閉じる


試し読みできます

お出かけ

 ぼくはミミ。そう。オスなんだ。種族名はロジャ。エリースでは一番人気があるペットなんだぞ。でも、ここ鳳凰山ではロジャを見たことがない人間が多いみたいで「変わった模様のイタチですね」とか「ずいぶん痩せた狸ですなあ」なんて言われる。
 アシュっていうエリースにいるラシャのお兄さんが、ぼくをここに連れてきた。弟ラシャへのお土産だったんだ。アシュは、ぼくのおかげで命拾いしたって喜んでいた。その辺のくわしい話は、第三章『マホガの乱』を読んでね。
 ラシャが剣山とかいうところに行ってしまってから、ぼくと遊んでくれるのは、主にラシャの弟のレイ。本当は弟じゃないみたいなんだけど、その辺の人間たちの込み入った事情は、ぼくにはよくわからない。
 でも、レイは小さいから、ちゃんと世話をしてくれるとは言えない。エサとか忘れられて、ひもじい思いをすることが多いんだ。最近はシエラがそれに気づいて、ぼくが好きなときに食べられるよう、エサを多めに置いておいてくれる。それで、ちょっと太り気味。
 ラシャだって、ぼくの《世話》をしてくれたわけじゃないけど、でも、ぼくのことを信頼して、放してくれたんだ。ぼくは山に出て勝手にエサを食べればよかった。もっとも、何かあったときのために、あんまり遠くに行ってはいけないと言われたけれど。でも、そんなに危ない目に遭ったことは……。
 あ~、そういえば、ヤマネコに襲われそうになったことがあったな。それから、木から落ちて怪我をしたこともあった(ロジャとしたことが、不覚)。あっ、狼に追いかけられたこともあった。なんだかんだ言って、けっこう色々あるか。はははははは。で、いつも、ラシャが助けてくれたんだ。え? 世話をかけてるじゃないかって? へへへっ、まあね。
 そのラシャも今は剣山ごもり。家にはいない。
 昼間、シエラは本寺、レイはディーゴのところに行ってしまうから、家にはぼく一匹だけ。寂しいなあ。ラシャは本寺にでも、どこへでも連れて行ってくれたけど、シエラもレイも、ぼくをおいてきぼりにする。
 レイは本当は、ぼくもディーゴの家に一緒に連れて行ってくれるつもりだったんだけど、おばさんに動物まで面倒見切れないって言われちゃったんだってさ。一度会ったときに飛びついたのがいけなかったのかなあ。「きゃあああああっ」って大きな声を上げられて、あのときは耳がおかしくなるかと思ったよ。もちろん、すぐに降りたし、それからはあまりおばさんに近づかなかった。
 エサだって、その辺で勝手に見つけて食べた。人間の家の近くには、なぜか太ってうまそうなトリがいるんだ。後でトリの死骸を見たおばさんが、また悲鳴を上げてたな。気の小さい人間だよ、まったく。
 残念ながら、わが家の近くにトリはいない。
 ラシャは肉を食べさせてくれなかった。「ロジャは雑食動物だから肉を食べなくても大丈夫」とか言ってさ。ラシャがいなくなってから、シエラはたまに肉も出してくれるようになったけど、それでも、少ないんだよ、ウチは。
 というわけで、ぼくみたいにおとなしくて、聞き分けのいい動物、ちっとも面倒なんかかからないのになあ。ときどき帰り道がわからなくなるけど、そのうちなんとか家にたどりつくんだ。そんなときも、心配かけたって怒られるんだよなあ。勝手に心配しといてさ。
 あ~あ、退屈だなあ。ラシャは今頃、どうしてるかなあ。ラシャがいる剣山ってところは、ここからあまり遠くないらしいけど……。ちょっと、ぼくにはわからないなあ。
 あれ? シエラがもう帰ってきた? まだ昼すぎなのに……。
 あ、ときどきやってくる会士だ。シエラが何か大きい荷物を預けている。
「これとこれ、ラシャに届けてくれる?」
「はい。承知しました」
 え? 今「ラシャ」って言った? ラシャのところに行くの? じゃあ、この人について行ったら、ラシャに会える? よし、急げ! スタタタタッ
 戸を閉められる~~~っ。ヒューン。セーフ!
 ちょっと、外に行ってきま~す。ああっ、あの人、シーボクに乗っちゃう~。
 全力疾走~~~~~。えいっ。見よ、このジャンプ力!
 ふうっ。何とかシーボクの尻尾をつかめた。
 シーボクは馬と羊を合わせたような角のある動物だよ。ぼくの故郷エリースにはいなかったけど、鳳凰山ではよく見る。
 あっああっ。尾を振るなよ! 落ちる~~~~。いいじゃないか。ロジャ一匹、そんなに重くないだろう? あっあっあ~っ。
 振り落とされちゃった。ケチ! でも、ゆっくりポクポク歩いているから、これなら、ぼくでもついていける。
 あれっ、止まった。会士がシーボクから下りた。ここの家に入る? ラシャがいるのかなあ。ううん、ラシャの匂いはしない。それに、シエラがラシャに預けた荷物は、まだシーボクの背中に下がっている。


試し読みできます

ラシャはどこ?

 ポクポクポク
 また止まった。
 この家は……また違った。
 ポクポクポク
 止まった。この家も違う。
 ポクポクポク
 止まった。今度は……また違う。この家にもラシャはいない。
 何かを持って行ったり、持ってきたり。この人は荷物の運び屋さんなんだな。
 それにしても、いったい、いつになったらラシャのところに行ってくれるんだろう? ふわああああ。もう眠くなっちゃったよ。
 あれっ、シーボクが走り出した。こりゃまずい! ああっ、待って~。
 そんなに速く駆けて行かれたら追いつけないよ。
 ど、どうしよう? どんどん遠くにいっちゃう。
 あ~、見えなくなっちゃった。
 なにくそ~、ぼくだってロジャのはしくれ。鼻はいいのさ! 匂いを追っていこう。くんくん。こっちだ。スタタタタ
 くんくん、こっち。テケテケスタタタ、テケテケテ
 くんくん。あれっ? 雨? 大変だ。匂いが消されちゃう。
 う~、わからない~。ラシャ~~~~、どこにいるんだよお?
 ザアザア降りになっちゃったよ。しかたがない。ちょっと木陰で雨宿りっ! 
 それにしても、お腹すいたなあ。あっ、おいしそうな木の実が落ちている。ぱくっ。こっちにも。ぱくっ。上のほうには、もっといっぱいありそうだ。ひょいっ。
 木登りは得意なのだ。うん、やっぱりある。ぱくっ、もぐもぐ。
 おおっ、エサがいっぱい這っている! 虫も大好物なのだ。ベロベロ~ン。
 う~ん、満腹!
 はっ、こんなことをしている場合ではない。
 ラシャは……、え~と、困った。どっちに行ったらいいんだろう???
 エサを探しているうちに、雨は上がったけど……。
 おや? さっきのシーボクと会士じゃないか?
 また、ついて行けば……。ありっ、シエラが渡した荷物がない。もう届けたんだ。ということは……、会士がやってきた道を行けばいいんだ。
 ぼくって頭いい! あっちだ。テケテケテ。
 おっ、この人間、ぼくに気づいたみたいだ。
「これはラシャさまが、よく肩にのせていた動物では?」
 そうだよ。ぼくは《ラシャさま》の一番の友達さ。えっへん。ぼくって有名動物!
 でも、君たちにもう用はないんだ。さようなら~。スタタタタ

 会士がやってきた道は一本道~。やったね。おっ、門がある。続く階段を上がって行こう。スタタタタ。建物が見えてきた。ということは、大正解!
 人間がたくさん……でもないか。でも、きっと、ここにラシャがいるんだ。
 ラシャ~、ぼくは来たよ。もう少しだ。待っていてくれ!


試し読みできます

食堂

 おや? くんくんくん。あっちのほうから、いい匂いがする。テケテケテ。
 ほお。人間たちが食べ物を作っている。おいしそうだなあ。おおっ、ちゃんとぼくの分も取り分けてあるじゃないか。じゃ、遠慮なく。テケテケテ。
 う~ん、よだれが出てきた。
 パクッ。モグモグ。ベロ~ン。
 たくさん用意してくれてるなあ。ぼくが来ることわかってたみたい。
「おい、こら。何してんだ! しっしっ」
 もっと食べたい。パクパクッ。モグモグモグ。
「人間に馴れてるな。近づいても全然、怖がらないし、逃げない」
「何だこいつ? 見かけない動物だなあ」
「感心している場合じゃない。お前も追い出すの手伝え!」
「ああ」
 ぼくを捕まえようったってそうはいかない。ひょ~いっ。
「やっと逃げたか。いや、止まったな」
 まだ食べたいから、お皿のところに戻るよ。
「おいっ、こらっ。そっちはだめだ」
「どうする? もう五人前も食われたぞ」
「少し、本気出すか?」
「本気?」
「人間さまを馬鹿にすると痛い目にあうってことをわからせてやる」
 うわあっ。この人間、急に動きが速くなった。まるでラシャみたいだ。うわっ。
 ひょい~っ。ひょいっ。
「畜生! すばしっこいやつめ。あわわわわ」
 ガッシャーン
「何やってんだよ。料理、ひっくり返すな」
「素手じゃだめだ。障害物が多すぎて、ぶつかっちまう。あっちのほうが体が小さいからな」
「こいつを使うか?」
「そうだな」
 槍? 物騒なものを持ち出してたけど、まさか、それでぼくを突いたりしないよね。人間はロジャの友達だ。えっ、あれっ、槍を持って。こっちに来る。
「それっ、とおっ」「やあ、ふんっ」
 きゃあ~~~~。
 ひょいっ、テケテッ。ひょいひょいっ。
 やめて~~~~~。
 ピュウーーーーン
「やっと逃げたか」
「またやってきたら、今度は本当に突き刺してやる」

 はあはあはあ。びっくりした。
 でも、なんでだよお? ぼくのエサを用意してくれてたんじゃなかったのか?
 あっ、わかった。食後の運動をさせてくれたんだ。ぼくが太らないように。やっぱり人間はいい動物だ。 


試し読みできます

博物館

 テケテケテ。
 この建物は何だろう? おっ、ちょうどいい隙間がある。
 ぬうっ。すい~っ。ひゅん。
 静かだな。置物がいっぱい。壷? 中には何が入っているんだろう?
 転がしてやろう。
 コロン。
 何もないぞ。あっちの大きな壷はどうかな。壷の口に上がってやれ。ひょいっと。
 あれ~、何も入っていない。つまんないの。
 こっちは? ひょいっ、ひょいっと飛び上がって、のぞいてみたけど、こっちも何も入っていない。
 あっあ~、倒れる~。おりなくちゃ。ひょいっと。
 ガッシャーン。
 割れちゃった。ま、いっか。形あるものは、必ず壊れるのだ!
 うん? 足音? 誰か来る。
「な、何事だ? こっ、これは~~~~~。愛弟子の作品が~~~~。なんとしたことだ。いったい誰が……?!」
 この白髪のおじさん、誰だろう? 髪、かきむしって、どうしたのかなあ?
「なんと言って詫びたらいいのだ。せっかく労作を寄贈してくれたのに……うっうううううっ」
 泣いてる。この人の壷だったのかなあ。ごめんね。
「うん? なんだ、これは?」
 あ、ぼくに気がついた? はあい! こんにちは。
「こいつが……、こいつが壊したのか?」
 あれっ、なんか怖い目してる。ぼく、そんなに悪いことした? たじたじ。この人間からは逃げたほうがいいかも。そそそお~っと。
「ま、待て!」
 待たない。テケテケテ。ピュウーン。
「なんと逃げ足の速い……。しかし、この調子でほかの展示室にも入られたのでは、美しい作品たちが危ない」


試し読みできます

図書館

 はあ。もう大丈夫。人間の足は遅いからな。え~っと、この部屋は何だろう? 本がいっぱいあるな。テケテケテ。人間は本の紙を一枚一枚ゆっくりめくって遊ぶけど、あれの何がおもしろいのか、ぼくにはよくわからない。
 棚から下ろして遊ぼう。
 くいくいっ。
 しっかり詰まってなかなか抜けないなあ。
 ぐいっぐいっ。
 ドサッ。 
 やっと落ちた。本棚から引っこ抜いて落とすのは、ちょっと楽しいんだ。それっ、もう一冊。
 くいっ。
 ドサッ。
 一冊抜ければ、あとは簡単さ。
 くいっ。
 ドサッ。
 そうそう。この音が好きなんだ。
 くいっ。
 ドサッ。
 くいっ。
 ドサッ。
 落とした本はこうしてやろう。
 ビリビリッ。ビリッ。
 ははははは。楽しいな。
 ぎくっ! 背後に感じるこの殺気……、この臭いは、さっきの人間じゃないか?
「ふっふっふ、もう逃がさないぞ」
 ひょえ~、遊びに夢中になって気がつかなかった。この人、歩いてくる気配が全然しなかったし。そんなことができる人間はラシャだけだと思ってたよ。ちょっと、怖いな。目が血走っているじゃないか。
 に、逃げよう……。すい~っ、すい~っ。テケテッ。
「逃がすものか! それっ」
 げげっ、何だこれは? 網? うわあっ。もがもがもが。捕まっちゃった。どうするの? ぼくをどうするの? 
「このあたりでは見かけない珍獣だ。なんという動物だろう。医務方に持っていけば、喜ばれるかもしれない。とにかく一件落着。いままでこのようなことはなかったが、このような小動物からどのように作品を保護するのかを検討しなければならないな」
 もがもが。もがもが。出してよ~。もうしないから。どこ行くのさ? もがもが。



読者登録

慈鈴(じりん)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について