあやなんです」

 

「びくびくせずハッキリ言えやゲロ男よぉ」

 

「おい、やめろ! なんだこんな所に来てまで!」

 

猛が間に入り、生徒二人の諍いを止めた。


猛は祖母に、この村の起源についての話をしてくれるよう促した。

 

先ほどの出来事にも関わらず、栄はにんまりと笑顔を浮かべて語り始めた。

 

「元々この村ってえのは、徳川の将軍様の頃、ええと、ちょうど、家治様の御時世の頃にできたんよお」

 

それまで各地を放浪していた、とある職人集団が定住したのが、この地の始まりであるという。

 

その職人というのは、着ぐるみにまつわる仕事を専門とした者達である。

 

着ぐるみを作る人間、着ぐるみを着て行う仕事をする人間が、一カ所に集ったのだ。

 

「そ、それはせ、先生が以前話してくれた、ど、泥棒集落のようなものですか……?」

 

「トロマ! あんた失礼でしょ? まるでこの村の人達が泥棒と同じみたいな言い方じゃないの!」

 

「そうだ! 美佳さんに謝れよ!」

 

「ひぃっ!? ご、ごめんなさい!」

 

美佳と健吾、貢のやりとりを見て、「いやいや若者は元気じゃらこって」と、栄が声をあげて笑う。

 

「でもよ、江戸時代に着ぐるみって何か場違いな感じがするなあ」

 

「それがね、着ぐるみっていうのはそれより遙か以前からあったんだ。でも本格的に盛り上がったのは江戸時代ってわけ。ばあちゃん、ちょっとあれ見せてくれ」

 

あいよ、と栄は側に置かれていた古い絵巻物を見せてくれた。

 


それは江戸時代の一般的な商店の周りを描いたものであったが、行き交う町人に混じって何やら人の足が生えた蛸のような生き物がいるのに、一同注目した。

 

「蛸!? 蛸の着ぐるみなんてあったのかよ」

 

「ああよ、元は歌舞伎の演目なんかで使うもんやったんが、商人が我が店の宣伝になると言ってな。ほら、都会じゃ今でも町中で着ぐるみがティッシュとかくばっとるんじゃろう」

 

「お、お、おばあさん、と、都会のことなのによくご存じですね」

 

「この村のもんは着ぐるみを使った仕事だったら全国津々浦々、何でもやりおる。村にいるのはわしらみたいな年寄りだけやが、若いもんは蝦夷から琉球まで、色んなところにおるんよ」

 

「今でいう派遣みたいな感じ?」

 

「まあ近いっちゃ近いなあ。

 

 違うのは、雇われてからどっかに行くわけじゃない、

 

 ってことかな」

 

「ど、どういうことです?」

 

「この村にいる人間は、皆血が繋がっているんだ。俺や祖母ちゃん、村の皆、村の外にいる若い連中、みんな家族みたいなもんなのさ。自ずから、家族のために働いて金を稼ぐ、当然っちゃ当然だろ?」

 

彼らは当時における様々な集団の中でも、極めて弱い存在であった。そこで互いの不利益を相互に補い合うべく、彼らは集い、ともに協力し合うようになったのだ。そうして自然と拠点、いわゆる「着ぐるみ村」的なものを作り上げ、そこに住み着くようになる。

 



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