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モドシノ家

 

 明日、私は人生で最も重大な日を迎える。


 この手記は、那覇のとあるビジネスホテルで記している。明日、私の身に何かが起きた場合、真実が闇に埋もれぬようにしておきたいからだ。


 もはや、私のライフワークともいえる一連の事件の追跡は、明日をもって終焉を迎えるであろう。

 その瞬間を想像すれば、私の震えは止まらなくなる。

 

 強い酒を飲んでも、恐怖は高揚を凌駕する。

 己の弱さばかりが押し出され、何度も積み上げた正義感の柱は今にも倒壊の兆しを見せている。

 


 振り返れば、随分と恵まれない人生であった。

 人間関係を築くのは苦手で、積極的な行動を取ることができなかった。

 当然ながら就ける仕事は制限され、現在も続いている。

 


 ライターという職業こそが、天職と思っている。

 ライターといっても、その内容は中高生を対象としたオカルト雑誌に不定期に寄稿するぐらいで、収入なぞたかが知れている。
 懇意にしてくれる編集部があるのがせめてもの救いだが、いつ依頼が途絶えてもおかしくない。

 


 気楽なのは、既に両親が他界し、天涯孤独の身になったことだろう。

 明日、私に何かあったとしても、私の身を案ずる者はいない。

 そういう意味では、この仕事は私が適任なのだ。

 

 

 
 今だから、告白できることがある。

 これは編集部にも隠していたことだ。

 

 

 

 


 私はオカルトをネタに生活していても、全てを捧げるには至らなかった。

 心のどこかで、普通に暮らしたいと考えていた。

 ゆえに、私の持つ異様な能力のことは、他人に隠していた。

 

 公開すれば、もっと仕事も増えていたかもしれない。

 または、違う人生が待っていたかもしれない。

 


 何故、私には「あの世」が視えるのか。

 

 私は、何度も自問自答した。

 しかし、未だに答えはみつからない。

 父や母も、同じ力があったのだろうか。

 少なくとも、私の知る限りでは、周囲に同じ力を持つ者は存在しないのだ。

 


 夕暮れに、一人佇む少年を視たことがあった。

 気になって話かけてみれば、少年は何も言わずに姿を消してしまう。

 私を見返す冷たい瞳が印象的だった。

 気になって調べてみれば、三日前に惨殺された少年であることが判明した。

 


 偶然に事故現場に遭遇したこともあった。

 瀕死の男性を目の当たりにし、傍らで薄ら笑いを浮かべる女性を目撃した。

 やはり、彼女も、この世の存在ではなかった。

 数ヶ月前、その付近で通り魔にあって、殺害された女性だったのである。

 殺された恨みが、事故を起こした男に作用したのだ。

 

 

 幸か不幸か、私の能力は常に発動しているものではない。

 

 視たいと思っても、視えないことも多い。

 

 逆に視たくなくとも、視えてしまうこともある。

 この不安定さが、能力の低さを証明し、私の生活を変えてくれるほどの代物ではないということを自覚させるのだ。

 

 
 しかし、今回のケースは別だった。
 きっかけは数年前、岡山県にある寒村の、廃校での出来事だ。

 


 その場所は、特に心霊スポットになっていたわけではない。

 別の取材で付近を訪れたものの、そのネタは記事として成立しそうもなかった。

 雑誌に穴を空ける訳にもいかず、藁にもすがる思いで訪れた場所だった。

 


 突如として現れた血塗れの少年。

 生気のない彼の目が私を捉え、ある映像が私の頭の中に浮かんだ。

 

 少年は逃げようとしていた。

 

 その手を掴み、片手に注射器を掲げる女性。
 黒く長い髪を振り乱し、その間から凶気に満ちた双眸が覗いていた。
 乱暴に注射器は振り下ろされ、針は少年の腕に深々と突き刺さる。

 透明の液体が注入され、やがて少年はぐったりと身を横たえる。

 

 女は少年を抱え、別の部屋へと入っていった。

 煌々としたライトに満たされた室内は、幾つかの器具が置かれていた。

 それが手術に使われるものだと理解した刹那、私の身体に戦慄が奔った。

 


 突如として私の視界に入ってきたもの。
 頭は混乱をきたし、内なる常識が一気に破壊された。
 
 少年が横たえられた手術台の傍らに、寄り添うように並んだ異形の存在。

 姿形は人間だが、はたしてこれを人間と呼んでよいのだろうか。

 

 各所に痛々しく残る縫合の痕跡。


 部分ごとに色彩が異なる皮膚は、繰り返し行われた移植手術を物語っていた。


 数カ所に見てとれる瘤状の隆起は、骨の変形に因るものだろうか。

 

 

 明らかに左右の腕や脚の長さもいびつで、これも他人から移植された可能性が高い。

 


 何よりも戦慄せざるを得ないのは、頭部だった。

 そこには、当然ながら顔がある。

 女が麻酔の効果を確認するためか、異形の瞼を指で開くと、そこには白く濁った眼球が覗
いていた。

 


 せり出していびつな上下の顎は、口がきちんと閉じる作用を奪っていた。

 その隙間からだらしなく垂れ下がる異様に長い舌は、爬虫類を連想させる。

 

 鼻や喉が潰れているかのような呼吸音が漏れているが、女は愛おしそうにその不揃いに生えた毛髪を撫でてやった。
 

 

 それが、世にも怖ろしい移植手術の始まりだった。
 
 

 手術の犠牲になった少年が、私にこの光景を見せたとしか思えない。

 少年の霊を弔う意味でも、私にはこの事件を追う義務を感じていた。

 

 女は、何者なのか。

 

 異形のものの正体は?

 

 湧きあがる疑問を、私は一つ一つ追っていくことになる。

 

 


 断片的に浮かぶヴィジョンを記録し、パズルを組み立てていく。
 犠牲者が見たであろう映像と、時には女が見たであろう映像と。
 ランダムに浮かぶ過去の断片を集め、私は女の正体に迫っていった。
 
 女の名前は、佐相寺(さそうじ)澪里(みおり)という。

 名門である松部医科大学を卒業し、都内の病院に外科医として勤務していた。実家は岡山にある名家だそうで、裕福だったのだろう。

 この家には澪里の兄にあたる長男がおり、跡継の心配はなかった。

 それゆえ、彼女はかなり自由の身だったらしい。

 

 


 当時の大学病院で外科医を務めていたぐらいだから、その実力は想像に難くない。

 手術も積極的に行っていたことが、記録から読み取ることができた。

 

 順風満帆に思えた澪里の生活が一変したのは、彼女が三十歳の誕生日を迎えた頃だ。
 その時、彼女は既に結婚し、一人の息子を出産していた。

 広史と名付けられた赤子は極度に体が弱く、澪里は医者の職業を捨てて、息子の成長に全てを費やすようになったという。

 

 
 澪里の献身がどれだけのものだったか。

 それを窺い知る資料は、残されていない。

 

 しかし、息子が五歳の誕生日を迎えるまでに、相当な努力が必要だったことは明白だった。
 その努力が、一瞬で無になってしまったとしたら?
 

 そのような残酷なことが起こるはずがない。
 

 大抵の人は、そう考えるだろう。

 しかし、それは実際に起きてしまった。

 父親が運転する車が、事故を起こしたのだ。

 車には一家全員が同乗していた。

 

 父親と息子は死亡。

 

 澪里だけが一命を取り留める結果となった。
 事件の後、澪里は東京の家を引き払った。

 岡山の実家に戻ったというのが大方の見方だったが、実際にはそうでない。

 実家から車で数時間ほど離れた寒村で、診療所に職を得ていたのだ。

 この時点で澪里の姓は佐相寺ではなく、旧性の嵯川を名乗っている。
 

 

 

 

 医者という職業柄、澪里は村から歓待を受けていた。

 診療所兼住居を生活の拠点とし、日中は村人のために働いた。

 しかし、周囲には自分の身体が弱いことを吐露し、夜は一切の交流を断っていたという。

 村人は奇妙に思いもしたが、理由が理由だけにそれ以上立ち入ることはしなかった。

 稀に、夜間に車を運転する澪里の姿が目撃されたともいうが、彼女が行っていることを知る人間は誰もいなかった。

 

 
 時を同じくして、岡山の数カ所で子供の失踪事件が相次いだ。

 それらの事件が解決したという報は、存在しない。

 真相は未だ闇の中だが、私はこの犯人が佐相寺澪里だと睨んでいる。

 彼女に警察の捜査が及ばなかった理由は、事件が身代金の要求などなく、明確な誘拐事件として扱われなかったこと。

 および、一九七九年という時代背景も重なってのことであった。

 


 この年、一つの都市伝説が全国を席捲した。

 長い黒髪の女。トレンチコート。

 顔にはマスク。

 その下には、耳まで裂けた口が拡がっているという。

 突如として拡散した「口裂け女」の噂だった。

 


 噂は日本全土に伝わり、様々なバージョンを生成した。

 警察に寄せられた情報も、かなりあったと聞く。

 一部地域では、実際に警察が出動したケースもあるほどだ。

 この混乱が、警察の動きを慎重にさせたことは否めない。

 

 単なる噂や確証のない証言がどれだけ飛び交ったことか。

 警察も、全て真摯に対応することなどできなかったに違いない。

 「口裂け女」の蓑に隠れ、澪里は少年少女を攫った。
 

 

 やがて澪里は、村を出る。

 周囲には、自身の体調が悪化したためと告げている。

 本音は、自分の犯罪行為の発覚を危惧してのことだろう。

 一箇所に留まっていれば、やがて事件は発覚する。

 

 元より頭の良い女性だ。

 何かを守ろうとするならば、全てのリスクを回避するはずだ。

 彼女は、一度失敗している。

 息子の死は、二度と経験したくない過ちだった。

 

 もし、二度目があるならば、彼女は全力で息子を守るだろう。

 

 

 当然ながら、二度目などあるはずがない。

 一度死んだ人間を蘇らせることなどできない。

 

 しかし、仮にそれができるとしたら……?
 

 

 日本には、『反魂術』という言葉が存在する。

 死んだ人間の魂を呼び戻す方法だ。

 かの西行法師の逸話にも、人骨から人体を作り出す事象が残っている。

 西行法師の場合は特定の人間を生成した訳ではない。

 寂しさから会話の相手を欲し、鬼が施した術を真似ただけである。

 術が未熟だったために、生成された者は不完全だった。

 言葉も話すことができなかったという。

 


 実際に死者の魂を呼び戻すことができるとしたら、人はその対象を最愛の者に向けるだろう。
 その思想はあまりに現実離れしたものだが、ひっそりと歴史の影に寄り添っていた。

 

 
 横尾根(よこおね)藤一郎(とういちろう)は、大正時代に生きたほぼ無名の文筆家である。

 しかし、彼もまた、反魂術に魅せられた一人であった。

 彼の著書は、ほとんど現存しておらず、どのような人物であったのかを知る資料も残されていない。

 辛うじて、西洋文化に精通していたことが、幾つかの文献から伺い知ることができる。

 


 しかし、私は横尾根が記した文章の一部を確認することができた。

 

 能力の発動の結果だった。

 

 

 佐相寺澪里の視界が私の脳裏に浮かび、その呪われた文章を目にすることができたのだ。

 横尾根の直筆で書かれた本は、印刷すらされなかったのであろう。

 そして、この世に存在してはいけないものだった。

 


 西洋の黒魔術と、古来日本からの思想の融合。

 横尾根は、地獄の扉を開けることに生涯を費やしていた。

 あの世とこの世の境界を破壊し、そこに何を見出そうとしていたのか。
 もしかすると、彼もまた、愛する者を失っていたのかもしれない。
  


 ともかく、澪里は横尾根の思想と接触した。

 彼の著書や研究ノートをどこかで手に入れたのだ。

 

 そして、反魂の術を実践し、息子の復活を実現させた。
 魂を呼び戻すには、その器も用意しなければならない。

 息子の遺体は、残っていたのだろうか。

 医師であった澪里が、細工を施して保存していた可能性も否定はできない。

 

 または、新しい肉体を準備する必要があったのかもしれない。

 いずれにせよ、息子の魂をこの世に留めるためには、朽ちぬ肉体が必要であった。

 

 

 これを澪里の周囲で起きた失踪事件と結び付けることは、乱暴な考えであろうか。

 

 否、可能性は多分に残されているはずだ。

 澪里が岡山から転居し、山口、福岡、鹿児島と移っていった先でも、同様の事件は起きている。

 


 事件が彼女の跡を追っているのではない。

 彼女が、起こしているのだ。


 澪里は蘇らせた息子と暮らし、今に至るまで犠牲者を彼に捧げているのだ。

 違法な移植手術を繰り返すことによって、息子の肉体と魂をこの世に留めている。

 私が能力によって視た異形が息子だとしたら、彼女は取り返しのつかぬ所まで来ているはずだ。
 このまま野放しにすれば、更なる犠牲者が増え続けるだろう。
 
 残念ながら、警察は私の主張に耳を貸さない。
 無理もない。

 「反魂術」という突拍子もない言葉と、「口裂け女」まがいの誘拐女。
 

 証拠は、私が「視える」から、という理由しか存在しない。

 逆の立場なら、私だって動かない可能性が高い。

 つまり、私が動かなければ、この事件は解決しないのだ。

 

 

 

 今、この瞬間も、私は恐怖に震えている。

 警察が信用しない事件に、自ら足を踏み込む必要があるかとも自問する。

 私は犠牲者の誰一人として面識もなく、職務的な使命感も持ち合わせていない。

 

 

 ただ、あの廃墟での少年の目が、忘れられない。
 ある日突然に少年は家族と切り離され、この世の者でない存在のために犠牲となった。
 

 誰かが止めなければならない。
 
 
 佐相寺澪里らしき人物が沖縄に移住したとの情報を得たのは、数ヶ月前だ。

 鹿児島からフェリーで移動し、某村の古い邸宅を手に入れたようだ。

 彼女は、今も息子と一緒だろうか。

 その息子の肉体を維持するために、彼女の家は禁断の手術室と化しているかもしれないのだ。
 

 明日、私はその場所を訪れる。

 全てを白日のもとに曝し、少年の無念を晴らさんことを願う。

 

 

  今、改めて思うことがある。
  もしかしたら、私の「視える」能力は、この時のためにあるのかもしれない。


奥付


暗黒の欠片 vol.10 戻しの家


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著者 : 奇怪伯爵
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