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 隼人「うん。あ、今からメンバ-とデモテ-プ作り直すから今日はそっちに帰れない

 かもしれない。たぶん徹夜になる」 

みゆき「わかった。頑張ってね、隼人」 

隼人「サンキュ」 

 

   電話を切る音 

 

みゆき(M)「久しぶりに聞く隼人のはずんだ声。仙台にいた頃よく聞いていた、高校生の頃の隼人の声。私は隼人が隼人に戻ってくれたことがただ嬉しくて。はしゃいで いた」 

 

   ガチャリとドアが開く音

 

隼人「みゆき!やった!やったよ」 

みゆき「何、どうしたの」 

隼人「俺達もしかしたらマジにデビュ-できるかもしれない」 

みゆき「ほんとに?」 

隼人「うん。言っただろ、この前プロデユ-サ-に声かけられたって。その人、じっ

 くり俺達のテ-プ聞いてくれてさ。そしたら、曲はまだまだだけど、歌詞が素直でい

 いってほめてくれて。そんで、俺の声質は今の時代に合ってるから受けるかもしんな

  いなって」 

みゆき「すごい…すごいよ隼人!やったじゃない」 

隼人「ああ。何か突然チャンスが巡って来たって感じで・・。夢みたいだな」

 みゆき「何言ってるの、隼人たちの実力でしょ。才能が認められたんだよ」

 隼人「うん、みゆき、もし俺がデビュ-したらさ、おまえ仕事やめろよな。それでさ、こんな狭っ苦しい部屋さっさと出て広-いマンションで暮らそう」 

みゆき「最高」 

隼人「もう少しだもう少しだからな、待ってろよ、みゆき」

 

みゆき(M)「それから、信じられない程とんとん拍子に隼人たちのデビュ-が決まった。バンド名は『政宗』。隼人たちに声をか けたというプロデュ-サ-がメンバ-の出身地にちなんでつけたそうだ。目の前に敷かれた一本のレ-ルの上を隼人は全速力で 走り出した。同時に隼人が部屋に帰らない日も多くなってきた。それでも私の中では寂しさより嬉しさの方が勝っていた。もう隼人の沈んだ声を聞かなくてもいい。隼人がようやく夢に向かって歩き出したんだから。それに隼人は「もう少し」と言ってくれた。もう少し待っていればずっと二人で いられるんだ。私は唇をかみしめるようにして一人の時間を過ごしていた」 

 

   ガチャリとドアが開く音

 

みゆき「お帰り隼人。最近帰らないから… 良かった。今夜は一緒にご飯食べられるよ

  ね」 

隼人「うん。食うよ」 

みゆき「すぐ何か作る」 

隼人「みゆき。俺さ、とりあえずここ出るわ」 

みゆき「出るって?」 

隼人「マネ-ジャ-が、マンション借りてくれるっていうんだ。まだメンバ-たちと一 緒だけど、前のアパ-トとは全然違うし、それに俺、一応芸能人になったんだぜ。いくらなんでもこんなところじゃまずいだろ」 

みゆき「私は…?どうしたらいいの?」 

隼人「まだ、みゆきと暮らすことはできないよ。マネ-ジャ-の奴がうるさくてさ。で ももう少しだ。俺の曲が売れて誰にも文句を言わせない立場になったらみゆきを呼ぶからさ。それまで悪いけどガマンしてくれ、 な」 

みゆき「うん。待ってる」


 みゆき(M)「私は自分に言い聞かせるようにうなづいた。もう少し。もう少し待って いれば―。翌日。隼人は部屋を出ていった」 

 

   音楽 

 

みゆき(M)「隼人たちはデビュ-してすぐたちまち人気が出た。それまで毎日のようにあった隼人からの電話が2日おきになり3日おきになり、1週間連絡がとれない時

  もあった」 

 

   電話の音 

 

隼人「はい」 

みゆき「隼人?ごめんね仕事中に。最近ずっと電話くれないからどうしたのかと思って」 

隼人「悪い。今めちゃくちゃ忙しいんだ。取材とかの仕事も増えたし、曲も作らなきゃなんねえし」 

みゆき「そうだろうけど…声が聞きたくて」 

隼人「俺・・・もう前みたいにみゆきと会えな いかもしれない」 

みゆき「どういうこと」 

隼人「マネ-ジャ-にくぎ刺されちゃってさ。女はまずいって」 

みゆき「え?何?意味がわかんないよ」 

隼人「ほら、俺ら今が一番大事なときだろ。の子のフアンも増えてきてるし、移動の時なんかキャ-とかいわれちゃって結構大変なんだ。そんな時に女がいることがばれると人気に影響が出るっていうかさ」 

みゆき「…私はどうすればいいの?」 

隼人「できれば…仙台に帰って欲しい」 

みゆき「隼人。本気で言ってるの」 

隼人「勝手なのはわかってる。みゆきは何も悪くない。でもやっとつかんだチャンスなんだ。こわしたくないんだ。わかってほしい」 

みゆき「そのためには私が邪魔だっていうの」 

隼人「そんなことないよ。けど、仕方ないだろ。みゆきだって俺がここまでくるのにどんなに大変だったかわかってくれてたよな。な?頼むよ」

 

 みゆき(M)「心の中で何かが音を立てて壊れていくのがわかった。お腹の中に小さな命が芽生えたことに気がついたのはそれから数日後だった」 

 

   駅のホ-ムの音

 

   急いで走っている音 

 

誠二「みゆきちゃん…みゆきちゃん!」 

みゆき「誠二くん」 

誠二「良かった間に合って。今日仙台に帰るって聞いたから」 

みゆき「わざわざ来てくれなくてもいいのに。忙しいんでしょ?」 

誠二「俺…あいつのこと絶対に許さないよ」 

みゆき「誠二くん」 

誠二「あいつ今周りに流されて自分のことが見えなくなってるんだ。これまで支えてくれたみゆきちゃんにこんな仕打ちするなんて俺は許さない」 

みゆき「もういわないで。何かよけいみじめになっちゃう」 

誠二「あ、ごめん俺そんなつもりじゃ」 

みゆき「結局は全部自分が決めたことだから。隼人を追いかけて東京に来たのもこうして田舎に帰るのも。誰のせいでもない」 

誠二「ごめんな俺、何も力になってやれなくて」 

みゆき「そんなことない」 

誠二「あのさ、みゆきちゃん。間違ってたらごめん」 

みゆき「何?」 

誠二「みゆきちゃん…もしかして妊娠してる …なんてことないよね」 

みゆき「(驚いて)どうして…?」 

誠二「やっぱりそうなのか?実はこの前偶然 産婦人科からみゆきちゃんが出てくるの見かけて、それで…もしかしたらって」 

みゆき「そう…」 

誠二「隼人はこのこと知ってるのか?」 

みゆき「ううん。知らせてない」 

誠二「何でだよ!早く知らせた方がいいよ、そしたらあいつだって・・」 

みゆき「いいの」 

誠二「いいのって・・どうするんだよ。俺が こんなこと言ってもしょうがねえけど、こういうのって早い方がいいんだろ。俺、何言ってんのかよくわかんねえけど」

 みゆき「隼人には黙ってて」 

誠二「一人で、どうするんだよ」 

みゆき「もう決めてるから」 

誠二「ほんとにそれでいいのか」 

みゆき「うん」 

誠二「あいつに何か言いたいことがあったら-」 


 みゆき「ずっと。応援してるからって。そう言ってて」 

誠二「わかった…伝えとく」 

 

   電車の音 

 

みゆき(M)「私は北へ行く電車に乗った。小さなバッグ2つと夢だけを持って東京に来た18の春。もうあれから3年の月日が流れていた。私は21歳になっていた」

 

父「帰ってきたのか」 

みゆき「はい。お父さん、私―」 

父「とにかくもう遅い。今夜はゆっくり眠りなさい」

 

みゆき(M)「久しぶりに会った父は増えた白髪の分だけ何だか優しくなったような気 がした。3年間ろくに連絡もせず、突然帰ってきた娘に、何も言わず黙って背中を向

  けた父に私は心の中で何度も頭を下げた」 

 

   音楽 

 

佐野「おまえたち最近どうした?今度の曲30位にも入ってないぜ。このままだとよくある一発屋で終わっちゃうぞ」 

隼人「俺はいいバラ-ドだと思いますけどね。これからですよ」 

佐野「おまえら今度もだめならもう仙台に帰れ」 

隼人「そんな!」 

佐野「CD売れない奴に金かけられるほどこの世界甘くないんだよ」 

隼人「待って下さい」 

佐野「とにかく次で最後だ。いいな」 

 

   ドアが閉まり、佐野が出ていく音 

 

隼人「ちくしょう、手のひら返しやがって!」 

誠二「隼人」 

隼人「何だよ」 

誠二「今のおまえには、どんなに努力しても人の心に響くような曲は作れないんじゃないか」 

隼人「なんだと」 

誠二「ちょっと話がある。こいよ」 

 

   ドアが閉まる音 

 

隼人「話ってなんだよ。誠二」 

誠二「みゆきちゃんのことだよ」 

隼人「みゆきの?あいつがどうかしたのかよ」 

誠二「俺、みゆきちゃんに頼まれたからずっと黙ってたけど。今ならもう話してもいいんじゃないかって」 

隼人「だから何だよ。じれってぇな」 

 

   タバコに火をつける音

 

誠二「おまえ、みゆきちゃんのこと一体どう思ってんだよ。あんなにおまえのこと信じてずっと俺達支えてくれたのに一人ぼっちにさせてさ、何とも感じねえのかよ」

 隼人「うるせえな。そんなことおまえに関係ねえだろ。俺もう帰るぞ。おまえとくだらねえ話してる暇ねえんだよ」 

誠二「まてよ。俺、おまえがみゆきちゃんと別れた時心底おまえを許せねえと思った。でもおまえの才能はみとめてた、だから政宗に残った。でもてめえの女一人幸せにできないやつがよ、そもそもラブソングなんか歌えるわけねえんだよ」 

隼人「うるせえ。おまえに俺の気持ちなんかわかんねえよ。女にうつつぬかしてたらな、すぐに誰かに追い越されちまうんだよ。佐野のやつも行ってただろ。甘くねえんだよ」 

誠二「みゆきちゃん、妊娠してるぜ」 

隼人「え」 

誠二「俺のカンだけど、みゆきちゃん生むつもりだと思う。まだどっかでおまえを待ってるんじゃないかな 


隼人「嘘だろ…だってあいつ仙台帰る時一言もそんなこと・・」 

誠二「子どもをダシにしておまえを引き止めるようなことしたくなかったんじゃないのか。あの子、そういうとこあるだろ」 

隼人「みゆき・・」 

誠二「せめておまえに黙ってたみゆきちゃんのそういう気持ち、わかってやれよ。」

 隼人「…」 

誠二「俺、正宗ぬけるわ。もうおまえにはついていけない」 

 

   誠二が出ていき、ドアの閉まる音 

 

隼人「みゆき・・ごめん、俺・・ごめんな」 

 

   川の流れる音 

 

隼人「ここに来ると高校生の頃を思い出すな」 

みゆき「よく授業サボって二人できたよね」 

隼人「そうだな。もうずいぶん昔のような気 がするよ」 

みゆき「だってもう昔だもん」 

 

   小石が川に沈む音 

 

隼人「みゆき」 

みゆき「ん」 

隼人「悪かった」 

みゆき「隼人」 

隼人「俺、自分のことしか考えてなかった。おまえのこと考えてやれる余裕がなかった。ほんとに自分勝手だった」 

みゆき「謝るなんて隼人らしくないよ」 

隼人「ほんというと俺こわかったんだ。おまえがそばで支えてくれればくれるほどこわかった。このままはいあがれなくなるような気がして。でも誠二に言われてわかった。俺は結局みゆきに甘えてたんだ。男だったら全部引き受けて歩いていかなきゃきゃい けないんだよな」 

みゆき「隼人」 

隼人「仕事が残ってるからどうしても今夜中に東京に戻らなきゃなんないけど、またすぐ迎えに来る。そしてもう一度俺とおまえとお腹の中の子どもと3人で暮らそう」

 みゆき「え…」 

隼人「絶対に迎えに来るから」 

みゆき「ほんと?信じていい?」 

隼人「うん。みゆき。今度こそ幸せにする」 

みゆき「隼人・・」

 

みゆき(M)「広瀬川は抱き合う私達のそばでいつもと変わらずに、流れていた。遠い海を目指して、ただひたむきに流れていた」 

 

   高速道路の音

 

   車が急ブレ-キをかける音

 

   ガシャ-ンと激しく車のぶつかる音 

 

みゆき(M)「東京に向かう途中で隼人の乗 った車が事故にあったという知らせを受けたのはそれから2時間後だった。まだ私の肩に腕に髪に隼人のぬくもりが残ってい 

 た」 

 

   雨の音

 

   お経を読み上げる声 

 

誠二「みゆきちゃん、これあいつの部屋にあったテ-プ。たぶんみゆきちゃんのために作った曲だと思う」 

みゆき「隼人が私のために?」 

誠二「あいつが生きていたらみゆきちゃんに真っ先に聞いてほしかったんじゃないか

  な」 

 

   音楽(隼人が歌っている)

 

みゆき(M)「テ-プからは隼人の歌声が流れてきた。もう隼人の身体はこの世のどこにもいなくなってしまったのにこの中には隼人が生きている。私は隼人が死んでから初めて声を上げて泣いた」

 

みゆき「(泣く声)」

 

みゆき(M)「皮肉なことに『政宗』は隼人が死んだ後、再び人気を盛り返した。隼人の残した曲はメモリアルソングとして若者の間で話題に上りたちまちヒットチャ-トをのぼりつめた。それから1ヶ月後、残されたメンバ-たちは突然『政宗』の解散を

  ファンに告げ、芸能界から静かに消えていった」 

 

   広瀬川。ブラスバンドの音楽と人々が行き交う声。 

 

誠二「ここは変わらねえな。俺たちはずいぶん変わったのに。広瀬川だけはあの頃のままだ」

みゆき「他のみんなは元気なの?もう何年も会ってないけど」

誠二「春樹はあのまま東京に残ってサラリ-マンやってるし、俊彦は結婚してこっち

 にいる。確か嫁さんの実家の会社を手伝ってるはずだよ」

みゆき「誠二くんは?」

誠二「俺?家業ついで和菓子屋の若旦那」

みゆき「誠二くんちのお菓子おいしかったもんね。あの頃良く食べた」

誠二「結局隼人だけが今でも21のままか。何もかもが夢だったのかもしれないな」 

 

みゆき(M)「私は息子の圭太と一緒に灯篭をそっと水辺に置いた。オレンジ色の光が川に溶け合うようにゆっくりと流れに沿って滑り出した」 

 

圭太「ねえ、お母ちゃん。これってどこまで流れて行くの?」

みゆき「お父さんのいるところまでよ」

圭太「ふうん」 

 

みゆき(M)「灯篭は何度か草むらに姿を隠しながらやがて見えなくなった。圭太の肩 を抱きながら『隼人に帰って来て欲しい』 私は痛切にそう思った。できるなら私も強くなりたい。どんな時でも淡々と流れ続けるこの広瀬川のように。10年の時が流れ、今ようやくすべてのシ-ンが想い出という名に形を変えて私の中を通り過ぎていっ た」 

 

   音楽 


この本の内容は以上です。


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