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 コミニュケーション社会である現代。話し方で悩む人は数多い。

 

試しにインターネットで「話し方」と入れて検索してみる。と、「○○話し方研究所。人間味あふれる指導であなたの人生をより豊かに」「××話し方教室。人前で自信がつく方法教えます」「話し方十日間集中セミナー。あがり症克服!」――といった調子で、全国にある話し方教室のサイトが星の数ほどヒットしてくる。 

この現代社会に生きる者として、話し方にコンプレックスがあるというのはさぞ困難なことと推測する。自身の話し方に何か問題がある場合、それは即、実生活に直結するため、その悩みも自然深刻なものになるのだろう。 

 

ある地方の政令都市に住む、丸田道子(仮名)三十五才もその一人だった。

十年前に友人の紹介で知り合った夫と結婚し、一児の母として家事やパートにいそしむ日々を送っていた道子だが、「話し方」という分野に関しては悲しい過去があった。その話については後でふれることとする。 

平成十三年、暮れも押しせまった十二月の午後。パートの仕事から帰り、一息ついた道子は、リビングの床に腹ばいになるような格好で新聞を広げていた。朝は慌しく、とてものんびり新聞を読んでいる暇はない。この時間になってやっとこうして紙面に目を通すことができるのだ。 

地方版のページまで読み進めたところで、道子は活字を追っていた目を止めた。情報欄に、ある広告が載っていた。 

『スピーチトレーニングセンター。あがり、ふるえ、赤面、不安、吃音、会話、結婚式・・・どんなことでもおまかせ下さい。話し方、個人指導致します』 

この広告を目にしたのは初めてではなかった。以前からたびたび掲載されているもので、そのたびに道子はついこんなふうに目を止めてしまうのだった。実は以前、道子はここに電話で問い合わせをしてみたことがある。その時は「受講するのに数十万円かかる」と説明されて、その金額にびっくりし、すぐに切ってしまったのだった。そんなに費用がかかるのでは、主婦の自分にはとても通えるはずがない。そう思ってあきらめたのだ。 

あれから数年がたち、その間何度も同じ広告を目にしている。道子は再度電話をかけてみることにした。 

――この時なぜまた電話をしてみる気になったのか。この時の行動を道子は自分でもうまく説明できない。とにかくずっとこの広告が気になっていたことは確かだ。その気持ちがピークに達し、たまたまもう一度電話をかけてみる気になった、としか言いようがない。

 

「はい。スピーチトレーニングセンターです」 

男性が出た。以前に問い合わせをした時と同じ人だ、とすぐにわかった。 

「あの、料金のことなのですが――」 

費用が高いことは承知した上で道子はそう切り出した。あの金額では通うのが無理なことはわかっている。ただもう一度そのことを確認してみてもいいかも、という程度の気軽な思いからだった。だが、道子のそんな内心を裏切るように、電話の向こうの男は意外なことを言ったのだ。 

「実は来年の二月でこの教室を閉めることになりましたので、以前はコースを組んで頂いていたのですが、今はワンレッスンごと二千五百円でお受けしています」 

二千五百円――! 道子は二千五百という数字に飛びついた。安い!いや、そもそも話し方教室のレッスン料の相場がどれくらいなのかはわからない。だが、数十万円するとばかり思っていたものがいきなり二千五百円になったのだ。それくらいなら一度行ってみてもいいかもしれない。何事も体験だ。よし、行ってみよう。道子がそう決断するまでに大して時間はかからなかった。 

「じゃあ、予約をお願いします」 

道子は電話の相手に向かって早速そう頼んでいた。来月で閉鎖してしまうというのにはちょっと驚いたけれど、金銭的なことを考えれば結局いいタイミングだったともいえる。思い切って電話してみてよかった。手帳に予約の時間を書き入れながら、素直に道子はそう思った。 

 

数日後、道子は男から聞いた通りの道順を辿り、その「スピ―チトレーニングセンター」がある場所へと向かった。そこは中心地からは少し離れた、ひどくわかり難い場所にあるマンションだった。ごみごみとしたエントランスを通り、エレベーターで上の階へ。エレベーターを降りると、まるで待ち構えていたかのように男がそこに立っていた。カジュアルなシャツにセーター。背が高く馬面の、全体的にひょろっとした印象の男だった。年齢は四十代の中頃といったところだろう。 

「こんにちは。中へどうぞ」 

エレベーターのそばのドアを開けながら言う。 

「丸田さんですね。講師の佐久間です。よろしくお願いします」 

「よろしくお願いします」 

靴のままでいい、と言われ、そのまま室内へ。入って左側の部屋にテーブルセット(セットといっても、机、二脚の椅子共に形状はすべてバラバラの寄せ合わせ)があり、道子は案内されるまま、奥の方の椅子に座った。折り畳みの椅子は座り心地が非常に悪く、体を動かすたび後ろにひっくり返りそうになる。 

「少々お待ち下さい。今お茶を」 

佐久間が台所でお茶を淹れている間に、道子は周囲を見回した。室内は雑然としており、全体的に薄汚い。教室というより、いかにも一人暮らしの男性の部屋に上がりこんでいる、という雰囲気で、お世辞にも居心地がいい空間とはいえなかった。 

「あの、他に先生は――?」 

「いえ、私一人でやっているんです」 

「そうなんですか・・・・」 

道子は実際にここにやって来るまで、「スピーチトレーニングセンター」という名称から、漠然とだが学校のような場所をイメージしていた。例えば整然と並んだ机に、黒板、スーツを着た複数の先生たち――。それがまさかこんなマンションの一部屋で、しかもこの佐久間という男がたった一人でやっているとは。そこは、道子が思い描いていた話し方教室とは全くかけ離れているところだった。 

何よりも道子をがっかりさせたのは、目の前の佐久間という男、その人だった。「どうぞ」とお茶を出してくれたのはいいが、自分の前にも同じように茶たく付きで湯のみを置き、レッスン中にも関わらず、道子がまだ口を付けないうちから、ズズーと音を立てひっきりなしにそれをすする。風貌もどことなく冴えない。言っては悪いが、とてもこの男が話し方の先生とは思えない。むしろそういう職業からは一番対極の立場にいる人間のような気さえする。一体どうなっているんだろう?

 

道子が佐久間に対して抱いた疑問は、レッスンが終了してからの雑談の中で、当の本人の口から語られたことよって明らかになっていく。 

「福島県にこのスピーチトレーニングセンターの本部がありまして、佐藤先生という方が開いておられます。佐藤先生は東京で話し方教室を長年やっておられた方で、私も以前はそこの生徒だったんです。ですので、今はF県からこっちに毎日通ってきているんですよ」 

ああ、なるほど。この男が話し方教室の生徒だったと聞いて道子は妙に納得がいった。話し方、つまり自分自身そのものにコンプレックスを持っているタチの人間。佐久間はまさしくそんな感じのする男だった。 

佐久間の話によれば、その本部の佐藤先生という人から講師になるための研修を受け、認定をもらい、ここを開業したということらしい。壁には立派な認定状が額に入れて飾られてある。こういうふうに、佐藤先生という人の元で研修を受け、彼に認定されれば話し方の先生としてやっていくことができるというわけか――。道子の中で急速に興味が膨らんでいった瞬間だった。 

「レッスンの時間によっては、電車の時間に間に合わないのでここに泊まっていくこともありましてね」 

佐久間は部屋の隅にある簡易ベッドを指差しながら言った。いかにも今の今まで寝ていたかのように毛布がだらしなく床まで落ちている。その脇の半開きになったドアの隙間からは、物置と化した乱雑な浴室が丸見えで、道子は思わず目をそむけた。とにかく人を迎えるために手が行き届いた部屋ではないことは確かだ。 

業績がおもわしくないのでとうとう閉めることになった、ということだったが、この有り様ではそうなるのも仕方がないだろうと道子は思った。いくら話し方を習いたいと思ってもこんな汚れた部屋に何度も来たいと思う人はそういないだろう。女性なら特に。とにかくすべてがひどすぎる。 

 

ここで、肝心の道子が受けたレッスン内容について紹介しておこう。 

それは一言で言えば全く稚拙というしかないものだった。まず初めに「これがテキストです」と手渡されたのは、コピーした紙を数枚ホチキスで止めただけのもの。よほど古い紙なのかすえたような匂いがしており、しかも佐久間が余白にコチャコチャと書き込んだ文字も消さすにそのままコピーされている。こんなものを客(生徒)に渡すなんて失礼ではないか、と道子は呆れかえった。 

「人に好かれるスピーチ」そう書かれた表紙をめくると、1項目には「発音のレッスン」として五十音が印刷されてある。 

「私が先に読みますから、後に続いて読んで下さい。いきますよ。アエイウエオアオ」 

「アエイウエオアオ……」 

次は早口言葉。 

「また私に続いて下さい。ではいきます。カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ」 

「カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ」 

「あの竹垣に竹立てかけたのは竹たてかけたかったから竹たてかけた」 

「あの竹垣に竹立てかけたのは竹たてかけたかったから竹たてかけた」 

全くつかえることなく、すらすらと読む道子に、 

「お上手ですね」 

佐久間が驚いたように顔を上げた。その顔にはしっかりと「一体この人はなんのためにここに来たんだ?」と書かれてあった。 

「いえ、そんなことないです」 

そう謙遜してはみたものの、中学時代演劇部に所属していた道子は、早口言葉だの発声練習だの、こうした類のことは大の得意なのだった。 

ではなぜ道子がこの「スピーチトレーニングセンター」にやってきたのか。それはひどいアガリ症を治したかったからだ。道子を長い間悩ませてきたアガリ症――すべての始まりは中学一年生の時だった。入学してすぐの国語の時間、道子は教師に指名され教科書を読み始めた。が、どうやら道子のイントネーションがちょっと変だったらしく、そのことを近くの席の男子に指摘され、クラス中に笑われてしまった。それからも同じようなことが何度か続き、道子はすっかり人前で音読することが恐怖になってしまった。自分では普通に読んでいるつもりなのに、いちいちクラス全員から笑われるのだからたまったものではない。 

このことがきっかけで道子は人前で話すことそのものが苦手になってしまったのだ。結婚してからは、人前で話す機会などほとんどなくなったのだが、それでもこのことはいつも心のどこかに引っかかっていた、といってもいい。何とか人前で人並みに話せるようになりたい、というのが道子の切実な願いだったというわけである。要はアガリ、いわば心理面の問題を何とか克服したいわけで、別にカツゼツがよくなりたいわけでもないのに、早口言葉などいくらやったところで意味はないのでは?と思ったが、これもレッスンに含まれているのならば仕方がない。ここは従うしかないだろう。テキストにある早口言葉を読み上げながら道子はひそかにそう思った。

 

次は言葉に強弱を付ける練習とかで「ケロケロケロケロケロケロ」という全く意味のない文?を、様々に強弱を変えて言う。 

「私がやってみますから聞いて下さい。ケーロヶロヶロ・・・いいですか。ではこのようにどうぞ」 

狭苦しい部屋の中で、いい大人同士が向かい合って大真面目に「ケーロヶロヶロ……」などとやっていること自体が道子はどうにも気恥ずかしくてたまらない。こう言っては何だがアホらしいのだ。だが佐久間は大真面目でケロケロケロを繰り返す。仕方がないので、道子も内心嫌々ながらそれに従う。 

次は小説「くもの糸」を二人交互に朗読した後、いよいよスピーチの練習だ。ここでもまずは佐久間が先に見本を示すという。佐久間は立ち上がり、おもむろにスピーチを始めた。「こんにちは。佐久間と申します」と挨拶し、彼の趣味だというピアノについて話し始める。このスピーチ実践が唯一話し方の教室らしい部分であったともいえるが、佐久間のスピーチはお世辞にも上手いとはいえなかった。せいぜい素人が幾度も練習して暗記し、ようやく形にしたといった感じだ。 

「スピーチの際には、聞き手の目を見るようにして下さい」 

と指導する佐久間本人が、道子の目を一度も見ないままなのだから説得力がないというものだ。道子からみると、佐久間は明らかに女性そのものに慣れていない風の野暮ったい男だった。聞けばやはり独身で、いまだに両親と同居しているらしい。もともと人と接することが苦手で話し方教室に通ったのはいいが、そこで変な自信がついてしまい、こんな無謀なビジネスを始めてしまったのだろう。道子はレッスンの間に佐久間についてそこまで分析を済ませていた。当の自分も佐久間と同じ道に足を踏み入れかけていることには全く気付かずに。 

この男では無理。でも私ならできるかもしれない。道子は自分の目の前に張られている罠に、まさに自分からはまりにいこうとしていたのだった。 

 

道子が自分で番号を調べ、福島市にあるスピーチトレーニングセンター(以下STC)に電話をかけたのは、正月休みが明けた平成十四年一月七日のことだった。電話に出たのはそこの所長を名乗る佐藤という男で、佐久間とは違いさすがに所長というだけあり、きびきびとした話し方の男だった。 

「突然のお電話申し訳ありません。実は佐久間さんから、そちらで研修を受け認定されれば講師としてお仕事ができると伺ったのですが、その件についてよろしければくわしくお話を聞かせて頂けないでしょうか・・・・」

 


 

道子は丁寧に言葉を選びながら、内心相手にどんな対応をされるか不安だった。が、佐藤のそれはいきなりの電話にも関わらず、まるで道子からの電話を待っていたかのようにしごく丁寧なものだった。のちに考えれば佐藤にとってはネギをしょったカモが自ら飛び込んできたのだから、親切丁寧になるのは当り前なのだが、いきなりこんな電話をして・・・とひたすら恐縮していた道子は、素直に佐藤の感じの良さに感激していたのだった。 

この時電話で佐藤と具体的にどんな話をしたのか、道子はよく覚えていない。ただ道子にすれば単なる問い合わせのつもりだったのに、思ったより電話が長引いてしまい、話の途中で電話代の心配がチラッと頭をよぎったことだけは覚えている。話といってもほとんど佐藤が一方的に話をしていただけであって、道子はそれをただ聞いていただけだった。「相手の都合などは意に介さず、自分の都合のいい話だけをべらべら話しまくる」という佐藤という人間の特徴はこの時すでに現れていたのだが、道子がそのことに気付く余裕はまだなかった。 

ただ早口なのに加え、声が小さいため、よく聞き取れない部分も多く、だからといっていちいち聞き返すわけにもいかず、話を理解するのが結構大変であった。話し方の先生なのにこんなに声が聞き取り難いのも変だなと思ったが、佐藤は「道子さんならお声も明るいし、きっといい話し方の先生になれますよ。大丈夫です」と言う。会ったこともないのに電話だけでなぜそんなことがわかるのかとも思ったが、プロの先生に評価されたのだと思えば正直悪い気はしなかった。結局、後で資料を送ってもらうということになり、こちらの連絡先を教え、長い長い電話は終わった。 

 

一月十一日。資料が届くのを待っていた道子のもとに佐藤から電話が入る。 

「いやあ、今資料を送ろうと思って準備していたところなんですがね。どうもこれをただ一式ボーンと送ってもよくわかって頂けないのではと不安になりましてね。できれば道子さんと直接お会いしてくわしくお話をさせて頂きたいのですが。私が仙台まで伺いますので」 

電話をした日から四日が過ぎている。そろそろ資料が届く頃だろうと思っていたのが、今ようやく資料を準備しているところだということにまず驚いた。今まで何をしていたのだろう。それに道子としては直接会うよりも先にとりあえず資料をゆっくり見てみたい、というのが本音だったが、わざわざ佐藤が自ら仙台に出向いてくるというのだ。その提案を断ることもできず、結局道子は佐藤と会うことを約束する。

 

一月十四日。佐藤との約束の時間に合わせて自宅で準備をしていると佐藤から電話が入る。「今仙台にいます」約束の時間までにはまだ大分あるので道子が驚くと、「一応着いたことをお知らせしておこうと思いましてね。本を読んでお先に待っていますので」そう言われればのんびりしているわけにもいかず道子は急いで準備を済ませ、タクシーで待ち合わせの場所に向かった。駅前にあるホテルMのラウンジ。そこで道子は佐藤と会った。実際に会った佐藤は五十代前半、並んで立つと百六十センチの道子が見下ろしてしまうほどの小男だった。 

佐藤は挨拶を済ませるとすぐに山のような紙類を取り出し、例の調子でぺらぺらと話し出した。その佐藤の話を聞き進めるうちに道子は愕然とする。何と福島にあるSTCはフランチャイズの本部であり、契約するのに加盟金と指導料金合わせて二百五十万円が必要で、こちらが支払う月々のロイヤリティは五万円だというのだ。ただ「研修を受け認定をもらえれば話し方教室の講師になれる」としか思っていなかった道子は、その事実と法外な金額に呆然となる。そんなことは七日の電話では一言も聞かされていなかった。要するにこの時になって初めて道子はこの話がフランチャイズシステムであることを知ったのである。

 

そもそもなぜ道子がこの話し方を教えるという仕事にここまで興味を持ったのか。それは、自分の過去の辛い経験をいかして困っている人の力になりたいという純粋な気持ちからだった。前述の通り中学時代からの辛い経験に加え道子は吃音者でもあった。成人してからはほとんど人に気付かれることもなくなったが子供の頃はよく友達に真似をされてからかわれたりしたものだ。そんな経験をしてきた自分ならきっと話し方に悩む人の気持ちもわかってあげられる。そう思ったのが主な理由であって、フランチャイズに加入して本格的なビジネスとして取り組むなどという考えは少しもなかったのである。 

佐藤は道子が掲示した金額に難色を示したのを見てか、「無理のない範囲で初めて頂ければいいのです。減額も可能ですから」という意味のことを口にした。更に「道子さんは笑顔もいいし、明るい。きっといい先生になれます」と言う。道子は心を動かされた。「まあここだけの話ですがね、佐久間さんは何だか暗い感じの人だったでしょう?講師としては全く不向きでしたね。あれでは生徒が集まるはずないんですよ。彼がいずれだめになることは、私は初めからわかっていました」

 

よく考えれば佐藤のこの言葉こそおかしいものはない。その不向きである人物に加盟を認可し、認定証を与えたのは一体誰なのか。結局は教室の運営などどうでもよく「金さえ取れれば誰でもいい」という極めて悪質な詐欺行為を働いていたことの証拠ではないのか。そもそも加盟者の経済的事情に合わせて減額が可能だということは、もともと二百五十万などという価格自体が何の根拠もないデタラメの数字だったということになる。だがこの時点で道子が佐藤の本質に気付くことはなかった。「あなたなら絶対に大丈夫です。本部としても仙台校を何としても成功させたい。そのためにもぜひあなたにお願いしたい」という佐藤の強い勧誘の言葉に、この仕事を一生の仕事にできたら・・・などとひそかに夢をふくらませていた。 

この時も長い長い面談になった。二時ごろから会い、話が終わった時はもう七時を過ぎていた。初対面の相手と五時間も向き合ってひたすら話を聞き続けたのだ。佐藤と別れた瞬間、頭が朦朧とするほど道子は疲れきっていた。

 

帰宅後道子は夫とも相談した結果、結局加盟金百万、指導料金十万、月々のロイヤリティ一万円という内容で佐藤と契約書を交わすことになる。初めに示された数字よりは大分減額されたとはいえ、この金額でもパート勤めの主婦である道子にとってかなり痛手であることに変わりはなかった。だが道子はこの話し方の先生になるということについて非常に強い希望を抱いていた。悩んでいる人を救いたい。この仕事で絶対に成功してみせる。そして必ず支払った分の元は取ってやる。頑張ろう!道子は出て行く金額の大きさとこれから自分が負わなくてはならない責任に一抹の不安を覚えながらも明るい未来を頭に描きつつ、佐藤の口座になけなしの百十万円を振り込んだのである。 

 

研修の日程が決まった。期間は一週間。それをお互いの都合を合わせる形で三日ずつに分けて行うことになった。道子はこの一週間という短い期間で本当に人に指導できるだけの技術が身につくのだろうかと不安ではあったが、マンツーマンで行うということだし、その分内容が濃いものなのだろうと解釈していた。が、事前に届いた佐藤からのFAXを見て道子は改めて驚くことになる。それによると研修の時間が各日十時から十五時までだというのだ。一日たった五時間、いや昼の休憩が入るから実質一日四時間しかない。それになぜか一週間の予定だったはずが六日間に減っている。こんな短時間で、一人で教室を運営できるだけの技能がはたして身につくのだろうか。複雑な思いを抱きながら翌平成十五年一月二日。正月休みの夫に息子の世話を頼み、道子は研修を受けるため福島市にあるSTC本部へと向かったのである。

 

さて、実際にその研修内容はどうだったのか。案の定というべきか、道子はすぐに絶望感を覚えることになる。 

道子は、仮にも研修というからには、道子自身が技術を習得するための指導はもちろん、実際に生徒を迎えて指導をするための方法などを徹底的に叩き込まれるものだと考えていた。そのための覚悟も決めてきたつもりである。しかし実際は佐久間のところで渡されたのと同じようなペラペラのテキストをめくりながらまた例の早口言葉などをやらされただけであり、唯一研修と呼べるようなものは、客から問い合わせが来た際の電話応対の練習くらいのもので、あとは研修時間内のほとんどが雑談に終始するというひどいものだった。その雑談の中身は福島市や地元企業の現状、佐藤の会社で雇っている外国人の家庭問題など、いわば佐藤自身の身の回りの話であり事業には何一つ関係のないもので、そういう話が一度始まると延々と続く。 

また佐藤は話し方教室の他に()リンクスという社名で絵画レンタルの事業も営んでいるのだが、どうもそちらのほうがメインの事業であってSTCの仕事はその片手間にしているのではないかという疑問を感じた。研修中も佐藤はインターネットの絵画オークションのページを開きっぱなしにして、常にパソコンの画面を覗き込んでチェックしているのだ。その態度は加盟者の指導をするという本部としての責任感や真摯さなどは微塵も感じられず、その真逆の印象を道子に与えるものだった。 

そもそも研修そのものが予めきちんとした予定表が組まれていたわけではなく、次に何をするかというのは道子の側からは全くわからず、佐藤の思いつきで場当たり的に進行していくといったもので、道子が一番指導を受けたかったスピーチの実践は全期間通じてたった二回のみ。それもあくまでも道子がSTCを訪れた生徒の場合といった程度のもので、講師としてのレベルの練習は皆無であった。研修前に佐藤が自ら口にしていた、講師役と生徒役に入れ替わって実際のレッスンを通してやってみるというシュミレーションも一切行われないままだった。同年六月十四日。残りの日程の研修が終わった時には道子の中の佐藤に対する不信感は押さえ難いものとなっていた。はい、これで研修は終了ですと言われても、これではいざ生徒と一時間どのように向き合えばいいのか全くわからないではないか。

 

そして道子の不信は、佐藤の人間性だけでなく、STCの指導内容そのものにも波及したのである。具体的に記そう。STCが出しているパンフレットには、あがり、ふるえ、日常会話など二十数項目の悩みが並べられ「どんなことでもおまかせ下さい」とあり、指導方法として「あなたの悩みをお聞きし、個人用プログラムを作成します。そのプログラムに基づき個人指導いたします」と謳っている。なので当然道子は生徒の悩みに合わせてレッスン内容も変えるものだと思っていた。が、どうもそうではなさそうなのである。 

佐久間のところに生徒として行った時、道子は「アガリ症を治したい」とはっきり告げていた。しかし佐久間は特に道子専用のプログラムを作成することなどはせず、前述の通りテキストに沿って早口言葉などを行うだけだった。あれは確かに稚拙なものだったが、それは仙台校が閉鎖寸前という状況だったため、佐久間が仕事を真剣にやろうという気を失っていたせいで、本部では生徒の様々な悩みや希望に合わせてきちんとやっているものだと道子は信じていた。 

実際道子が面談の中でそのことを口にした時も佐藤は「そうですか。それは佐久間がきっと適当にやっていたんですねえ。困ったものです」と呆れたように言い放ったのである。なので、今回の研修では悩み別に様々なカリキュラムがあり、それを伝授してもらえるものだと思っていた。しかしフタをあけてみれば、実際は本部でやっていることも佐久間のレッスンの内容とそう変わりはなかったのである。レッスン内容は「発音練習、早口言葉、スピーチ」これを通してやるのみ。個人別のカリキュラムなど存在しない。どんな悩みの生徒が来てもただ同じことをやるというのでは、誰にでも同じ薬を出すヤブ医者みたいなもので生徒の悩みは絶対に改善しないだろう。またそれではパンフレットの記載内容も虚偽ということになる。個人のニーズに合わせて指導を行うという点が個人指導を専門にしているSTCの最大の特色ではなかったのか。佐藤も「ノウハウはたくさんあります」と自慢げに豪語していたではないか。それがこのお粗末な内容なのか・・・。 

もちろん道子の方も研修中ずっと黙っていたわけではない。質疑応答の時間は特になかったため、いつ終わるともわからない佐藤の話(雑談)の合い間を縫うようにしながら何度か質問をした。「例えば吃音で悩む生徒が来たらどういった指導を行えばいいのでしょうか?」すると佐藤は吃音についての説明を長々と始め、肝心のその指導をどうするのかということについては一切話が及ばないのだ。たまりかねた道子が「それはわかりました。それで指導のやり方は・・・」と口を挟むと「いやあ、吃音はねえ。治すというのはなかなか難しいんですよねえ」と開き直ったかのようなことを言い出す始末。とにかく一つ質問すれば関係のない話が延々と続く結果になるので、終いには道子は「あとで本かインターネットで調べればいい」と考えるようになっていた。これでは全く研修の意味を成さないのだが、とにかく佐藤の弾丸のような話を一方的に拝聴しなければならないことに心底疲れていたのである。こうして名ばかりの研修が終わった。 

 

研修が終了したこの時点では、開業日をいつにするかという具体的な取り決めは一切行っていなかった。しかしすぐ仙台に帰った道子のもとに佐藤から「開業はいつ頃になるのか」という内容の電話が頻繁に入るようになる。道子は研修内容が全く満足のいくものではなかったことに加え、まだ生徒が一人も集まらないうちからロイヤリティのみを支払うわけにもいかす苦慮していたが、結局佐藤のほうからせかされる形で八月開業という運びとなった。 

道子にすれば「本当にこのまま開業してやっていけるのか」という不安は大きかったものの、「開業後も随時指導していく」という佐藤の言葉を信じるしかなかった。あとは実際に生徒が来てから逐一指導を受ければいい。実際に目前にレールが敷かれている以上、頑張ってやっていくしかない。道子はそんな強い意志をもって真摯に開業準備に取りかかり始めた。しかしそんな道子の意に反して佐藤はこの研修を境に、道子に対する態度を明らかに変えてきたのである。 

 

まず道子は、佐久間が無料相談に訪れた人に対して採っていたアンケート用紙をもとにDM作りに取りかかった。その際佐藤からはアンケート用紙の束を渡されただけで、DMの書き方などの指導は一切受けていない。道子が一から文面を考え自分で印刷し郵送したのである。この生徒募集ということに関して佐藤が道子に行った指導はDMの他に、地元のフリーペーパーに広告を出しなさいというもの。本部としての営業指導はたったこれだけ。こんなことは素人でも簡単に思いつくような内容である。ちなみに佐藤の指導通り「仙台タウン情報」というフリーの情報誌に広告を掲載したが、反応はゼロであった。 

それからレッスンで使うテキストの類も、本部からの譲与は一切なく、道子がすべて自分で作成しなければならない。佐藤から渡されたプリント類は誤字脱字があまりに多く、余白に佐藤が書き込んだ文字(落書き)もそのまま印刷されているので改めて打ち直さなければとても使用できない代物だった。 

DMを送った人の中で三人からレッスン予約の電話があり、事実上道子の講師としての仕事がスタートした。教室の場所は道子の自宅。もちろん本当は生活感の漂う自宅などではなく、どこかビルの一室を借りて・・・というのが理想なのだがとてもそんな資金的余裕はなかった。でもいつかはきちんとした教室を持ちたい。そうひそかに心に誓いながら道子は初めての一歩を踏み出したのである。

 

さて実際に生徒さんと会い、話を聞いてみるとやはり「アガリ症を治したい」「吃音を治したい」「日常会話がうまくなりたい」というふうにそれぞれ悩みやレッスンに求めるものも違っていた。道子は指導を仰ぐため、何度か本部に連絡を入れる。がいつ電話しても佐藤は不在がちですぐに連絡が取れない。どうも佐藤は常にSTCにいるわけではなく、絵画レンタルの仕事であちこち飛び回っているようなのだ。佐藤以外に道子と対応ができる人物がいない以上、こちらが連絡してすぐに連絡が取れないのでは、この先本部としての機能が果たされないのではないか。道子は不信感を募らせた。それにやっと連絡がついても、抽象的な説明に終始するばかりで、つまるところ道子が一番知りたい「一時間生徒とマンツーマンで向き合う中、どのような指導や助言を行えばいいのか」という具体的な指導は全くないのだ。 

しかしもう実際に生徒を受け入れているのだから道子のほうも簡単に引き下がるわけにはいかない。道子が更に説明を求めると佐藤は「あのねえ、丸田さん。いい加減にして下さいよ。もう研修は済んでいるんですからねえ」とさもうんざりしたように言い放ったのである。それは契約前に見せていた態度とは全く逆のものであった。 

結局佐藤は「生徒一人一人の悩みに沿って指導する」と道子に説明したり、パンフレットに記載していながら、実際はそのようなことは一切行っておらず、要はどんな悩みの生徒が来てもあの稚拙なテキストに沿って早口言葉や発音練習をひたすら繰り返しているだけだったのだ。五十音の発音練習や早口言葉など市販の話し方の本にも載っている。佐藤が豪語していた「独自に開発した日本で唯一の指導方法」などどこにも存在しなかったのだ。まるで佐藤をどんな悩みでも治せる魔法使いであるかのように崇拝していた自分がバカだった。おそらく佐藤は加盟金や研修費を搾取し、適当に研修らしきものを済ませればあとは毎月自動的にロイヤリティが振り込まれてくるとでも考えていたのだろう。道子が話し方のプロの先生だと思っていた人はただの口先八寸の詐欺師だったことを道子はここにきて心底思い知らされたのである。 

 

一度その人間性を疑い出すと、その場の思いつきでものを言う、約束を守らないなどといった佐藤の本質が次々と目につくようになってくる。それに道子は佐藤や佐久間のように「会話がうまくなりたい」と訴える生徒にも機械的に発音や三分間スピーチのレッスンを行うようなことは絶対にしたくなかった。となれば佐藤が使っているテキストの内容に沿わない悩みの生徒がくるたびに道子が独自に指導内容を考えてレッスンを行うしかなく、それではフランチャイズの意味が全くないことになる。それに自分にはそんな技量も経験もない。道子は悩んだ末STC本部との契約を解除することを決意した。こうなった以上、こちらは支払った分のものを何も提供されていないのだから何とか110万円を佐藤の手から取り戻したい。その一心で道子はそのために奔走することになる。以下は契約解除に至るまでの記録である。

 

まず道子は消費者センターに相談してみた。が、フランチャイズ契約は「消費者」ではないので、消費者センターでは取り扱わない案件だという。それはさておきこの消費者センターの職員の中には普段年寄りとの対応が多いせいか非常に感じの悪い上から見下ろすような話し方をする人間が多いことは意外な発見であった。 

道子はインターネット等でフランチャイズ契約に関する様々な情報を集め始めた。そこで商工会議所にも相談窓口があることを知り、早速予約を入れた。ここで受けた助言に従い、106日道子は佐藤に「契約取消し通告書」を配達記録郵便で送付する。二日後、佐藤より「事業終了に係る催告書」が内容証明にて届く。内容は契約解除には応じるが返金は一切しないというものであった。ここまでは道子の予想通りの反応である。本当の戦いはここからだった。 

一方佐藤は、道子が突きつけた「ノウハウがない」という言葉に異常な反応を示す。道子への非難の文章を書き連ねたFAXを何十枚も送ってきたり、留守番電話になっているにも関わらずひっきりなしに電話をかけてよこしたり、という猟奇的な行動に出るようになったのだ。まるで気でも狂ったかと思うような、わけのわからない内容のメールを送りつけてくることもあった。そんな佐藤の異常性を目の当たりにし、道子は改めて、あの佐藤と二人きりだった研修時に何も起こらなくてよかったと胸をなで下ろす思いだった。あの時もし道子が「ノウハウはないのですか」などと疑問を感じたまま口にしていたら一体どうなっていたかわからない。道子はどこかで本能的に自己防衛の必要を感じていたのかもしれない。

 

十一月。道子は佐藤の居住地である福島市の簡易裁判所に調停の申し出をする。しかし佐藤がどうしても返金には応じないということで調停は不調に終わる。裁判所を出る時、佐藤はさも勝ち誇ったように薄笑いを浮かべながら道子を一瞥した。佐藤はこれで道子に勝ったような気分でいたのだろう。しかし道子はここであきらめる気は毛頭なかった。次は弁護士会館でやっている無料相談に出向いた。そしてこの時たまたま担当に当たった男性弁護士に道子は裁判を依頼することになる。結局裁判は和解ということで決着がつき、道子が支払った分のおよそ半額の五十万を佐藤が返金するという形で収まった。道子の希望通り全額戻ることはなかったわけで、弁護士に支払った依頼金やその他の諸費用を差し引けば決して満足のいくものではないのだが、この結果は道子の中で何とか折り合いがついている。少なくとも裁判を起こすことにより佐藤に幾ばくかの打撃を与えられたことは確かだと思うからだ。 

どうやら佐藤は道子が自分からノウハウだけを盗んで今後は自分で事業をやっていこうとしていると思ったらしく「近いうちに必ず仙台に進出しますからその時はどうぞよろしく」などと嫌味のつもりで書いたと思われるメールを送りつけてきた。盗むほどのノウハウなど一体どこにあるというのか。道子は呆れるばかりである。

 

さて、この一件を道子は今冷静に振り返る。自宅で素人が話し方の個人指導をするなど初めから無理があったのだ。「たとえばマジシャンという職業がありますが、これは指導されたからといって誰にでもできるというような性格のものではありません。話し方教室の先生というお仕事も同じだと思います。個人の資質によるところの大きい技術をフランチャイズシステムに乗っけること自体がおかしいと思いますね」弁護士のこの言葉を道子はもっともだとうなずきながら聞いたのである。 

現在世の中には様々なフランチャイズ本部を名乗る会社がはびこっているが、その中でまともな会社は一体どれほどあるのだろう。

 

㈱リンクス。こんな詐欺会社がつい最近まで「フランチャイズ加盟者募集中」と性懲りもなくインターネットに掲載していたことに道子は憤りを覚えている。平成十八年現在では、どういうわけか自社のホームページは削除されているようだ。ただ㈱リンクスという会社は間違いなく現存しており、今日も詐欺に近いようなことを続けているに違いない。第二の被害者が出ないことを道子はただ祈るばかりである。

 

 


この本の内容は以上です。


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