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 朝が来た。

 そんなのずっと当たり前だった。

 だから,逆にずっと,朝なんて来て欲しくない,って思ってた。

朝になったら,いろんなことしなくちゃいけない。

スゴく面倒だった。

ずっと夜が続いてれば何もしないで過ごせるのに,って思ったこともあった

そうやって,ダラダラ過ぎてる毎日を特に何とも思ってなかった。

 

でも今は違う。

 朝が来ると,ホッとする。

 今日も朝を迎えれたことに,とにかくホッとする。

 誰か欠けなかったか確かめるのは次だ。

(ここんとこ,何もないけど…)

 と思った瞬間,端末にメールが来た。

 

8月7日 @国王の法

~今日の法は【集会室で過ごす時は端末を身に付けておくこと】にします。 森~

 

 「ふ~ん」

 昨日決めた今日の国王は森さんだ。

「実際,端末はいつも持ってるんだし,普通にしてれば平気だね」

来た途端メールを開いた茉莉亜が言うので

「そうだね」

頷く。

 「私のって黄色だけど,茉莉亜のは赤なんだね」

「あ,なに?端末のこと?」

「うん」

「一人ひとり違うのかな?」

「そんなことないんじゃない」

「そうなの?」

「安齊さんとスズミナが,同じだねーなんて話してるの聞いたし」

「へえー,双子同士の色は違うのに,スズミナと美結ちゃんとは同じ色なんだ」

 

 茉莉亜と話してると楽しい。

 茉莉亜の方がどう思ってるか判らないけど,訊くのはちょっと怖い。

 「それにしても,昨日の理璃のとか今日の森さんのとか,何でもないことを法律にしてれば,誰も欠けたりしないんだけど」

「…」

溜息交じりに言うくらいだから,茉莉亜はホントにそう思ってるのかもしれない。

「でも」

言いかけて,慌てて口をつぐむ。

 「でも?」

「あ,っと…」

「理璃,何?」

 茉莉亜に何か答えなければ収まりそうにないと思ったので

「何でもないことって,かえって思い付かないよね」

苦笑いを浮かべたつもりで言う。

「すぐネタがなくなっちゃいそう」

苦笑いを続けたつもり。

 「うん,そうだね」

茉莉亜も苦笑いみたいなのを浮かべたので,一応は成功したようだ。

 もちろん,さっき本当に思ったことは全然違う。

 とても守れそうもない難しいこと,私じゃ考えつきそうもない変わったこと,目的の解らない不思議なこと,そんなのを決めた法律はなかった。

 でも,実際には最初の日からもう,二人が違反してしまった。

 

(案外,現実は茉莉亜の言ってたことの真逆じゃないかなぁ…)

 

 

 お昼ご飯を食べ終わって,食堂の前で何となく立ってたら

(ん?)

向こう側から栞那ちゃんが歩いてくる。

 私達の隣のテーブルで独りだったけど,さっきまで食堂にいて,いつもどおり食べ終わるとフッと立ち去ってしまってた栞那ちゃん。

 昨日までだと,そんな感じでいなくなった栞那ちゃんとは,次のご飯のときか,集会室に集まる時間じゃなければ,また会ったりできなかった。

 「栞那ちゃん」

軽く手を上げて声を掛けてみる。

 別に返事はなかったけど,全然変わらない表情,早さで私に向かって来る。

 「あれ?」

栞那ちゃんがすぐ近くまで来たから初めて判ったけど,髪が濡れてるみたい。

 「シャワー浴びたの?」

「…」

言葉はなく,うなずいた。

 「へえ」

栞那ちゃんの金髪,濡れてるとこを見るのは初めて。

「栞那ちゃんの髪は,濡れるとちょっとだけウェーブが強くなるんだね」

いつもなら超ゆるいウェーブがかかってて,フワーッとしてる金髪が,今は少し曲がりが強くなって,背中で拡がってる。

 「…そうかな」

「うん」

大きく首を動かす。

「…」

でも,栞那ちゃんは,私のこと見てくれてるみたいだけど,何の反応もない。

 「…っと,ゴメンね,呼び止めちゃって」

「…」

「何かすること,あるんだよね,たぶん」

言いながら,たぶんヘラヘラとした笑みを浮かべてるはずの私。

 自分でもイヤになる。

 だけど,私にしてみれば,相手の機嫌を取るみたいなことしか,こんな空気の時できることがないのだった。

 ずっとそうだった…

 

 「今は一人?」

「え?」

意外。

私から視線を逸らさないで栞那ちゃんに訊かれ

「あ,うん」

慌てて何回も首を動かしてうなずく。

 「でも,ちょっと先に出てきただけで,すぐに美愛が来るはずだから」

誰かと一緒じゃなかったことを栞那ちゃんが気にしてるのかと思ったので,そう言うと

「いつも視界に誰か入れておく」

唇だけが動いて,他は何も動かさない栞那ちゃん。

 「ああ,うん」

「このあと,荷物は全て点検してから常に持ち歩く」

そう言った栞那ちゃんが突然身体の向きを変えた。

「え?」

そして,歩いて行ってしまった。

 

 「んー・・・・・」

 栞那ちゃんが言ってたことは2つ。

 いつも視界に誰かっていうのは,誰もいない所で独りになっちゃいけないってことだと判る。

 でも,荷物全部持ち歩くって,なんで?

 まあ,今私はポーチしか持って歩いてなくて,バッグとかはみんな夜過ごしてる部屋に置いてある。

 点検っていうのも,あまりに意味不明。

(だいたいにして…)

私には独りなるななんて言うくせに,いつだって自分は独りでいるし,さっきだって,バッグ,ポーチどころか,栞那ちゃんは手ぶらだった。

 自分は私と違うって思うの?

 他の人にはしない注意を私にはしなくっちゃとか思ってるの?

 

 「美結,ごめーん,結構待ったでしょ?」

ちょっと考え込んでしまいそうだったけど,ちょうど美愛が来た。

「いや,少しだよ」

「そう?」

「そう」

さっき栞那ちゃんにしたみたくへラッと笑わないのは,美愛にはそんなことしなくても大丈夫だからだ。

 「今日はスゴい暑いよねー」

美愛は,えり元を動かして風を入れるみたいにしてるので

「うん,そうかも」

同じように私もやった。

 「でも,ここってある意味便利だよ」

「え?」

「だって,基本何しても自由だし,ご飯も好きなときに食べれるし」

「んん,まぁねぇ」

「第一」

美愛は,すそから風を入れ始めながら

「シャワーだって浴び放題,着替えもし放題,だもの」

おかしそうに笑った。

 「はぁー・・・・・」

こないだ美愛は『美結から元気をもらってる』って言ってたけど,元気をもらってるのは私の方だ。

 「そうかもしれないけどさぁ」

作り笑いじゃない笑みが浮かんできた。

「なに?」

でも,帰ってきた美愛の笑顔を見たら,言おうとしたことを引っ込めたくなった。

 「自由に過ごせるって言っても,やることないしね」

「うん,まあ,確かに」

美愛が二,三度うなずく。

 「あ,そうそう,美愛」

「なに?」

「さっき榮川さんに言われたんだけど,一回部屋戻って荷物の確認してみようよ」

「え?なんでそれ?」

美愛の笑顔が不思議そうな表情に変わる。

 当たり前のことのはず。

 私だって何でだか分からないんだ。

 だから

「なにって,っと…」

美愛に何も答えれない。

 「別に損するわけでもなさそうだしさ,そういうのなら何でもやってみようかと思って」

「ふーん」

美愛の顔は変わらない。

「それにほら,基本ヒマでしょ,ここにいると」

「まぁ,それはそうだけど,何だか分からないことしてまでヒマつぶしたくないなぁ」

「・・・・・」

 美愛と私は違う。

 私は周りに合わせるばかりで自分ってものがないから,美愛みたいな強さがうらやましい。

 「取りあえず,私,部屋戻ってるね」

「うん」

 

 美愛がそのまま私といっしょに来てくれないか,振り返らないで必死に気配を読んだけど,部屋に着いてみるとやっぱり美愛は来てなかった。

 「なんだ,安齊,どうかしたのか?」

部屋の中に三浦くんがいて声を掛けてきた。

「ああ,うん,ちょっと」

健ちゃんとヒデくんもいたので,少しホッとしながら中に入る。

 「美結,ずっと昼食ってたのか?」

座るよりも前に健ちゃんが言ってきた。

「うん」

座る。

 「何だか長いな」

今度はヒデくんだ。

「うん,ちょっと話してたりしたから」

「とにかく女の話ってのは長いからな」

「うん…」

三浦くんは,思ったことが口に出るんだろう,不安を感じさせる人じゃないからいいんだけど,少しデリカシーみたいのがあってもいいかもしれない。

 「じゃ,オレは」

三浦くんが立ち上がる。

「ああ,頼んだぞ」

「分かった」

 ヒデくんに向かって軽く手を上げながら,三浦くんは行ってしまった。

 

 「何の話してたの?」

「え?」

ヒデくんに訊いたつもりだったのに,健ちゃんが反応した。

「そうだな…」

そしてヒデくんをチラッと見る。

 「見回りみたいなことを頼んだんだ」

私を見てヒデくんが言うと

「ああ,そう,そうなんだよ」

 「見回り?」

「最近,何もないとはいっても,分からないからな」

「そっか」

 ヒデくんも健ちゃんもちゃんと冷静にいろいろ考えてたみたいだ。

 だから,私も栞那ちゃんの言葉を伝えないといけない。

 「それでね,ヒデくん」

「なんだよ,マジメそうな顔して」

「うん,バッグとか一応調べたりしたいの」

「バッグを調べたい?なんでだ?」

「あ,いや…」

また口ごもってしまいそうになるけど

「食堂で女子同士話してるときに,一応いろんなもの調べ直した方がいいかなってことだったから」

美愛のときみたいに,お互い不思議なまま話を終わらせたくないので,自分も納得させるような感じの話を作ってしまった。

 「持ち物を調べるか…」

首を二,三度振りながら考え込むヒデくん。

 「まあ,別にヒドい手間でもないから,やってみてもいいかもしれないな」

健ちゃんはすぐに賛成してくれた。

「…そうだな,自分の持ち物を調べる分には危ないことなんてないしな」

ヒデくんはさっそく自分のリュックを引き寄せた。

 

 私のバッグも,健ちゃんのもヒデくんのにもなんにも変わったところはなかった。

 「ここにいない奴のは,見かけたたび言ってみよう」

「うん」

「さっき美結が言ってた,持って歩くっていうのは結構面倒だけど,スゴい重いわけじゃないから,やってみるか健蔵」

「しょうがないな,自分のだしな」

肩をすくめる健ちゃん。

 「いくら健蔵とか美結のだって,俺が持つわけにいかないだろ」

ヒデくんが言うと,健ちゃんはますます肩を落としながら

「まあなぁ」

と言ってから,ちょっとだけ苦笑いみたいにして続けた。

「変なふうに触ると,昨日千賀が作ったのに引っかかったりするからな」

 「え?」

その健ちゃんの言葉にハッとする。

(さすが栞那ちゃん…)

 私は今の今まで,栞那ちゃんの言ってた意味を何も解ってなかった。

 直接聞いたわけじゃない健ちゃんでも解ったっていうのに。

 自分の物を自分で持ってる限り,千賀さんの法律には違反しない。

 誰かを守ることにも役立つんだ,これって!

 

 「あれ?ここもあまりいないんだ」

「?」

後ろからの声で振り返ってみると,三田さんと矢口さんだった。

 「ここも?」

「みんな同じようにヒマなんだろうけど,どこで何してるのか見て回ってたんだ」

「あ,そうなんだ」

私が三田さんと話し始めたのを見て,健ちゃんもヒデくんもリュックを肩に掛けて部屋を出て行こうとする。

 「…」

前から知ってたけど,ヒデくんと健ちゃんは,三田さんが苦手のようだから,わざわざ三田さんの後ろを通っていく二人を呼び止めないで見送った。

 「安齊さんは付いてかなくていいの?」

「は?」

「行っちゃうみたいだよ,二人とも」

「ああ,うん」

 バッグを肩に掛ける。

 「じゃ,またね」

「うん」

矢口さんと三田さんに持ち物調べたらって言うのは今じゃなくてもいいと思ったので,そのまま廊下に出た。

 「わ!」

廊下に出た瞬間誰かとぶつかりそうになってしまった。

 「ゴメンなさい」

「別に」

私の横をすり抜けて,森さんが部屋に入っていった。

 

 

 何のことだから判らないけど,バッグ持って一緒に来てってことで中庭みたいな所まで付いてきた。

 自分のブラシがなくなったって言われても困った。

 私はシャワー室にいっぱいあったのを使ってるから,そうしたらと言ってみた。

 引ったくられたバッグを逆さにされると,中身が地面の上に散らばった。

 ブラシが一つ転がってるのを拾い上げて,これは誰のって言うから,見覚えあったし,私のバッグに入ってたんだから私のだって答えた。

 名前が書いてあるなんて,思ってもいなかった。

 私じゃない名前。

 

 茉莉亜…

 やっぱり,真逆だったよ・・・・・

 何でも…なさそ…なことが…あぶな・・・・・

 

 

 「なんだ?」

言われた場所に言われた時間に行ってみると,何でだか星と三浦がいた。

しかもお互いを指差して何か言い合ってる。

 「お前まで,何なんだ内海」

イラつきMAXな感じで星が突っかかってきたけど,それを言いたいのは俺の方だし,三浦もだろう。

 二人は何を言い合ってるんだ?

 「おい,内海,お前も何か俺のを持ってるんじゃないだろな?」

星が急に俺の方に向かってきた。

 「なに?」

「オレのバッグに星のボールペンが入っててさ」

「ボーペンじゃない,万年筆だ」

「でも,星はオレのスプレーを使ってやがって」

「はぁ?名前も書いてないのに,お前のだなんてどうやって判るんだ?」

 星が三浦にまた突っ掛かり始めた。

 正直どうでもいい。

 俺には,こいつらの争いなんてどうでもいいけど,言われた時間に言われた場所に来て,これじゃ困るんだ。

 「?」

ガラス戸が閉まる音で振り向いた。

(あ!)

やっぱり思ったとおり,この感じじゃ入りにくかったんだろう,引き返していくのが見えた。

 「あ,おい,ちょっと待て」

俺が戸に駆け寄ろうとすると,「バ」だか「ボ」だか何だか変な声が聞こえた。

 そっちにまた振り向くと,その瞬間星の腹から何かが飛び出した。

 後ろに倒れる星。

 「…んで,オ…」

今度は星の体が少し持ち上がる。

 背中?

 「うぁぁぁぁぁ!!」

スゴい声を出しながら俺というよりドアに向かって突っ込んでくる三浦の伸ばしてる右手が吹っ飛んだ。

 ベチャッとした感じの物が俺の顔にぶつかってきた。

 ヌラーッとした何かが顔を滑っていく。

 血…

 傷?

フラッシュみたく浮かんだら,バランスが崩れて左に倒れてしまった。

 

 星にだけは,ずっとムカついてた。

 三浦とは何のからみもなかったな。

 おとといか…

 あのときも思ったけど,何で俺なんだ…

 星も三浦もだったけど,俺も同じだ

 どうして3回なんだろう?

 

 

 7時になった

 空いてる席は9。

 昨日は確か4。

 ってことは,今日たぶん…

 

 

 「美結は座ってろ!」

「ん…」

 健ちゃんの声は聞こえる。

 走って行くヒデくんの背中も見える。

 でも,夢なのかもしれない。

 ここ来る前に一緒にバッグ調べてた…

 集会終わったら,一緒にご飯食べようって約束した…

 トイレに寄ってから行くって言ったから,私が集会室に先来てただけ。

 なのに,美愛は隣にいない・・・・・

 

 

 「・・・・・」

もう何年も前みたいな今日昼過ぎのことを思い出す。

 

 「…ホントに?」

おびえたような目で矢口が言うと

「なに言ってんの」

珠美佳が代わりに答えた。

 「…」

「みんな何考えてるか判んないんだから,ボーッとしてていいの?」

「・・・・・」

うなだれてしまった矢口

 分からなくなかった。

 『他人が生きるため 自分は死ぬ』

そんなのは絶対イヤ。

 じゃあ,逆は?

『自分が生きるため 他人は死ぬ』

 「やっぱり,それもイヤ」なんて人もたまにはいるかもしれない。

けど,気は進まなくても,誰かの他の人の犠牲で自分が生きれるなら,それはそれでいいって考えるのが普通じゃないかな。

あたしもそうだった。

だからたぶん,矢口もそうだったはず。

でも,みんな分かってる。

ホントは,もう一つある。

3つ目の答えがあるって。

世の中に,3つ目の答えを出す人がいて,それが同じクラスにいたのを知ったのは,こんなことになってからだ。

こんなことにならなけりゃ,3つ目の答えも,それを出す人も,遠い国とかテレビとか新聞とかネットの世界の中だけの存在だったはず。

 珠美佳の口を借りて悪魔の声が聞こえる気がしてくる。

 3つ目の答え…

 

 イキルタメ ミンナコロス

 

 

珠美佳がこっちに向かって歩いてきて,丁度わたしの横に来たところで脚を停めた。

 そして口を開く。

 「バカは死ななきゃってゆーけど」

「…」

「死んじゃったら治ったかどうかも分かんないねぇ」

「…」

「ま,あんたバカじゃないもんねぇ」

先に行った人達を追いかけるみたいにして,わたしの横から行ってしまった

 

 「…」

 男子のことは判らない。

 でも,理璃と柚島さんのことは判る。

 二人とも,たぶんわたしと同じだったはず。

 もちろん,今ごろ判ったって遅い。

 わたしと二人に,差なんてあったのかな?

 二人と支え合うことはできなかったの?

 そして…

 

 「逆さま?」

ポツッと出た自分の声にビックリする。

 そうだ。

 いつのまにか,逆さまになってる。

 とんでもない人達に命を握られてしまってた。

 ぼんやり今日までいたわけじゃない。

 ちゃんと注意して過ごしてたつもり。

でも…

 とんでもない人達に命を握られてしまってた。

 

(なにがバカで,バカじゃないんだろ・・・・・)

(気が付いたら命を握られてたわたしは,バカなの?)

わたしの命を握ったみたいな人達は,バカじゃないの?)

(昨日までの人達も,今日の人達も,バカだったの?)

自分に訊くのが停まらない。

 

 わたしまだ生きてるのは,バカじゃないから?

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  千賀 理璃

  星 佑太郎

  三浦 克哉

  内海 芳毅

  柚島 美愛

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  21人


8月8日

 希望という恐ろしい災厄

 最後までパンドラに残ってた 


 踏切のようなけたたましい音で目が覚める。

 「…」

耳元に置いてしまってた端末を手に取って見ると,メールが届いてて,題名は“@8月7日”。

 

8月7日

裁きによる死亡者 内海芳毅 千賀理璃 星佑太郎 三浦克哉 柚島美愛

裁きに因らない死亡者 なし

国家の人口 21人

  

 「…」

正直,何も思い付かない。

 もうとっくに知ってたことだし,この一晩で完全に何かが壊れた。

 他にも端末眺めている奴はいても,いちいち反応してるような奴はいない。

 壊れたのは,みんな同じかもしれなかった。

 いや,それも違うか。

 壊れてる奴は,ずっと壊れてたんだ。

 大体,ちょっとしたことで俺は勘違いしてた。

 ほんの二,三日誰も死ななかっただけで,なんか安心してたんじゃないか?

 壊れてしまった奴は,ずっと壊れたまま,ずっとチャンスを狙ってただけだったのに。

 俺は,それに気付かなかった。

 気付いていたら,どうだっただろう。

 俺に何かできたか?

 さかのぼって何かできたどうかは,昨日からずっと考えてきた。

 でも,まだ答えが見えない。

 

(このままじゃ,馬鹿な奴らから)

 「あいつを守れない…」

 

 

 自分が幽霊にでもなったみたいに力が入らない。

 健ちゃんとヒデくんに付いててもらいながらトイレまで来て,さすがに中まで一緒にいてもらうわけにもいかないので,入口で待っててもらってる。

 「・・・・・・・・・・」

鏡で自分の顔を見る。

 昨日まで,私の映った鏡には,いつも二つ顔が映ってた。

 ずっと映ってた。

 「…」

 今日はヒドい顔が一つだけ。

 パッと見で判る,しおれた顔。

 自分なのに,自分の顔じゃないみたいだ。

 

 「!」

音もなく急に金色の風が鏡に映った。

 「おはよう,美結さん

 振り返ってみると,栞那ちゃんだ。

 もちろん,鏡に映った風は,金髪がなびいただけ。

「おはよう,栞那ちゃん」

栞那ちゃんは,今日も挨拶してくれた。

 これは,昨日とも,おとといとも同じかも。

 私は笑顔で返したつもりだった,栞那ちゃんの表情はやっぱり動かないけど,いつもどおり

 栞那ちゃんは,ちょっとトイレの奥までのぞくみたいな目線になってから私に向き直って

 「美結さんは大丈夫?」

静かな声で言う。

 「え?」

栞那ちゃんが「大丈夫?」なんて訊いてきたのは初めてだったので,少し,ううん,かなりビックリした。

 「っと,どうして?」

でも,何が大丈夫と訊かれてるのか分からない。

「今朝は誰もが酷い顔」

「え?」

「昨日大勢裁かれたが,美結さんは大丈夫?」

「あ…」

 

 確かに昨日のことがショックでないはずない。

 5人も裁かれてしまった。

何より,あの美愛がいなくなってしまった

おとといまでの4人。

美愛

昨日の美愛以外の4人。

ショックのレベルに違いがあったらホントはいけないんだろうけど,失ったものの大きさからすれば,申し訳ないけど美愛を他の8人と比べるってのはできない。

 

「うん,あまり寝れてないけど,大丈夫だよ」

そんなの,

 大丈夫だけど,少しも寝れなかった…

確かに,最初の日もほとんど眠れなかったけど,段々普通に寝れるようになった。

でも,昨日から今朝まで1秒も寝てない。

ここ3年の美愛との思い出が次々次々あふれてきて,その一つ一つが涙になって・・・・・

 

明け方くらいだったはず。

別な気持ちも起こってきた。

どんな違反だって,告発しないでいれば裁かれない

ヒデくんが言ってたとおり

私達の中で潰し合いが起きてる。

私の胸の中にも,闇みたいな気持ちがサァーッと速く広がっていくみたいな気がした。

 

 「そう」

栞那ちゃんはゆっくりと入口の方を振り返って

「美結さん自身辛いのが私に判る

と言ってから

「とても判るけれど」

沈んでいく私の視線を拾い上げるみたいに顔を傾けて

でも,酷そうな人には声をかけてもらえるといい

続けた。

 ピクッと跳ね上がるみたいに顔を上げる。

「私ではなく,美結さんがいい」

「え?」

 大きな青い瞳が私をのぞき込んできた。

 瞳に誘われる。

 「あ,うん,そうする」

答えた。

「うん」

すぐもう一回うなずいた。

 

確かに栞那ちゃんより,私に向いてる仕事だろう。

 普段だって今だって,お世辞にもクラスメートとうまくやれてるとはいえない栞那ちゃん。

 そんな栞那ちゃん私やクラスメートを心配したりしてくれるのだと知って,ほんのわずか明るい気持ちになった。

 「でも,私に言われてということは内緒にして欲しい」

「そうなの?」

 私としては,栞那ちゃんに対するみんな見方を変えてあげた方がいいと思ったけど

「美結さんが自分の考えで声を掛けているというのが大事」

と言われてしまったので

「うん,分かった」

栞那ちゃんの言うとおりにすることにした。

 

 「…」

来たときみたいに何の音もなくトイレから出て行く栞那ちゃん。

 実際そんなはずないって解ってても,あの雨の日からは冷たいガラスみたいに見えてた青い瞳。

今スゴクあったかく感じたが気がする

 

 

栞那ちゃんに続いてトイレを出る。

ちゃんとヒデくんが待ってた。

「健ちゃんは?」

「そっちだ」

ヒデくんが目線で隣のトイレを指した。

「そっか」

健ちゃんもトイレに入ってったみたいだ。

 「行くぞ」

「え?健ちゃんは?」

「待ってなくていいって自分で言ってたから大丈夫だ」

「そうなんだ」

 

 ヒデくんの真横に付いて歩き始める。

私を独りにできないってことで一緒にいてくれる。

健ちゃんは独りでも大丈夫ってことなんだろう。

「美結」

「なに?」

「さっきトイレで榮川と一緒になったよな」

「うん」

「その…なんだ…」

「ん?」

 迷ってるみたいなヒデくん。

 「ふつうにあいさつしただけだよ」

 たぶん,栞那ちゃんと会ったときどうだったか聞きたいんだろうと思ったので,さっきのことを教えてあげる。

 でも,栞那ちゃんが黙ってて欲しいって言ってたから,栞那ちゃんに頼まれたことは教えないつもり。

 「あいさつか」

「うん」

 栞那ちゃんは私と話したけどトイレは使わなかったっていうのが本当のことだけど,ヒデくんからすれば,入ってから少しして出てきた栞那ちゃんしか見てないから,私とあいさつだけしてトイレを使って出てったってことでも変には思わないだろう。

 「女しかいないからって気を抜くなよ」

「うん」

「中まで行けないからな」

「うん」

 

集会室に着く。

ここで待ってれば健ちゃんもそのうち来るんだって。

「健蔵が来たら食堂に行こう」

「うん」

 うなずいたけど,全然お腹なんて空いてない。

 相変わらず幽霊になってるみたいな力入らない感じは同じだった。

 「そういえば」

「なに?」

「まぁ,俺達にしてみれば昨日は美結に言われて荷物調べたよな」

「うん」

「美結は,どうして荷物調べてみようなんて思ったんだ?」

「え?」

 ヒデくんの訊き方は,そんな詰め寄る感じじゃなかったけど,ホントに知りたい感じではあった。

 「…」

だからちょっと考えてみる。

 

 荷物を調べるのは,私の考えじゃない。

 栞那ちゃんに言われたことだ。

(言っていいの?)

 栞那ちゃんは,いろんなことに気付ける人なんだろう。

 だからこそ,私にもいろいろ教えてくれる。

 さっきトイレで口止めされたのは,その方がいいって栞那ちゃんが気付いてるからのはずだし

(逆にいえば)

昨日栞那ちゃんが私に口止めしなかったんだから,言ってダメなことではないのかもしれない。

 「美結?」

「え?うん」

 そう。

 そのはずだ。

 

 「っとね,栞那ちゃんが言ってたの」

「カンナチャン?」

なぜか不思議そうな顔をするヒデくん。

 「それって,榮川のことか?」

「うん」

「榮川が,何て?」

「荷物調べてみなさいって」

「なに?」

「それで,その後は,ずっといつも持って歩きなさいって」

「なんだって?」

 ちょっとビクッとするような言い方をされた。

 「美結,そうなのか?」

「え?」

急にヒデくんの口調が変わってしまった。

 「っと,なにが?」

だから,身体ごと向き直って訊き返すと

「だから,美結が昨日バッグ調べようとか言ってたのは,榮川に言われたからか?」

ヒデくんは,私をジーッと見ながら言った。

「うん」

本当のことだった

(今ヒデくんに,そう言ったじゃない)

と思ったから,私は簡単にうなずいた。

 

「…」

ヒデくんは私を見つめたまま。

 「どうしたの?なんか気になることあるんだったら言ってよ」

「…」

でも,ヒデくんは答えない。

 スゴくバカってわけじゃないはずだけど,別に頭いいわけでもない私だと,まださっぱり気付かない何か。

 その何かに,ヒデくんは気付いたのかもしれなかった。

 でも,私に教えてくれないのは,私をどう思ってるからだろう

 どうして栞那ちゃんに言われたってことでそんなビックリするの。

 どうしてそんな目で私を見るの…

 

 「英基

「え?」

 右の方からの声で,そっちを向く。

 中岡くんだ。

 「ここにいたのか」

「ああ」

 ヒデくんに声をかけたはずの中岡くんは,なぜか少し離れた所に座った。

 そして,リュックを下ろす。

(・・・・・)

 スゴクちょっとしたことなんだけど,何か落ち込む。

 昨日から,みんなそれぞれが自分の荷物を持って歩かなくちゃいけなくなってしまってるんだもの。

 「これか?」

私が見てたことに気付いた中岡くんが

「昨日の千賀のことがあるからな」

リュックをポンとたたいた。

「ホント肌身離さず持って歩かないと」

 「…」

中岡くんの言葉を聞くと思わずひざの上に載せてたバッグをお腹に抱きしめてしまう。

 「なぁ,英基」

「なんだ?」

「英基がどう思ってるかはともかく」

腕を組んだ。

 

 「…」

せいぜい何秒かだったんだろうけど,なんか重苦しい沈黙の後に中岡くんは

「千賀は,きっと素直な気持ちで法を作ったはずだった」

言ってから,ほどいた両腕でバーンと強く机をたたいた。

「俺だったら,他人の物を盗るなとか,盗むなとか言うだろうけど,千賀はそんな言葉使わなかった」

もう一度たたく

「それを利用した奴のせいで,千賀は!」

また,たたく。

 「・・・・・」

中岡くんがたたいた机には,いつも千賀さんがいた。

 

 いつからか,みんな決まったところに座るようになってた。

 ほんのちょっとした取り替えとかはあるけど,大体同じ席。

 ここもずっと千賀さんの場所だった。

 でも,今日からは誰も座らない…

 そんなのが,もう9つになった。

 

 「大翔,訊いていいか?」

いつのまにか中岡くんの隣にはヒデくんが移動してた

「今の話からすると,誰が何に違反したかが判るのか?」

「ああ」

ヒデくんの質問に,中岡くんはあっさりうなずいた。

「どうやって?」

「端末の機能にあったのを見付けたんだ,ホントたまたまだけどな」

「そうなのか?」

ヒデくんは驚いた顔をして

「俺にも教えてくれよ,その機能の出し方を」

つかんだ中岡くんの左肩を揺らした。

「ああ」

中岡くんはポケットから自分の黒い端末を出した。

 

 「…出たか?」

「出た」

 中岡くんが言うとおり,ヒデくんと一緒に私も自分の端末を操作してみた。

 画面には『違反者』という表示が出てる。

 「そこから入ると,名前が映って,名前に触ると…」

 中岡くんが教えてくれる前に,私はもう美愛の名前を探して,次の画面に移ってしまってた。

 「・・・・・・・・・・」

 私も訊かなかったけど,ヒデくんも健ちゃんも教えてくれなかった美愛が裁かれた理由。

 最初の日に決まった最初の法律。

 佐藤くんと根津さんと同じ理由。

(ってことは…)

 頭が真っ白になってしまってた,昨日の夜7時,あの瞬間。

 あの瞬間だったら,まだ美愛は生きてたんだ。

 「柚島以外の4人は,4人とも同じなんだな」

「ああ」

ヒデくんと中岡くんの話を聞いて,美愛じゃない4人の画面を開けてみる。

(ホントだ…)

4人とも,千賀さんが昨日決めた法律に違反したことになってた。

 「千賀を責めるつもりなんてない。でも,盗むって言葉を使わなかったのは」

「間違いだったよな」

ヒデくんの言葉にかぶせるみたいにして中岡くんが続けた。

「ああ…」

ヒデくんは,ため息をつくみたいに言って天井を見た。

 

 なぜか,そんなヒデくんを見ながら中岡くんが大きなため息をつく。

 「…なぁ,英基」

「ん?」

 中岡くんが,もう一度ため息をつく。

 でも,すぐ何か心が決まったみたいな顔をしながら

「昨日の英基もヒドい間違いだったよな?」

と言ったので

「なに?」

ヒデくんの表情がサッと変わった。

 「おい,俺の何を言ってるんだ?」

一応抑えてるつもりかもしれないけど,ムカついてるのが丸わかりなヒデくん。

「…」

ヒデくんじゃない,ちょっと外れた辺りを見てるみたいな感じの中岡くん。

 「大翔!」

イラッとした声。

 そのとき,フッと中岡くんが私を見た。

 「安齊がいるとちょっと」

「あ…」

(そういうことってあるかも)

 「うん,私」

廊下に出ようとしたら,強い口調でヒデくんが

「誰も一緒に行ってやれないから,美結一人で外に出せない」

と言うので

「…」

立ち止まる。

 だって,確かに怖い。

 クラスメートしかいないのに,独りでいるのは怖い。

 

 中岡くんが不満そうに首を振る。

 「もういい」

 で,私がいても,もう話しちゃうみたいだ。

 「集会室にいないことが問題だったのは,柚島だけだった」

(あ…)

美愛のことを話すんだ。

中岡くんが私にいて欲しくなかった訳が一瞬で解った。

「ああ,それが何だ?」

ヒデくんの言葉は,まだまだトゲトゲだ。

「英基は健蔵と一緒に飛び出していったよな」

「ああ」

「何でだ?」

(え?)

どうしてそんなこと訊くんだろうと思った。

 それはヒデくんも同じみたいで

「何が言いたいんだ?」

中岡くんに詰め寄る。

 「まだ自分の間違いに気付かないのか?」

「だから!」

 またチラッと私を見る中岡くん。

 「ホントに必要だったのは,一人も部屋から出さないで,誰も端末に触らせないことだったよな?」

「なに?」

「英基達が飛び出していったせいで,他の奴らも部屋を出ていった」

「…」

「出ていった奴らが,そのあと何してたのか,全部判るか,英基は」

ヒデくんほどじゃないけど,中岡くんの声も大きくなっていた。

 ヒデくんは黙って首を振った。

 中岡くんは

「俺も知らない」

下を向いて言ったあと

「俺も知らないが,柚島が裁かれたんだから,誰かがやりやがったんだぞ」

ヒデくんを真っ直ぐ見て言った。

 「…」

「自分が間違ったって解るよな?」

 

「俺は」

英基がチラッと安齊を見た。

「俺は間違ってない」

「なに?」

自分でも判るくらい声がうわずる。

まさか否定するはずないと思ってた英基の答え。

 ただ,安齊も意外だったようで,ビックリしたようにヒュッと音を立てて息を吸った。

 「美結」

チラッとではなく,はっきりそっちをみてから安齊に声を掛ける英基。

「え?」

「健蔵が来たから,健蔵と先に食堂行ってくれないか」

「あ,うん」

 安齊と英基の視線が俺の向こう側に行ってるみたいだったから,振り返ると,確かに健蔵が廊下をこっちに向かってくるのが見えた。

 健蔵と一緒なら安齊も危なくないはずだ。

 

 安齊と健蔵が行ってしまうと,英基の方から俺に近寄ってきた。

 俺のすぐ隣に座り直して

「悪かったな,さっきは」

と言う。

 「なに?」

大翔がさっき言ったことは,俺も昨日の夜からずっと考えてる」

「…」

俺をまっすぐ見てくる。

 「直接じゃなくたって,柚島を殺したのは俺なんだろうって」

「いや,俺だって,そこまでは言ってない」

慌てて首を振る。

 「いや,俺はそう思ってる。」

大してふざけたりしない奴だが,こんな真剣そうな英基ほとんど見たことがない。

 「さっき美結を追い払ったのは,美結には聞かせたくなかったからで…」

ギッと歯ぎしりの音がした。

「そうだよな…」

 「じゃあ,どうすれば柚島を救うことができたのかって」

「…」

「まだ分からない…」

「俺だって分かんねぇよ」

 そうだ。

 あれじゃ間違いだったのは解ってる。

 でも,正解なんて…

 「そうか」

「ああ」

「…」 

 何か言った方がいいんだろうか。

 それも判らない。

 

 二人して,どのくらい黙ったままだったんだろう。

 「じゃあな,大翔」

そうだけ言って,英基が出て行った。

「…」

 結局俺は何も言うことが見付からないままだった。

 

 

 「それにしても,中岡くんも長谷田くんも」

「ん?」

「二人ともヒドいよね」

「んん?」

 ヒデくんは知ってるんだろうけど,とぼけるつもりのようだ。

 でも,私は言わずにいれなかった。

 ヒデくんが間違ってるとは思えなかったから。

 「ヒデくんは昨日間違ってなかったよ」

「そうか?」

「うん」

 ヒデくんは,間違ってたか間違ってなかったかで,長谷田くんとも中岡くんとももめちゃって,中岡くんとはケンカにならなかったって言ってたけど,長谷田くんとは私が見てる前でケンカになってしまった。

 でも,しょうがない。

 ヒデくんは間違ってなかった。

 なのに,間違ってたって認めちゃうのは,それこそ間違ってる。

 長谷田くんは,とても頭のいい人だ。

 このヒドすぎる世界で生き抜く方法に気付いてないはずない。

 「協力しないといけないんだもの」

「え?」

「長谷田くん,怒っていっちゃったけど,すぐまた仲直りできるよ」

「…」

「ね?」

「…だといいな」

「うん」

 ヒデくんにムリヤリ笑いかける。

 ヒデくんはヒデくんで,私に向かって細く笑った。

 

 美愛を救えなかった。

 美愛を救いたかった。

 美愛を救って欲しかった。

 体の一部が削り取られて,ごっそり何かいろんなものがなくなってしまったみたいだ。

 美愛と私は,いつの頃からか,お互いにお互いの一部となっていた。

(だから…) 

 何もしないで見張り合ってるのが正しかったなんて思えるはずない。

  もし,たとえ,それで良かったのだったとしても,美愛のため走り出して行った健ちゃんとヒデくんが正しかったと思う。

 

 

 「中岡」

 英基と口論してから,昼飯の間もずっと黙りこくったままだった長谷田がやっと喋った。

 「何だ?」

「俺,今いる部屋から移ろうと思ってる」

「なに?」

「同じ感じの部屋だけど,誰も使ってないのが1つあるんだ」

「そこに移るのか?」

「そう」

「・・・・・」

 長谷田は冗談嫌いじゃないけど,こういうときにふざける奴ではないはずだ。

 まぁ,ふざけるタイミングの訳ないが。

 「何か誰をどこまで信じていいのか,全然判んなくなっちまって」

「…」

「ホントもう判らない」

吐き捨てるみたいな言葉。

 「何で」

「え?」

「何で,そんなこと俺に言うんだ?」

「中岡…」

 いや,ホントは判ってる。

 俺にそんなことを言う長谷田の気持ちは判ってる。

 でも,俺も長谷田と同じだ。

 俺も完全に狂ってきてるのかもしれない。

 「俺と長谷田の考えが同じなら,俺は長谷田の提案に乗る」

「中岡」

「だから,何で俺に言ったのか教えてくれ」

「ああ」

 長谷田は軽く頭を2,3回振ってから

「俺が中岡に言ったわけは」

俺の肩をつかむ。

 「俺と一緒に別な部屋に移って欲しいからだ」

「俺と?」

「そうだ」

両肩をつかまれた。

「中岡とじゃなきゃダメだ」

「俺と二人でってことか?」

大きく頷く長谷田。

 「ずっと考えてた」

「何を考えてた?」

「こんなとき誰と協力していくのか,ってことだ」

「それが俺なのか?」

「そうだ,中岡だ」

長谷田の手に力がこもる。

 「でも」

「お,俺以外にもいるのか?」

「健蔵とも協力したい思ってた」

「英基もか?」

「英基か…」

俺の肩から手を離す長谷田。

 「英基が今日ちゃんと自分の間違いを認めたら,英基にも声を掛けるつもりだった」

「やめたのか?」

「完全にやめたつもりはない」

俺から目線も離した。

 「英基のことは,もう少し考えてみる」

「そうか」

「健蔵は英基とセットじゃなきゃ,口説けないから,そっちももう少し考える」

「そうか」

 大体は俺と同じだ。

 ただ一つ違うのは,英基が自分の間違いをし過ぎるくらい後悔してるって長谷田が聞いてないことだ。

 俺の時は,うまく安齊を連れ出せたが,長谷田と英基が口論したときは,ずっと安齊がいたから仕方ないが…

 まぁ,俺から聞かされるよりは,英基本人に言わせるのが一番いい。

 まだ,このままにしておこう。

 「分かったよ」

「ん?」

「取りあえず二人で部屋を移ろう」

「大翔」

俺の肩をまた両手でつかむ。

 「ありがとう」

「いや,雄生,俺も大体同じようなこと考えてた」

「そうか,大翔もか」

「うん」 

 

(今日は正しいことができた…か)

 

 

 夜も8時を過ぎた。

 昨日までより,人数が増えてる。

(昨日もだったから,あたしは今日休めるんじゃないかな)

なんてかなり期待してたから

「じゃ,みんなちゃんと仕事してね」

薄ら笑いを浮かべながら締めくくった珠美佳の言葉が信じれなかった。

 「え?ちょっと待って」

思わず結構大きな声が出てしまった。

「は?」

行きかけた珠美佳立ち止まる。

 「なに?なんか文句でもある?」

にらんできた。

 「でも…」

「文句あんの?」

 口ごもることだって,珠美佳の前ではできなさそうだった。

 「…」

黙って首を振る。

 「文句言いたいなら言えば?」

「…ないよ」

「そう」

よく本とかで見かける,フフンという鼻にかかった笑い方の見本みたいな珠美佳の態度。

 チラッと少し離れた所にいる前田さんを見る。

 前田さんには,一人だけ仕事の割り当てがなかった。

 でも,別に前田さんに反感があるわけじゃない。

 あんなの突きつけられたら,ここにいることは,しょうがない。

 あたしと違って,昨日までがんばってただけでスゴいと思う。

 

 違う。

 あたしとは。

 違ってるはずだ。

 あたしなんかとは。

 

(こんなのって,あたしなんかと違うってんじゃなきゃ,おかしいじゃない…)

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  なし

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  21人


8月9日

 「一致団結」とかけ「鋳物の槍先」と解く

 その心は「同質硬くくスゴクもろい」


 「美結」

 「?」

 呼ばれて目が覚めた。

 

 「え?」

私の横にいたのは健ちゃん。

 「あ,あの,どう,したの…」

慌てて飛び起きる。

 「これ,美結に来てたぞ」

健ちゃんは,折った紙みたいなのを私に見せた。

「え?なに,これ?」

「いや,俺だって分からねぇけど,あて名が美結だったから」

健ちゃんは,そう言って持っていた紙を私の手の平の上に置いた。

 

 「・・・・・」

 折った紙には,『ミユさんへ』と定規を使って書いたみたいなまっすぐな線だけの字で書いてある。

 うちのクラスで,『ミユ』は私一人だから,こう書いてあれば私あてなのは間違いない。

 「健ちゃん,ヒデくんは?」

「英基は,他にも同じようなのがないか探してる」

「え?」

「これは,さっき廊下に出ようとしたら,ほら,廊下出るところにもドアがあるだろ?」

「うん」

「そっちのドアの,下の隙間から入れたみたいに落ちてたんだ」

「え?」

「英基に見せたら,他にもあるかもしれないって」

「そうなの…」

 折った紙にまた目を落とす。

 「これ開けていいのかな」

「美結あてなんだから,当たり前だろ」

「うん,でも,ヒデくん来るまで待ってた方が」

「そんな紙,危なくなんてないだろ」

「うん,まあ」

 自分が注意深いなんて思ったことない。

 でも,何となく言ってしまったら,健ちゃんに笑われてしまった。

 「そうだね」

 ゆっくりと折り目を開く。

 

 「…」

「どうしたんだ,美結」

「…」

「美結」

「あ,ゴメン」

 押し寄せたハテナで頭がいっぱいになってボーッとしてしまったみたいで,健ちゃんの声でハッとした。

 「何が書いてあるんだ?」

「え,うん」

紙を健ちゃんに渡す。

「俺が読んでいいのか?」

「うん」

「分かった」

「うん」

 

 健ちゃんが紙を見ている間,紙の裏を見てた。

(あ…)

 そして気付いた。

 この紙は美愛が持ってたメモ帳の紙だ。

 私は別に好きでも嫌いでもないけど,ちょっと変わったキモカワのキャラクターを美愛はスゴク気に入ってて,見つけた物は大抵買ってた。

 このメモも何回か見たことがあるから,同じのを持ってる人がいないとは限らないけど,たぶん美愛のだろう。

(美愛が?)

 メモは美愛のだろうけど,書いたのも美愛なのかな…

 

 「これって,あれだろ?下の紙に付いた字の跡を見えるようにするために真っ黒にするっていう」

「うん…」

「何て書いてあるかは判るけど,中身は訳分かんないな」

「うん…」

 メモはエンピツを寝せて塗りつぶして浮かび上がった字の跡を赤いペンでなぞってハッキリさせた言葉が並んでた。

 しかも,最初に『美結へ』って書いてあった。

 メモが美愛のだって気付いてから思い出したけど,私のことを『美結』と呼ぶのは3人しかいない。

 健ちゃん,ヒデくん,美愛の3人だけだ。

 あとの人達は『安齊』。

 あ,栞那ちゃんも私を名前で呼ぶけど,呼び捨てではない。

 ってことは,やっぱり書いたのも美愛だったって考えるのが当たり前なんだろう。

 

 

 あの後すぐヒデくんが帰ってきて,他に同じような紙とかは落ちてなかったってことだったし,少し早いけど朝ご飯を食べようってことになったので,健ちゃんとヒデくんと一緒に廊下に出た。

 

 「ゴメン,私ちょっと行っていい?」

トイレの前で立ち止まる。

 「ああ,でも気を付けろよ」

「うん,分かってるよ,ヒデくん」

 トイレに入って,全部のドアが開いてたから誰もいないんだろうとは思ったけど,一応全部の仕切りを覗いてから一番ドアに近い所に入った。

 そうすることが『気を付ける』ってことだってヒデくんに言われてるから。

 「…」

 内ドアを閉めて,バッグから,そっと美愛のメモを出す。

 メモに目を落とす。

 

 美結へ

2104

かなり乱暴

8300

シーソーなら見ると何?

 

 トホウにくれる。

全然分からない。

 鉛筆で塗りつぶした中に赤抜きだから,まず,字そのものが美愛の字か,よく分からない。

(大体にして,美愛,これで私に何を知って欲しかったの…)

 美愛の考えてたことが分からない。

 私は,まぁ,スゴく頭がいいってわけじゃないから,このメモから分かることは何もない。

 それは,美愛だって分かってたはずで,このメモの意味を私に分かって欲しかったわけじゃないだろな…

 じゃあ,ヒデくんだったら分かるかっていうと,それも違った。

 ヒデくんも,やっぱり分からなかった。

 結局,このメモを私に渡そうと考えて,実行した人って,誰?

 同じ部屋の人なら,ドアの下から入れて渡そうとするなんて回りくどいことはしないだろうから,同じ部屋じゃない人かも…

 

 

 朝の集会は,村井くんが決めた法律を確認するだけで終わった。

 『告発は法の違反があってから10分以内にすること

っていうのが,その法律。

 スゴク大事な法律だ。

 どうして今まで誰も作ってくれなかったんだろう…

 昨日の長谷田くんのもそうだ。

 『法の適用は遡及しない

 この二つが,もっと早くから決まってたら,いろんな人は助かってたかもしれない。

 いや,きっと助かってたはずだ。

 何となく,こんなことになってからできたグループみたいなのがあるのを感じる。

 あたしは,いつも理璃と一緒にいた。

 でも,ただそれだけで,あたしは理璃を助けれなかった。

 今からでも,どこかのグループみたいなのに入った方がいいんだろうか?

 同じ部屋で過ごしてる舟山さんとか一ノ木さんとか。

 仲良くするのとは違っててもいいけど,できる限り協力し合わないといけないと思う。

 でも,そんな都合が良くできるのかな。

 あたしは要領がいい生き方をしてこなかったから。

 

 朝の集会が終わって見てみたら,いつもはサッと出て行っちゃう栞那ちゃんが座ってた。

(いいチャンスなんだろうな…)

 「健ちゃん」

「ん?」

「まだもう少しここにいる?」

「んー…」

健ちゃんはチラッとヒデくんを見る。

 「別に行くところもないから,しばらくはいるぞ」

ヒデくんが言ったので

「じゃ,俺も」

健ちゃんが私にうなずいた。

 「うん」

「美結,廊下には出るなよ」

「うん」

 

 栞那ちゃんの横まで歩いて行ってから,その場で大きく息を吸って

(よし!)

声を掛ける。

 「あ,あの,栞那ちゃん」

 「・・・・・」

ゆっくりと長いまつ毛の下の青い瞳がこっちを向く。

 「なに?」

「あ,うん」

栞那ちゃんの視線が真っ直ぐ突き刺さってきたから

「っと,あの,うん,その」

しどろもどろになってしまって,「何でもない」とか言って逃げちゃいたくなるのを必死でガマンする。

 やっぱり栞那ちゃんと気軽に話せないのは全然変わらない。

 「ちょっと訊きたいことが…」

「私と?」

「うん」

「廊下の方がいいのでは?」

スーッと立ち上がる栞那ちゃん。

 「っと…」

辺りを見回すと,もう大体の人は出て行ってしまってるようだった。

 「すぐだから,ここでいいよ」

「そう」

「うん」

ヒデくんに止められてるのもあるから,廊下には行けない。

 「訊きたいことというのは?」

立ったまま,また座ることはしない栞那ちゃん。

「あ,うん」

(さっきちゃんと決心したんだから,聞かなきゃ)

「美愛の書き置きを届けてくれたのは,栞那ちゃんなの…かな?」

 「書き置き?」

 いつもと同じで表情は全然変わらない。

 でも,聞き返してきたくらいだから,美愛のメモ紙を入れてくれたのが栞那ちゃんじゃないのは分かった。

 「柚島さんが何か書き残していた?」

「え,うん」

「…」

 口に左手の甲を当てて何か考え始めた感じの栞那ちゃん。

 前もそうだったけど,栞奈ちゃんのこれは,何か考え込むときの癖なのかもしれない。

 「・・・・・ったか・・・・とく・・・・・か…」

「え?」

唇をふさいだまま何かつぶやいたので,栞那ちゃんが何を言ったのか全然分からなかった。

 「…」

チラッと栞那ちゃんを見上げるようにする。

 「ん」

栞那ちゃんは当ててた手を口から離して,私を見返した。

 「今も持っている?」

「メモを?」

栞那ちゃんが無言でうなずく。

 「ゴメン,今持ってないの」

首を振る。

「そう」

やっぱり全然栞那ちゃんの表情は変わらない。

 「あ,でも,バッグの中に入ってるのを,すぐ持ってくるから待ってて」

そう言った私の顔の前で

「…」

栞那ちゃんは左手を広げた。

 「え?」

「あとでいい」

「あと?」

「次の集会のときに,集会室で私が落とすノートに挟んで」

「え?」

栞奈ちゃんの手が私の顔の前から引っ込められたとき,もう栞奈ちゃんは私の方を向いてなかった。

 そして,机の上のバッグを肩に掛けて行ってしまった。

 「あ,あの…」

もちろん,私の言葉が聞こえたのかどうかはともかく,栞那ちゃんは立ち止まったりなんてしない。

 

 

 お昼ご飯の前まで,同じ部屋の人達で一緒に建物の外に出た。

 昨日は暑かったけど,今日は少しだけ涼しい感じだ。

 夏ってことには変わらないけど。

 ご飯を食べてから,部屋に戻って静かにしてたら,眠くなってきた。

 おとといは全然寝れてないけど,昨日はほとんど寝れなくて,明け方ちょっと前にウトウトしただけ。

 そんな私が眠そうなのに気付いた健ちゃんが,「寝てろ」って言ってくれたから,お昼寝をした。

 何の夢も見なかったので,まぁまぁふつうに起きれて,時間はもう4時近くだったのでビックリした。

 

 夕ご飯食べてから集会室に来てみると,何人かもう来てた。

 来てた人の中には栞那ちゃんもいて,いつもの席に座ってる。

 私達も,いつもの席に座る。

 

 何分かしてから,栞那ちゃんからすれば窓の方,私達の方に向かって歩いてきた。

 何か私に用なのかと思ったけど,栞那ちゃんが全く私の方を見ていない感じだったので,私に用があるわけじゃないようだ。

 「!」

そして,私の座ってる席の横を通り抜けようとした栞奈ちゃんから,わきに挟まれてた物が滑り落ちた。

 ノートと紙が結構ハデな感じで床に広がった。

 「あ,大丈夫?」

床に散らばった3冊のノートと,いっぱいの紙。

 栞奈ちゃんが拾い始めるのを見て,私も自分の近くまで散らばったのから拾い始める。

 「紙はノートに挟んでくれればいい」

「え?」

 私に向けられた青い瞳からのまっすぐな視線で,瞬間的に,さっきの栞奈ちゃんの言葉の意味が分かった。

(落とすノートに挟んで…か)

 散らばった紙を拾い集めながら,用意してた美愛のメモをノートに挟む。

 「はい」

拾い集めた紙とかをノートに挟んで,栞奈ちゃんに差し出す。

「ありがとう」

「ううん」

(これで,栞奈ちゃんに美愛のメモを渡せた)

 もちろん,栞奈ちゃんにだってメモの意味なんて分からないかもしれない。

 ヒデくんにも分からなかったんだから。

 

 

 7時になったけど,空いてるところは10コ。

 10コっていうのは,朝より1コ多いから,7時まで来てねぇ奴が1人いるってことだ。

 しかもそいつは,今この時間にいないんだから,ここまでよくあったように,たぶん助からねぇんだろう…

(それにしても)

 双子になんて生まれるもんじゃねぇなと思う。

 確か,今いる方が妹で,ここに来てない方が姉だったか。

 まぁ,オレには関係ないことだが,あんな自分が死んだみたいになっちまうんだから,鈴木達は過ごした時間の重なりがふつうの姉妹なんかとは違うんだろうな。

 二人一緒にやっちまうのは,大体にして難しいのかもだが,バラバラにやるのは人でなしなヤリ方だ。

 段々なりふり構わねぇヤリ方になってきてるんだろう。

 それに,なりふり構わねぇのは,あの二人もだ。

 長谷田と中岡。

 「みんな端末には触らないでくれ」なんて言って,おそらく鈴木が時間に間に合わなかったことを告発させないようにしようとしてる。

 告発に制限時間を作ったから,その時間を告発させなければ違反したってチャラになる。

 おととい大量に死んだとき,時間に部屋にいないでアウトだったのは柚島だけだが,それに懲りたのかもな。

(悪い考えじゃねぇけど)

 オレなら,もっと反感を買わねぇようにする。

 あの二人は結局ここ止まりのヤツらってことかな。

 

 「鈴木さん…」

 7時10分を過ぎ,姉の方の鈴木さんを探しに行く人達が出て行った。

 「…」

 取りあえず誰の告発も封じたまま,助けられるようにしていく。

 これが今までで一番正しかった気がする。

 ただ,一日の善し悪しとしては,もちろん今日も最低。

 ここに連れてこられて良かった例しがないけど・・・・・

 「無事だといいよね」

ちょっと右後ろの辺りにいた安齊さん。

「そうだね」

安齊さんに答える。

 「部屋にいないってのがスゴクイヤ」

「え?」

「スゴクイヤだな」

「安齊さん…」

 安齊さんの心配というか,気持ちというか,わたしとは違うところに心を痛めているのが判った。

 初日から,時間に部屋にいなかった人は死んでしまってきた。

 そういう人達のことを思い出すこともなくはないだろうけど,きっと柚島さんのことを考えているんだろう。

 別に,責任感が強いと自分で思ってるわけじゃない。

 わたしにもっと強い責任感があったら,安齊さんに話し掛けられる。

 別に,正しいことできてるわけじゃなくて,逆に正しくないことしてるのも解ってる。

 わたしにもっと強い意志があったら,安齊さんに話し掛ける資格があったのかもしれない。

(わたしには何もできない…)

 

 安齊さんが廊下に向かって歩いて行く。

 その後ろを鹿生くんが続いた。

 仁藤くんは,さっきすぐ出て行ったから,たぶん鈴木さんを探しに行った。

 鹿生くんは,安齊さんを守るために残ったんだろう。

(別にわたしなんかがいたって…)

 そんなことを考えながら,フッと安齊さんの行く先を見ていたら,廊下の窓から外を見てる榮川さんのところへ行った。

 前々から,安齊さんと榮川さんが話してるのには気付いてた。

 何を話してるのかも気になってた。

 でも,いつも一瞬気後れがして近くに寄れないでいた。

(今日は,ちゃんと)

 真っ直ぐ二人に向かって歩いた。

 

 「希望を持つのがダメなことなの?」

「いや」

 安齊さんのすぐ後ろに付いた時,そんな会話が聞こえてきた。

 「希望自体ではなくて,関わる人次第ということ」

「どういうこと?」

安齊さんが榮川さんに訊くと,榮川さんは何故かわたしをチラッと見て

「人を救う役に立つけれど,逆に滅ぼす原因にもなる」

と答えた。

 「え?」

 「…」

訳が分からなそうな顔をして自分を見上げた安齊さんから榮川さんは視線を思い切り外した。  

 そして,安齊さんの横を通り抜けるところで,榮川さんがポソッとつぶやいた。

「麻薬に頼らないで」

 

「なに?」

たぶん榮川さんは,わたしや安齊さんに向かって言ったんだろうけど,少し離れた所にいた鹿生くんにも聞こえてたようだ。

 「おい,榮川,どういう意味だ,それ」

鹿生くんは榮川さんを呼び止めようとしてるみたいだけど,やっぱり榮川さんは立ち止まる人じゃない。

 「おい!」

そのまま行ってしまった。

 「何なんだ,あいつ」

胸の前で左の手の平を右グーで叩く鹿生くん。

 

「…」

 鹿生くんは分からなかったみたいだ。

 安齊さんもポカンとした感じでいるから,たぶん分からなかったんだろう。

でも,いつも人より理解が早いとは言えないようなわたしだけど,さっき榮川さんが言ったことのホントの意味は,なぜかすぐ分かった。

 希望自体がどうこうってわけじゃないけど,関わる人次第で希望は人を救い人を滅ぼす。

 ここでの毎日,ここでの時間には絶望ばかりが満ち溢れてる。

 周りに絶望しかなければ,希望が欲しくなる。

 一度でも希望で気を紛らわしたことがあれば,絶望で潰されないため,もっと大きな希望を欲しがる。

 それでも絶望が押し寄せてきたら,もっとずっと大きな希望を欲しがる。

 だって,希望に浸ってれば,絶望なんてなくなったような気になれるから。

 それでも,ふとした瞬間,また絶望が見えてしまったら?

 もっとずっとスゴく大きな希望を探す?

(キリがないよ…)

絶望の前で目をつぶって,絶望を見えなくしても,まぶたの外には絶望がやっぱりある。

絶望に背中を向けて,絶望が目に入らなくしても,自分の後ろには絶望がやっぱりある。

絶望がこの世界からなくなった気でいたとしても,押し寄せてきた絶望に潰されるだけ。

 

(でも…)

 わたしは,とっくにそうなってた。

 遠くないいつか絶望に食い殺されると解ってるからこそ,『麻薬』に頼ってる。

 もう,『麻薬』と寄り添ってなきゃ生きていられない・・・・・

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  鈴木まな恵

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  20人



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