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ようこそ着ぐるみ村へ

長い長い山道を走り続け、大岡大学民俗学サークルの面々を載せた車は目的地に着いた。

 

「さあ、ここが包(つつみ)村。俺の故郷だ」

 

北関東の雄大な山々の強烈な絶壁に隔たられ、埋もれているも同然なこの村は意外と広く、田畑と小川、そして年代を感じさせる幾つかの建物が、山に閉ざされた土地にへばりつくように存在している。これだけなら日本各地、どこの山里とも変わりはないかもしれない。

 

「先生! ペンギンが歩いてるわ! ペンギンペンギン!!」

 

窓からこの田舎の風景に似合わぬ金髪を覗かせながら、桐原美佳がけたたましく叫ぶ。

 

実際その視線の先には、桶を片手に野道を歩く、巨大なペンギンがいた。正確には、本物のペンギンではない。

丸っこく、そして可愛らしくデフォルメされたペンギンの着ぐるみを着た村人である。美佳の黄色い声に後ろを振り向くと、そのペンギンは愛想よく手を振り返して答えた。

 

「いやーん、かわいい!」

 

「中身はじいさんだぞ。作造って言ってもうすぐ70になる」

 

「ゲッ……!」

 

猛に突っ込まれ、美佳は舌を出して大げさに顔を歪めた。この村の人間は、皆着ぐるみを着て生活しているのだ。

 

田圃の横の丁度いい大きさの場所に止め、一行は車を降りた。

 

「うわ、あそこにもいやがる!」

 

水車小屋の側で世間話をしている日本猿とニワトリに、健吾が大げさに驚いた。

 

 


「ありゃあ村役場の松美さんに重虎さんだなあ。もうすぐ80にもなろうに、元気なこった」

 

「80であんな着ぐるみを!? すげえなあ……」

 

二匹の着ぐるみに声を掛けながら、健吾は両手を突き出して、だらんと前に下げた。すると、二匹は全く動作でそれに応えた。

 

「これはこの村独特の挨拶でね」

 

すっかり驚いている健吾の腕の側を、ぱんぱんに腫れた袋がかすった。

 

「貢! 気をつけやがれ! ばっちいだろうが!」

 

青い顔をしてふらつきながら後部座席から出てきた貢に、健吾は怒鳴った。貢は曲がりくねった山道にとうとう耐えられず、酔い止めを飲んだにも関わらず気分が悪くなり、弁当ついでに買ったおにぎりの入ったコンビニ袋に吐いてしまったのだ。おかげで車内には酸っぱい臭いが漂い、何とも言えないムードになってしまっていたが、目的地の到着によって更なるトラブルからは救われた形となった。

 

「先生、これどうすれば……」

 

貢がゲロ袋を見せるように掲げる。それを見て美佳がひいっ!と声を上げ、すごい勢いで後ろずさった。

 

「破けたらどうすんのさ! 少しは考えなさいよトロマ!」

 

「す、すみません美佳さん……」

 

 


「トロマ」とは貢のあだ名である。日頃の行動が「トロくてマヌケ」であることから名付けられた。一応、健吾達とは同じサークルに属しているが、その性格からいつも下に見られている。

 

「まあまあ、相田も悪気があったわけじゃないんだし……あれ? 吉川は?」

 

酔いが残った青い顔で貢が車内を振り返る。後部座席の隅っこで、南が何かに怯えるようにして震えていた。

 

「まさか、く、車、酔っちゃったんですか?」

 

「おめえのゲロがくせえからだろうが!」

 

皆が口々に勝手な推測を言い合う中、南は一歩ずつ、震えながら車から降りた。

 

「いえ、違うんです……。ただ寒いだけ……。ごめんなさい」

 

「おい吉川、大丈夫か?」

 

「だいじょうぶ、です……」

 

その時、彼らの側の繁みが突如ガサガサと音を立て揺れはじめた。

 

「ひ、ひぃ!?」

 

「な、なんだぁ!?」

 

健吾はとっさに美佳をかばうような体勢をとったが、当の美佳はさして危機感を覚えていなかった。

 

やがて、繁みの中から現れたそれは、何とも奇妙な物体だった。

 

「ひひひ、ひぃー!」

 

「なんだこりゃあ!?」

 


 成人男性が両手を広げたぐらいの、大きなしわくちゃの真っ赤な顔から直接、両手足が伸びた異様な着ぐるみが姿を現したのだ。

 

貢と健吾は突然のことにア然としており、美佳は極めて脳天気にギャハハと笑った。

 

「ちょっ何こいつ! へんなのー! まんじゅうのお化け!?」

 

彼女の言葉に、「まんじゅうのお化け」は皺枯れたような老婆の声で返答した。

 

「これはとんがらし大王と言ってな、江戸時代のとんがらし商人が宣伝のために作らせたもんじゃ」

 

先ほどから笑いをこらえていた猛が、ようやく彼女について紹介をはじめた。

 

「この人は縫原栄。この村の村長で、俺のばあちゃんさ」

 

「何だよもう! 先生も人が悪いぜ!」

 

「そ、そ、そうですよ。ねえ、南さん……南さん?」

 

南は顔を青くし、唖然としたまま一言も口に出さなかったが、やがてその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。


「いやいや、すまんのお。都会で流行ってるらしい”さぷらいず”っちゅうもんをやってみたんやが、驚かせすぎたかのぉ」

 

村で最も大きな畑を持つ栄の屋敷に通された一行は、客間にて村名物の胡麻茶を振る舞われながら、栄の話を聞くことになった。

 

先ほど失神寸前の状態に陥った南は、別の部屋で寝かせようという猛の言葉に対して「もう大丈夫です、ただの立ちくらみだから」とそれを断り、他三人と同じく座布団の上に座っている。

 

「ばあさん。あんた夏でもその格好なのか?」

 

ぶっきらぼうな口調で健吾が尋ねた。

 

「その着ぐるみ、重くないの?」

 

続けて美佳も質問を投げる。きっちり正座をしている貢や南とは対照的に、その姿勢はかなり崩れていた。

 

先ほどまで身につけていた「とんがらし大王」の着ぐるみはもう脱いで、部屋の端に置かれていた

。本来の栄の姿は一見、やや腰が曲がり気味のどこにでもいるような老婆だが、眼差しをよくよく見ると、年齢にそぐわないエネルギッシュさが感じられる。

 

「なあに、これは冬用じゃ。外から持ってきた”ふりぃす”っちゅうのを入れとるから、あったかいんやよぉ。ちゃあんと夏には夏の涼しい着ぐるみがあるよってに。それに、ギジツなんかも進歩しやるから、意外と軽いんやよぉ」

 

そう言われて気になったのか、美佳はどでかいとんがらし大王の頭に近づき、両手で持ち上げてみた。

 


すると、身体を兼ねたその奇面は外見からは想像できぬぐらいふわりと持ち上がった。

 

「うわ! 本当だ! ふわふわで軽い! アタシも着てみたいなぁ」

 

「よしよし、またええ着ぐるみを着せてやるよぉ」

 

「本当!? やったぁ!」

 

独特の間延びした訛と愛想のよい微笑みを交え、栄は更に語る。

 

「やっぱりあれかね。民俗学目指すっちゅうことは、こっちいの猛みたいに、皆先生になるんかね。偉いのぉ」

 

「別にぃ」

 

ぶっきらぼうな言い方で美佳が答える。

 

「ただアタシってちょっと自分の力と時間を持て余してるっていうかぁ、トリビアを身につけたかったのね。んでやってみたら以外と楽しかったからさあ、居てるってだけでぇ、そういうのは成るように成ればいいって感じかな?」

 

「つ、つまり何も考えてないってことですか?」

 

まだ顔色の戻らない貢が、不必要な言葉を吐く。当然の如く、健吾はそれにキツい反応を見せた。

 

「何だお前、美佳ちゃんがアホだって言いてえのか?」

 

酸っぱい臭いが漂うのも構わず、彼は怯える貢の不格好に長い鼻っ柱にあわやぶつからんとするぐらいまで自身のでかい顔を近づけ、すごんだ。

 

「ち、違います。こ、言葉のあやなんです」

 

「びくびくせずハッキリ言えやゲロ男よぉ」

 

「おい、やめろ! なんだこんな所に来てまで!」

 

猛が間に入り、生徒二人の諍いを止めた。


猛は祖母に、この村の起源についての話をしてくれるよう促した。

 

先ほどの出来事にも関わらず、栄はにんまりと笑顔を浮かべて語り始めた。

 

「元々この村ってえのは、徳川の将軍様の頃、ええと、ちょうど、家治様の御時世の頃にできたんよお」

 

それまで各地を放浪していた、とある職人集団が定住したのが、この地の始まりであるという。

 

その職人というのは、着ぐるみにまつわる仕事を専門とした者達である。

 

着ぐるみを作る人間、着ぐるみを着て行う仕事をする人間が、一カ所に集ったのだ。

 

「そ、それはせ、先生が以前話してくれた、ど、泥棒集落のようなものですか……?」

 

「トロマ! あんた失礼でしょ? まるでこの村の人達が泥棒と同じみたいな言い方じゃないの!」

 

「そうだ! 美佳さんに謝れよ!」

 

「ひぃっ!? ご、ごめんなさい!」

 

美佳と健吾、貢のやりとりを見て、「いやいや若者は元気じゃらこって」と、栄が声をあげて笑う。

 

「でもよ、江戸時代に着ぐるみって何か場違いな感じがするなあ」

 

「それがね、着ぐるみっていうのはそれより遙か以前からあったんだ。でも本格的に盛り上がったのは江戸時代ってわけ。ばあちゃん、ちょっとあれ見せてくれ」

 

あいよ、と栄は側に置かれていた古い絵巻物を見せてくれた。

 


それは江戸時代の一般的な商店の周りを描いたものであったが、行き交う町人に混じって何やら人の足が生えた蛸のような生き物がいるのに、一同注目した。

 

「蛸!? 蛸の着ぐるみなんてあったのかよ」

 

「ああよ、元は歌舞伎の演目なんかで使うもんやったんが、商人が我が店の宣伝になると言ってな。ほら、都会じゃ今でも町中で着ぐるみがティッシュとかくばっとるんじゃろう」

 

「お、お、おばあさん、と、都会のことなのによくご存じですね」

 

「この村のもんは着ぐるみを使った仕事だったら全国津々浦々、何でもやりおる。村にいるのはわしらみたいな年寄りだけやが、若いもんは蝦夷から琉球まで、色んなところにおるんよ」

 

「今でいう派遣みたいな感じ?」

 

「まあ近いっちゃ近いなあ。

 

 違うのは、雇われてからどっかに行くわけじゃない、

 

 ってことかな」

 

「ど、どういうことです?」

 

「この村にいる人間は、皆血が繋がっているんだ。俺や祖母ちゃん、村の皆、村の外にいる若い連中、みんな家族みたいなもんなのさ。自ずから、家族のために働いて金を稼ぐ、当然っちゃ当然だろ?」

 

彼らは当時における様々な集団の中でも、極めて弱い存在であった。そこで互いの不利益を相互に補い合うべく、彼らは集い、ともに協力し合うようになったのだ。そうして自然と拠点、いわゆる「着ぐるみ村」的なものを作り上げ、そこに住み着くようになる。

 


商家、見せ物小屋、主にそうした顧客先に派遣され、一時的に仕事が無くなればこの村へと戻り、仲間と情報交換をしたり、残してきた家族とつかの間の団らんを楽しんだりしていた。このようにして、着ぐるみ職人達の稼ぎによって村は維持され、今日まで伝統を守り続けることができたのだ。

 

その結果として、彼ら同士の繋がりは強固なものになった。

 

「ついさっき俺がやったこの挨拶、覚えているか?」

 

そう言って猛は、先ほど着ぐるみの村人に対して行ったポーズを再びとった。

 

「これはな、同じ村の出身であることの証明も含まれているんだ。例えその身体は着ぐるみに包まれていても、その中には魂が入っている。それが分かるってことは、同じ魂を持った人間だってことさ」

 

「なんかかっこういいなあ、それ」

 

例え遠く離れた地であっても、同村の者がいれば分け隔てなく助け合う、それがこの村の流儀である。栄は自身の孫の説明を聞いて、うんうんと深く頷いた。

 

「猛坊も立派になったもんやあ。昔はろくに物の数え方も知らんかったのになあ」

 

栄の茶々に対して、猛は照れくさそうにコホンと咳をした後で、再び説明をはじめた。

 

「それでね、最近は着ぐるみ稼業も苦しくてな」

 

「そりゃあ、着ぐるみのバイトなんて皆やれるもんね。アタシもやったことあるしぃ」


「桐原、お前バイトしたことあったのか?」

 

「やだわ先生、アタシだってバイトぐらいしたことあるわよ。メンドいから一日でやめたけどねー」

 

「……まあ、そうだな。アルバイトとかで競争相手が増えて、村の人間が就けるだけのパイが減ったんだ。俺みたいにあまり関係のない仕事に就く奴も少なくない。 だがそれでも、伝統ある着ぐるみ業を続ける仲間達のことは陰ながら支援させてもらってるよ」

 

「先生、カッコいい!」

 

「当然のことさ。それが出来ないヤツは、キブクレだよ」

 

「キブクレ?」

 

「ああ、お前等の言う”着膨れ”とは少し意味が違うか。後で教えてやるよ」

 

「でで、でも、そんな歴史が日本にあったんですね。ぼ、ぼく、知らなかったです」

 

「どうだ、いい勉強になっただろ? 一流の大学でも滅多に来れないフィールドワークだぜ」

 

自信ありげに猛が語る一方で、南はうかない顔をしていた。先ほどよりも顔色が悪く、額からは冷や汗すら流れている。

 

「ど、どうしたんです? 南さん」

 

「お前が気持ち悪いんだって言ってんだろうが」

 

「おい吉川、体調が悪いのか」

 

だがその様子はよく見ると、何かに怯えているようであった。

 

「ごめんなさい、外出てもいいですか……?」

 

南は、申し訳なさそうに家の外へと出て行った。