閉じる


<<最初から読む

19 / 22ページ

8月9日

 「一致団結」とかけ「鋳物の槍先」と解く

 その心は「同質硬くくスゴクもろい」


 「美結」

 「?」

 呼ばれて目が覚めた。

 

 「え?」

私の横にいたのは健ちゃん。

 「あ,あの,どう,したの…」

慌てて飛び起きる。

 「これ,美結に来てたぞ」

健ちゃんは,折った紙みたいなのを私に見せた。

「え?なに,これ?」

「いや,俺だって分からねぇけど,あて名が美結だったから」

健ちゃんは,そう言って持っていた紙を私の手の平の上に置いた。

 

 「・・・・・」

 折った紙には,『ミユさんへ』と定規を使って書いたみたいなまっすぐな線だけの字で書いてある。

 うちのクラスで,『ミユ』は私一人だから,こう書いてあれば私あてなのは間違いない。

 「健ちゃん,ヒデくんは?」

「英基は,他にも同じようなのがないか探してる」

「え?」

「これは,さっき廊下に出ようとしたら,ほら,廊下出るところにもドアがあるだろ?」

「うん」

「そっちのドアの,下の隙間から入れたみたいに落ちてたんだ」

「え?」

「英基に見せたら,他にもあるかもしれないって」

「そうなの…」

 折った紙にまた目を落とす。

 「これ開けていいのかな」

「美結あてなんだから,当たり前だろ」

「うん,でも,ヒデくん来るまで待ってた方が」

「そんな紙,危なくなんてないだろ」

「うん,まあ」

 自分が注意深いなんて思ったことない。

 でも,何となく言ってしまったら,健ちゃんに笑われてしまった。

 「そうだね」

 ゆっくりと折り目を開く。

 

 「…」

「どうしたんだ,美結」

「…」

「美結」

「あ,ゴメン」

 押し寄せたハテナで頭がいっぱいになってボーッとしてしまったみたいで,健ちゃんの声でハッとした。

 「何が書いてあるんだ?」

「え,うん」

紙を健ちゃんに渡す。

「俺が読んでいいのか?」

「うん」

「分かった」

「うん」

 

 健ちゃんが紙を見ている間,紙の裏を見てた。

(あ…)

 そして気付いた。

 この紙は美愛が持ってたメモ帳の紙だ。

 私は別に好きでも嫌いでもないけど,ちょっと変わったキモカワのキャラクターを美愛はスゴク気に入ってて,見つけた物は大抵買ってた。

 このメモも何回か見たことがあるから,同じのを持ってる人がいないとは限らないけど,たぶん美愛のだろう。

(美愛が?)

 メモは美愛のだろうけど,書いたのも美愛なのかな…

 

 「これって,あれだろ?下の紙に付いた字の跡を見えるようにするために真っ黒にするっていう」

「うん…」

「何て書いてあるかは判るけど,中身は訳分かんないな」

「うん…」

 メモはエンピツを寝せて塗りつぶして浮かび上がった字の跡を赤いペンでなぞってハッキリさせた言葉が並んでた。

 しかも,最初に『美結へ』って書いてあった。

 メモが美愛のだって気付いてから思い出したけど,私のことを『美結』と呼ぶのは3人しかいない。

 健ちゃん,ヒデくん,美愛の3人だけだ。

 あとの人達は『安齊』。

 あ,栞那ちゃんも私を名前で呼ぶけど,呼び捨てではない。

 ってことは,やっぱり書いたのも美愛だったって考えるのが当たり前なんだろう。

 

 

 あの後すぐヒデくんが帰ってきて,他に同じような紙とかは落ちてなかったってことだったし,少し早いけど朝ご飯を食べようってことになったので,健ちゃんとヒデくんと一緒に廊下に出た。

 

 「ゴメン,私ちょっと行っていい?」

トイレの前で立ち止まる。

 「ああ,でも気を付けろよ」

「うん,分かってるよ,ヒデくん」

 トイレに入って,全部のドアが開いてたから誰もいないんだろうとは思ったけど,一応全部の仕切りを覗いてから一番ドアに近い所に入った。

 そうすることが『気を付ける』ってことだってヒデくんに言われてるから。

 「…」

 内ドアを閉めて,バッグから,そっと美愛のメモを出す。

 メモに目を落とす。

 

 美結へ

2104

かなり乱暴

8300

シーソーなら見ると何?

 

 トホウにくれる。

全然分からない。

 鉛筆で塗りつぶした中に赤抜きだから,まず,字そのものが美愛の字か,よく分からない。

(大体にして,美愛,これで私に何を知って欲しかったの…)

 美愛の考えてたことが分からない。

 私は,まぁ,スゴく頭がいいってわけじゃないから,このメモから分かることは何もない。

 それは,美愛だって分かってたはずで,このメモの意味を私に分かって欲しかったわけじゃないだろな…

 じゃあ,ヒデくんだったら分かるかっていうと,それも違った。

 ヒデくんも,やっぱり分からなかった。

 結局,このメモを私に渡そうと考えて,実行した人って,誰?

 同じ部屋の人なら,ドアの下から入れて渡そうとするなんて回りくどいことはしないだろうから,同じ部屋じゃない人かも…

 

 

 朝の集会は,村井くんが決めた法律を確認するだけで終わった。

 『告発は法の違反があってから10分以内にすること

っていうのが,その法律。

 スゴク大事な法律だ。

 どうして今まで誰も作ってくれなかったんだろう…

 昨日の長谷田くんのもそうだ。

 『法の適用は遡及しない

 この二つが,もっと早くから決まってたら,いろんな人は助かってたかもしれない。

 いや,きっと助かってたはずだ。

 何となく,こんなことになってからできたグループみたいなのがあるのを感じる。

 あたしは,いつも理璃と一緒にいた。

 でも,ただそれだけで,あたしは理璃を助けれなかった。

 今からでも,どこかのグループみたいなのに入った方がいいんだろうか?

 同じ部屋で過ごしてる舟山さんとか一ノ木さんとか。

 仲良くするのとは違っててもいいけど,できる限り協力し合わないといけないと思う。

 でも,そんな都合が良くできるのかな。

 あたしは要領がいい生き方をしてこなかったから。

 

 朝の集会が終わって見てみたら,いつもはサッと出て行っちゃう栞那ちゃんが座ってた。

(いいチャンスなんだろうな…)

 「健ちゃん」

「ん?」

「まだもう少しここにいる?」

「んー…」

健ちゃんはチラッとヒデくんを見る。

 「別に行くところもないから,しばらくはいるぞ」

ヒデくんが言ったので

「じゃ,俺も」

健ちゃんが私にうなずいた。

 「うん」

「美結,廊下には出るなよ」

「うん」

 

 栞那ちゃんの横まで歩いて行ってから,その場で大きく息を吸って

(よし!)

声を掛ける。

 「あ,あの,栞那ちゃん」

 「・・・・・」

ゆっくりと長いまつ毛の下の青い瞳がこっちを向く。

 「なに?」

「あ,うん」

栞那ちゃんの視線が真っ直ぐ突き刺さってきたから

「っと,あの,うん,その」

しどろもどろになってしまって,「何でもない」とか言って逃げちゃいたくなるのを必死でガマンする。

 やっぱり栞那ちゃんと気軽に話せないのは全然変わらない。

 「ちょっと訊きたいことが…」

「私と?」

「うん」

「廊下の方がいいのでは?」

スーッと立ち上がる栞那ちゃん。

 「っと…」

辺りを見回すと,もう大体の人は出て行ってしまってるようだった。

 「すぐだから,ここでいいよ」

「そう」

「うん」

ヒデくんに止められてるのもあるから,廊下には行けない。

 「訊きたいことというのは?」

立ったまま,また座ることはしない栞那ちゃん。

「あ,うん」

(さっきちゃんと決心したんだから,聞かなきゃ)

「美愛の書き置きを届けてくれたのは,栞那ちゃんなの…かな?」

 「書き置き?」

 いつもと同じで表情は全然変わらない。

 でも,聞き返してきたくらいだから,美愛のメモ紙を入れてくれたのが栞那ちゃんじゃないのは分かった。

 「柚島さんが何か書き残していた?」

「え,うん」

「…」

 口に左手の甲を当てて何か考え始めた感じの栞那ちゃん。

 前もそうだったけど,栞奈ちゃんのこれは,何か考え込むときの癖なのかもしれない。

 「・・・・・ったか・・・・とく・・・・・か…」

「え?」

唇をふさいだまま何かつぶやいたので,栞那ちゃんが何を言ったのか全然分からなかった。

 「…」

チラッと栞那ちゃんを見上げるようにする。

 「ん」

栞那ちゃんは当ててた手を口から離して,私を見返した。

 「今も持っている?」

「メモを?」

栞那ちゃんが無言でうなずく。

 「ゴメン,今持ってないの」

首を振る。

「そう」

やっぱり全然栞那ちゃんの表情は変わらない。

 「あ,でも,バッグの中に入ってるのを,すぐ持ってくるから待ってて」

そう言った私の顔の前で

「…」

栞那ちゃんは左手を広げた。

 「え?」

「あとでいい」

「あと?」

「次の集会のときに,集会室で私が落とすノートに挟んで」

「え?」

栞奈ちゃんの手が私の顔の前から引っ込められたとき,もう栞奈ちゃんは私の方を向いてなかった。

 そして,机の上のバッグを肩に掛けて行ってしまった。

 「あ,あの…」

もちろん,私の言葉が聞こえたのかどうかはともかく,栞那ちゃんは立ち止まったりなんてしない。

 

 

 お昼ご飯の前まで,同じ部屋の人達で一緒に建物の外に出た。

 昨日は暑かったけど,今日は少しだけ涼しい感じだ。

 夏ってことには変わらないけど。

 ご飯を食べてから,部屋に戻って静かにしてたら,眠くなってきた。

 おとといは全然寝れてないけど,昨日はほとんど寝れなくて,明け方ちょっと前にウトウトしただけ。

 そんな私が眠そうなのに気付いた健ちゃんが,「寝てろ」って言ってくれたから,お昼寝をした。

 何の夢も見なかったので,まぁまぁふつうに起きれて,時間はもう4時近くだったのでビックリした。

 

 夕ご飯食べてから集会室に来てみると,何人かもう来てた。

 来てた人の中には栞那ちゃんもいて,いつもの席に座ってる。

 私達も,いつもの席に座る。

 

 何分かしてから,栞那ちゃんからすれば窓の方,私達の方に向かって歩いてきた。

 何か私に用なのかと思ったけど,栞那ちゃんが全く私の方を見ていない感じだったので,私に用があるわけじゃないようだ。

 「!」

そして,私の座ってる席の横を通り抜けようとした栞奈ちゃんから,わきに挟まれてた物が滑り落ちた。

 ノートと紙が結構ハデな感じで床に広がった。

 「あ,大丈夫?」

床に散らばった3冊のノートと,いっぱいの紙。

 栞奈ちゃんが拾い始めるのを見て,私も自分の近くまで散らばったのから拾い始める。

 「紙はノートに挟んでくれればいい」

「え?」

 私に向けられた青い瞳からのまっすぐな視線で,瞬間的に,さっきの栞奈ちゃんの言葉の意味が分かった。

(落とすノートに挟んで…か)

 散らばった紙を拾い集めながら,用意してた美愛のメモをノートに挟む。

 「はい」

拾い集めた紙とかをノートに挟んで,栞奈ちゃんに差し出す。

「ありがとう」

「ううん」

(これで,栞奈ちゃんに美愛のメモを渡せた)

 もちろん,栞奈ちゃんにだってメモの意味なんて分からないかもしれない。

 ヒデくんにも分からなかったんだから。

 

 

 7時になったけど,空いてるところは10コ。

 10コっていうのは,朝より1コ多いから,7時まで来てねぇ奴が1人いるってことだ。

 しかもそいつは,今この時間にいないんだから,ここまでよくあったように,たぶん助からねぇんだろう…

(それにしても)

 双子になんて生まれるもんじゃねぇなと思う。

 確か,今いる方が妹で,ここに来てない方が姉だったか。

 まぁ,オレには関係ないことだが,あんな自分が死んだみたいになっちまうんだから,鈴木達は過ごした時間の重なりがふつうの姉妹なんかとは違うんだろうな。

 二人一緒にやっちまうのは,大体にして難しいのかもだが,バラバラにやるのは人でなしなヤリ方だ。

 段々なりふり構わねぇヤリ方になってきてるんだろう。

 それに,なりふり構わねぇのは,あの二人もだ。

 長谷田と中岡。

 「みんな端末には触らないでくれ」なんて言って,おそらく鈴木が時間に間に合わなかったことを告発させないようにしようとしてる。

 告発に制限時間を作ったから,その時間を告発させなければ違反したってチャラになる。

 おととい大量に死んだとき,時間に部屋にいないでアウトだったのは柚島だけだが,それに懲りたのかもな。

(悪い考えじゃねぇけど)

 オレなら,もっと反感を買わねぇようにする。

 あの二人は結局ここ止まりのヤツらってことかな。

 

 「鈴木さん…」

 7時10分を過ぎ,姉の方の鈴木さんを探しに行く人達が出て行った。

 「…」

 取りあえず誰の告発も封じたまま,助けられるようにしていく。

 これが今までで一番正しかった気がする。

 ただ,一日の善し悪しとしては,もちろん今日も最低。

 ここに連れてこられて良かった例しがないけど・・・・・

 「無事だといいよね」

ちょっと右後ろの辺りにいた安齊さん。

「そうだね」

安齊さんに答える。

 「部屋にいないってのがスゴクイヤ」

「え?」

「スゴクイヤだな」

「安齊さん…」

 安齊さんの心配というか,気持ちというか,わたしとは違うところに心を痛めているのが判った。

 初日から,時間に部屋にいなかった人は死んでしまってきた。

 そういう人達のことを思い出すこともなくはないだろうけど,きっと柚島さんのことを考えているんだろう。

 別に,責任感が強いと自分で思ってるわけじゃない。

 わたしにもっと強い責任感があったら,安齊さんに話し掛けられる。

 別に,正しいことできてるわけじゃなくて,逆に正しくないことしてるのも解ってる。

 わたしにもっと強い意志があったら,安齊さんに話し掛ける資格があったのかもしれない。

(わたしには何もできない…)

 

 安齊さんが廊下に向かって歩いて行く。

 その後ろを鹿生くんが続いた。

 仁藤くんは,さっきすぐ出て行ったから,たぶん鈴木さんを探しに行った。

 鹿生くんは,安齊さんを守るために残ったんだろう。

(別にわたしなんかがいたって…)

 そんなことを考えながら,フッと安齊さんの行く先を見ていたら,廊下の窓から外を見てる榮川さんのところへ行った。

 前々から,安齊さんと榮川さんが話してるのには気付いてた。

 何を話してるのかも気になってた。

 でも,いつも一瞬気後れがして近くに寄れないでいた。

(今日は,ちゃんと)

 真っ直ぐ二人に向かって歩いた。

 

 「希望を持つのがダメなことなの?」

「いや」

 安齊さんのすぐ後ろに付いた時,そんな会話が聞こえてきた。

 「希望自体ではなくて,関わる人次第ということ」

「どういうこと?」

安齊さんが榮川さんに訊くと,榮川さんは何故かわたしをチラッと見て

「人を救う役に立つけれど,逆に滅ぼす原因にもなる」

と答えた。

 「え?」

 「…」

訳が分からなそうな顔をして自分を見上げた安齊さんから榮川さんは視線を思い切り外した。  

 そして,安齊さんの横を通り抜けるところで,榮川さんがポソッとつぶやいた。

「麻薬に頼らないで」

 

「なに?」

たぶん榮川さんは,わたしや安齊さんに向かって言ったんだろうけど,少し離れた所にいた鹿生くんにも聞こえてたようだ。

 「おい,榮川,どういう意味だ,それ」

鹿生くんは榮川さんを呼び止めようとしてるみたいだけど,やっぱり榮川さんは立ち止まる人じゃない。

 「おい!」

そのまま行ってしまった。

 「何なんだ,あいつ」

胸の前で左の手の平を右グーで叩く鹿生くん。

 

「…」

 鹿生くんは分からなかったみたいだ。

 安齊さんもポカンとした感じでいるから,たぶん分からなかったんだろう。

でも,いつも人より理解が早いとは言えないようなわたしだけど,さっき榮川さんが言ったことのホントの意味は,なぜかすぐ分かった。

 希望自体がどうこうってわけじゃないけど,関わる人次第で希望は人を救い人を滅ぼす。

 ここでの毎日,ここでの時間には絶望ばかりが満ち溢れてる。

 周りに絶望しかなければ,希望が欲しくなる。

 一度でも希望で気を紛らわしたことがあれば,絶望で潰されないため,もっと大きな希望を欲しがる。

 それでも絶望が押し寄せてきたら,もっとずっと大きな希望を欲しがる。

 だって,希望に浸ってれば,絶望なんてなくなったような気になれるから。

 それでも,ふとした瞬間,また絶望が見えてしまったら?

 もっとずっとスゴく大きな希望を探す?

(キリがないよ…)

絶望の前で目をつぶって,絶望を見えなくしても,まぶたの外には絶望がやっぱりある。

絶望に背中を向けて,絶望が目に入らなくしても,自分の後ろには絶望がやっぱりある。

絶望がこの世界からなくなった気でいたとしても,押し寄せてきた絶望に潰されるだけ。

 

(でも…)

 わたしは,とっくにそうなってた。

 遠くないいつか絶望に食い殺されると解ってるからこそ,『麻薬』に頼ってる。

 もう,『麻薬』と寄り添ってなきゃ生きていられない・・・・・

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  鈴木まな恵

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  20人


8月10日

 本当に大事なものは目で見れない

 いつ失くしたのか知ることもない


 目覚めが良かった例しがない。

 今日だって,もう忘れちまったけど,やっぱり何か悪い夢を見てたはずだ。

 当然だけど,やっぱり鈴木は死んだんだろうから,これで丁度10人死んだことになる。

(じゃあ…)

 鈴木は何で死んだんだろう。

 中岡が見付けたとか言ってた機能を使って,端末で調べてみる。

 思わず笑いそうになる。

 だって,作っておきながら千賀が自分で引っかかった法だった。

 まったく,バカとしか言いようがない。

 ここでの生活に絶対必要な物なんてない。

 完全に自由じゃないけど,一応食い物とか服には困らない。

 だから,鈴木だって,千賀だって,別に盗んだりしんじゃないだろう

 ってことは,誰かの物を自分の物だと思ったかなんかだ。

 おれには絶対起こらないことだ。

 だって,自分の物と,そうじゃない物なんて分かるだろう,ふつう。

 どんな勘違いをしたって,おれには,そんなことない。

 それに,自分で作った法に自分が引っかかるなんて,そっちもあり得ない。

 法を作るなら,自分の役に立つか,何があっても自分は引っかからないようなものだ。

 それか,他の誰かより有利になるか,誰かを引っかけられるものだ。

 そうなるようにしなくちゃいけないし,そういう法じゃないんだったら作っちゃいけないんだからな。

 起きてる間,いやいや,寝てる間だって,ずっと絶対気を抜けないなんてまっぴらだと思う奴はいるだろう。

 というか,みんなそのはずだ。

 だから,お互い見張り合うため,寄りかかり合うため,何人かで集まる。

 おれも誰かといるとき,気を抜いたふりをしたりする。

 その方が目立たないし,他の奴が気を抜く。

 だけど,気を抜いたりするのは最後の一人になってからでいい。

 しかも,最後の独りなるのが,あと3週間後ってわけでもない。

 おれ以外が全員いなくなれば,今日にでもあり得ることだ。

 おれから仕掛けるってのは,危険だし,そんなことしないのがいい。

 誰か気の短い奴がやってくれないだろうか?

 

 

 どうしてだろう?

 何を考えて?

 不思議でしかない。

 考えたって俺には解らない。

 想像しようとしても,何も思い浮かばない。

 ただ,感じるのは,俺がいつも正しい判断ができるわけじゃなくても,あんな奴よりは正しい判断ができるはずだってこと。

 それなのに,あいつはあんな奴と一緒にいることが急に増えた。

(・・・・・)

 そういえば,大翔は「言わないことが伝わるわけない」と言ってたっけ。

 確かに大翔の言うのが正しいかもしれない。

 でも,だからって,あいつに言うわけにはいかない。

 大体,何から先に言っていいかも判らない。

 結局,どう言っていいのかだって判りゃしない。

 それに,今日は何日だと思ってるんだ?

 10日…

 最初の日から,ずっと同じことを考えてきたが,おとといくらいからは余計考えなくちゃいけなくなった。

 10日で10人死んだ。

 このスゴく下らない状況に乗って他人を追い落とそうとしてる奴がいる。

 そいつにすれば,いいペースなんだろうか。

 それとも遅すぎるんだろうか。

 まあ,そんな奴が何をどう考えているか考えても仕方ない。

 俺はあいつを守りたい。

 俺だって,俺が自分の身を守るのだって難しいだろうことは解っている。

 あいつがもし誰かに自分を守って欲しいと思っていても,その誰かが俺とは限らないし,まあ,俺であるはずないというのも解っている。

 でも,もし,守ろうと思っていることを伝えられれば…

 でも,もし,誰に守って欲しいのか訊ければ…

 

(言わないことは伝わらない…か)

 

 

 口に手を当てて溜息をする。

 ゆっくりと,ホントにゆっくり周りを見る。

 夜の集会が終わったので,集会室を出て行く人もいるし,残って話をしてる人もいる。

 変に見られないように注意して,集会室の床を見渡す。

 やっぱり,ないみたいだ。

 

 集会室を出る。

 ゆっくりと,ホントにゆっくり全身を触る。

 ホントにないかどうか,もう一回探る。

 それでも,ない。

 バッグの中を引っかき回しながら,来る途中の廊下を,ちり一つ見逃さないようにして歩く。

 どうしてないんだろう?

 安齊さんが言ってたことは,スゴく良く分かったつもりだった。

 いつのまにか,自分の物じゃない物が入れられないように気を付ける。

 そのために,ずっと肌身離さず荷物を管理する。

(あ,でも…)

 もし,「これは誰の?」なんて訊かれたら,どう答えればいいんだろうっ,て聞いておけば良かった。

 だって,自分以外の物を持ってたとかいうことになって,理璃も死んでしまった。

 だから,あたしだって,いつ訊かれるか分からない。

 でも,今気にしなきゃいけないのは,そんなことじゃない。

 早く見付けないと。

 ほんの少し前のあたしだったら,のん気に聞いて回ってただろう。

 今は,聞けない。

 きっと,安齊さんなら,聞いても大丈夫だと思うけど,一緒に探してもらうわけにもいかない。

 とにかく,あたし一人で,どうにかして見付けないと。

(それにしても…)

 増えることばっかり気にしてたら,減ったのは気付かないんだろうか?

 

 

 今日は村井くんが王様だった。

 朝起きた頃には,まだ法を作ったっていうメールが来ていなかったけど,ご飯食べ終わってから端末を見たら来てた。

 法の違反を告発された者は他の者を告発できない

 ちょっと後ろ向きな感じはするけど,連鎖的っていうか,みんな次々と破滅していかないようにはすることができる。

 もちろん,普通の感覚だったら,みんな破滅するようになんてしないだろう,自分も含めて破滅するなんてことは。

 普通だったら…

 でも,わたしも,もう自分が普通でいれてるなんて思ってない。

 あんなことを選ぶんだから,普通なんかじゃ,もうない…

(・・・・・)

 普通じゃないって言えば,鈴木さんはホント普通じゃなかった。

 当たり前だ。

 双子なんだから,ほとんどの時間一緒に過ごしてきたんだろうし,どっちかがいないなんてこともなかったと思う。

 ずっと同じ部屋だったから,わたしも二人の様子を見てた。

 顔もほとんど同じだし,合わせ鏡みたいな感じで頑張ってた。

 それなのに,昨日突然,ホントに突然終わってしまった。

 わたしに想像しようもない絶望。

 鈴木さんがおかしくなってしまうのも当たり前だ。

 精気が抜けてしまったっていう表現が正しいのかどうか分からないけど,何も見えない何も聞こえないんじゃないかな?と思ってしまうくらいの様子。

 実際,時間になったので集会室に行こうと声を掛けても,全然反応がなかった。

 でも,まさか,部屋に置き去りになんてできないので,集会室の行き帰りに手を引いてあげた。

 鈴木さんからは何の反応もなかったけど,ここに来て一番正しいと感じた行動だった。

 せめてご飯くらい自分でできるようになってくれれば,いいんだけど…

 もちろん,別に鈴木さんのことが面倒だとか,そんなんじゃない。

(そんなんじゃない,はず・・・・・)

 

 

 いつもの部屋に着いてしまった。

 結局集会室にも廊下にもなかった。

 じゃあ,この部屋なの?

 部屋には,舟山さんと一ノ木さんの二人だけがいた。

 あたしを見た一ノ木さんが,こっちに来る。

 「…ちょっと」

 あたしの横に来たところで,小さな声を出した一ノ木さんが部屋を出て行く。

 「?」

 何だか分からないけど,付いてきてってことなんだろうから,あたしも廊下に引き返す。

 

 一ノ木さんは,廊下の突き当たりで左の部屋に入る。

 「え?」

 あたしでも,知ってる。

 柚島さんが閉じ込められてた部屋。

 何の用があるんだろう?

 でも,今さら一ノ木さんの後に続かないわけにもいかない。

 あたしも入ろうとすると,一ノ木さんは,ホントに戸口のところに立って全然中にいなかったので,ぶつかりそうになってしまった。

 「あ,ゴメン」

 「…これ」

 一ノ木さんは,あたしに何かを押し付けると

「…」

横をすり抜けて,走って出て行ってしまった。

(何,これ?)

 見ると,探してた物だった。

 どこかに落としてたんだろうか。

 部屋に置き忘れてたんだろうか。

 一ノ木さんが見付けてくれて,そっと渡してくれた。

 

(良かった…)

 安心したら,思い出した。

 いつだったっけ?

 あたしは一つ決断した。

 あたしがここで危ない目に遭ったりしなかったのは,あたし以外のみんながあたしを守ってくれてからだ。

 理璃もその中の一人だったのに,あたしは理璃の役に立つため何もできなかった。

 あたしも誰かの役に立ちたい。

 そんな気持ちだけあって,実際には何もできないできた。

 でも,本当は結局あたしを頼りにしてくれる人なんていなかったのかもしれない。

 分かってたはずだった。

 みんながみんな助け合おうとしてるわけじゃない

 誰かを蹴落とそうとしてる人がいて,実は自分一人を守ろうとするのだってできるかどうかって。

 あたしの決断が,今まで自分を守るためにそれが役立ってきたような気がしてた。

 

(え…)

 急に背中と腰の辺りがゾゾゾォーッとする。

 あたしにこれを渡して,走って行ってしまった一ノ木さんの背中…

 なんか,頭の中がグルグルグルグルしてきた。

 何かが,つながりかけてる。

 でも何だか全然分からない。

 希望に関わる何か,かもしれない。

 絶望に関わる何か,かもしれない。

 役に立たない何か,かもしれない。

 

 ちょっと別なことを思い出す。

 そういえば…

(良かった?)

 あたしが,自分の気持ちを伝えた,あそこに…

 一ノ木さんがいなかったっけ?

 つながってきてる…

 一人で探そうとか思う前に,一人になっちゃいけなかった。

 あたしに何ができたってわけじゃないんだけど,理璃と一緒にいれるように,がむしゃらに何かしなきゃいけなかった。

 一人で決めちゃいけなかった。

 思い上がってたんだろうか。

 あたしなんかに声を掛けるくらいだから,理璃はとっくに聞いてただろう。

 「理璃は,どうするの?」

 聞いておけば良かった。

 聞いてみたかった。

 そっかぁ…

 あたしのやることなんだから,やっぱり正しい決断なんかじゃなかったんだ。

 

 床の上の右手を見た途端,急に頭の中がチカチカチカチカし始めた。

 つながった…

 何だか分かった…

 希望に関わる何か,じゃなかった…

 絶望に関わる何か,じゃなかった…

 役に立たない何か,じゃなかった…

 あたしには?

 あたしだけ?

 

 明日が来…

 ない・・・・・

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  曽根嶋茉莉亜

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  1


この本の内容は以上です。


読者登録

黄帝さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について