閉じる


試し読みできます

成人式の夜

 

「隼人、そろそろ出ようぜ。」

「えっ、今何時だよ?」

「もう9時廻ったからさ。そろそろ行かないと遅くなっちゃうじゃん。」

「そうだな、じゃあ9時半になったら出ようか!?」

 

1984年1月15日。

その日、成人式を迎えた中学時代の同級生約30人が上野のラウンジに集い、久々の再会を祝してグラスを傾けていた。

「隼人、どこ行くんだよ?」

「えっ!?トイレだよ、トイレ。」

「あれ、丸山もかよ!? お前ら怪しいなー。」

「何言ってんだよ。飲め、飲めー!」

坂本(さかもと)隼人(はやと)丸山(まるやま)孝司(たかし)は、同じ中学の同級生としてその輪の中に居た。実はこの2人、今夜吉原に行く約束をしているのである。成人の祝いを兼ねて、常連の丸山が初めての坂本を吉原に連れて行くという構図である。

トイレと偽って店を抜け出た2人は、中央通りに面したABAB前の信号を渡ってタクシーを止めた。

「吉原に行って下さい。」

「ふぅー、なんとか抜けられたな。で、どうすりゃ良いんだって?」

「ワンツーで良い?」

「ワンツー? うん、良くわかんないから任せるよ。」

「そう、じゃあそれで良きゃ最初に入口で1万円払って、あとは中で女に2万円渡すんだからね。」

「最初に1万円と、中で2万円ね。女に渡すのは最初に?それとも後で?」

「大概最初かな。人によって違うんだけどね。でも、女の方から言ってくると思うから、そしたら渡せば良いよ。」

「OK! 良い子に当たると良いけどなー。何せ俺、初めてだからよ。」

「任せとけって。失敗はさせないからよ。」

「おお、頼むぜ、丸よ!」

 

坂本と丸山は、2人とも東京墨田区で生まれ育ち、小学校は違ったものの、同じ区立中学の同級生だ。

坂本は、中学を卒業して63群の都立高校普通科に進学し、高校在学中にはこれといってやりたいことも見つけられず、かといって大学に進学して、親に大枚叩かせるのも憚られ、結局はほんのちょっとだけかじったことのある写真の専門学校に進学した。卒業を間近に控えたこの時期になっても、進路を考えるでもなく、1年前に始めた室内プールの監視員のアルバイトをしながら、漫然と残り少ない学生生活を過ごしていた。

 

丸山は、坂本と同じ区立中学を卒業した後、都立の商業高校に進学したが、1年の夏休み明けから学校には行かなくなり、そのまま中退してしまった。丸山の実家は両親と兄、姉の5人家族で、兄は既に独り立ちしていたため、その時は両親と姉との4人家族だったが、親子、姉弟共に家族の結び付きは弱く、『早く家を出たい』というのが丸山の中学時代からの口癖だった。

高校中退後は、道路工事や水道工事の作業員といったアルバイトを転々としながら生活していたが、若くしてそうした職に就いた者の多くが陥りやすい、麻雀や競馬、パチンコ等のギャンブルに嵌まり、更に酒と、吉原通いにのめり込んで、いつの間にか数百万円という借金を作って、ほんの数カ月前までその返済に喘いでいた。

2人とも未成年ではあったが、週末になると坂本の家の近所にある居酒屋『呑んでけ』に足繁く通い、互いの近況を肴に酒を酌み交わす仲だった。

丸山にはもう一人、同じような境遇の仲間が居た。鷲尾(わしお)(きよし)

成人式の夜の、上野での集まりには参加していなかったが、鷲尾もまた、坂本や丸山と同じ区立中学の同級生で、中学卒業後、一度は都立の工業高校に進学したものの、1年の1学期も通わずに中退してしまった。『面白くないから』、それが理由だった。

鷲尾の実家は両親と母方の祖父との4人家族で、家は坂本の家と近く、坂本とは小学校も一緒だったが、小学校、中学校を通じてさほど親しい関係ではなかった。丸山とも、中学時代はさほど親しくなかったが、高校中退後、錦糸町の飲み屋でバッタリ再会し、意気投合してその後一緒に遊ぶようになった。挙げ句、丸山同様、数百万円の借金を作り、ほんの数カ月前までその返済に喘いでいた。

 

そんな2人の近況を、坂本は飲んだ席で丸山から幾度となく聞かされていた。これまで生活の心配はもちろん、金のことでも苦労などしたことのない坂本は、生まれもっての親分肌と、持ち前の正義感が相まって、借金の返済に追われ、喘いでいる丸山と鷲尾をなんとかしてあげたいと思った。理由はともあれ、借金で苦しんでいる友人を黙って見ていることができなかった。もちろん、何の経験もない、ただの専門学校生である坂本に何ができる訳でもないのだが。

 

坂本には、2歳年上で、この時江東区に住んでいる母方の従兄弟が居た。栗田(くりた)()()(はる)

栗田の実家は坂本の家の近所にあり、栗田もそこで生まれ育ったので、坂本にとっては小学校、中学校の先輩でもあり、それは丸山、鷲尾にとっても同じだった。中学1年に入学した当時の3年生、しかも不良で、番長だった栗田は、坂本達にとって畏怖の存在であると同時に、ある種の憧れでもあった。私立高校に進学したものの中退した、というところまでは坂本も母親から聞いていたが、栗田が高校を中退した後は、正月や冠婚葬祭といった、親戚が集まる席でたまに顔を合わせる程度しか接点はなかった。それでも会えば、栗田は坂本を弟のように可愛がり、坂本も栗田を兄のように慕う、そんな関係が保たれていた。

あまり詳しくは知らないが、この時は兜町にある株関係の会社で、若くして部長職に就いていると聞いていた。着ているスーツは、ワイシャツも含めてすべてオーダーで、靴はマレリー、時計はロレックス、乗っている車は白のトヨタクラウンロイヤルサルーン。しかも、自動車電話が付いていた。

 

『そうだ! あんちゃんに相談してみよう。』

ある日坂本は、栗田にもらった名刺を探し出し、そこに書かれている番号に電話をかけた。

 

「お電話ありがとうございます。創和でございます。」

「もしもし、私、坂本と申しますけど、栗田美智春さんをお願いします。」

「はい、栗田ですね!? 少々お待ち下さい。」

受話器からはオルゴールの保留音が流れている。

『この曲、何だっけな? エリーゼのためにだっけかな!?』

 

「はい、栗田です。」間もなくして、栗田が電話に出た。

「あっ、あんちゃん!? 隼人です。」坂本は、小さい頃から栗田のことを『あんちゃん』と呼んでいた。

「おー、隼人か。元気かよ?お前が電話してくるなんて珍しいな。何かあったのか?」

「うーん、実はさ。友達のことでちょっと相談したいことがあるんだけど、話しを聞いてもらえないかな!?」

「友達? 誰のことだよ!?」

「丸山と鷲尾。2人とも知ってるでしょ!?」

「丸山と鷲尾? ああ、お前の中学の時の同級生の奴らな。あれ、確か鷲尾は小学校も一緒だったんじゃないか?」

「うん、そう。」

「そいつらの何? 金? それとも女?」

「えっ!?う、うん、金の話。何でも数百万円単位の借金があるらしくてさ、その返済に追われてるんだって。結構大変そうだからさ、なんとかしてあげたいと思って。」

「借金の返済な。まあ、良くある話だな。で、俺は何をすれば良いんだよ?」

「うん、俺が話すより、直接あいつらから話を聞いてもらった方が良いと思うので、とりあえず一度会ってやってくれないかな? そういうの、得意でしょ!?」

「何だよ、それ!? そんなもん得意じゃねえけどよ。まあ、多少の知識があればなんとかなるもんだよ。大概はね。」

「じゃあ、その知識をフルに活用させてもらってさ。なんとか助けてやってほしいんだ。頼むよ、あんちゃん。」

「ちょっと面倒くせえけどな。お前の頼みじゃ仕方ねえだろ。じゃあ、直接俺に電話するように言ってくれよ。これくらいの時間なら基本的には会社に居るからよ。」

「ありがとう。じゃあ、あんちゃん、よろしくお願いね。」

「おう。しかし、お前は相変わらず人が好いな。お前には関係ない話なんだろ?」

「うん、俺にはまったく関係ないんだけどね。でも、友達だからさ。放っておけないんだよね。」

「ふーん。そんなもんかね!? まあ良いや。じゃあ連絡するように伝えといてくれな。」

「うん、わかった。よろしくね、あんちゃん。」

電話を切った坂本は、その晩、早速丸山に連絡し、栗田に電話するよう促した。

 

栗田にとって丸山と鷲尾は中学の後輩で、坂本の同級生として以前から少なからず面識はあった。

『丸山と鷲尾ね。』

坂本との電話を切った栗田は、頭の中であれこれ考えていた。

『あいつらから直接話を聞いてみなきゃわかんねえけど、相手が普通のサラ金なら返済条件の変更なんてできなくはないわな。余程性質(たち)の悪い金融屋から借りてるとかじゃなければ良いがでもまあ、それはあり得ねえな。自分で商売でもやってなきゃそんなところとは接点すらないだろうからな。まあ、その辺はなんとかなるだろう。』

栗田は机の上に置いてあったタバコに火を点けた。

『この話を俺が片付けてやれば、隼人にも、あいつらにも一つ貸しができるわな。さて、その貸しをどう使うかだな。とりあえず、俺の兵隊として丸山と鷲尾は創和に引っ張るか!? 俺が直で動かせる兵隊がいれば、社内でもっと俺の勢力を拡大できるだろうしな。まあ、奴らの能力にもよるけど、そろそろ社内に俺のシンパを作らないとこの先やりづらくなるのは目に見えてるからな。とりあえず会って話を聞いてみて、それで考えるか。』

 

栗田と丸山、鷲尾の3人が、いつ、どこで会い、その結果どうなったのかを、坂本は2週間程経ったある日の夜、いつもの居酒屋『呑んでけ』で丸山から聞かされた。

「隼人、ありがとな。栗田さんの件。」

「おう、もう会ったのかよ?」

「うん、この間、錦糸町の飲み屋でさ。鷲尾と一緒に。」

「で、どうなった?」

「借金の方は、栗田さんに入ってもらって全部のサラ金と話してもらってさ。そしたら全部合わせても月々3万円くらいの返済で良いってことになったんだよ。それまで10万円近かったからさ、マジで助かったよ。これでなんとかやっていけそうだ。本当、ありがとうな。」

「そうか、そりゃ良かったな。」

「それでね、ついでと言っちゃなんなんだけど、栗田さんの会社に入ることになったんだよ。」

「えっ、そうなの!? 鷲尾も?」

「うん、鷲尾も一緒に。」

「へえー、そりゃ良かったじゃん。お前の父ちゃん母ちゃんも心配してたろうからよ。まずは一安心だな。おめでとう、カンパーイ!」

「うん、ありがとう。」

ジョッキに注がれた生ビールを喉に流し込んでいる丸山の横顔が、心なしか安堵しているように坂本には思えた。

「ところで丸よ、あんちゃんの会社って何やってるの? そういうの、あまり詳しく聞いたことないから、俺知らないんだよね。」

「投資顧問って言ってたよ。株に投資する人に情報を提供して報酬をもらうとかって。俺もまだ始めた訳じゃないから詳しくは知らないけど、結構儲かるらしいや。栗田さんの給料は100万円を超えてるらしいしね。そんな話聞いてたら、土方なんかバカらしくてやってられねえやって思ったもんよ。」

「ええっ、100万円!? そりゃすげぇなー。投資顧問か、あんまり良くわからないな。まあ、でもお前と鷲尾がその会社で頑張って儲けたらよ、あんちゃんみたいに自動車電話の付いたクラウンロイヤルサルーンとか買って、どこか遊びに行こうぜ。」

「まあね、すぐには無理だろうけど。ただ、オーダーのスーツとかワイシャツとか、ロレックスとか、そういうのはすぐにでもほしいな。栗田さんの話によれば、そんなの買うくらいは簡単に稼げるみたいだからさ。」

「そうなんだ、やったじゃん! じゃあよ、ロレックスが買えるようになったら、また俺に酒おごってくれよな。この店で良いからよ。」

「呑んでけで良ければいつでも来いだよ! 吉原おごれって言われたら、ちょっと考えちゃうけどな。ハッハッハッ。」

「バーカ。さすがにそこまでは言わねえよ。そんなんでまた借金作られても困るからよ。ただな、丸よ。マジで2度とギャンブルや女で借金作るようなことはしないでくれよな。俺はお前の困った顔を見るの嫌だからよ。それは約束しろよな。」

「おう、わかった。約束するよ。」

 

吉原から帰りのタクシーに乗り込んだ坂本と丸山。

「どうだった? 初めての吉原は。」

「うーん、良いね。クセになりそうだよ!」

「どんな女だったんだよ?」

「どんなって、うーん、スーザンっていう子でさ。恵美子よりちょっと太かったけど、若かったし背も高かったからな。俺好みで良かったよ。」

「スーザン? スーザンアントンかい? 『フォクシ~♪』って!? ハッハッハッ。だから言ったろ、失敗はさせないって。」

「そうだな、今日のところは丸山サマサマだな。ハッハッハッ。」


試し読みできます

奥付

 

証券詐欺 兜町もうひとつの十倍融資

 


http://p.booklog.jp/book/99807


著者 : 東方 行雲
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/yukiname/profile


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/99807

ブクログ本棚へ入れる
http://booklog.jp/item/3/99807



電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社ブクログ

 


試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格540円(税込)

読者登録

yukinameさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について