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麗しき血、汚れき血

 その日、リカが主演を務める公演の稽古が開始された。彼女は何とも言えないプレッシャーを感じて、ただただ落ち着く暇はなかった。今回の公演は特別で、ベテランや歌劇団の顔であるトップスターはおらず、リカのような注目の若手スターしか出演しないことになっている。制作側も同じことで若手演出家が演出を手掛けることとなる。歌劇団に属する五班のうち、三班の公演が無事に終り、ついにリカが所属している班の番が回って来たのであった。

 

 公演作品のあらすじについてだが、一九四〇年代の第二次世界大戦終結後の日本、一人の男が帰国した。彼は、連合国軍情報部員として職務を全うして、敗戦した焼け野原の故郷に帰って来たのであった。

 主人公であるその男は、当時アメリカ大使館に勤める外交官でアメリカ人である父と、女優であった母の間に次男として生まれ、兄と共に東京で育った。

 日本とアメリカの血が流れる兄弟は日本で青春時代を送っていたが、それもそう長くは続かなかった。第二次世界大戦が勃発し、時代は悪化の一途を辿って行った。主人公は父ともう一つの祖国アメリカへ、兄と母は日本に留まることなり、そこから人生の歯車が狂い始めた。仲睦まじい兄弟はやがて再会することとなるが、衝撃の事実を知り、絆は崩れようとしていた。戦時中の醜い部分がリアルに描かれたオリジナル作品であり、終戦記念日が近い時期に上演されるため、多方面から注目されていた。なお、小劇場では珍しく、芝居の後、ショーが行われる構成で、伝統がある音楽から当時流行った音楽が流れ、ダンスシーンにも力を入れていた。ファンによるチケット争奪戦が激しくなることは間違いなく、リカ率いる若手劇団員に新たな試練が迫ろうとしていた。

 六月某日 兵庫県警

 刑事部に属する捜査第一課は、ある事件を追っていた。それは兵庫県の閑静な住宅街にそびえ立つタワーマンションで起きた殺人事件であった。担当する刑事たちは、会議室に集まり、集めた情報を順に報告しようとしていた。

 

「…それでは現時点の捜査報告を…」

 

 事件の指揮を務める警察上層部の管理官の一声で、一組の担当刑事が立ち上がり、報告しようとした

 

「…迅速に捜査を続けており、殺害現場となったマンションの住人に聞き込みをしましたが、犯人らしき人物を見たという情報は掴めませんでした…なお、ガイシャと親しい友人、知人なども住んでいませんでした…」

 

「…そのガイシャの陣川靖男についてですが、職業はフリーの記者でかなり危険な件に足を突っ込んでいたようです…」

 

「…と言うと?」

 

 管理官が興味深く、担当刑事に訊ねた。

 

「主に堅気ではない職業、企業を取材していて、敵対する人間が多かったようです」

 

「…今回の事件と関係が…?」

 

「はい、犯人はガイシャに恨みがある者ではないかと捜査を進めています…今のところ、有力な情報は入っていません…」

 

「…そうか、捜査は続けてくれ…次の報告を…」

 管理官がそう言うと、また別の担当刑事が立って報告しようとした。

 

「…ガイシャが住んでいる部屋を調べまして、中を見ると酷く荒らされていて、稀なる物を押収しました…ガイシャが使用しているパソコンを調べると、取材した件の情報データが保存されていました…膨大な量です…公の場で公開すれば、かなりまずい件も…」

 

 担当刑事が報告していくと、事件に関連した物や場所が巨大モニターに映し出された。

 

「…それで手掛かりは?」

 

「…こまめにデータが保存されていたんですが…不審な点が見つかりました…データの一部が削除されていました」

 

「…それがどうかしたのか?」

 

「…もし、ガイシャではなく、別の人間が削除したのなら問題です…」

 

「…成程、何者かにとって都合の悪いデータがあって、それが削除されたということか…そして、殺人まで犯した……他に情報は?」

 

 また一人、担当刑事が立ち上がって報告しようとした。

 

「…今回の事件を追っていくうちにあることが発覚しました…殺害現場となったタワーマンションですが、半年前にも事件が起きていて、マンションの駐車場で男性の変死体が発見されています…身元を調べると公安の捜査員でした…犯人はまだ捕まっておらず未解決のままです…他にも数件、マンション付近で殺人事件や傷害事件が起きていて…どの事件も未解決のままです…」

 

「…何か気味が悪いな、そのマンションは呪われているのか…犯人が同一犯という可能性は?」

 

「…高いかと思われます、現在、厳重な捜査を行っています…」

 

 管理官や上層部の警察関係者は、頭を抱えたり、溜め息をついた後、次の報告を聴こうとした。

 

「…殺害状況についての報告を…ガイシャは、密室となったエレベーターの中で射殺されたわけですが、犯行直前に停電となったため、肝心の犯人の顔は分かりません…ただ、凶器が判明しました…ガイシャの体内から銃弾が摘出され、それは九ミリ弾…すなわち三八口径で…さらに詳しく言うと、モデルは回転式リボルバータイプ、S&W(スミスアンドウェッソン)M36Jと判明しました……そこで気になることがあります…」

 

「…どういったことだ?」

 

「凶器の銃は、今年から携帯している日本警察専用の銃で…一週間前、神戸市内の所轄署の武器庫から一丁、同じ銃が盗まれました」

 

「…!!!!」

 

 その時、警察関係者が居る会議室内は、どよめき始めた。

 

「…それは初耳だな…まだ非公表ということだな…?何処で情報を入手した?」

 

「調べていくうちに辿り着きました…独自のルートで…」

 

「独自のルート…ね…まあいいだろう、迅速に解決するためなら手段は問わない…今夜の会見に影響するので、その所轄署の責任者と直接話がしたい…山室君、彼から詳細を訊いといてくれ…私は別件で外出しないといけない…」

 

「…分かりました、管理官」

 

 管理官は、現場責任者である室山警部に指示をした。

 

「…もし、殺害に使用された銃と盗まれた銃が一致すれば大問題だ…慎重に捜査することを心がけてほしい…」

 管理官は、険しい表情で部下たちに指示をした。これにて、会議は終わりを告げようとしていた。

 

「……それじゃあ後のことは任せる…会議が始まる前には帰ってくる…」

 

「はい、行ってらっしゃいませ…」

 

 室山は、管理官に深々と頭を下げて見送った。刑事たちが会議室から去っていく中、一人、警部に歩み寄る刑事が居た。彼は事件で使用された拳銃について報告した刑事で、名は赤谷陽平、地道に経験を積んでいる若手刑事であった。室山は赤谷を気に入り、彼の活躍を期待して今回の事件の捜査チームに加えた。

 

「…警部」

 

「ああ、ここでは話しにくいから場所を変えよう…」

 

 そう言って、彼は使われていない個室へと移った。

 

「…いいんですか?例の拳銃盗難は元々警部が掴んだネタでしょう?直接話せばよかったのでは?」

 

「…いいんだ、あの管理官とはどうも馬が合わない…今さら手柄を取ることに興味はないしな…どうせ拳銃盗難の件は隠蔽されるだろう」

 

「…そんな」

 

「…色々と事情があるのさ…最近、警察組織内の不祥事が多くてな…都合の悪いことは全てもみ消す…そういった対処はこの先ずっと続くだろう…時代は変わったよ…事件のことより昇進や収入のことしか頭にない警察官が増えている…それでいて悪に染まる者も多い…悲しい現実だ…」

 

 赤谷は、大先輩である室山から日本警察の現状を聞かされ、唖然とするばかりであった。室山は元々、所轄出身であり、その時の経験から現場の刑事の気持ちをよく把握していた。

 

「それで…これからどうするおつもりですか…?」

 

「…捜査は続けるさ、ただ、全員同じように動いていては解決出来ない…そこで極秘捜査を行おうと思う…そのためのチームも作った…お前もそのチームの一員だ」

 

「え?僕もですか?」

 

「ああ、独断で選ばせてもらった…適性テストなどはなし…早速働いてもらうぞ…デジタルに頼らず足で稼げ…」

 

「…しかし、いいんですか?ばれたら大変なことになるのでは…?」

 

「何も心配しなくていい、全て私が責任を取る…どちらにしろ、刑事ドラマのような型破りの捜査は出来ないからな…地道にやって行くしかない…」

 

「そうですか…分かりました、引き受けます…」

 

 室山は、赤谷の快い返事を聞いて、安堵の表情を浮かべた。

 

「…今回の事件、気になる点はいくつもある…まず、あのマンションで何故、連続して奇妙な殺人事件が起こるのか…犯人は同一犯か…拳銃を盗んだ犯人も突き止める必要がある…何より怪しいのは、マンションの管理会社だ…一緒に現場に行った時のことを覚えているか?」

 

「…はい」

 

「…半年前にも管理会社の者と会っている…なのに、顔を合わしてもまるで初対面の人間に会ったかのような対応だった…例の公安刑事変死事件…相当やばい件かもしれんな…徹底的に調べる必要がある…」

 

 室山は、長年の経験と勘でどれだけ危ない道を渡っているかを察知していた。室山と赤谷は、極秘である陰謀に立ち向かうこととなった。

 

 ある夜、何かと問題があるタワーマンションの東塔エントランスに人影が一つあった。その人影の両手には大量の荷物があり、くたくたのようであった。人影の正体はリカであった。その時間、コンシェルジュは待っておらす、受付ロビーのフロアは静けさが漂ってひんやりと空気が冷たかった。

 

「…!」

 

 リカがマンションに入ると、また後から一人の住人がオートロックの鍵を開けて中に入ろうとした。彼女は後方の気配に気づき、思わず振り向こうとした。

 

「…あっどうも、こんばんは」

 

「…こんばんは」

 

 リカに愛想よく挨拶したのは、オーナーの平松昭であった。

 

「……見ない顔ですね、新しい入居者さん?」

 

「…ええ、そうです、引っ越ししてきたばかりで…ここの住人の方ですか?」

 

「はい、最上階に住んでいます、オーナーをしていまして…」

 

「…ここのオーナーさんですか?凄い!こんな所で会えるなんて…」

 

「いえいえ、たいしたことありませんよ、オーナーの平松昭です、よろしく…」

 

「…○○リカです、二十六階に住んでいます、よろしく」

 

 リカは偽名を名乗って、昭に自己紹介した。

 

「…それにしても随分と多い荷物ですね…仕事の帰りですか?」

 

「…ええ、そうです」

 

「…どういった仕事をされているんですか?」

 

「……実は近くの大劇場で働いています」

 

「…え?あの歌劇団の?まさか劇団員?」

 

「…!いえいえ、裏方の仕事です…舞台の衣装を手がけていて…」

 

「…そうですか、すみません、綺麗なお嬢さんなので女優さんかと思いましたよ~お世辞じゃないですよ!」

 

「…どうもありがとうございます」

 

 リカは昭の言葉に頬を赤くして、照れているようであった。

 

「…少し、持ちましょうか?」

 

「いえ、そんな…大丈夫ですよ、慣れているので…」

 

「…顔は正直ですよ、かなりお疲れのようだ…少しの間ですが持ちますよ…」

 

「…すみません、ではお言葉に甘えて…」

 

 昭はエレベーターのボタンを押し、リカの荷物を半分持とうとした。

 

「…いつもこんなに遅くまで仕事を…?」

 

「ええまあ、丁度、忙しい時期で…残業が多いですね…」

 

「…成程、ここのオーナーの他に僕もクリエイティブな仕事をしているので気持ちは分かりますよ……たいして力になれませんが、何か困ったことがあれば言って下さい…帰りにスーパーに寄るなら駅前は止めておいた方がいい…商品が高くて品ぞろえが悪いんでね…そこよりいいスーパー教えますよ」

 

「そうなんですか、助かります」

 

 リカは昭の軽快なトークに夢中となり、気づけば彼女が住居のフロアであった。

 

「…部屋の前までお持ちしましょうか?」

 

「…いえ、大丈夫です、本当にありがとうございました…楽しかったです」

 

 リカは、丁重に礼を述べて昭と別れようとしていた。二人は別れた途端、表情が一変し、それぞれ何を考えているようであった。リカは別人になりすまし、標的である昭に迫ろうとしていた。また、昭もリカのことに興味を持ったようで、それは彼女にとって好都合であった。

 

「……ふう」

 

 リカは住居に着き、荷物を置いた後、リビングのソファーに飛び乗った。彼女は、行儀の悪い姿で一息つこうとしていた。そんな彼女の目の前には美しい夜景が広がり、妖しい光に包まれた歌劇団歌劇団を見ることが出来た。

 

「………」

 

 その時、リカしか居ないはずの部屋に妙な視線が感じ取られ、そっと何者かが彼女の姿を覗き見しているようであった。疲れ果てたリカはその視線に全く気付かず、特に何も起きず、夜は更けていくのであった。

 

 それから数日経ち、歌劇団小劇場ではリカが主演を務める公演の準備が着々と進められ、運命の公演日が近づいていた。無我夢中で稽古していた若手劇団員たちは、久々に休息して自由に動ける時間を満喫していた。

 

 リカは、気晴らしに早朝から近所を散歩していた。彼女の現在の住居は所属している大劇場から近いが、近辺のことについて何も知らず、新鮮な気持ちとなった。

 

「…ポン」

 

 その時、リカの背後から肩を叩く者が現れ、彼女は咄嗟にびくついていた。

 

「…すみません、驚かせるつもりはなかったんですが…」

 

 リカは、落ち着きのある背後の男性の声に聞き覚えがあり、安心して即座に振り向いた。

 

「…あ、平松さんでしたか…びっくりした」

 

「…今日はお仕事休みなんですか?」

 

「ええ、なかなか土日に休みが取れないもので…平日が多くて……平松さんの方は?」

 

「…休みってわけではないんですが、デザインの仕事は家でも出来るので、結構自由が利くんですよ…これから行きつけの喫茶に行こうかと思いまして…」

 

「そうなんですか、どうしようかな~この辺詳しくなくて…何処か落ち着く場所がないかと適当に歩いているんです…」

 

「よかったらこの辺を案内しますよ、今から行く喫茶のコーヒーは格別で…一緒に行きませんか?」

 

「…すみません、助かります、ではお願いします」

 

 リカは昭の誘いを受けて、街を探索することとなった。

 

「………」

 

 その時、リカたちに怪しげな気配が忍び寄り、何かを探っているようであった。二人はそれに一切気づかず、繁華街の方へと足を踏み入れた。リカは昭の行きつけの喫茶店に連れられ、そこで落ち着こうとした。昭は当店自慢のモーニングセットを、リカはコーヒーだけを注文して、雑談しようとした。

 

「新居での生活には慣れましたか?」

 

「…ええまあ、仕事場まで歩いていけるから快適です、マンションのセキュリティーが万全なので安心ですし…でもこの通り、周りがどうなっているか分からなくて行き慣れてないので困っていたところです…」

 

「…気軽に何でも言って下さいね、この辺は庭みたいなものですから」

 

「ありがとうございます、この喫茶店も気に入りました、私も通っていいですか?」

 

「勿論いいですよ~この店は常連客多いし、口コミで広がってテレビでも取り上げられていますから…ねえ、マスター?」

 

「ええ、お陰様で大繁盛ですよ、お待たせ居ました、モーニングセットです」

 

 喫茶店のマスターは愛想よく、リカたちが注文したものを運んだ。テーブルには、焦げ目があるカリカリの分厚いトーストとゆで卵、サラダのセットと挽き立てコーヒーが並べられ、それから作り手の温かさと懐かしさを感じるのであった。

 

「…すみません、朝食まだだったので…頂きます…」

 

「はい、私もコーヒー頂きます~」

 

 リカたちは店自慢のコーヒーを味わいながら有意義な時間を過ごしていた。

 

「…カラン、カラン~」

 

 しばらくすると、新たな客が訪れて常連ではないようであった。その客は、細身の青年で眼鏡を掛けて顔の半分を覆うほどのマスクをしており、姿勢が悪く猫背の状態であった。

 

「…コーヒーを…ごほごほ」

 

謎の客は、俯きながら籠った声で注文した。咳込んでいるが、それはどうもわざとらしかった。注文を受けたウエイトレスは、首を傾げてひとまず去っていった。

 

「………」

 

 謎の客は、店内に置かれた新聞を読む振りをして、何故かリカたちを気にしていた。

 

「カラン、カラン」

 

 また店に客が訪れ、続々と入店して、店内の席はあっという間に満席となった。

 

「おっしゃる通り、すごい人気ですね~」

 

「でしょ、朝から行列になるくらいですから…」

 

 しばらくしてから、リカたちは会計を済ませて店を出ようとした。

 

「…本当にコーヒー美味しかったです、ご馳走様~」

 

「それはよかった、こっちも気分がいいですよ、一人の食事は味気なくて…客が少ない時はマスターが話し相手になってくれますが…」

 

「…時間が合えばまた誘って下さい、常連になりますので…」

 

「ありがとう……街の案内はまた後日でも構いませんか?…仕事の方でトラブルがあったようなので戻らないといけません…」

 

「そうですか、全然構いませんよ、ではまた改めてということで…」

 

「…申し訳ない、それではこういうのはどうでしょう?今度、一緒に食事でもどうですか?この街にある美味しいイタリアンの店を知っているので…」

 

「いいですよ、気軽に誘って下さい」

 

「…では後日連絡するので…番号を教えておきます…」

 

「…分かりました、こっちも一応、携帯の番号を教えておきます…」

 

 リカたちは食事の約束をして、ひとまずその場で別れた。

 

「………」

 

 謎の客はリカたちを追跡せず、煙のように何処かへと消えた。これは何かの事態を予期する始まりであった。

 

 昭は自らオーナーを務めるマンションへと戻ったが、何故か自宅フロアに戻ろうとせず、別のフロアでエレベーターを停めて降りていった。

 

「♪~」

 

昭が一室のインターホンを押すと、中から強面の男が現れて奥へと案内した。そこは住居ではなく、会社のような内装であった。

 

「…お待たせして申し訳ありません」

 

 昭はある人物に呼ばれたため、リカと別れたようであった。大部屋には、スーツを着た強面の男たちが立ち並んでおり、彼らは何処かの企業の人間のようだが、堅気でないのは間違いなかった。また、向かい合ってマンションの管理会社の人間が座っていて、物々しい空気に包まれていた。

 

「お~すまんな~急に呼び出しもうて…」

 

 高級ソファーに座っている代表と思われる男が、昭に関西弁で愛想よく話し掛けた。

 

「いえいえ、それでどういったご用件なんでしょうか?」

 

「…管理会社の者に少し話したんだが、例の件のことが気になってな…最近落ち着かんのだよ…」

 

 代表の男は昭に手招きして、本題に入ろうとした。

 

「…例の件…あの…陣川のことですか?」

 

「ああ、そうや…警察がマンション内をうろついていた時は焦ったわ…どうにか誤魔化せたけどな…今回はやばいんとちゃうか?」

 

「心配は無用です、以前と同じで解決することは出来ませんよ…手筈は整っており、余計なことを言わず自然にしていれば大丈夫です…」

 

「…そうか、あんたを信用してないわけやないけど、一応確認や…忙しい時に悪かったな…」

 

「…いえ、全てお任せ下さい、もう少しすれば手を引くでしょう…保障します」

 

「プレッシャーを与えて悪いけど、よろしく頼むで…ここは実に快適な場所や、前の汚い事務所とはえらい違いや…ここにして正解やったわ」

 

「ありがとうございます、今後ともよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、もう帰ってええで…おい、オーナー様のお帰りや、道を開けんかい」

 

 代表の男はドスの利いた声で部下たちに命令して、昭たちは何度もお辞儀をしながら部屋を出ようとした。

 

「……現在の状況は?」

 

 昭は、エレベーターホールに向かいながら管理会社の者に質問した。

 

「……数は減りましたが、まだこそこそと聞き込みをしている刑事が居るようです」

 

「今回はしぶといな、何か嗅ぎつけたとは思えないし…あまりしつこければ追い返せ、評判が悪くなる一方だ…親父の耳に入るとまずい…」

 

「了解しました」

 

 昭は管理会社の者に的確に指示して、エレベーターに乗り込んだ。彼は自分の住居フロアに戻り、一息つこうとしていた。

 

昭はいつものようにコーヒーを淹れて、仕事場の部屋に向かおうとした。

 

「……!」

 

 椅子に座ってデザインの仕事に取り掛かると思いきや、どうも昭の様子はおかしく、何か別のことを始めようとしていた。

 

「…カタカタカタ」

 

 昭は、無造作に専用のパソコンを操作した。すると、部屋に異変が起こり、壁一面にある本棚が自動的に動き、分断されて中央に隠し扉が現れた。

 

「ガチャ」

 

 昭はすぐさま現れた扉を開けて、謎の部屋に入室した。室内を見ると、驚くべき光景が広がっていた。モニターが張り巡らされ、様々な機器が置かれていた。モニター画面を見ると、マンションのエントランスやロビー、駐車場、エレベーター、ごみ捨て場等が映っていて、特に注目すべきことは一般市民の住居内が映っていることであった。そこは警備員専用の部屋のような環境で、昭のとっては秘密要塞であった。

 

「…カタカタカタ」

 

 昭は、記録されたある映像を閲覧して、不敵な笑みを浮かべるのであった。彼は普段、何処にでも居る成人男性であったが、二面性があり異常な人物であることを知る者は少なかった。

 ある一つの真相が闇に葬り去れようとするが、それを許せない者が何人か居て、対面する時はそう遠くなかった。

 それから時は流れて、ついにリカが主演を務める舞台作品が上演される日が訪れた。彼女だけではなく、若手劇団員、若手の演出家、関係者の力が試される時がやって来たのであった。

 公演日当日、リカはいつもより早く家を出た。

 

「お早うございます、行ってらっしゃいませ」

 

 リカは、コンシェルジュと挨拶を交わして大劇場に向かおうとするが、エントランスに人影があり、彼女は驚愕することとなった。

 

「…お早うございます、随分出るの早いですね」

 

 リカの前に現れたのは、昭であった。

 

「…ええ、今日は公演日なので色々と準備があるので…平松さんこそどうしたんですか?」

 

「…ちょっとした見回りですよ、一応オーナーなので…最近物騒ですし…たまに掃除だってするんですよ」

 

「…精が出ますね、私も頑張らないと…すみません、急いでいるので失礼します!」

 

「…ああ、すみません、行ってらっしゃい」

 

 リカは、忙しなく昭の前から去って行った。

 

「………」

 

 昭は、リカを自分の視界から消えるまでずっと見ていた。その時の様子は普通ではなかった。

 

 小劇場作品開演前、リカを含め、出演する劇団員たちは円陣を組んで、公演の成功を祈った。公演期間は一週間もなく、東京や地方で公演される予定はなく、本拠地の兵庫県限定であった。また、出演者の人数は大劇場公演時の三分の一以下で、劇団員にとって貴重な体験になることは間違いなかった。

 

 公演初日は劇団員の祈りが通じて、トラブルは起こらず、無事に幕を閉じることが出来た。観客は満足したようで、リカたちは温かい拍手を浴びて絶賛された。劇団員たちは大量の汗を掻いて、ひとまず安堵の表情を浮かべた。

 

 公演終了後、若手劇団員はメイクを落とし、軽くシャワーを浴びて帰り支度をしていた。

 

「…リカ、今夜お邪魔させてもらうわよ」

 

「はいはい、一応準備出来ているけど、帰る途中、食べ物や飲み物とか買って行こうか、いいスーパー知っているから」

 

「いいわね、盛大にやりましょう」

 

 リカは、同期の劇団仲間と何やら打ち合わせをしていて、楽しそうな雰囲気であった。どうやらリカは劇団仲間を家に招き、公演の座談会を兼ねて、パーティーを開こうとしているようであった。

 

「…リカさん、お疲れ様です~」

 

 リカは、大劇場事務所側ロビーで後輩と待ち合わせしていた。パーティー出席メンバーは揃っていき、彼女たちは大劇場周辺を後にした。

 

「…彼女は来るの?」

 

 リカは、パーティー出席予定者のことを気にしていた。

 

「ええ、さっきメールがあって、一時間後には着くって…」

 

「そう、ぱっぱと買い物を済ませて準備しましょうか」

 

 こうして、リカたちは公演の疲れを忘れて、パーティーを開こうとしていた。

 

「…それにしてもこのマンション、迫力あるね~稽古場からよく目にするけど…まるでホテルじゃん~」

 

 リカが住むマンションに圧倒されて感想を述べているのは、彼女の同期であるソラであった。

 

「…私もこういう所に住みたいと思っているんですよ~大劇場から近いし~」

 

 もう一人、羨ましそうにマンション内を歩くのは、リカの二年後輩にあたるシエルであった。

 

「…賃貸だし、意外に家賃が安いから、ここに決めたんだけど…」

 

「へえ、それならいいわね、ここに移ろうかな~」

 

「…そうしてもらうと嬉しい、ここ静かで親しい人居ないから…さあ入って、入って」

 

 リカは劇団仲間を招き入れて、パーティーの準備に取り掛かった。テーブルの上には近くのスーパーで購入した食材(主に酒のつまみ)が並べられ、リカはこの日のための手料理とシャンパンを出した。

 

「…さて、ぼちぼち始めましょうか~今日はお疲れ様でした~」

 

 リカの一声でパーティーが始まり、シャンパンが開けられ、出席者は乾杯をした。

 

「…やっぱり初日は緊張するね~人数少ないし、先輩たちも居ないから心細くて…」

 

「そうだね~台詞が飛んだりしないか心配で心配で…」

 

「…まさかリカさんのお兄さん役をするとは思いませんでしたよ…」

 

「…別に違和感なかったよ、徹夜して稽古した甲斐があったね、大学野球の選手を演じることから一緒にプロ野球観戦したり、バッティングセンターに行ったね~」

 

「楽しかったけど、芝居に活かせませんでしたね~」

 

「いいな~私なんか今回の公演は戦争がテーマだから関連の資料を読み漁ったのに~」

 

「ソラはやっぱり真面目だね、私の上官役、似合ってたよ、圧倒されちゃった~」

 

「いやいや、演技派のリカさんには敵いませんよ~」

 

 リカたちは、食事をしながら稽古時やプライベートで起きたことを話して和やかなムードに包まれていった。

 

「…そういえば昨日の夜、変な夢見たな~台詞とか全然覚えてない状態で舞台に立っていて…」

 

「何それ?地獄絵図じゃん!」

 

「そうでしょう!怖くなって飛び起きたよ、もう体中汗びっしょりで……」

 

「♪…!!」

 

 その時、オートロックの呼び出し音がなり、リカは訪問者の顔を浮かべて受話器を取った。

 

「やっぱり思った通り~」

 

 リカの住居に訪ねて来たのは、パーティー参加者で、彼女とは同期であるハナであった。

 

「もう盛り上がっているようね、私も参加させてもらうわよ」

 

「どうぞ、どうぞ、本当に会うの久し振りね~」

 

 ソラはハナを手招きして、彼女が座るスペースを作った。

 

「…この娘、会うの初めてでしょう?…紹介するわ、私たちの二年後輩のシエルよ」

 

「…よろしくね~シエルちゃん~」

 

「…どうもよろしくお願いします!」

 

 リカは、ハナにシエルを紹介してから、グラスにシャンパンを注いでいった。

 

「…入団した途端、皆、ばらばらになっちゃったからね…あなたたちはいいわね、同期で一緒に仕事が出来て…」

 

「あなたの班にも同期は居るでしょう?」

 

「…居るけど、最近は上級生との絡みが多いわ、ダンスシーンはほとんど出ているような気がする…」

 

「ハナはダンスが得意だからな~注目されているってことじゃないの?」

 

 リカはハナの実力を見抜き、自然と意見を述べた。

 

「その言葉、ありがたく頂戴するけど、あなたこそ、最近色々と忙しいんじゃないの?あなたたちの公演観に行けなくて残念だわ、同期の頑張っている姿見ると、嫌なこと忘れて、ほっとするから…」

 

「そうよね、最初は皆、チョイ役とかで出番少なかったから、よく会って遊んでいたけど、最近は出番が増えてプライベートでは会えなくなったわね…」

 

 リカは、仲間たちと今置かれている立場について、しみじみと語り合った。

 

「…それにしても、最近はうちらと学年が近い劇団員の活躍が目立つわね…」

 

「そうね~」

 

 ハナは、歌劇団の現状を語りだそうとした。

 

「ダンスシーンでよく一緒になるのは一年先輩のチエさんでね…入団当時から注目されているわ、何といってもダンスが若手とは思えない程、迫力があって、貫禄があるわ…今、リカたちが小劇場公演しているけど、その前はチエさん率いる班だったのよ…私は別の班で遠征していて参加してないけど…」

 

「…チエさんなら知っているわ、私、入団したばかりの時に会って話をしたことがある…本当に面白くていい人だったと思うけど…」

 

 リカは、チエと会った時の印象を簡潔に述べた。

 

「そうでしょう、本当に気さくで面白い人なのよ、後輩の面倒見もいいし、うちの班のムードメーカーというか…現在、若手の中で一番トップの座に近いのは、彼女だと思うわ…」

 

「そうね」

 

 リカたちはハナの意見に納得して、揃って頷いていた。

 

「…後輩だって、注目された劇団員が結構いるみたいで、ミユって娘なんだけど、若手ながら卓越した演技と現代的な容姿が売りみたいよ」

 

「…その娘、知っているわ、彼女が属する班は、芝居に厳しいから主力になるでしょうね…」

 

 ソラは、ミユのことを知っているようで簡潔に述べた。

 

「私も知ってるわ、今している小劇場公演のトップバッターを務めたのが彼女よ」

 

 リカはそう言って、A4サイズの小劇場のチラシを出した。チラシにはリカを含め、五班の主演の姿が写っており、話題になったチエとミユも写っていた。

 

「…ついこの前まで、一言くらいしか喋らないチョイ役をしていたのに最近は重要な役をする機会が増えたわね…本当に時間が経つのが早いわ…」

 

「あと、数年で十年目よ…信じられないわ」

 

「…♪」

 

「…!?」

 

 リカたちが歌劇団について語っている中、突然インターホンが鳴りだした。

 

「………誰?こんな時間に…もうパーティーの参加者は揃っているはずだけど…」

 

リカたちは突然のことに表情が険しくなって、口を一切開かなかった。リカは、恐る恐るインターホン専用の受話器を取ろうとした。

 

「…はい、どちら様ですか?」

 

「……今晩は~夜遅くすみません…」

 

 リカの住居に訪ねて来たのは、昭であった。彼女は、パーティー参加者に心配ないことを伝え、玄関へと急いだ。

 

「…あっどうも、どうしたんですか?」

 

「あの…これ…よかったら…この白ワインをどうぞ…お口に合うと思います…」

 

「え…ありがとうございます、高そうですけど…いいんですか?」

 

「はい、貰ってやって下さい、いくらでもあるので…随分と賑やかですね~ご友人を招いているんですか?」

 

「……ええ、仕事仲間です、久々に集まって盛り上がろうかと…」

 

「そうですか、是非皆さんでそれを飲んでみて下さい…それでは…」

 

 昭は、用意したワインをリカに渡して、静かにその場を後にした。

 

「…ここの住人の人?」

 

 ハナがリカに歩み寄り、昭について訊ねようとした。

 

「うん、ここのオーナーをしていてね、すぐ仲良くなったの…このワインを頂いたわ」

 

「へえ、丁度よかった、早速飲みましょうよ~」

 

「そうね、折角だから頂きましょう」

 

 リカたちは昭から貰ったワインを開けて、パーティーの後半戦に突入しようとした。彼女は真面目な話から他愛のない話をして、大いに盛り上がっていた。

  こうして、リカは楽しい時間を過ごしていたが、密かに脅威が迫っていき、巻き込まれる時が近づいていた。


支配者の盲点

 

 リカが主演を務める小劇場公演は後半戦となり、その前日は休演日であった。 

 彼女は体力を充電しようと、余計な体力を使わないようにしていた。ただ、一日中だらだらと過ごすのも不健康だということで、太陽の光を浴びようと近所を散歩をしたり、家事を徹底的にこなそうとしていた。

 

「よいしょ~」

 

 リカは早朝、ラフな格好でごみを捨てに行こうとした。

 

「……お早うございます」

 

 リカがごみを分別していると、彼女の背後から男性の声がした。声の主は、ごみ袋を持った昭であった。

 

「あっどうも~お早うございます」

 

「…今日はお仕事お休みですか?」

 

「はい、休演日なので…」

 

「そうですか、丁度良かった、お伝えしたいことがあったので…急なんですが…今夜、空いていますか?」

 

「…ええ、まあ…特に予定はないですが」

 

「よかった~先日、一緒に食事をする約束をしたと思うのでどうかなと思いまして…行きつけの店に案内しますので…」

 

「確かイタリア料理のお店ですよね?楽しみにしています」

 

「それでは今夜、十九時に予約してありますので…迎え行くので待っておいて下さい」

 

「分かりました、それではまた今夜に…」

 

 リカは昭に一礼して、ごみ捨て場を後にした。

 

「………」

 

 その時、昭から明るい表情が消えて、リカの後ろ姿をじっと見ていた。彼はどうも良からぬことを考えているようで、婦君さを漂わせていた。

 

「………」

 

 ごみ置き場があるフロアには、リカたちの他に何者かが潜んでいた。その人物は以前、リカたちが来店した喫茶店に居た謎の青年であった。彼はずっと監視して、何かを探っているようであった。

 

 リカはごみを捨てに行った後、気晴らしに朝の散歩をしようとした。マンションを出ると、彼女の表情は一変した。

 

「……今夜、誘われたわ…この暮らしも悪くないけど…そろそろ終わりにしないとね…そっちは万全でしょう?」

 

「…ええ、捜査していくうちに色々と分かったわ…彼の化けの皮が剥がせそう…このことが世間に公表されれば大ダメージを受けて堂々と立っていられなくなるでしょうね…」

 

 リカは耳に無線機のイヤホンをつけていて、会話している相手は、相棒であるツバキであった。彼女は、リカと別行動を取って潜入捜査を行っていた。二人は潜入したマンションで起きた不審死事件についての充分な情報を集めて仕上げに入ろうとしていた。

 

「じゃあ、今夜仕掛けるということで…」

 

「本当に任せて大丈夫?あんた、誘惑とか出来るの?」

 

「…出来るに決まっているじゃない!私だって女なんだから…それくらい芝居でカバー出来るわ…なんだったらそっちがスカート履いてデートすればよかった?」

 

「………私が悪かったわ…あんたに任せて正解…」

 

 ツバキはリカの反撃に対し、言い返すことが出来ず、今回、自分が囮役でないことに胸を撫で下ろした。

 

「…にしても、これが仕事じゃなかったらよかったのにな~久々に劇団仲間と集まって楽しかったな~あんたも来ればよかったのに…」

 

「私が行くわけないでしょうが…パーティーみたいなの苦手でね…それに私、先輩なわけだし、何かと気遣うでしょう?」

 

「そうかな~参加しても問題ないと思うんだけどな…そういえばハナがあんたのことを喋ってたよ~」

 

「え…ハナが?」

 

 ツバキはリカから意外なことを耳にして、同じ班に所属するハナが話した内容を聞こうとした。

 

「…ハナ以外にもあんたを慕っている劇団員が居るわ…もう少し心を開いてみたら?」

 

「冷たく接しているつもりはないんだけど…口下手だから…ムードメーカーのチエが居るし…私以外に有望な劇団員は居るでしょうに…」

 

「…素直に喜んだら?もう食事の誘いを断らないようにね…」

 

「考えとくわ…まずそっちの食事を済ませないといけないから、それからよ……で彼女、私たちの関係を知らないのね?」

 

「ええ、ハナも秘密警察のことを知っているけど、現場担当じゃないから知らないわ…教える必要ないし…上手く誤魔化しといたわ…」

 

「…私たちがコンビを組んでいると分かったら驚くでしょうね……それじゃあ今夜、よろしく頼むわ…」

 

 リカとツバキはある打ち合わせをして、今夜に備えようとした。

 

「………!」

 

 昭は、秘密の部屋に閉じこもっていて、独自の監視システムで、リカを含めた住人の部屋を覗き見していたが、その途中に眠気の襲われてそのまま眠ってしまっていた。彼は数時間後に目が覚め、一旦秘密の部屋を退室して、クローゼットに向かい、スーツジャケットを一着手に取り、かすかに笑みを浮かべていた。それは今夜、リカと会う時のために用意されたスーツジャケットのようであった。

 

 そして、ついに運命の夜が訪れた。リカは、普段着ることのない黒のノースリーブワンピースを着用して、昭が来るのを待っていた。

 

「…どうも今晩は~準備の方は大丈夫ですか?」

 

「はい…服装なんですが、これで大丈夫ですか?あまり晩餐会専用の服を持っていなくて…リクルートスーツもおかしいですし…」

 

「それで充分ですよ、よく似合っています」

 

「…そうですか、ありがとうございます!」

 

 リカと昭は準部が整い、予約したイタリアンレストランへと向かった。

 

「…いらっしゃいませ、お待ちしておりました、奥へどうぞ…」

 

 リカと昭は、ウエイターに特等席へと案内されて晩餐を楽しもうとした。

 

「時間を気にせず、好きなだけ召し上がって下さい、勿論、代金のことも…奢りますので…」

 

「本当にすみません…頂きます!」

 

 リカは遠慮せず、次々に運ばれる料理を口に含んでいった。昭はそんな彼女の姿を嬉しそうに眺めていた。

 

「……最近調子はどうですか?よく早朝に出掛ける姿を見かけますが…お忙しそうですね?」

 

「……ええまあ、でも短期間の公演なのであと少しで落ち着きます…」

 

「そうですか、かなりハードみたいですね…表情を見れば分かる………」

 

 昭は、いつも通り軽快な話術でリカを楽しませると思いきや、どうも様子がおかしく、急に押し黙る素振りを見せた。

 

「…あの…どうされました?」

 

「……実は先日、歌劇団大劇場に行って来たんですよ、近所に住んでいながら一度も行ったことなかったものですから…あなたと会ってから興味を持ちましてね…」

 

「!………へえ」

 

 大劇場のことが話題になると、リカの表情が若干強張り、昭の話を黙って聞こうとしていた。

 

「…劇場内を散策しまして、観劇しようと思いましたが、チケットは完売していたのでとても残念でした…」

 

「…当日に観るのは難しいですよ、早い者勝ちでいい席はすぐに埋まって行きますから…」

 

 リカは冷静さを装い、昭に言葉を返した。

 

「…そうでしたか、勝手が分からなくて…観劇を諦めて劇場内の店を回って、最後に喫茶店でコーヒーを飲んで帰りました…結構楽しめましたよ」

 

「…そうですか」

 

「…帰る途中にあることに気づきました、入ってすぐの所にもう一つ劇場がありますよね?大劇場に比べれば規模が小さいですが…どうやら若手の劇団の登竜門として利用されているようですね……」

 

 その時、リカは昭の発言に対して応答しなかった。彼女の顔色は悪くなっていき、無言のままであった。昭はリカの反応を見て、一気に核に迫ろうとした。

 

「………リカさん、あなたと出会って数週間経って打ち解けてきましたが…僕に何か隠していることないですか?」

 

「……え?」

 

 昭は険しい表情を浮かべ、声のトーンを下げて、リカに疑問を投げ掛けた。彼女は突然の彼の質問で体が凍りついていた。

 

「とぼけても駄目ですよ、分かってしまいました、あなたの正体が…」

 

「……私の正体?」

 

 当初、和やかなムードに包まれたディナーであったが、昭の一言で一転して、場の空気は張りつめていた。

 

「あなたは一つ嘘をついている……確かに大劇場で働いているようですが、実際は舞台衣装を扱う仕事などしていない…そうでしょう?」

 

「……面白いですね…結論をどうぞ」

 

 リカが結論を求めると、昭は不敵な笑みを浮かべた。

 

「小劇場の出入り口付近に公演中の作品のポスターが貼ってありました…じっとそれを見るとあなたが写っていた…どう説明します?」

 

「……それは……」

 

「…それからファンの人やネットから情報を集めました…あなたは裏方の人間じゃない…表舞台の人間だ…歌劇団の若手劇団員…現在、小劇場の主演を務めている注目株…あと、とっておきなのがこの写真です…」

 

 昭はそう言って、リカに携帯のカメラで撮ったある写真を見せた。

 

「…これは!」

 

 昭が撮った写真には、楽屋口から出てきたリカの姿が写っていた。彼女は反論する言葉が見つからず、観念するしかなかった。

 

「どうです?」

 

「凄い…出待ちまでされたんですね…」

 

「何故、嘘をついたんですか?」

 

「それは…色々と面倒なんです、中にはしつこく付き纏ってくるファンの人も居るので…近所迷惑にもなるし…だから付き人や一部の関係者しか教えていないんです…出来ればプライベートの時はそっとしておいて欲しいんです…」

 

「…成程、しかし心配は無用ですよ…絶対に口外はしません、二人だけの秘密ってことで…」

 

「ありがとうございます、助かります」

 

 リカは素直に話したことで気分が晴れて、楽しく食事を続けた。

 

「………」

 

 しかし、昭はリカの言ったことに納得した振りをして、裏で何を企んでいるようであった。夜は長く、悪夢を見るのはこれからであった。

 

 それから二時間経ち、リカと昭はデザートを口にした後、店を出ようとしていた。

 

「ご馳走様でした~どの料理も美味しかったです~もうお腹はぱんぱんです」

 

「それは良かった、誘った甲斐がありましたよ……あの、もし良かったらこれからうちに来ませんか?美味しいお酒がたくさんあるので、夜景を肴にして一緒に飲みませんか?」

 

「いいですね、先日頂いたシャンパン、とても美味しかったです、友人たちも喜んでいました」

 

「大手貿易会社に知り合いが居まして…よく譲ってもらったんです」

 

「羨ましい~最近飲めるようになったんで…どんなお酒が飲めるか楽しみです」

 

「…それじゃあ行きましょうか……あれ?水滴が…一雨来そうですね…急ぎましょうか…」

 

 夜空を見ると分厚い雲に覆われおり、ごろごろと音を立て、やがて豪雨が降り注いだ。リカと昭は大粒の水滴を浴びて自分たちが住む塔に帰還した。

 

「…えらい目に遭いましたね、これだから最近の気象情報は当てにならない…」

 

「やっぱり今日はこれで解散しましょうか?こんな格好でお邪魔するのはご迷惑なので…」

 

「全然構いませんよ、お気になさらず…ただ、美しい夜景はお預けになるかもしれません…」

 

 昭は、快くずぶ濡れのリカを招き入れて、

 

リカにタオルを渡して、リビングルームまで誘導した。

 

「うわ、何かうちのリビングより全然広い…最上階は構造が違うんですね」

 

「ええまあ、大体どの部屋も二倍近くの広さでしょうか…あまり物を置くことが嫌いなので殺風景ですが…」

 

「そんなことないです、素敵です、私もあまり物を置くの好きじゃないので…」

 

「…どうぞ掛けて下さい、とっておきのお酒を用意しますので…」

 

 昭はキッチンルームに設置してあるワインクーラーからワインボトルを一本取り出して、リカにご馳走しようとした。

 

「白ワインですか?」

 

「ええ、美味しいですよ、それでは乾杯しましょうか…」

 

「…チン」

 

 リカと昭はワインを一気に飲み干して、心地いい表情を浮かべた。

 

「美味しい~癖になりそうです」

 

「そうでしょう、さあ、飲んで下さい」

 

 昭は、構わずリカのグラスにワインを注いだ。

 

「…あの、私、明日から仕事なのでこのくらいにしときます…」

 

「まあいいじゃないですか、夜はまだ長いんですから……出来ればずっとこうしていたいぐらいですよ…」

 

「え?」

 

 リカは、昭の発言に疑問を感じていた。

 

「…あなたは本当に美しい…初めて会った時、体が疼きました…一目惚れってやつでしょうか…最近、あなたのことが頭から離れない…リカさんは今、恋人とか居るんですか?」

 

「…居ませんけど」

 

「…歌劇団って恋愛禁止なんですか?」

 

「……いいえ、特に決まりはないですが…」

 

「そうですか……あの…突然ですけど、僕と付き合ってもらえませんか?」

 

「…え?そんな……困ります…!」

 

「お願いです、騒ぎにならないようにしますから…結婚まで考えています!」

 

「あの…歌劇団に在籍している間、結婚は認められません、退団した後じゃないと…」

 

「それなら退団するまで待ちます、結婚を前提に交際を考えています!」

 

「…勝手なこと言わないで下さい!お付き合いは出来ません…帰らせてもらいます……!」

 

 昭は、帰ろうとするリカの前に立ちはだかった。

 

「…そう簡単に帰すわけにはいかないな、用は済んでいない…!」

 

「…平松さん!きゃ…!」

 

 昭はじっとリカを睨み付けて、ソファーの方へと彼女を押し倒した。

 

「逃がさないよ……き…君は…僕の…モノだ……ぼ…僕のモノに……なるんだ…歌劇団も…辞めてしまえ…はは…!!」

 

 昭は、豹変して常軌を逸していた。リカは昭に無理やり抱きつかれて身動きが取れなかった。

 

「…止めて!平松さん!!」

 

「大声を出しても無駄だ、誰も助けに来ないよ…ゆっくり楽しもうじゃないか!」

 

 昭は男の力を見せつけて興奮状態のままでリカを押さえつけて、強引に彼女の唇を奪おうとした。

 

 リカは窮地に追い込まれ、昭に犯されそうになった。ここで一つの惨劇が起こると思われたが、意外な展開が待ち受けていて解決の光が見え始めた。

 

「♪~」

 

 昭の住居のチャイムが突然鳴りだし、状況は一変することとなった。

 

「……だ……誰だ?こんな時間に…!!」

 

 焦った昭は、一旦リカから離れて来訪者を確認しようとした。

 

「♪♪♪♪♪♪~…」

 

 謎の来訪者は、しつこくチャイムを鳴らしていた。昭は、直接顔を合わせようとして扉を開けようとした。

 

「五月蝿いぞ!!何のつもりだ……!!」

 

 昭は扉を開けた途端、何かの衝撃で後方に吹き飛ばされた。謎の訪問者は黒ずくめでいかにも怪しかった。

 

「バン!」

 

 謎の来訪者は、昭を蹴飛ばした後、強引に中に入ろうとした。

 

「……痛……おい!!待て……」

 

 昭は謎の訪問者の暴走を止めようとするが、全く言うことを聞こうとしなかった。

 

「…!」  

 

謎の訪問者は、急ぎ足でリビングルームへと向かって、リカと顔を合わせようとした。それはまるで彼女の安否を確認しているように見えた。

 

「…おい!どういうつもりだ?」

 

 突然のことで怒りが抑えられない昭は、謎の訪問者に怒鳴り散らした。

 

「……そっちこそ、ここで何をしていたの?お楽しみのところ邪魔だったかな?」

 

「…!?」

 

 昭は、ようやく謎の訪問者の顔を拝むことが出来たが、呆然と立ちすくんでいた。

 

「……だ…誰だ?」

 

「私?私はこのマンションの住人だよ…」

 

「君のことなど知らないぞ!」

 

「何度か顔を合わせているはずだよ、あんたがオーナーらしいけど、ちゃんと挨拶に行かなきゃいけないの?」

 

「急に現れて、何だ、その口の利き方は?」

 

「…じゃあ軽く自己紹介しときますか…私は東棟の三十九階に住んでいる○○ツバキってもんだけど…」

 

 謎の訪問者の正体は、リカの相棒であるツバキであった。彼女は偉そうに男性のような口調で昭に話した。彼はまだ状況が把握出来ず、大きく口を開いたままであった。

 

「……やはり見覚えがない、無礼じゃないか、勝手に上り込んで…用件は何だ?」

 

 ツバキは昭の質問に対し、冷静に答えようとした。

 

「……そこに居るリカは、私の友人でね…彼女に卑猥なことをしてなかった?」

 

「何を馬鹿な?僕はただ彼女とお酒を飲んでいただけだ…!」

 

「…いくらでも言い訳は聞くけど…被害者本人に訊けば早い話だから…リカ、あの人に襲われていたでしょう?」

 

「…ええ、キスを迫られたわ…」

 

「…!!!」

 

 ますます昭から穏やかな表情が消えていき、顔色が悪くなっていた。

 

「……証拠はまだある、実はあんたたちの会話をずっと聴いていてね…さっきまで外で食事していたんでしょう?」

 

「…どうやってそのことを?」

 

 昭が驚きの表情を浮かべると、リカは着用しているワンピースに付けられたブローチを外し出した。

 

「このブローチは、発信器が内蔵されていまして…音声も傍受出来ます」

 

「…発信器…?何故そんな物を?」

 

 昭はリカの発言について理解出来ず、錯乱状態になっていた。そして、ツバキが事実を述べようとした。

 

「とりあえずリカを襲った件は置いておこう…私たちはある目的でこのマンションに引っ越してきたんだ…」

 

「ある目的?」

 

「先日起きた殺人事件のことを調べていてね…エレベーターで男性が射殺された事件…知っているよね?」

 

「!……え?ああ、向かいの西塔で起こった事件のことだろ?」

 

 昭は殺人事件のことを耳にすると、とぼけた様子を見せた。リカとツバキは、そんな彼をじわじわと追い詰めようとしていた。

 

「…犯人は未だに捕まっておらず、捜査は難航、有力な手掛かりはない……とされているけど、それは表向きの話…実際はかなり進展があってね…解決しそうなの…」

 

「……さっきから君たちが言っていることについて行けないんだけど…殺人事件とか犯人とか…まるで警察の人間と話しているみたいだ…」

 

「……簡単に言うと、私たちはその警察みたいなものよ、極秘で捜査をしているの…狙いはあんたよ、追っている事件の捜査対象になっているわ」

 

「…ちょっと待ってくれ、訊きたいことがたくさんある!…リカさんもその一員なのか?歌劇団の劇団員じゃないのか?」

 

 昭が問いただすと、リカはゆっくりと口を開いた。

 

「…ええ、詳しいことは言えないけど…ツバキの言う通り、極秘捜査でやって来た…騙してごめんなさい…」

 

「…何故、僕を疑っている?根拠は?」

 

 昭は頭の中が整理出来ないまま、リカたちに質問を投げ掛けた。

 

「根拠はある…第一に不審な点は、ここのセキュリティーよ、至る場所に防犯カメラが設置されているのに、犯人の姿が一切映っていないなんて考えられない」

 

「……偶然映っていなかったんだろう…防犯カメラも当てにならない時がある…」

 

「…そう偶然が重なるかな?都合が良すぎると思うけど…何か裏があるように思えて運営側、管理側が怪しいと踏んだのよ」

 

 ツバキは呆れ顔で言い返して、昭は体を小刻みに震わせた状態でリカたちの話を聞いていた。

 

「…もし、マンションのセキュリティーが正常に機能していなかったら…カメラの映像が捏造されていたら…組織ぐるみの犯行だったら…話は変わってくる」

 

「推測するのは勝手だが…それで僕を含めた内部の人間を疑って、解決の糸口は見つかったのか?」

 

「ああ、勿論よ…そのためにリカはあんたと接触して、私は陰であんたのことについて洗いざらい調べようとした…何度か無断でお邪魔したことあるけど、気づいていないようだね…侵入して眠らせた時もあったんだけどな…」

 

「…何だと?……そう言えば急に眠気に襲われたことがあった…君の仕業だったのか…」

 

「私があなたを誘い出している間、ツバキがあなたの住居に忍び込んでいたんです…」

 

「…僕はずっと利用されていたわけか…」

 

「…そうです、すみません」

 

昭は、リカたちの発言に驚愕するばかりであった。

 

「…強引だけど、うちのやり方なんでね…許してくれなくて結構…」

 

「…当然だ、捜査のためと言ってもやりすぎだぞ!」

 

 怒りを露にした昭であったが、リカたちは怯むことなく彼を問い詰めようとした。

 

「怒りを買うのを承知で、あんたの住家に侵入したわけだけど…お蔭でとっておきのものを発見することが出来たわ…」

 

「…何だと?」

 

「…相棒はまだ知らないんでね、案内してもらおうか…あんたの隠れ家に…」

 

「……まさか!!」

 

 昭は、ツバキの意味深な発言で動悸が激しくなり、あるものが頭の中を過った。

 

「……あれを見つけたのか?」

 

「ああ、見つけてしまったよ、案内しない場合、痛い目に遭うよ…」

 

「……分かった」

 

 昭は、素直にツバキの言うことに従って、ある場所へと案内しようとした。そこは仕事場として使っている一室であった。

 

 昭が部屋に設置されたパソコンの操作をすると、本棚が分断されて隠し部屋につながる扉が現れた。

 

「…ここが!」

 

 リカは、初めて隠し部屋にして、ただただ驚いていた。

 

「…ここは変わっていて、他のフロアと独立した構造になっていてね…部屋の大きさ、数が通常と違っていて、こんな隠し部屋まである…ここはリアルタイムで監視出来る設備が整っているわ」

 

「…よく分かったな、ここが…」

 

「こっちもプロなんでね…ここを見つけたことで事態は大きく変わった…」

 

「私は、ここへ来たの初めてだからちゃんと説明して…ここは何なの?」

 

 リカは、ツバキに質問を投げ掛けた。

 

「ちゃんと説明するわ…この部屋が立て続けに起きている不可解な事件のカギを握っているのよ…」

 

昭は、反論せず大人しく聞いていた。

 

「例の事件で殺害されたのは、フリー記者やジャーナリスト…そして、警察関係者…何故彼らは殺されなければならなかったのか…それはこのマンションの秘密を知ってしまったから…ここは反社会勢力、暴力団、犯罪者を匿っていた…それもかなり大人数の…この事実を知っているのは一部の管理会社の人間とオーナーであるあんただけ…」

 

 昭はツバキに真実を暴かれて、じわじわと汗を掻いた。

 

「この部屋は色々な利用方法がある…一つは一般市民と暴力団組織の接触を避けるための防止策…しかし、そのうち闇の住人のことを嗅ぎ付けた者が現れて、一網打尽にされそうになった…それに対処すべく、あんたは恐ろしいことを目論んで、この部屋を使った…」

 

「……この部屋の存在を知ったとなれば、色々といじったということだな…?」

 

 昭は、心臓をバクバクさせながらツバキに質問した。

 

「ああ、過去の映像を調べていったよ、それは何とも身の毛がよだつ惨劇のシーンばかりだった…エレベーターで起きた殺人もはっきり映っていたよ」

 

「…でもその時間、停電して映っていなかったじゃあ…」

 

 リカは途中、ツバキに疑問を投げ掛けた。

 

「…ああ、普通の防犯カメラには映っていないよ、実際、エレベーターの中には一般の住人が知らないもう一つの〝眼〟があったんだよ…」

 

「もう一つの〝眼〟?」

 

「エレベーターの壁に小型カメラが埋め込まれていたのさ…取り出せば分かると思うけど、電池が内蔵されているから停電になっても問題はない、おまけに赤外線暗視カメラだから暗闇でもちゃんと撮影されるわけよ…通常のカメラよりかなり高性能みたいよ…」

 

「…君の言う通りだ、エレベーターだけじゃない、非常通路などにも仕掛けられている…私が監視役となり、殺人実行犯に指示して逃がして、警察を欺いた…」

 

「一つ分からないことがある…何故私の侵入に気づかなかったの?セキュリティーは万全のはずでしょう?カメラをチェックしなかったの?」

 

「……そこまで気が回らなかった…基本、留守中はシステムの電源を切っているし…まさかここに忍び込んでくるなんて考えたことなかったから…一度も泥棒に入られたことがないのが自慢だ…」

 

「…何とも軽率ね…お蔭で楽だったけど…」

 

「……恐れ入るよ」

 

 昭は観念したのか、冷静に白状していった。

 

「…素直に話してくれて嬉しいけど、あんたにはまだ裏の顔があるわ…」

 

 昭は、ツバキの意味深な発言でまた表情が険しくなった。

 

「…ここの部屋の利用方法はもう一つある…例のカメラは各フロアの住居にも仕掛けられているね…おまけに盗聴するための装置も仕掛けてある…かなり悪趣味ね…というより立派な犯罪だわ…」

 

「…これで分かった、先日のパーティーにあなたが訪れたわけが…ずっとこの部屋で私たちの様子を視ていたのね…」

 

 リカの一つの疑問が解決し、昭は言い訳せず黙っていた。

 

「リカのことが好きになり、今夜口説こうとディナーに招待して、家に誘った…こちらとしては好都合だったけどね…こういった行為は、一度や二度じゃない…かなり慣れているようね…タイプの女性住人が現れたら徹底的に監視して我が物にしようとする…ストーカーと同じ行為だね」

 

「何て酷いことを…」

 

 リカは、昭を軽蔑した目で見ていた。

 

「……よくここまで辿り着いたね、君たちが初めてだよ、警察は無能な者ばかりだから挙句の果てに命を落とすことになる…」

 

「…今まで自分の手を汚さず潜り抜けてきたようだけど、年貢の納め時のようだね」

 

「………ふ」

 

 リカたちは、昭を奈落の底に落とそうとしていたが、彼はまだ妙に落ち着いて笑みをこぼしていた。

 

「…何かおかしいの?」

 

「…いやいや、すまない…これだけ追い詰めたら普通パニックを起こすはずだが…何故か不安がない…そもそも君たちが警察関係者だというのも疑わしい…」

 

「…まあそうだね、確かに私たち刑事に見えないよね~話は以上だけど、どうする?」

 

「逮捕するというのなら抵抗させてもらうかもしれない…それに僕には守ってくれる知り合いが多く居るんでね…君たちもただでは済まないよ…」

 

 昭は一切反省の色を見せず、リカたちを馬鹿にする態度を示した。そこで彼女たちは最後の手段に打って出ようとしていた。

 

「…チャキ」

 

「……!!!」

 

 ツバキは、愛用しているリボルバー銃、S&W M29 センチネルアームズカスタムコンバットを昭に向けた。彼は血の気が引いて、リカたちを恐れた。

 

「このままじゃあ埒が明かないんでね、私たちも忙しくてね…こればかりに構っていられない…今日で片づけたいんだよ…抵抗するというのなら容赦なく撃つよ」

 

「……君たちは何をやっても許されるのか?何者か知りたい…」

 

「…知る必要はない、私もリカと同じ境遇で生きているとだけ言っとくよ…好きに動けるけど、その分、リスクを背負っているんでね…もし、私たちの秘密を公表すれば、その人物は無事では済まないだろうね…試してみてもいいけど…どうする?」

 

 昭は、ツバキに脅迫されたことで黙り込んだ。彼女はここで昭への追及を止めて銃を納めた。

 

「…実はここまでやっといて、私たちに逮捕する権限はないんだよ、数分後、あんたが無能呼ばわりしている警察が到着するから…下の怪しい連中も捜査対象になる…逃げ場はないよ…私たちはこれで失礼するよ…」

 

 ツバキはそう言って、リカと共に昭の前から去ろうとしたが、まだ幕を閉じそうになかった。

 

「……うわああああああ…!!」

 

 昭は理性を失って、背中を見せたツバキに襲い掛かろうとした。彼女は対応が間に合いそうになかった。

 

「…ドン!!」

 

 その時、突然銃声が室内で鳴り響き、昭は興奮が冷めて我に返り、そのまま後ずさりした。

 

「……リカ」

 

 銃を撃ったのはツバキではなく、リカであった。彼女は、怖い顔で小型携帯銃であるグロック19を構えていた。

 

「……今の……リカ…さんが撃ったのかい…?その銃は本物…!!」

 

「…ええ、本物です、今のは威嚇だったけど、もし、まだ暴れるようなら急所に命中させる…!」

 

「……ひい!」

 

 リカが言っていることはハッタリではなく、昭は思わず情けない声を発し、全身に力が入らないようであった。

 

「……あなたと知り合って、どんな人間かよく分かったわ、表向きは誠実で好かれるタイプだけど、実際は自分の利益のために手段を選ばない支配欲の強い獣ね…この件の他にも色々とやっているようだし…しばらく暗い獄中で頭を冷やした方がいいんじゃない…?」

 

「相棒の言う通りだ、優秀な弁護士を呼んだり、親に頼んだりしても無駄だから…あんたは裁かれる運命にある…覚悟しといた方がいいよ…」

 

 リカとツバキは昭に警告したが、彼の耳に届いておらず、魂の抜け殻のようになり、そのまま体が固まっていた。リカたちは昭を部屋に置いていき、その場を後にした。

 

それから数分後、雨は止んでツバキが言った通り、昭が所有するマンションに大勢の警官や捜査員が集結した。近隣住人は突然の騒ぎで驚愕して、窓を開けたり、外の様子を確かめようとした。現場付近は大量のパトランプで赤く染まり、しばらく騒然としていた。昭を含め、マンション管理会社の人間が連行されていき、オフィスフロアに住みつく暴力団組織も気づいた時は遅く、捜査されることになった。これで主犯の昭は丸裸にされ、一連の忌まわしい事件は無事に解決しようとしていた。

 

それから数日後…

 

 兵庫県警 刑事部捜査第一課

 

 現場責任者である室山は、捜査資料に目を通しながら部下の赤谷と解決した事件のことについて話し合っていた。

 

「…やはりあのオーナーが一枚噛んでいたか…マークして正解だったな…」

 

「…はい、犯行に関わったのは彼だけはなく、関連した会社を一斉捜査して…彼の父親…平松会長も任意で取り調べを受けさせました…」

 

「あのマンション、かなり問題があるようだな…欠陥住宅ということか?」

 

「…はい、マンションの資料を調べた結果、設計、企画データは改ざんされていることが発覚しました…防犯、防災システムはちゃんと機能しておらず…設置された防犯カメラは全て不良品でした…おまけに住人のプライバシーを覗くための監視室が見つかり…住居エリアには無数のカメラや盗聴器が仕掛けてありました…追加工事は平松昭の指示で行われたとのことです…」

 

「父親は関与していなかったんだな?」

 

「ええ、全て息子がやったことだと言い張っています…」

 

「どちらにしろ、評判はガタ落ちだろう、不動産王の名も形無しだな」

 

「おっしゃる通りで、会社側は朝から休む暇なくクレーム対応に追われていて、契約数が急激に減っているようです…」

 

「…それで事務所を借りていた連中は?」

 

「暴力団組織〝焔矢会〟を脱退した組員の集まりでした、表向きは金融会社ですが、実際は詐欺紛いのことをして、一般市民から金を巻き上げていました…また、オーナーには賃料の他に賄賂も渡していたようです…」

 

「…ところで、平松昭はマンションの秘密を守るために次々と殺害を企てたわけだが…彼はあくまで計画犯だ、実行犯は?…〝焔矢会〟の元組員の仕業か?」

 

「そうだと言いたいところですが、奴らは手伝っただけです…主犯は別にいます…」

 

「!…それは誰なんだ?」

 

「………」

 

 室山は赤谷に問うが、彼はどうも言いにくそうな顔を浮かべた。

 

「…どうした?言えないのか?」

 

「……犯人は所轄の警察官でした、署の武器庫から銃を盗んだ犯人でもあります…名は村本秀臣、警備課に所属しています」

 

「そんな…動機は何なんだ?まさか公安捜査員を殺したのもその警察官なのか?」

 

「…はい、彼の犯行です、村本は、公安捜査員が追っていた犯罪組織の人間と黒いつながりがありました…関係がばれることを恐れた村本は、平松昭と組員に協力してもらい殺害を実行したんです…」

 

「陣川という記者も二人で?」

 

「陣川はマンションの闇を探り、平松昭をゆすっていたそうです…平松昭は彼の要求に応じず、村本と組んで殺害した…その時、管理会社の人間も協力していて、村本のパソコンから闇のデータだけを削除して証拠隠滅を図ったわけです」

 

「…成程、彼らは秘密が明かされないよう、次々に邪魔な存在を消していったわけだな…?」

 

「そうです…そして、何より一番危険なのは平松昭です、彼は多くの秘密を隠していました…」

 

「…何だと?」

 

 室山が唖然とする中、赤谷は昭の裏の姿を明かそうとした。

 

「平松昭は大学卒業後、すぐに会社を設立していますが、経営は上手くいかず、すぐに会社は倒産して多額の借金を背負うことになります、それを見かねた父親は、息子の借金を肩代わりして例のマンションのオーナーになるよう勧めました…それが間違いだった…快適な住居空間は、彼の手でたちまち悪の巣窟に変わってしまったわけです…それと彼は再逮捕することになりそうです…」

 

「どういうことだ…?」

 

「ここ最近、女性の不審死事件が多発しているんですが…一つの原因は過度の危険薬物摂取です…中には学生が居ました…驚くことにその事件と平松昭につながりがありました…彼の監視室に記録された映像に薬物中毒で死亡した女性が映っていて、彼女たちは彼に強姦されて薬漬けに…見るに堪えない映像でした…さらに彼はアルコール中毒症に危険薬物中毒症と診断され…精神面にも欠陥があるのも頷けます…」

 

「…とんでもない化け物を野放しにしていたな…だがもう終わりだ…彼の城はようやく崩れた…今までご苦労だった、お前たちの手柄だ…これからも期待しているぞ…」

 

「…はい、ありがとうございます、経験を活かして努めていきます……」

 

「…?何か質問はあるのか?」

 

「……いえ!ありません…失礼しました」

 

 捜査資料のある写真が赤谷の目に留まっていたが、彼は室山に話そうとしなかった。赤谷は数週間に渡り、昭を尾行していたわけだが、彼と一緒に居る女性のことが少し気になっていた。その女性はリカであった。今回の一連の事件には、リカたちが関わったことは全く記録されていなかった。やがて赤谷も気にしなくなり、彼女たちのことについて詮索することはなかった。

 

 その日、リカが主演を務める公演の千秋楽であった。戦争という重いテーマの芝居から始まり、後半はショーで四季を彩る伝統的な童謡や当時流行っていたJポップの曲が流れて観客を楽しませた。座長であるリカは共演した劇団員を紹介していき、緊張しつつも最後の舞台挨拶を述べた。その時のリカの姿は希望に満ち溢れていた。

 

無事に千秋楽を迎えたリカは帰ろうとせず、何故か大劇場の屋上へと向かっていた。屋上の扉を開けると、夕日の光が浴びせられて綺麗な橙色に染められた場所にツバキが立っていた。

 

「今日はお疲れさん、よかったよ…」

 

「何だ、観に来てくれたんだ…楽屋に来たらよかったのに…」

 

「どうせ、ここで会うんだからいいでしょう…裏の仕事のことは話せないし…進展があったんで伝えようと思ってね…」

 

「…例のマンションの件ね…」

 

「うん、あのマンションはもう住めないわ、取り壊しが決定したようで…その後に商業施設が建つ予定になっているそうよ…その件に平松不動産は関わっていない…」

 

「…平松昭の方は?」

 

「…相変わらず往生際が悪くてね…否認し続けている…起訴を考えているようだけど、時間の無駄よ…父親は助けようとせず、彼に味方する者は一人も居ないわ…」

 

「そりゃそうでしょうね~」

 

「…今回はあんたの活躍が目立ったわ、ご自慢の迫真の演技でぱくることが出来た…キスを迫られそうになった時、殺意が芽生えていたでしょう?」

 

「…まあね、あなたが来るの、もう少し遅かったら頭突きを喰らわせていたかも…」

 

「よく我慢したわね、彼に威嚇発砲した時も非情さ、冷酷さが出ていて良かったわよ…成長したわね」

 

「喜んでいいんだか、悪いんだか…」

 

「褒め言葉だと思って受け止めてよ…これで安心して囮役が任せそう…頼もしいわ、これからも宜しくね…」

 

 リカとツバキは、お互いの握り拳を軽くぶつけ合って絆を深めていった。

 

「……これで公演の方に集中出来る…リカはとっては、そっちの方がいいでしょう…?」

 

「…最近そうでもなくなってきた…裏稼業も色々と勉強になるわ…本業にも活かせそうだし…」

 

「本当に頼もしくなったけど、しばらくお別れね…お互い素晴らしい舞台人になれるよう頑張りましょう」

 

「そうね、これから忙しくなりそうよ」

 

「……おっと、そろそろ時間だわ、食事の約束をしているから行かないと…」

 

「珍しいね、相手は友達?」

 

「…ハナに誘われたのよ、他に後輩が大勢来るみたいだけど…」

 

「へえ、楽しそうね、良かったじゃない」

 

 ツバキは、かすかに笑みを浮かべながらリカの前から去って行った。リカが成長したのと同時にツバキにも変化が起き、彼女たちにとって貴重な期間となったのであった。リカたちは新たなステージに踏む込むこととなり、自らの運命を開こうとしていた。


奥付



鳳の眼 未の章


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著者 : iwaiwa01663856
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