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【9】疑心暗鬼の牛

第1話はこちらからご覧ください。

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**************

 その後も、美月は、ふと思い出したように泣きだした。特に、話したり、料理をつくったり、誠と一緒に楽しく過ごしたりしているときに、突然そうなる。
 本人は、何とかこらえている様子だが、目や声の潤み、鼻水をすする仕草で明らかに泣いていることが分かる。
「美月さん、どうしたの?」
 と、誠が聞けば、
「うんん? 大丈夫、何でもない……」
 と、首を振るばかり。
「何でもないわけ、ないじゃない……。身内に不幸でもあったの? ふるさとのことを思い出してるの?」
 と、誠が問いかけても話してくれない。
「ご、ごめんなさい……。本当になんでもないの……」
 と、謝るばかりだった。
(美月さんは俺のことで泣いているんじゃないか? 俺に何か起こるのか? 何か知ってて隠しているのか?)
 やがて誠は、そんな疑念を持つようになったが、美月を問いつめるようなことはしなかった。泣いている美月に追い討ちをかけて苦しめるようなことはしたくなかった。
 しかし、次の日曜日、誠は美月が泣く理由の小さな手がかりを得た。
 ――日曜日。海の見える喫茶店。大きな丸いテーブルを老若男女8人が囲んでいる。
 中村豊(ゆたか)とその妻、息子、娘、田中明(あきら)と幸子(さちこ)の夫妻、鈴木真由美(まゆみ)、そして渡辺誠。女子中学生の佐藤麻衣(まい)の姿はない。
〈カチャ……〉
 コーヒーカップがソーサーに触れる音がする。豊はカップから手を放した。
「巨大散布船を落とせたの、ウチのチームだけだったらしい……。また後日、作戦があるかもしれないので、そのときは、また、みなさんの協力をお願いしたい」
 小さく頭を下げる豊。他の者もうなずいてそれに応じた。
「それより、今日みなさんに集まっていただいたのは、気になることを耳にしたからなんだ。麻衣ちゃんに連絡が取れないんだ。誰か、何か、聞いてるかな?」
 豊の問いに沈黙するアルダムラの面々。いぶかしそうに互いに顔を見合わせるだけだ。
「マコッちゃんは?」
「いえ……。なにも……」
 豊の問いに誠は首を小さく振った。
「鈴木さんは?」
「いぃえぇ」
 真由美は語尾を少し上げて答えると、おもむろに立ち上がった。
「すいません……。今日活動がないなら、私、帰りますけど……」
「ああ、ごめんね、呼び出して……。あとひとつ聞きたいことがあるんだけど……」
「何でしょう?」
「カイシュウ……って言葉聞いたことある? 案内人とかから……」
「カイシュウ……」
「アルダムラの装置を回収するという意味らしい」
「いいえ、別に……」
「そうか……ありがとう……。あっ……この前のおつり……」
「それで……今日の紅茶の分出しておいていただけます? 足りると思いますので……」
「ああ、わかった……」
「それでは……」
 会釈をして、豊の子どもや幸子に小さく手を振ると、真由美は席を立った。
〈チリンチリン……〉
 ドアのベルの音が聞こえる。真由美が店を出ていった音だ。
「さて……と……。鈴木さんがいない、いまがちょうどいい機会だと思うんだが……」
 と、切り出す豊。田中夫妻がうなずいた。しかし、誠だけは違った。
「えっ……?」
 と、誠から向けられた疑問の視線を受けて、豊が説明をはじめた。
「僕と田中夫妻は、われわれにアルダムラを与えてくれたイケット人が、善意を装っているだけで、結局われわれを『牛』扱い……実験ネズミ扱い、しているだけなんじゃないかって疑っているんだ……」
 とまで言って、豊は誠の表情をうかがった。誠は表情を変えずに豊をじっと見ている。話の続きを田中明が引き取った。
「……まえにな、中村さんとこの話になったとき、鈴木さんがえらく血相を変えてな……。乱暴に席を立ってしまったんだよ。あれはかなり怒っていたなあ……」
「ええ、鈴木さんは向こうの案内人とかなり仲がいいみたいですからね。そういう話は、聞きたくなかったんでしょう……」
 豊が言った。
「そうなんですか……」
 誠がつぶやくように言った。その視線は、コーヒーカップの中に注がれている。豊が続ける。
「……われわれとしては、互いに利用し合う関係を築きたいと思っていたんだが、その『回収』とやらで、世界中の何人かと連絡が取れなくなっている……。ただ、アルダムラを取り上げられるだけじゃなくて、殺された者もいるらしい……」
 とまで言って、豊はコーヒーに口を付けた。説明して口の中が渇いたらしい。説明はさらに続く。
「……こうなったら、アタキム人にもお引き取りいただく方向で世界中の仲間と話し合っている。まあ、まずはイケットのヤツらからだけどね……」
「そうですか……」
 と、つぶやいた誠は、美月のことを思った。
(俺も……回収リストに……入っているのかも……)
 しかし、この場では口に出さなかった。
 豊が話を続ける。
「今日の帰り、麻衣ちゃんの実家に行ってみようと思う。住所を聞いてあるから……」
「あっ……俺も行きます……。ついていっていいですか……」
「うん、いいとも……。じゃあ、これから行ってみようか……」
 ――曲線を多用したデザインで豪華な天蓋(てんがい)付きのベッド。近未来的なデザインだが、彼らにとっては当たり前のつくりだ。
 そこに、あの『美青年』、管理官のヨーグが仰向けで寝そべっていた。全身裸で腰に薄手の布を掛けている。
 布の下にもう2人いた。
 ひとりは、歳のころ20代前半のショートカットヘアーの女性。真由美ではない。別の女性だ。もうひとりは7~8歳の男の子。彼はいつもヨーグのそばにいるようだ。2人とも裸でヨーグにぴったりと寄り添っている。
 当のヨーグは、腕輪状の装置を額にあてて誰かと母国語で話している。
「アノ被験者ノ少年ハ、ソバニイルカイ?」
「ソウカ、ソレハ都合ガイイ……」
「コノ前ノ話ダケド……ドオ……? 応ジテクレソウカナ? モウ回収ヲ済マセタ人ハ、ダイブ、イルンダケド……」
 ヨーグは、自分の胸に頬をすり寄せる女性の頭をなでながら話していた。女性は甘えた表情でヨーグの腹を触っている。
「回収シテイナイノハ、君クライダゾ……。彼ハ、10体分以上ノ価値ガアル。研究員ノ間デモ評判ダヨ……。想定以上ノ性能ガ発揮サレテイルッテ……」
「タッタ1体デ、大型艦ヲ沈メタソウジャナイカ……。彼ノあるだむらハ、研究ニ不可欠ナンダ」
「ワカッタ……。イヤ、今度直接彼ニ会イニ行クヨ……。イヤ、モシカシタラ人ヲ送ルカモ……」
「オイオイ、泣カナイデオクレヨ……。僕ガ悪者ミタイジャナイカ……。ジャア、頼ムヨ」
 と言って、ヨーグは、額から腕輪を外し、ため息を漏らした。
「フウ……。全ク面倒ナ女性ダ……」
「フフフ、管理官ト、アノ女、アマリ反リガ合ワナイヨウデスネ」
「マア、ソウダネ……。特ニ彼女ノ『兄』トハネ……」
 上半身を少し起こすヨーグ。その胸を愛撫していた女性も体を起こした。
「にーじゃ。キミノ担当シタ女ノ子、ヨク素直に従ッタナ。手ナズケ方ガ、ウマインダネ」
 ニージャとは、このショートカットヘアーの女性の名だ。彼女が顔をヨーグに近づけた。
「ダッテ、彼女ノ、オ姉サンダモノ……。新シイ装置ヲ付ケテホシイッテ言ッタラ素直ニ聞イテクレタノ……」
 と言って、ヨーグに口づけをするニージャ。
「イイ子デショ? コノ子ミタイニ……」
 と、今度は幼い少年にもキスをした。
「ヘエ……」
 満足そうな表情を浮かべたヨーグは、その様子をほほえましく眺めていた。
 ――昼下がりの里山。少し黄色味を帯びた青い空。白い雲。低い山に囲まれた狭隘(きょうあい)な平地に広がる田畑。田園風景を知らない者さえ、郷愁を誘いそうな風景。日本人の遺伝子に刻み込まれた古い記憶を呼び起こしそうな風景。
 そこに、体育座りをして遠くの山をぼんやりと眺める少女がいる。麻衣だ。
「まあいちゃんッ!」
 背後から呼びかける男性の声に振り向く麻衣。声の主は豊だった。語尾を上げた豊の言葉には親しみが込められていたが、麻衣の表情は乏しかった。
 豊の左右には田中夫妻と誠の姿もある。
 その乏しい表情のまま、おもむろに立ち上がる麻衣。
「僕らのこと、覚えているかい?」
 という豊の質問に、かすかな笑顔でこくりとうなずく。
 麻衣の反応に他の者たちも笑顔でうなずいた。その表情には安心した気持ちも現れていた。
 誠のそばに歩み寄る麻衣。何も言わず、両手で誠の右手を優しく握ると、にっこりと笑った。しかし、言葉はない。
 誠の方も、何と声をかけたらいいのか分からなかった。ただじっと、笑顔を麻衣に向けていた。
 鼻を何度もすする音がする。音のする方をちらりと向く誠。静かに泣いていたのは幸子だった。
「こんな短期間で、『ウシ化』してしまうものなのか……」
 と、つぶやく豊。
「ウシカ……?」
 明が聞き返す。
「いや……。イケットの粒子がこんなに早く効くものなのかと……」
「そうだね……。意図的に粒子を吸わせて、ここに返したのかもしれないね……」
「田中さん……。ウチラの案内人に直接聞いてみますか……。少々荒っぽくなるかもしれませんが……」
「そうだね……。聞いてみようか……」
「マコっちゃんはどうする?」
 豊が誠の方を見た。
「お……おれは……」
 と、口ごもる誠。何と答えたらいいか分からない。
「いや、いいんだ。軽率なことはするな。僕たちの案内人と違うからな……。何か分かったら教えるよ。それまではくれぐれも気をつけろ。油断するな」
「あっ……はい!」
 誠の手は麻衣にずっと握られたままだった。
 ――12畳ほどの広さのワンルーム。床はフローリングで整理整頓が行き届いているが、調度品はカラーボックスなどで非常に庶民的だ。
 部屋に不似合いなほど豪華なベッドから女性のなまめかしい声が聞こえる。やがて、大きなよがり声が短く聞こえたかと思うと、
「うふふふっ……」
 忍び笑いになり、ふと静かになった。
 『果てた』表情で仰向けに寝ているのは、真由美だ。胸のあたりまで薄手の布がかかっている。
 そのそばで顔を寄せているのは7~8歳の男の子。いつもヨーグのそばにいる幼い少年だ。うっとりした表情で真由美の横顔を見ている。
 ヨーグもベッドにいた。体を少し起こした状態で掛け布に入っていて、いとおしそうに2人を見ている。
「ちょっとお願いがあるんだけどいいかな……」
 と、日本語で話すヨーグ。優しく甘えるような声で言いながら、真由美の頭をなでた。
「なに?」
 甘ったるい声で返事をする真由美。
「問題のあるアルダムラがあってね……。それを回収しなければならないんだ……。キミも知っている顔だと思うから、キミから説得してくれないか?」
 と言いながら、幼い少年の頭もなでた。
「うん」
 年齢30代前後の彼女は、思春期の少女のような表情を浮かべていた。
「回収にすんなり従ってくれるといいんだけど、同じ人間だからね……。そうでないこともある。適性というか……そのアルダムラの性格的にね……。そのときには、この子と協力して強制的に回収してほしいんだ……」
「強制的にって……あっ……」
「ありがとう……。察しがいいね……。大丈夫……、今まで回収した7体のアルダムラの性能を集約した試作機を用意するから、そんなに難しくないはずだよ……」
「うん……分かった……やってみる……」
 こくりとうなずく真由美。その目は『恋する乙女』という表現がよく似合う。
「いやっ……ちょっと……いまはダメ!」
 真由美の表情がもとに戻る。体を密着させていた幼い少年が彼女の胸にいたずらしたのだった。
 ――ひと気のないシーズンオフの公営プール。水が緑色に汚れている。
〈カラカラカラカラカラ……〉
 ディーゼルエンジンのアイドリング音が聞こえる。荷台付きの小型クレーン車だ。
 クレーン車のそばには、中村豊と田中夫妻が立っている。
 クレーン車からは、アウトリガーと呼ばれる『脚』が出ていて、クレーンブームと呼ばれる『腕』も高くのびていた。
 クレーンの『腕』の先をたどると、垂れたワイヤーの先に檻(おり)がぶら下がっている。大型獣用の罠(わな)か何かだろう。その下には緑色に変色したプールの水がある。
 檻(おり)の中には男性が入れられていた。
 こざっぱりとした背広を身に着け、眼鏡をかけている。レンズ越しの輪郭がゆがんでいないところを見ると、ダテ眼鏡のようだ。
 檻(おり)の中で体育座りをしている。両手両足をガムテープのようなもので縛られているためだ。おびえている様子は一切ない。
 男性は落ち着いた声で口を開いた。
「さあ、聞きたいことって何かな……?」
 その声の大きさは、〈カラカラカラ……〉と聞こえるクレーン車のアイドリング音でかき消されそうなほどだった。
 相手の声がはっきりと聞こえるようにと、檻(おり)に近づく豊。
「さっきも言ったが、われわれの知りたいことは真実だけだ!」
 アイドリング音に負けないように大声で言った。
「答え次第で、どうこうしようとは思っていない。だが、嘘(うそ)はついてほしくない……。その仕掛けも、プールも、単なる保険のためだと思ってほしい!」
 豊の言葉に、檻の中の男性は特に何も反応しなかった。質問を待っているようだ。
 豊が続ける。
「……『回収』という言葉を聞いたことがあるか!?」
「カイシュウ……?」
 豊の言葉に、男性は、いぶかしそうな表情を浮かべた。
 男性の反応を見て明の方を向く豊。明は、クレーンブーム(クレーンの腕)の脇に立っていた。
 豊は、左手の甲を上にして、頭の高さから、ぐうっと下げる動作をした。『段取り通り、檻を水面ギリギリまで下げろ』という合図だ。
 クレーンのレバーを操作する明。
〈ゴオオオオオオオオ……〉
 大きな音をたてて檻が下がっていく。檻の底が水面に触れるか触れないかのところでぴたりと止まった。
「ずいぶん乱暴なやり方じゃないか。キミらしくない……」
 檻の中の男性は、落ち着いた口調で言った。豊が言い返す。
「君たちの仲間、案内人の回収方法も乱暴だと聞いている。アルダムラを装備した地球人が殺されることもあるという話だが……。仲間には殺された者はいないが、実際に回収された者はいる……。今はもう『ウシ』として生活しているよ」
「ああ……。そういう意味の回収かね……。なるほど……」
「おい! 『なるほど』ってどういう意味だ。やっているのか?」
「いや……。アルダムラを犯罪に使用する地球人がいれば、専門班が安全装置を使って停止させ、キミたちの言うカイシュウを行うことはある……。が、私の知っている限り、殺害するようなことはまずないし、また、理由もなくそういうことを行うはずがないと思っている。だいたい回収なんて……」
 と、そこまで言って、男性は虚空を見つめた。思い当たる節があるという様子だ。
「『回収なんて』とはなんだ! 『何か知ってる』って顔をしているぞ!」
 語調を強め、明に合図を送ろうと振り向く豊。檻の中の男性は『やれやれ』といった表情で話を続けた。
「君たちの言うその『回収』をすれば、すぐにデータを新しいアルダムラに実装できると思っているようだが、実際には、必要なデータと不要なデータを分けるために、データ内容を検証しなければならない。使用者に悪影響を及ぼすデータもあるからね……。地球人にもデータにも乱暴な、そんなやり方は、アルダムラの改良には、つながらないのだよ。そんなリスクを負ってまで、急いで改良する必要はない。だいたい、われわれアタキム人は、地球人と同等という立場だ。そんな非人道的な方法は取らない」
 男性の話を聞いて、豊は明に『クレーンをさらに下げろ』という合図を送った。
〈ゴオオオオオオオオ……〉
 大きな音をたてて檻が下がる。体育座りをしている男性の腰まで水につかった。空を仰ぎ、大きなため息をつく男性。しかし、おびえてはいない。『面倒なことになった』という表情だ。
「お・も・て・む・きは、非人道的な方法を取っていないってことだろ!? 裏で何をやっているかは分からないじゃないか!」
 豊が大声で追及する。
「どうしたら、われわれを信用してくれるのかね? 仮にわれわれアタキム人の中にそういう者がひとりいたら、全員そういう人間だと決めつけるのかね? 君の理屈だと、地球人は全員こうやって乱暴なことをして……尋問して……異星人が話すことは一切信用しない……ということになるが……? 私は全くそう思ってはいないがね……」
 男性の言葉に沈黙する豊。少し間を置いてひと言言った。
「われわれは、安心できる証拠が欲しいんだ……」
「証拠か……。それは難しいな……。アタキム人に一人ひとり聞き取り調査でもするかね? こちらの地球駐在団の責任者と話してみるかね? すぐには難しいだろうがね……。しかも君たちは疑心暗鬼に陥っているようだ。話を聞いたところで信用してくれるかね……?」
 と、ここまで言って男性は、豊の反応を見た。豊は黙って聞いている。男は続けた。
「確かにアタキム人の一部には、地球人に乱暴なことをしてもかまわないという者がいるだろう。正直なところ、君たちのことを野蛮人と蔑(さげす)む人たちはいるからね。地球人とアタキム人が全く対等になるのは難しいだろう……。ただ……ただ、私が言えることは、私の上司であるイアタック管理官は、アタキム国の方針に、忠実に、従っているということだ。君のいう『表向き』のことを、忠実に守り、部下にも徹底させている。私の言葉を信用するかしないかは、君ら次第だがね……」
 と言って、男性は身震いした。腰の辺りまでつかったプールの水は、服のみぞおち辺りまで染みこんでいた。
 ――時間は少しさかのぼる。中村豊と田中夫妻が案内人を尋問していた日の朝。
〈ピンポーン……〉
 誠の自宅の呼び鈴が鳴った。
 扉の『のぞき窓』から外をうかがう誠。見覚えのある女性がレンズ越しにゆがんで見える。鈴木真由美の姿だった。
「はい……」
 誠が扉を開けると、真由美は小さく会釈した。
「ちょっといいかしら……」
 と、外へ出るよう誠に促した真由美の隣には、歳のころ7~8歳の男の子が立っていた。アタキムの管理官、ヨーグのそばにいつもいる幼い少年だ。
 ――ブランコ、滑り台、鉄棒、砂場……。団地の公園。子どもたちが静かに遊んでいる。
 誠と真由美、幼い少年が向かい合わせに立っていた。
「ある人に、あなたを連れてきてほしいって頼まれたんだけど……」
 と、話を切り出す真由美。
「ある人って、鈴木さんの案内人のこと?」
 豊から聞いていた話を総合すれば、おおよその察しは誠にもつく。
「そう……。どうする? 私たちと一緒に来てくれるの……?」
「う~ん……」
 真由美から視線をそらして考える誠。
(美月さんも絡んでいるなら素直に従おうか……。もともと美月さんがくれたアルダムラだし……)
 砂場やブランコで大人しく遊んでいる子どもたちをぼんやりと眺める。
「……素直に従わなければチカラづくでも……って言われてるんだけど……」
 誠の返答を促す真由美。誠は、穏やかならない真由美の言葉に対して、
(ここは、映画でお決まりのセリフを言って、探りを入れてみるか……)
 という考えになった。
「もし、イヤだと言ったら?」
 と、誠。
「ふふふ……。どこかで聞いたような言葉ね……」
 静かに笑う真由美。
「……そのときは、誠くんと仲のいい案内人を殺す……って、脅していいと言われているんだけど、どうする?」
 と続けた。
「本気なんですか?」
 誠は真由美に応じながら、
(美月さんは絡んでいない!)
 と確信し、その腹を決めた。
「分かんない……。誠くんの返答しだいかな……?」
「鈴木さんにそんなことできますか?」
 と、聞き返す誠。真由美が答える前に幼い少年が高い声で怒鳴った。
「ごちゃごちゃ言うな! マユちゃんができなくったって、オレがする!」
 はたから聞けば、かわいらしく聞こえるだろう。しかし、その右手だけをアルダムラ状態にして誠に向けていた。アルダムラのカラーは青だ。
「鈴木さん……、俺には戦う理由なんてないけど……」
 幼い少年から真由美に視線を移して話す誠。
「私たちにはあるの……。大切な人のために……」
「ヨーグさまは、オレタチのコイビトだからな!」
 真由美に続いて、幼い少年も大きな声で言った。
(!?)
 少年の言葉に、誠は、『もの問いたげな』表情を浮かべた。
「この子にとっても、大切な人なの……」
 と、その言葉をすぐに真由美が引き取った次の瞬間、少年が等身大のアルダムラ状態になった。特撮ヒーローのような出で立ち。ひと回り太い前腕部と膝下部分が青、その他の部分は白。アクセントカラーはオレンジという配色だ。形状に若干の個体差があるようだが基本的な特徴は変わらない。
 オレンジ色のアートノック粒子を浴びる誠。次の瞬間、黒いアルダムラの愛と闘ったときと同じように、頭の中に映像が入ってきた。
 ――ひと気のない自宅の部屋。その隅で膝を抱えて座る少年の姿。誠にひどい空腹感まで伝わってくる。
 こことは別の公園のブランコに力なく腰掛ける少年の姿。その前に男性が現れ、手を差し伸べたところでわれに返った。誠は知らないが、男性はあのヨーグだ。
 ――少年に続いて真由美も等身大のアルダムラ状態になった。特撮ヒーローのような出で立ち。ひと回り太い前腕部と膝下部分はオレンジ、その他の部分は白。アクセントカラーは青、もう誠が何度も見ている配色だ。
(本当に戦わなければならないのか……)
 と、やり切れない思いが心によぎる誠。真由美のアルダムラが放つ青い光を浴びた瞬間、再び頭の中に映像が入ってきた。
 ――朝早く仕事に出て夜遅くに帰ってくる毎日。ぼんやりと恋愛映画を見る休日。突然自宅に現れた美しい男性。この男性もアタキムの管理官、ヨーグだが、誠はもちろん知らない。
 真由美に手を差し伸べる男性の姿。真由美はその手をそっと握る……。
「わかったよ……。その案内人は、本当に大切な人みたいだね……。でも、俺は黙って従う気はない……」
 と、静かな口調で言うと、誠も等身大のアルダムラ状態になった。全身が鈍色(にびいろ)、アクセントカラーは緑の蛍光色だ。
 緑色の光を浴びる真由美と少年。しかし、誠のような変化は何も見られないようだ。
「そう……。残念ね……。じゃあ、戦うしかないということね……」
「俺には、全く割り切れない戦いだけど……。どうして地球人同士で戦わなくちゃいけないんだって……」
「それよりも、大切なものがあるから……。さあ、どこで勝負をつけようかしら、ここだとイヤでしょ?」
「じゃあ、海で……太平洋で……」
「わかった。じゃ、行きましょ……」
 と言って、真由美の等身大アルダムラは、カバの形をした遊具に歩み寄り、それを根こそぎ引き抜いた。
 カバの遊具を頭上に掲げ、体を宙に浮かせる真由美。それに続いて、少年のアルダムラも宙に浮く。
 ゆっくりと上昇していく2人に、誠のアルダムラはついていった。
 ――70年代のインテリアで飾られた美月の部屋。
〈ピンポーン!〉
 呼び鈴が鳴った。
「は~い!」
 扉を開けた美月の目に飛び込んできたものは、美月の上司に当たる管理官ヨーグと、以前彼と一緒にベッドで寝ていた女性、ニージャの姿だった。
「ア~イ……」
 母国語で挨拶したヨーグが笑顔を浮かべている。その笑顔を不快に思った美月は、目をそらした。


奥付

 

牛と異星のアルダムラ【第9話】


続きはこちらでご覧ください。

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原則週1回の更新を目指しております。


著者 : 慶
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/kohtohmookay/profile


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