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 少年は、腰に縄をつけられ馬借たちと歩いていた。縄の先はシロウと呼ばれた二つ三つ年嵩の少年が握っている。
「ひとりで、こんな手管を思いつくなんて、とんでもない悪ガキだ」
「まさか、牝馬の尿をしみこませた布きれで、牡馬を呼び込むとはなあ」
「兵衛ノ尉が一緒でなきゃ、してやられてたかも知れねえ」
 馬借は全部で七人、さすがに屈強な男が多い。
「苦労して集めた米を、かすめ取ろうとしやがって。あとで八つ裂きにしてくれるわ」
 目付きの悪い男が言った。寅三というこの男は、少年を力任せになぐったヤツだ。
「盗っ人はおまえ達だ。土百姓が命がけで育てた米を、年貢だとか言って盗んだんじゃないか」
 少年が言い返すと、また殴られた。
「そういやあ、キンヤの又のところでもいつだったか、米のカサが足りねえって騒ぎがあったらしいぞ。米俵の中身が、抜き取られてたそうだ。こいつの仕業に違えねえ」
「今日はちょうどキンヤの又に荷を渡すところだ。てめえもついでに渡してやらあ。どうなるか楽しみだぜ。」

 

 シロウはいろいろよくしゃべる。少年はあまり答えず、馬借たちの隙をうかがっていた。なんとかして逃げなければならない。「キンヤの又」とやらに引き渡されたら、生きてはいられないだろう。
(腕のたつのは、三人。オレを殴った寅三と親方、それに図体のでかい兵五という男だ。三人はさいわい先頭とシンガリに分かれている。あとの四人はマヌケ面だ。横の薮に飛び込めば、逃げ切れる)
 シロウがよそ見した隙に、少年は前を歩く馬の尻に石をぶつけた。馬は驚いて暴れる。
「あぶねえ!」
 シロウは持っていた縄を放して、馬を押さえにかかった。荷の米俵も落ちそうだ。少年の方は気配を消しながら、薮の方に後ずさりする。そして、みなが暴れ馬に気をとられているのを確認して、身をひるがえそうとした。だが後を向いた途端、目の前に男が立っていたので、立ちすくんでしまった。
「こっちは、道が違うぞ」
 少年は驚いて、言葉もない。
「どうした、兵衛ノ尉」
 親方から声がかかる。寅三も少年をにらみつけていた。
「いや、こいつが道を間違えそうになったのでな」
(この男は何だ。どうなってるんだ)
 こんな男がいる限りムリだ。逃げることは、諦めざるを得なかった。
 もう一人、おかしな男がいる。この時代、男は必ず烏帽子をかぶっており、身分をあらわすシルシにもなっていたのだが、この男は公家のシルシである立烏帽子をかぶっていたのだ。だが、ひょこひょこと歩く姿は、みずぼらしい。
(タメ殿という名らしいが、ホントに公家かな。うす汚い水干を着てるし、顔つきも貧乏くさい)
 陽が西から薄く差してきて、川音がすぐそばに聞こえるようになると、あたりが開けてきた。しばらく聞こえなかった鳥の鳴き声がまた聞こえてきた。
(さっきの鳥かな。つぐみだろうか、冬だっていうのに)
「もうすぐ宇治だぜ。あっ、まんじゅう売りだ」
 シロウが指さした街道の向こうから、籠のついた天秤をかついだ男がやってきた。
「ちがうな。あれは、かわらけ売りだ。背中の小旗に『かわらけ』って書いてある」
「小僧!おまえ字が読めるのか」
 ふりかえるとタメ殿がこわい顔でにらんでいた。
「かあちゃんが、寺の娘だったから」
 少年は、うつむきながら小さな声で答えた。
 川沿いにはいくつもの水車が並んでいる。町屋が増えてきて大きな寺の門前を過ぎると、一行はとうとう宇治橋に着いてしまった。 


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 宇治は京と奈良をむすぶ交通の要衝だが、往来には幅一町もある宇治川の流れを越えて行かなければならない。宇治橋は当時、瀬田の唐橋や四条大橋とならぶ頑強なつくりの橋だった。夕暮れが近づき、人通りは少なくなってきている。川向こうの橋寺放生院の灯明がちらちら灯りはじめ、茶屋から賑やかな声が聞こえていた。
 宇治橋の手前に十数人の馬借が馬を引いて待っていた。先頭には六尺近い坊主頭の大男が立っている。寒風の中、小袖一枚をまとい、大きな腹がはみだしていた。
(これがキンヤの又だろう)
 少年は、自分が捻り殺されることを想像して、ぶるっと身震いした。
「よう大道寺、ご苦労、ご苦労」
 大男は少年たちの親方のそばにやってくると、親しげに肩を抱き寄せた。大道寺の親方も人並み以上の体格だったが、それが小さく見えた。
「京まではオレ達にまかせな。しかし今どき、きちんと年貢を運んでくるなんざ、てめえの所ぐらいだぜ」
 手下に米俵の積み替えを指示すると、又は大道寺に話しかけた。
「また、タメ殿の持ってきたネタだったのか?」
「うむ例によって、年貢の取立てがうまくいってないって話さ。なんとか取り立ててくれと、頼まれたのよ」
 このころ、荘園制は崩れつつあった。荘園を管理する荘官たちは、京の領主(本家、領家という)になかなか年貢を渡さない。年貢をどうやって取り立てるか、それが本家や領家の悩みだったのである。
「タメ殿が領家の執事(家老)に化けて、取り立てに行ったのさ」
 馬借は本来ただの運送屋である。だが、この者たちは年貢の取立てを請け負っているらしい。領家に依頼されて、荘官と交渉してきたようだ。
「ふん、また芝居をうったってわけだな」
 すると、大道寺のかたわらに立っていた、これも坊主頭の男が口をはさんだ。
「兵衛ノ尉が荘官どもの弱みを探ってきたのでな、そこを攻めたんじゃ。いったんは観念して、年貢を差し出すのを承知した。でも運ぶ段になったら四の五の言って、なかなか米俵を渡さねえ。まあ、最後はこのオレの一喝で話がついたんじゃ」
「ハッハッ、又次郎の一喝じゃあ犬も笑うわ。しかしなんだな。山門(比叡山)の筋の連中も、問丸(倉庫運送業者)の手下の奴等も、ただ荷を運ぶだけじゃなくて、そのくらい工夫して欲しいのう。でなきゃ、われら馬借の喰いぶちなんぞ出やしねえ」
 又次郎という坊主頭の男が、ふとキンヤの又に尋ねた。
「キンヤの旦那、あれはなんだい」
 見るとキンヤの又の手下が持つ槍の先に、なにやら丸いものが突き刺してある。
「ああ、あれは賊のカシラの首さ。きのう別の荷を運んでいたら、襲ってきやがったんだ。みせしめのために晒してあるのよ。おれさまの荷を狙うとどうなるか、分かるようにな」
 それを聞いた少年は、思わず後ずさりした。すばやく回りに目を配り、逃げ出そうとしたとき、寅三に縄をつかまれ引きずりだされた。少年は、キンヤの又の目の前に飛び出してしまった。
「おや、こいつは新入りか?」
 大道寺と又次郎は顔を見合わせた。
「キンヤの旦那、実はな、」
 大道寺が言いかけると、後ろから声がかかった。
「ワシの弟子じゃ」
 皆がふりかえると、タメ殿がこぶしを握りしめて立っていた。

 

 

 


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