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五月雨【1】

 ザー……

 五月雨が、横殴りに、あるいは叩きつけるように、小柄な少女の身に打ちつけていた。
「……っ……」
 ずぶ濡れのまま、少女はさまよい、やがて、うずくまった。
 暗雲に閉ざされた闇の中、雨に紛れて、嗚咽を漏らした。

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最終更新日 : 2013-09-24 20:26:52

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五月雨【2】

「母上! 見てくれよ、叔父上にもらったんだ!」
 真っ赤なマントに、皮の肩当て。白いブラウスに、金の刺繍が入った青のベストを重ね、そう、その姿はまさしく。
「勇者カルバンシアだぜ!」
 十四歳の誕生日。叔父に贈られた勇者シリーズのコスチュームに身を包み、ティリスは大喜びで飛び回っていた。
 窓辺で本を読んでいた王妃が目を上げて、にやっと笑う。
「へえ、似合うじゃない? 叔父様に御礼言っときなさいよ?」
「言った!」
 嬉しそうにくるくる回り、ティリスはこぶしをぐっと握って、目を輝かせて報告した。
「でさ、母上。オレ、公式の剣術試合で本戦まで行ったんだ。もう、きっと悪者とだって闘えるから、本物の勇者やろうと思うんだ!」
 王妃様、額に手を突いて呆れる瞬間。
 町に出て、悪者がいたらやっつけようと思うんだと、はしゃぐ姫君。
「馬っ鹿ねえ、あんたは! 十年早いっつの! あんた、実戦と試合は違うんだから、手加減されてることもわかんないで、なあにが勇者だか!?」
「ああ、母上、馬鹿にして! 手加減なんてされてないよ! 皆、してないって言ったんだから!」
 ムキになって怒るティリスに、王妃はやーいやーいと、子供をからかう口調で言った。
「主君の十三歳の小娘相手に、本気でやる馬鹿なんていないわ~。手加減しましたなんて、わざわざ不興を買う馬鹿だって、いやしないわ~」
 ティリスはぷうと頬を膨らせた。可愛い。
「オレ、名前隠して出場したんだからっ! 見習いの子供だって思われてたよ!」
「――へえ?」
 ちょっと面白そうに、王妃が軽く目を見開いた。
「それで本戦まで行けたの。そりゃ、頑張ったじゃない。でもねえティリス、シグルド兵は ザコ よ。あいつらに勝ったからって、自慢にもなりゃしないわ。母さん、将軍と闘ってさえ勝ったもの」
「ええっ!?」
 目を丸くして驚くティリスに、まんざらでもない王妃。
 砂漠の民カイム・サンドの剣士だったという王妃は、確かに強いのだ。名をタスマニアという。
「それ、ほんとのほんと? 何で母上と将軍が戦うの? 本気の試合?」
「本気も本気。将軍が勝ったら、国王の求婚をあたしが受ける条件だったもの。まさか、手抜きをする試合じゃないわ。ちなみに、試合を受けることを条件に、砂嵐で壊滅的打撃をこうむった、カイム・サンドの復興支援を約束させたのよね」
 ティリスはまた驚いた。
「それ、絶対変! 何で父上が闘わないの!?」
 そこが変か。
 断固抗議のティリスが、好ましい。彼女が真っ直ぐ、潔く育ったことに、タスマニアは満足げな笑みを見せて、けれど、わざと呆れた口調で言った。
「あのねえ、ティリス。ファーマイヤで勝負になると思うなら、母さんをなめすぎよ? あの人は国王なんだから、強い剣士を抱えていれば、それがあの人の実力なわけ。結果、そんな剣士、どこにも抱えてなかったけどね」
 にべもない。
 国王も、剣など全く使えないというわけではなかったけれど、取り立てて強くもなかった。
「母上、ほんとに強いんだなー。じゃあ、でも何で、父上と結婚したの?」
 試合には勝ったのにと、ティリスが不思議そうに首を傾げる。
 タスマニアは意味ありげな笑みを返して、短く答えた。
「何十回も求婚されたし、忘れたわ」
 笑みの含みには気付かず、素直に信じたティリスが続けて聞く。
「父上のこと、だんだん、好きになったんだ?」
「んー? 好きでなくても、結婚はできるのよ?」
「??」
 タスマニアはぱたんと本を閉じると、伸びをした。
「私はお茶でも飲んでくるけど、ティリスは?」
「町に行くっ!」
 元気いっぱい宣言したティリスの額を、タスマニアがぱちんと指で弾いた。
「馬鹿たれ。流行病はやりやまいが蔓延してるから、しばらく外には出ないって、何度も言わせないの! あんたは」
「ええ~、そんなの十日も前からじゃんか! もう、いいだろ? 大丈夫だよ~」
「だーめ! それから、さっきの話も、間違っても実行するんじゃないわよ? あんたに真剣勝負は十年早い!」
 早くない! と、駄々をこねるティリスを軽くあしらって、王妃は行ってしまった。
 ティリスはむうと眉をしかめて、むむむと口をへの字に曲げて、それから、いたずらっぽく目を光らせた。
 そう、王妃の言った通り、シグルド兵はザコだ。抜け出してやるぜ! と、ティリスは小さなこぶしをぐっと握りしめて、行動に移った。

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最終更新日 : 2013-09-24 20:26:49

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