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 どうしようか,スゴク悩んだ。  

 でも結局,誰にも相談しなかった。 

 かえってなんか力が抜けたみたいな感じがした。 

 

 寝る部屋に戻ってから,茉莉亜と話してたけど,電気もついてない部屋で話してるのは昨日までとおんなじなのに,いつのまにか眠っていたようだ。  

 夜中に目が覚めたとき,日付が変わってるのを確かめて隣を見たら茉莉亜もスヤスヤ寝てた。 

 茉莉亜に背中を向けて,考えておいた文章を端末に打つ 

 「・・・・・」 

 送る。 

 

8月6日 @国王の法 

~今日の法は【他人の物を自分の物としてはいけない】と決めました。千賀 

 

 考えたって,どうすればいいか分からないし,どうなるか分からない。 

 それよりは今の一瞬一瞬に気を付けてる方がいい。  

 目を閉じる。 

 自分自身,もっと神経が細いと思ってたけど,意外とそうでもないようだ。 

 全く眠れなかったっていうのは最初の日だけ。 

 あとは,どうにか眠れてる。 

 どんなひどい毎日でも結局そのうち慣れてくるのかも 

 実際さっきまではぐっすり寝てたような気がする。 

(朝になって起きたら,どんな1日になるかな…) 

 

 

 朝ご飯のあと,美愛がトイレに寄ると言ったけど,廊下には何人か他の人も歩いてるし,私は別に用を足すほどじゃなかったから,トイレの前で美愛を待ってた。 

 今朝起きてからのことを思い出す。  

 いろいろ考えてるうちに朝になってた。  

(寝れないかと思ってたって,いつのまにか寝てるんだよな…) 

 こんなだから「美結は,のんきだ」なんて言われちゃうけど,私なりに一応悩んだりショックは受けてる。 

 たとえ私には悩むのが似合わないんだとしても。 

 

(あ…) 

 向こうから栞那ちゃんが歩いてくる。 

 昨日変なことを訊いてしまったために,今日こそ無視されてもおかしくない。 

 「おはよう」 

でも,私の前で立ち止まった栞那ちゃんは自分から挨拶をしてくれた。 

 「おはよう。食堂で見掛けなかったけど,飯はまだだった?」 

それだけだって私にとって精一杯勇気を出した問い掛けに 

「まだ 

栞那ちゃんは昨日までと何も変わらない落ち着いた調子で即答してくれた。 

そうなんだ」 

ホッとしながら続ける。 

今朝は,和食が多い感じだったよ」 

「そう」 

それだけ言うと,私の横を通り抜けていく栞那ちゃん。 

 相変わらず素っ気ない。 

 でも,昨日の余計な質問で距離が拡がっちゃったかと思ってたけど,別にそうではなさそうだった。 

 

 「美結,お待たせ」 

栞那ちゃんの後ろ姿を見ていたら,美愛が横から声を掛けてきた。 

 「うん」 

「じゃ,行こっか」 

「うん」 

答えたころ,栞那ちゃんはちょうど角を曲がった。 

 

 美愛と一緒に部屋に戻った。 

 ヒデくんはいなくて,健ちゃんだけだった。 

 「美結,うれしいことでもあったのか?」 

「え?」 

健ちゃんが言うので 

「どうして?」 

訊き返す。 

 「いや,別に,何となくだけど」 

「ふーん」 

「美結はいつもそんな感じだな」 

「え?」 

「いや,それでいいよ,美結はそれでいい」 

 「…」 

 別に健ちゃんだって,今まで変わってない。 

 だから安心できる。 

 私は健ちゃんに安心してもらう何かはできないけど… 

 「そうだねー,あたしも美結はそれでいいと思うよ」 

「何なの,美愛まで」 

「いやいや」 

笑いながら美愛が手を振る。 

 健ちゃんだけじゃない。 

 美愛だって,ヒデくんだって,やっぱりこんな所に来てからでも変わらない。 

 スゴク安心できる。 

 健ちゃんに対してもだけど,私はヒデくんにも美愛にも何もしてあげれないのに,もらってるものはいっぱいある。 

 

 「美結がふさぎ込んじゃったら,あたしどうすればいいのか分かんないもん」 

「ええー,何それ」 

 美愛に突っかかる。 

 自分としては,不満そうな顔をしてるつもり。 

 「だいたい毎日,美結から元気をちょこっともらって過ごしてる 

「え?」 

「あたしの元気の何分の一かは,いつも美結からもらった元気だった 

また笑ってごまかすのかと思ってたのに美愛は結構まじめな顔してる。 

 「こんなとこにいたら,余計そうだよ 

「美愛…」 

「今は半分,いやもっともっとかな,美結にもらった元気って 

そう言ってから美愛は初めて笑った。 

「あたしは美結がいないとやってけないな 

 「そんなの私だってそうだよ」 

ちょっと強めのつもりで美愛に言う。 

「違うよ」 

でも,美愛は,かえってまたまじめな顔に戻ってしまう。 

 「違うよ。あたしは美結みたく誰とでも打ち解けれない 

「え」 

「クラスで友達っていったら美結しかいないよ 

「・・・・・ 

 

(そうかな…) 

 何かもう遠い遠い昔みたいな,つい最近のことを思い出してみる。 

 美愛はポツンと独りでいたりしてなかったし,私が誰かとしゃべってるときに一緒に話に入ってたりしてたはず。 

 「美愛は結構いろんな人としゃべったりしてたじゃない 

思ったままのことを美愛に伝える。 

「全然打ち解けてるように見えてたけど 

 「違うよ」 

小さく頭を振る。 

「美結がいたからだよ」 

 「私が?」 

「そう 

コクンとうなずいて 

「あたし,美結がいないとこじゃ誰かとしゃべったりしてなかったから」 

「…」 

 私が見てないとこで美愛がどうだったかなんて判るはずないから,答えれない。 

 美愛がフーッと音を立ててため息をつく。 

 「今年のクラスの中じゃ,美結がいなけりゃやってけないよ,あたしは」 

 「うん,分かった。それでいいよ,もう 

私が笑いかけると,美愛もいつものようにして笑ってくれた。 

 「…美結といないと」 

美愛は笑顔はそのままにして 

「ろくでもない話が来るしね 

結構大きめの声で言った。 

 「え?」 

「大丈夫大丈夫」 

美愛の表情は変わらない。 

  

 「美結といれば,独りじゃないもん,大丈夫だよ」 

 

 

 当たり前のことが法律になって良かった。 

 って言っても,今までだって変なことを押しつける法律なんて別になかったけど,当たり前のことをわざわざ決めてくれれば,つい間違って破っちまうこともないだろうからいい。 

 「あーあ,こんなんでいいのかぁ?」 

でも,何でだか不満そうなのもいる。 

 俺に向かって言ってるって,さすがに気付いたから 

「何だよ,星」 

面倒だけど答える。 

 「だってさ」 

星は頭を左右に振りながら 

今日の千賀だって考えて動いてるようじゃないよな? 

語尾をスゴい上げた。 

(ホント,面倒だ) 

 「なんで? 

「いつまでもみんな仲良しなんて,そんなときか,もう 

 「あ?」 

 は別に星が好きでも嫌いでもない。 

 星には同じクラスの奴ってこと以外の気持ちを持ってない。 

 知らない奴じゃないけど,友達かって訊かれたら正直首を振る。 

 なのに何かいつも偉そうだからカチンとくることも結構ある。 

 「何が言いたいんだ?」 

「ちゃんと考えてないと死んだ奴らみたくなるってことだって 

 「死んだ奴ら,ね 

 星と同じで,今までに死んでしまった4人とは友達とかじゃなくて,ただの同じクラスだった。 

 なんか悪いことしたわけでもないのに死んでしまったことは,かわいそうだと思う。 

 でもきっと,星はそんなふうに思わないんだ。 

 だからそんな言い方ができる。 

 「あの4人が何も考えてなかったなんて分かるのか? 

言ってしまってから 

(失敗した!) 

と思ったけど 

「何も考えてなかったに決まってんだろ 

星は鼻息の音がするくらいの調子で言い切った。 

 「…」 

(勝手な思い込みか) 

(まあ,俺にムカつなかったのはラッキーだけど) 

 星はまだ俺にムカついてなくたって,俺はなんだかムカムカしてきてる。 

 これ以上こうしてると星にもっと余計なことを言いそうだ。 

 星はたぶん,自分は何でもお見通しだって信じてるタイプの奴だろうから,こんなストレスの高いことさせられてるうち思い込みが余計ひどくなったのかもしれない。 

 変に機嫌を損ねると,が損する。 

 たかが星でも敵に回さないに越したことない。 

  

 「そうだな,星みたく考えておくのがいいだろうな 

 は食いかけの皿を持ち上げて席を立った。 

 「ああ」 

星は満足げにニヤッとした。 

(何も考えてないのは,お前自身だって 

 でも,案外こういう奴の方が今みたいな状況の中では幸せなのかもしれない。 

 

 

 「・・・・・」 

 ホントはさっさとシャワーを浴びたいんだけど,こっからは遠い。 

 それにまだ次がある。  

 「…」 

 当然だけど,こんなことに慣れれない。 

でも…) 

もうこれしかないんだし,平気にならなきゃ。 

 

 今日の分が全部終わって,散らばってた服を集めて回る。 

 「あのさ」 

イスに座ってあたし達を見てただけの森さんが口を開く。 

 珠美佳,このままじゃヤバくない? 

「え?」 

 声を掛けられた三田さんが森さんを見るけど, 

「っと,なにが?」 

あたしと同じで,何のことか分かってないみたいだ。 

 「今日何日? 

「え?」 

三田さんが端末を見る。 

 あたしも見る。 

 「…6日だけど」 

「でしょ」 

「うん」 

「ヤバいよね?」 

「…」 

 森さんに問い詰められてるのは三田さんだけど,答えられないみたいだし,次はあたしだろう。 

 「ねえ,広魅,ヤバいよねぇ? 

(やっぱり…) 

 「うん…」 

森さんににらまれないように,うなずいてしまう。 

 「じゃ,どうしよっか?」 

「え?」 

「ヤバいままにしておけないでしょ?」 

 「・・・・・」 

森さんの言いたいことが分かってないんだから,どうするって訊かれても分かるわけがない。 

 「・・・・・」 

それは三田さんも同じ。 

 「もう6日なんだけど? 

言いながら森さんが三田さんに近付いていく。 

「広魅」 

と,急にあたしの方を見て 

「あんたもちゃんと誰か誘ってんの? 

って言ったから,やっと森さんの言いたいことが分かった。 

 「ああ,うん」 

「あたしは,ちゃんとやってるよ」 

三田さんがグッと右手を握りしめた。 

 「そ 

森さんが三田さんの肩をポンとたたいて 

「頼んだよ,珠美佳 

「うん」 

「今日中に誰か連れてくんだよね? 

「あ,うん 

 三田さんがうなずくと,森さんがあたしを見た。 

 あんたもだよ,広魅と言われたような気がして,慌ててコクコクとうなずいた。 

 

 

 「お休み, 

「うん,お休み」 

 暗がりの中,すぐ近くから聞こえてきた理璃の声。 

  

 結局訊けなかった。 

 理璃には何となく昨日あたりから悩みっていうのかな,何か気になってることがあるように感じてた。 

 それが何か訊けないでいる。 

 ただ,私にも悩みがある。 

 悩みっていうんじゃなくて,理璃に隠してること,だろうか。 

(スゴい勝手だけど) 

 理璃とあたしの隠してることがホントは同じだったらどうだろう。 

 それは悲しいこと? 

 もしかしてあたしはそれが嬉しいの 

 でも,とにかく理璃の役に立ちたい。 

 そんなふうに強く,思ってはいるけど,切り出せない。 

 

 あたしには取り柄が何もない。 

 ほとんど全部が人並みだ。 

 そんな自分をイヤってほど知ってるから,昨日理璃に言われた茉莉亜,一緒に頑張ろうね」っていう理璃の言葉にホントはドキドキしてしまった。 

 それが本気なら 

(あたし理璃の役に立てるかもしれないじゃない) 

そんな気持ちになってしまった。 

 でも,理璃が何か気になったまま隠してるんじゃないかって気になるの 

 「何でもないよー 

って笑って打ち消して欲しいってこともある。 

 あたしは弱い人間だ。 

 頭も運動も,何か一つくらいよくできることがあってもいいんじゃないかって,ずっと思ってる。 

 

 昨日から今日にかけて,あたしは一つ決断した。 

 それが今日の自分を守るために役立ったけど,あしたも自分を守ってくれる決断だったかどうか分からない。 

 

 あたしがここで危ない目に遭ったりしないのは,あたし以外のみんながあたしを守ってくれてるからだ。 

 理璃もその中の一人だし,他にもいろんな人がいる。 

 それ以外の何かじゃ絶対ない。 

 そんなあたしだから,いざ理璃から頼られてしまっても,実は理璃の役に立つため何もできないような気がする。 

 気持ちだけあっても,実際には何もできない。 

 結局本当は,自分を頼りにしてくれる人なんていて欲しくない,って思ってるのかもしれない。 

 だって,みんなに頼って生きるのは楽。 

 それに,もう,みんな解ってるはずだから。 

 助け合おうとしてるだけじゃない,誰かを蹴落とそうとしてる人がいて,実は自分一人を守ろうとするのだってできるかどうかって。 

 理璃があたしを頼ってきて,でもあたしは自分しか守れる状態じゃなかったらどうしよう。 

 あたしが理璃を頼って,でも理璃はあたしを守ってくれなかったらどうしよう。 

 

 理璃はあたしを,あたしを理璃を 

(やっぱり,恨むのかな・・・・・) 

  

 

 寝返りをうつ。 

 急に今朝の健ちゃんの言葉を思い出した。 

 

 ミユ,ウレシイコトデモアッタノカ? 

 

 違う。 

 ここ何日も,うれしいことなんて全くない。 

 そう。 

 うれしいことなんて一つもない。 

 だから,今朝だってうれしいことはなかった。 

 

 昨日降ってた雨は,朝目が覚めたときには降ってなかった。 

 朝言われたとおり,もし健ちゃんにも判るくらい私が違ってたんだとすれば,まあ,そのことくらいだろう。 

 

(それにしても…) 

 思わず謝っちゃうくらいだし,栞那ちゃんに昨日してしまったことは悪いことだったと思ってる。 

 悪いことをしてしまったと思ってはいるけど,どこがどうしてどのくらい悪かったのかなんて分からない。

 

 夜どこにいるのか訊いてみただけだった。

 全然深い意味なんてなかった。

 無意識に,不思議と思ってたことが口に出た。

 栞那ちゃんの居場所をホントに知りたかったわけじゃない。

 教えてもらえなくても,適当にごまかされても,それはそれで良かった。

 しかも,私の心臓がギュッとなったのは,栞那ちゃんの表情が少しも変わらなかったから。

 

 そうなんだ。

 栞那ちゃんは怒っちゃったとか,全然そんなんじゃなかった。

 全然なかったけど,でも,今まで一度だって,誰の目もあんなふうになったのを見たことない。

 好き。

 嫌い。

 無視。

 そんな視線は向けられたことがある。

 だから,どんなものか知ってた。

 

 栞那ちゃんのは,私の知ってるどれとも違ってた。

 視線が私に向いてるのに,私を通り抜けた向こう側だけを見てる。

 私は空気みたいで,栞那ちゃんの目には私の何も映らなくなった。

 そう感じた。

 

 そう感じたせいで,息もできなかった。

 そう感じただけで,胸が,グシャッとつぶれそうになったの…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  なし

 

 

 裁きに因らない死亡者 

 

  なし 

 

 

 国家の人口 

  

  26 


8月7日

 賢くても今日死ぬんだったら

 バカになって明日も生きよう


 朝が来た。

 そんなのずっと当たり前だった。

 だから,逆にずっと,朝なんて来て欲しくない,って思ってた。

朝になったら,いろんなことしなくちゃいけない。

スゴく面倒だった。

ずっと夜が続いてれば何もしないで過ごせるのに,って思ったこともあった

そうやって,ダラダラ過ぎてる毎日を特に何とも思ってなかった。

 

でも今は違う。

 朝が来ると,ホッとする。

 今日も朝を迎えれたことに,とにかくホッとする。

 誰か欠けなかったか確かめるのは次だ。

(ここんとこ,何もないけど…)

 と思った瞬間,端末にメールが来た。

 

8月7日 @国王の法

~今日の法は【集会室で過ごす時は端末を身に付けておくこと】にします。 森~

 

 「ふ~ん」

 昨日決めた今日の国王は森さんだ。

「実際,端末はいつも持ってるんだし,普通にしてれば平気だね」

来た途端メールを開いた茉莉亜が言うので

「そうだね」

頷く。

 「私のって黄色だけど,茉莉亜のは赤なんだね」

「あ,なに?端末のこと?」

「うん」

「一人ひとり違うのかな?」

「そんなことないんじゃない」

「そうなの?」

「安齊さんとスズミナが,同じだねーなんて話してるの聞いたし」

「へえー,双子同士の色は違うのに,スズミナと美結ちゃんとは同じ色なんだ」

 

 茉莉亜と話してると楽しい。

 茉莉亜の方がどう思ってるか判らないけど,訊くのはちょっと怖い。

 「それにしても,昨日の理璃のとか今日の森さんのとか,何でもないことを法律にしてれば,誰も欠けたりしないんだけど」

「…」

溜息交じりに言うくらいだから,茉莉亜はホントにそう思ってるのかもしれない。

「でも」

言いかけて,慌てて口をつぐむ。

 「でも?」

「あ,っと…」

「理璃,何?」

 茉莉亜に何か答えなければ収まりそうにないと思ったので

「何でもないことって,かえって思い付かないよね」

苦笑いを浮かべたつもりで言う。

「すぐネタがなくなっちゃいそう」

苦笑いを続けたつもり。

 「うん,そうだね」

茉莉亜も苦笑いみたいなのを浮かべたので,一応は成功したようだ。

 もちろん,さっき本当に思ったことは全然違う。

 とても守れそうもない難しいこと,私じゃ考えつきそうもない変わったこと,目的の解らない不思議なこと,そんなのを決めた法律はなかった。

 でも,実際には最初の日からもう,二人が違反してしまった。

 

(案外,現実は茉莉亜の言ってたことの真逆じゃないかなぁ…)

 

 

 お昼ご飯を食べ終わって,食堂の前で何となく立ってたら

(ん?)

向こう側から栞那ちゃんが歩いてくる。

 私達の隣のテーブルで独りだったけど,さっきまで食堂にいて,いつもどおり食べ終わるとフッと立ち去ってしまってた栞那ちゃん。

 昨日までだと,そんな感じでいなくなった栞那ちゃんとは,次のご飯のときか,集会室に集まる時間じゃなければ,また会ったりできなかった。

 「栞那ちゃん」

軽く手を上げて声を掛けてみる。

 別に返事はなかったけど,全然変わらない表情,早さで私に向かって来る。

 「あれ?」

栞那ちゃんがすぐ近くまで来たから初めて判ったけど,髪が濡れてるみたい。

 「シャワー浴びたの?」

「…」

言葉はなく,うなずいた。

 「へえ」

栞那ちゃんの金髪,濡れてるとこを見るのは初めて。

「栞那ちゃんの髪は,濡れるとちょっとだけウェーブが強くなるんだね」

いつもなら超ゆるいウェーブがかかってて,フワーッとしてる金髪が,今は少し曲がりが強くなって,背中で拡がってる。

 「…そうかな」

「うん」

大きく首を動かす。

「…」

でも,栞那ちゃんは,私のこと見てくれてるみたいだけど,何の反応もない。

 「…っと,ゴメンね,呼び止めちゃって」

「…」

「何かすること,あるんだよね,たぶん」

言いながら,たぶんヘラヘラとした笑みを浮かべてるはずの私。

 自分でもイヤになる。

 だけど,私にしてみれば,相手の機嫌を取るみたいなことしか,こんな空気の時できることがないのだった。

 ずっとそうだった…

 

 「今は一人?」

「え?」

意外。

私から視線を逸らさないで栞那ちゃんに訊かれ

「あ,うん」

慌てて何回も首を動かしてうなずく。

 「でも,ちょっと先に出てきただけで,すぐに美愛が来るはずだから」

誰かと一緒じゃなかったことを栞那ちゃんが気にしてるのかと思ったので,そう言うと

「いつも視界に誰か入れておく」

唇だけが動いて,他は何も動かさない栞那ちゃん。

 「ああ,うん」

「このあと,荷物は全て点検してから常に持ち歩く」

そう言った栞那ちゃんが突然身体の向きを変えた。

「え?」

そして,歩いて行ってしまった。

 

 「んー・・・・・」

 栞那ちゃんが言ってたことは2つ。

 いつも視界に誰かっていうのは,誰もいない所で独りになっちゃいけないってことだと判る。

 でも,荷物全部持ち歩くって,なんで?

 まあ,今私はポーチしか持って歩いてなくて,バッグとかはみんな夜過ごしてる部屋に置いてある。

 点検っていうのも,あまりに意味不明。

(だいたいにして…)

私には独りなるななんて言うくせに,いつだって自分は独りでいるし,さっきだって,バッグ,ポーチどころか,栞那ちゃんは手ぶらだった。

 自分は私と違うって思うの?

 他の人にはしない注意を私にはしなくっちゃとか思ってるの?

 

 「美結,ごめーん,結構待ったでしょ?」

ちょっと考え込んでしまいそうだったけど,ちょうど美愛が来た。

「いや,少しだよ」

「そう?」

「そう」

さっき栞那ちゃんにしたみたくへラッと笑わないのは,美愛にはそんなことしなくても大丈夫だからだ。

 「今日はスゴい暑いよねー」

美愛は,えり元を動かして風を入れるみたいにしてるので

「うん,そうかも」

同じように私もやった。

 「でも,ここってある意味便利だよ」

「え?」

「だって,基本何しても自由だし,ご飯も好きなときに食べれるし」

「んん,まぁねぇ」

「第一」

美愛は,すそから風を入れ始めながら

「シャワーだって浴び放題,着替えもし放題,だもの」

おかしそうに笑った。

 「はぁー・・・・・」

こないだ美愛は『美結から元気をもらってる』って言ってたけど,元気をもらってるのは私の方だ。

 「そうかもしれないけどさぁ」

作り笑いじゃない笑みが浮かんできた。

「なに?」

でも,帰ってきた美愛の笑顔を見たら,言おうとしたことを引っ込めたくなった。

 「自由に過ごせるって言っても,やることないしね」

「うん,まあ,確かに」

美愛が二,三度うなずく。

 「あ,そうそう,美愛」

「なに?」

「さっき榮川さんに言われたんだけど,一回部屋戻って荷物の確認してみようよ」

「え?なんでそれ?」

美愛の笑顔が不思議そうな表情に変わる。

 当たり前のことのはず。

 私だって何でだか分からないんだ。

 だから

「なにって,っと…」

美愛に何も答えれない。

 「別に損するわけでもなさそうだしさ,そういうのなら何でもやってみようかと思って」

「ふーん」

美愛の顔は変わらない。

「それにほら,基本ヒマでしょ,ここにいると」

「まぁ,それはそうだけど,何だか分からないことしてまでヒマつぶしたくないなぁ」

「・・・・・」

 美愛と私は違う。

 私は周りに合わせるばかりで自分ってものがないから,美愛みたいな強さがうらやましい。

 「取りあえず,私,部屋戻ってるね」

「うん」

 

 美愛がそのまま私といっしょに来てくれないか,振り返らないで必死に気配を読んだけど,部屋に着いてみるとやっぱり美愛は来てなかった。

 「なんだ,安齊,どうかしたのか?」

部屋の中に三浦くんがいて声を掛けてきた。

「ああ,うん,ちょっと」

健ちゃんとヒデくんもいたので,少しホッとしながら中に入る。

 「美結,ずっと昼食ってたのか?」

座るよりも前に健ちゃんが言ってきた。

「うん」

座る。

 「何だか長いな」

今度はヒデくんだ。

「うん,ちょっと話してたりしたから」

「とにかく女の話ってのは長いからな」

「うん…」

三浦くんは,思ったことが口に出るんだろう,不安を感じさせる人じゃないからいいんだけど,少しデリカシーみたいのがあってもいいかもしれない。

 「じゃ,オレは」

三浦くんが立ち上がる。

「ああ,頼んだぞ」

「分かった」

 ヒデくんに向かって軽く手を上げながら,三浦くんは行ってしまった。

 

 「何の話してたの?」

「え?」

ヒデくんに訊いたつもりだったのに,健ちゃんが反応した。

「そうだな…」

そしてヒデくんをチラッと見る。

 「見回りみたいなことを頼んだんだ」

私を見てヒデくんが言うと

「ああ,そう,そうなんだよ」

 「見回り?」

「最近,何もないとはいっても,分からないからな」

「そっか」

 ヒデくんも健ちゃんもちゃんと冷静にいろいろ考えてたみたいだ。

 だから,私も栞那ちゃんの言葉を伝えないといけない。

 「それでね,ヒデくん」

「なんだよ,マジメそうな顔して」

「うん,バッグとか一応調べたりしたいの」

「バッグを調べたい?なんでだ?」

「あ,いや…」

また口ごもってしまいそうになるけど

「食堂で女子同士話してるときに,一応いろんなもの調べ直した方がいいかなってことだったから」

美愛のときみたいに,お互い不思議なまま話を終わらせたくないので,自分も納得させるような感じの話を作ってしまった。

 「持ち物を調べるか…」

首を二,三度振りながら考え込むヒデくん。

 「まあ,別にヒドい手間でもないから,やってみてもいいかもしれないな」

健ちゃんはすぐに賛成してくれた。

「…そうだな,自分の持ち物を調べる分には危ないことなんてないしな」

ヒデくんはさっそく自分のリュックを引き寄せた。

 

 私のバッグも,健ちゃんのもヒデくんのにもなんにも変わったところはなかった。

 「ここにいない奴のは,見かけたたび言ってみよう」

「うん」

「さっき美結が言ってた,持って歩くっていうのは結構面倒だけど,スゴい重いわけじゃないから,やってみるか健蔵」

「しょうがないな,自分のだしな」

肩をすくめる健ちゃん。

 「いくら健蔵とか美結のだって,俺が持つわけにいかないだろ」

ヒデくんが言うと,健ちゃんはますます肩を落としながら

「まあなぁ」

と言ってから,ちょっとだけ苦笑いみたいにして続けた。

「変なふうに触ると,昨日千賀が作ったのに引っかかったりするからな」

 「え?」

その健ちゃんの言葉にハッとする。

(さすが栞那ちゃん…)

 私は今の今まで,栞那ちゃんの言ってた意味を何も解ってなかった。

 直接聞いたわけじゃない健ちゃんでも解ったっていうのに。

 自分の物を自分で持ってる限り,千賀さんの法律には違反しない。

 誰かを守ることにも役立つんだ,これって!

 

 「あれ?ここもあまりいないんだ」

「?」

後ろからの声で振り返ってみると,三田さんと矢口さんだった。

 「ここも?」

「みんな同じようにヒマなんだろうけど,どこで何してるのか見て回ってたんだ」

「あ,そうなんだ」

私が三田さんと話し始めたのを見て,健ちゃんもヒデくんもリュックを肩に掛けて部屋を出て行こうとする。

 「…」

前から知ってたけど,ヒデくんと健ちゃんは,三田さんが苦手のようだから,わざわざ三田さんの後ろを通っていく二人を呼び止めないで見送った。

 「安齊さんは付いてかなくていいの?」

「は?」

「行っちゃうみたいだよ,二人とも」

「ああ,うん」

 バッグを肩に掛ける。

 「じゃ,またね」

「うん」

矢口さんと三田さんに持ち物調べたらって言うのは今じゃなくてもいいと思ったので,そのまま廊下に出た。

 「わ!」

廊下に出た瞬間誰かとぶつかりそうになってしまった。

 「ゴメンなさい」

「別に」

私の横をすり抜けて,森さんが部屋に入っていった。

 

 

 何のことだから判らないけど,バッグ持って一緒に来てってことで中庭みたいな所まで付いてきた。

 自分のブラシがなくなったって言われても困った。

 私はシャワー室にいっぱいあったのを使ってるから,そうしたらと言ってみた。

 引ったくられたバッグを逆さにされると,中身が地面の上に散らばった。

 ブラシが一つ転がってるのを拾い上げて,これは誰のって言うから,見覚えあったし,私のバッグに入ってたんだから私のだって答えた。

 名前が書いてあるなんて,思ってもいなかった。

 私じゃない名前。

 

 茉莉亜…

 やっぱり,真逆だったよ・・・・・

 何でも…なさそ…なことが…あぶな・・・・・

 

 

 「なんだ?」

言われた場所に言われた時間に行ってみると,何でだか星と三浦がいた。

しかもお互いを指差して何か言い合ってる。

 「お前まで,何なんだ内海」

イラつきMAXな感じで星が突っかかってきたけど,それを言いたいのは俺の方だし,三浦もだろう。

 二人は何を言い合ってるんだ?

 「おい,内海,お前も何か俺のを持ってるんじゃないだろな?」

星が急に俺の方に向かってきた。

 「なに?」

「オレのバッグに星のボールペンが入っててさ」

「ボーペンじゃない,万年筆だ」

「でも,星はオレのスプレーを使ってやがって」

「はぁ?名前も書いてないのに,お前のだなんてどうやって判るんだ?」

 星が三浦にまた突っ掛かり始めた。

 正直どうでもいい。

 俺には,こいつらの争いなんてどうでもいいけど,言われた時間に言われた場所に来て,これじゃ困るんだ。

 「?」

ガラス戸が閉まる音で振り向いた。

(あ!)

やっぱり思ったとおり,この感じじゃ入りにくかったんだろう,引き返していくのが見えた。

 「あ,おい,ちょっと待て」

俺が戸に駆け寄ろうとすると,「バ」だか「ボ」だか何だか変な声が聞こえた。

 そっちにまた振り向くと,その瞬間星の腹から何かが飛び出した。

 後ろに倒れる星。

 「…んで,オ…」

今度は星の体が少し持ち上がる。

 背中?

 「うぁぁぁぁぁ!!」

スゴい声を出しながら俺というよりドアに向かって突っ込んでくる三浦の伸ばしてる右手が吹っ飛んだ。

 ベチャッとした感じの物が俺の顔にぶつかってきた。

 ヌラーッとした何かが顔を滑っていく。

 血…

 傷?

フラッシュみたく浮かんだら,バランスが崩れて左に倒れてしまった。

 

 星にだけは,ずっとムカついてた。

 三浦とは何のからみもなかったな。

 おとといか…

 あのときも思ったけど,何で俺なんだ…

 星も三浦もだったけど,俺も同じだ

 どうして3回なんだろう?

 

 

 7時になった

 空いてる席は9。

 昨日は確か4。

 ってことは,今日たぶん…

 

 

 「美結は座ってろ!」

「ん…」

 健ちゃんの声は聞こえる。

 走って行くヒデくんの背中も見える。

 でも,夢なのかもしれない。

 ここ来る前に一緒にバッグ調べてた…

 集会終わったら,一緒にご飯食べようって約束した…

 トイレに寄ってから行くって言ったから,私が集会室に先来てただけ。

 なのに,美愛は隣にいない・・・・・

 

 

 「・・・・・」

もう何年も前みたいな今日昼過ぎのことを思い出す。

 

 「…ホントに?」

おびえたような目で矢口が言うと

「なに言ってんの」

珠美佳が代わりに答えた。

 「…」

「みんな何考えてるか判んないんだから,ボーッとしてていいの?」

「・・・・・」

うなだれてしまった矢口

 分からなくなかった。

 『他人が生きるため 自分は死ぬ』

そんなのは絶対イヤ。

 じゃあ,逆は?

『自分が生きるため 他人は死ぬ』

 「やっぱり,それもイヤ」なんて人もたまにはいるかもしれない。

けど,気は進まなくても,誰かの他の人の犠牲で自分が生きれるなら,それはそれでいいって考えるのが普通じゃないかな。

あたしもそうだった。

だからたぶん,矢口もそうだったはず。

でも,みんな分かってる。

ホントは,もう一つある。

3つ目の答えがあるって。

世の中に,3つ目の答えを出す人がいて,それが同じクラスにいたのを知ったのは,こんなことになってからだ。

こんなことにならなけりゃ,3つ目の答えも,それを出す人も,遠い国とかテレビとか新聞とかネットの世界の中だけの存在だったはず。

 珠美佳の口を借りて悪魔の声が聞こえる気がしてくる。

 3つ目の答え…

 

 イキルタメ ミンナコロス

 

 

珠美佳がこっちに向かって歩いてきて,丁度わたしの横に来たところで脚を停めた。

 そして口を開く。

 「バカは死ななきゃってゆーけど」

「…」

「死んじゃったら治ったかどうかも分かんないねぇ」

「…」

「ま,あんたバカじゃないもんねぇ」

先に行った人達を追いかけるみたいにして,わたしの横から行ってしまった

 

 「…」

 男子のことは判らない。

 でも,理璃と柚島さんのことは判る。

 二人とも,たぶんわたしと同じだったはず。

 もちろん,今ごろ判ったって遅い。

 わたしと二人に,差なんてあったのかな?

 二人と支え合うことはできなかったの?

 そして…

 

 「逆さま?」

ポツッと出た自分の声にビックリする。

 そうだ。

 いつのまにか,逆さまになってる。

 とんでもない人達に命を握られてしまってた。

 ぼんやり今日までいたわけじゃない。

 ちゃんと注意して過ごしてたつもり。

でも…

 とんでもない人達に命を握られてしまってた。

 

(なにがバカで,バカじゃないんだろ・・・・・)

(気が付いたら命を握られてたわたしは,バカなの?)

わたしの命を握ったみたいな人達は,バカじゃないの?)

(昨日までの人達も,今日の人達も,バカだったの?)

自分に訊くのが停まらない。

 

 わたしまだ生きてるのは,バカじゃないから?

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  千賀 理璃

  星 佑太郎

  三浦 克哉

  内海 芳毅

  柚島 美愛

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  21人


8月8日

 希望という恐ろしい災厄

 最後までパンドラに残ってた 


 踏切のようなけたたましい音で目が覚める。

 「…」

耳元に置いてしまってた端末を手に取って見ると,メールが届いてて,題名は“@8月7日”。

 

8月7日

裁きによる死亡者 内海芳毅 千賀理璃 星佑太郎 三浦克哉 柚島美愛

裁きに因らない死亡者 なし

国家の人口 21人

  

 「…」

正直,何も思い付かない。

 もうとっくに知ってたことだし,この一晩で完全に何かが壊れた。

 他にも端末眺めている奴はいても,いちいち反応してるような奴はいない。

 壊れたのは,みんな同じかもしれなかった。

 いや,それも違うか。

 壊れてる奴は,ずっと壊れてたんだ。

 大体,ちょっとしたことで俺は勘違いしてた。

 ほんの二,三日誰も死ななかっただけで,なんか安心してたんじゃないか?

 壊れてしまった奴は,ずっと壊れたまま,ずっとチャンスを狙ってただけだったのに。

 俺は,それに気付かなかった。

 気付いていたら,どうだっただろう。

 俺に何かできたか?

 さかのぼって何かできたどうかは,昨日からずっと考えてきた。

 でも,まだ答えが見えない。

 

(このままじゃ,馬鹿な奴らから)

 「あいつを守れない…」

 

 

 自分が幽霊にでもなったみたいに力が入らない。

 健ちゃんとヒデくんに付いててもらいながらトイレまで来て,さすがに中まで一緒にいてもらうわけにもいかないので,入口で待っててもらってる。

 「・・・・・・・・・・」

鏡で自分の顔を見る。

 昨日まで,私の映った鏡には,いつも二つ顔が映ってた。

 ずっと映ってた。

 「…」

 今日はヒドい顔が一つだけ。

 パッと見で判る,しおれた顔。

 自分なのに,自分の顔じゃないみたいだ。

 

 「!」

音もなく急に金色の風が鏡に映った。

 「おはよう,美結さん

 振り返ってみると,栞那ちゃんだ。

 もちろん,鏡に映った風は,金髪がなびいただけ。

「おはよう,栞那ちゃん」

栞那ちゃんは,今日も挨拶してくれた。

 これは,昨日とも,おとといとも同じかも。

 私は笑顔で返したつもりだった,栞那ちゃんの表情はやっぱり動かないけど,いつもどおり

 栞那ちゃんは,ちょっとトイレの奥までのぞくみたいな目線になってから私に向き直って

 「美結さんは大丈夫?」

静かな声で言う。

 「え?」

栞那ちゃんが「大丈夫?」なんて訊いてきたのは初めてだったので,少し,ううん,かなりビックリした。

 「っと,どうして?」

でも,何が大丈夫と訊かれてるのか分からない。

「今朝は誰もが酷い顔」

「え?」

「昨日大勢裁かれたが,美結さんは大丈夫?」

「あ…」

 

 確かに昨日のことがショックでないはずない。

 5人も裁かれてしまった。

何より,あの美愛がいなくなってしまった

おとといまでの4人。

美愛

昨日の美愛以外の4人。

ショックのレベルに違いがあったらホントはいけないんだろうけど,失ったものの大きさからすれば,申し訳ないけど美愛を他の8人と比べるってのはできない。

 

「うん,あまり寝れてないけど,大丈夫だよ」

そんなの,

 大丈夫だけど,少しも寝れなかった…

確かに,最初の日もほとんど眠れなかったけど,段々普通に寝れるようになった。

でも,昨日から今朝まで1秒も寝てない。

ここ3年の美愛との思い出が次々次々あふれてきて,その一つ一つが涙になって・・・・・

 

明け方くらいだったはず。

別な気持ちも起こってきた。

どんな違反だって,告発しないでいれば裁かれない

ヒデくんが言ってたとおり

私達の中で潰し合いが起きてる。

私の胸の中にも,闇みたいな気持ちがサァーッと速く広がっていくみたいな気がした。

 

 「そう」

栞那ちゃんはゆっくりと入口の方を振り返って

「美結さん自身辛いのが私に判る

と言ってから

「とても判るけれど」

沈んでいく私の視線を拾い上げるみたいに顔を傾けて

でも,酷そうな人には声をかけてもらえるといい

続けた。

 ピクッと跳ね上がるみたいに顔を上げる。

「私ではなく,美結さんがいい」

「え?」

 大きな青い瞳が私をのぞき込んできた。

 瞳に誘われる。

 「あ,うん,そうする」

答えた。

「うん」

すぐもう一回うなずいた。

 

確かに栞那ちゃんより,私に向いてる仕事だろう。

 普段だって今だって,お世辞にもクラスメートとうまくやれてるとはいえない栞那ちゃん。

 そんな栞那ちゃん私やクラスメートを心配したりしてくれるのだと知って,ほんのわずか明るい気持ちになった。

 「でも,私に言われてということは内緒にして欲しい」

「そうなの?」

 私としては,栞那ちゃんに対するみんな見方を変えてあげた方がいいと思ったけど

「美結さんが自分の考えで声を掛けているというのが大事」

と言われてしまったので

「うん,分かった」

栞那ちゃんの言うとおりにすることにした。

 

 「…」

来たときみたいに何の音もなくトイレから出て行く栞那ちゃん。

 実際そんなはずないって解ってても,あの雨の日からは冷たいガラスみたいに見えてた青い瞳。

今スゴクあったかく感じたが気がする

 

 

栞那ちゃんに続いてトイレを出る。

ちゃんとヒデくんが待ってた。

「健ちゃんは?」

「そっちだ」

ヒデくんが目線で隣のトイレを指した。

「そっか」

健ちゃんもトイレに入ってったみたいだ。

 「行くぞ」

「え?健ちゃんは?」

「待ってなくていいって自分で言ってたから大丈夫だ」

「そうなんだ」

 

 ヒデくんの真横に付いて歩き始める。

私を独りにできないってことで一緒にいてくれる。

健ちゃんは独りでも大丈夫ってことなんだろう。

「美結」

「なに?」

「さっきトイレで榮川と一緒になったよな」

「うん」

「その…なんだ…」

「ん?」

 迷ってるみたいなヒデくん。

 「ふつうにあいさつしただけだよ」

 たぶん,栞那ちゃんと会ったときどうだったか聞きたいんだろうと思ったので,さっきのことを教えてあげる。

 でも,栞那ちゃんが黙ってて欲しいって言ってたから,栞那ちゃんに頼まれたことは教えないつもり。

 「あいさつか」

「うん」

 栞那ちゃんは私と話したけどトイレは使わなかったっていうのが本当のことだけど,ヒデくんからすれば,入ってから少しして出てきた栞那ちゃんしか見てないから,私とあいさつだけしてトイレを使って出てったってことでも変には思わないだろう。

 「女しかいないからって気を抜くなよ」

「うん」

「中まで行けないからな」

「うん」

 

集会室に着く。

ここで待ってれば健ちゃんもそのうち来るんだって。

「健蔵が来たら食堂に行こう」

「うん」

 うなずいたけど,全然お腹なんて空いてない。

 相変わらず幽霊になってるみたいな力入らない感じは同じだった。

 「そういえば」

「なに?」

「まぁ,俺達にしてみれば昨日は美結に言われて荷物調べたよな」

「うん」

「美結は,どうして荷物調べてみようなんて思ったんだ?」

「え?」

 ヒデくんの訊き方は,そんな詰め寄る感じじゃなかったけど,ホントに知りたい感じではあった。

 「…」

だからちょっと考えてみる。

 

 荷物を調べるのは,私の考えじゃない。

 栞那ちゃんに言われたことだ。

(言っていいの?)

 栞那ちゃんは,いろんなことに気付ける人なんだろう。

 だからこそ,私にもいろいろ教えてくれる。

 さっきトイレで口止めされたのは,その方がいいって栞那ちゃんが気付いてるからのはずだし

(逆にいえば)

昨日栞那ちゃんが私に口止めしなかったんだから,言ってダメなことではないのかもしれない。

 「美結?」

「え?うん」

 そう。

 そのはずだ。

 

 「っとね,栞那ちゃんが言ってたの」

「カンナチャン?」

なぜか不思議そうな顔をするヒデくん。

 「それって,榮川のことか?」

「うん」

「榮川が,何て?」

「荷物調べてみなさいって」

「なに?」

「それで,その後は,ずっといつも持って歩きなさいって」

「なんだって?」

 ちょっとビクッとするような言い方をされた。

 「美結,そうなのか?」

「え?」

急にヒデくんの口調が変わってしまった。

 「っと,なにが?」

だから,身体ごと向き直って訊き返すと

「だから,美結が昨日バッグ調べようとか言ってたのは,榮川に言われたからか?」

ヒデくんは,私をジーッと見ながら言った。

「うん」

本当のことだった

(今ヒデくんに,そう言ったじゃない)

と思ったから,私は簡単にうなずいた。

 

「…」

ヒデくんは私を見つめたまま。

 「どうしたの?なんか気になることあるんだったら言ってよ」

「…」

でも,ヒデくんは答えない。

 スゴくバカってわけじゃないはずだけど,別に頭いいわけでもない私だと,まださっぱり気付かない何か。

 その何かに,ヒデくんは気付いたのかもしれなかった。

 でも,私に教えてくれないのは,私をどう思ってるからだろう

 どうして栞那ちゃんに言われたってことでそんなビックリするの。

 どうしてそんな目で私を見るの…

 

 「英基

「え?」

 右の方からの声で,そっちを向く。

 中岡くんだ。

 「ここにいたのか」

「ああ」

 ヒデくんに声をかけたはずの中岡くんは,なぜか少し離れた所に座った。

 そして,リュックを下ろす。

(・・・・・)

 スゴクちょっとしたことなんだけど,何か落ち込む。

 昨日から,みんなそれぞれが自分の荷物を持って歩かなくちゃいけなくなってしまってるんだもの。

 「これか?」

私が見てたことに気付いた中岡くんが

「昨日の千賀のことがあるからな」

リュックをポンとたたいた。

「ホント肌身離さず持って歩かないと」

 「…」

中岡くんの言葉を聞くと思わずひざの上に載せてたバッグをお腹に抱きしめてしまう。

 「なぁ,英基」

「なんだ?」

「英基がどう思ってるかはともかく」

腕を組んだ。

 

 「…」

せいぜい何秒かだったんだろうけど,なんか重苦しい沈黙の後に中岡くんは

「千賀は,きっと素直な気持ちで法を作ったはずだった」

言ってから,ほどいた両腕でバーンと強く机をたたいた。

「俺だったら,他人の物を盗るなとか,盗むなとか言うだろうけど,千賀はそんな言葉使わなかった」

もう一度たたく

「それを利用した奴のせいで,千賀は!」

また,たたく。

 「・・・・・」

中岡くんがたたいた机には,いつも千賀さんがいた。

 

 いつからか,みんな決まったところに座るようになってた。

 ほんのちょっとした取り替えとかはあるけど,大体同じ席。

 ここもずっと千賀さんの場所だった。

 でも,今日からは誰も座らない…

 そんなのが,もう9つになった。

 

 「大翔,訊いていいか?」

いつのまにか中岡くんの隣にはヒデくんが移動してた

「今の話からすると,誰が何に違反したかが判るのか?」

「ああ」

ヒデくんの質問に,中岡くんはあっさりうなずいた。

「どうやって?」

「端末の機能にあったのを見付けたんだ,ホントたまたまだけどな」

「そうなのか?」

ヒデくんは驚いた顔をして

「俺にも教えてくれよ,その機能の出し方を」

つかんだ中岡くんの左肩を揺らした。

「ああ」

中岡くんはポケットから自分の黒い端末を出した。

 

 「…出たか?」

「出た」

 中岡くんが言うとおり,ヒデくんと一緒に私も自分の端末を操作してみた。

 画面には『違反者』という表示が出てる。

 「そこから入ると,名前が映って,名前に触ると…」

 中岡くんが教えてくれる前に,私はもう美愛の名前を探して,次の画面に移ってしまってた。

 「・・・・・・・・・・」

 私も訊かなかったけど,ヒデくんも健ちゃんも教えてくれなかった美愛が裁かれた理由。

 最初の日に決まった最初の法律。

 佐藤くんと根津さんと同じ理由。

(ってことは…)

 頭が真っ白になってしまってた,昨日の夜7時,あの瞬間。

 あの瞬間だったら,まだ美愛は生きてたんだ。

 「柚島以外の4人は,4人とも同じなんだな」

「ああ」

ヒデくんと中岡くんの話を聞いて,美愛じゃない4人の画面を開けてみる。

(ホントだ…)

4人とも,千賀さんが昨日決めた法律に違反したことになってた。

 「千賀を責めるつもりなんてない。でも,盗むって言葉を使わなかったのは」

「間違いだったよな」

ヒデくんの言葉にかぶせるみたいにして中岡くんが続けた。

「ああ…」

ヒデくんは,ため息をつくみたいに言って天井を見た。

 

 なぜか,そんなヒデくんを見ながら中岡くんが大きなため息をつく。

 「…なぁ,英基」

「ん?」

 中岡くんが,もう一度ため息をつく。

 でも,すぐ何か心が決まったみたいな顔をしながら

「昨日の英基もヒドい間違いだったよな?」

と言ったので

「なに?」

ヒデくんの表情がサッと変わった。

 「おい,俺の何を言ってるんだ?」

一応抑えてるつもりかもしれないけど,ムカついてるのが丸わかりなヒデくん。

「…」

ヒデくんじゃない,ちょっと外れた辺りを見てるみたいな感じの中岡くん。

 「大翔!」

イラッとした声。

 そのとき,フッと中岡くんが私を見た。

 「安齊がいるとちょっと」

「あ…」

(そういうことってあるかも)

 「うん,私」

廊下に出ようとしたら,強い口調でヒデくんが

「誰も一緒に行ってやれないから,美結一人で外に出せない」

と言うので

「…」

立ち止まる。

 だって,確かに怖い。

 クラスメートしかいないのに,独りでいるのは怖い。

 

 中岡くんが不満そうに首を振る。

 「もういい」

 で,私がいても,もう話しちゃうみたいだ。

 「集会室にいないことが問題だったのは,柚島だけだった」

(あ…)

美愛のことを話すんだ。

中岡くんが私にいて欲しくなかった訳が一瞬で解った。

「ああ,それが何だ?」

ヒデくんの言葉は,まだまだトゲトゲだ。

「英基は健蔵と一緒に飛び出していったよな」

「ああ」

「何でだ?」

(え?)

どうしてそんなこと訊くんだろうと思った。

 それはヒデくんも同じみたいで

「何が言いたいんだ?」

中岡くんに詰め寄る。

 「まだ自分の間違いに気付かないのか?」

「だから!」

 またチラッと私を見る中岡くん。

 「ホントに必要だったのは,一人も部屋から出さないで,誰も端末に触らせないことだったよな?」

「なに?」

「英基達が飛び出していったせいで,他の奴らも部屋を出ていった」

「…」

「出ていった奴らが,そのあと何してたのか,全部判るか,英基は」

ヒデくんほどじゃないけど,中岡くんの声も大きくなっていた。

 ヒデくんは黙って首を振った。

 中岡くんは

「俺も知らない」

下を向いて言ったあと

「俺も知らないが,柚島が裁かれたんだから,誰かがやりやがったんだぞ」

ヒデくんを真っ直ぐ見て言った。

 「…」

「自分が間違ったって解るよな?」

 

「俺は」

英基がチラッと安齊を見た。

「俺は間違ってない」

「なに?」

自分でも判るくらい声がうわずる。

まさか否定するはずないと思ってた英基の答え。

 ただ,安齊も意外だったようで,ビックリしたようにヒュッと音を立てて息を吸った。

 「美結」

チラッとではなく,はっきりそっちをみてから安齊に声を掛ける英基。

「え?」

「健蔵が来たから,健蔵と先に食堂行ってくれないか」

「あ,うん」

 安齊と英基の視線が俺の向こう側に行ってるみたいだったから,振り返ると,確かに健蔵が廊下をこっちに向かってくるのが見えた。

 健蔵と一緒なら安齊も危なくないはずだ。

 

 安齊と健蔵が行ってしまうと,英基の方から俺に近寄ってきた。

 俺のすぐ隣に座り直して

「悪かったな,さっきは」

と言う。

 「なに?」

大翔がさっき言ったことは,俺も昨日の夜からずっと考えてる」

「…」

俺をまっすぐ見てくる。

 「直接じゃなくたって,柚島を殺したのは俺なんだろうって」

「いや,俺だって,そこまでは言ってない」

慌てて首を振る。

 「いや,俺はそう思ってる。」

大してふざけたりしない奴だが,こんな真剣そうな英基ほとんど見たことがない。

 「さっき美結を追い払ったのは,美結には聞かせたくなかったからで…」

ギッと歯ぎしりの音がした。

「そうだよな…」

 「じゃあ,どうすれば柚島を救うことができたのかって」

「…」

「まだ分からない…」

「俺だって分かんねぇよ」

 そうだ。

 あれじゃ間違いだったのは解ってる。

 でも,正解なんて…

 「そうか」

「ああ」

「…」 

 何か言った方がいいんだろうか。

 それも判らない。

 

 二人して,どのくらい黙ったままだったんだろう。

 「じゃあな,大翔」

そうだけ言って,英基が出て行った。

「…」

 結局俺は何も言うことが見付からないままだった。

 

 

 「それにしても,中岡くんも長谷田くんも」

「ん?」

「二人ともヒドいよね」

「んん?」

 ヒデくんは知ってるんだろうけど,とぼけるつもりのようだ。

 でも,私は言わずにいれなかった。

 ヒデくんが間違ってるとは思えなかったから。

 「ヒデくんは昨日間違ってなかったよ」

「そうか?」

「うん」

 ヒデくんは,間違ってたか間違ってなかったかで,長谷田くんとも中岡くんとももめちゃって,中岡くんとはケンカにならなかったって言ってたけど,長谷田くんとは私が見てる前でケンカになってしまった。

 でも,しょうがない。

 ヒデくんは間違ってなかった。

 なのに,間違ってたって認めちゃうのは,それこそ間違ってる。

 長谷田くんは,とても頭のいい人だ。

 このヒドすぎる世界で生き抜く方法に気付いてないはずない。

 「協力しないといけないんだもの」

「え?」

「長谷田くん,怒っていっちゃったけど,すぐまた仲直りできるよ」

「…」

「ね?」

「…だといいな」

「うん」

 ヒデくんにムリヤリ笑いかける。

 ヒデくんはヒデくんで,私に向かって細く笑った。

 

 美愛を救えなかった。

 美愛を救いたかった。

 美愛を救って欲しかった。

 体の一部が削り取られて,ごっそり何かいろんなものがなくなってしまったみたいだ。

 美愛と私は,いつの頃からか,お互いにお互いの一部となっていた。

(だから…) 

 何もしないで見張り合ってるのが正しかったなんて思えるはずない。

  もし,たとえ,それで良かったのだったとしても,美愛のため走り出して行った健ちゃんとヒデくんが正しかったと思う。

 

 

 「中岡」

 英基と口論してから,昼飯の間もずっと黙りこくったままだった長谷田がやっと喋った。

 「何だ?」

「俺,今いる部屋から移ろうと思ってる」

「なに?」

「同じ感じの部屋だけど,誰も使ってないのが1つあるんだ」

「そこに移るのか?」

「そう」

「・・・・・」

 長谷田は冗談嫌いじゃないけど,こういうときにふざける奴ではないはずだ。

 まぁ,ふざけるタイミングの訳ないが。

 「何か誰をどこまで信じていいのか,全然判んなくなっちまって」

「…」

「ホントもう判らない」

吐き捨てるみたいな言葉。

 「何で」

「え?」

「何で,そんなこと俺に言うんだ?」

「中岡…」

 いや,ホントは判ってる。

 俺にそんなことを言う長谷田の気持ちは判ってる。

 でも,俺も長谷田と同じだ。

 俺も完全に狂ってきてるのかもしれない。

 「俺と長谷田の考えが同じなら,俺は長谷田の提案に乗る」

「中岡」

「だから,何で俺に言ったのか教えてくれ」

「ああ」

 長谷田は軽く頭を2,3回振ってから

「俺が中岡に言ったわけは」

俺の肩をつかむ。

 「俺と一緒に別な部屋に移って欲しいからだ」

「俺と?」

「そうだ」

両肩をつかまれた。

「中岡とじゃなきゃダメだ」

「俺と二人でってことか?」

大きく頷く長谷田。

 「ずっと考えてた」

「何を考えてた?」

「こんなとき誰と協力していくのか,ってことだ」

「それが俺なのか?」

「そうだ,中岡だ」

長谷田の手に力がこもる。

 「でも」

「お,俺以外にもいるのか?」

「健蔵とも協力したい思ってた」

「英基もか?」

「英基か…」

俺の肩から手を離す長谷田。

 「英基が今日ちゃんと自分の間違いを認めたら,英基にも声を掛けるつもりだった」

「やめたのか?」

「完全にやめたつもりはない」

俺から目線も離した。

 「英基のことは,もう少し考えてみる」

「そうか」

「健蔵は英基とセットじゃなきゃ,口説けないから,そっちももう少し考える」

「そうか」

 大体は俺と同じだ。

 ただ一つ違うのは,英基が自分の間違いをし過ぎるくらい後悔してるって長谷田が聞いてないことだ。

 俺の時は,うまく安齊を連れ出せたが,長谷田と英基が口論したときは,ずっと安齊がいたから仕方ないが…

 まぁ,俺から聞かされるよりは,英基本人に言わせるのが一番いい。

 まだ,このままにしておこう。

 「分かったよ」

「ん?」

「取りあえず二人で部屋を移ろう」

「大翔」

俺の肩をまた両手でつかむ。

 「ありがとう」

「いや,雄生,俺も大体同じようなこと考えてた」

「そうか,大翔もか」

「うん」 

 

(今日は正しいことができた…か)

 

 

 夜も8時を過ぎた。

 昨日までより,人数が増えてる。

(昨日もだったから,あたしは今日休めるんじゃないかな)

なんてかなり期待してたから

「じゃ,みんなちゃんと仕事してね」

薄ら笑いを浮かべながら締めくくった珠美佳の言葉が信じれなかった。

 「え?ちょっと待って」

思わず結構大きな声が出てしまった。

「は?」

行きかけた珠美佳立ち止まる。

 「なに?なんか文句でもある?」

にらんできた。

 「でも…」

「文句あんの?」

 口ごもることだって,珠美佳の前ではできなさそうだった。

 「…」

黙って首を振る。

 「文句言いたいなら言えば?」

「…ないよ」

「そう」

よく本とかで見かける,フフンという鼻にかかった笑い方の見本みたいな珠美佳の態度。

 チラッと少し離れた所にいる前田さんを見る。

 前田さんには,一人だけ仕事の割り当てがなかった。

 でも,別に前田さんに反感があるわけじゃない。

 あんなの突きつけられたら,ここにいることは,しょうがない。

 あたしと違って,昨日までがんばってただけでスゴいと思う。

 

 違う。

 あたしとは。

 違ってるはずだ。

 あたしなんかとは。

 

(こんなのって,あたしなんかと違うってんじゃなきゃ,おかしいじゃない…)

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  なし

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  21人



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