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 みゆき(M)「今年も広瀬川に灯篭流しの季節が訪れた。

あれからもう10回目の夏。

河原に設置されたステ-ジでは、浴衣姿の高校生たちが流行りの曲を器用に演奏している。

あの頃、私と隼人が通った高校は広瀬川のすぐ近くにあった。

放課後はよく河原に下りて小石を投げ合ったり、貝殻を探したり、ある時は授業を抜け出して、草むらに寝転んでただぼんやりと空を見ていたり。

そんな風にあの頃の私は日々のほとんどを隼人のそばで過ごしていた」 

 

   音楽(バンドの練習の音) 

 

隼人「今のところもう1回!」 

メンバ-たちの声(複数)「OK! 

 

   音楽(バンドの練習の音)

 

隼人「誠二、そこちょっと音ずれてねえか」 

誠二「わりい」 

隼人「もう1回行くぞ」 

 

   音楽(バンドの練習の音) 

 

みゆき(M)「日の射さない地下の小さなスタジオで、バンドの練習に明け暮れる隼人の横顔を、私はいつも見ていた」

 

隼人「よ-し今日は終わり! 

メンバ-たちの声(複数)「お疲れ」 

隼人「明日な」 

みゆき(M)「練習が終わり、誰もいなくな ったスタジオで、隼人と二人きりになれるほんの少しの時間だけが私のすべてだった」

 

隼人「悪い、みゆき。かなり時間オ-バ-だ な、暇だっただろ?」

みゆき「ううん。隼人たちを見てるだけで、 私楽しいから」

隼人「(笑)俺達動物園のサルかよ」

 

   缶ジュ-スのプルトップを開ける音

 

隼人「あのさ、みゆき」 

みゆき「ん?何?」 

隼人「俺さ、高校卒業したら東京に行くよ」 

みゆき「え…」 

隼人「決めたんだ」 

みゆき「大学はどうするの」 

隼人「大学には行かない。俺、やっぱり音楽 を続けたいんだ。このまま夢あきらめて田 舎の3流大学出てさ、どっか適当に就職して、サラリ-マンやって、そんな人生まっ

  ぴらなんだ。バンドの連中とも話し合った。 あいつらも一緒に行くって言ってくれてる」 

みゆき「東京に…」 

隼人「仙台にいたってチャンスなんか永遠にこないだろ。俺、どうしてもこの世界でプロになりたいんだ」

みゆき「隼人…」

 


 隼人必ずプロになって、みゆきを迎えにくる から」

 みゆき「でも…東京に行ったら、ずっと帰ってこないんでしょう」

 隼人「しばらくは帰ってこれないだろうな」

 みゆき「そうか、東京に行くんだ…」

 

みゆき(M)「私は、隼人のまるで自分自身に必死で語り聞かせているかのような言葉の前で、ただ黙り込んでいた。何か言わなくちゃ。心の中でそうあせればあせるほど、 何も言葉が出てこなかった」

 

隼人「わかってくれるよな」

 みゆき「うん…」

 隼人「(ホッとしてため息)でも俺、みゆきと離れるのが、一番辛いんだよな」

 みゆき「ねえ、隼人」

 隼人「ん?」

 みゆき「私も卒業したら、一緒に東京に行くよ」

 隼人「え?」

 みゆき「うん、決めた。私も東京に行く。いいでしょ」

 隼人「だっておまえ…」

 みゆき「私も隼人と離れたくないもん」

 隼人「でもみゆきは短大に進学するんだろ。 子供が好きだから、将来は保母さんになりたいって、いつも言ってたじゃないか」

 みゆき「それはそうだけど」

 隼人「それにおまえんとこの親がそんなもん、許してくれんのかよ」

 みゆき「どう…かな」

 隼人「無理だよ。それに東京に行くって言ったって、俺達何のあてもないんだぜ。おまえを連れてくなんてできないよ」

 みゆき「そんなことどうでもいいの」

 隼人「だけど…」

 みゆき「もう決めたの。私も隼人と一緒に東京に行く」

 隼人「みゆき…」

 

みゆき(M)「私を抱き寄せた隼人のぬくもりが悲しいくらい暖かくて。隼人の腕の中で私は短い夢を見ていた」 

 

   女子高生たちの声(放課後) 

 

みゆき「祐子。今日時間ある?どこかに寄ってかない?」

 祐子「いいけど…珍しいじゃん。みゆきの方からどっかいこうなんて。彼とのデ-トはいいのぉ?」

みゆき「ちょっとね。相談があるんだ」

 祐子「うん、いいよ」 

 

   ハンバ-ガ-ショップ。店内の音。 

 

祐子「相談って隼人くんのこと?」

みゆき「うん、実はね…」

  

   店内の音。

 

祐子「東京に?」 


 みゆき「そういうこと」

 祐子「でもみゆき、短大は?短大に進むんでしょう」

 みゆき「隼人と同じこと言ってる」

 祐子「だって・・もう願書出してるじゃない。 試験は来月だし、突然過ぎるよ」

 みゆき「進学、あきらめようと思うの」

 祐子「ええっ」

 みゆき「短大に行ったら、最低でも2年間は隼人と会えないわけでしょう。私、少し

 でも隼人と離れていたくないんだ」

祐子「気持ちはわかるけど…親にはもう話したの?」

 みゆき「それなんだよね」

 祐子「みゆきのお父さん、確か国家公務員だったよね」 

みゆき「うん」 

祐子「彼と付き合ってること知ってるの?」 

みゆき「ううん、話してない」 

祐子「ちょっと許してもらうのは難しいわね」

 みゆき「やっぱりそう思う?」

祐子「みゆきのお父さん、きびしそうだもん」

みゆき「そうだよね」 

祐子「ねえ、一体どうするつもりなの?もう1月も終わりだよ。試験もうすぐだよ。学

 校の方だって…そうだ、担任も説得しなくちゃ。できるの?これから進路を変えるん 

 だよ」

 みゆき「うん…」

 祐子「あのさ、人ごとだと思って言うわけじゃないけど。短大を卒業してから考えても遅くないと思う。その方が…」 

みゆき「ねえ祐子」 

祐子「ん?」 

みゆき「今私にとって一番大切なのは、短大に行くことでも、保母になることでもない。隼人なの。隼人が今の私の一番の宝物なの。隼人と離れ離れになってまで手に入れたいものなんかない。隼人がいなかったら何の意味もない」

 祐子「みゆき…」

 みゆき「いざとなったら私、家を出る覚悟でいるの。ううん、そうでもしなきゃ絶対東京になんか行けない。そのつもりなの」

 祐子「そこまで考えてるの」

 みゆき「祐子にだけはわかってほしいんだ」

 みゆき「みゆきがもう決めたんだったら何も言わないけど。でも大変だね」

 みゆき「何とか頑張るつもり。祐子」

 祐子「ん?」

 みゆき「応援してよね、祐子にしか言えないから」

 祐子「当たり前じゃない!」

 みゆき「サンキュ」

 

   テレビの野球中継の音。

 

   ガチャガチャと食器を洗う音。 

 

みゆき「あの、お父さん」

 父「おっそこだ、よし、打て。打て打て!」

 みゆき「お父さん話があるの」

 父「ちょっと待て。今いいとこなんだ」

 みゆき「進学のことなんだけど」

 母「お父さん。みゆきが何かお話があるみたいですよ」 

 

   巨人が凡退したことを告げるアナウンスの声。

 

   タバコに火をつける音。

 

父「全く。せっかくのチャンスが…で、何だって?進学?」 

みゆき「黙ってみゆきの話聞いてほしいんだけど。お母さんも座って」

 母「どうしたの。改まって」

 みゆき「みゆき、短大には行きません」

 母「ど、どういうことなの?みゆきちゃん。(父に)お父さん…・

 


父「おまえ、短大に行かないでどうする気だ。 専門学校にでもいくのか。それとも就職するつもりか。どっちなんだ」 

みゆき「どっちでもない。私卒業式が終わったら東京に行くつもりなの」

 母「東京ですって?何行ってるの、みゆきちゃん。ちゃんと説明してちょうだい」

 

みゆき(M)「私は両親に初めて隼人とのことを話した。隼人がバンドをやっていて、 プロになるために東京に行くこと、そして自分も彼についていくことにしたということを一気にしゃべりまくった」

 

父「おまえ、本気で言ってるのか」 

みゆき「はい、本気です」 

父「くだらないこと言うのはやめなさい。そんなことお父さんが許すとでも思っているのか。ばかばかしい」 

母「そうよみゆきちゃん。ばかなこと言うのはよして」 

みゆき「別にばかなことじゃない。本気だもん。私東京に行きます」 

父「いいかげんにしろ!いつまで言っているんだ」 

みゆき「いいかげんな気持ちで言ってるんじゃないの」 

父「おまえ、大体東京に出て一体どうするつもりだ?え?向こうで何をするつもりでいるんだ」 

みゆき「何って」 

父「生活はどうする気なんだ。バンドだか何だかしらないがそんな男と一緒にいてまともに生活していけると思ってるのか。18にもなって甘えたこと言うのはやめなさい」 

みゆき「でももう決めたことなの。お父さんに何て言われてもみゆきの考えはかわりません」 

父「勝手にしろ!その代わりそんなに東京でその男と一緒になるというならたった今この家を出ていきなさい。さっさとどこへでもいけ」 

みゆき「わかった」 

 

   階段をドタドタと駆け上がる音 

 

母「みゆきちゃん!待ちなさい」 

 

   ドアがバタン!と閉まる音。 

 

みゆき(M)「自分の部屋に入ると私は父との言い争いで高ぶった感情のまま、ボストンバッグに洋服や下着を詰め込み始めた」

 

母「みゆき?みゆきちゃん。開けなさい」 

 

   ドアをノックする音。 

 

母「あけるわよ」 

 

   ドアが開く音。

 

母「みゆきちゃん、何してるの」 

みゆき「出ていくの」 

母「出ていくってどこに行くのよ」 

みゆき「わかんないけど」 

母「今ね。お父さんとも話していたの。さっきの話、あまりに突然だったからお母さんたちも驚いたけど、頭ごなしに叱らないで みゆきちゃんの考えをじっくり聞いてあげようって。ね、だから待ちなさい」 

父「みゆき。家を出てどうするつもりなんだ」

 みゆき「…」 

父「答えなさい」 

みゆき「家を出ていけっていったのはお父さんでしょ。私は本気なの。家出したって東京に行く」 

父「まあいいから座りなさい」 

母「(ため息)」 

父「おまえが東京に行きたいという気持ちはよくわかった。わかったけれどもお父さんが思うのはそんなに急ぐ必要はないんじゃないかということだ。きちんと短大を出て から東京に出たってちっとも遅くはない。 そうだ、一度その隼人くんとかいう子を家 に連れてきなさい。話はそれからだ」


母「そうよ。みゆきちゃん。何で今まで隠してたの。親に内緒でこそこそ付き合うなんて良くないわよ」

 

みゆき(M)「私は黙っていた。隼人を親に紹介する気など全くなかった。そもそも隼人が家に来る訳がないし、両親が隼人のことを気にいってくれるとも思えない。両親にバンドのことなんか理解してもらえるはずがない。私はかたくなにそう思い込んで いた」

 

父「進学しないということについてはお父さんは何も言わない。他にやりたいことがあるというならそれでいい。しかしだ、おまえが男を追いかけて東京に行くために進学をやめるというなら話は別だ。わかるな」 

母「(ため息)」 

父「まあ良く考えてみなさい」 

 

   ドアの閉まる音 

 

みゆき(M)「父が決して許してくれないことは私が一番よく知っていた。それでも両親に自分の気持ちを伝えることができただけで私は満足だった。散らばったままの部屋で私は自分の思いがますます強くなっていくのを感じていた」 

 

   音楽 

 

隼人「悪い、遅くなって。寒いだろ」 

みゆき「平気」 

隼人「これからみんなと飯食いに行くんだけどおまえも行くだろ」 

みゆき「うん行く」 

隼人「家の方、大丈夫か」 

みゆき「大丈夫よ」 

 

   ラ-メンをすする音 

 

隼人「やっぱ冬はラ-メンに限るな」 

誠二「いよいよ俺達もあと1か月後には東京だな」 

春樹「いよいよだなあ」 

俊彦「ここまで来たらがんばるしかないっし ょ」 

春樹「東京かあ」

 

みゆき(M)「帰り道。風の音だけが鳴り響く真冬の公園を私たちははしゃぎながら歩いた。空っぽの学生カバンを私に預けたままバック転をしてはしゃぐ隼人を、目で追い続けるのが楽しかった」 

 

   隼人たちのはしゃぐ声 

 

誠二「は-疲れた」 

みゆき「もう騒ぎ過ぎだよ」

誠二「みゆきちゃんさ、東京でるつもりなんだって」

みゆき「聞いたんだ」

誠二「あいつ悩んでたぞ」

みゆき「隼人が?」

誠二「俺達東京に行くっていったって向こうでどうやって食っていくのかとか何も決まってないし。そんな状況で自分の彼女を連れていくとなれば男は悩むさ」 

 

   カサカサと落ち葉を踏みしめる音 

 

誠二「あいつ…みゆきちゃんと離れるってことでも相当悩んでたからな。みゆきちゃんが一緒に行くといってくれて嬉しか ったとも言ってたよ」 

 

   隼人たちのはしゃぐ声

 

誠二「本当に行くのか」

みゆき「どうして」

誠二「あいつは音楽も女もなんて器用にできる奴じゃないぜ」

みゆき「わかってる。けどそれでいいの。別に私何も望んでないから」 

 

   落ち葉の音。 

 

みゆき(M)「3月。卒業式。その日仙台の町は最後の力を振り絞るように細かい粒の雪がちらついていた。式が終わったその足で隼人たちは東京行きの電車に乗ることになっていた。私は、式が終わるとすぐ、泣いている同級生の間を通り抜けて駅へと急いだ。いつのまにか私の制服の肩にも雪が積もっていた」 



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