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知らぬ間にわたしたちはことばの意味を拡大解釈していたのだ。

ほぼ誰も振り向かない場所ならば表現の場は開かれているということである。

 

 

 

 

自己探求だけなら作品は日記に書けばいい。↓


 

 

自己探求だけなら作品は日記に書けばいい。それをしないのは他者を求めているからだ。作品を人にみせたい、できれば多くの人に、というのは自己顕示欲を満たすこと以外に、人から認められたい、褒められたい、好かれたいという思いが必ずある。だから、人は表現を見てもらいたくないと感じつつ恐れ恐れながらも人に見てもらいたいのだ。

 

 

 

 


 なんでもできるぞというのは便利なことば。言いかえると「おまえずっとたまねぎ剣士だぞ!」っていわれているようなものである。

 

つまり、ばかにされているのだ。

 

 

 

 


 が、そんなマネごとできるか、って話である。前の世代がやったことをなぞるなんてダサくて出来るわけがない。なぜならば、わたしは「今」生きているからだ。

 


 

なんでもできる時代だからやれることではなく、なんでもできるといわれてる時代にできないとされていることをやらなければいけない。それが、上の世代から解き放たれる唯一の方法である。

 



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