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8月X日

 喪くしてから気付いた

 つまらない大切な日々


 いつもどおり気怠い,午後最初の授業。

 「…の記述を通して絶対王政を支持したのに対し…」

 眠い…

 昼休み明けはいつもこうだ。

 

 授業には何の興味もない。

 でも,必修だし,出席にうるさいし,いつも出るには出てても座って過ごしているだけ。

 

 「…を発表することで,民衆には抵抗権が…」

 「…」

 黒板の上にある時計を見る。

 授業が終わるまで,まだあと10分以上ある。

 

 

 「…」

 右に視線を逸らして,窓の外を見るとトラックを走る人達の姿があった。

 一番暑い時間だというのに大変だ。座ってボーっとできるだけ,体育の授業より楽なのだろう。

 

 「…」

 窓と反対側に視線を動かすと,同じように気の抜けた様子の顔がいくつも目に入ってきた。

 首がガクンと傾いてハッとする人さえいる。

 顔を真っ直ぐに戻して,黒板を見るようにしながら,実はどこも見ないようにしていたら,また意識が飛び飛びになっていく。

 

 眠い…

 

 

 「!」

 覚めると同時に瞼が開く。

 遠くに白っぽく薄ぼんやりとした壁みたいのものが見える。

 

 ここは…

 一瞬混乱し,すぐに気付く。

 昨日眠る前に見たのと同じ,コンクリートの天井だ。

 

 気怠い授業という何でもない日常だったものは,夢。

 

 毎日コンクリートの天井を眺めて眠るという異常が,現実。

 

 今は明け方前くらい?

 

 でも時計は見ない。どうせ朝が来たって,平凡な日は始まったりしない。

 

 

 

 もう何人がいなくなっただろう…

 

 

 

 一度開いた瞼をもう一度閉じる。

 

 

 

 そして冀う。

 

  

 

 せめて夢でまた,あんなつまらない日に…

 


8月1日

 目が覚めた時

 日常が終わる


 踏切のように,ものすごい音で急に目が覚めた。

「…」

(なに?)

(椅子に座ってる?)

(ここ,教室じゃない?)

(机で寝てたの?)

乗ってたはずの電車の中じゃない…

 大きな音は,まだまだ止まない。

 周りを見る。

いるのは同じクラスの人達。

 みんな私と同じで,急に叩き起こされて何が何だか分からない顔。

 みんな私と同じで,周りを見回してる。

 

 「自然状態研究所へようこそ」

(!)

 突然声がしたと思ったら,前の壁に嵌め込まれた大きなテレビに青一色の画面が写ってる。

 でも,声はテレビじゃなく上から聞こえてきたみたいだ。

 「机の中に各自が使用する携帯端末を配付しましたので,確認しなさい」

(え?)

思わず声のとおり,机の中に手を入れると何かあったので,出してみたらピンク色の機械だった。

「各自,携帯端末の裏面のオンオフとある部分を押しなさい」

(オン,オフ?)

言われるまま『ON/OFF』と書いてあるところを親指で押す。

小さくピーッという音がして,画面が明るくなる。

「指紋と使用者を照合しました。今後携帯端末を使用する場合は指紋認証が必要です」

(は?)

確かに画面には私の名前が映し出されてる。

 「各自の机横にマニュアルを用意しました。この施設の利用や携帯端末の詳しい使用方法についてはマニュアルを読みなさい」

 

「…」

今やっと判ったけど,みんなの席順は出席番号順。

前の席の藍川くんは声のとおりマニュアルを机の横のフックから取ってめくり始めたけど,私は自分の名前だけ映った端末の画面をまた見た。

「自然法により,国民は一人の国王に自然権の行使を委ね,その臣民となりました」

突然,今度は青一色だったテレビの画面に字幕が映し出される。

 声は字幕を読み上げてるようだ。

「国王は法を制定して国家を統治し,臣民は議会を開き自治を行います」

 「それでは自然法を伝えます」

「国家は国王と臣民で構成され,国王は不可侵とする」

始まってしまうと,字幕も表示されながら,声が流れるように読み上げてく。

「日々選挙し,前日と異なる者を国王に選出する」

「国王が任期の間過去の法に矛盾しない限り制定する法は一本を超えてはならない」

「法は臣民に適用され,法に違反した者は排除される」

頭には何も残らない。

どこかお店で流れてるような音楽と同じだ。

「法の違反は臣民の告発でのみ確定する」

「臣民の議会に法以外の事項を提案した者については,否決をもって排除される」

「最初に法の違反があった日から三十日以内に人口を一にする」

「以上です」

「自然法については携帯端末で検索し表示することができます」

 

 「…」

頭は混乱したままだ。

 何が何だか全然解らない。

 次々声が聞こえてきて,何か考えてる暇がない。

 それなのに状況はどんどん変わってく。

 

一瞬何かが途切れてからまたつなぎ直すような音がして

「2年4組の出欠をとります」

相変わらず,唐突な声。

数秒して

「藍川優秀(あいかわまさひで)」

「はい」

当然出席番号1番から始まった。

「安齊美結(あんさいみゆ)」

「はい」

藍川くんのように,はっきりとは返事できなかったけど,一応声は出た。

「一ノ木梨加子(いちのきりかこ)」

「…」

「一ノ木梨加子」

一ノ木さんの返事が私には聞こえてたけど,出席を取ってる何かには聞こえなかったみたいで,もう一度呼ばれた。

「っ,はい」

「内海芳毅(うちうみよしき)」

「はい」

「鹿生健蔵(かのうけんぞう)」

「はい」

さすが健ちゃん,こんなときでも声は大きい。

「工藤満(くどうみつる)」

「はい」

「榮川シュテファーニェ栞那(さかえがわしゅてふぁーにぇかんな)」

「はい」

「佐藤英昭(さとうひであき)」

「はい」

「猪戸あかり(ししどあかり)」

「はい」

「鈴木まな恵(すずきまなえ)」

「はい」

「鈴木みな恵(すずきみなえ)」

「はい」

「曽根嶋茉莉亜(そねじままりあ)」

「っ,は,はいっ」

私もそうだったけど,曽根嶋さんも声は出にくかったようだ。

「田月信之輔(たづきしんのすけ)」

「はい」

「千賀理璃(ちがりりい)」

「はい」

「戸田龍太(とだりゅうた)」

「はい」

「中岡大翔(なかおかひろと)」

「はい」

「仁藤英基(にとうひでき)」

「はい」

(ヒデくんも返事がはっきりしててスゴイなぁ…)

「根津優香(ねづゆうか)」

「はい」

「野村光(のむらこう)」

「はい」

「長谷田雄生(はせだゆうせい)」

「はい」

「舟山涼香(ふなやますずか)」

「…ぃ」

「舟山涼香」

「っ,はい」

元々声が小さめの舟山さんは,こんなときの返事は余計に大変かも…

「星佑太郎(ほしゆうたろう)」

「はい」

「前田美紗(まえだみさ)」

「はい」

「三浦克哉(みうらかつや)」

「はい」

「三田珠美佳(みたすみか)」

「はい」

「村井麟汰(むらいりんた)」

「はい」

「森愛麗沙(もりありさ)」

「はぁ~い」

(こんなときにこの返事…)

森さんって別な意味でスゴイ…

「矢口広魅(やぐちひろみ)」

「はい」

「柚島美愛(ゆずしまみあ)」

「はい」

「綿谷爽輔(わたやそうすけ)」

「はい」

最後の綿谷くんまで点呼が終わった。

 

 「2年4組,全員出席確認できました」

また切り替えの音みたいなのがして

「終了します」

という言葉で画面がまた青一色に戻った。

 (!)

突然一斉にまた踏切みたいな警報音が鳴った。

 何人かが反射的に机の上の端末を掴む。

 私も端末を持ち上げると,画面には『メールが届きました』とあって,メールマークが点滅してた。

 (……)

メールマークに指で触ると,画面が切り替わって,受信メールの一覧が。

 1件だけ来ている“@国王選挙”に触ると,メールは開いて

 

~今から本日の国王選挙を開始し,30分以内に国王名を送信せよ~

 

とだけ書いてある。

 「え?」

あまりにも急で一方的なメールの内容に驚いてしまう。

みんな私と同じ感覚だったようで,ちょっと左を向くと隣の佐藤くんも強張った顔をしてる。

 それにしても,今すぐ選挙しろと言われても,やり方も決まってないし,どうやれば…

 「みんな」

その時,途方に暮れそうだった私の目の前で藍川くんが立った。

 藍川くんは身体ごと後ろに向きを変えて

 「呆然としてても仕方ない。やることをやらないと」

と言いながら前の方へ歩いて行く。

 「国王選挙とやらをしなければいけないみたいだから,普通の選挙のようにまずは立候補をしたい人がいるかどうか知りたい」

そう言って,軽く顔を左右に振って部屋全体を見回す藍川くん。

 「…立候補はないということか」

藍川くんはちょっと首をひねって

「そうすると,くじ引きとかで決めるのか?」

みんなに訊ねるようにしてから

「分かった。やりたくないのは俺も同じだけど,誰か国王にならないといけないなら,出席番号も最初だし今日は取りあえず俺がやってもいい」

と言って,またみんなを見回す。

 「…藍川では駄目だという意見もないようなので,俺でいいという人は拍手でもしてくれ」

物音一つしない中,藍川くんの声の余韻が響いているような状態が数秒続いた。

 左の方からパチパチと音がしたので,そっちを見ると,森さんだった。

 「誰かに決まんないとヤバイんだろーし,藍川でいいんじゃないのー」

私と同じように10数人が森さんを見てて,森さんのその一言で,パラパラと拍手は増えていった。

 「…じゃ,みんなの承認ももらえたという感じなので,今日は俺が国王をやります」

藍川くんが言うと,またパラパラと拍手が起こった。

 

 「国王の名前を送信するということなので,田月くんと野村くんに立ち会ってもらいたいんだけど」

「…」

「…」

藍川くんが目の前に座ってる田月くんと野村くんに声を掛けると,二人は無言で立って藍川くんの左右に移動した。

 藍川くんが端末を操作して,それを二人が見ている状態が数分続いてけど

「!」

またさっきの警報音。

 端末のメールマークに触ると“@国王選出”“@法の制定”というメールが一度に2通届いてた。

 

8月1日 @国王選出

~藍川優秀を国王に選出~

 

8月1日 @法の制定

~国王藍川優秀は法を制定し,本日中に内容を送信せよ~

 

 「そうか,法も決めないといけないんだったな」

みんなと同じく端末に目を落としていた藍川くんが顔を上げて

「とにかく全員で協力し合うことが一番大事だから,1日1回は必ず午後7時にここに集まって話し合うことにしよう

と言うと,今度はすぐに拍手が起きた。

「ちょっと勝手だけど,この部屋は集会室って名前にするから,いいよな?」

別に拍手はなかったけど,誰からも反対がなさそうなのは間違いなかった。

 「今決めたのを送信するので,そのまままた二人にお願いします」

「…」

「…」

田月くんと野村くんが端末を覗き込む真ん中で藍川くんが端末を操作した。

数分してまた警報音が鳴ったので見ると,“@国王の法”というメールが届いている。

 

8月1日 @国王の法

~今日の法は【全員午後7時に集会室に集まる】です。 藍川~

 

 

 「やらないといけないことは全部終わったようだけど」

自分でも端末の確認をした藍川くんがみんなを見回す。

「このあとはどうする?」

どうすると訊かれても私には勿論分からない。

 「ずっとここにいても仕方ない。マニュアルとかいうのもあるけど,まずは,暗くなる前にこの建物の外がどうなってるか調べないか?」

左から声がしたのでチラッと視線を向けると,長谷田くんのようだった。

「そうだな」

相槌を打ったのは,声からしてたぶんヒデくん。

 「外を調べるってことで,みんないいか?」

「こんなところにずっといれないでしょ?」

訊き返すような森さんの言葉。

 「ここの外を調べるというのに誰も反対しないようだけど,行きたくない人は行かなくていいと思うから,今は3時ちょっと過ぎだけど一旦解散,少し余裕をもって7時10分前にはここ集合ということにしよう」

藍川くんが言うと,すぐに長谷田くんが立ち上がった。

「自分で言い出したんだから,俺は外に行く。できれば俺以外も外に出てくれ」

「俺も行く」

次に立ったのはヒデくん。

「こういうのには俺も行かないとな」

後ろから声がしたけど,この声からすれば健ちゃんだ。

 健ちゃんが立つと,男子は席を立って,出入り口の方へ向かった。

 「行ってらっしゃーい,気を付けて頑張ってねー」

森さんだ。

「他にも部屋はあるんだろうし,うちらは中を見てみるからねぇー」

森さんの言葉に何だかちょっとホッとする。

 外に何があるか全然判らないのに出るのはスゴク怖いけど,みんながみんな外を見に行かなくても,建物の中を調べるのも大事かもしれないし,それなら私にもできそうだ。

 

 結局男子は全員部屋から出て行って,中に残ったのは全員女子。

 (……)

森さんの言うとおり私達も建物の中を調べに行かないと,と思ったその時

「安齊さん」

前から声を掛けられた。

 「え?」

私を呼んだのは榮川さんだった。

「っと,どうしたの?」

「私と調べに行こう」

「え,うん」

「一ノ木さんも一緒に行こう」

「ぁ…」

榮川さんからすれば,私はすぐ右斜め後ろで一ノ木さんは私の後ろだから,一番近い席の私達に声を掛けてくれたんだろう。

 見ると,猪戸さんと曽根嶋さんと双子の鈴木さん達4人もグループを組んでた。

 「じゃあ,榮川さん,一緒に行こう」

「うん」

「一ノ木さんも行こう?」

「……」

声は出せずに頷くだけの一ノ木さん。

 「何か持つならバッグから出して」

「え?」

榮川さんが指で差すところ,私の椅子の下に私が家から持ってきたバッグが入っていた。

 「…」

バッグを開けてみると私が入れたとおりに入れた物が入っているけど,何を持って行けばいいかなんて全然分からない。

「別にないみたい」

「…」

一ノ木さんも同じみたいで,首を横に振った。

 

 私達3人は森さん,矢口さん,美愛,三田さんグループに続いて廊下に出た。

 グループは前田さん,舟山さん,根津さん,千賀さんのグループもあって,4つだ。

 4つのグループは最初一緒だったけど,廊下が分かれるたびに4つが2つずつに分かれ,2つが1つずつに分かれた。

 榮川さん,一ノ木さんと3人きりになってしまうと,なんか緊張してしまう。

 普段,一ノ木さんとほとんど話をしたことはなかったけど,一ノ木さんは物静かな人だから,私のように口数の多いタイプでない舟山さんや曽根嶋さんなんかと話が合うようで,それが判ってることもあって決心しなければ話し掛けれない感じじゃない。

でも,榮川さんとは会話の糸口が見付けられない。

榮川さんの名前は『シュテファーニェ栞那』。

背が男子とあまり変わらないように見えるから,きっと170㎝より高いんだろうし,肌がホント真っ白で,髪も眉も全部金髪で,瞳は青で,顔だちもヨーロッパ系の人にしか見えない。

授業中に教科書を読むとか,何か答えるとか,そういうときに話すのを聞いたことはあるけど,私達と何も変わらない感じで別に日本語が不自由ってわけでもないみたいだから,話し掛けるのに言葉の心配があるんじゃない。

学校にいる間,誰ともしゃべらない榮川さんについては,私に限ったことじゃなく,誰も何も知らない感じなので,話題がないというか,決心して話し掛けても話が弾むとは思えない。

 最初いた部屋を出てすぐの廊下で,前田さんが,途中で見付けた物をメモしておくよう言って紙とペンを渡してくれたので,言われたとおり目に入ったことを書き留めながら,誰も一言もしゃべらずに,ただ歩いた。

 

 「?」

でも,ふと目に入ったのは,榮川さんが地図も描いている様子だった。

 「そっか,地図も描いた方がいいのか」

スゴク感心したので,独り言のように呟いてしまったのだけど

「これは配置図」

榮川さんには聞こえていたようだ。

 「うん…そうだね」

なんかピシャッと窓を閉められてしまったような感じに似てて,ちょっと怖かった。

「できれば二人も」

「え?」

ところが榮川さんは私との話を締め切ったわけではなかったようで

「配置図を作って」

と言った。

「あ,うん」

私が頷くと,傍で一ノ木さんも頷いた。

「別々に作ると見落としが減るから」

「あ,そうなんだ」

メモしてと言って紙とペンをくれた前田さんもそうだけど,榮川さんも冷静な人なのだった。

私は前田さんに渡されたものを使ってるけど,榮川さんは自分でノートを持ってきたようで,これも持ってきたのだろう,机の横にかけてあったマニュアルを時々開いて見たりしながら,熱心にノートを書いてる。

 テキパキとやるべきことを進めてくれた藍川くんといい,何となくみんなの足を前に向けさせた森さんといい,こんな訳の分からないことに巻き込まれてながら,しっかりした人達がうちのクラスにはいてくれたようだ。

 

 「それにしても随分広い建物だね」

「…」

「…」

「部屋はいっぱいあるけど,中身は空っぽだね」

「…」

「…」

私ばかりがしゃべって,榮川さんも一ノ木さんも黙ったままだ。

 でも,普段からこの二人はしゃべらないし,私は逆に授業中とかでなければ,しゃべらない時間の方が少ない。

しゃべり続けてれば,私はいつもの感じでいれる気がするし,できるだけいつもどおりの空気を作るためには,それでいいのかもしれない。

 

 榮川さんと一ノ木さんと三人で行き止まりにあった部屋を調べた。

 調べ終わると元来た道を引き返すしかないわけだけど,部屋を出たところで,廊下を曲がってきた前田さんが見えた。

 「あ,前田さん」

「安齊さん」

「こっちはもう行き止まりだから戻るしかないよ」

前田さんに言うと,前田さんの後ろから根津さんと千賀さんが来て

「こっち側も見たの?」

と千賀さんに訊かれたので

「うん,私達そっちから回ってきたから」

と答えると

「そうなんだ」

「じゃ,建物の中は多分全部見たのかな」

千賀さんと根津さんが言ってから

「私達,安齊さん達3人以外の全員とも行き当たったから,そのようだね」

前田さんが言った。

 「もう見る所がないなら,最初の部屋に帰ろうか」

「そうだね。うちら以外はみんな帰ってるだろうし」

前田さんと根津さんが言うので

「私達も戻る?」

振り返って榮川さんと一ノ木さんに訊くと,二人とも頷いた。

 

 

 最初いた部屋に戻ると,ほかの2グループはもう部屋にいた。

 みんなが調べてきたことを合せると,この建物の中には体育館やシャワー室,食堂とか図書室とか保健室みたいな部屋まであって,服がいっぱい置いてある部屋や洗濯機のある部屋も見付けたらしい。

 私達はカーペットの敷いてある少し小さめの部屋を3つ見つけたけど,同じような部屋はあと2つあったようだ。

 私達が調べた部屋は,どこも鍵なんてかけてなかったのに,森さん達が見付けた食堂の隣にある部屋2つには鍵がかかっていて入れなかったようだ。    

それに,森さん達が食堂を調べてたら,自分の端末をタッチするところがあって,タッチすると30くらいもあるメニューの中から好きなものを選べて,料理が機械から出てくるのが判ったらしい。

そんなスゴイ部屋もあったみたいだけど,私達が実際に見たほとんどの部屋は何一つないがらんどうで,倉庫って感じの部屋のいくつかには掃除用具とかペンキとかカラースプレーなんてものだけあって,保健室みたいな部屋なのにベッドなんてなかったりしてた。

調べたらかえって分からないことばかりになってしまった感じ。

 

私達が戻ってきて少しすると,男子達がみんな帰ってきた。

「どうなってたの?」

ヒデくんに訊いてみる。

「んー…」

ちょっと困ったような顔をする。

「この建物以外の場所はほとんど行けないみたいだ」

「え?なに,それ?」

ヒデくんの言うことの意味が全然分からない。

「この建物から3分くらい行くと崖で,下は海になってるんだ」

「海?崖?」

訊き返す。

 ヒデくんが小さく頷いて

「東と南は海で,北と西は3分くらい行ったところが10mよりも高いコンクリートの壁が立ってるし,遠くは壁より高い森になってて見えない」

と言うので

「えぇ…」

気の抜けたような返事しかできない。

「建物の周りは野原しかないしな」

健ちゃんが言うけど

「…」

もう何も言葉が出ない。

 

 

 ヒデくんや長谷田くんが前田さんや千賀さんと話してるのを眺める。

 「どうしたの,ボーッとしちゃって?」

声の方を見たら美愛だった。

 「うん,何だか訳分かんなくて」

「そうだよね」

美愛は私の向かいに座った。

「何なの,一体って思うよ,あたしも」

「うん…」

「だいたい,ここってどこ?」

「うん…」

二人で顔を見合わせる。

美愛とは中学校以来の友達だ。

健ちゃんとヒデくんが小学校から一緒だけど,女子だとやっぱり美愛と一番気が合う。

「まず,ご飯に行こっか?」

「え?」

「何かさ,5時半からは食堂?の機械動くみたいで,もう行っちゃってる人もいるよ」

「はー…」

ちょっとビックリするし,笑ってしまいそうになる。

私はさっきから何も考えれないし,お腹も別に空かない。

前田さんとか榮川さんみたいなしっかり者はいたけど,こんなとこがしっかりした人もいたんだ。

「ホントに出てくるのか試してみたいじゃない」

「うん」

少しだけ口の端が上がったと自分でも判った。

(美愛の明るさにはいつも助けてもらってるなぁ)

 

 食堂に行ってみると

「健ちゃん?」

もう食べ始めてたのは健ちゃんと野村くんと田月くんの3人だった。

 「やっぱりなぁ」

「お,何だ,美結。もう来たのか?」

「もう来たのかって,先に来てたのは健ちゃんの方だよ」

「おお」

右手を上げて応える健ちゃん。

 隣で美愛が笑ってる声が聞こえるけど,たぶん私も笑ってるはずだ。

 「こんなとき誰が食べに行ったのかと思ったら,やっぱり健ちゃんだ」

ただ,隅っこの方では森さんと三田さんと矢口さんの3人も食べてるようだった。

 美愛も私もオムライスを選んでテーブルに戻る。

 「スゴイねぇ,どーゆー仕掛けになってるんだろ」

「裏で何かになってるみたいだよね」

「うん」

説明書きどおりにしてメニューを選んでみたら,ちゃんとベルトに乗って出てきたのだ。

 「…」

健ちゃん達から2つ離れた席に美愛と向い合せに座ったら,いつのまにか隣に榮川さんが来ていた。

「…隣に座ってもいい?」

「いいよ」

「…」

トレイをテーブルに置いてから私と健ちゃんの間の席に座った。

 「榮川さんのは何?」

「野菜天ぷらと白飯と味噌汁…」

「そっかぁ」

一応私の問い掛けに答えてくれたけど,何となく空気が固かったので,それ以上はやめた。

 「味はまあまあ食べれるくらいだね」

「うん」

美愛の言葉でちょっと笑ってしまった。

「あんなベルトに乗って出てくるんだし,絶対裏で冷凍かなんかをチンしてるんだよ」

「そうかも」

1分くらいで出てきたし,美愛じゃないけど自販機みたいな仕組みなんだろう。

 

 私と美愛が食べ終わった頃には,大体の人達がご飯食べに来ているようだった。

 

 

 食べ終わって,そのまま最初の部屋に行く。

 「お,美結も来たのか」

部屋に入るとヒデくんが手を上げてくれてるし,隣に健ちゃんもいて同じようにしてる。

 「もうご飯は食べたの?」

「俺は早食いだからな」

「そうだね」

笑いながら頷く。

 「あれ?さっきの席じゃなくていいの?」

美愛がヒデくんに言った。

 健ちゃん達が座ってるのは右から4列目の一番後ろ。

 健ちゃんが後ろ,ヒデくんが前の席に座ってて,もちろん最初の席とは違う。

 「別にいいんじゃないか」

「ああ」

「そっか」

美愛はヒデくんの右隣の席で椅子を引いて

「あたし,こっちにするから,美結はそこにしなよ。早い者勝ちだよ」

私に健ちゃんの右隣の席を勧める。

 「うん」

美愛に言われたまま座った。

 ふと見たら,最初は私の斜め前,右から2列目の一番前に座ってた榮川さんが,いつのまにか1列目の一番後ろに座ってた。

 

 

 藍川くんが言ってた7時10分前。

 ほとんど全部の席に誰かが座ってるけど,でも2つ空いてる。

 「誰だろ?」

「んー…」

ヒデくんは部屋をグルッと見回した。

 「佐藤と根津のようだな」

「そうなんだ,大丈夫かな」

美愛が言う。

 「大丈夫って?」

「7時にはここにいなきゃいけないんでしょ?だから」

「ああ」

(そうだよね)

法律とかっていうのを守らなかったらどうなってしまうのかは分からない。

(分からないけど,何だか分からなくても守った方がいいよね)

フワフワとした訳の分からない怖い感じがするんだ。

 

 7時2分前。

 「ちょっと,佐藤と根津は何やってるんだ!」

長谷田くんがイラついたように言う。

「7時にいなかったら,どうなるの」

「やっぱり何かになっちゃうのかな」

私と健ちゃんの前に座ってる双子の鈴木さん達がポソポソと話してる。

 「探しに行くとかしたくても,7時になるまでここから出れないぞ」

「そうだな」

隣は田月くんと村井くんだ。

 

 7時になった。

 2人は来ない。

 シーンと静まり返ってる部屋で12を指してた時計の針がカチッと動く音がした。

 「みんな!」

長谷田くんが前に走り出た。

 「根津と佐藤を探しに行くぞ。男子も女子もさっき調べに行ったときと同じグループになって,手分けして行こう」

「…」

「…」

無言で健ちゃんとヒデくんが立ち上がって,野村くんと工藤くんの肩を叩いた。

 そして部屋の外に走っていくのを見てたら,私の隣に人影が。

「安齊さん,行こう」

榮川さんと,一ノ木さんが立ってる。

「う,うん」

「あたしも行くよ」

美愛だ。

 「うん」

さっき調べに行ったときのグループに美愛は入ってないけど

(今一緒なんだし,一緒に行ってもいいよね)

 「…」

榮川さんは早足でドアに向かって歩き始めたので

「美愛,一ノ木さん,行こう」

慌てて3人で榮川さんに付いていく。

 

 

 8時過ぎ。

 集会室でぼんやりしてしまってた。

 集会室には全員がいるわけじゃない。

 それに,全員揃うことはない。

 根津さんも佐藤くんも死んでたらしいから。

 根津さんは外で,佐藤くんは建物の奥の方の部屋の中で,ヒデくんに美結は見に行くなと言われたし,実際見てきた健ちゃんから聞いた話だけだけど,二人とも身体が千切れたみたいにして死んでたようだった。

(身体が千切れるって…)

見てなんかいないから,考えてるだけだ。

息が止まるくらいお腹が締め付けられるようだ。

苦しい。

フワフワしてた怖い感じは,もうズッシリ重い恐怖だった。

思う。

(こんなことが本当じゃない)

 頭を振る。

(でも,健ちゃんとヒデくんがこんな嘘ついても…)

 胸の辺りを押さえる。

(なに,これ…)

 建物の中を調べた最後に根津さんと会って,話もした。

 その根津さんが…

 

 「美結」

「…」

「美結」

「…」

 「おい,美結!」

(!)

 「え?」

肩を揺さぶられたから,ヒデくんを見る。

「…なに?」

「なにって,美結も気を付けろよ」

ヒデくんらしくないイライラ感。

「え?気を付けるって?」

ヒデくんのイライラが何か全然解らない。

「美結はショックで聞こえてなかったんだよ」

美愛が言うと

「はぁー…」

ヒデくんが腰に手を当てて溜め息をついた。

 「今度は美結,ちゃんと聞けよ」

無言で頷く。

 「法を守らないと排除されるのが本当だから,排除ってのは死ぬってことなんだ」

「うん…」

「だから,とにかく法を守ることだけは絶対気を付けろよ」

「うん…」

今度はヒデくんの言葉が何とか頭に引っ掛かったので

(法律は守んなきゃ)

とだけは思った。

 「それにしても…」

ヒデくんが腕組みをする。

「なに?まだ何かあるの?」

重すぎる恐さに潰れちゃいそうなのに,でも訊いてしまう。

 「誰が告発したんだろうと思ってな」

「え?」

やっぱりまたヒデくんの言いたいことは全然解らない。

 「ゴメン,解らないよ…」

「ああ,俺こそ,言葉が足んなくてゴメン」

ヒデくんは腕を解いた。

「佐藤とか根津が,7時に集会室にいるって法を守らなかったとはいっても,誰かが告発しなければ違反にはならないはずなんだ」

「え…」

「今端末で確かめてみてもそうなってる」

「うん…」

「佐藤と根津を探すために,俺達はグループで行動しただろ?」

「うん…」

「告発のとき端末に向かって話さなきゃいけないみたいだから,誰にも聞かれないで告発するのは多分無理だ」

「うん…」

「佐藤や根津を監禁した奴と告発した奴は同じだろうし,しかも一人じゃなくてグループだってことだよ」

「うん…」

「どうしてだ,英基?」

気の抜けた返事しかできない私に代わって,健ちゃんが訊いてくれた。

 「いいか,健蔵。誰にも聞こえないようにできないってことは,聞かれてもいいように告発したってことだ」

「だから?」

「だから,佐藤や根津を告発した奴等は告発することで意見が一致したってことだ」

「そうなのか?」

「…」

健ちゃんは不思議そうにしていたけど,私にはやっとヒデくんの言いたいことが理解できた。

「もう足のすくい合いが始まったんだよ,健蔵」

「あ,ああ」

「こんなことはこれからいくらでも起きるぞ。俺達も絶対やられないようにしないと」

 「…」

それまで何とか立っていれた私だったけど,ヒデくんの言葉が終わるとしゃがみ込んだ。

 「美結,大丈夫か?」

「うん…大丈夫」

視線は床に向いたまま健ちゃんに答える。

 ヒデくんの言うとおり,一人一人がお互いに誰かを,グループの違う人達を,それぞれ敵だと思い始めたら,どうなっちゃうだろう。

 頭の中がぽっかり空洞か真っ白になり,涙も声も出ない。

(こんなの夢なんじゃないの?)

 

 

 でも,なんか解った。

この夢は終わらない。

 死ぬまで…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  佐藤英昭

  根津優香

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  28人


8月2日

 夜が明けないでと思った

 でもやっぱり朝になった



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