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お知らせ

映画版「ビブリオバトル」に出場します

 

皆様、こんにちわ、天見谷行人でございます。

来る4月19日(日曜)に神戸市の元町映画館さん(HPはこちら

で行われるイベント、「映画版ビブリオバトル」に参加することにいたしました。

詳細はこちらです

ご承知の通り「ビブリオバトル」は大学図書館などで、最近よく行われるようになりました。

自分の愛してやまない、お勧めしたい一冊の本を、制限時間内で、プレゼンテーションし、競い合うというもの。

今回はその映画版です。出場者には特典がありまして、プレゼンテーションで最も人気の高かった映画作品を、主催者である「元町映画館」さんが記念上映してくれるというのです。

どんな作品をプレゼンするか? もちろん、評価の定まった名画は星の数ほどありまして、自分なりに紹介もしてみたいのですが、映画には「上映権」というものが付いて回ります。

いくら名画でも「上映権」がなければ元も子もありません。

そこで僕はプレゼンするにあたり、3つの候補作を挙げてみました。

 

「野のユリ」野のユリ予告編

これは1963年のアメリカ映画。黒人男性が東ドイツから亡命してきた修道女たちと教会をつくるお話。主演はシドニー・ポワチエ

本作で黒人初のアカデミー主演男優賞を獲得した記念碑的作品です。

 

「アポロ13」アポロ13予告編

 

皆様よくご存知の、アポロ13号で実際に起こった爆発事故を題材にした1995年のアメリカ映画です。主演は名優トム・ハンクス。地球から36万キロ離れた宇宙空間で起きた爆発事故という、まさに「想定外」の事故。絶体絶命の危機的状況からNASAは3人の宇宙飛行士を奇跡的に生還させることに成功します。

これは現在でも「栄光ある失敗」「偉大な失敗」と呼ばれています。東日本大震災、そして福島原発の事故が起こった、今の日本。「危機管理とはいかにあるべきか?」そのお手本ともいうべき事例の映画なのです。いまの日本だからこそ、この映画に学ぶべきことは多いと思います。

 

「Uボート」Uボート予告編

 

潜水艦映画、戦争映画の分野にとどまらず、極限状況における人間ドラマを描き切った、1981年製作の傑作ドイツ映画です。のちにディレクターズカット版が作られました。

僕はこの作品を劇場でまだ見たことがありません。しかし、テレビ放送版を録画し、すでに100回近く観ていると思います。何度見てもその迫力とリアリティに圧倒されるのです。

***

さて、上記3作品が上映可能か?を元町映画館さんに問い合わせたところ、ご丁寧に調べてくださり、メールでお返事もいただきました。

その結果、③の「Uボート」ディレクターズカット版が最も上映の可能性が高い、とのお返事をいただきました。

そこで、本作「Uボート・ディレクターズカット版」をプレゼンテーションすることに決定! ただいま、プレゼンの練習中です。

皆様、ご都合がつきましたら、ぜひ当日、ご来場下さいませ。

4月19日午後3時から、神戸の「元町映画館」でお会いしましょう!

なお、この映画版ビブリオバトルはネットでも配信予定。投票もネットで受け付ける、とのことです。ぜひネットでもご参加下さいませ。

天見谷行人

 


イミテーション・ゲーム

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密

2014年3月16日鑑賞

国家という名の「なぞなぞ」

 

「エニグマ」と名付けられたドイツの暗号機。それは古代ギリシャの言葉で「なぞなぞ・パズル」を意味するそうだ。

物語の舞台は第二次大戦初期のイギリス。ドイツ軍が優勢だった頃のお話である。ドイツ軍の優位をひっくり返すには、通信に使われている暗号を解読する必要がある。イギリスの諜報機関は極秘チームを結成する。そこに呼ばれたのが、数学者アラン・チューリングを含む6人の天才たち。このチームは、10人の科学者が24時間働いても解読に2000万年かかるといわれた「エニグマ暗号機」の解読に挑んだ。

本作はすべて事実に基づいて描かれる。

アラン・チューリングは人の頭で考え、作業するには時間がかかりすぎる、と考えたようだ。エニグマが暗号化する「機械」であるならば、こちらも「機械」で対抗しよう、と彼は考えた。彼は1930年代で手に入る部品を組み合わせ、小さな部屋ひとつ分もある「からくり時計」にも似た装置を組み上げてゆく。彼の狙っていたもの。それは電気を使って機械に計算させる「電気計算機」だった。

チームの華ともいえるクロスワードパズルの天才、ジョーンの助力もあり、彼とそのチームはついにエニグマの解読に成功する。しかし、チームの新たな苦悩はここから始まるのである。

ドイツ軍が次のターゲットとして狙っているのは、どのイギリス船舶なのか? それはすべて解読できた。

しかしだ。大西洋上、ドイツ軍Uボートに狙われているすべての船舶が今、一斉に回避行動をしたらどうなるか? ドイツ軍は「エニグマが解読された!」と察するだろう。イギリス諜報部としては「エニグマはまだ解読されていない」と、ドイツ軍に思い込ませなくてはならない。

どの作戦、どの船や航空機が重要なのか? どの部隊に解読した情報を伝えるべきなのか? ドイツ軍に攻撃されてもやむ得ない部隊は? 彼らはまさに命の選別をしなければならなくなるのだ。

結果として彼らの狙いは成功した。ドイツ軍は戦争終結までエニグマが解読されたとは思っていなかったのだ。

数学者アラン・チューリングを演じるベネディクト・カンバーバッチがいいなぁ。天才にありがちな、わがままさ、協調性のなさ、奇異な行動、集中すると他のものが目に入らなくなる。そういった特徴をよく演じている。触るとぽきっと折れそうな繊細な神経の持ち主でありながら、自分の研究への熱意と信念は鋼鉄のような力強さがある。そのような極めて人間的にバランスの取れていない、危うい人物像を描き出しているのは本作の大きな魅力だ

のちに彼の恋人になる女性ジョーンにキーラ・ナイトレイ。

「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでの印象がすっかり定着し、おてんば、奔放なイメージがあるが「プライドと偏見」

「プライドと偏見」予告編

といった文芸作品では抑制の効いた落ち着いた演技も見せている。本作でも、以前のイメージをガラリと変えて、頭脳明晰な女性を演じている。

このエニグマ暗号機解読についての事実は戦後50年間も英国内で極秘扱いとされていたそうである。

暗号機「エニグマ」に関する映画が、なぜか2000年ごろから増えているのは、そういった事情もあるのだろう。

数学者は真理を追究する人だ。

彼らは「数」に隠された「神の声」を聴こうとしている。

真理を追究すること、学問の世界に埋没できる時間は、自分の中に、ある種の「理想郷」をつくりだす。そこには精神の限りない自由が許されている。恍惚に似た、幸福な時空間だ。

しかし、戦争という状況下では、個人の心の中の「理想郷」さえも取り上げられてしまうのだ。

アラン・チューリングの不幸は、彼が天才的な数学の才能を持ち合わせてしまったことにあるのだろう。彼は国家の命運を握る人物として、否応なくそのシステムの部品として組み込まれてしまった。

アラン・チューリングが隠し持っていた「同性愛者」という暗号は国家によって解読され、彼は悲劇的な運命をたどる。

21世紀の僕たちは、アラン・チューリングのアイデアを、手のひらサイズに凝縮し、日常で当たり前に使っている。今や中学生でさえ持っている「スマホ」。

あれはまさに「電気計算機」

今の言葉で言えば「コンピューター」だ。それを使う人間の行動は、電気信号に置き換えられ、巨大なデータの塊「ビッグデータ」として解析される時代になった。

「最大多数の最大幸福」という言葉を聞いたことがある。

国家はそれを目指すための手段であるはずだ。

しかし、戦争が終わり、平和な時期になったとしても、国家にとって、人間の命は「数」や「データ」として扱われてしまうのかもしれない。

本作を見たあとで、まるで国家そのものが巨大な「暗号システム」のように見えてくるのは、僕だけではないはずだ。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   モルテン・ティルドゥム

主演   ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ

製作   2014年 イギリス、アメリカ合作

上映時間 115分

予告編映像はこちら

「イミテーションゲーム予告編」

 


おみおくりの作法

おみおくりの作法

2015年4月2日鑑賞

あなた、誰に見送られたいですか?

 

これって、邦画の秀作「おくりびと」の、海外焼き直しバージョンみたいなもんだろ、と、思ってました。しかし、いい意味で、全然違った。あくまでもオリジナルな作品です。

主人公、ジョン・メイを演じるエディ・マーサンの佇まいがいいなぁ~。彼はイギリスで地区の民生委員をやっている。彼の仕事は、孤独死した人の、身寄りを探し、葬儀の手配をし、埋葬まで見届けること。

どこからどう見ても、公務員を絵に描いたような人を好演してます。

まじめ、実直、律儀。

夕食も、ナプキンとフォークとナイフをきちんとテーブルにセットしてから摂ります。でも彼、実は料理が苦手。これもご愛嬌です。でも、この人、どこか普通の公務員ではないんですね。カタブツのようで、実は、細やかな配慮ができる人、自分の仕事に気持ちを入れてくる人です。

彼自身は四十代で、アパートに一人住まい。

自宅には彼のひそかなコレクションがあるのです。それはアルバム。そこに貼り付けてあるおびただしい写真たち。それは彼の家族の写真集ではありません。自分が担当した、誰も身寄りが見つからなかった人たちの写真集です。

時折、彼はそのアルバムを開きます。戦争中でしょうか、古びたシワだらけのセピア色の写真。あるいは、子供の頃に撮ったであろう写真、また、愛する伴侶と撮った、幸せそうな笑顔の写真などなど。だけどこれらの人たち、最後は皆、孤独死。

誰にも見送ってもらえなかった人たち。

ある日、ジョン・メイに一本の電話が入ります。孤独死した男性発見。現場に行ってみると、なんと自分の向かいのアパートでした。

調べて行くと、亡くなったこの男性は、呑んだくれて、暴力ばかりふるい、刑務所に入ったり、一時はホームレス状態だったらしい。

そんな調査をしている最中、彼の上司からある通告が。

「君は仕事に時間をかけすぎる、ここは他の部署と統廃合することになったんだ。君はクビだよ」

突然の解雇通告。

当然、彼は少なからずショックを受けます。だけど、自分も良い歳をした大人です。グッとこらえて、取り乱したりしないところがいいんですね。

イギリスの公務員制度はよく知りません。しかし、こんなに簡単に解雇通告できるのですね。日本でもやったらどうでしょう、まずは手始めに国会議員なんぞから……、とそれはさておき。

彼が22年間続けてきた仕事。今やっているのが最後の案件になる。自分の公務員人生に綺麗な幕引き、けじめをつけたい、と思ったのでしょう。

彼はこの、世の中から厄介者扱いされていた人物の身寄りを、熱心に探し始めるのです。

本作の監督、自分らしい「映画の作法」「映画の文法」というものをもってます。この脚本で、このキャスティングなら、こういう絵を撮りたい。それがよく伝わってきます。

もちろん、全然ドラマチックには描かない。むしろ、主人公をちょっと突き放したような描き方をあえてしてます。この監督、人間嫌いなのかな? あるいはニヒリズムの人なのかな? などと思ってしまいます。

作中での上司の言葉

「人間、死んだら、何もなくなるのサ」

だから、死んだ人物に、時間と公的費用をかけるのは合理的ではないということなのでしょう。

そんな憎ったらしい上司の車に、終盤、主人公ジョン・メイがこっそり小便を引っ掛けるシーンがあります。これ、遠景のロングショット。

観客がうっかりしていると見過ごしてしまいそうなシーンです。そういう絵の撮り方をする監督ですが、ラストシーン、堰を切ったように情感溢れる、ファンタジーな演出をしました。

「ああ、やっぱり、この監督、人間が好きなんだ」と思いました。

でなければ、そもそも、こういう作品を作ろうとも思わないでしょう。

どうか、ラストシーン、観客皆様でお見送りをしてあげてください。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   ウベルト・バゾリーニ

主演   エディ・マーサン、ジョアンヌ・フロガット

製作   2013年 イギリス、イタリア合作

上映時間 91分

予告編映像はこちら

「おみおくりの作法」予告編

 


パリよ、永遠に

パリよ、永遠に

2015年4月4日鑑賞

パリを生き残らせた男

 

予告編を見るだけでも分かりますが、本作は、元々、事実に基づく戯曲であったそうです。舞台劇から映画化した作品です。

キャリアを積んだ熟年の俳優二人が繰り広げる室内劇。これはじっくりと味わいたいですね。

物語の舞台は、1944年8月。ドイツ軍占領下のパリでのお話。連合軍はノルマンディー上陸作戦に成功しました。パリへも、すぐにでも攻め込んでくる勢いです。そういう状況下で、パリの統治をヒトラー総統から任された、コルティッツ将軍。彼は、ある書類を受け取っています。それは命令書です。

「パリを徹底的に破壊せよ」

命令書の署名には「総統アドルフ・ヒトラー」の文字が。

街全体が、美術品とも言えるパリの街並み。何世紀にも渡る歴史的な建造物の数々、例えばノートルダム寺院、あるいは凱旋門、さらにはパリのシンボルでもある、エッフェル塔などなど。

これらに爆薬を仕込んで

「こっぱ微塵に吹っ飛ばしてしまえ!!」

それがヒトラー総統の命令なのです。

戦争が始まった当初は常勝軍団でもあったドイツ軍、並びに偉大なる総統閣下だったわけですが、1944年頃には、すでにそのカリスマ性も怪しくなりつつありました。ヒトラー暗殺計画が何度も企てられている。早くヒトラーを退け、戦争を終わらせようとしていた、多少なりともリベラルなドイツ軍人もいたわけです。

戦争も終盤になってくると、ヒトラー総統の命令は、もはや支離滅裂。のちにベルリンの焦土作戦の下地がこの頃からあったわけですね。

ヒトラーにとって、パリという「芸術の都」を占領した時は、さぞや痛快だったことでしょう。美術学校に入ることさえできなかった、貧乏絵描きとして過ごした自分の境遇。そして退廃的とされた現代芸術や、ユダヤ人の描いた絵画など、その存在自体が許せなかったヒトラー。その美の象徴、芸術の都を、ついに支配できた。自分の掌の中で芸術の都を「おもちゃ」として今や「なぶりもの」にできる立場なのです。

「パリ」という美の象徴を「グチャッ」と握りつぶしてしまえば、もう世界は、ヒトラーが美しいと思ったものしか存在できない! 彼はそんな妄想を抱いたのではないでしょうか? この思考パターンは、あの三島由紀夫の小説「金閣寺」の主人公にも通じるものがあると思います。

主人公の若き修行僧は、自分の前に立ちはだかる「美の象徴」「権威の象徴」としての金閣寺を焼いてしまいます。

主人公はラストシーンで、燃え盛る金閣寺を眺めます。

そして「自分は生きて行こう」と決意します。

しかし、主人公の思いと裏腹に、作者である三島由紀夫氏は、自ら「生きることの破綻」を「自決」という形で実行してしまいました。三島氏とヒトラーの想い、その破滅願望については、どこか通底している部分があるのでは?と僕には思えるのですが……。

まあ、ずいぶん脱線しました。

さて、本作は、パリ中心部にある、高級ホテルの室内が舞台です。

パリ壊滅を実行しようとするコルティッツ将軍。それをなんとかやめさせようと、説得工作に当たる、スウェーデン総領事のノルドリンク。

コルティッツ将軍には、このパリ破壊命令に逆らえない訳がありました。ヒトラー総統の命令書には、但し書きがあったのです。

「この命令に従わないものは、身分にかかわらず、連座責任とする」

たとえ「将軍」コルティッツであろうとも、パリ破壊を中止すれば、その責任は妻や子供達にも及ぶのです。その証拠にコルティッツ将軍の前任者は、すでに処刑されているのです。スウェーデン総領事のノルドリンクは、将軍の心の揺れ動きを読み取ります。

「ご家族の安全は、私が保障しましょう、脱出ルートは確保してあるんです」

時間の猶予はありません。連合軍は明日にもパリに入城しかねない。

二人の室内劇はどのような展開を見せるのでしょうか……

本作は83分という上映時間。その中に「パリ」という街が、今の姿であり続ける事が出来た、その歴史的瞬間が描かれて行きます。

僕が注目したのは、スウェーデン総領事ノルドリンクという人物の誠実さ、そして、大戦中も中立の立場を貫いたスウェーデンという国の姿勢であり、勇気でした。

まともに戦って勝ち目がない相手なら、あくまで外交で勝負する。

土俵際に追い込まれても、二枚腰、三枚腰で乗り切ってゆく。

そのハードネゴシエーターとして、総領事ノルドリンは活躍します。

さらには、あっさりドイツ軍に降伏した、フランスという国と、パリの人々。国家としては、死んだふりをしておいて、実は時を稼いでいた。その忍耐力と、時流を見極める、フランス人、大局観をもった国家としてのしたたかさ。映画作品を通して、そのお国柄をうかがい知ることができる。それもまた洋画の楽しみ方の一つだと思います。

 

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   フォルカー・シュレンドルフ

主演   アンドレ・デュソリエ、ニエル・アレストリュプ

製作   2014年 フランス、ドイツ合作

上映時間 83分

予告編映像はこちら

「パリよ、永遠に」予告編


くちびるに歌を

くちびるに歌を

2015年3月6日鑑賞

評価は自分でくだしましょう。

 

え~、え~っ、なんと申しましょうか、え~っ、そのぉ~、見事にひっかかりました。「どハズレ」映画でした。はっきり言って時間と金の無駄でした。僕は映画を観に行く前に、予告編やYahoo映画レビュー、映画.com等での評価を確認してから観に行くようにしています。

本作の「映画.com」での評価は5点満点中の4点、Yahoo映画レビューに至っては、レビュー数300以上、そのほとんどにおいて満点評価。総合得点は5点満点中、「4,45点」という「大絶賛」に近い評価でした。

予告編はまあ、そこそこだし、見に行ってみるか、という感じで観に行きました。

上映が始まると、僕のお尻はムズムズいたしました。

「はよ、帰った方がエエんとちゃうか?」

「自分の気持ちに素直になれや……」

「やっぱり途中下車が正解やで」

「こんなもん、映画とちゃうやろ」

上映時間132分のあいだ、いつ劇場を飛び出そうか?

そればかり考えておりました。

本作は長崎の五島列島の小さな高校の合唱部のお話。

合唱部の顧問の女性教師が出産のため産休に入ります。新たに赴任してきた音楽教師、柏木ユリ(新垣結衣)が新たに合唱部顧問となり、全国合唱コンクールを目指すというストーリー。

まずは疑問。

本作で描かれる高校生たちは絵に描いたような「良い子」ばかりです。

なんで、こんなにいい子ばかりなんだろう? 気持ち悪くて「ヘド」が出るぐらいです。

いくら田舎の高校とはいえ、もうちょっとひねくれ者がいたっていい。

そもそもなんで「合唱部」はコンクールに出ようとするのか?

出る必要があるのか?

その動機が全く映画では描かれません。

だから練習を頑張る姿に、なんの感動も覚えない。

合唱に限らず、全国レベルのコンクールに出ようなんて、それこそ、青春のすべてを賭けるという、並外れた精神力と熱意と努力が必要です。

その困難さにあえて立ち向かう、という無謀にさえ思える挑戦。その無謀さの中にこそ、「青春ドラマ」がうまれる土壌があるのですね。

であるからして、まずは高校生の全国レベルが、一体、どれだけのクオリティーの高さなのか? そのハードルの高さを映画冒頭で提示しなくてはならない。

合唱部が乗り越えるべき障壁を設定してあげなくてはならない。

そのあまりのハードルの高さに躊躇したり、ビビったり、逃げ出したり、でもやっぱり音楽をやり続けたい、と思うかもしれない。そういう「悩む姿」に観る者は共感を覚えるわけですね。

もともと音楽映画はハードル高いです。本作にはそういう意識、緊張感がまるでありません。

高校生と音楽を描いた作品では、矢口史靖監督の「スウィングガールズ」という格好のお手本があります。

「スウィングガールズ」予告編

全くやる気のない、ダメダメの落ちこぼれの高校生たちが、音楽をする楽しさにのめり込んで行き、女子高生のジャズバンドを結成してしまう、というお話。物語は終始コミカルに描かれます。どれほど、やる気がない連中か、どれほどダメな女子高生たちか? 映画前半ではそれらが全く違和感なく描かれて行きます。最初は補修の授業がサボれるから、という理由で始めた吹奏楽部の助っ人。楽器なんて触ったことはもちろんない連中です。それでも練習するうち、ちょっとだけ吹けるようになってきた。間近に迫った野球部の試合応援で、デビュー演奏するぞぉー、と盛り上がっていたら、突然、顧問のグータラ、天然女性教師から

「アンタら、今まで、おつかれさん。あとは部員達に任せて」

と告げられます。

集団食中毒から回復した吹奏楽部員たちが戻ってきたのです。

せっかく弾けるようになった楽器は、アッサリ取り上げられてしまいます。

主人公たち(ちなみに本作で大ブレイクした上野樹里、貫地谷しほり)は悔しくって大泣きします。

「畜生、せっかくここまで練習したのに!」

分かりますか、皆さん? 

彼女らが「なぜバンドを結成しようとしたのか?」その「強烈な」動機がここで提示されるわけです。

彼女たちはやがて、仲間たちでビッグバンドを結成し、音楽にのめりこみます。

そして映画のクライマックス。矢口監督はここで彼女たちに演奏の場を与えています。しかしそれは「コンクール」ではなく「誰でも参加できる」音楽祭という場でした。

ここに矢口監督の重要なメッセージがあるのです。「スウィングガールズ」という映画は、音楽の「競技、競争、コンペティション」を目指すお話ではないのです。

「音楽の楽しさを知る」映画なのです。だから彼女たちがラスト3曲を演奏する場は「音楽祭」なのです。そこに点数はつきません。

ぼくはこの「スウィングガールズ」を劇場で14回も鑑賞しました。

ラスト3曲を劇場で最初に聴いた時、全身に鳥肌が立ちました。

「すごい!!」

本作「くちびるに歌を」では、合唱部員たちは「競争、競技、コンペティション」を目指すわけですね。

それこそ「スウィングガールズ」以上の「熱量」を映画作品として持っていなくてはならないはずです。

僕が劇場で何度も居眠りをし、あくびをし、「ああ~」と深いため息をつくような映画作りで良いのでしょうか?。

やはり、映画は自分の目で見て確かめた方が良さそうです。

ただ、ロケ地の風景の美しさだけが本作の救いでした。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆

配役 ☆☆☆

演出 ☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆

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作品データ

監督   三木孝浩

主演   新垣結衣、木村文乃、桐谷健太

製作   2015年 

上映時間 132分

予告編映像はこちら

「くちびるに歌を」予告編

 

 



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