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目次

 

<目次>

   『足のうら怪談 魚の目』より

1、お先に失礼

2、幽霊屋敷

3、怪奇巨乳娘夢なら覚めないで

4、あわいの町

5、髭オヤジ

6、校庭の木

7、幽霊VSプレデター

8、バスツアー

9、手斧

10、人類から遠く離れて

11、水

12、X氏の実験

13、幽霊予報

14、カラスの住処

 

   『足のうら怪談 土踏まず』より

15、殺人怪談

16、小名木川沿いを走る

17、マイ・オールド・フレイム

18、墓地に住む

19、我輩はゾンビである

20、深川江戸資料館にて

21、対岸の空き部屋

22、何が見えるの

23、泥鰌掬い

24、捕獲

25、深川の雪男

26、愛犬バズ公

27、門前仲町駅前自転車置場奇譚

28、波間/滋春のこと

29、波間/深羽子のこと

30、波間/孟洋のこと

31、深川の文士先生

32、階段の死闘 

33、ぼくの家族は、いい家族(*特別収録作)

 

   『足のうら怪談メラノーマ』より

34、見える人は実在するっ! の巻

35、森の中であ

36、pop.0001

37、持たざるものたち

38、エスカレーター

39、みんな死ぬまで

40、カフェラテ

41、腫れ物

42、みちのくストリップティーズ(long ver.

43、迷妄母娘 

 

・収録されているすべての作品より長くなってしまうという、異例の事態が勃発しているあとがき

 

 ・初出一覧

 


お先に失礼

 

 今西は絶好の覗きポイントを見つけた。

 しかし、そこは例のなんだかいやぁな感じのする場所でもあった。

 幼い頃からの度重なる経験で、今西はそうしたなんだかいやぁな感じのする場所に出くわしたとき、すぐに立ち去るようにしていた。そして、何があろうと二度とそこへは近付かず、どうせ分かってもらえないからと理由を説明することもしなかった。

 このときばかりは男女混合卒業旅行という色っぽい行事のせいで気が弛んでしまっていたにちがいない。うっかり口を滑らせてしまったときにはもう遅かった。ヒッキーもジンちゃんも武井も「行こうぜ行こうぜ」とやたら盛り上がった。

「芳野たち、風呂行ったぞ!」

 偵察から戻った水嶋が興奮を抑えきれない様子で言うと、一座は大きくどよめいた。

 芳野めぐる。プロフィール、Fカップ。

 いかん、我慢できない。それに自分だけが同行しないのもおかしい。今西は浮き足立って進む一行の最後尾についた。

「そこの崖みたいになってるところを上がるんだ」

 露天風呂の垣根の向こうにある杉林の暗闇の中で、今西は声をひそめて言った。

 ヒッキー、水嶋、ジンちゃん、武井の順で、高さおよそ三メートル、角度七十度ほどの急斜面を、岩やむき出しになった木の根をうまく利用してよじ登った。

 いざ自分もと、今西が進み出たそのとき、

「お先に失礼」

 と、脇からすっと男が現れた。

 その瞬間、全身が総毛立って動けなくなった。

 男は今西が立ちすくんでいるうちに斜面を上がって行った。体のどこに力を入れる様子もなくすいすい登るその姿は、とても人間技とは思えなかった。

 今のは……。

 漠たる不安をようやく押さえつけて、今西は恐る恐る高台に上がった。

 友人四人と先ほどの男が、それぞれ木の後ろに身を隠して露天風呂を覗き込んでいた。

「やべぇ、ちょーやべぇ」

 ジンちゃんが誰にともなく言う。

 よく見ると、みんな手を股間にやって小刻みに動かしていた。

 その男でさえ、そうしているではないか。

 友人たちは夢中で、その男に気づきもしなかった。

「そいつ、人間じゃないぞ」

 今西は思ったが、声には出さなかった。

 いや、出せなかった。

 

 

 

 

 


幽霊屋敷

 

 通常のテーマパークにある幽霊屋敷には、何かが欠けているとずっと考えてきた。それが何なのか、あるときついに分かった。必要なのは本物だ。オレは理想の幽霊屋敷を実現するため、さっそく動き出した。

 それが数年前の話。土地の当てはあった。資金も何とか都合がつく。あれこれ煩雑な交渉や書類仕事も慣れたものだ。唯一にして最も厄介な問題は、いかにして本物の幽霊を連れてくるか、これだ。

 オレが探したのは、死んでもかまわないという連中だった。

 ただでとは言わない。相応の金銭と引き替えならばという意味だ。金に困っている連中は少なくない。まともに働いていたのではとても返せないほどの負債を抱えた、崖っぷちの連中だ。自分の命と換えてでも家族だけは助けたいなどと思っている、どん詰まりの連中。オレはそこに目をつけた。

 ネット広告に釣られてきた奴一人ひとりとじっくり交渉し、事件や事故に見せかけて死んでもらうことで多額の保険金を引き出す計画を話した。決まり文句は「諸々の面倒はうちが引き受ける。あなたはただ死んでくれればいい」だ。

 契約にサインした者たちをオレは順々に始末した。

 双方納得済みなのだし、もっと楽に行くかと思ったが、いざとなると案外誰もが抗った。今わの際でも大いに苦しんだ。だが、それはそれ、仕方ない。むしろ、それくらいの方がいい結果を生むかもしれない。

 オレはその都度屋敷に遺体を運び込み、それぞれの部屋に放置した。山奥の古い洋館を安く買い取り、それらしく改築を済ませていた。ちょっと気長な話になるが、あとはこいつらが化けて出るのを待つというわけだ。他にいい方法がなさそうなんだから仕方ない。うまくいかなければ、また別の奴を始末して投げ込むだけだ。

 保険金の支払い? 契約? 忘れてくれ。奴らはもう死んだんだから。死んだらおしまい。何も確かめようがない。そうだろ?

 運良く二、三ヶ月のうちにいくつかの部屋で奴らが化けて出るようになった。やり方はそう悪くなかったらしい。この調子なら、次の夏にはオレの理想の幽霊屋敷がオープンできそうだ。連中の中には色々恨みがましいことを言ってくる奴もいるが、耳は貸さない。死んでまでこの世のことにこだわるとは理解しがたい連中だ。楽にしろよ。お客を楽しませてくれなきゃ困るんだ。

 さて、準備万端整った。開園だ。

 

 

 


怪奇巨乳娘 夢なら覚めないで

 

 駆け出しのアイドルIが亡くなった。窒息死であった。巨乳を売りにしていたIである。寝ているときに自分の乳が喉元に垂れてきて、それに呼吸を止められたのだった。所属事務所は詳しい事情を明らかにしなかった。

 高野夫妻は結婚七年目、ようやく子供にも恵まれ円満な家庭生活を送っていた。そんなある日、妻の美紗子は夫の研治がひどくやつれていることに出し抜けに気がついた。頬がこけ、目の下には隈が濃い。まったく急な変化だった。

 心配する美紗子に、研治は「ちょっと寝不足なだけ」とぶっきら棒に答えた。同じ時間に布団に入ってるし、子供が夜泣きしても起きないくせに、睡眠不足? 美紗子は妙に思ったが何も言わなかった。こっそり顔を伺うと、研治はなぜかニヤついているように見えた。

 仕事は毎日ちゃんと行っているらしかった。多少残業することがあっても、家には真っ直ぐ帰ってくる。陰で携帯をいじっている様子もない。もちろん夜だって毎晩ぐっすり眠っているし、こっそり布団から抜け出してるような気配も微塵もない。それでも美紗子は、研治がよそに女を作ったのではないかと考えずにはいられなかった。

 疑惑に眠れぬ夜を幾晩か過ごしたある深夜、浅い眠りにあった美紗子は夫の苦しげな唸り声に目を覚まされた。ところが、どうしたのかと起き上がろうとすると、金縛りにあったように身体がぴくりとも動かなかった。そんな経験は初めてだった。研治の切迫したうめき声が聞こえた。すぐ隣で何か異常事態が起きているようだった。

 美紗子は必死になってそちらを向こうとして、何とか横目に夫の姿を捉えた。研治の上に若い巨乳の女が馬乗りにのしかかっていた。前のめりになった女は、その巨大な乳を研治の顔にぐりぐりぐりぐり押しつけていた。「うぅ」「あぁ」研治の声は、むしろ喜びに悶えているように聞こえた。美紗子に殺意が沸いた。

 ふいに身体の自由がきくようになって、美紗子は布団から跳ね起きた。と同時に、巨乳女も身体を起こして美紗子の方にすうっと向き直った。美紗子はぎくりとなって、また動けなくなった。ずいぶん長い時間に感じた。巨乳女は、美紗子の肌蹴た胸元を一瞥すると意味ありげにふふっと笑って、そのまま幻のように消えてしまった。美紗子は己の貧乳を笑われた気がした。

 再び自由を取り戻した美紗子は、研治を蹴り起こした。素敵な夢から覚まされた風の研治の襟元を掴み、巨乳女のことを問い詰めた。ところが、研治は何も知らない、何のことか分からないとシラを切ったのだった。屈辱にも程があった。

 それから数ヶ月のうち、東京都内で睡眠中に謎の窒息死を遂げる怪死事件が相次いだ。被害者はいずれも男性。どのケースも、まるで何かとても柔らかいものに顔を挟まれていたかのようなニンマリした死に顔だという。高野夫妻は間もなく離婚したという話が伝わっている。少なくとも研治は死なずに済んだ。

 

 


あわいの町

 

 目指す場所もないまま電車を乗り継いで、女は東北のある小さな町まで来た。すべてを捨てて逃げてきたのだ。

 名前を聞いたこともないその町を当てもなく歩いていると、ある家の縁側の窓がわずかに開いているのを見つけた。なぜか招かれているような気になって、女はその家にするりと上がり込んだ。

 つい今しがたまで人がいたような気配があったが、無人だった。テーブルにまだ温かいお茶が出ていて、まるで人が来るのを待っていたかのようだった。

 女はじっと座り込んで家の者の帰りを待った。対面してどうするつもりなのか、自分でも分かっていたわけではなかった。ところが、いつまで経っても誰も帰ってこなかった。次の日も、その次の日も誰も帰らず、女はそのままその家に居ついてしまった。

 周囲の誰も女を不審がらなかった。まもなく、近くの温泉施設に仕事を見つけ、中古車を安く手に入れた。少しの間、女は静かに慎ましく暮らした。

 その町に来て一年が過ぎた頃から、女は職場の若い男と関係を持つようになった。時折ひりひりするほどの焦燥感を見せる男だった。お互い相手に何か先の約束を迫るような付き合いではなかった。ただ一緒にいると虚しい気持ちが紛れることもある。それだけだった。それでも、女は男を家に上げようとは決してしなかった。その家は、女だけの居場所だった。

 ある日、男が職場の売り上げを持ち逃げした。女は何も知らなかった。男との関係を問い詰められ、職場に居づらくなった。仕事を辞め、車も置いて、消えるようにその土地を離れた。

 あちこち寄り道をしたが、長居できる場所は見つからなかった。結局、女は捨てたはずの場所に戻った。そこには、少し老けた夫が待っていた。

 それからしばらく、平穏な日が続いた。女は家を出ている間のことは何も話さなかったし、夫も何も聞かなかった。

 ある年の秋、夫の提案で夫婦は東北へ旅行することになった。

 車での旅行だった。ある山道を走っているとき、女は短い間暮らしたあの町がそう離れていないところにあると気がついた。そう思うと、もう一度あの家を見たくてたまらなくなった。あの家に、何かひどく大切なものを忘れてきたような気がした。

 女は、車を運転する夫にその町まで行くように頼んだ。妙に思った夫だったが、すぐに察して黙って車を走らせた。

 職場だった温泉施設への行き来にいつも使っていた道に乗って、女はあの家を目指した。ところが、ここを曲がればもうすぐという角を曲がった先に、まるで見覚えのない光景が広がっていた。あの家はどこにもなく、女は道を見失った。もう一度引き返してきて、別の方角から近づいた。ところが、やはり途中の角を曲がったところで見知らぬ住宅地に紛れ込んでしまった。いくら探してもあの家は見つからなかった。

 道端に以前顔見知りだったある婦人を見かけ、女は車を停めて声をかけた。しかし、その婦人は女のことなど知らないと言うばかりだった。

 

 



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