目次
ロマンチックガーデン1
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ロマンチックガーデン2
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ロマンチックガーデン3
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ロマンチックガーデン4
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ロマンチックガーデン5
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君は夢のどのあたり1
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君は夢のどのあたり2
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君は夢のどのあたり3
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君は夢のどのあたり4
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君は夢のどのあたり5
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君は夢のどのあたり6
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君は夢のどのあたり7
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君は夢のどのあたり8
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僕たちを使って夢をみている1
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僕たちを使って夢をみている2
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僕たちを使って夢をみている3
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僕たちを使って夢をみている4
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僕たちを使って夢をみている5
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僕たちを使って夢をみている6
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僕たちを使って夢をみている7
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楯と緑1
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楯と緑2
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楯と緑3
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楯と緑4
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楯と緑5
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楯と緑6
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楯と緑8
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プラトニック五目あんかけ
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プラトニック投稿生活
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プラトニック・ティーカップ
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ビューティフルチェアー
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剣と楯
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渡りに月の船
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子どもミドタテ着せかえ
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子どもミドタテ北海道旅行篇
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指輪をもらう日、そして俺を坊ちゃんと呼ぶ人たちのこと
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担当編集岩橋さんコメント
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あとがき
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奥付
奥付

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楯と緑

 

 

 

 

 なあに食べたら元気になるウー? と、べべさんに訊かれてリクエストした大根のポタージュが、ことのほかうまかった。おかわりをしたら腹の中がほのぼのとして眠くなった。

 水ぼうそうで学校を十日休んでいて、毎日すきなだけ寝ている。食事をしては寝て、漫画を読んでは寝て、友人からの見舞いメッセージに返信しては寝て、長(ちょう)さんの晩酌の相手をしては寝て。なにかひとつアクションを起こすと、がんばったなー俺という気分になって寝る。赤んぼうのよう。

 ベッドの中で腕のかざぶたをぽりぽり掻きながらまどろんでいると、べべさんが部屋に来た。

「楯(たて)、三春(みはる)先生から電話があったよ」

 ふとんから顔だけ出す。「なんて」

「学級委員の子が帰りに来てくれるって、うちに。勉強のこととか伝えに」

「水上(みずかみ)? 兼古(かねこ)?」

「あ、名前は聞かなかった、学級委員としか」

「ふうん」

 どっちが来るのだろう。ふだん話すことがあるのは女子の水上のほうだけど。

 べべさんは部屋を出てゆく。俺は枕もとにおいていた漫画をふいふいと繰って眺め、また眠くなってきてページに指をかけたままぼんやりとしていた。視界のすみをゆらっと動くものがあって、目をやると、白っぽい半透明の蛇がドアをすり抜けて部屋の中に入ってくるところだった。

 ああ、来るのは兼古かー。

 クラスメイトの兼古緑(みどり)は俺からみると蛇憑きで、式神か生霊のようにピリピリと蛇をよく飛ばしている。本人は、自分が背中に不動明王の炎のように蛇の群れを背負っているとは気づいていないし、強く意識を向けた先にこんな斥候を放っていることにも自覚はないみたいだけど。

 人はあんがいこういう有象無象をひっつけて生きているもので、学校にも、浮遊霊や動物霊をまとわりつかせている生徒や教師はわりといる。しかしいまの未来浅草高校の中では、俺の視たところ、くっつけているものの量も力も兼古がたぶん最大だと思う。

 蛇の長さは五十センチくらい。彼の蛇としては小さいほう。小蛇はベッドの前でとまって頭をもたげてきた。黄色い小さな目をきかきかと光らせて、口をひらいて威嚇している。人さし指をさしだすと噛みついてきたので、そのまま頭を握ってやるとじゃらじゃらとのたうち、だらりとおとなしくなって消えた。

 俺は首のうしろをなでて、あの世との回路をとじる。すこし気を抜くと回路がひらいてしまって、兼古の蛇のようなあの世とこの世の中間でただよう連中にも干渉されるようになる。

 そのまま俺は眠っていたようで、つぎにべべさんの声で起こされたときは、七三わけの髪にヘルメットのあとがついた兼古が玄関に立っていた。そうかバイクで来たか。彼は学校にいるときとおなじで不機嫌な顔をしていたけど、眼鏡の奥の細い目が、俺を見てすこしひるんだ。

 べべさんが俺を指して「すごい顔でしょ」とかいう。発疹はいちばんすごいときはすぎていて、もう人にうつすことはないんだけど。

 兼古に部屋にあがってもらった。テーブルの前に座った彼はよどみない動きで鞄から学校用端末やら配布物を出してひろげ、さっさと用事をすませて帰りたいという態度もあらわ。

「ヘパイストス」と、彼は小声で呼んで端末を起こし、これをやれといって日本史のプリントをよこす。

 日本史の問題は、一九九九年の大戦で爆撃を受けた日本の都市名を最低二つあげ、その被害規模と復興の過程を記述というなかなか気の滅入るものだった。気乗りしない問題に遭遇すると、脳が考えることを拒否するように眠くなる。受けとるものは受けとって、兼古には帰ってもらったほうがいいのかしらと思いつつ、機械てきに解答欄を埋めはじめると、頭上で声がした。

「ササヅカのいいやつだ」

 え、といって俺は顔をあげる。兼古は机の横の古いササヅカ製天体望遠鏡を見ていた。高かったろうとか、これでどんなものを見ているのかとか訊いてくる。ミサイルが落ちて新世紀記念競技場が半壊した未来月島――当時はただの月島のことを書きながら、俺は兼古の問いにてきとうに答えた。

 弟の剣(けん)がケーキと紅茶をもってきて、家の横の倉庫にとめてある兼古のバイクについてあれこれとたずねる。彼のマシンは、未来浅草のとある神社が経営している鳥居工場というメーカーのレアなもので、それをいきなりうちの倉庫に見つけたものだから剣の興奮はそうとうだった。

 兼古はある日とつぜんバイクで学校に来た。自転車通学までしか認められていないエリアに住んでいるのに。バイクずきだというそぶりもまるでなかったのでクラスメイトはおどろいた。彼のマシンはマニア垂涎のめずらしい型だというのに、乗っているようすがまったく楽しそうではないのも謎めいていて、憶測を呼んだ。生徒用の駐車場は傷つけられたり落書きされたりするからと勝手に業者用のスペースにとめて、よく教師といいあいになっているすがたも目撃されている。

「おれも高校入ったらバイクがいい」と、剣。

「未来浅草に来るの?」と、兼古。

「いやー、兄弟でおなじ学校ってやじゃないすか」

「ひとりっ子だからわからない」

「いいなひとりっ子」

 兼古っていがいとしゃべるんだなーと思いながら、俺はふたりの会話を聞いている。

 彼とは二年からおなじクラスで、いっときは席が近かったこともありながら、ほとんど話したことがなかった。俺だけじゃなくて、クラスのたいていの人間が、兼古とまともにしゃべったことがないのでは。彼は昼休みや教室の移動といった日常でもそうだし、学園祭や修学旅行なんかの行事のときもひとりで行動していた。

 ひとりといってもひっそりおとなしくという感じではなくて、成績はずっと学年トップで生徒会役員でありながら、校則を破ったり教師に逆らったりクラスメイトを罵ったりとアクションが派手なので、麻雀仲間の薬師(やくし)いわく、兼古は「孔雀のように目立つ」のだった。おなじく雀友の笑谷(えみたに)は「孔雀はほめすぎ、いろんな鳥の羽を集めた目立ちたがり屋のカラス」といい、「おお、イーサップフェイボウ」と、これも雀友の留学生ツンドラが肯った。

 水ぼうそうで休むまえ、教室で友人たちと俺は、宿題の調べものを自分でせずに訊いてくる連中に発狂しかけている兼古を見物していた。

「そろそろ切れるぞ」と、笑谷がなかばそれを期待するように兼古を見やって。

「アイツの怒った顔ってなんかいいよね」と、薬師がマニアックな感想を述べた。

「いいってどこが」と笑谷。

「あのこめかみの、切ったらピューって血い噴くんだろうなーって青筋がセクシー」

「わからなーい」と、ツンドラは首を横に振った。

 目立つから蛇が憑くのか、蛇が憑くから目立つのか――相乗効果かもしれんなあ、などと俺は彼を観察していた。そういうものが視えることを、学校ではだれにも話していない。

 テーブルについた肘の、半纏のふかふかした袖の中で、俺はちょっと笑いながら解答を書きすすめる。

 日本史のあとはいちごののったケーキを食べた。俺がどうして女子と仲がよいのかというようなことを兼古は訊いてきて、こいつも人なみにそんなことを気にするのかと、ちょっといがいだった。いがいといえば彼が、ケーキを食べ終えたあとに、皿に敷いてあったまるい銀紙をきっちり折りたたんで、そのうえにそっとフォークをのせたことも。

 へえー、と俺は、ふだんの兼古のイメージにそぐわない、みょうにていねいな所作を見守る。馬鹿やろうてめえでやれ煩わせんじゃねえ、貴様を見てるといらいらするなんて、日ごろ口ぎたなく人を罵り、ばんばんと音を立てて机にものをおくのを見ていたので。

「どうしようかな」

 と、兼古は端末のメモを見ながら、

「なにがやりたい。科学と漢文と現代文と、馬のワークブック」

 なにもやりたくない、とあやうく本音をいいそうになった。

 馬というのは担任の三春先生のあだ名だ。自家製本したワークブックから毎回ゆたかに宿題を出し、もりもりと赤を入れて返してくる、やる気まんまんで父兄から人望あつい英語教師だ。

 十日ぶんの馬となると量もそうとうだろう、できればうやむやにしたい。

「現代文で」

「じゃあ、はい」

 渡された現代文の宿題に移る。兼古は俺の本棚を眺め、漫画に手をかける。なにがおもしろいか訊かれたので『パパはママの三助』と答える。兼古は漫画を読むのがものすごくはやくて、たちまち一巻を読み終えて二巻に手を伸ばすのが視野のすみに見えた。

 ときどき、ヒャ、とか、クク、とか、彼が漏らす笑い声が聞こえる。笑うことが恥ずかしいのか、口に手の甲をあてて声をころしながら読んでいる。『パパ』はすごくおもしろいので笑わずにいることは不可能だ。

「アハハ」

 ついに兼古がはっきり笑った。

 勧めてよかった、と思いながら、俺はいつものあれがはじまって意識が遠のいていくのを感じる。

 ああまた――客がいるのに。

「まァーたこっちに来ちゃったよ、坊ちゃん」

 柿人の高い声がする。

 目をひらくと向こう側の友人たちこと、柿人(かきひと)と身延(みのぶ)、弁財天(べんざいてん)とママヤが茶をしていた。そして全員をまるく取りかこむように寝そべる鈴龍(すずりゅう)。みんなで龍の柔らかく脈うつ横腹にもたれて座っている。めでたい存在である彼らにふさわしく、黄金の瑞雲が周囲にたなびいていた。

 柿人と身延はしゃれた狩衣を着て、髪を耳の横で結っている平安貴族ふうの少年たち。弁財天は赤と桃色の着物に羽衣をまとっている。ママヤはココア色の肌をしたインドの哲人ふうで、額に第三の目がある。

 俺がすんすんと鼻をならすと、藤色の瞳を細めて笑う身延。彼があおいでくれている扇から吉報のようなよい香りがする。

「またすぐに来ると思って、敷きっぱなしでした」

 と、ママヤがいうので首を起こすと、朱色の地に金銀の糸で鶴と亀と松とが刺繍された慶事感いっぱいのふとんに、俺は寝かされていた。水ぼうそうにかかってから、彼らはこんな寝具をあつらえて俺を待っている。

 子どものころからふわふわと幽体離脱をしやすい体質で、ぼんやりしていると首の後ろがひらききって、「ステーション」ことあの世に来てしまう。死後の世界のことをステーションと呼ぶのは葬儀業の人たちの慣習で、俺の伯父夫妻が営む「フューチャークラシコ葬祭社」でバイトするようになってからは、俺もそう呼んでいる。

 死んだ人はたいていここへまずやってきて、自分が死んだことを悟り、先祖や縁者たちと再会し、彼らに見送られてつぎの人生へと向かう。葬儀業の人たちは死者と見送りの人びとが会えるようにセッティングするのも仕事で、魂がつぎつぎとやってきては旅立っていくさまはほんとうに「駅」――ステーションと呼びならわすのがぴったりに思える。

「坊やはまだ体が本調子ではないのであろう」

 弁財天は俺の頭のうえにいて、枕をよけて頭のしたにやわらかな太ももを滑りこませてきた。ひざまくらをしながら俺の髪に指をからめ、頬やあごをひたひたとなでる。幼少期からたびたびステーションに迷いこんでしまう俺にとって、こっちでの母親のようだった彼女は、いまでも俺を坊やと呼んで子どもあつかいのまま。

「めずらしく勉強なんかするから眠くなったのさ」

 と柿人はいい、弁財天の琵琶にぺんぺんと指をひっかけて鳴らした。俺は笑って、「それはある」

「はじめて見る顔だけどだれ? この蛇っ子は」

 という柿人には俺の部屋が見えている。こっち側の友人たちは日ごろから、俺の部屋をウォッチするのが趣味だ。来客があるときは百パーセント見にきているといってよく、クラスメイトや雀友たちについてあれこれと人物評をする。

「兼古って奴」

「うじゃうじゃだなあ、重たくないのか」

「憑きものをブースターにして、かえって勢いつく人もいますから」と、ママヤも額の第三の目をまばたきさせて。「おとなしくしてますけど、内面如夜叉って感じの相です」

「学校じゃうるさいよ」

「でしょうね」

「そろそろ戻らないと」俺は起きあがろうとする。

「気のすすまないことをしてもまた意識が抜け出してしまいますよ。坊ちゃんは正直にできているんですから」

 と、ママヤは全員の茶碗に茶をつぎたした。赤くて甘酸っぱい茶だった。

 柿人はちくりと、「正直というわりには、すきでもない人間に体を任せてるけど」

「あ、それ。私もほんとそれ問題だと思います」

「このあいだだって、あそこで郵便屋が入ってこなかったらどうなってたことか」

「あれは任せたわけじゃなくて……」と、いいかけたものの、もう弁解もめんどうな。

 先日、バイト先でひとりで留守番をしていたとき、配達に来た花屋の奥さんと世間話をしているうちに幽体離脱してしまった。周囲の人からは失神したように見える。気がついたとき俺は壁ぎわに寝かされていて、「あ、はい、ちょっと待って!」という、花屋さんのあわてた声が聞こえて目が覚めた。見ると小包を抱えた郵便局員が入口に立っていて、なぜか花屋さんが応対しているのだった。「楯くんハンコだって!」と、呼ばれて起きあがってゆくとき、化粧品の匂いが顔のまわりに、触られた感じが体に残っていた。

 おとむらいでお世話になったからとあいさつに来た喪家の女性、いわゆる未亡人とも、似たようなことがあったし。おとむらいといえば、酔客に物陰に引っぱりこまれて襲われかけたこともあった。さかのぼれば、小学生のときに床屋で髪を切られながら幽体離脱し、目を覚ますと店主のおじさんにキスされていたのがそうしたことのさいしょの記憶だけど、自分で把握しているだけでも十指にあまり、じっさいはどれだけあったのか想像するのもおそろしい。

 こちら側の友人たちももちろん、この体質についてはよくわかったうえでいっている。花屋さんはそこで正気に戻って退散してくれたけど、俺が目をさましたあとも相手の興奮が冷めやらなくて、そのままつづけられてしまうこともある。自分がそうしたくない気持ちよりも相手がそうしたい気持ちのほうが強いことがわかると、うまく抵抗できなくなってしまうのはなぜだろう。柿人やママヤはそれを憂えているのだった。

「こっちで遊んでおゆき」

 巻貝型の加湿器から吹きだす黄金の瑞雲を顔にあてながら、弁財天が手まねいた。巻貝は彼女のお気に入りの美容アイテムで、ステーションではよくこれを稼働させている――彼らの周囲でたなびいているのは、じつは弁財天の美容器から出る霧なのだった。俺は肩を引きよせられていっしょに瑞雲を顔に浴びた。

 頬をよせて彼女はささやく、

「ますますきれいになってきた。近ごろの坊やの美しさはおそろしいほど」

「あなたも」

「まあ」

 うっとりと弁財天は声をもらし、わかめ色のまつ毛をばちばちとさせて見つめてくる。わかめ色のまつ毛とか、虫刺され色の頬とか、ラード色の歯とか、思ったとおりにいうと怒るのでいわない。

 柿人とママヤはおしゃべり、身延は俺の寝ていたふとんで眠っていた。龍も目をとじている。

 ここはステーションでも人通りのすくないのどかな場所で、いごこちがよい。むかしから、現実のあわただしさや迫力にはたじたじとなることがおおかったけど、こちら側に来れば終わることのない春がいつでも出迎えてくれる。ずっとここにいられたらいいのにと、いまも時どき思う。

 現実に目を覚ます。ぼやけた視界の焦点があい、俺を見ろす兼古の顔があった。なにかいいかけたのをやめたふうな口の動き。そのまま見あげていると、眼鏡の奥の目をそらして、「冷たくないか触ってみろといわれた」とかなんとか早口でいった。なんとなくこの感じはあれか――まさか兼古、おまえも俺になにかしたのだろうか。

 やりかけだった現代文を採点してもらったころには、すっかり夜だった。帰る彼を玄関前で見送るとき、べべさんは「暗いから気をつけてね、安全運転でね」と声をかけた。ヘルメットをかぶってしまってすぐに顔は見えなくなったけど、彼ははにかんだような、弱い笑顔のような複雑な表情をしていたと思う。 



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