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・前置き、主な登場人物

 ・前置き

 舞台は日本、警察組織に新たな課が設立されることになる、主な業務容は密偵活動、今までの警察組織とは異質の存在であった。新しい課が立ちあげられた理由として、機密情報漏えい、テロを未然に防ぐためである。

名は〝警備部暗躍係〟別名は秘密警察。公安課の管理下のもと、日本版スパイ機として日々活動することとなる。職員(エージェント)はほとんど本部(警視)にいることがなく、日本各地の身近な場所に伏、入して生活している

  エージェントの一人、リカは女性だけで構成された大手劇に所していた。彼女が秘密警察の一員であることを知る者は限られていた。彼女は死とり合わせの日々を送り、葛藤しつつ、あらゆる危機や難事件に立ち向かうという使命を与えられたのであった。 

・主な登場人物 

リカ 

 本作の主人公、大手歌劇団の人気スターを務めて、裏では密偵として犯罪に立ち向かっている。舞台の世界で人気を博してきた彼女は、歌劇団創立百周年記念の年に退団することを決意した。最後の舞台に取り掛かる彼女であったが、その裏で史上最悪の事件が起ころうとしており、巻き込まれることとなる。 

アスカ 

 リカの跡を継ぐ次期歌劇団トップスター。現代的な恵まれた体型を武器に舞台を彩る素質が見受けられる。裏稼業ではあらゆる犯罪者を相手に日々立ち向かっている。戦闘スタイルは二丁拳銃で、銃技はリカから教わったようである。 

ヒロコ 

 大手歌劇団に所属しており、リカとは同期で表と裏の世界を共に過ごしてきた戦友である。普段は落ち着いた性格だが、時に感情的になることがある。 

ミナコ 

 元歌劇団男役スター。退団後、結婚して子を授かり、第二の人生を送っているが、ある事件がきっかけで、同期のリカと再会することとなる。 

ユカ

 元歌劇団男役スター。数年で歌劇団を去り、ミナコと同じく第二の人生を送っている。彼女は、結婚後、表稼業と両立させて、裏稼業も行っている。今回、同期のリカと久々に組み、難事件を担当することとなる。

リエ 

 元歌劇団トップスターの一人。当時、歌劇団の次世代を担う舞台人として注目されていた。退団後は舞台以外に映画、テレビ等、活動の場を広げる。結婚後も裏稼業を継続している。 

ミユ 

 歌劇団現役トップスターでリカの一年後輩。外見からクールに見えるが、何事にも熱意をもって取り組むため、関係者やファンはそこに惹きつけられる。都内を中心に密偵活動をしており、窮地に追い込まれたリカを助けようとテロリストとの対決に参戦する。 

マギー 

 ハーフの歌劇団スターでリカとは同期である。同班のトップスターのミユの頼れる兄貴分?であり、多くの劇団員仲間からも慕われている。今回、久々にリカと仕事することになり、奮闘する。 

アヤカ 

 リカやミユが所属する班で地道に経験を積み、実力が認められ、歌劇団のエキスパートが揃っている班に配属されることとなった。裏稼業では、東京で起こったテロ事件の捜査の際、対策チームを仕切る立場となる。

 チエ 

 歌劇団の広告塔として活躍しているトップスター。リカの後に退団することが決まり、彼女もまた残された歌劇団人生を大事にして生きている。多忙の中、東京でテロ事件が起こり、彼女は仲間を引き連れて参戦することになる。 

トモコ 

 歌劇員の長であり、歌劇団理事も務めるベテランスター。東京の危機的状況に緊急で駆けつけることとなる。 

安藤ユウ 

 秘密警察の捜査員の一人で、リカのパートナーでもある。彼は、主に情報提供や連絡係で、現場捜査はリカに任せている。長年コンビを組んできたが、突然の海外遠征が決まり、彼はリカの前から姿を消すこととなる。 

新沼光博 

 警視庁公安部の部長を務める。階級は警視監、秘密警察の最高責任者である。  

本澤直人

 警視庁公安部の課長、階級は警視。今回、上司の新沼に頼まれ、リカにある難事件の指令を出す。 

朝居恒彦

 大学卒業後、大手製薬会社の研究員として勤務していたが、ある事故がきっかけで退職した。その後、職に就かず引きこもり生活を送っていたが、密かにある計画を企てていた。 

城ノ結城 

 元海上自衛隊自衛官でコミュニティ―サイトを通じて、朝居と知り合うこととなった。あるトラウマで人生がねじ曲がり、朝居と組んで良からぬことを企んでいた。

緋岡浩伸 

 航空自衛隊のエースパイロットであったが、ある事情で除隊となった。その後、朝居と城ノ内と運命の出会いをして、史上最悪のテロ事件の実行犯の一人となる。朝居たちと違って、落ち着いた性格で一番人間味があるテロのメンバーとされる。


序章 終わらない破壊

  前作、舞の章 水都篇のあらすじ

 リカの本業である歌劇団の退団を迎える中、歌劇団本拠地近くの駅で毒物が撒かれる事件が起こる。事件は連続して起こり、被害は拡大していく一方で、ついに警察や秘密警察が動き出す。リカも公演を終えた後、被害を受けた神戸に派遣され、捜査を開始した。テロ主犯に振り回される中、テロ実行犯の一人、朝居を確保して、テロの標的となる場所を突き止めた。

 リカたち歌劇団メンバーは、大阪の駅ターミナルに急行することとなり、現場には、テロ主犯の城ノ内が武装集団を引き連れて待ち受けていた。歌劇団とテロリストの死闘の末、テロは阻止されて、リカたちの勝利が確定されようとしたが、突如、新手のヘリ部隊が現れ、城ノ内を逃がすこととなった。こうして、テロの脅威は消えず、決戦の地は首都東京に移ろうとしていた。

 

 東京

 

 一月某日、寒空にまばゆい朝日が射し込み、新たな一日が始まろうとしていた。

 都内にある緑が続く公園。そこでは小鳥のさえずりが聴こえ、いつも通り静寂で平和な朝を迎えていた。ゆっくり犬と散歩をする年配者が居れば、週間後に行われるマラソン大会に備えて、軽くランニングしている男性グループなどが居た。特に問題なく時間が流れているように思われたが、今朝はどうも様子が違っていた。

 公園に設置してあるベンチの下には紙袋のような物があった。その時間、人通りが少なく、気に留める者はいないと思われたが、一人の清掃員が気付き、謎の紙袋を調べようとしていた。中を覗くと何やらペットボトルのような容器がついた装置が入っていた。清掃員はそれが何か分からず、至る場所をべたべたと触った。

「…?」

 すると謎の装置に異変が起こり、容器に入った液体がぶくぶくと沸騰し始め、やがて気化してガスが発生した。

 

「…わ…わわ!何だこれは?」

 

 清掃員はパニックを起こして、謎の装置を置いてその場から去ろうとしていた。しかし、発生したガスは一瞬で広範囲を覆い、公園にいる市民は気分が悪くなり、バタバタと倒れ込んだ。公園は危険区域と化し、付近は大騒ぎとなった。 

 

 東京 警視庁 公安部部長室

 

 突如、公園で起きた不審な事件で通報が入り、警視庁もすぐさま対応に追われ、捜査を始めていた。公安部の部長、新沼はさっそく職員を集めて確認を取ろうとしていた。

 

「…現在状況はどうなっている?」

 

「…事件現場の公園は完全封鎖して、鑑識および科学捜査班を派遣させ、調べさせています…被害を受けた市民は、毒性のあるガスを吸ったようで、現在意識不明の重体です…」

 

 新沼は、目頭を押さえながら報告を聴いていた。

 

「……毒ガスを発生させる装置は何処にあった?」

 

「…公園のベンチ、死角になる座席の下にありました…装置は紙袋の中に入っていたようで…五ヶ所にありました…」

 

「…ガスの成分は分かったのか?」

 

「…分析中ですが、装置の構造が、先日関西で使用された装置と類似しているため、恐らく成分も同じものかと思われます…」

 

「……やはりそうか、未然に阻止することは叶わなかったわけだ…!」

 

 新沼は溜め息をつき、悔しさをにじませて相棒の本澤と目が合った。

 

「…公園には防犯カメラが仕掛けられたため、装置を仕掛けた不審人物を照合しています…じき結果が出るはずです…」

 

「…分かった、いい報告を待っている…もう下がっていいぞ…」

 

 新沼は職員を退室させて、課長の本澤と二人で会話しようとした。

 

「…彼らの仕業です…また先を越されましたね」

 

「…ああ、してやられた…戦力は底なしみたいだな…本腰を入れて攻めるようだ…」

 

「主犯の朝居は黙秘を続けたままです…ボスを押さえても兵は好きに暴れまわっている…時代も変わりましたね…」

 

「…彼は主犯ではないぞ、きっかけを作ったにすぎない…危険因子は他にいる…城ノ結城、元自衛官の女…彼女を止めなければ…

 

「…しかし、彼女はうちの部下との戦闘でかなりのダメージを受けているはず…思ったより早く動いたので驚いています…」

 

「…油断は禁物だ、まだ組織に有能な人材がいるかもしれない…こちらも作戦を立て直さないと…」

 

「…また対策チームを編成しますか…?」

 

「…そうだな、即急に頼む…集まりそうか?」

 

「…どうでしょうか?まだ新年を迎えたばかりのため、スケジュールの都合で以前の様な人材が集まるとは限りません…」

 

「…では一新するしかないな、ただ彼女だけは派遣してほしい…」

 

「!……リカのことでしょうか?」

 

「…ああ、今大事な時だというのは分かるが、こっちの件も重要だ…彼女は標的のことをよく知っている…ぜひ引っ張ってきてほしい…」

 

「…分かりました、それでは対策チームが決まり次第、作戦に移らせます…!」

 

「…よろしく頼む…」

 

 朝に起きたバイオテロ事件により、公安部も捜査に乗り出そうとしていた。事件後、雪がちらつき、それは、寒さ厳しい冬と共にこれから起こる災難を予兆しているかのようであった。


第一話 再戦の序曲

 東京 有楽町

 リカは最後となる歌劇団公演に全力を注いでおり、朝に起きたテロ事件を知るのは先のことであった。その日、一回公演で、無事公演を終えたリカは、ほっとした表情で楽屋の方へと戻って行った。ところが楽屋の扉を開けようとした途端、何やら室内に多くの気配を感じたため、彼女はそっと確認しながら入ろうとした。

 

「…え?」

 

 リカは室内に居る人物たちを見て、驚愕していた。

 

「…おっ!お疲れさん~」

 

「…どうしたんですか…皆さん?」

 

 部屋には、リカと縁がある歌劇団スターの四人が座っていた。まず一人目はチエ。二人目はミユ。三人目はユズミ。四人目はサユミ。

 

「…リカさんの公演観させてもらいました…芝居もショーもとても良かったです、リカさんに合った演目ですね!」

 

「観てくれたんだ、ありがとう…!」

 

 ミユが椅子から立ち上がり、リカに歩み寄って公園の感想を述べた。

 

「…本当に残念ですね、これで辞められるなんて…」

 

 サユミが曇った表情でリカに述べた。

 

「……もう決めたことだから仕方ないよ、やることは全てやったからもう悔いがないし…」

 

「…そうや、もう世代交代って奴や、私らが去れば次はあんたらの出番や、後は任せたで…!」

 

 その時、今年退団するリカとチエと目が合ったミユたちは胸に熱いものがこみ上げていき、しんみりとしていた。

 

「……皆、忙しいのにわざわざ観に来てくれたんですね、ありがとう……!」

 

 リガが歌劇団メンバーに感謝の意を述べるが、どうもチエたちの様子がおかしかった。

 

「…実はな、リカ、楽屋に遊びに来たんやないんや、他に理由があるんや…」

 

「え?」

 

 チエは、手を組んで声のトーンを落とした。他のメンバーも深刻そうな表情を浮かべた。

 

「…リカさんは、公演に追われて知らないかと思われますが、今朝ある事件が起こりました…」

 

 ミユは、専用のタブレット端末を取り出して電子版の新聞を表示させた。記事の内容は、公園で起きたテロ事件であった。

 

「…これって…!まさか…!!」

 

 リカは記事の写真を目にした途端、先日関西で起きたバイオテロ事件を思い出した。

 

「…心当たりあるやろ?あんたが担当した事件と関連性があるみたいやで…」

 

「…現場となった公園付近は、非常線が張られ、酸素マスクをつけた捜査員が派遣されたりと緊迫した雰囲気に包まれています…」

 

「…うちらが所属する公安も動き始めた…メンバーを選択しているところや…それで早速私とユズミに声が掛かった…ユズミは病み上がりやから断れって言ったんやけど…」

 

「私は大丈夫ですよ~!もう暴れたくてしゃあないですわ~!!」

 

「………」

 

 チエは、ユズミのテンションに呆れていた。

 

「……まあええわ、死なない程度に頑張りや…ミユもそうやろ?」

 

「…ええ、私を含めて二名呼ばれました…私たちは主に東京が担当なので…」

 

「…確かに土地に詳しい者が捜査に加わった方が得やろ…事件はまだまだ続くで」

 

「…私も召集されるんでしょうか?」

 

「…当たり前や、あんたは今回の件の中心人物なんやから…!」

 

「…まあそうですね…」

 

「よくそんな感じで事件に参加出来たな~」

 

「…瞬時に切り替えが出来るのがリカさんの持ち味ですよ、リカさんがいなかったら大阪はどうなっていたか…」

 

「…まあそうやけど、今度はそう簡単にはいかへんで…相手は前より慎重でなかなか尻尾を出さへん…」

 

「…ええ、リカさんも気を付けて下さい、どうも最近、妙な視線を感じます…」

 

「私たちも狙われているってこと?」

 

「…それはまだ分からへん、ただ注意を怠るなってことや…」

 

 チエは、リカの胸の部分に人差し指を当て注意を呼び掛けた。

 

「…わざわざすみません、知らせに来てくれて…」

 

「…これくらいするの当然のことやろ…!遠く離れても私らの絆は深いはずや」

 

「…そうですね」

 

「…さて、そろそろ失礼しようか?」

 

 チエたちは、用件を済ましてリカの楽屋を後にした。リカは、訪ねてきた四人に一礼した後、室内で深く溜め息をついた。

 

 時間は夕刻、帰り支度をしてリカは劇場の表口から出ようとしていた。外にはリカのファンが出待ちで殺到しており、恒例のファンクラブの儀式を行った。彼女はファンに向けてにこやかな表情を浮かべて手を振り、迎えの車を待っていた。

 すると、一台の赤いロードスターが停車した。迎えの車にしては派手な車なのでリカは躊躇して立ち止まった。

 

「…プァン!」

 

 運転手は、クラクションで車に乗るよう指示し、リカはそれに従った。ロードスターはリカが乗った途端、すぐに発進して劇場を後にした。

 

「…どうしてあなたが?」

 

 運転手の正体は、ミユであった。リカは冷静な姿勢でミユに話し掛けた。

 

「……付き人の方にはちゃんと言ってあるのでご心配なく…リカさん、尾けられていますよ…!」

 

「…そういえばさっき楽屋でも言ってたね…何者?」

 

「…不明ですが、恐らく例のテロが関係しているのでは?劇場前にいるファンにも紛れてましたよ…あと後続車一台、黒のBMW…」

 

 ミユの車のバックミラーに尾行車が映り、リカは納得した表情を浮かべた。

 

「…あなたが私のボディーガードに?」

 

「…ええ、でも命令じゃありません、独自の判断です、うっとうしいですか?」

 

「いいえ、ごつい男より心強いわ、何かお礼しないとね…」

 

「……おかまいなく…と言いたいところですが一つお願いがあるんですが…いいですか?」

 

「…遠慮せず言ってみてよ」

 

「…リカさん、服はどこで買ってるんですか?」

 

「…またその質問?確か前に内緒って言ったはずだけど…」

 

「…諦めきれません、リカさんが行きそうな店、だいだい探したんですが、何処も外れで…そろそろ教えてくださいよ~!」

 

 ミユは、ハンドルを握りながらリカに甘えて情報を聞きだそうとした。

 

「…もう仕方ないな~じゃあ…」

 

「…じゃあ?」

 

「…後ろの車を撒いたら教えてあげるわ」

 

 ミユは、リカから情報を得るため、すぐさま条件を実行しようとした。

 

「…リカさん、飛ばしますよ、舌噛まないで下さいよ!」

 

 ミユはそう言って、ギアチェンジをしてアクセルを深く踏み込んだ。尾行車は異変に気づき、スピードを上げ始めた。その時間、渋滞していないのが幸いして、ミユは自慢のドライブテクニックを披露して尾行車から引き離した。前方には信号があり、あと数秒ほどで青から赤に変わろうとしていた。ミユが運転する車は、ぎりぎり間に合って走り抜けた。尾行車は追いつくことが出来ず、追跡は失敗に終わった。

 

「……お見事、レーサー目指してんの?」

 

「…映画に出てくる運び屋に憧れてまして…裏の仕事続けているうちに身につきました…リカさん、約束忘れてないでしょうね?」

 

「…分かってるよ、私の負けよ…」

 

 気づけば空は薄暗くなり、リカの家に着いた頃は夜の空であった。

 

「…お疲れ様でした、久々に色々と話せて楽しかったです…!」

 

「…私もよ、明日も迎えに来るの?」

 

「…いいえ、いつも通り担当の人が来ますよ、何かあれば連絡して下さい…!」

 

「…分かったわ、それじゃあ今度一緒に服屋に行きましょう~」

 

「…楽しみにしときます、それではまた」

 

 リカはミユと別れ、仮住まいのマンションへ入って行った。仮住まいのため、あまり物は置いておらず、ほとんど寝るための空間であった。

 リカはオートロックの鍵を開けて、郵便物を調べてエレベーターへと向かう、ここまではいつも通りであった。

 リカがエレベーターに乗ろうとすると、後から一人、住人らしき男性が乗り込んできた。その男性は、無言のまま降りる階のボタンを押した。リカは自分の住家がある階で降りようとするが、ふと一緒に乗っていた男性のことが気になっていた。しかし、彼と特に何も起こらなかったため、リカは、安心して自分の住居室に向かった。

 リカは扉の鍵を取り出し、鍵穴に挿し込んだその時…

 

「…ピ……ピピ…」

 

「…!!…ドガンン!!!!」

 

 突如、リカの住居室内は爆発を起こして炎に包まれた。

 付近の住人は爆発音で驚き、非常ベルが鳴り響き、たちまち大騒ぎとなった。マンションの外にも野次馬が集まりだし、そこにはリカを尾行している人物もひっそりと紛れ込んでいた。

 数分後、マンションの住人の通報により、消防車や救急車が出動し、サイレンを鳴らしながら爆発が起きた現場へと急行した。偶然、対向車線にミユが運転するロードスターが走行しており、リカが住んでいるマンションだと勘付いた彼女は、すぐさまUターンして引き返そうとした。

 

「…♪」

 

 その時、ミユは確認のため、リカに電話を掛けた。驚くことに予想より早く応答があった。幸い爆発に巻き込まれたリカは、瞬時に反応して被害を免れていた。

 

「…先輩、今、何処ですか?」

 

「…マンションの裏口の階段を下りている途中よ…」

 

 スマートフォンのスピーカーからリカの慌ただしい様子が伝わっていた。

 

「……トラブルですね…何があったんですか?」

 

「…自分の家に入ろうとしたら中が爆発したわ…鍵が開いた時、かすかに電子音がした…どうやら爆発物が仕掛けられていたみたい…」

 

「…成程、無事で何よりです…もう外に出れますか?」

 

「…ええ、戻って来てくれるの?」

 

「…はい、裏に回るんで少し待っておいてもらえますか?」

 

「…了解、寒いからなるべく早くね…」

 

 ミユは、回り道をしてリカを迎えに行こうとしていた。

 リカが住むマンションには、消防団員や救助隊が到着し、野次馬や報道陣などが押し寄せ、錯乱状態となっていた。そこから一人の市民が必死に抜けだそうとするが、その市民の正体は、リカを尾行している不審者であった。ミユたちに撒かれたBMWが近くの車道に待機しており、その車は不審者を乗せてそのまま闇へと消えた。

 一方、リカはミユと合流してその場から去ろうとしていた。

 

「…まさか、あなたとのドライブを延長するとはね~」

 

「…このままディナーでもどうですか?いい店知ってるんですが…」

 

「…また落ち着いた時に頼むわ、今はとにかく眠い…ベッドで横になりたいわ…」

 

「…自宅にはしばらく戻れませんよ、今夜はどうするおつもりですか?」

 

「……顔なじみのホテルがあるから、とりあえずそこで落ち着くわ…」

 

 ミユは、リカの指示で宿泊するホテルへと車を走らせた。リカが宿泊するホテルは都内でも一流のホテルであった。ミユは、唖然としてリカと一緒にホテルに入って行った。フロントカウンターに向かうと従業員が丁重に応対し、支配人の男性がリカたちの前に顔を出した。

 

「…急なんですが、部屋空いてますか?」

 

「はい、丁度、一室キャンセルになりましたので…スイートがご用意出来ます!」

 

 支配人は少しも焦る素振りを見せず、温かい表情で応対した。

 

「ありがとう、しばらくお世話になるわ」

 

「…リカさん、ここはよく利用するんですか?」

 

「…まあね、裏の仕事でよくお世話になってるわ、先輩に教えてもらったの」

 

「…そうですか~私も頑張らないと…」

 

 ミユは、苦笑いを浮かべて内心落ち込んでいる様子であった。

 

「…お腹減ったな~あなたもどう?奢るけど…」

 

「…!」

 

 ミユは、満面の笑みでリカの後をついて行った。一方、報道番組では爆発事件のことでリカのマンションが映っており、被害者であるリカの画像は全くの別人で偽名であった。リカの関係者の配慮により、正体は明かされず、彼女は、一切報道番組に目を向けず食事を楽しんでいた。

 

 真夜中、リカを尾行していた一味は、車中である人物に状況を報告していた。

 

「…特に問題はない、今回は警告しただけだ、本番はこれからだ…」

 

 報告を受けた人物は親玉のようで、部下たちに次なる命令を下した。こうして、興奮は冷めて一夜が過ぎようとしていた。

 やがて朝日が顔を出して、また新たな一日が刻まれようとしており、リカはモーニングコールで目を覚まして軽く朝食を取った後、有楽町にある劇場に向かおうとした。彼女は昨夜の起きた事件を忘れそうになるくらい清々しい顔をしていた。

 

「お早うございます~」

 

 リカは劇場の楽屋口から入り、共に舞台に立つ仲間やスタッフにいつも通り挨拶していた。

 

「…リカさん、お早うございます」

 

「おっ!アスカお早う~」

 

「お早う~お二人さん、今日も冷えるね~」

 

 リカたちの前に年寄り臭い口調を発したのは、リカと同期のヒロコであった。

 

「…今日もよろしくね~」

 

「……リカ、アスカ、ちょっといい?」

 

 ヒロコは、小声でリカたちを呼び止めて、開いている個室へと誘い出した。誘われたリカたちは、首を傾げながら部屋に入っていた。

 

「どうしたの…ヒロコ?」

 

「…あんた、昨日の夜、自宅で爆発があったでしょう?」

 

「…!!」

 

「…やはり、リカさんの住んでいるマンションでしたか…」

 

 リカは、昨夜に起きた爆破事件を仲間に指摘され、少々動揺していた。

 

「…身内には情報が筒抜けか~」

 

「事故じゃないでしょ?命を狙われる心当たりは?」

 

「…さて、裏の世界だと敵が多いからな~でも最近のことからほじくり出すと一つに絞られるね…」

 

「…例のテロリストですね…?」

 

 リカは、アスカの発言に対して静かに頷いた。

 

「…だとすれば、昨日起きたことは合点がいくね…」

 

「…どういうこと?」

 

「実は昨夜、歌劇団の若手劇団員が、車の接触事故に遭いまして…幸いかすり傷で済みましたが…」

 

「…今、警察が衝突した車を捜索しているけど…あれは偶然起きた事故でも無差別の犯行でもないと思うよ…歌劇団の劇団員だと知って狙ったんだと思う…あんたの場合、死んでいた可能性が高い…!」

 

「…殺そうと思えば殺せた…わざと生かしたのね…その理由は?」

 

「…恐らくそうでしょう…前に起きたテロを阻止されたことに対しての報復か…もう手を出すなという警告かもしれません…後輩の歌劇団に危害を加えたのは見せしめかと…」

 

「…だとすれば黙ってられないね…待ってばかりじゃないと攻めないと…!」

 

「…あんたが張りきらなくても招待状は届いてるよ、以前に起きたテロの時のようにチームが結成されるみたい…昨日、チエさんたちが訪ねてきたのもそのためでしょ?」

 

「…二人も捜査に参加するの?」

 

「………」

 

 リカの質問に対して、ヒロコだけは浮かない顔であった。

 

「…悪いけど、私は今回パスさせてもらったよ…」

 

「…え?」

 

「…はっきり言って、今は表の仕事の方が大事なんでね…後輩のことも心配だし…」

 

「…そうか、そうだね…確かに今は舞台の方が大事だね…もう最後になるから…」

 

「…あんたは断ることは出来ないだろうね…今回の件の重要人物だから…」

 

「…私は捜査に参加しますよ、リカさんのバックアップに回ります…!」

 

「…ありがとう、我が後継者!」

 

「…私は舞台に集中して後輩を守ることにするよ…だからあんたは好きに動けばいい…」

 

「ありがとう、我が同期!」

 

 リカたちは手を重ねていき、絆を深めようとした。そして、それぞれ舞台に立つ準備をした。その日も多くの観客が押し寄せ、席は満席になり、リカ率いる劇団員は笑顔を絶やさずファンの期待に応えていた。公演終了後、リカを尾行する者は現れず、彼女は一人で住家として代用しているホテルへと帰還した。

 

 リカは、自分の宿泊部屋に着くまで周りの気配を気にしていた。念入りに探った結果、不審者は居ないようなので、彼女は安堵の表情を浮かべた。部屋に入ったリカは上着を脱ぎ捨て、ふかふかのベッドに寝転がった。

 次の日は休演日であるため、やっと休息が取れるかと思われたが、リカにとって地獄の日に変わりつつあった。


第二話 弄ばれる麗人 前篇

 その日、東京歌劇団劇場は休演日であった。よって、リカは朝になってもぐっすりとホテルの一室で眠っていた。しかし、そんな彼女を邪魔する者が現れようとした。

 

「…♪」

 

 その時、リカの専用スマートフォンに着信が入った。彼女は、しばらくしてから着信に気づいた。

 

「……いて!」

 リカは、ベッドから転げ落ちてゾンビのように這ってスマートフォンに手を伸ばした。

 

「…もしもし?」

 

 リカは、かすれた声で電話相手に応答した。

 

「…急だけど、こちらの言う通りにして、今すぐ起きて下まで降りてきて、正面玄関口の駐車スペースで待ってる、乗ってる車はシルバーのNSXよ…」

 

「…え?ちょっと何なの?」

 

「…詳しいことは後で話すから、とにかく急いで!」

 

 謎の電話相手は、名乗ろうとせず、リカを急かして一方的に電話を切った。彼女は訳が分からないまま、電話相手の指示に従うが、電話相手の声に心当たりがあるようであった。

 ホテル暮らしをしているリカは、起きた後、ホテルの喫茶店でゆっくりと朝食を取っているが、それは急遽中止となった。リカは簡単に化粧を済ませてホテルを出ようとした。彼女が駐車スペースを見渡すと、シルバーのNSXが停まっており、リカは恐る恐る車に近づいた。すると、車のパワーウインドウが作動して運転手が顔半分を出した。

 

「…ゲットイン!」

 

「…は?」

 

 サングラスを掛けた運転手は、発音がいい英語でリカに車に乗るよう指示した。

 

「……今日はお迎え要らないわよ」

 

 リカは、運転手に気軽に話し掛けた。

 

「…分かってるわ、今日は休演日でしょ?別件で用があるの…」

 

「…最初見た時、何処の外人さんかと思ったわ、この車にその恰好だと目立つわね…」

 

「…あなたこそ、相変わらずスタイルがいいわね、どっから足伸びてんの?」

 

 お互いよく知った関係で、会ってすぐ会話が弾んだ。謎の運転手は、リカと同じく歌劇団の人間であった。 

 

 名はマギー。歌劇団の注目スターの一人でリカと同期である。

 

 父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフである。幼少期からバレエや声楽を習い、児童劇団にも所属していたため、舞台の仕事を志していたと考えられる。歌劇団入団後、順調にキャリアを積んでいき、同じ劇団班に所属しているトップスターのミユを陰からサポートする役割を果たしている。裏稼業では優秀な密偵で、英語が話せることから海外遠征することが多く、テロリスト撲滅に力を注いでいる。 

 

「…ミユは、どうしたの?」

 

「…うちのリーダーは色々と忙しくてね…私は代理で来たの…例のテロの件で進展があったわよ…!」

 

「…!」

 

 マギーはノートパソコンを開いて、リカにあるものを見せようとした。

 

「……今朝、警視庁に一通のメールが届いてね…内容は犯行声明だったわ…!」

 

 

 

 警視総監殿、警察の関係者諸君、名は明かせないが、私が最近世間を賑わせているバイオテロの実行犯だ!都内の公園で実行したテロは無事成功したので実に愉快だ、そこで調子に乗って、またテロを起こそうと考えている、発生場所は前回と同じく公園だ、とは言っても場所は簡単に明かさない、都内にある公園の何か所かに毒ガス発生装置が仕掛けられている、制限時間内に発生装置を見つけられなければ順番に起動する、このゲームの参加を拒否すれば一斉に装置を起動させる…

 

 

 

「…成程、かなり挑発しているわね、でもどうしてわざわざ私を呼んだの?捜査員はいくらでもいるでしょう?一斉に探せば…」

 

「続きを読めば分かるけど…それは無理よ…犯人はあなたを指名している…!」

 

 犯行声明のメールには、リカの写真が添付されていた。

 

「…これは最近撮られた写真ね…!」

 

「…あなただけじゃないわ、他の歌劇団員も盗撮されている、特にあなたが率いる劇団班のメンバーが多い…何処で嗅ぎつけたのかしら?」

 

「……恐らく復讐するためよ、去年、私たちがテロを妨害したから必死に調べ上げたのよ…現に命を狙われたしね、関係者にも被害が出ている…!」

 

「…成程、だとすれば、まずいわね、もし、あなたが毒ガス発生装置の捜索を拒否したら、歌劇団員の裏の顔が秘密警察だとバラすみたいよ…また、毒ガス装置を発見出来なかった場合も、秘密警察の劇団員の顔がネットの無料動画で公開されるわ…!」

 

「…どこまでも汚いわね、完全に弱みを握られたわ…私たちの正体がバレればどうなるかを知ってしまった…!」

 

「…そういえば最近、警視庁のサーバーが不正侵入された時があった、サイバー対策課が対応に追われていたわ…公安の情報が目的だったのね…」

 

「…そして、秘密警察の捜査員と歌劇団の劇団員を照らし合わせて尾行を始めた…じわじわと苦しめて楽しんでいるんでしょう…」

 

「…とにかく、あなたじゃないと参加出来ない任務よ…全てあなたの判断にかかっている…!」

 

 リカは重い責任を感じ、毒ガス装置の捜索を引き受けた。

 

「…でどうやって探すの?何か手掛かりが?」

 

「…メールに電話番号が書かれていてね、ゲームを始める前にこの番号に電話してほしいそうよ…」

 

 リカは記された電話番号を確認して、自分のスマートフォンで電話を掛けようとした。

 

「…もしもし?」

 

「…もしもし?どうやら本人のようだね、声を聴けて嬉しいよ…」

 

 相手の声は、変声器か何かで加工されているため、男性か女性かを識別することは不可能であった。

 

「…あなたがこのゲームの主催者ってわけね…私と会ったことはある?」

 

「……さて、どうかな?……君に恨みが…あることは…間違いない……今は…私の指示に従っていれば……いいんだ……余計な質問は受け付けない…よろしく頼むよ…」

 

 電波が悪いせいか、テロ実行犯の声は聴き取りにくかった。

 

「…いいでしょう…もう捜索を始めてもいいの?」

 

「…どうぞ、どうぞ、でも探す方法が……あるのか?装置の数も……仕掛けた場所もまだ教えていないぞ…言っておくが…都内の…公園の数は…一万以上ある…」

 

「……ヒントとかはないの?できたらお願いしたいわ…」

 

「…いいだろう、これはゲームだからね………ところで君は何処にいる?」

 

「…宿泊しているホテルの駐車スペース…車の中よ…」

 

「…車?誰か…他に居るのか?」

 

「…ええ、一人居るわ、仲間でね、あなたに電話するよう言われたわ…」

 

「…成程、同業…者か?」

 

「…ええ、そうよ…」

 

「…理解して…くれていると思うが、ゲームに参加出来る……のは君だけだ…外部と連携して……動くのは…ルール…違反だ…」

 

「……彼女は私と同じ類の人間よ…それでも駄目?」

 

「……そう…だな、彼女と…電話を代わってもらえるか?」

 

 リカは、テロ実行犯に指示され、電話を代わろうとマギーにスマートフォンを渡した。

 

「…ハロー?」

 

「…おやおや、外人…さんか?」

 

「…半分アメリカ人の血が流れているわ、あなた、かなりクレイジーね…」

 

「…テロリストに…まともな奴なんていないよ……君…名前は?」

 

「…マギーよ」

 

「後で盗んだリストで…調べるとしよう…君も公安の…人間だと…いうことだな?」

 

「…まあね、私はどうすれば?」

 

「……君には…エージェント・リカの足になってもらう…二人で毒ガス装置が仕掛けられている公園を…推理して…現場まで…運転するんだ…ただし少しでも…妙な真似をすれば……分かっているね?」

 

「…ええ、あなたの言ったことに従うわ」

 

「よし、では…リカに…代わって…もらおうか?」

 

 マギーは、リカの顔をじっと見て、スマートフォンを返した。

 

「…もしもし?」

 

「彼女とは…上手く打ち合わせを…した、そろそろ…ゲームを始めると…しよう」

 

「ヒントがあるんでしょう?」

 

「…ああ、ネット環境は…万全か?」

 

「…ええ、今丁度パソコンを開いているわ、ちゃんと開ける…」

 

「では…今から教える無料動画サイトを開け…そこにヒントが隠されている…」

 

「…どういうこと?」

 

「…〝テロ 都内の公園〟と…検索すれば、ある映像が…数秒間流れる…それは毒ガス装置が…仕掛けられた…公園の一部だ、そこから…何処の公園か…推理するんだ…」

 

「…それだけがヒント?」

 

「ああ、合計…五ヶ所の…公園に仕掛けられている…一ヶ所発見出来れば…また次の公園の映像を流すという手順だ…映像は一度観れば…自動的に…削除されるから…注意することだ…」

 

「…了解、もう動くわよ?」

 

「…ああ、一件目の…公園に着いたら…また連絡してくれ…幸運を…祈る…」

 

「……あなたの方こそお大事にね…」

 

「…!」

 

 リカは、テロ実行犯に謎の言葉を言い残して電話を切った。テロ実行犯はしばらくの間、体が硬直していた。

 

「…早速言われた通りに動画を観てみましょう…」

 

 リカがパソコンを操作して、テロ事件解決のヒントとなる動画を開いた。動画が一件表示され、それを再生すると薔薇が咲いている映像が流れた。映像は一瞬流れて、それは削除された。リカたちは腕を組んで考え込んだ。

 

「ホワイ?…薔薇…?まだそんなシーズンじゃないわ…」

 

「…以前に撮られた映像かも…季節は関係ないよ、公園にあるものを示している!」

 

「…薔薇が咲いている公園って…?」

 

「…!!」

 

 その時、リカは何か閃いて目が輝いた。

 

「…どうしたの?」

 

「…場所は分かったわ、車を出して!」

 

 マギーは、リカを信じて愛車を発進させようとした。こうして、危険な公園巡りが始まろうとしていた。

 

「…それで何処に向かえばいい?」

 

「表参道の方に向かって」

 

「…表参道…というと…代々木公園…?」

 

「…そうよ、さっきの薔薇の映像…あれは代々木公園内の薔薇園よ…間違いない!」

 

「…詳しいわね、プライベートではインドアと思ったけど…」

 

「…結構外出するよ、散歩するの好きだし、ミユより東京の地理は詳しいかも…」

 

「…頼もしいわね、私はタダ、指示通りに運転するだけよ…」

 

 マギーはアクセルを踏み込み、表参道方面へと愛車を急行させた。 

 

 

 その時間、特に渋滞がなく、リカを乗せたマギーの愛車はスムーズに走行していた。移動中、彼女たちは雑談をしていた。

 

 

 

「……もうじき卒業だね」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

 マギーは、さりげなくリカの退団のことに触れようとした。

 

 

 

「…今はどんな気持ち?」

 

 

 

「…さて、いつもと一緒だけど…まだ卒業する実感がないよ…」

 

 

 

「…ヒロコも辞めるし、寂しいな~同期がほとんど居なくなる…」

 

 

 

「…そうだね、ちょっと前までは皆居て、賑やかだったのに…時間が経つのは早いね~辞めて家庭持って子供まで居るもんね」

 

 

 

「…それで退団後のご予定は?」

 

 

 

「……まだ何も決まってないけど、とにかくゆっくりしたいね、家族と旅行行ったりしてさ~」

 

 

 

「結婚する予定はないって言ってたけど、仕事は続けるでしょう?」

 

 

 

「…まあね、やりたいことはいっぱいあるし……裏稼業は継続されるから…」

 

 

 

「…フリーになると過酷になるらしいね、海外遠征も増えるみたいだし…」

 

 

 

「…はっきり言ってやだね~つい最近まで飛行機苦手だったし…」

 

 

 

「…宿命ってやつよ、上層部に上手いこと利用されたわ…ただフリーになれば、拘束されることないからまだましかな…?好きな仕事できるし…舞台の仕事続ける気?」

 

 

 

「…そうだね、芝居好きだし…」

 

 

 

「あなた、スタイル抜群だからファッション関係の仕事が増えるかもね、芝居方面だと海外も目指せるかも…」 

 

「…冗談よしてよ、別に野望とかないよ、大きな夢だと考えただけで疲れる…」 

 

 リカたちは、車中で雑談を続けて少しでも嫌な雰囲気を消そうとしていた。一つ目の毒ガス装置が仕掛けられていると思われる公園に近づくにつれ、緊迫感が高まり、彼女たちは長い一日を過ごすこととなった。 


第三話 弄ばれる麗人 後篇

 リカとマギーはテロリストが仕掛けた毒ガス装置起動を阻止すべく、仕掛けられた場所を推理して、直ちに向かおうとした。彼女たちは、一つ目の毒ガス装置が仕掛けられていると思われる公園付近に到着し、ひとまず公園の駐車場に車を停めて待機していた。

 

「…公園に着いたけど、これからどうすれば?」

 

「…ゲームの発案者に連絡するわ、そういう約束だったから…」

 

 リカは、テロ実行犯に電話を掛けようとした。

 

「…もしもし?現場に…着いたのか?」

 

「ええ、代々木公園よ、正解なの?」

 

「…それは…まだ…言えない…車から降りてもらおうか?勿論、君一人でね…」

 

「…その後は?」

 

「…降りたら公園の中に入るんだ、言う通りに歩き続けろ…いいな?」

 

「了解…」

 

「……あちらさんは何と?」

 

「…私だけが車から降りて、公園に入ってほしいそうよ…ちょっと行ってくるわ」

 

「…気を付けて!」

 

 リカは、凛々しい表情をマギーに見せて一人で公園に入ろうとした。

 

「…そのまま…奥に進んで……中央広場まで行くんだ…」

 

「…中央広場ね、分かったわ」

 

「…いくつか質問するが、スマートフォンの他に無線等、通信機器を持っていないだろうな?」

 

「…ええ、持ってないわ」

 

「…あと武器は所持してないだろうな?」

 

「…ええ、置いてきたわ」

 

「…では……武器がないことを証明するために…そのレザーコートを脱いでもらおうか…?」

 

「……!あなた近くに居るの?」

 

「余計な…ことを訊かなくていい…確かに…君は監視されて…いるが、気にしなくていい、勝手な行動をすれば…どうなるか分かって…いるだろう?」

 

 リカは、素直にテロ実行犯の指示に従おうとした。リカは寒い中、コートを脱いで中央広場へと向かった。

 

「…うーさぶ、広場に着いたけど、どうすればいいの?」

 

「……時計塔の…前に立て…しばらくじっと…してるんだ…」

 

 テロ実行犯は、一旦電話を切り、リカは、震えながら時計台の前で立っていた。彼女は密かに監視している者の気配を探っていた。そして、数分後、テロ実行犯から着信が入った。

 

「…もしもし?」

 

「…待たせたな、確認出来た…一ヶ所目は見事…正解だ…おめでとう…!」

 

「…全く何がおめでとうよ…もうコート着て大丈夫でしょう?」

 

「…ああ、すまない…着てくれ、もう公園から出ても…大丈夫だ…」

 

「…それで例の装置は何処に?」

 

「……見つける必要はない…こちらで責任を持って…回収しよう…」

 

「…信じていいのね?」

 

「ああ、大丈夫だ…まだ装置は四つある…急いだ方がいいんじゃないか?」

 

「……そういえば制限時間は…?教えてもらってないけど…」

 

「……おっと…!そうだったね、うっかりしていた……タイムリミットは、今日の午後…六時までだ…それが過ぎれば…装置が作動するというわけだ…」

 

「…分かったわ、それでまた装置を探したらいいのね…?」

 

「…ああ、ヒントの…映像は投稿して…ある、また連絡を待っているぞ…」

 

 リカは、気に食わない顔でマギーが待つ駐車場へと戻った。

 

「…結果はどうだった?」

 

「正解みたいよ、特に何も起こらなかったけど…何人かに監視されているようね…」

 

「…やっぱりね、私も待ってる間、妙な視線を感じたわ…」

 

「…とりあえず先を急ぎましょう、午後六時までに全部見つけないと装置が作動してしまう…!」

 

 リカたちは、また同じように無料動画サイトを開き、ヒントで装置が仕掛けられた場所を特定しようとした。

 

「……これは桜……桜が咲く公園なんていくらでも…」

 

「…これはソメイヨシノね、芝生を囲む樹林の緑を桜の花が霞のように覆い尽くしている…これだけかなり絞れる…恐らく砧公園よ…車を出して!

 

「…オーケー!」

 

 マギーは、リカの推理を信じて、また新たな目的地へと愛車を走らせた。

 

 リカたちは、制限時間まで身勝手なテロ実行犯に振り回されることとなった。タイムロスにならないよう、慎重かつ迅速に対応している彼女たちであったが、一般市民誰一人、危険に晒されていることを知らずにいた。

 

 リカたちが賢明に毒ガス装置を捜索してからかなり時間が経っていき、空は薄暗くなっていった。タイムリミットが迫って行き、彼女たちは焦りの表情を浮かべていた。疲れも出始め、運転するマギーは、度々目を擦っていた。

 

「…運転替わろうか?」

 

「…大丈夫よ、あともう少しだから…」

 

 マギーは、リカの気遣いを断るのには理由があった。

 

「…後ろが随分騒がしいわね…しつこいったらありゃしない…」

 

 リカたちの後方には、複数のパトカーが、サイレンの音を響かせながら追い掛けて来ていた。

 

「…そこのNSX!停まりなさい!さっきから制限速度をオーバーしている!何か薬でもやっているのか?」

 リカたちを追う警官は、何度も呼び止めるが、ずっと無視されていた。

 

 マギーは、一秒でも早く公園に着くため、強引に運転してスピード違反をしていた。外部との接触は禁じられているため、彼女たちは車から降りることが出来ず、無視して逃げ切るしか手段がなかった。

 

「…タイムリミットはあと一時間もない…ぎりぎりってところかな…?」

 

「…あと一ヶ所、この噴水…この周辺の街並み…日比谷公園に間違いないわ…!」

 

「…行き慣れた場所ね、途中、劇場の前を通るかも…」

 

 安堵の表情を浮かべ始めるマギーに対して、リカの表情はまだ曇っていた。

 

「……これでテロ行為を防げるわけだけど、どうも腑に落ちないわ…」

 

「…まだ何か企んでいるっていうこと?」

 

「…分からないけど、これが本気とは思えない…以前に起きたテロ行為と比べれば生温い…!」

 

「…確かにそうね、さっきからパトカーの他に不審車両が見えるけど、何もしてこない…ただ監視しているだけ…拍子抜けしちゃうわ…」

 

「…とにかく今は指示された通りに動きましょう…毒ガスを撒くのは間違いないわ…」

 

 リカたちは、テロ実行犯の思惑を探りながらテロの標的になった最後の公園を目指そうとした。

 

 日比谷公園には制限時間以内に到着したが、パトカーがしつこく付き纏い、公園付近に停車出来ずにいた。

 

「…停まれば一緒に捕まるわ…どうする?」

 

 リカは困り果てている様子あったが、マギーには策があるようであった。

 

「…私が囮になるわ、あなたはこのまま飛び降りて公園に入って…!」

 

「…了解」

 

 車は停まろうとせず、リカは、マギーの指示通り、扉を開けて車内から飛び降りようとした。

 

「…バッ」

 

 自分のタイミングで飛び降りたリカは、体勢を崩すが、すぐに立ち上がり公園内へと走り去った。警官たちは、リカを追跡せず、マギーが運転する車の方を追跡した。

 

 リカは余計なことを考えず、一心不乱に走り抜けた。公園内に足を踏み入れた彼女は、テロ実行犯と連絡を取ろうとしていた。

 

「…どうやら着いたようだね、時間には間に合いそうだ…」

 

「…!…場所は合っているようね?」

 

 その時、リカはあることに気づき、表情が一変したが、悟られないよう応対しようとした。

 

「…ああ、一応確認のためにある場所で待っててほしい…日比谷公会堂の前に行ってくれ…」

 

「…分かったわ」

 

 リカは指示通りに公会堂に向かった。着いた時の時間は、制限時間の五分前で充分間に合った。

 

「…よし、これで合格だ、おめでとう、よく五ヶ所全て見つけ出したね…」

 

「…これで終わり?意外と呆気なかったわね…」

 

「…ふ、本当は心底焦っていたんだろ?もし、間に合わなかったら五ヶ所全ての毒ガス装置が作動していた、結構スリルがあっただろ?エージェント・リカ…」

 

「……その言葉、本人の口から聞きたかったわ」

 

「…!何を言っている?」

 

 リカは、突然、意味深な発言を投げ掛けた。

 

「…あなた、さっきまで話していた人じゃないわね…誤魔化しても無駄よ…!」

 

「……なぜ分かった?」

 

「…口調で分かったわ、さっきまで応対していた人物の声はどうも聴き取りにくくてね…電波障害だと思っていたけどそれは違い、滑舌が悪いわけでもない…話す途中に途切れる現象が起きるのは、息切れのせい…どこか体の調子が悪いようね?どう正解?」

 

「……ふ…ふ…ははは…君は思った以上にやるじゃないか…気に入ったよ」

 

 その時、電話相手のテロリストは表情が和らぎ、思わず笑みがこぼれた。

 

「…付け加えるなら、あなたの方は優しい口調で落ち着いているわ…さっきまで話していた人は男性口調だったけど、どこかぎこちなかった…女性かもしれないわね…」

 

「…推理するのは勝手だ…」

 

「…さっきの人は電話に出れないの?声が聴きたいんだけど…」

 

「……色々と事情があってね、今は出れない…だから俺が代行している…」

 

「…成程、あなたは以前に会ったかな?」

 

「いや、ないだろう、初めましてだ、関西で起きたテロ事件では大活躍だったそうじゃないか…」

 

「…まあね、あの続きがしたいの?」

 

「ああ、今までそっちの身の回りで起きたことは警告だ…予行練習に過ぎない…テロはまた起きる…!」

 

「…次もゲーム?」

 

「…いや、難易度は非常に高い…大きな花火を上げるつもりだ…その時は君以外にも参加してもらうつもりだ…」

 

「…そのイベントは開催されるの?」

 

「…それはまだ秘密だ…じき分かるだろう、次で決着をつけようじゃないか…」

 

「……楽しみに待ってるわ」

 

「それじゃあ、ひとまずお別れだ」

 

「ええ、さっきの人にお大事にと伝えておいて…」

 

 リカの電話相手をしていたテロリストの男は、静かに電話を切って一息ついた。

 

「…全てお見通しのようだ、さすがに手強いな…」

 

 今、電話応対したテロリストの正体は、緋岡であった。彼は今のテロ組織にとって、なくてはならない存在であった。

 

「…はあはあ……彼女は私の…獲物よ、あなたでも…譲れないわ…!」

 

 暗闇の部屋の中には、緋岡の他にもう一人居て、その人物はベッドで横になりながら電話のやり取りを聞いていた。

 

「…口は達署のようだが、そんな体で戦えるのか?」

 

 ベッドで横になっているのは、テロの主謀者である城ノ内であった。彼女は。筋力増強剤の副作用で日に日に体の線が細くなり、点滴を打つほどまで体力が落ちていた。

 

「…そうね、さすがにやばい…かも…たまに三途の川が見える…」

 

「…そんな冗談が言えるならまだ大丈夫そうだな…まだ死ぬなよ」

 

「…ええ、指揮は…あなたに任せるわ…」

 

 城ノ内と緋岡は、お互いに手を握り締めて絆を深めた。

 

 一方、リカはマギーのもとに戻ろうとしたが、公園を出るとパトカーが何台も停まっており、中心にはマギーが居て、彼女たちは完全に包囲されていた。

 

「…やれやれ」

 

 リカたちは素直に警官たちに従って連行されていった。また、彼女たちを尾行していたテロの一味も引き揚げようとしていた。何はともわれ、リカたちはテロを阻止して、物々しい雰囲気から解放されることとなった。

 

 日は暮れて、厳しい寒さが目立つ夜となった。リカたちは警視庁に連行され、しばらくの間拘束されることとなったが、ニュース番組では公園のテロ未遂事件に触れようとしなかった。勿論、リカたちの名も挙がらなかった。

 

 警視庁 地下駐車場

 

 夜も更け、駐車場内は人気がなく、ひんやりとしていた。しかし、そんな状況の中、二つの影が足を踏み入れようとしていた。地下につながるエレベーターから一つの気配が感じ取られ、それは足音を立てて、自分の車が駐車された場所へと向かおうとした。その気配の正体は、マギーであった。

 

「…!」

 

 その時、マギーはもう一つの気配に気づき、驚愕した様子であった。

 

「…ようやくお帰りですか?」

 

 マギーを待っていたのは、ミユであった。

 

「…うん、やっと解放された、幹部の説教が長くて…疲れたよ…」

 

「はは、少し騒ぎになったようですが、事件は無事解決したようですね…!」

 

「…まあね、リカの手柄よ」

 

「…彼女は?」

 

「先に帰ったよ、明日、公演があるからね」

 

「マギーさんもお疲れ様でした、どうでした、久々の共同作業は?」

 

「…少し冷や冷やしたけど、悪くはなかった…結構楽しめたわ」

 

「そうですか、表稼業が忙しかったもので…本当に助かりました」

 

「…ずっと私を待ってくれてたの?」

 

「そう言いたいところですが、実は上の人間と会う約束をしていまして…」

 

「…あらそう、じゃあ先に失礼するわ」

 

「お休みなさい!」

 

 マギーはミユに別れの挨拶をしてNSXに乗り込み、その場を後にした。ミユは、公安の部長に会おうとしていた。

 

 一方、リカはホテルに到着し、疲れ果てた表情で自分の宿泊部屋へと向かおうとした。

 

「…!」

 

 その時、リカは扉の前で何故か立ち止まり、胸騒ぎがしていた。部屋の中から気配を感じた彼女は、サイレンサー(消音装置)付きの愛銃を構えて相手に気づかれないよう入室しようとした。部屋に足を踏み入れると奥から音が聴こえており、それはテレビの音のようであった。部屋を荒らされた形跡は見当たらず、リカはそっと侵入者の後頭部に銃を突きつけた。

 

「…は?」

 

 その時、リカは聴き覚えのある声を耳にした。

 

「…あれ?あんた何してんの?」

 

 リカの前に居るのは、ヒロコであった。彼女は、呑気にリカの宿泊部屋でバラエティー番組を観ていた。

 

「…あんたこそ何処に行ってたのさ~せっかく遊びに来たのに~電話も通じないし~」

 

「…ああ、ごめん、ちょっと大事な用事があって…」

 

 リカはすぐに銃をホルスターに戻して、あえて今日起きたテロ未遂事件のことを話さなかった。

 

「…私、今日暇でさ~ここで待たせてもらったよ、私もこのホテルは顔馴染だからすぐ入れてくれたわけよ~」

 

「…あらそう」

 

 リカは、ほっとして疲れと空腹に耐えられずその場にしゃがみ込んだ。

 

「あれ?どうしたの?」

 

「…朝から何も食べてないの…もう死にそう……」

 

 リカたちは、食事を取るためにホテル内の行きつけの高級鉄板焼き店へと足を運んだ。

 

「ぷは~」

 

リカは、店内で水を飲み干して気分を落ち着かせていた。

 

「…何しに行ってたの?死にそうな顔だったけど…」

 

「野暮用よ、もう説明するのも面倒くさい…あんたこそ本当に暇つぶしできたの?」

 

 リカの質問に対して、ヒロコは険しい表情を浮かべようとした。

 

「……実はここだけの話、あんたに伝えたいことがあって来たわけよ…」

 

「…内容は?」

 

「…先日、公園で起きたテロの件よ、園内の防犯カメラに犯人らしき人物が映っていた…」

 

「それで?」

 

「…疑いのある人物は全員、事情聴取したけど、ど素人よ、ほとんどが学生、ただ雇われただけだと、指示通りに動くと、ロッカーの鍵を手に入れ、駅前のコインロッカーに辿り着いたそうよ、開けてみると、中には紙袋と茶封筒が入っていて、紙袋の中は覗くなと言われ、茶封筒の中を覗くと大金が入っていて、それは今回の報酬だと言われたそうよ」

 

「…その紙袋の中身は恐らく毒ガスの発生装置ね、それを彼らに仕掛けるよう指示した…」

 

「そういうこと、指示した人物とは電話でやり取りしていたから顔は分からないと…声も加工されていて識別は不可能、手掛かりは掴めてないわ…」

 

「…調べる必要はないわ、相手は私が目的でしょう…あんたもよく知っているメンバーよ…」

 

「…城ノ内…ね」

 

「…そう、逆襲ってやつよ」

 

「…いやに落ち着いているはね、彼女を止められる自信があるの?」

 

「…さて、やってみないと分からないわ、ただ、今は私たちにとって大事な時期よ、それを邪魔するのなら誰だろうと容赦しない…!」

 

 ヒロコは、リカの生き生きとした目を見て、一安心の様子であった。

 

「…さあ暗い話は止めて食べよう、今は体力と栄養補給しないと、私が奢っちゃう!」

 

「マジ?さすが太っ腹~お腹パンパンになるまで食べよう~!」

 

 リカは、ヒロコの奢りで食事を存分に楽しんで、翌日の公演に備えた。その夜、雪がちらちらと降り始め、寒波が都内を覆っていた。これにより厳しい寒さは続くようで、災いが降り掛かるのを予兆しているようであった。



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