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 夏の終わり、秋の初めの午後三時。住宅街、とある一軒家の前。人気もまばらなその中で、少年が見つけたのはアスファルトの上を飛ぶ鳥だった。
 歩行専用の薄灰の空。その端でヒビが横に長く縦に短く、十字に伸びていた。ちょうど、両の翼をぴんと伸ばして空を飛ぶ鳥のようにみえたのである。
「お兄ちゃん」
 少年は眼を地にやきつけながら、丸みを帯びた赤い頬を動かした。伸ばした指もまた短い。
「こんなところに鳥がいるよ」
 花壇のコスモスに小さなジョウロで水をやっていた、もう一人の少年が顔をあげる。いくつか年上のようではあるが、顔立ちは呼びかけた方の少年とよく似ている。ジョウロを持って、ゆるりと彼の後ろから、その鳥を見る。
「ああ、本当だねぇ」
「どうして鳥は、こんなところにいるんだろう」
 ――これじゃあまるで、曇り空を飛んでいるみたいだよ。
 その問いに、年上の少年はふうむと唸る。夏の湿り気がだいぶ薄くなった生温い風が、その間を通る。ふと、彼は空を仰いだ。ジョウロの水がはずみで滴る。ぽたぽたり。
「きっと、この鳥は蒼空が好きなんだよ」
 地の空から天の空に、そしてまた地の空に視線を移す、小さな少年。
「でも、鳥がいるのは灰色の空だよ」
 零れた雫で濃くなるその色。それはまるで、涙のように。
 小さく息を吸い込む少年。その澄んだ黒い瞳には蒼が映る。
「……きっと蒼空が好きだからこそ、その鳥はここを選んだんだ。ずっと蒼を好きでいるために」
 小さな少年は首を傾げ、もう一度天を地を――仰ぐ。
 
 濡れた鳥、黒い地面。
 それがきらりと映したのは――果てのない蒼だった。


この本の内容は以上です。


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