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着ぐるみ様

貢と猛がその無惨な亡骸を発見したのは、それから一時間後のことだった。いなくなった健吾と美佳を探している途中で、川にうつ伏せになった状態で動かなくなった、ぼろぼろの着ぐるみ。その被りものを剥いでみると、窒息の苦悶に顔を歪めた美佳の顔が現れた。その表情は、生前の美貌と大きくかけ離れた醜いものだった。

 

「ひ、ひどい……。な、なんで……」

 

「キブクレだ……」

 

気が動転している貢とは対照的に、猛は冷静に呟いた。

 

「キ、キブクレ……?」

 

「傲慢と身勝手の象徴、いわば貧乏神みたいなもんだ。まさか、「着ぐるみ様」をやるつもりか……?」

 

「な、なんですか。その「着ぐるみ様」って」

 

「この村に古くからまつわる、呪われた儀式だ。まさか今でも行われているなんて……」

 

周囲に人の気配がないのを確認した上で、猛は語り始めた。

 

「この村には言い伝えがあってな。昔、この村の近くにある沼に大蛇が住み着いて、建物を壊したり、人を食ったりしたんだ。それにたまりかねた村人達はお願いだからやめてくれと懇願するんだが、大蛇は身の丈六尺以上の壮健な男女一組を生け贄として捧げよという。だがな、この村には背丈も小さく身体の弱い者しかいなかった。このままでは村は滅んでしまう。

 


そんな時、結婚したばかりの若い夫婦が名乗り出て、こういった」

 

(草木を編んで詰めた袋を身に纏って大きくなった私達が、生け贄になります)

 

「そ、それが、着ぐるみ?」

 

「そう、着ぐるみの発祥――。もっとも学術的な証拠は皆無だが、この村ではそうなっている。だがその途中、女の方は逃げだそうとして、川に落ち溺れ死んだ」

 

「ま、まるで……!」

 

「今の美佳と同じ状況だ」

 

美佳の亡骸が被せられていた被り物を見つめながら、猛は話す。

 

「死んだ女の代わりに、長老の娘が名乗りを上げ、男の新たな妻となった。そしてそれを纏って大きな男女となった二人を、村人は槍や鎌で八つ裂きにしたんだ」

 

「な、何故そんな惨いことを…」

 

「おそらく、蛇の食欲をそそるためだろう。それに、キブクレのように怖じ気付いて逃げ出さないためという意味もあると思う」

 

残酷な言い伝えに、貢の顔は青くなる。

 

「ともかく、二人は見事生け贄を全うし、村は救われたと言われている。以来、五十年に一度、この村では儀式を行うことになった。若い一組の男女に、それぞれの性別の人間を大きめにかたどった着ぐるみを着せ、そして……」

 

「ひ、人身御供に……?」

 

貢の言葉に、猛は黙って頷いた。

 

「ひょっとすれば、健吾はまだ助けられるかもしれない、急ぐぞ!」

 

「は、は、はい!」


笑いながら迫り来る、うさぎの着ぐるみ。

 

驚いた拍子に、南は夢から覚めた。元々は理科室だった部屋。棚には空っぽのガラス瓶が並べられ、部屋の端には黄ばみで顔が見えなくなった人体模型が壁によりかかるようにして置かれている。

 

付きまとう憂かない気分を晴らす為、南は部屋の外へと出た。部屋の前の開いていた窓から顔を出し、外の空気を吸う。空を見上げると、すっかり星が瞬いている。都会の薄汚れた紺色ではなく、透き通るような暗黒の夜天。

 

もしこの場所でなければ。もし、今みたいな大変なことが起こっていなければ、素直に見とれていただろう。皆果たして無事に帰ってくるのだろうか。ひょっとすると、自分一人だけがこの見知らぬ地に取り残されてしまうのではないか。不安が木枯らしのように肩を撫で、彼女の身体を震わせる。

 

上着をきゅっと狭め、なるべく寒さを抑えようとした時、ふと、校門に目がいった。ぼんやりと丸い光が入ってくる。

 

(先生と貢さんが帰ってきたのかしら?)

 

いや、その考えを即座に否定した。それなら、光は二つあるはずだ。嫌な予感がした彼女は、じっと息を潜め様子を伺う。

 

光の持ち主は入り口の前まで来たところで一旦立ち止まり、腰に下げた何かを取り出した。距離があってはっきりとは見えないが、懐中電灯の光にぼんやりとその形状が映し出される。

 

それを見ていた彼女の頭に、自ずとイメージが浮かんだ。拳銃だ。それが判ると同時に、胸中の悪寒は最大限に増幅した。そして一目散に、彼女は部屋の中へと駆け込んだ。