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著者プロフィール

チコママ&ぺろまま

ワンコ友達を通じて知り合った二人です。

ブログ、書籍出版、作品展、絵本の発行など其々で

「犬達の幸せのために」と活動してきましたが

今回、お互いの愛犬の旅立ちを機に

一緒に一つの作品を作ることになりました。

 

「犬と心を通わせることの幸せ。」 

それをこの作品で少しでも感じていただければ幸いです。

 

全ての犬と飼い主さんが幸せでありますように。

ペットロスで苦しむ方の心に、少しでも光が差しますように。

そして、この世から「ペットの殺処分」がなくなりますように。

 

それが私たち、そして今は空の上にいる

二人の愛犬の願いです。 

 

■画像・文■

チコママ

ブログ「柴犬のチコ。」にて8年間、愛犬チコとの生活を綴ってました。

2014年4月、チコが旅立った後も心は共に。

現在はペット情報サイトPECOにて公式ブログを運営。

全てのワンコ達の幸せを願い、日々更新しております。

ブログ

柴犬のチコ。

PECOいぬ部 Byチコママ

  

■絵本■

ぺろまま

2009年から始めたブログをきっかけに「殺処分」の現実を知りました。

それ以来、独学でイラストを勉強し、優しい言葉とイラストで

「子供でも見れる殺処分問題」をテーマに殺処分の現実を訴える活動を

続けています。 

ブログ

心がほっこりするブログ

ぺろままのほっこり工房

 

 

絵本の言葉

たいちょー

保護犬の預かりをしたり、保護犬たちの詩を書いて里親を見つける

応援をしていました。

今は幸せになった元保護犬たちの詩を書いています。

小梅とさくらとトミー

 


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最終更新日 : 2015-07-21 08:29:12

もくじ

■1. 著者プロフィール

■3. チコの旅立ち

■4. チコ、あなたとの出会い

■5. 共に楽しむということ

■6. いろんな表情

■7. ほめて、ほめて♪

■9. 笑いの神様

■10.いつも寄り添って

■11.みんなが大好き

■12.夕陽にそまる、あなた

■13.あなたが思う、幸せ

■14.ヘソクリ

■15.ドライブ

■16.いつも一緒に

■17.レインコート

■18.あなたの見る夢

■19.大好きなもの

■20.田んぼで休憩

■21.最高の2ショット

■22.神様がくれた時間

■23.9歳のチコちゃん

■24.チコの旅立ち

■25.あなたが、いない

■26.お母さん、思い出して!

■27.あなたに誓うこと

■28.お空のチコちゃんへ

■29.おわりに

 

■31.絵本「お母さんへ」


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最終更新日 : 2015-07-21 14:00:28

チコの旅立ち

2014年4月4日、午後十一時五十五分。

 の愛しい宝物、チコが天国へと旅立ちました。

 やく一か月半の闘病の末の旅立ちでした。

享年9歳。

 それは平均寿命からいうと短いけれど、チコにとっては精一杯

めいっぱい踏ん張って私の傍に留まってくれていた時間なのだと

今は思っています。 

 

病気が発覚し、そしてそれが遺伝性のもので現在の医療では完治は

望めず予後も悪いと聞いた時、私は声をあげて泣きじゃくりました。 

まだこの子はここにいるのに、

こんなにも愛らしい姿で目の前にいるのに

何もできない自分が悔しくて情けなくてたまりませんでした。

チコじゃなくてお母さんが病気になればよかった。 

なんで代わってあげられないんだろう

寿命を分けてあげられないんだろう。 

お母さん、チコを一生守るからねっていつも言っていたのに嘘つきだよね。 

ごめんね、ごめんね、何もできなくて本当にごめん・・・。 

体の中に病巣があるにも関わらず、目の前にいるチコは何ら変わらず

フワフワと愛らしくて、この愛おしい子が近い将来いなくなってしまうと

思うと気が狂いそうでした。 

いっそ、チコと運命を共にしたいとまで思いました。

 

でも、私がここで心折れる訳にはいかない。 

こんな情けない私でも「チコのお母さん」なのだから最後までその役割を

果たさなければ。 

今後、どのように過ごす事が「私」ではなくチコにとって一番いいのかを

見極めて 決断を下さねばならない。 

チコの考えや気持ちは、いつも一緒にいた私が一番分っているはず。 

口がきけないチコに代わって私がその気持ちを汲み取り、その想いに

沿ってあげなくては・・。 

そう思い直し、私は獣医さんにいくつかのお願いをしました。 

残り少ない時間なら、少しでもこの子が楽に過ごせるようにして下さい。 

一日一日を、なるべく今まで通りにチコらしく過ごさせてほしい。 

いくばくかの寿命を延ばすための治療なら、受けなくていいです。 

最後の最後まで「怖い、痛い」想いはさせたくありません。 

どうか最期の時は、私の腕の中で静かに迎えさせてあげて下さい。 

この子の傍に、ずっといさせて下さい。 

涙で途切れ途切れになった私の言葉に、獣医さんはしっかり頷いて

下さいました。

  

その日から、私とチコの新しい時間がスタートしました。 

今までの楽しく希望に満ち溢れた日々ではなく、お別れするその日まで

ゆっくり穏やかに過ごす事だけを考える切ない時間。 

でも今まで以上に一緒に、ひたすら傍にいました。

 

チコが苦痛を感じないための点滴を打つ時は、獣医さんのご厚意で

個室を提供していただき、二人一緒にゴロリと床に寝ころんでその

数時間を過ごしました。 

こんな状況なのに、二人で床に転がっていることが可笑しくなって

私はチコを撫でながら笑いました。 

私達、相変わらずだよね。

田んぼでもよくこうやって一緒にゴロンしてたもんね。

お母さん、チコと一緒ならどんな事も恥ずかしくなくなっちゃうんだよ。

変だよねぇって。 

夜はチコの容態が急変してもすぐに救急病院へ駆け込めるように

寝間着ではなく洋服を着て過ごしました。

自分の布団に入ることはせず、チコのベッドの脇に体を横たえ

その可愛らしい寝顔を一晩中ながめながら。 

閉じた瞳にかぶさる、長いまつ毛。 

まるで笑っているかのように見える、キュッと口角が上がったお口。 

私とのお散歩をたくさん頑張った、可愛いアンヨ。 

私の声に反応してピクピク動く三角のお耳。

嬉しい時にフワフワ揺れる、ドーナツのようにクルリと巻いた尻尾。

どれをとっても本当に愛おしく、どんなに眺めても飽きる事は

ありませんでした。 

眠気なんて全く感じず、見つめるごとに愛おしさが更に

増していく気がしました。

それらの時間は、親孝行なチコちゃんがくれた私への贈り物だった

のかもしれません。

 

獣医さんの処方のおかげか、チコは目立って苦しんだり

泣いたりする事無く過ごせていました。 

周りは、このまましばらく生きられるんじゃないかと希望を持ち

始めましたが私には、日に日にチコの目に力がなくなっていくのが

分かりました。

  

4月4日。 

お別れの日は、特別な予兆もなくやってきました。 

いつものようにリビングで横になっていたチコの呼吸が深くゆっくりに

なってきているのを見て私はその時が近い事を悟りました。 

すぐに近所の実家に住む母たちに電話をし、チコの傍にいて見守って

くれるようにお願いしました。 

そして冷たくなってきているチコの体に毛布をかけ

私も一緒にその中に入り 、背後からチコを抱きしめました。 

怖がりのこの子が、少しでも安心して旅立てるように。 

ずっとずっと、お母さんが傍に付いている事がわかるように。 

そして、いつもの添い寝のようにフワフワの胸元を撫でながら

言い聞かせました。 

チコちゃん、ありがとう。 

お母さん、チコと会えて幸せだったよ。 

チコちゃん、がんばったね。本当におりこうさんだったね。 

いい子ね、いい子ね、もう頑張らなくていいよ。 

お母さん、ここにいるからね。大丈夫、心配しなくていいからね。 

今まで、本当にありがとう。 

チコの呼吸が完全に止まるその瞬間まで、ずっと。 

まるで眠るように旅立っていった、チコ。 

最後に耳に届いたのは、どの言葉だったのかな・・・。

  

チコを送り出した後、私は「生きることだけ」に専念する日々を

送っていました。 

食事をとり、排せつし、眠る。 

ひらすら、その繰り返し。 

笑う事も泣き叫ぶこともなく、淡々と過ぎていく毎日。 

一度泣いてしまえば、もう這い上がれなくなるくらい堕ちてしまうのが

自分で分かっていたので全ての感情をシャットダウンし

頭をカラッポにして家に引きこもるばかりでした。 

一番つらかったのは、夜でした。 

いつもチコと一緒に入っていた布団に一人で寝るのが辛く

また寝付くまで時間が怖くて私は毎晩、布団は敷かずにリビングに

転がって朝まで過ごしました。

眠気が襲ってくるギリギリの瞬間までテレビやDVDを観て、何かを

考えてしまう時間を作らない様にしながら。

そのまま朝を迎えてしまう日も少なくありませんでした。 

そんな毎日をおくって3週間が過ぎた頃、私は自分の体の異変に

気づきました。 

腹部が、大きく膨れているのです。 

家族に説得されて受診した結果、骨盤内に大きな腫瘍が

できているのが分かりました。

それはかなり大きく既に周りの臓器を圧迫しており、そのせいで

炎症が起きている事も。 

微熱も続いていたのに気付かなかったのですかと医師に言われましたが

その頃の私は体が辛いのか心が辛いのか、病気なのかそうでないのか

自分でも分からない状態だったのです。 

すぐさま大学病院に入院が決まり、チコの49日法要を待たず

私はそこで開腹手術を受けました。 

麻酔を打たれる時一瞬だけ、チコはもういないのに自分が元気を取り戻す

必要が果たしてあるのかと本気で考えましたが、そのまま眠ってしまいました。 

麻酔のおかげとは言え、数時間も眠り続けたのはチコが発病してから

初めてでした。 

手術が終わり、麻酔から覚めた時

「もしかして、全ては私が見た長い悪夢だったのかも」

と思いましたが、やっぱりチコはどこにもいませんでした。

 

その日の夜、点滴のチューブや酸素マスクを装着した私は、術後に入る

回復室でひとり泣きました。

自分が痛かったり苦しかったのではありません。 

あの日、チコの手に繋がっていた点滴のチューブを思い出したからです。 

病院が苦手だったチコ。 

理由も分からず手に針を刺され、どんなに怖かったことでしょう。

今まで、チコがキライな暑さや寒さや寂しさ、どんなものからも

守ってきたのに 最後の最後で、あんなに我慢をさせてしまった。 

あの子が不憫でたまらず、また自分の不甲斐なさに涙が止まりませんでした。 

そんなふうに泣いて過ごしていたある晩、私はチコの夢を見ました。 

お別れしてから初めて会うチコは、元気な頃と全く変わらないイキイキと

可愛らしい姿をしていました。 

そんなチコが私を見上げて言うのです。 

「お母さん、なんでそんなに泣いているの?」 

「チコ、お母さんを悲しませるために生まれてきたんじゃないよ。」 

「チコと暮らして幸せだったでしょ。」

「もう一度、チコのために立ち上がって。」 

「お母さんとチコ、あんなに仲良しだったじゃない。思い出してよ。」 

そのあまりに一生懸命な様子に思わず手を伸ばそうとしたところで

目が覚めました。 

自分の心の奥底にあった願望が夢になっただけかもしれません。 

でも私には、それが本当にあの子の訴えのような気がしました。 

私は居てもたってもいられなくなり、持参していたメモ帳を取り出すと 

チコとの幸せな思い出を、思いつくまま順序もグチャグチャに

綴り始めました。 

それをどうするとかいう目的はありませんでした。 

チコからもらった「9年間の幸せ」を少しも色褪せないように、鮮明に

焼き付いている今のうちに書き残さねばならない、ただそう思ったのです。 

チコが私に残してくれた沢山の思い出。 

それを辿りながら綴っていく作業は、とても幸せなものでした。 

まるでチコとの人生を生き直すかのように。 

親孝行なチコちゃんは、ヘタレなお母さんがグズグズ泣いているのを

見かねて 、その可愛い肉球で背中を押すために夢に出てきてくれたの

かもしれません。

 

チコちゃん、ありがとう。 

まだまだあなたを想って泣いてしまう日々だと思うけど

お母さんは大丈夫よ。 

あなたがその生涯をかけて教えてくれたもの

残してくれたものがあるから。 

お母さんはそれを決して無駄にしない。 

あなたがお母さんの子供になってくれた意味を無駄にしないと誓うよ。

  

あの子が精いっぱい生きた、9年間。 

私があの子を愛しぬいた、9年間。 

それは今も私の生きる糧になっています。 

もし再び、あの子と出会える世界があるのなら

その時は笑顔で再会したい。 

あの、とびきりキュートな笑顔で駆け寄ってもらいたい。 

そして、お母さん頑張って来たよって、めいっぱい抱き締めて報告したい。 

そう思い、私は今の毎日を生きています。

チコの思い出と一緒に。


3
最終更新日 : 2015-07-19 00:06:19

チコ、あなたとの出会い

 チコちゃん、お母さんと初めて会った日のことを覚えていますか?

お母さんは、頭の中で再現できるくらい鮮明に覚えているよ。 

 

あなたはまだ本当に小さくて、私の両手にスッポリと

収まってしまうくらいでした。 

耳も立っておらず、毛も細かくフワフワで

まるでヌイグルミの様な愛らしさ。

でもね、その体は母犬と離れた心細さからかブルブル震えていて 

ビー玉のように透き通った瞳も、お母さんの目には

とても悲しげに映りました。 

ああ、この子は泣いているんだ。 

理由も分からず、抵抗することもできず親兄弟と引き離され

悲しくて泣いてるんだと思ったよ。

 

  

 

 チコちゃん。

あの時、お母さんは数度目の流産を経験したばかりでした。 

子を失ったばかりの私だからこそ、あなたの悲しみを余計に

感じたのかもしれません。 

 

初めてあなたを抱いた時、お母さんは強く思いました。 

この子の傍にいてあげたい。 

ずっとずっと一緒にいて、安心させてあげたい。

私でよければ、そうしてあげたいって。 

そしてその日のうちに、あなたをお迎えする事を決めました。 

本当は知人の付き合いで「子犬」を見に行っただけで

私自身はその気なかったんだよ。 

こういうのを、運命の出会いって言うのかな。 

 

初めての「子育て」は戸惑う事も多くって、大変なこともあったけど 

小さなあなたを育て共に暮らしているうちに「母親になりたい」と

切に願っていた私の心は、徐々に満たされていきました。 

あなたの満面の笑顔を見るたびに

信頼に満ちた瞳で見上げられる度に 

言葉にできないくらいの幸せを感じたよ。 

 

 

 もう無理だと諦めていたお母さんの夢を

その生涯をかけて叶えてくれたチコちゃん。 

あの日、あなたと出会えたことはお母さんの人生で最大の幸運です。 

今も変わらず、そう思っているよ。

 


4
最終更新日 : 2015-07-20 08:35:54

共に楽しむということ

犬」と暮らすのが初めてのお母さんは最初

チコとどう接していいのか分かりませんでした。 

あなたがどんな遊びが好きで、どんなことを喜ぶのか

見当もつかなかった。

 

ドッグランにでかけたり珍しいオモチャを買ったり

色々と試してみたけど「最高に楽しい!」っていうお顔は

なかなか見せてくれませんでしたね。

 

チコは私と暮らしていて楽しいのだろうか。

もっと犬の扱いに慣れている人に飼われた方が

幸せだったんじゃなかろうか。 

そんなことを思い、悩んだ時期もあったんだよ。

  

でもチコの事でクヨクヨしてしまうのは違う気がして

お母さんはある時から頑張ることをやめました。

楽しませようと躍起になるのをやめたのです。 

その代わり、毎日のお散歩にゆっくり時間をかけるようにしました。 

いっぱいいっぱい、話しかけるようにしました。 

チコちゃん、あなたのお顔が変わってきたのはこの頃からでしたね。 

 

   

 

  

 

  

 

「チコちゃん、田んぼに小さなお花が咲いているよ、キレイね。」 

「ほら、あそこにネコさんがいるよ。可愛いね。」 

「今日は風が冷たいね。お家に帰ったら一緒にヌクヌクしようね。」 

私が声をかける度にあなたは、お目目キラキラのワクワク顔で

私を見上げてくれました。 

そんな様子を見て、お母さんは分かったのです。 

チコに必要だったのは「特別な楽しみ」ではなく

「お母さんと共有する楽しみ」だったのだと。 

楽しませるのではなく、ただ一緒に心から楽しめば良かったんだよね。 

スペシャルなお出かけもイベントもオモチャもチコは望んでいない。 

近所の広場だって小川だって、チコにかかればそこは

最高の遊園地なのだから。 

 

   

 

  

 

     

 

「お母さんと一緒なら、どこでも楽しい!」 

そう思い、毎日をイキイキと楽しんでくれたチコちゃん。 

あなたの無邪気な笑顔は、お母さんをいつも

めいっぱい幸せにしてくれました。 

  

 

 


5
最終更新日 : 2015-07-20 08:36:14


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