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「いまどこなの、テレビの臨時ニュース見たでしょ」
「いや、家にいるけど、ニュースは見てない」
「じゃあ、いますぐにテレビをつけて。どこのチャンネルでもいいから」

 俺は、わざとだるそうな返事をしつつ、テレビをつけた。

 実物以上の大きさで大画面テレビに映し出された男性のアナウンサーが、何やら深刻そうな面持ちで警告を発している。
「大陸から核ミサイルが多数発射されたんだって。そのうちの何発かが東京に向かっているらしいの。あと数分しかないから、あなたは急いで地下駐車場に避難して。私はたまたま伊豆でロケだったから、大丈夫だから」

 携帯電話の向こうから女が急かしたてる。

 なんだって、冗談じゃないぞ。いっきに酔いが醒めた。
「自衛隊か米軍が迎撃するんじゃないのか」
「全部を迎撃するのは無理かもしれないって。だから、とにかくいますぐに避難して」

 


 画面の中ではアナウンサーが、一人でも多くの人に危機を伝えねばならぬという使命感からなのか、いまだに警告を発し続けていた。彼は、殉職するつもりなのだろうか。いや、他人のことを気にしている場合ではない。俺もいますぐに逃げなければ。
「必ず生きのびてね、愛しているわ」

 泣き声まじりになった女を適当にあしらい、携帯電話を切った。映画でいえば、ひとの愛情の深さを表現するだいじな場面であるのだろうが、なにせ俺はその女に一度も逢ったことが無いのだから、致し方ない。

 それにしても、せっかく手にした幸運が、こんなにも早く崩れ落ちてしまうなんて。

 巨大な夜景の窓ガラスに、ソファから立ち上がる俺が映っていた。

 その落胆したスウェット姿のむこうに、閃光が奔った。

 瞬間、視界がハレーションを起こし、俺の淡い幸福はすべて、光の中で消え去った。

 

 

 


 オンボロアパートの一室で、部屋に似合わぬブランド服を着た男がつぶやいていた。
「あぶない、あぶない。あわや、全面核戦争に巻き込まれるところだった。もしあいつがもう少し物分かりの悪いやつだったら、完全にアウトだっただろう」

 せまい部屋の中をひと通り物色したが、案の定、たいした物も金も見当たらなかった。だが、男はさほど気にするでもなく、どっかりと畳の上にあぐらをかいた。
「やはり政治家への献金はしておくものだな。あの政府閣僚からのリークが無ければ、いま頃は地獄の一丁目だった。金と政治家は使いよう、ということだ」

 男が上着の内ポケットから携帯端末を取りだし、いくつかの操作をすると、画面に何やらリストが表示された。
「いままでに手にいれた、この膨大な特許技術を登録すれば、こちらの世界でもすぐに富豪になれるだろう。金があれば、地位も美しい女も手にはいる。もとの生活レベルに戻るのはあっと言う間さ。さて、それはそうと、落ち着いたら少し腹が減ってきたな」

 


 男は散らかった台所からカップラーメンを見つけだし、お湯を注いだ。

 三分間待つあいだに縄梯子の点検を素早くすませ、携帯端末の画面を指で軽くたたいた。すると縄梯子が音もなく天井板へと吸いこまれていき、まるで何ごとも無かったかのように、ただのオンボロアパートの一室へと戻った。
「この世界で三つ目か。なかなかまともなパラレルワールドに巡りあえないなあ」

 携帯端末を上着の内ポケットに戻し、息を吹きかけながら麺をすすりはじめる。

 その時、玄関の呼び鈴が鳴った。

 食べはじめたばかりだし、借金取りだと面倒臭いので、男は居留守を決めこむことにした。しかし、相手はなかなか諦めない。扉が激しくノックされた。

 どうやら居留守の目論見は、この相手には通じないようだった。それどころか、とうとう鍵が解錠されて、いきなり数人のいかつい男たちがなだれ込んできた。


「なっ……」

 男は、ほお張った麺を口から垂らしたまま、抵抗する間もなく身柄を取り押さえられていた。

 一団のうちの一人が、男の上着の内ポケットから携帯端末を奪いとり、他の者が部屋の隅に置かれていたノートパソコンを調べはじめた。
「警部、政府サイトおよび防衛省へのアクセスの痕跡を確認。大陸国のサーバーへ侵入、工作の形跡もあり。やはり間違いありません」
「そうか。ようやく捕まえたぞ、サイバーテロリストめ。お前のせいで日本は、危うく核戦争に巻き込まれるところだったんだ。外患誘致罪で死刑になるがいい」

 警部はそう言うと、男の両手首に手錠をかけた。

 男は目を白黒させながら、食べかけの麺をゴクリと飲みこんだ。







 


この本の内容は以上です。


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