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 十二月二十四日の朝。 

小学校3年生の千香は、いつものように友達の愛ちゃんやジュンくんたちと一緒に、白い息を吐きながら、学校へと向かっていました。 

今日は二学期最後の日。終業式に出て通信簿をもらったら、明日からはいよいよ冬休みです。 

「そういえば今日はクリスマスイブね」 

赤信号の前で、愛ちゃんが言いました。 

「そうね。でも何だかこんなに晴れてちゃクリスマスって感じがしないよね」 

千香は、冬だというのに真っ青に晴れ上がった空を見上げて、つぶやくように言いました。 

せっかくのクリスマスなのに。雪でも降ってくれば雰囲気出るのにな…。 

 

「聞いてくれる?」 

愛ちゃんが突然、千香のコ-トの腕をぐいと引っ張りながらこう言いました。愛ちゃんは自分のことを何か話し始める前は必ずこうするのです。 

うちのパパったらね。私はもういいかげんサンタなんか信じていないっていうのに、今だに部屋にそっと入ってきて、枕元にプレゼントを置いていくのよ。普通にくれればいいのにさ。もう嫌になっちゃう」 

「あ、うちも同じ。親って私たちのこといつまでも子供だと思ってるんだよね」 

千香と愛ちゃんは、「そうそう」と言い合いながら笑いました。 

「そんなこといって、おまえたちぜいたくだぞ!」

 それまで黙っていたジュンくんが、突然大きな声を上げました。千香はびっくりして、ジュンくんの方を見ました。 

「親がサンタの真似してくれるだけでもいいじゃんか。俺なんかさ、クリスマスはとうちゃんもかあちゃんも店が忙しくて、一度もそんなことしてもらったことないもんね」

 ジュンくんの家は、ケ-キ屋さんです。クリスマスには、ケ-キを買いにお客さんがたくさん来るので、ジュンくんのお父さんもお母さんも朝から夜遅くまで働かなければなりません。 

「まあいいけどさ。どうせサンタなんかいないんだし」 

ジュンくんは、そう吐き捨てるように言うと、青信号に変わった横断歩道をタッタッと駆け出して行きました。 

その時のジュンくんの横顔が、千香にはちょっぴり寂しそうに見えました。 

 

その日の午後。学校から帰った千香は、お母さんに頼まれて買い物に出かけました。 

街の中はあちこちにきれいなクリスマスツリ-が飾られ、ジングルベルの曲がひっきりなしに流れています。 

「えIと。鶏肉にレタスにシャンパン…」 

千香はお母さんに渡されたメモを見ながら、買い物かごをいっぱいにしていきました。 

「あれ」 

商店街のはじっこにある小物屋さんの前を通ると、お店のお兄さんが山のような商品を抱えて出てきました。このお店には、古いお人形や絵本、見たこともない外国の雑貨がたくさんおいてあって、千香は時々のぞきに来ているのです。何でもここのお兄さんが自分でいろいろな国に出かけて行ってはおもしろいものを買い付けてくるらしいのです。 

「何してるの?」 

千香が聞くとお兄さんは手に抱えていた商品をどさっとお店の前に投げ出していいました。 

「いやあ、去年からの売れ残りさ。もう今から売れるとも思えないしね、この際全部処分しようかと思って。もし欲しいものがあったら適当にもっていってくれていいよ」 

「え、ほんとにいいの?」 

「どうせ捨てるんだ。一つでも持っていってくれれば助かるよ」 

お兄さんはふう、と長い髪の毛をかき上げると、お客さんに呼ばれて店の奥に行ってしまいました 

千香はしゃがみこんで山と詰まれた商品をそっとかきわけてみました。不気味な妖怪の壁かけやわけのわからない柄のTシャツ、ほこりをかぶった本にポストカ-ド。 

確かにあまり売れそうもないがらくたの中からひょっこりサンタクロ-スのお人形が出てきました。 

「わあ、何かこれおもしろい」 

白いひげのすき間からのぞく緑色の目と口を大きく開けてびっくりしているような表情のサンタがおかしくて、千香はお兄さんの言葉に甘えてお人形を持ち帰ることにしました

 

 

家に帰り、千香は買ってきたものをお母さんに渡し、拾ってきたサンタのお人形をリビングの棚の上に飾りました。 

夕方になり、お父さんがクリスマスケ-キを持って帰ってきました。千香のリクエスト通り、真っ赤ないちごがのったショ-トケ-キです。 

テ-ブルにお母さんの作ったごちそうが並び、クリスマスの夕食が始まりました。

 「いただきま-す」 

千香が大きな口を開けてフライドチキンにかぶりついた時です。 

な、なんと、棚の上のサンタさんが千香に向かってパチンとウインクをしたのです。

 「!」 

千香は思わず目をこすりましたすると今度は何ということでしょう。サンタさんが目を細めてニヤッと笑ったのです。

 「きゃあっ!」 

千香は大きなさけび声をあげました。 

「どうしたの、千香」 

「食事中だぞ、静かにしなさい」 

お父さんとお母さんがきっと千香をにらみました。 

「だ、だって、今…サンタさんが、わ、笑った」 

「何言ってるの?千香」 

「熱でもあるんじゃないのか」 

「違う。本当よ。見てみて。間違いないから」 

お父さんとお母さんは、渋々お人形に目をやりました。しかしいくら3人でサンタさんを見つめていても今度は何も起こりません。 

「あれ?おかしいな。さっきは本当に…」 

「もういいかげんにしなさい」

 「そうだぞ、変なこと言ってないで早く食べなさい」

 「はあい」 

千香はしかられて渋々料理を食べ始めました。

 一体どういうこと?絶対に見間違いなんかじゃない。どうなっているのか確かめなくちゃ。

 

その日の夜。千香はお人形をリビングから自分の部屋に持ち帰りました。そして机の上に置き、ベッドの上からサンタさんをじっと見つめました。 

するとどうでしょう。サンタさんは、さっきと同じように千香に向かってパチンとウインクをしたのです。 

「ほらやっぱり!このサンタさん生きてるんだ!」 

その時です。お人形がふわりと揺れて床に落ち、白い煙がもくもくと立ち昇りました。そして、何とその煙の中からサンタさんが、ボワンと飛び出すように現われたのです。 

千香は驚いて腰をぬかしそうになりました。

 「ふう、ようやっと元に戻れたわい。」

 サンタさんは、腰をこぶしでトントンと叩きながら言いました。

 「何これ…どうなってるの?」 

千香は口をポカンとあけたまま、部屋がいっぱいになってしまいそうなほど太った体のサンタさんを見つめました。 

赤い帽子に赤い服。真っ赤なほっぺ。綿菓子みたいな白いひげ。どこから見ても絵本の中で見たサンタさんです。 

「ふう、久しぶりに動いたら疲れたわい」 

サンタさんは、そう言うと千香の隣にどすんと腰をおろしました。するとその衝撃で千香の体がポンと空中に飛び上がりました。おかげで千香はもう少しで頭を天井にぶつけてしまうところでした。 

「おう、すまんすまん」

 サンタさんは「ホッホッ」と笑いながら、千香に向かって言いました。 

「はて。ところでここはどこのなんという国じゃお嬢ちゃん、悪いが教えてくれんかの」 

「どこって…日本だけど」 

「日本じゃと!おう、あの東の果ての美しい国じゃな。そうかそうかここは日本かね。ずいぶん遠くまで運ばれてしまったわけだ」

 「あのう…」

 千香はおそるおそる聞きました。

 「おじいさん、本物のサンタさん?」 

「ん?もちろんさね。わしは正真正銘のサンタクロ-スじゃよ」

 「サンタさんって本当にいたんだ」

 「お嬢ちゃんわしを知らないのかね」

 「知っているけど、本当にいるとは思わなかったの。友達もみんなそう言ってるし」 

「そうかそうか。もうわしのことを信じている子供は誰もいなくなってしまったのじゃな。無理もない。何しろ350年じゃからな。」 

サンタさんは寂しそうに目を伏せながら話し始めました。 

「実はわしは350年前、悪い魔女に魔法をかけられて人形にされてしまったんじゃよ。その魔法は、わしが生きていることを誰かにちゃんと気付いてもらえたら解けることになっていたのじゃが、みんな気味悪がってわしを捨ててしまってな。最近ではもう何年もほっておかれたままで、さっきお嬢ちゃんが拾ってくれなければ、危なく焼かれてしまうところじゃったわい。ありがとう、ありがとう、お嬢ちゃんは命の恩人じゃ」 

サンタさんは千香の手を握り、ブンブンと振りながら言いました。サンタさんの手はひんやりと冷たくて、白いひげの先には氷の粒が光っていました。

 「はっくしょん!!」 

さんたさんは大きなくしゃみをすると体をぶるっと震わせました。 

「情けないがどうやらかぜをひいてしまったようじゃわい」 

「大丈夫?今何か温かい飲み物もってきてあげる。待ってて」 

千香は急いでキッチンに行き、温かいココアを作って部屋に運びました。 

サンタさんは千香の作ったココアをゆっくりと口に含み、 

重ね重ねすまんな。おかげで体が温まったわい」 

そう言って、宝石のような緑色の瞳を細めて笑いました。 

「ところでお嬢ちゃん、今日は一体何月の何日かね」

「十二月二十四日よ」 

千香が答えると 

「な、なんと!!」 

さんたさんは大慌てでベッドから飛び下りました。 

「何ということじゃ。今日がクリスマスイブだったとは。そうとわかればこうしてはおれん。早く北極の家に帰って子供たちに配るプレゼントを用意しなければ。ああ、しかし働き者のトナカイたちもいないし。早くしなければ間に合わん、ああ、困った困った」 

サンタさんは部屋の中をぐるぐると回りながら腕組みをして考え込んでいます。

 「ねえ、サンタさん、トナカイたちはどこにいるの?」

 「それがのう、350年前わしと一緒に魔法をかけられてしまったんじゃ。今ごろどこにいるものやら、わしには見当もつかんよ。ああ、困った困った」

 今度はさんたさんは頭を抱え込んでしまいました 

千香は、はっと気付きました。もしかしたら…。 

「さんたさん、私と一緒に来て」 

千香はマフラ-を首にまくと、サンタさんの手を引いて外に飛び出しました。

 「お嬢ちゃん、一体どこにいくつもりかね」 

千香はハアハアと苦しそうなサンタさんのお尻を押すようにして、道を走りました。あちこちの家の窓からクリスマスツリ-のキラキラした光がもれています。

 

千香はサンタさんのお人形を手に入れたあの小物屋さんの前で足をとめました。思った通り、お店のドアの前にガラクタが山積みのまま置かれています。きっと明日になればみんなまとめて捨てられてしまうに違いありません。 

「もしかしたらこの中にトナカイたちがいるかもしれない。私探してみる」 

千香はガラクタをかきわけ始めました。 

「これは?中にトナカイがたくさんのってる」 

千香は古ぼけた外国の絵本を見つけました。さんたさんはしばらくその絵本を見ていましたが、しばらくすると 

「違う。これはわしのトナカイたちではない」 

といって頭をふりました。 

「待ってね、わたしが必ずさがしてあげる」 

千香は、今度はあちこち破れかけて色あせたクリスマスカ-ドを見つけました。夜空の上に、そりをひいたトナカイたちの絵が描かれています。サンタさんはカ-ドをじっと見つめて言いました。 

「おう、おう。間違いない。これはわしのトナカイたちじゃ」 

「ほんと?やったあ、これで間に合うわね」

 「ほんとに何もかもお嬢ちゃんのおかげじゃ。ありがとうよ」

 「あ、でもどうやったら魔法が解けるの?」

 「大丈夫じゃよ」 

サンタさんは千香に目配せをして、クリスマスカ-ドをふいっと空に放り投げました。

 すると絵本から白い煙がもくもくと沸き上がり、煙の中からトナカイたちとそりが現われました。 

ああ、やっと会えた。おまえたち元気だったかね」 

サンタさんがそう声をかけると、トナカイたちは嬉しそうに首を振っていななきました。 

「ありがとう、お嬢ちゃんのおかげじゃよ。そうじゃ、お礼に今度お嬢ちゃんをわしの家へ招待させてくれんかね」 

サンタさんは千香の手をぎゅっと握りながら言いました。 

「ほんと?嬉しい。サンタさんの家に行ってみたい」 

「それじゃあ、あとで招待状を送らせてもらうとしよう」 

サンタさんからの招待状。サンタさんの家ってどこにあるんだろう。どうやって行けばいいのかしら。もしかしたらそりで迎えに来てくれるのかも。考えただけで胸がドキドキしてきます。 

「私…サンタさんに謝らなきゃ」 

「ほう、なんじゃね?」 

「私ね、今までずっとサンタさんなんかいないと思ってたの。あんなの大人が作ったつくり話だと思ってた。ごめんなさい」 

千香は一気にそういうとペコリと頭を下げました。 

「いやいや。お嬢ちゃんが謝ることではないぞ。悪いのは子供から夢を奪ってしまった魔女じゃ。お嬢ちゃんが魔法を解いてくれたおかげで、これから子供たちに奪われた夢を返していくことができるようになったんじゃからの。」

 サンタさんは緑色の目を細めて笑いました。千香は胸の辺りがすっと軽くなったような気がしました。 

「ねえ、サンタさん1つ聞いて言い?」

 「なんじゃね?」 

「サンタさんは世界中の子供たちにプレゼントを配るんでしょ?」

 「もちろんじゃよ」

 「悪い子はプレゼントもらえないの?」

 千香が心配そうにそう聞くと、サンタサンは「ほほほ」と笑いながら答えました。

 「悪い子なんかこの世界のどこにもいやしない。子供たちはみんないい子じゃ」

 「よかった」

 千香は安心してうなづきました。

 

さ、早く北極に戻ってプレゼントの用意じゃ。何しろ350年ぶりのイブじゃからな、張り切っていこうじゃないか」 

サンタさんはトナカイたちにそう声をかけ、太った体を押し込むようにしてそりに乗り込みました。 

出発!」 

サンタさんが手綱をひくと、そりは瞬く間に空へ駆け上りました。そしてサンタさんは空の上から、両手をパッと下に向けて開きました。するとそこから真っ白な雪が降ってきてあっというまに街は白い砂糖菓子のように変わりました。 

「わあ!ホワイトクリスマスだ」 

だんだん遠くになるシャンシャンシャンというそりの音に交じって「ありがとう」というサンタさんの声がかすかに聞こえました。千香はサンタさんのそりが見えなくなっても、いつまでも雪の舞う空に向かって手をふり続けました。 

 

気付くと、千香は自分の部屋のベッドで眠っていました。千香の体験したことはすべて夢だったのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。その証拠に千香の部屋のテ-ブルの上にはサンタさんが飲み残したココアがちゃんとあるのですから。 

今年はきっとジュンくんや愛ちゃんにも、本物のクリスマスプレゼントが届くはずです。そして、もちろん世界中のすべての子供たちのところにも。

 


この本の内容は以上です。


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