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悲惨な最期

「け、健吾さん、帰ってきませんね……。み、美佳さんも……」

 

日が暮れても一向に帰ってこない二人を、貢達三人は下駄箱の前で待っていた。

 

「や、やっぱり、何かあったんじゃ……」

 

猛は腕を組み考え込んだまま、言葉を発しない。

 

「せ、せ、先生! さ、捜しにいきましょうよ! このままじゃ、大変なことになります!」

 

貢の思い切った言葉に猛が振り返り、そのまま貢をじっと睨んだ。

 

「想田……。お前がそんなことを言うとはな」

 

「ご、ごめんなさい、生意気なこと言ってしまって」

 

「違うよ、褒めたんだぞ?」

 

「……え?」

 

「いっつも怯えてばっかのお前が、自分から勇気のある提案をした。しかも普段自身を邪険にするやつを助けるという、成長したな」

 

「せ、先生……」

 

「わかったよ、捜しに行こう。南は自分の部屋で待っていてくれ。もし俺達が帰らなかったら、村の人達に報せるんだ」

 

「私も一緒に行きます」

 

「ダメだ。二人が戻ってくるかもしれないだろ? それに、全員行って全員が危険な目に遭ったらどうする?」

 

「危険な目……?」

 

「正直言うと、二人の失踪には何か裏がありそうな気がするんだ。ともかく、待ってろ。いいね」


「わかりました……」

 

不安げな表情を浮かべる南を残し、猛と貢は懐中電灯を手に、外へと出て行った。一体、この辺境の小さな村で何が起こっているのか。沈みゆく太陽に、南は自身の虞れを投影せずにいられなかった。そうしていると、子供の頃の忌まわしい記憶がよみがえる。

 

――私を誘拐しようとしたのは、着ぐるみ。そして、今いる場所も、着ぐるみの村。

 

背後に蠢く因縁を感じ取り、彼女は身震いした。


背中に疼く激しい痛みによって、美佳は意識を取り戻した。

 

「ぎひっ、うう……」

 

目を開けるが、相変わらず視界は最悪だ。地面に横になった体を何とか起こそうとするが、痛みと正体不明の痺

れが原因で、思うように動かない。手足を少し動かそうとしただけでも、苦手な腕立て伏せを何度も繰り返した時のような筋肉の疲労に襲われ、更なる痛みが加わる。

 

「いっ……」

 

それでも、残っている力を振り絞って彼女は立ち上がろうとした。一センチ、二センチ、少しずつ背を浮かしていく。じわりじわりと浸食する痛みのせいで、全身から汗が吹き出て、呼吸はますます荒くなる。

 

「い……た……い」

 

おそらくこの行動は、彼女の人生において一番の努力だっただろう。整った顔立ちの美人で、資産家の娘。周りは常にチヤホヤしてくれて、困ったことはなんでも親が解決してくれた。困難も障壁も無縁だった自分が今、何故このような状況に陥らなければならなかったのか。汗に混じって、涙が彼女の頬を伝っていく。

 

長い時間をかけ、ようやく腰から上をまっすぐ立たせることができた。気がつけば、ほんのわずかであるが、痺れも緩和している。立ち上がることこそできないが、四つん這いなら何とか進めそうだった。おぼつかない目の前の光景を頼りに、美佳は手足を板張りの床につけ、ゆっくりと動かしていった。


柔らかい着ぐるみの感触越しでも、何かに触っているのかは理解できた。

 

(おまえさんは、今から神様になるんだよぉ)

 

背中を何かで抉られる前に聞いたこの言葉が、脳内にこだまする。

 

「やだ、なりたくな、い……」

 

必死で力を振り絞って少しずつ手足を前に出し、ようやく手の感触が柔らかい地面のそれに変わったその時、どこからか声が聞こえた。

 

「四つん這いとはやらしいなぁ~ 一発いいかい?」

 

「ひぃ!?」

 

自分の口を夫塞いだ、ゲスな着ぐるみ男の声だ。とにかく捕まらないよう、四肢を必死に動かし、逃げた。

 

「おい、どこいくんだ~? ぐるぐる回ってるだけだぞぉ~?これぞ輪姦ってヤツか?」

 

柔らかい着ぐるみの手が、美佳の臀部に触れる。布越しの卑猥な感触が、ますますパニックを悪化させた。どこでもいい、ここから離れなきゃ!手当たり次第に手足を進め、がむしゃらにもがいた。

 

「着ぐるみプレイってのもなかなかいいもんだぞぉ。時間が経ってくるとなあ、ふわふわしたもんがぬるぬるしてぐちゃぐちゃになってくんだぞぉ」

 

おぞましい声は一向に離れることがない。美佳の思考は益々混乱し、ついには声に鳴らぬ、ガマの断末魔のような叫び声を挙げ、自身を犯そうとする魔手に抵抗しようと試みた。

 

(やめてっ!  たすけてっ! ママ! パパ! 誰かっ!)


「初めは誰だって嫌なもんさ。慣れ、それが人生でも一番大事だぞ、都会育ちのお嬢様は特になぁ」

 

もはや狼狽しきった彼女は、両手の注意がおろそかになっていた。それゆえ、自らの手が宙に浮かび、そのまま何にも触れなかったことにすら、全く気づくことが出来なかった。

 

彼女の体は急な斜面から勢いよく転げ落ちた。体を痛めつける激しい回転が終わった直後、その体を冷たい液体が襲った。

 

(い、息が……できない)

 

転げ落ちた先は、大人でも膝が浸かるぐらいの川であった。鼻や口に水が流れ込み、悲鳴は全てあぶくとなってしまう。這い上がろうと腕を張ろうとしても、苔に滑って無駄に終わった。ましてや、人体外の材質に包まれた不自由な手では。窒息という更なる苦しみが、彼女を死の悶絶に陥らせる。

 

(誰でも、いい……た、す、け、て)

 

濡れた生地に包まれた両手で喉をかきむしるが、苦痛は増すばかり。

 

(わ、た、しが……なんで……)

 

やがて美佳はピンと背を弓のように思いっきり反らせたまま、硬直して息絶えた。彼女の絶命の様を、駐在は側の石に腰掛け、ずっと眺めていた。

 

「よっしゃ、一丁あがり!」

 

背後からやってきた人物に気づき、彼は「よう!」と声を掛けた。

 

「『キブクレ』はこんでええ」


「蛇もOKだぜ、さっき裁いてきた」

 

 

「よしよし、残るは後二人、ここからが大事じゃぞ」

 

「手はずの方はいいんだろうな、婆さん」

 

ライオンの着ぐるみを身につけたその人物は、こくりと頷いた。

 

「男の方はしっかり身柄押さえる準備できとるよぉ。おめぇは女の方たのむぞぉ」

 

「あの大人しそうな女だな、正直言って好みなんだ」

 

「分かってると思うが、犯すなよぉ。大事な形なんじゃからぁ」

 

「大丈夫だよ、信頼しろよ婆さん」

 

巡査は腰のホルダーから自慢の拳銃を取り出すと、何とも待ち遠しそうな笑みを浮かべてそれを見つめた。