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トゥモローランド

トゥモローランド

2015年6月24日 イオンシネマ明石  にて鑑賞

明日のセカイを変える人たち

 

ジョージ・クルーニー出演の映画とは以前から相性が悪くて、どれも散々な印象。冷徹なコストカッター、リストラマンを演じた「マイレージ、マイライフ」は、映画評論家からは、高評価みたいだったけど、映画そのものは全然面白くなかった。

話題となった「ゼロ・グラビティ」に至っては、作品内容が45分で表現できるものを、90分に水増しした感じがして、上映中、何度も途中で席を立とうとさえ思いました。まあ、これも彼の責任じゃない。

本作の予告編を見たとき、主人公の少女がピンバッジに触った瞬間、周囲の風景が一瞬でバツン、と切り替わるところなど、映像表現としてとっても面白そう。

ということで、ジョージ・クルーニー出演ということながら、やや身構えて、ハスに構えながら見に行きましたよ。

主人公は科学オタクの女の子、ケイシー(ブリット・ロバートソン)です。自宅の近くにある、NASAの発射場が取り壊されるのが悲しくって仕方がない。深夜彼女はこっそりと、この国家的「破壊工作」を阻止すべく、施設の電気回路をいじくって、ささやかな反抗を試みます。だけどそれが見つかってしまい、ケイシーは警察へ身柄を保護されます。やがて保釈。

担当の警察官から所持品を返してもらうんですね。

「現金**ドル、ガムが一個、帽子などなど」その中に彼女の見かけないものがありました。それはややレトロなデザインのピンバッジ。

「これアタシのじゃない」と申し出ますが「いや、君の持ち物だよ」と警官はそっけない。

このピンバッジを手にしたところから、ケイシーの身に不思議な現象が起き始めます。ピンバッジを素手で触った瞬間、その時だけ、別の時空間へ、瞬時に、タイムトラベル出来るのです。

この不思議なピンバッジのことをネットで調べてみると、ある雑貨屋さんが扱っていました。そこへケイシーが訪ねて行くと、初めは親切そうな店員たち、ピンバッジについて根掘り葉掘り、ケイシーに尋ねてきます。突然、彼らはケイシーに襲いかかります。

そのとき、現れた謎の少女、アテナ(ラフィー・キャシディー )によってケイシーは助けられます。   

「ケイシー、あなたは選ばれた人なの。この世界を変えるためにね」とアテナは言い放ちます。ピンバッジをケイシーに送ったのは、実はアテナでした。戸惑うケイシーを伴って、アテナは盗んだ車で走り出します。

行き先はニューヨークの郊外に住むある男性。その名はフランク・ウォーカー(ジョージ・クルーニー)。

彼は発明家です。40年前、ポータブル型ロケットエンジンを発明。当時開催されていたニューヨーク万博へ自分の発明品を持ち込みます。彼の発明品は残念ながら事務局からは拒否されたのでした。しかし、フランク・ウォーカーは万博会場で不思議な体験をします。可愛い女の子に誘われるまま、アトラクションに乗ってみる。すると、地下の世界へ吸い込まれて行きます。そこはまるで空想上のメトロポリス。剣のような超高層建築物の数々、透明なチューブの中、音もなく走るロケット列車、自由に空を飛び回る人々。

このメトロポリスに招待した少女の名は「アテナ」

彼女は40年の時空間を飛び越え、当時の少女の姿のまま、ケイシーと、今や中年オヤジになった、フランクの前に再び姿を見せたのです。あの幻想的なメトロポリス「トゥモローランド」に、今こそ必要な人間を探すために……。

この作品、ストーリーがよく練られています。

僕が本作を観てみよう、と思った最大の理由は、監督がブラッド・バードさんだったから。

彼が監督したアニメ作品「Mr・インクレディブル」を劇場で観ました。なかなか楽しかった。引退したスーパーヒーロー達が、一般社会で日々を過ごしています。 ヒーロー達はもちろん、人間ではなく、超人的な能力がある。それをいかに抑制しながら「一般人」として溶け込んでゆくか? という面白い設定を描いて見せました。十分大人の鑑賞に堪えましたね。

本作では、「トゥモローランド」という、何十年も前に構想された、夢の近未来都市が、21世紀のいま、実はこんな惨めな姿になっていた、という設定です。

映画の冒頭に、ユートピアの反対「ディストピア」について語られる部分があります。ジョージ・オーウェルの描いた「1984」や、レイ・ブラッドベリの「華氏451」などが有名ですね。

僕はちょうど、オーウェルの「1984」を読んだ直後でしたので、本作を観るのにまさにタイムリーでした。そこは誰もが監視された中で暮らさねばならない、全体主義国家。暗く陰惨なイメージ。

本作でケイシーとフランクは、闇の世界の軍団から命を狙われてしまいます。彼らの攻撃から逃げるために、フランクの数々の発明品が役に立ちます。バスタブが救命ロケットになったりするのも、なんとも楽しいシーンです。

本作を観ている最中に何度も思い出したことがあります。

あのアップルコンピュータの伝説的なCM「クレイジーな人たちがいる」

世間からは、厄介者、異端児扱いされた人々。

でも彼らは自分の理想を信じていたのです。「この世界は変えられる」と。

「トゥモローランド」の悲惨な現状を見てしまったケイトとフランク。

監督のメッセージはラストシーンで描かれます。

「この世界を変えよう」

「自分の手で世界は変えられる」と信じた者達がすこしづつ増えてゆく。

今は厄介者扱いされている人たち、彼らのなかにこそ、夢の種が隠されているのかもしれません。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   ブラッド・バード

主演   ジョージ・クルーニー、ブリット・ロバートソン、ラフィー・キャシディー     

製作   2015年 アメリカ

上映時間 101分

予告編映像はこちら

「トゥモローランド」予告編

 


グローリー/明日への行進

グローリー/明日への行進

2015年6月28日 シネ・リーブル神戸 にて鑑賞

「暴力装置」には服従しない

 

「I Have a Dream!」の演説で有名なキング牧師のお話であります。

物語は、キング牧師がノーベル平和賞を受賞した直後から始まります。一人の牧師の活動として、また、一人の人間の人生において、最も輝ける山の頂上に達した、とばかり僕は思っていたんですが、この映画を見ると、そうではなかったんですね。

公民権制定後もアメリカ国内、特に南部では「厳しい」なんて生易しい言葉では済まされない、とんでもない状況であったことがわかります。

キング牧師自身も一人の夫であり、奥さんも、子供達もいる。

一家団らんの夜、牧師の家に電話がかかる。

「お前の子供が吊されるのが楽しみだぜ!」

脅迫電話です。

ノーベル平和賞受賞者の家族が、なぜ、これほどの脅しと侮辱と威圧を受けねばならないのか? 人として、賞賛と敬意を表するならわかるんですが、実際はこんな目に遭っていたんですね。

さらにはFBIによる、組織的なキング牧師宅の盗聴と脅迫。

「ホンマかいな」と疑いたくなるでしょうが、これが、たった50年前に実際にアメリカで起こっていた事実であり、現実であったのです。

もっともひどい黒人差別が行われていた、南部アラバマ州。キング牧師たちはアラバマ州セルマから、州都モンゴメリーまでのデモ行進を計画します。

彼の元には、やがて白人からも多くの協力者が現れます。

「私達もデモに参加させてください」

デモの当日。キング牧師たちはデモ隊の先頭に立って、互いに腕を組み、静かに歩き始めます。目の前に立ちはだかるのは、銃と、こん棒で武装した州警察。その後ろには軍隊まで。それに向かって彼らは、静かに、しかし、着実に一歩を進めてゆくのです。

キング牧師については「非暴力」を貫いたことでよく知られています。

彼はガンジーの「非暴力・不服従」運動に大いに共感していたのですね。

当時のアメリカに住む黒人たちには「選挙に参加する」という「権利そのもの」がありませんでした。

投票箱がありますね。投票用紙に立候補者の名前を書く。そして投票箱に入れる。これで一市民が自分の意思を表明できる。国の政治に参加できたわけですね。

この「投票用紙」という紙切れを「投票箱」に入れる「権利」。

僕自身、二十代、三十代の頃は投票を、よくサボってました。今更ながら反省するものですが、ようやく五十代になってから、選挙に欠かさず行くようになりました。

いま、選挙に行っていない皆様。ぜひ本作をご覧になってくださいませ。

1960年代、この「投票用紙」を「投票箱に入れる権利」

その権利を勝ち取るために、どれだけ多くの黒人たちの命が奪われたのか。

僕たちはもういちど、襟を正して「投票」という行為、国の政治に参加する、その重さを噛み締めてみるべきだと思います。

本作では、黒人たちのデモ行進に参加した、白人が襲われるシーンがあります。善意でボストンから、わざわざ駆けつけたこの白人男性。しかし……

「黒人に協力するヤツらは、白人であろうと容赦しない」

差別主義者たちの返答は「暴力」によって彼の命を奪うことでした。

いま、この日本の国でも、政治が多くの関心を集めております。連日、国会議事堂の前には、抗議のデモが行われております。

ところで「国家とはなんぞや?」という大命題があります。ちょっとしらべてみましたら、びっくりする答えがありました。

マックス・ウェーバー曰く「最大の暴力装置を持つものが国家である」

「暴力」という側面から考察してゆくと、比較的、国家というものが定義しやすいらしいのです。

国家は裁判で人をさばき、最終的には自国の国民を「殺す権利」さえあります。

「暴力は使わない、でも悪政に対して服従はしない」

これは最も崇高な人間らしい、信念ではないでしょうか?

ぼくはガンジーさんが大好きです。

「佳いことは、カタツムリのように進むのです」という彼の言葉が大好きです。

猛スピードで、法律を作ろうとする人たちがいます。

なぜそんなに急がねばならないんだろう?

世界で最も大きな暴力装置、そのシムテムのなかに、このクニはいま、歯車の一つとして組み込まれようとしている。

その現実に対して、ぼくは静かに抵抗し、服従したくはないのです。

なお、本作は女性監督の手によって制作されました。アメリカが、自ら暴力の渦のなかへ突き進んだ結果、招いてしまった現在の混迷。そのなかで「非暴力、不服従」の精神の象徴でもある、キング牧師の映画を作ろうとしたこと。エバ・デュバーネイ監督をはじめとする、スタッフ、キャストの皆さん、その気高い精神に、敬意を表したいと思います。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   エバ・デュバーネイ

主演   デビッド・オイェロウォ、トム・ウィルキンソン

製作   2014年 イギリス、アメリカ合作

上映時間 128分

予告編映像はこちら

「グローリー」/明日への行進 予告編


トイレのピエタ

トイレのピエタ

2015年6月17日 神戸国際松竹にて鑑賞

希薄な生、濃密な死

 

もっと上映館が増えて欲しいと思う佳作である。

プールで泳ぐ金魚たち、そのオレンジがかった赤。一緒に泳ぐ高校生、真衣の姿。水の淡いブルー、水中撮影での残像がなんとも儚く美しい。

主人公は、ビルの窓ガラス清掃をしている青年、宏だ。アルバイトの身分だが、腕はすでにプロ級。

ぐらぐら揺れるゴンドラに乗り、高層ビルの窓ガラスを拭いてゆく。

高所恐怖症の人なら気が遠くなりそうだが

「まっ、落ちたら、死ぬだけだし……」と本人は割り切っている。

「社員になっちゃいなよ」と仕事仲間からは誘われている。

はにかんだように、「いいッスよ」と中途半端に返事する宏。

彼は美術学校の学生でもある。絵描き仲間でも、「えっ、こいつ意外に……」とおもわせる腕を持っている。だけど絵描きとして、世の中、生きて渡って行こう、という気概も覚悟もない。

宏はある日、職場で倒れた。病院で精密検査を受けてみる。

その結果を聞く日のこと。

医師からは家族と一緒に来るように言われていた。だが、郷里の父母を呼び寄せるほど、大げさなことかな、などと思ってしまったのだ。

そこで宏は、たまたま病院で居合わせた高校生、真衣に仮の妹になってくれるよう頼んだ。真衣と一緒に受けた診断結果は……

医師からは胃の悪性腫瘍と告げられる。即刻入院だ。

やがて、病気は進行し、転移する。医師からは延命治療をするのか? それとも残りの時間を有意義に過ごすのか? とまで言われる。彼はまだ28歳の若さなのだ。

真衣はシングルマザーの母と祖母の、三人で暮らしている。母は家事を気にかけていない。祖母は認知症だが、その世話を真衣に押し付けている。

介護の必要なおばあちゃん。彼女は嫌がるおばあちゃんをなだめては、シャワーを浴びさせる。

時には「ざけんじゃねーよ、なんで女子高生のアタシが介護しなきゃなんねーんだよ!!」と暴発したくなる。でも怒りは、おばあちゃんには向けられない。

真衣はある日、金魚を沢山買い込み、深夜、学校のプールに金魚たちを放つ。水の中、群れになって泳ぐ金魚たち。そして、自分も一緒に泳ぐ。溜め込んでいた様々な感情。

自由なんだよ。自分だって自由でいいんだ。真衣はそう思っているのかもしれない。

真衣は奔放であり、言いたいことをズケズケ言う。

余命いくばくもない宏に向かって「ねぇ、どうやったら死ねるの?」と無邪気に尋ねる。

真衣は自分の「生」の手触りを探ろうとしているかのようだ。

本作で特筆すべきは、登場人物たちが次に何をやるのか? 全く予想がつかないことである。

宏はやがて、病院を抜け出し、自分のアパートのトイレに壁画を描き始める。その様子をちょっとスケベな患者仲間、横田(リリー・フランキー)がビデオに撮る。楽しそうだ。実際ビデオに撮られながら、宏は微笑んでいる。

ようやく「生」の手応えを感じたような宏の微笑み。

本作の元ネタはあの、手塚治虫氏の病床日記であったそうだ。手塚氏が自身、胃ガンで入院していた時に書き綴っていた遺稿らしい。

キャスティングも秀逸だ。つかみどころのない、今時の若者を象徴するかのような宏(野田洋一郎)。ちょっと過激でエキセントリックな行動をする真衣(杉咲花)。そして、映画に登場するだけで和んでしまうリリー・フランキーの存在感。小学生の息子を、ガンで亡くす母親を演じるのは、宮沢りえだ。しかし、その生真面目な演技は、むしろ本作の中で浮いてしまっているほどだ。

本作は料理に例えれば、「素材の良さ」にこだわり抜いた逸品であると言える。俳優という素材の存在感で、映画を”ほぼ”成立させてしまっている。

淡々としたカットが続く中、決してドラマチックに盛り上げてやろうという、監督の映画作家としての下心は微塵も感じられない。

本作に登場する人物は、それぞれ「自分の生」に対して「生きている」という実感を持てない者達ばかりである。そういった人物像をあえて「いきいきと」演じない、ドラマチックには「描かない」ことで、映画作品を成立させる、というのは難しい事だろう。

今現在を「生きていない」と「感じられる」のは、その人が、実は生きていない、という風に「感じる」ことができる「感受性」を、豊かに持ち合わせている証拠でもある。

「自分はこのまま生き続けてもいいのか?」と、最近、私自身、問い続ける日々が続いていた。そういう時期に、出会った本作のみずみずしさは、私の身体に染み入るように感じた。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   松永大司

主演   野田洋次郎、杉崎花、リリー・フランキー

製作   2015年 

上映時間 120分

予告編映像はこちら

「トイレのピエタ」予告編


海街diary

海街diary

2015年6月22日 イオンシネマ明石にて鑑賞

晴れ、時々、やっかいな、四姉妹

 

まるで小津映画を観ているんじゃないか? と錯覚するほど、タッチが似ていますね。人物と室内、その時空間をスライスし、まるでスライドショーのように並べます。カットとカットのツナギには「動くこと」「アクション」の連続性が、敢えてないように、注意深く編集されています。

このあたり、黒澤映画なら、一つのアクションを受けて、次のアクションがあり、それがまた第三のアクションにつながってゆく、という一連のダイナミックな「うねり」、映画文法があるのですが、それとは対極にある作品、と言ってもいいと思います。だから、パッと見は、そっけない、盛り上がりがない作品と思ってしまうかもしれない。

また、やたらと、葬式のシーン、法事のシーンなど、辛気臭いシーンが多い作品でもあります。

このお話の舞台は鎌倉。海辺の街に暮らす姉妹のお話。

娘たちと別れ、再婚して、別の街に暮らしていた父親が亡くなります。その知らせを受けた三姉妹は、父親が移り住んだ山形へ向かいます。父親の葬儀の時、三姉妹は腹違いの妹、すず(広瀬すず)と出会いました。姉たちは、この末っ子が気に入りました。鎌倉の家で四姉妹として、一緒に暮らそうよ、ということになります。

離婚して、姉妹たちを放り出し、家を出て行った母親(大竹しのぶ)は、わがまま勝手で、まるで子供のようです。久しぶりに、鎌倉の家で法事の席に現れたと思ったら「こんな古い家、もう売っちゃおうよ」などと唐突に言い始めます。

それを聞いた長女、幸(綾瀬はるか)

「母親らしいこともしたことがないくせに、何を言い出すの!」と怒りをあらわにします。

看護師をしている自分が、今まで母親代わりで、この海辺の古い家を守り、そして妹たちを育ててきました。

しっかり者の長女も、やはり一人の女性です。勤務先の医師、椎名(堤真一)と付き合っています。

新しく姉妹に加わった「すず」は、この海辺の家に来た時、長女、幸につぶやいたことがあります。

「ダメだよね、私のお母さん。奥さんがいる人を好きになるって……」

長女、幸は交際相手の椎名が住む部屋に通っています。実は彼には別居中の奥さんがいる。もうすぐ別れるのかなぁ~。もうすでに自分が、事実上の奥さんであるかのように、振る舞ってしまう幸。そんな自分自身が、いいのか、悪いのか、よく分からない。

ダメだよね。結婚している人を好きになるなんて。

すずの漏らした言葉が胸を刺します。

やがて幸は終末ケアの部署へ行って見る気はないか、と上司から打診されます。

次女佳乃(長澤まさみ)は勤めている銀行の営業として、新たに外回りの仕事に配属されます。

三女、千佳はマイペースで、姉妹の中で一番の変わり者。スポーツ洋品店に勤めています。父と別れたのは、彼女がまだ小さかった時。父との触れ合いを一番知らない千佳。ふと、末っ子のすずにたずねてみます。

「おとうさんって、どんな人だった?」

鎌倉の姉妹が小さな頃から馴染みにしている定食屋さん「海猫食堂」、それを切り盛りする店主のおばちゃん(風吹ジュン)は、病気のため、店を畳むことになりました。ここの名物「鯵フライ」の美味しさは誰が引き継ぐのか?

丁寧に、何の関係もなく、ぱらり、ぱらりと、散りばめられてゆく、それぞれのエピソード。

それらのなにげない伏線が、物語の終盤、全てが神の配剤のように結びついてきます。

そして、ここにも出没してきたか!と思わせる、リリー・フランキーの気負わない自然体の存在感。

今時、こんな小津映画を彷彿とさせる地味な演出手法。映画作品として、これは成り立つのかな? と心配するほどですが、それを補うのがキャスティングですね。

是枝裕和監督作品では、これまで、監督にしか引き出せない、子役の自然な演技、演出術や、「そして父になる」では、福山雅治をキャスティングするなど、ある種、どの作品にも「飛び道具」あるいは「目玉商品」的な存在がありました。

本作では今までの是枝作品の中で、最高に華やかな「飛び道具」「目玉商品」を取り揃えたと言えるでしょう。

綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、という、豪華で贅沢な女優陣が、一見地味なストーリーを華やかなスクリーンに変えてくれます。

ラストシーン、海辺を歩く四姉妹。ワンシーンワンカットの美しいロングショットが印象的でありました。

 

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   是枝裕和

主演   綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず

製作   2015年 

上映時間 126分

予告編映像はこちら

「海街diary」予告編


奥付



2015年7月号映画に宛てたラブレター


http://p.booklog.jp/book/98962


著者 : 天見谷行人
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/mussesow/profile


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