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 不思議だ。

 あたしは昨日までに死んでしまった4人の誰とも友達じゃなかった。
 そりゃ同じクラスなんだし,話したことくらいはあるけど,でもそのくらいは友達なんかじゃないはず。
 だから,スゴいショックを受けたのは最初の日だけ。
 戸田くん,工藤くんが死んでも大して何も感じなかった。
 いつかあたしの番が来る。
 そのことだけは考えないようにしないと,平気でいれる自信がない。
 でも,気が付くと考えてる。

 あたしの番がいつか来る…

 

 

 今日の国王は鹿生だ。
 昨日,工藤が来なくて,たぶんみんな工藤が死んでるだろうって雰囲気の中で,それでも国王を決めなくちゃいけないからって鹿生が手を挙げたのだった。
 昨日の国王は仁藤だったし,仁藤とつるんでることが多い鹿生が国王というのは,マズいと思った。
 同じ人間が続けて国王になれないとはいっても,2人が交代でやれば何の問題もない。
 そういうのを制限する法を作ろうと思ったら,まず国王になるか,国王を動かせる人間でいるかだけど,俺に仁藤とか鹿生を動かすのは無理だし,もし仁藤達が国王を独占するつもりなら,俺には“何となくこいつでいいか”的な低レベルの世界の支持だと仁藤達を上回れないだろう。

 そんなことを考えてると,田月が端末を見てるのに気付いた。
 「どうした?」
俺が声を掛けると
「いや」
田月は俺の方を見ないで
「鹿生が法を作ったみたいだから」
と言う。
 「ホントか」
ポケットに手を入れたら端末がない。
 そうか,さっき着替えたときに移してなかったんだ。
 「どんなのだか,ちょっと読んでみてくれないか」
「ああ」
田月は,やっぱり俺の方は見ないで
「じゃ,読むからな」
端末に視線を落とす。
 「国王選挙は選出された数の少ない者を優先する」
「なに!」
俺が少し大きな声を出したせいか,田月がビクッとした。
 「…急にデカイ声出すなよ」
「悪い…」
顎を引くくらいだけ頭を下げ,すぐに田月の端末を覗き込む。
 「・・・・・」
確かに書いてある。
(どういうことだ?)
 急にだから,うまく考えがまとまらない。
 さっきも思ったが,仁藤と鹿生は,まだまだバラバラにならないだろう。
 それなりに頭のいい仁藤と,何となく人が集まる中心になりやすい鹿生がつるむのは俺にとって邪魔でしかないが,今は正面切って奴らと争うわけにはいかないから,あいつらとの接し方は考えどころだった。
 奴らの方が自分で自分達が国王になり続けれることを放棄するなんて…
 何か仁藤に考えがあるのか。
 いや,むしろ何も考えてない鹿生の自爆なのか。

 

 

 「お早う」
「あ,お早う,栞那ちゃん」

 ヒデくんには,考えるなって言われてるけど,元々別に仲良くしてたわけじゃない工藤くんでも,いなくなってしまったというのはショックだ。
 ここに来てから3回,同じ部屋で夜を過ごした。
 同じ部屋にいるんだから,少しくらいは話もした。
 みんながみんな不安な中で,話すくらいしか気を紛らわせれなかった。
 そういうのからすると,いなくなってしまった4人の中では一番接点があったことになる。

 そんなことを考えていたら,ボーッとしてたんだろう,声を掛けられるまでは栞那ちゃんが横に来てたって知らなかった。
 「雨」
「え?」
栞那ちゃんのつぶやきで窓の方を見たら,雨が降っているみたいだ。
 「・・・・・」
 私はチラッと見ただけなのに,栞那ちゃんはジーッと窓の外を見続けてる。
(何か見えるのかな…)
 栞那ちゃんの視線の先を探す。
(特別変わったものはないようだけど。。。)
私は窓の外を見るのをやめてしまった。

 「…」
(それにしても…)
 栞那ちゃんはフランス人形みたいだ。
 背中の半分くらいまであってファーッと超ゆるいウェーブがかかった金髪やサファイアばりに青い眼,真っ白い肌,高い鼻,パッと見で判るふっくらした胸…
 外見だけのこと言ったって,何の個性もない,普通ど真ん中の私には羨ましいくらいいっぱい何だって持ってる。
 栞那ちゃんが勉強もできるのかどうかは分かんない。
 でも,やっぱり中の中くらいの成績な私からすれば,何となく栞那ちゃんの言葉のところどころが頭いい感じに思えてた。

 「・・・・・」
結局何も話さないまま栞那ちゃんは集会室の方へ行ってしまった。
 もちろん,私の方は「雨」と言ってからは一回も見なかった。
 私がいたことなんて忘れてしまってるのかもしれない。

 

 

 ここに来て初めて,今日は雨だった。
 何もすることがないので,朝集会が終わった後は図書室に来ていた。
 図書室には意外といろんな本があった。
 でも,わたしにとっては大して興味ないジャンルのものしかないけど,3冊本棚から出して,閲覧席みたいな所まで持って行くと
「あ」
ビックリした顔の舟山さんが座ったまま顔を上げていた。
 「舟山さんも来てたんだ」
「うん」
「わたしは今日初めて来てみたんだけど,舟山さんは前から?」
「…最初の日から」
「へえ」
 机に本を置いて,舟山さんの斜め前の椅子を動かして座る。
 「…1人?」
「え?」
ポツッと舟山さんが言うので,
「1人で来たのかってこと?」
訊き返すと,舟山さんは何も言わないで頷いた。
 「そうだね,ここには1人で来た」
舟山さんに答えた丁度そのとき,奥の方から誰か出てくるのが判った。
 一ノ木さんだった。
 「一ノ木さんと2人で来てたんだ」
舟山さんが頷く。
 「・・・・・1人でいるのは怖いから」
やっと聞こえるような声で言いながら,一ノ木さんは舟山さんの隣に座った。
 「怖い?1人が?」
 思ってもいなかったことを言われて訊き返すみたいになってしまったけど,瞬間わたしも気付いた。
 「そっか,そうだよね…」
 暑くてにじんでた汗が急に凍ったみたいに寒気がした。
(わたし,何て危ないことしてたの…)

 ここがどこだかは知らない。
 ここには私達しかいない。
 でも,ここは安全な場所じゃない。
 ホントなんだ…

 

 

 夜の集会の前,誰か足りないってことがなくて,何よりホッとした。
 しかも結局今日は1日中雨。
 きっと誰も外に行かなかったんだろう。
 図書室で本を読んでるうちに茉莉亜も来たので,あとはずっと茉莉亜と一緒にいた。
 そうすると,どこに行っても独りでいる人はいなくて,私の感じた寒気はスゴい正解だったことを改めて知ってしまっていた。

 というところで,集会の方に意識を戻す。
 「じゃあ,明日の国王を決めるんで,やりたい奴がいたら手を上げてくれ」
今日の国王は鹿生くんなので,明日の国王を決めるための司会をしている。
 「誰かいないかぁ?」
鹿生くんが左右を見回してるように,わたしも目線だけグルーッとみんなを見渡す。
 「っと…」
誰も立候補してくれないので,鹿生くんが戸惑ってるようだ。
 こういうのは初めてだ。
 昨日までは誰かかれか立候補してたのに。

 「…」
お昼に食堂で安齊さんが柚島さん達と言ってたことを思い出す。
 言ってたことは大体2つ。
 国王って,別に何か特別な権力とかがあるわけじゃなく,他の人と違うのは,まあ法を決めるくらいしかない感じなこと。
 でも,何日も経ってしまうと,前からある法がジワジワ縛りになってきちゃうので,法の作り方って難しくなりそうなこと。
(そうだよね)
 今日まで見てて,国王になったからということで大変なことはあまりなさそうだけど,後になる程大変になってくるというのも合ってる気がする。
(そういうことなら,こういうときにパッとやっておく方がいいのかも…)

 「はい」
「お」
手を挙げると,すぐに鹿生くんが反応する。
 「千賀,やってくれるのか?」
「うん」
わたしが頷くと,鹿生くんがホッとしたような嬉しそうなような表情を浮かべた。
 「ええと,千賀が明日の国王をやってもいいって言うんだけど,みんなそれでいいか?」
鹿生くんがみんなに問い掛けると,後ろの方からパチパチと音がする。
 安齊さんだ。
 安齊さんの拍手に続いて,数人が拍手をしてくれて,すぐに全体に拡がった。
 「じゃあ,明日の国王は千賀ということにします」
そう言いながら,鹿生くんは手招きをする。

 安齊さんと仁藤くんが立って行って,鹿生くんの左右に並ぶと,鹿生くんが端末の操作を始めた。
(明日の法ってどんなのにすればいいかな)
(わたしも何かちゃんと考えなくちゃ)

 

 

 夜の集会が終わってからも珍しく栞那ちゃんが座ったままだった。
 いつもならどこかにすぐいなくなっちゃうのに。

 「栞那ちゃん,いい?」
 思い切って声をかけてみたら,別に私の方は見なかったけど
「なに?」
反応してくれた。
 「その,良ければさ,ちょっとだけ話せない」
「…」
チラッと私を見てから
「分かった」
パッと立ち上がった。
 「ここでより廊下に行こう」
「え?あ,うん」
どうして廊下なのかとは思ったけど
「じゃ,行こう,廊下に」
私が先に廊下に向かって歩き出す。

 「っとぉ…」
 いざ廊下で話そうとしても,何から話せばいいのかな。。。
 廊下には窓があって,夏だから夜7時でもまだ何となく明るくて,中庭みたいになってる場所が見える。
 「そうだ,栞那ちゃん」
「なに?」
「今朝私と会ったとき,雨って言ってからずっと窓の外見てたけど,何を見てたの?」
これは確かに少し気になってたんだ。
 「何を見ていた…」
 栞那ちゃんの表情は別に変わらない。
 「…つに…だい…か」
途切れ途切れにつぶやきが聞こえて
「雨の降り方」
ポツッと出た。
 「雨の降り方?」
思わず栞那ちゃんの言葉をそのまま返した。
 「…降り方って,何で?」
そして,探るような感じで訊いてみる。
 「ここは,北緯32度20分から80分どこかだから,雨の降り方でも何か判らないかと」
「ええっ?」
 自分でもビックリするような変な声をあげてしまった。
 そして頭の中がハテナでいっぱいになる。
 でも,たぶん栞那ちゃんには全部当たり前のことみたいだから,何から訊いていいのか,そこだって分からない。

 「っと,それで,何か判ったの?」
頭の中のハテナを無理矢理蹴散らして,栞那ちゃんの言ってることをつなぐようなことを訊く。
 小さく左右に首を振った。
 「そっか」
やっぱりのようだ。
 ガッカリしかけたけど,栞那ちゃんが左足をちょっとだけ後ろに引くのが見えた。
(あ,こっから行っちゃう)
 いろんな偶然が重なったんだろう,栞那ちゃんは私の誘いに乗って廊下に来て,今,立ち止まって話してくれてる。
 どうにかしてもう少しくらい栞那ちゃんと話したい。
 「そうだ,あの,いいかな,訊いても,ね?」
しどろもどろに言うと,それでも栞那ちゃんは行っちゃうのをやめてくれた感じで
「何を?」
左足を戻した。

 「栞那ちゃんはハーフとかなの?」
「ハーフ?」
「あ,ほら,名前とか髪の色とか」
「ハーフとは違う」
 ピシャッとした口調。
 最初の日一緒に歩いてたときと同じだ。
 「私の場合」
 まだ話が続くところも同じ。
 何か,栞那ちゃんのパターンの一つが解ったみたい。
 「高倉村生まれの父方祖父が,Salzburg(ザルツブルク)生まれの祖母とドイツ在住中に結婚, 母方はアメリカ移民で祖父がGdansk (グダンスク),祖母が Karlovy Vary(カルロヴィヴァリ)生まれ」
「はぁ…」
スラスラと言い切られたので,訊き直すこともできない。
 「私の外見は祖父母4人中3人のドイツ系に由来するはず」
「うん」
 おじいさんおばあさんの生まれた場所とかは初めて聞く場所ばかりで,どこら辺なのか全然分からなかったけど,栞那ちゃんの顔立ちとか金髪とか青い瞳とか,見た目のことは全部,おじいさんおばあさんの4人のうち3人がドイツ系というのが理由なのだけは解った。

 「っと…」
「少し話そう」なんて言っておいて,元々何話そうかなんて考えていなかったし,栞那ちゃんが自分で話振ってくれるわけでもないようだから,とうとう話題がなくなってしまった。
 「あ,そうだ」
その時,千賀さんが言ってたことを思い出した。
 「そういえば,栞那ちゃん」
「なに?」
「2日目って,図書室に行ったんでしょ,どんな感じだった?」
「2日目?」
「私,あるのは知ってたし,仁藤くんとかは行ったみたいだけど,私は行ってみたことなかったから」
手を振ったり照れ隠しみたいに笑いながらの私と違って,訊かれた栞那ちゃんは,ちょっと首をかしげるようにした。
 「舟山さんから聞いた?」
「え?」
 私の訊いたことには答えないで逆に訊かれてしまった。
 「舟山さんから聞いたっていうことで,私は千賀さんから聞いたよ」
 でも,訊かれたことに答える方を先にした。
 栞那ちゃんから話題が出るなんて,きっとあまりない気がしたから。

 

 「そうか,舟山さんか」
「うん」
「確かに舟山さんもいた」
「そうなんだ」
(あ,今って)
何かいいタイミングみたいな感じがしたので,昼から結構気になってることを訊いてみることにした。
 「あの,栞那ちゃん,ちょっと訊いてもいい?」
「なに?」
「うん。栞那ちゃんは夜どこにいるの?」
「夜?」
「夜を過ごすための部屋って誰々が一緒なのか,お昼に話してたら大体判ったんだけど,どれにも栞那ちゃんはいないみたいだから…」
 「…」
 私に真っ正面を向けた青い瞳から一直線で向かってくる視線。
 見られてるだけで凍ってしまいそうに冷たい…
 怖いというのとは違うだろうけど,胸がドッキンドキンとする。
 心臓を突き刺されちゃってるみたいな感じ…
 栞那ちゃんからってより,こんな視線を誰かから向けられたことが初めて・・・・・
 私は軽い気持ちで何となく訊いてみただけだった。
 でも,栞那ちゃんにしてみれば,スゴく訊かれるとイヤなことだったのかもしれない。

 「…ゴメン。言いたくないなら答えなくても」
だから,たまらず謝ってしまった。
「…ん」
「え?」
「そう」
「?」
「教えられない」
 さっきからずっと氷の矢みたいな視線を私に向けてたけど,栞那ちゃんは,それを外さないまま小さく首を振る。
 「いいよ。ゴメンね」
 「…」
 やっと視線を外してくれたのと同時に,栞那ちゃんは何も言わないで私に背を向け,そのまま行ってしまった。

(栞那ちゃん…近付けたような気がしてたのは,私の思い上がりだったんだね・・・・・)

 

 

 

 裁きに因る死亡者

  なし


 裁きに因らない死亡者

  なし


 国家の人口

  26人


8月6日

 爆弾が危ないだって? 

 今日も一緒に寝てたよ


 どうしようか,スゴク悩んだ。  

 でも結局,誰にも相談しなかった。 

 かえってなんか力が抜けたみたいな感じがした。 

 

 寝る部屋に戻ってから,茉莉亜と話してたけど,電気もついてない部屋で話してるのは昨日までとおんなじなのに,いつのまにか眠っていたようだ。  

 夜中に目が覚めたとき,日付が変わってるのを確かめて隣を見たら茉莉亜もスヤスヤ寝てた。 

 茉莉亜に背中を向けて,考えておいた文章を端末に打つ 

 「・・・・・」 

 送る。 

 

8月6日 @国王の法 

~今日の法は【他人の物を自分の物としてはいけない】と決めました。千賀 

 

 考えたって,どうすればいいか分からないし,どうなるか分からない。 

 それよりは今の一瞬一瞬に気を付けてる方がいい。  

 目を閉じる。 

 自分自身,もっと神経が細いと思ってたけど,意外とそうでもないようだ。 

 全く眠れなかったっていうのは最初の日だけ。 

 あとは,どうにか眠れてる。 

 どんなひどい毎日でも結局そのうち慣れてくるのかも 

 実際さっきまではぐっすり寝てたような気がする。 

(朝になって起きたら,どんな1日になるかな…) 

 

 

 朝ご飯のあと,美愛がトイレに寄ると言ったけど,廊下には何人か他の人も歩いてるし,私は別に用を足すほどじゃなかったから,トイレの前で美愛を待ってた。 

 今朝起きてからのことを思い出す。  

 いろいろ考えてるうちに朝になってた。  

(寝れないかと思ってたって,いつのまにか寝てるんだよな…) 

 こんなだから「美結は,のんきだ」なんて言われちゃうけど,私なりに一応悩んだりショックは受けてる。 

 たとえ私には悩むのが似合わないんだとしても。 

 

(あ…) 

 向こうから栞那ちゃんが歩いてくる。 

 昨日変なことを訊いてしまったために,今日こそ無視されてもおかしくない。 

 「おはよう」 

でも,私の前で立ち止まった栞那ちゃんは自分から挨拶をしてくれた。 

 「おはよう。食堂で見掛けなかったけど,飯はまだだった?」 

それだけだって私にとって精一杯勇気を出した問い掛けに 

「まだ 

栞那ちゃんは昨日までと何も変わらない落ち着いた調子で即答してくれた。 

そうなんだ」 

ホッとしながら続ける。 

今朝は,和食が多い感じだったよ」 

「そう」 

それだけ言うと,私の横を通り抜けていく栞那ちゃん。 

 相変わらず素っ気ない。 

 でも,昨日の余計な質問で距離が拡がっちゃったかと思ってたけど,別にそうではなさそうだった。 

 

 「美結,お待たせ」 

栞那ちゃんの後ろ姿を見ていたら,美愛が横から声を掛けてきた。 

 「うん」 

「じゃ,行こっか」 

「うん」 

答えたころ,栞那ちゃんはちょうど角を曲がった。 

 

 美愛と一緒に部屋に戻った。 

 ヒデくんはいなくて,健ちゃんだけだった。 

 「美結,うれしいことでもあったのか?」 

「え?」 

健ちゃんが言うので 

「どうして?」 

訊き返す。 

 「いや,別に,何となくだけど」 

「ふーん」 

「美結はいつもそんな感じだな」 

「え?」 

「いや,それでいいよ,美結はそれでいい」 

 「…」 

 別に健ちゃんだって,今まで変わってない。 

 だから安心できる。 

 私は健ちゃんに安心してもらう何かはできないけど… 

 「そうだねー,あたしも美結はそれでいいと思うよ」 

「何なの,美愛まで」 

「いやいや」 

笑いながら美愛が手を振る。 

 健ちゃんだけじゃない。 

 美愛だって,ヒデくんだって,やっぱりこんな所に来てからでも変わらない。 

 スゴク安心できる。 

 健ちゃんに対してもだけど,私はヒデくんにも美愛にも何もしてあげれないのに,もらってるものはいっぱいある。 

 

 「美結がふさぎ込んじゃったら,あたしどうすればいいのか分かんないもん」 

「ええー,何それ」 

 美愛に突っかかる。 

 自分としては,不満そうな顔をしてるつもり。 

 「だいたい毎日,美結から元気をちょこっともらって過ごしてる 

「え?」 

「あたしの元気の何分の一かは,いつも美結からもらった元気だった 

また笑ってごまかすのかと思ってたのに美愛は結構まじめな顔してる。 

 「こんなとこにいたら,余計そうだよ 

「美愛…」 

「今は半分,いやもっともっとかな,美結にもらった元気って 

そう言ってから美愛は初めて笑った。 

「あたしは美結がいないとやってけないな 

 「そんなの私だってそうだよ」 

ちょっと強めのつもりで美愛に言う。 

「違うよ」 

でも,美愛は,かえってまたまじめな顔に戻ってしまう。 

 「違うよ。あたしは美結みたく誰とでも打ち解けれない 

「え」 

「クラスで友達っていったら美結しかいないよ 

「・・・・・ 

 

(そうかな…) 

 何かもう遠い遠い昔みたいな,つい最近のことを思い出してみる。 

 美愛はポツンと独りでいたりしてなかったし,私が誰かとしゃべってるときに一緒に話に入ってたりしてたはず。 

 「美愛は結構いろんな人としゃべったりしてたじゃない 

思ったままのことを美愛に伝える。 

「全然打ち解けてるように見えてたけど 

 「違うよ」 

小さく頭を振る。 

「美結がいたからだよ」 

 「私が?」 

「そう 

コクンとうなずいて 

「あたし,美結がいないとこじゃ誰かとしゃべったりしてなかったから」 

「…」 

 私が見てないとこで美愛がどうだったかなんて判るはずないから,答えれない。 

 美愛がフーッと音を立ててため息をつく。 

 「今年のクラスの中じゃ,美結がいなけりゃやってけないよ,あたしは」 

 「うん,分かった。それでいいよ,もう 

私が笑いかけると,美愛もいつものようにして笑ってくれた。 

 「…美結といないと」 

美愛は笑顔はそのままにして 

「ろくでもない話が来るしね 

結構大きめの声で言った。 

 「え?」 

「大丈夫大丈夫」 

美愛の表情は変わらない。 

  

 「美結といれば,独りじゃないもん,大丈夫だよ」 

 

 

 当たり前のことが法律になって良かった。 

 って言っても,今までだって変なことを押しつける法律なんて別になかったけど,当たり前のことをわざわざ決めてくれれば,つい間違って破っちまうこともないだろうからいい。 

 「あーあ,こんなんでいいのかぁ?」 

でも,何でだか不満そうなのもいる。 

 俺に向かって言ってるって,さすがに気付いたから 

「何だよ,星」 

面倒だけど答える。 

 「だってさ」 

星は頭を左右に振りながら 

今日の千賀だって考えて動いてるようじゃないよな? 

語尾をスゴい上げた。 

(ホント,面倒だ) 

 「なんで? 

「いつまでもみんな仲良しなんて,そんなときか,もう 

 「あ?」 

 は別に星が好きでも嫌いでもない。 

 星には同じクラスの奴ってこと以外の気持ちを持ってない。 

 知らない奴じゃないけど,友達かって訊かれたら正直首を振る。 

 なのに何かいつも偉そうだからカチンとくることも結構ある。 

 「何が言いたいんだ?」 

「ちゃんと考えてないと死んだ奴らみたくなるってことだって 

 「死んだ奴ら,ね 

 星と同じで,今までに死んでしまった4人とは友達とかじゃなくて,ただの同じクラスだった。 

 なんか悪いことしたわけでもないのに死んでしまったことは,かわいそうだと思う。 

 でもきっと,星はそんなふうに思わないんだ。 

 だからそんな言い方ができる。 

 「あの4人が何も考えてなかったなんて分かるのか? 

言ってしまってから 

(失敗した!) 

と思ったけど 

「何も考えてなかったに決まってんだろ 

星は鼻息の音がするくらいの調子で言い切った。 

 「…」 

(勝手な思い込みか) 

(まあ,俺にムカつなかったのはラッキーだけど) 

 星はまだ俺にムカついてなくたって,俺はなんだかムカムカしてきてる。 

 これ以上こうしてると星にもっと余計なことを言いそうだ。 

 星はたぶん,自分は何でもお見通しだって信じてるタイプの奴だろうから,こんなストレスの高いことさせられてるうち思い込みが余計ひどくなったのかもしれない。 

 変に機嫌を損ねると,が損する。 

 たかが星でも敵に回さないに越したことない。 

  

 「そうだな,星みたく考えておくのがいいだろうな 

 は食いかけの皿を持ち上げて席を立った。 

 「ああ」 

星は満足げにニヤッとした。 

(何も考えてないのは,お前自身だって 

 でも,案外こういう奴の方が今みたいな状況の中では幸せなのかもしれない。 

 

 

 「・・・・・」 

 ホントはさっさとシャワーを浴びたいんだけど,こっからは遠い。 

 それにまだ次がある。  

 「…」 

 当然だけど,こんなことに慣れれない。 

でも…) 

もうこれしかないんだし,平気にならなきゃ。 

 

 今日の分が全部終わって,散らばってた服を集めて回る。 

 「あのさ」 

イスに座ってあたし達を見てただけの森さんが口を開く。 

 珠美佳,このままじゃヤバくない? 

「え?」 

 声を掛けられた三田さんが森さんを見るけど, 

「っと,なにが?」 

あたしと同じで,何のことか分かってないみたいだ。 

 「今日何日? 

「え?」 

三田さんが端末を見る。 

 あたしも見る。 

 「…6日だけど」 

「でしょ」 

「うん」 

「ヤバいよね?」 

「…」 

 森さんに問い詰められてるのは三田さんだけど,答えられないみたいだし,次はあたしだろう。 

 「ねえ,広魅,ヤバいよねぇ? 

(やっぱり…) 

 「うん…」 

森さんににらまれないように,うなずいてしまう。 

 「じゃ,どうしよっか?」 

「え?」 

「ヤバいままにしておけないでしょ?」 

 「・・・・・」 

森さんの言いたいことが分かってないんだから,どうするって訊かれても分かるわけがない。 

 「・・・・・」 

それは三田さんも同じ。 

 「もう6日なんだけど? 

言いながら森さんが三田さんに近付いていく。 

「広魅」 

と,急にあたしの方を見て 

「あんたもちゃんと誰か誘ってんの? 

って言ったから,やっと森さんの言いたいことが分かった。 

 「ああ,うん」 

「あたしは,ちゃんとやってるよ」 

三田さんがグッと右手を握りしめた。 

 「そ 

森さんが三田さんの肩をポンとたたいて 

「頼んだよ,珠美佳 

「うん」 

「今日中に誰か連れてくんだよね? 

「あ,うん 

 三田さんがうなずくと,森さんがあたしを見た。 

 あんたもだよ,広魅と言われたような気がして,慌ててコクコクとうなずいた。 

 

 

 「お休み, 

「うん,お休み」 

 暗がりの中,すぐ近くから聞こえてきた理璃の声。 

  

 結局訊けなかった。 

 理璃には何となく昨日あたりから悩みっていうのかな,何か気になってることがあるように感じてた。 

 それが何か訊けないでいる。 

 ただ,私にも悩みがある。 

 悩みっていうんじゃなくて,理璃に隠してること,だろうか。 

(スゴい勝手だけど) 

 理璃とあたしの隠してることがホントは同じだったらどうだろう。 

 それは悲しいこと? 

 もしかしてあたしはそれが嬉しいの 

 でも,とにかく理璃の役に立ちたい。 

 そんなふうに強く,思ってはいるけど,切り出せない。 

 

 あたしには取り柄が何もない。 

 ほとんど全部が人並みだ。 

 そんな自分をイヤってほど知ってるから,昨日理璃に言われた茉莉亜,一緒に頑張ろうね」っていう理璃の言葉にホントはドキドキしてしまった。 

 それが本気なら 

(あたし理璃の役に立てるかもしれないじゃない) 

そんな気持ちになってしまった。 

 でも,理璃が何か気になったまま隠してるんじゃないかって気になるの 

 「何でもないよー 

って笑って打ち消して欲しいってこともある。 

 あたしは弱い人間だ。 

 頭も運動も,何か一つくらいよくできることがあってもいいんじゃないかって,ずっと思ってる。 

 

 昨日から今日にかけて,あたしは一つ決断した。 

 それが今日の自分を守るために役立ったけど,あしたも自分を守ってくれる決断だったかどうか分からない。 

 

 あたしがここで危ない目に遭ったりしないのは,あたし以外のみんながあたしを守ってくれてるからだ。 

 理璃もその中の一人だし,他にもいろんな人がいる。 

 それ以外の何かじゃ絶対ない。 

 そんなあたしだから,いざ理璃から頼られてしまっても,実は理璃の役に立つため何もできないような気がする。 

 気持ちだけあっても,実際には何もできない。 

 結局本当は,自分を頼りにしてくれる人なんていて欲しくない,って思ってるのかもしれない。 

 だって,みんなに頼って生きるのは楽。 

 それに,もう,みんな解ってるはずだから。 

 助け合おうとしてるだけじゃない,誰かを蹴落とそうとしてる人がいて,実は自分一人を守ろうとするのだってできるかどうかって。 

 理璃があたしを頼ってきて,でもあたしは自分しか守れる状態じゃなかったらどうしよう。 

 あたしが理璃を頼って,でも理璃はあたしを守ってくれなかったらどうしよう。 

 

 理璃はあたしを,あたしを理璃を 

(やっぱり,恨むのかな・・・・・) 

  

 

 寝返りをうつ。 

 急に今朝の健ちゃんの言葉を思い出した。 

 

 ミユ,ウレシイコトデモアッタノカ? 

 

 違う。 

 ここ何日も,うれしいことなんて全くない。 

 そう。 

 うれしいことなんて一つもない。 

 だから,今朝だってうれしいことはなかった。 

 

 昨日降ってた雨は,朝目が覚めたときには降ってなかった。 

 朝言われたとおり,もし健ちゃんにも判るくらい私が違ってたんだとすれば,まあ,そのことくらいだろう。 

 

(それにしても…) 

 思わず謝っちゃうくらいだし,栞那ちゃんに昨日してしまったことは悪いことだったと思ってる。 

 悪いことをしてしまったと思ってはいるけど,どこがどうしてどのくらい悪かったのかなんて分からない。

 

 夜どこにいるのか訊いてみただけだった。

 全然深い意味なんてなかった。

 無意識に,不思議と思ってたことが口に出た。

 栞那ちゃんの居場所をホントに知りたかったわけじゃない。

 教えてもらえなくても,適当にごまかされても,それはそれで良かった。

 しかも,私の心臓がギュッとなったのは,栞那ちゃんの表情が少しも変わらなかったから。

 

 そうなんだ。

 栞那ちゃんは怒っちゃったとか,全然そんなんじゃなかった。

 全然なかったけど,でも,今まで一度だって,誰の目もあんなふうになったのを見たことない。

 好き。

 嫌い。

 無視。

 そんな視線は向けられたことがある。

 だから,どんなものか知ってた。

 

 栞那ちゃんのは,私の知ってるどれとも違ってた。

 視線が私に向いてるのに,私を通り抜けた向こう側だけを見てる。

 私は空気みたいで,栞那ちゃんの目には私の何も映らなくなった。

 そう感じた。

 

 そう感じたせいで,息もできなかった。

 そう感じただけで,胸が,グシャッとつぶれそうになったの…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  なし

 

 

 裁きに因らない死亡者 

 

  なし 

 

 

 国家の人口 

  

  26 


8月7日

 賢くても今日死ぬんだったら

 バカになって明日も生きよう


 朝が来た。

 そんなのずっと当たり前だった。

 だから,逆にずっと,朝なんて来て欲しくない,って思ってた。

朝になったら,いろんなことしなくちゃいけない。

スゴく面倒だった。

ずっと夜が続いてれば何もしないで過ごせるのに,って思ったこともあった

そうやって,ダラダラ過ぎてる毎日を特に何とも思ってなかった。

 

でも今は違う。

 朝が来ると,ホッとする。

 今日も朝を迎えれたことに,とにかくホッとする。

 誰か欠けなかったか確かめるのは次だ。

(ここんとこ,何もないけど…)

 と思った瞬間,端末にメールが来た。

 

8月7日 @国王の法

~今日の法は【集会室で過ごす時は端末を身に付けておくこと】にします。 森~

 

 「ふ~ん」

 昨日決めた今日の国王は森さんだ。

「実際,端末はいつも持ってるんだし,普通にしてれば平気だね」

来た途端メールを開いた茉莉亜が言うので

「そうだね」

頷く。

 「私のって黄色だけど,茉莉亜のは赤なんだね」

「あ,なに?端末のこと?」

「うん」

「一人ひとり違うのかな?」

「そんなことないんじゃない」

「そうなの?」

「安齊さんとスズミナが,同じだねーなんて話してるの聞いたし」

「へえー,双子同士の色は違うのに,スズミナと美結ちゃんとは同じ色なんだ」

 

 茉莉亜と話してると楽しい。

 茉莉亜の方がどう思ってるか判らないけど,訊くのはちょっと怖い。

 「それにしても,昨日の理璃のとか今日の森さんのとか,何でもないことを法律にしてれば,誰も欠けたりしないんだけど」

「…」

溜息交じりに言うくらいだから,茉莉亜はホントにそう思ってるのかもしれない。

「でも」

言いかけて,慌てて口をつぐむ。

 「でも?」

「あ,っと…」

「理璃,何?」

 茉莉亜に何か答えなければ収まりそうにないと思ったので

「何でもないことって,かえって思い付かないよね」

苦笑いを浮かべたつもりで言う。

「すぐネタがなくなっちゃいそう」

苦笑いを続けたつもり。

 「うん,そうだね」

茉莉亜も苦笑いみたいなのを浮かべたので,一応は成功したようだ。

 もちろん,さっき本当に思ったことは全然違う。

 とても守れそうもない難しいこと,私じゃ考えつきそうもない変わったこと,目的の解らない不思議なこと,そんなのを決めた法律はなかった。

 でも,実際には最初の日からもう,二人が違反してしまった。

 

(案外,現実は茉莉亜の言ってたことの真逆じゃないかなぁ…)

 

 

 お昼ご飯を食べ終わって,食堂の前で何となく立ってたら

(ん?)

向こう側から栞那ちゃんが歩いてくる。

 私達の隣のテーブルで独りだったけど,さっきまで食堂にいて,いつもどおり食べ終わるとフッと立ち去ってしまってた栞那ちゃん。

 昨日までだと,そんな感じでいなくなった栞那ちゃんとは,次のご飯のときか,集会室に集まる時間じゃなければ,また会ったりできなかった。

 「栞那ちゃん」

軽く手を上げて声を掛けてみる。

 別に返事はなかったけど,全然変わらない表情,早さで私に向かって来る。

 「あれ?」

栞那ちゃんがすぐ近くまで来たから初めて判ったけど,髪が濡れてるみたい。

 「シャワー浴びたの?」

「…」

言葉はなく,うなずいた。

 「へえ」

栞那ちゃんの金髪,濡れてるとこを見るのは初めて。

「栞那ちゃんの髪は,濡れるとちょっとだけウェーブが強くなるんだね」

いつもなら超ゆるいウェーブがかかってて,フワーッとしてる金髪が,今は少し曲がりが強くなって,背中で拡がってる。

 「…そうかな」

「うん」

大きく首を動かす。

「…」

でも,栞那ちゃんは,私のこと見てくれてるみたいだけど,何の反応もない。

 「…っと,ゴメンね,呼び止めちゃって」

「…」

「何かすること,あるんだよね,たぶん」

言いながら,たぶんヘラヘラとした笑みを浮かべてるはずの私。

 自分でもイヤになる。

 だけど,私にしてみれば,相手の機嫌を取るみたいなことしか,こんな空気の時できることがないのだった。

 ずっとそうだった…

 

 「今は一人?」

「え?」

意外。

私から視線を逸らさないで栞那ちゃんに訊かれ

「あ,うん」

慌てて何回も首を動かしてうなずく。

 「でも,ちょっと先に出てきただけで,すぐに美愛が来るはずだから」

誰かと一緒じゃなかったことを栞那ちゃんが気にしてるのかと思ったので,そう言うと

「いつも視界に誰か入れておく」

唇だけが動いて,他は何も動かさない栞那ちゃん。

 「ああ,うん」

「このあと,荷物は全て点検してから常に持ち歩く」

そう言った栞那ちゃんが突然身体の向きを変えた。

「え?」

そして,歩いて行ってしまった。

 

 「んー・・・・・」

 栞那ちゃんが言ってたことは2つ。

 いつも視界に誰かっていうのは,誰もいない所で独りになっちゃいけないってことだと判る。

 でも,荷物全部持ち歩くって,なんで?

 まあ,今私はポーチしか持って歩いてなくて,バッグとかはみんな夜過ごしてる部屋に置いてある。

 点検っていうのも,あまりに意味不明。

(だいたいにして…)

私には独りなるななんて言うくせに,いつだって自分は独りでいるし,さっきだって,バッグ,ポーチどころか,栞那ちゃんは手ぶらだった。

 自分は私と違うって思うの?

 他の人にはしない注意を私にはしなくっちゃとか思ってるの?

 

 「美結,ごめーん,結構待ったでしょ?」

ちょっと考え込んでしまいそうだったけど,ちょうど美愛が来た。

「いや,少しだよ」

「そう?」

「そう」

さっき栞那ちゃんにしたみたくへラッと笑わないのは,美愛にはそんなことしなくても大丈夫だからだ。

 「今日はスゴい暑いよねー」

美愛は,えり元を動かして風を入れるみたいにしてるので

「うん,そうかも」

同じように私もやった。

 「でも,ここってある意味便利だよ」

「え?」

「だって,基本何しても自由だし,ご飯も好きなときに食べれるし」

「んん,まぁねぇ」

「第一」

美愛は,すそから風を入れ始めながら

「シャワーだって浴び放題,着替えもし放題,だもの」

おかしそうに笑った。

 「はぁー・・・・・」

こないだ美愛は『美結から元気をもらってる』って言ってたけど,元気をもらってるのは私の方だ。

 「そうかもしれないけどさぁ」

作り笑いじゃない笑みが浮かんできた。

「なに?」

でも,帰ってきた美愛の笑顔を見たら,言おうとしたことを引っ込めたくなった。

 「自由に過ごせるって言っても,やることないしね」

「うん,まあ,確かに」

美愛が二,三度うなずく。

 「あ,そうそう,美愛」

「なに?」

「さっき榮川さんに言われたんだけど,一回部屋戻って荷物の確認してみようよ」

「え?なんでそれ?」

美愛の笑顔が不思議そうな表情に変わる。

 当たり前のことのはず。

 私だって何でだか分からないんだ。

 だから

「なにって,っと…」

美愛に何も答えれない。

 「別に損するわけでもなさそうだしさ,そういうのなら何でもやってみようかと思って」

「ふーん」

美愛の顔は変わらない。

「それにほら,基本ヒマでしょ,ここにいると」

「まぁ,それはそうだけど,何だか分からないことしてまでヒマつぶしたくないなぁ」

「・・・・・」

 美愛と私は違う。

 私は周りに合わせるばかりで自分ってものがないから,美愛みたいな強さがうらやましい。

 「取りあえず,私,部屋戻ってるね」

「うん」

 

 美愛がそのまま私といっしょに来てくれないか,振り返らないで必死に気配を読んだけど,部屋に着いてみるとやっぱり美愛は来てなかった。

 「なんだ,安齊,どうかしたのか?」

部屋の中に三浦くんがいて声を掛けてきた。

「ああ,うん,ちょっと」

健ちゃんとヒデくんもいたので,少しホッとしながら中に入る。

 「美結,ずっと昼食ってたのか?」

座るよりも前に健ちゃんが言ってきた。

「うん」

座る。

 「何だか長いな」

今度はヒデくんだ。

「うん,ちょっと話してたりしたから」

「とにかく女の話ってのは長いからな」

「うん…」

三浦くんは,思ったことが口に出るんだろう,不安を感じさせる人じゃないからいいんだけど,少しデリカシーみたいのがあってもいいかもしれない。

 「じゃ,オレは」

三浦くんが立ち上がる。

「ああ,頼んだぞ」

「分かった」

 ヒデくんに向かって軽く手を上げながら,三浦くんは行ってしまった。

 

 「何の話してたの?」

「え?」

ヒデくんに訊いたつもりだったのに,健ちゃんが反応した。

「そうだな…」

そしてヒデくんをチラッと見る。

 「見回りみたいなことを頼んだんだ」

私を見てヒデくんが言うと

「ああ,そう,そうなんだよ」

 「見回り?」

「最近,何もないとはいっても,分からないからな」

「そっか」

 ヒデくんも健ちゃんもちゃんと冷静にいろいろ考えてたみたいだ。

 だから,私も栞那ちゃんの言葉を伝えないといけない。

 「それでね,ヒデくん」

「なんだよ,マジメそうな顔して」

「うん,バッグとか一応調べたりしたいの」

「バッグを調べたい?なんでだ?」

「あ,いや…」

また口ごもってしまいそうになるけど

「食堂で女子同士話してるときに,一応いろんなもの調べ直した方がいいかなってことだったから」

美愛のときみたいに,お互い不思議なまま話を終わらせたくないので,自分も納得させるような感じの話を作ってしまった。

 「持ち物を調べるか…」

首を二,三度振りながら考え込むヒデくん。

 「まあ,別にヒドい手間でもないから,やってみてもいいかもしれないな」

健ちゃんはすぐに賛成してくれた。

「…そうだな,自分の持ち物を調べる分には危ないことなんてないしな」

ヒデくんはさっそく自分のリュックを引き寄せた。

 

 私のバッグも,健ちゃんのもヒデくんのにもなんにも変わったところはなかった。

 「ここにいない奴のは,見かけたたび言ってみよう」

「うん」

「さっき美結が言ってた,持って歩くっていうのは結構面倒だけど,スゴい重いわけじゃないから,やってみるか健蔵」

「しょうがないな,自分のだしな」

肩をすくめる健ちゃん。

 「いくら健蔵とか美結のだって,俺が持つわけにいかないだろ」

ヒデくんが言うと,健ちゃんはますます肩を落としながら

「まあなぁ」

と言ってから,ちょっとだけ苦笑いみたいにして続けた。

「変なふうに触ると,昨日千賀が作ったのに引っかかったりするからな」

 「え?」

その健ちゃんの言葉にハッとする。

(さすが栞那ちゃん…)

 私は今の今まで,栞那ちゃんの言ってた意味を何も解ってなかった。

 直接聞いたわけじゃない健ちゃんでも解ったっていうのに。

 自分の物を自分で持ってる限り,千賀さんの法律には違反しない。

 誰かを守ることにも役立つんだ,これって!

 

 「あれ?ここもあまりいないんだ」

「?」

後ろからの声で振り返ってみると,三田さんと矢口さんだった。

 「ここも?」

「みんな同じようにヒマなんだろうけど,どこで何してるのか見て回ってたんだ」

「あ,そうなんだ」

私が三田さんと話し始めたのを見て,健ちゃんもヒデくんもリュックを肩に掛けて部屋を出て行こうとする。

 「…」

前から知ってたけど,ヒデくんと健ちゃんは,三田さんが苦手のようだから,わざわざ三田さんの後ろを通っていく二人を呼び止めないで見送った。

 「安齊さんは付いてかなくていいの?」

「は?」

「行っちゃうみたいだよ,二人とも」

「ああ,うん」

 バッグを肩に掛ける。

 「じゃ,またね」

「うん」

矢口さんと三田さんに持ち物調べたらって言うのは今じゃなくてもいいと思ったので,そのまま廊下に出た。

 「わ!」

廊下に出た瞬間誰かとぶつかりそうになってしまった。

 「ゴメンなさい」

「別に」

私の横をすり抜けて,森さんが部屋に入っていった。

 

 

 何のことだから判らないけど,バッグ持って一緒に来てってことで中庭みたいな所まで付いてきた。

 自分のブラシがなくなったって言われても困った。

 私はシャワー室にいっぱいあったのを使ってるから,そうしたらと言ってみた。

 引ったくられたバッグを逆さにされると,中身が地面の上に散らばった。

 ブラシが一つ転がってるのを拾い上げて,これは誰のって言うから,見覚えあったし,私のバッグに入ってたんだから私のだって答えた。

 名前が書いてあるなんて,思ってもいなかった。

 私じゃない名前。

 

 茉莉亜…

 やっぱり,真逆だったよ・・・・・

 何でも…なさそ…なことが…あぶな・・・・・

 

 

 「なんだ?」

言われた場所に言われた時間に行ってみると,何でだか星と三浦がいた。

しかもお互いを指差して何か言い合ってる。

 「お前まで,何なんだ内海」

イラつきMAXな感じで星が突っかかってきたけど,それを言いたいのは俺の方だし,三浦もだろう。

 二人は何を言い合ってるんだ?

 「おい,内海,お前も何か俺のを持ってるんじゃないだろな?」

星が急に俺の方に向かってきた。

 「なに?」

「オレのバッグに星のボールペンが入っててさ」

「ボーペンじゃない,万年筆だ」

「でも,星はオレのスプレーを使ってやがって」

「はぁ?名前も書いてないのに,お前のだなんてどうやって判るんだ?」

 星が三浦にまた突っ掛かり始めた。

 正直どうでもいい。

 俺には,こいつらの争いなんてどうでもいいけど,言われた時間に言われた場所に来て,これじゃ困るんだ。

 「?」

ガラス戸が閉まる音で振り向いた。

(あ!)

やっぱり思ったとおり,この感じじゃ入りにくかったんだろう,引き返していくのが見えた。

 「あ,おい,ちょっと待て」

俺が戸に駆け寄ろうとすると,「バ」だか「ボ」だか何だか変な声が聞こえた。

 そっちにまた振り向くと,その瞬間星の腹から何かが飛び出した。

 後ろに倒れる星。

 「…んで,オ…」

今度は星の体が少し持ち上がる。

 背中?

 「うぁぁぁぁぁ!!」

スゴい声を出しながら俺というよりドアに向かって突っ込んでくる三浦の伸ばしてる右手が吹っ飛んだ。

 ベチャッとした感じの物が俺の顔にぶつかってきた。

 ヌラーッとした何かが顔を滑っていく。

 血…

 傷?

フラッシュみたく浮かんだら,バランスが崩れて左に倒れてしまった。

 

 星にだけは,ずっとムカついてた。

 三浦とは何のからみもなかったな。

 おとといか…

 あのときも思ったけど,何で俺なんだ…

 星も三浦もだったけど,俺も同じだ

 どうして3回なんだろう?

 

 

 7時になった

 空いてる席は9。

 昨日は確か4。

 ってことは,今日たぶん…

 

 

 「美結は座ってろ!」

「ん…」

 健ちゃんの声は聞こえる。

 走って行くヒデくんの背中も見える。

 でも,夢なのかもしれない。

 ここ来る前に一緒にバッグ調べてた…

 集会終わったら,一緒にご飯食べようって約束した…

 トイレに寄ってから行くって言ったから,私が集会室に先来てただけ。

 なのに,美愛は隣にいない・・・・・

 

 

 「・・・・・」

もう何年も前みたいな今日昼過ぎのことを思い出す。

 

 「…ホントに?」

おびえたような目で矢口が言うと

「なに言ってんの」

珠美佳が代わりに答えた。

 「…」

「みんな何考えてるか判んないんだから,ボーッとしてていいの?」

「・・・・・」

うなだれてしまった矢口

 分からなくなかった。

 『他人が生きるため 自分は死ぬ』

そんなのは絶対イヤ。

 じゃあ,逆は?

『自分が生きるため 他人は死ぬ』

 「やっぱり,それもイヤ」なんて人もたまにはいるかもしれない。

けど,気は進まなくても,誰かの他の人の犠牲で自分が生きれるなら,それはそれでいいって考えるのが普通じゃないかな。

あたしもそうだった。

だからたぶん,矢口もそうだったはず。

でも,みんな分かってる。

ホントは,もう一つある。

3つ目の答えがあるって。

世の中に,3つ目の答えを出す人がいて,それが同じクラスにいたのを知ったのは,こんなことになってからだ。

こんなことにならなけりゃ,3つ目の答えも,それを出す人も,遠い国とかテレビとか新聞とかネットの世界の中だけの存在だったはず。

 珠美佳の口を借りて悪魔の声が聞こえる気がしてくる。

 3つ目の答え…

 

 イキルタメ ミンナコロス

 

 

珠美佳がこっちに向かって歩いてきて,丁度わたしの横に来たところで脚を停めた。

 そして口を開く。

 「バカは死ななきゃってゆーけど」

「…」

「死んじゃったら治ったかどうかも分かんないねぇ」

「…」

「ま,あんたバカじゃないもんねぇ」

先に行った人達を追いかけるみたいにして,わたしの横から行ってしまった

 

 「…」

 男子のことは判らない。

 でも,理璃と柚島さんのことは判る。

 二人とも,たぶんわたしと同じだったはず。

 もちろん,今ごろ判ったって遅い。

 わたしと二人に,差なんてあったのかな?

 二人と支え合うことはできなかったの?

 そして…

 

 「逆さま?」

ポツッと出た自分の声にビックリする。

 そうだ。

 いつのまにか,逆さまになってる。

 とんでもない人達に命を握られてしまってた。

 ぼんやり今日までいたわけじゃない。

 ちゃんと注意して過ごしてたつもり。

でも…

 とんでもない人達に命を握られてしまってた。

 

(なにがバカで,バカじゃないんだろ・・・・・)

(気が付いたら命を握られてたわたしは,バカなの?)

わたしの命を握ったみたいな人達は,バカじゃないの?)

(昨日までの人達も,今日の人達も,バカだったの?)

自分に訊くのが停まらない。

 

 わたしまだ生きてるのは,バカじゃないから?

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  千賀 理璃

  星 佑太郎

  三浦 克哉

  内海 芳毅

  柚島 美愛

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  21人



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