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落下

 ほとんど崖のような急斜面を上りきると、景色が開けた。
 沈む夕日が空を黄金色に染めていた。
「さあ、いくぞ。ここを抜ければ黒岩岳だ。気をつけていこうぜ!」
 トールが先頭を切って進む。
 進む道は左右が千尋の谷という尾根道だ。しかも足場のごつごつした石はしっかり固定しているとは限らない。

 尾根道半ば、踏み出しかけて、トールは躊躇した。
 足元の石がグラグラしたのだ。
 ケインを乗せたシーボクはトールの横を通り過ぎた。人が一人通るのがやっとと思われるような狭い道なのだが、シーボクは何食わぬ顔でトールを追い抜いていく。
 どこにそんな幅があるんだ? と不思議そうなトールなど無視して黙々と進む。
 行き先はラシャの指示を受けてわかっているようだった。
 幅のない道も、ガタガタする石の上も難なく進む。
 シーボクが足を乗せたから大丈夫だろうと思ってトールが足を掛けると、グラグラしたりするので、人間の進む道の参考にはあまりならない。
「俺も捻挫すればよかったな」「まったくだ」
 ゲタとボードーは冗談とも本気ともつかないことを言いながら、シーボクの尻尾を見つめていた。

 小柄で身の軽いラシャやカミュは大きい少年たちよりも楽々と進んでいた。
 しかし、それに油断したのか、カミュの足元の石がぐらついた。
「えっ、えっ、あれっ……うわああああああ」
「カミュ!」
 落下しかかったカミュの腕をラシャが捕らえた……が、そのラシャもまたバランスを崩してしまった。
 さらに、前を行くトールがラシャを支えようと手を伸ばしたが間に合わなかった。
 崖を少しずり落ちたラシャは幸い木の枝をつかんで止まっていた。
 しかし、枝がたわみ、裂け目が入った。ラシャとカミュの体重を支えられる強度は……ない。
 トールは足場の悪い崖を這いつくばりながらラシャとカミュのぶら下がる木に向かって降りて行った。
「なんとか持ちこたえてくれ!」
 そして、トールがラシャの手首をつかもうとしたそのとき、
 バキッ
 と枝が折れた。
「ラシャさ……」
 トールは落ちていく二人に手を伸ばした。届かないとわかっていても、その手を伸ばし続けた。
「畜生、あと少しなのによ~! なんてこった」

「ラシャさま~」
「カミュ~」
 落ち行く二人は互いの名を呼び合った。
 二人は瞬く間に深い谷へと沈み、尾根道の仲間たちからは見えなくなってしまった。

 崖にへばりついたまま放心しているトールにジンは手を伸ばした。
「上がって来いよ」
 トールはジンの手を取り、ジンを見上げて、
「死ぬようなことは……ないよな……」
「ラシャさまは大丈夫だろう。カミュは……」
 鳳凰会士は崖を降りる(落ちる?)訓練も受ける。命綱もつけずにあえて危険箇所を渡るのは、落ちても命を落とすことはまずないし、それもまた課題の一部であったからだ。ラシャの身の軽さ、敏捷なことは入門組の中でも抜きん出ていた。しかし、カミュはあまり器用ではなかった。なにかとよくドジを踏む。ジンはその点に不安を感じていた。
「カミュだって剣山会士だ。大丈夫だ」
 そうあってほしい。そのはずだ。トールが願うそのそばで、ジンは悲観的だった。
「普段の稽古中にも命を落とすものがないわけではない」
「お前、暗いことばかり言ってんじゃねえ!」
 トールが怒鳴ると、
「すまん」
 珍しくジンがトールに下った。
「おい、あれは?」
 トールは黒岩岳から落ちるように走る白いシーボクを認めた。
「ラミナスじゃないか?」
「ケインを乗せてないな」
 ラミナスは尾根道を渡りきり、とっくに黒岩岳山頂にたどりついていた。そこでケインを《振り落とし》、ラシャの危機とみるや後を追って駆け出した。
「俺たちは……どうする?」
「とりあえず黒岩岳に行くしかないだろう。そこで二人を待つ」
「待つって……。生きているとは思うが、谷底から上ってこられるわけ……」
 言いかけてトールは指を鳴らした。
「あっそうか。シーボクなら……。でも、それってズルじゃないか? 徒歩で上らなきゃいけないのが原則だ」
「怪我をしていれば別だ」
「あ~、ううむ……、何か複雑だな。無事でいてほしいが、こうなると多少怪我もしていてほしいな」
 トールはジンに支えてもらいながら、元の尾根道に這い上がると、さぐるように足を前に出し出し、念入りに足場を確かめながら進んでいった。


 谷底は靄がかかっていた。その上、もう、暗くなりかけていた。

 ラシャは生きていた。
 落ちながらも適当なところで岩壁を蹴り、また駆けるように急斜面の岩壁を下り、木の枝をつかみ、見事に着地。
 だが、ラシャが降りた地点からカミュの姿は見えなかった。
「カミュ! カミュ~」
 大声で呼んだ。
 それほど離れたところに降りた(落ちた)はずはない。
「どこだ? 返事がないということは気絶しているか、声が上げられないような怪我をしているかだ。まさか死……!? いや、絶対そんなことはない」
 目をつぶり、神経を集中し、辺りの気配をうかがった。
 ラシャのアンテナにひっかかったのはカミュではなく、
「ラミナス!」
 ググググググッ
 異音と共に現れたラミナスはラシャの顔や首、そのほか全身を嘗め回した。
「大丈夫だよ。ボクは平気。それよりカミュを探してくれないか」
 クオ~ン
 ラミナスは横を向いて鳴いた。そして、ググググ、ググググ。
「あっち? 先にカミュを見つけたの? 怪我してる?」
 ラミナスの顔が向く方角へラシャは走り、ラミナスはその後ろに続いた。

 カミュは倒れて、額から血を流していた。
「カミュ、カミュ~~~~!」
 ラシャが呼んでも返事をしない。
 脈を診る。
「生きてる」
 まずは、ほっと一息。
 さすがにカミュもそのまま落ちたわけではなかったらしい。
「足がおかしいな」
 足の向きが不自然だった。ラシャはカミュの体を調べはじめた。あちこちに傷があった。かなり色々なところにぶつかったと見える。 
「足の骨が折れている。でも内臓は大丈夫そうだ。頭はどうかな……。どうしよう? このままにしたほうがいいのかな。動かしてもいいのかな」
 ふと上空を見上げた。頂上は見えない。
 暗くなりかけると、闇の深まるのは早い。すでに視界は悪くなっていた。
「う……ん」
 カミュが唸った。
「あ、よかった。気がついた?」
「い、痛い」
「どこが痛い?」
「う~ん、頭と足と、背中と……ほかにもあちこち痛い」
 体中が痛くて、どこが痛いのか実はカミュ自身にもよくわからない。
「動ける? あ、足は動かしちゃだめだよ」
 カミュは腕を上げた。首も問題なく動く。
 ラシャはカミュが上体を起こすのを手伝った。
「骨折したのは足だけだね」
「ズキズキする。特に右足。でも……左も痛いな」
 だんだん《本当に》痛い場所がはっきりしてきた。
 右脚が折れているのは一目瞭然だったのでそのままにし、左脚を動かしてみた。
「痛たたた」
「左も折れてるの?」
 ラシャはカミュの靴を脱がせて指を動かした。
「足の指、自分で動かせる?」
 カミュは指を動かすことができた。
「骨は折れてないみたいだ。打撲かな。ジンの薬箱が欲しい……。落としてくれないかな」
 しばらく山頂を見上げていたが、ふと思いついたようにラシャは懐から紙と筆を取り出すとすらすらと書きつけ、ラミナスの角に結びつけた。
「悪いけど、もう一度登ってくれる? ジンの薬箱を持ってきて」
 ググッ
 ラミナスは飛び跳ねるように駆け出したかと思うと、崖に飛びつき、そのままの勢いで駆け上って行った。


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助け合い

 黒岩岳頂上では入門組五人が円状に座っていた。
 誰も何も言わず、シーンとしている。
 目的地に到達したにも関わらず、あまり喜べる状況ではない。
 五人だけは頂上にたどりついた。二人欠けているが、それでも合格できるのか。あとの二人はどうなる?
「暗くなってきた。もう夜だな。二人が今日中にここまで来るのは、やはり無理だよな」
 トールは腕組みをしながら珍しく渋い顔。
「何か来たぞ!」
 ググッ、ググッ
「シーボクじゃないか?」
「ってことは、二人を乗せて上がってきた? 早いな」
 しかし、上がってきたのはラミナスだけで、ラシャもカミュも乗ってはいない。
 ググッ、ググッ
 ラミナスは角でジンを押した。
「な、なんだ?」
 最初は意味がわからず、避けてしまったが、さかんに押してくるシーボクの角に結ばれている紙に、まもなくジンも気がついた。
「これは……」
 ジンが紙を広げるとトールも覗き込んだ。
「手紙か? は! やっぱ生きてる。さっすが、ラシャさんだ。でも、薬が欲しいってことは怪我してるんだな」
 ジンはさっそく薬箱を背負い袋から取り出し、別の小さな袋に入れて、ラミナスの胴まわりに備えつけた。
「頼むぞ!」
 ラミナスはググッっと一声上げると駆け出した。そして、崖っぷちで跳ね上がった。ラミナスが跳ねた先に地面はない。
「うわっ、大丈夫なのかよ」
 トールはラミナスが飛んだ崖に寄って、首を出すようにしてラミナスの姿を目で追ったが、もう何も見えなかった。
「はやっ」
「とても野生とは思えない従順さだ」
 ジンはひたすら感心していた。
「ラシャさんの友達らしいからな」
「うん。野生のシーボクをよくここまで手懐けたもんだ」
 シーボクは頑固で、家畜化したものでも人の指示に素直に従わないことがある。まして野生のシーボクは通常、人に寄り付かない。

 崖の下、カミュはミイラのように包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「これでよし!」
 カミュの足を固定し、血の出ている額に包帯を巻き、応急処置を済ませたラシャは立ち上がった。
 カミュは、あまりよくないと言いたげな表情だったが、せっかく介抱してもらったのに文句も言えない様子。
 不恰好に太くなった腕や足。固定の必要のないところまで固定されて、動くに動けない。
 不満そうなカミュに、ラシャは口をとがらせた。
「薬部の会士みたいなわけにはいかないよ。こんな大怪我の治療なんて、したことないもん」
「も、もちろん。いいんだよ。ありがとう」
 カミュは唯一思うように動かせる顔を精一杯の笑顔にした。
 ラシャは空を見上げた。
「行こう」
「どこへ?」
「決まってるだろ。頂上だ」
「えっ、これから登るの?」
「カミュはあきらめが早すぎるよ。まだ今日は終わっていない」
「でも、もう暗いよ」
 まだ真っ暗ではなかったが、刻一刻と闇は深まっていた。頼りの月も厚い雲に覆い隠されがち。
「カミュは怪我をしているから、シーボクが使える」
「で、ラシャさまは?」
「僕は足で登る」
「この崖を?」
 ラシャはたった今二人が落ちてきた崖をまじまじと見上げた。
「こいつはさすがに無理だ。もっとちゃんとした道具がないと。シーボクでも単独ならともかく、人を乗せて上がるのはどうかな」
「じゃあ……」
「もう一度、登るんだ」
「今日の道?」
 ラシャはこっくりとうなずいた。
 カミュは上半身に大きな怪我がないとは言っても、鐙もないシーボクにバランスよく乗ることは難しそうだった。
 ラシャはカミュをラミナスの背に縄で縛り付けた。
「気分が悪かったら言ってね」
「うん」
 シーボクとそれに乗った(くくりつけられた)カミュ、そしてラシャは再び山を回り込み、夕方と同じ登り坂に挑むこととなった。

 十分に明るかった一度目より、全身の感覚を研ぎ澄ますようにして進んだ。もっとも、暗くても、目が慣れれば、ある程度は見える。
 シーボクにとってはまったく問題ないようだ。相変わらず軽々と進む。
 ラシャとしてはそんなシーボクの先導についていけばいいだけでも助かっていた。
 しかも、ところどころ例のグググッという声で警告してくれる。「足場が悪いぞ」「すべるぞ」と。
 この分ならなんとか《今日》のうちに頂上までたどりつけるかと思った矢先、ラシャの額に冷たいものが落ちてきた。
「あれっ……雨?」
 水滴がポツポツ……。まもなく、ボトボト落ちてきた。
「まずいな。早く登らなきゃ」
 雨は次第に激しさを増し、ザアッとやってきた。
 足場がすべる。なかなか進めない。
 どんどんペースが落ちていく。
 しかも、焦れば焦るほど、足を踏み外すことが多くなった。
「落ち着け、落ち着くんだ」
 ラシャは自分に言い聞かせた。
「ラシャさま、大丈夫?」
 上からカミュが心配そうに声をかける。
「ああ、今行く」
 クオ~ン
 ラミナスも応援しているようだった。ラミナスにとっては雨もあまり関係ないらしい。
 だが、ラシャは雨に打たれて一気に疲労感が増した。登るより、滑って下降する距離のほうが長いように思われた。
「ちっとも進まない」
 ラシャは岩に這いつくばりながら、目をつぶってしばらく考えた。
 そして刀を抜いた。

 竜騎兵の国へ行ったとき、切羽詰った状況で刀に黄金の光をまとわせ、龍の子チビのつながれていた鎖の錠を壊し、竜輝兵とも戦った。全身鎧のようなリュウをも傷つけた黄金の刀なら岩をも砕くに違いない。
 ただ、その後、剣山に帰ってからどんなに練習してみても、いつでも出せる技とはならなかった。黄金の光はいまだに恣意的に用いることができない。

 ラシャは目の前の岩山を登ることだけを考えた。
「光あれ!」
 ラシャの目に力がこもった。次の瞬間には、逆に全身から力が抜け、刀が光を帯びた。
「ふん!」
 光る刀は岩を斬る。あるいは、溶かす。
 ラシャは刀を岩に突き刺して這い上がった。刀を抜いた跡にできた窪みは足をひっかける踏み台にした。
「いいぞ。これなら進める。せっぱつまらないと使えないってのが、この技の難点だけど」
 カツン。
 刀が光を失い、岩にはじかれた。
「うわわわわ。だめだ。余計なことを考えちゃいけない。集中、集中」
 しかし、刀は、もう光らなくなってしまった。
「集中しすぎてもダメなのか? え~っと、さっきは、どうやったっけ?」
 雨はやまない。
 濡れた体が冷えてきた。
「ううっ、寒い。とにかく進むんだ」
 一箇所にとどまって発光術の研鑽にはげむより、今は一歩でも二歩でも進むことのほうが先決だった。抜いた刀は納めず、杖のようにして使った。 
 遅々としていたが、そうやって何とか岩を登りきった。最後のほうは、傾斜が緩やかになったわけでもないのに、どういうわけか比較的楽に登れたような気がした。

 登ってきたラシャをシーボク上のカミュが不思議そうに見ていた。
「ラシャさま、何か光ってない?」
「え?」
 ラシャはふと手元を見た。その瞬間に消えてしまったが、それは黄金の光。
 手だけではなく、全身がうっすらと光っていたようにも思う。
「光ってたんだ。登りやすくなったのは、そのせいか……」
 体が光っていたことに自分では気がつかなかった。やはり、使おうと思って使える技ではないのだ。

 ラシャは前方を仰ぎ見た。
 ここからはもう黒岩岳頂上が見える。そこにたどりつくためには、二人が踏み外した例の険しい尾根を越えなければならない。
「あとは、また尾根道だね」 
 カミュは不安そうにラミナスの頭を見た。ラミナスが急に動き出した。
「うわああっ」
 シーボクは何食わぬ様子で進んでいく。
 カミュは目をつぶった。
 ラシャが頂上に向かって叫んだ。
「みんな~、今、行くよ~」
 黒岩岳の仲間もラシャの声を聞いて、頂上から顔を出し、尾根道に注目。
「登ってきたか!」「こっちだぞ~」「まだ間に合う!」
 カミュを乗せたラミナスの後をラシャは全身目にして尾根を行く。
 月は雲が覆い隠し、十分な明かりを得ることができない。
 ここでもシーボクの先導はありがたかった。音で先の足場の様子がわかる。
「また光らないかなあ?」
 黄金の光、照明としても使えるのでは? と思ったのだが、期待に反して、もうラシャの手も体も光らなかった。
 二人と一頭はゆっくり進んでいった。
 シーボクは本来もっと速く進めるのだが、後ろのラシャに合わせてくれているようだった。
「着いた! 今、行く~」
 そう言って駆け上ろうとした瞬間、ラシャの足を乗せた岩が動いた。
「しまった」
 ここで落ちたら、もう間に合わない。今日中にもう一度登って目的地にたどり着くことは不可能だ。
「ラシャさま!」
 カミュは倒れかかるラシャに手を伸ばしたが、届かなかった。
 シーボクにくくりつけられたカミュには、もうどうすることもできない。
 クオ~ン。ラミナスも悲しげに鳴いた。
 ラミナスの後ろにラシャはもはやいなかった。
「ラシャさま! そんなあ……、あと少しだったのに」
 カミュの目からは涙があふれてきた。

 シーボクは首を前後左右に振り、どちらに行くべきか迷っているようだった。
 クオ~ン、クオ~ンと鳴き続けた。
 しかし、そのうち鳴き声が変わった。
 ググググッ、ググッ。
 また何事もなかったかのように進みはじめた。
 尾根を渡りきり、少し傾斜のある道を上り、黒岩岳山頂へと向かう。
「シーボクはあきらめが早いんだな」
 一瞬だけ、悲しそうに鳴いたものの、もうラシャのことなどどうでもいいように見える。やっぱり、しょせん動物……、そんなことを思いながらカミュはラミナスに揺られていた。

 黒岩岳頂上では、カミュを乗せたシーボクが上がってくるのを見たトールが元気な声を張り上げた。
「よおっ、間に合ったな」
 そして、ラミナスにもねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労さん。大活躍だな」
 グググググ
 シーボクは声色が単調で無表情だが、それでも褒められて喜んでいる様子が伺える。
 カミュの縄をときながら、ジンもうれしそうだ。
「よく上がってきた」
「ラシャさまとラミナスのおかげだよ。でも、ラシャさまは……」
 カミュはべそをかきながら、下を向いた。
「僕がどうしたって?」
「えっ?」
 カミュは顔を上げ、声のほうを見た。しかし、暗くてよく見えない。
 ラシャが近づいてきて、カミュの背に触れた。
 カミュは何度も瞬きした。ラシャの顔に触れて確かめた。
「すごい、どうやったの?」
「意外なやつが助けてくれたよ」
 ラシャはケインを指差した。
 ケインは袋を開けてごそごそしていた。
「ふん。借りを作りたくなかっただけだ。それに不合格になりたくないしな」
 縄をまとめて背嚢に仕舞っているところだった。
「あれを僕に投げてくれたんだ」
「もう少し遠かったら届かなかった」
 と少し照れくさそうなケイン。
「間一髪だったな」
 トールはケインの肩に手を回した。
 何かとジェスチャーが大仰なトール、このときもケインを抱きつぶしそうだった。
 

 風が吹いた。
 ラシャとカミュは身震いがした。
 雨はもう上がっていたが、濡れているので強風に当たると凍えるように寒い。
「とにかく、小屋に入れ。ここの小屋は狭いけどな」
 トールはカミュを抱き上げた。
 ラシャはその後に続いて小屋に入った。

 七人やっと入れるぐらいの小さな小屋だった。
「俺たち、受かったのかな?」
「さあな」
「剣山に帰るのが恐いな」
「じゃあ、このままここにいるか?」
 七人には必ずしも合格の自信はなかったが、冗談に笑いあう余裕が生まれていた。
  

 師匠たちも夜中までしっかり起きて受験者たちを監督・観察していた。
 剣山の《目》カズはすべてを報告し終わると疲れきって、机に倒れ伏した。見ること自体はいつもの仕事、たいした負担ではないが、今日は逐一実況報告しなければならなかった。
 しかも、周りからいろいろとうるさく注文が入る。入門担当師匠のゴンは教え子の行動が気になるし、初級のスズリもまた、まもなく担当することになるであろう現入門組の受験者を見たがった。
 上級担当のカブトは上級者についての報告を要求した。
 総長ナグールはとりわけラシャが気になるようで、ラシャが仲間から離れたときなど、カズは三箇所の報告を同時に行わなければならなかった。
「ご苦労さん」
 ゴンとスズリがねぎらって声をかけると、カズは顔を伏せたまま軽く手を上げた。
「なんとかたどり着いたようだ」
 ほっとしたゴンは椅子の背にもたれて大きく吐息をもらした。
「ぎりぎりだったな」
 ナグールもまた乗り出していた身を引き、椅子に深く腰掛けた。
「一応、合格ですか?」
 スズリは顎ひげを指に巻いていた。
「うむ、全員合格……か?」
 ナグールはその場の師匠たちを見回した。誰にも異議はないようだった。
「息が合っているとも、協調性があるともいえない組だが、奇妙な面白さがありますな。ぎりぎりのところで助け合うというか」
 スズリはまもなく自分の担当となる進級者たちをそう評価した。
「この試験を通じて助け合う関係ができたように思われます」
 ゴンはうれしそうだった。教え子たちの敢闘、何より中の悪いラシャとケインの和解(?)がうれしかった。
「そうかね」
 ナグールの瞳は暗く重々しかった。例によって遠くを見ているような目であった。

 第九章 『昇級試験』 完


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奥付



鳳凰の舞 10 ~昇級試験~


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著者 : 慈鈴(じりん)
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/jirin/profile


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