閉じる


<<最初から読む

9 / 22ページ

8月4日

 次どうなるかなんて

 知って何になるの?

 


(・・・・・・・・・・)

 さっきからボーッとしたまま端末の画面を眺めている。

 画面には

 

8月4日 @国王の法

~今日の法は【他人に暴力を振るわない】ということにするので,みんなよろしく。 仁藤~

 

とある。

 

 着信には気付かなかったが,目が覚めたときにもう来ていた。

 今日にならないと法は送信できないから,生真面目なとこのある仁藤は日付が変わった途端送信したんだろう。

 それにしても馬鹿馬鹿しい。

 何が暴力かなんて誰が決めるんだ?

 間違って体のどっかが触っただけで「暴力振るわれた!」なんてことになるかもしれない。

 まぁ,オレだけじゃなくて,お互い様だけど,誰かに近付くわけにもいかなくなった。

 結局,何も考えてない奴が多過ぎる。

 ちゃんと何か考えてるのはオレぐらいじゃないのか,ホント。

 起き上がって,薄く日の差した部屋の中を見る。

 すぐ隣にいたのは中岡。

 まあ,力も強いし声も大きいから,機嫌を損ねない限り役には立つ奴だ。

 それから長谷田。

 元々そういう感じの奴だったけど,馬鹿のくせに最初の日からリーダー気取ってるのがバレバレでムカつく。

 でも,オレをどうこうしようってんじゃないから取りあえずは放っておこう。

 長谷田から随分離れて窓際にいるのは,前田と双子の鈴木だ。

 女は面倒なだけで,別に怖くない。

 どんなときでもオレの方が頭も力も上だ。

 振り返る。

 入口は内海の場所にしてある。

 体がデカいこと以外,役立たずの間抜けだ。

 でも,出入りの邪魔になるから,夜障害物として転がしておけば,何かと便利だ。

 オレがトイレに行きにくいのは,まあ,しょうがない。

 この3日で,他の奴らの馬鹿さ加減も大体判った。

 ホント,馬鹿の巻き添えにならないようにだけ,気を付けてないとな…

 

 

 眠れなかったし,最低の気分だ。

 それも,ただ単に眠れなかったわけじゃない。

 佐藤と根津には悪いが,死人が出るのは,あの二人で終わりにしたかった。

 だから,本当のとこ俺のガラじゃないって分かってても無理してみんなに呼び掛けてたんだ。

 でも,昨日戸田が死んだ。

 戸田の死体は根津よりはましな形をしてたけど,だからかえって一瞬で死んだわけでないのが判った。

 見たところ,少し這ってたような跡があった。

 一体戸田は誰に怪我させたんだ?

 というか,最初の日のことで,法を守らなかったらどうなるのか戸田にだって解ってたはずだから,わざわざ自殺行為みたいなことをするはずない。

 佐藤と根津のときは,告発したらどうなるのか知らないでやったのかもしれない。

 でも,昨日のは違う。

 告発したら戸田は死ぬ。

 そう解ってる奴がやったんだ。

 戸田を殺すつもりで告発するような奴が,何でもない顔をして集会室にいた。

 夏休み前までずっとクラスで一緒だった同士なのに…

 

 「独りでいちゃいけない」ということを中岡と話したのは,おとといのことだ。

 中岡は戸田を殺そうと思った奴じゃないだろうし,独りにならないため必要な人間だろう。

 中岡とは一緒に行動してた方がいい。

 二人ってのも何かあったときどうにもできない。

 仲間は多いに越したことはない。

 じゃあ,健蔵はどうだろう?

 健蔵は基本,気のいい奴だし,他人のことを考えれる。

 健蔵といれれば,スゴく力になってもらえそうだ。

 英基は?

 英基も必要だ。

 いろんなことにピンとくるし,決断力もある。

(他にいた方がいいのは・・・・・)

 

(え?)

 そのとき,自分で自分に驚いた。

 いつのまにか俺は,誰かの要る要らないを考えてる。

 何なんだ?

要るんじゃなければ,どうなって欲しいんだ?

 こんなことになってそんな人間になったのか,俺は。

 それとも最初から,俺は…

 

 

 何回も寝返りしてるうちに,朝だった。

 何であんなことしちまったのか考ると眠れなかった。

どうして龍太が死んだか分からないとみんな言ってたけど,俺は分かってる。

 まあたぶん,俺にしか分からないはず。

 俺の知ってることは誰にも話せない。

 俺のことだって龍太と同じわけで訴えれるんだから,話した奴が俺を訴えたら,それで終わりだ。

(・・・・・)

 誰にも話してないからって,俺以外に知ってる奴がいる。

 というか,それも本人なんだから,知ってるっていう言い方も変だけど,あいつにしてみれば,いつでも俺のことを訴えれるわけだ。

 俺はホントの意味で命を握られてる…

 何であんなことしちまったんだろう…

 
(・・・・・)

 トイレに行くため,部屋の外に出る。

 廊下はシーンとしてる。

 「?」

 玄関の方に誰か歩いてくのが見えた。

 「何だ?」

目をこらしてみると,パーカーのフードをかぶった奴が玄関から外に出て行くところのようだった。

(…)

何となくだけど,フードから髪の毛みたいなのが漏れてる感じがする。

ってことは,あいつは女子なのかもしれない。

 

パーカーが誰なのか確かめようと,そいつの後ろをついてく。

上は,スゴいぶかぶかのパーカーで,下もだぶだぶしたスウェットみたいなのを着てるようだ。

どっちもサイズは全然合ってない。

俺のことなんて気付くはずもないし,どんどん歩いてくうちに建物の角を過ぎて森の方に向かってる。

突然パッと振り向いた。

「え!」

パーカーは,俺が思ってもいない奴だった。

 「お前,何やってるんだ?」

と俺が言ってるうちに,こっちに走ってきた。

 「おい!」

全然止まらないまま,俺の横を走り抜けた。

 「お前,待てって」

 

 

 「へえー,そうなんだ」

「うん」

舟山さんが小さく頷く。

 今日の朝ご飯は舟山さんの隣で食べてた。

 「舟山さんはレヴィア法だっけ?随分詳しいんだねー」

「あ,いや,わたしは…」

舟山さんはチラッとどこか別な所を見てから

「…村井くんと藍川くんがいろいろ話してるから」

「そうなんだー」

「うん」

頷いた舟山さんの後ろで,席を探してたみたいだった榮川さんが舟山さんの背中合わせに座るのが見えた。

「ホント情報が欲しいよねぇ」

(!)

いきなり横から声が聞こえてビックリ。

 「美愛…」

いつの間にか私の右に座ってたのは美愛。

 

 座ると,美愛はフーッと溜息をつきながら自分の髪をバレッタで留めた。

 「いただきます」

そう言って美愛が箸を持つのを待ってから声を掛ける。

「ねえ,美愛」

 「んん?」

「今さっき言ってたことって」

「ん?」

「情報が欲しいって」

「あー」

せっかく持ち上げた箸を置いてしまった。

 「もーホント訳分かんなくて頭おかしくなってきたよ」

頭を抱える美愛。

(美愛でも…)

 私がいつも感じてたのは,美愛のストレスへの強さだ。

 美愛は大抵のことなら笑って済ますし,私ならパニクってしまうようなときでも落ち着いてたような気がする。

 私は能天気だけど,瞬間踏み止まれる強さは美愛に全然敵わない。

 「美愛,大丈夫?」

「半分くらいダメー」

頭を抱えたまま左手だけをヒラヒラさせた。

 「半分は大丈夫そうだね」

「まぁねぇ」

もう一度私が声を掛けると,美愛は元に戻った。

 

 美愛が食べ始めるのをまた待って,声を掛ける。

 「美愛は何が知りたいの?」

「いーっぱいあるよ」

チラッとこっちを見た。

「そうだろね,私もそうだよ」

「美結も?」

「うん」

「そっか」

「うん」

 

 「あたしが来る前,美結と舟山さんとでレビア法?の話してたでしょ」

「ああ,うん」

「まずやっぱりこんなことなってるのは,それのせいなんでしょ?」

「たぶん…」

 ヒデくんもレヴィア法の話をしてくれたけど,細かい中身までは知らないようだった。

 一人一人に渡されてる端末には,いろんなことが載ってるのに,ヒデくんが調べても端末の中でレヴィア法の中身を知ることはできないようだった。

 でも,舟山さんはレヴィア法に何が書いてるのか知ってたみたいで,さっきの話になってたところに美愛が来た。

 「なっちゃってるから,何でなったか考えても意味ないけど」

「うん」

「これからどうしなくちゃいけないのか分かるためにはレビア法?を知ってないと」

「そうだね」

美愛の言葉に頷きながら,思わず舟山さんの方を見てしまう。

 「…」

私の視線に気付いたのか,舟山さんは顔をそむけて

「…私,行くね」

慌てて立ち上がってトレイを手に持つ。

 「じゃ」

そのまま行ってしまった。

 「あたし来たからかな」

「あ,いや,そうじゃないと思うけど…」

美愛ほどじゃないけど,私にも戸惑いはあった。

 美愛は私の右隣から向かいに席を移した。

 「美結が舟山さんから聞いたことだけでも聞かせてよ」

「ああ,うん,そうだね」

 

 「…って,このくらいかな,私が教えてもらったことって」

私は食べ終わってたから,美愛には食べさせておいて,さっき舟山さんから聞いたことをみんな話した。

「ふーん」

時々相づちは打ってたけど,手は休めなかった美愛は,私が話し終わった頃丁度食べ終わった。

 「まあ,聞いたからって,すぐにどうなるってわけじゃないけどねぇ」

「うん」

美愛に言われるまでもなく,私だってレヴィア法のことを聞いて何かに役立てれるわけじゃない。

 

 急に美愛が目線を私の頭の上の方に向けた。

 「お早う,仁藤くん」

「!」

(ヒデくん?)

 「お早う」

聞き慣れた声に振り向くと,少し離れた所だったけど,もちろんヒデくんがいるのが見えた。

 私は立っていって

「ヒデくんはもう食べたって言ってなかったっけ?」

話し掛けると

「飯はだいぶ前に食ったけど」

ヒデくんが持ってた紙コップをグッとあおって

「水が飲みたくなったから来ただけだ」

と言うその横で

「俺は飲みたくもないのに英基に連れられてきた…」

わざとらしく健ちゃんがガックリする。

 「しょうがないよ」

「何が?」

健ちゃんが顔を上げたから,私はわざと顔をそらして言う。

「健ちゃんもヒデくんも,私には独りになるなって言うのに,自分は独りになりたいなんて」

「いや,別にそんなことは」

「健蔵,美結の言うとおりだ。誰だろうが独りになるのは駄目だ」

ヒデくんが健ちゃんの腰をバシッと叩く。

 「ああ,はいはい」

健ちゃんが苦笑いを浮かべて

「英基も美結もいつも正しいよ」

軽くヒデくんの背中を押す。

 押されたヒデくんも苦笑いしてから

「そういえば,美結」

私を見る。

 「なあに?」

「起きたときから工藤を見てないんだけど,美結は見てないか?」

「工藤くん?」

 工藤くんとは同じ部屋だ。

 美愛も同じ部屋なんだし,ちょっと美愛を見たけど,スッスッと首を振る。

 「私達は見てない」

「そっか」

ヒデくんが短く溜め息をついた。

 「じゃあな,美結」

「柚島と一緒に帰って来いよ」

「うん」

健ちゃんもヒデくんも行ってしまった。

 

 じゃ,美愛のとこに戻ろうかな,と向き直ったら,私のすぐ後ろに榮川さんが立ってて,あぶなくぶつかりそうになった。

「…」

「どうしたの?」

榮川さんに訊いてみる。

と,私の方は見ないで

「二人は安齊さんだけを名前で呼ぶようだ」

と言うので

「ん,まぁ,二人とも小学校から一緒だし」

と答えた。

「…」

それまでずっと健ちゃんとヒデくんの背中を見ていた視線がゆっくり私に向いた。

(もしかして…)

 「あの,榮川さん」

「…」

別に返事はなく,でも私から視線を外さない。

「もし良かったら,榮川さんも美結って呼んでよ」

「分かった」

即答。

 だから

(言ってみようかな…)

私としては結構な勇気で榮川さんに切り出す。

「榮川さんのことも名前で呼んでもいい?」

「シュテフか栞那で」

まるで私が言うのを知ってたように即答なので,ちょっとビックリ。

「じゃ,じゃあ,っと,えー,呼び捨てもなんだからぁ,か,栞那ちゃん,にしてもいい?」

スゴくどもってしまった。

「分かった。私は美結さんにする」

「うん」

私が頷いたのを見て,栞那ちゃんはやっと私に向けた視線を外し,行ってしまった。

(・・・・・)

 初めて栞那ちゃんに対する私の読みが当たったことや栞那ちゃんと名前で呼び合えるようになったことは,栞那ちゃんと少しでも心が近付いた気がして何となく嬉しかった。

 

 

 日付が変わるまで,あと2分。

 

 朝の集まりに,工藤が来なかった。

 それだけで,工藤がどうなってるかなんて判りきってたけど,また手分けして探すしかなかった。

 そして,森の近くまで行ったところで,田月が見付けたらしい。

 工藤は,やっぱり死んでた。

 頭が半分なくて顔なんて判らなかったけど,あれが工藤じゃないはずないんだから,工藤なんだろうって田月が言ってた。

 

 脚

 腕

 腹

 背中

 今まで裁かれた4人からすれば,身体中どこでも吹っ飛ばされる可能性があるみたいだ。

 

(それにしても…)

幸い…

 幸い?

 いや,もう,何か,どうでもいい感じがする。

 とにかく,朝に工藤が死んだ以外,あとは誰も死なないまま日付が変わるようだ

 

 やっぱり,幸いか…

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  工藤満

 

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  26人


8月5日

 地獄につながった道って

 何でできてたんだっけ?


 不思議だ。

 あたしは昨日までに死んでしまった4人の誰とも友達じゃなかった。
 そりゃ同じクラスなんだし,話したことくらいはあるけど,でもそのくらいは友達なんかじゃないはず。
 だから,スゴいショックを受けたのは最初の日だけ。
 戸田くん,工藤くんが死んでも大して何も感じなかった。
 いつかあたしの番が来る。
 そのことだけは考えないようにしないと,平気でいれる自信がない。
 でも,気が付くと考えてる。

 あたしの番がいつか来る…

 

 

 今日の国王は鹿生だ。
 昨日,工藤が来なくて,たぶんみんな工藤が死んでるだろうって雰囲気の中で,それでも国王を決めなくちゃいけないからって鹿生が手を挙げたのだった。
 昨日の国王は仁藤だったし,仁藤とつるんでることが多い鹿生が国王というのは,マズいと思った。
 同じ人間が続けて国王になれないとはいっても,2人が交代でやれば何の問題もない。
 そういうのを制限する法を作ろうと思ったら,まず国王になるか,国王を動かせる人間でいるかだけど,俺に仁藤とか鹿生を動かすのは無理だし,もし仁藤達が国王を独占するつもりなら,俺には“何となくこいつでいいか”的な低レベルの世界の支持だと仁藤達を上回れないだろう。

 そんなことを考えてると,田月が端末を見てるのに気付いた。
 「どうした?」
俺が声を掛けると
「いや」
田月は俺の方を見ないで
「鹿生が法を作ったみたいだから」
と言う。
 「ホントか」
ポケットに手を入れたら端末がない。
 そうか,さっき着替えたときに移してなかったんだ。
 「どんなのだか,ちょっと読んでみてくれないか」
「ああ」
田月は,やっぱり俺の方は見ないで
「じゃ,読むからな」
端末に視線を落とす。
 「国王選挙は選出された数の少ない者を優先する」
「なに!」
俺が少し大きな声を出したせいか,田月がビクッとした。
 「…急にデカイ声出すなよ」
「悪い…」
顎を引くくらいだけ頭を下げ,すぐに田月の端末を覗き込む。
 「・・・・・」
確かに書いてある。
(どういうことだ?)
 急にだから,うまく考えがまとまらない。
 さっきも思ったが,仁藤と鹿生は,まだまだバラバラにならないだろう。
 それなりに頭のいい仁藤と,何となく人が集まる中心になりやすい鹿生がつるむのは俺にとって邪魔でしかないが,今は正面切って奴らと争うわけにはいかないから,あいつらとの接し方は考えどころだった。
 奴らの方が自分で自分達が国王になり続けれることを放棄するなんて…
 何か仁藤に考えがあるのか。
 いや,むしろ何も考えてない鹿生の自爆なのか。

 

 

 「お早う」
「あ,お早う,栞那ちゃん」

 ヒデくんには,考えるなって言われてるけど,元々別に仲良くしてたわけじゃない工藤くんでも,いなくなってしまったというのはショックだ。
 ここに来てから3回,同じ部屋で夜を過ごした。
 同じ部屋にいるんだから,少しくらいは話もした。
 みんながみんな不安な中で,話すくらいしか気を紛らわせれなかった。
 そういうのからすると,いなくなってしまった4人の中では一番接点があったことになる。

 そんなことを考えていたら,ボーッとしてたんだろう,声を掛けられるまでは栞那ちゃんが横に来てたって知らなかった。
 「雨」
「え?」
栞那ちゃんのつぶやきで窓の方を見たら,雨が降っているみたいだ。
 「・・・・・」
 私はチラッと見ただけなのに,栞那ちゃんはジーッと窓の外を見続けてる。
(何か見えるのかな…)
 栞那ちゃんの視線の先を探す。
(特別変わったものはないようだけど。。。)
私は窓の外を見るのをやめてしまった。

 「…」
(それにしても…)
 栞那ちゃんはフランス人形みたいだ。
 背中の半分くらいまであってファーッと超ゆるいウェーブがかかった金髪やサファイアばりに青い眼,真っ白い肌,高い鼻,パッと見で判るふっくらした胸…
 外見だけのこと言ったって,何の個性もない,普通ど真ん中の私には羨ましいくらいいっぱい何だって持ってる。
 栞那ちゃんが勉強もできるのかどうかは分かんない。
 でも,やっぱり中の中くらいの成績な私からすれば,何となく栞那ちゃんの言葉のところどころが頭いい感じに思えてた。

 「・・・・・」
結局何も話さないまま栞那ちゃんは集会室の方へ行ってしまった。
 もちろん,私の方は「雨」と言ってからは一回も見なかった。
 私がいたことなんて忘れてしまってるのかもしれない。

 

 

 ここに来て初めて,今日は雨だった。
 何もすることがないので,朝集会が終わった後は図書室に来ていた。
 図書室には意外といろんな本があった。
 でも,わたしにとっては大して興味ないジャンルのものしかないけど,3冊本棚から出して,閲覧席みたいな所まで持って行くと
「あ」
ビックリした顔の舟山さんが座ったまま顔を上げていた。
 「舟山さんも来てたんだ」
「うん」
「わたしは今日初めて来てみたんだけど,舟山さんは前から?」
「…最初の日から」
「へえ」
 机に本を置いて,舟山さんの斜め前の椅子を動かして座る。
 「…1人?」
「え?」
ポツッと舟山さんが言うので,
「1人で来たのかってこと?」
訊き返すと,舟山さんは何も言わないで頷いた。
 「そうだね,ここには1人で来た」
舟山さんに答えた丁度そのとき,奥の方から誰か出てくるのが判った。
 一ノ木さんだった。
 「一ノ木さんと2人で来てたんだ」
舟山さんが頷く。
 「・・・・・1人でいるのは怖いから」
やっと聞こえるような声で言いながら,一ノ木さんは舟山さんの隣に座った。
 「怖い?1人が?」
 思ってもいなかったことを言われて訊き返すみたいになってしまったけど,瞬間わたしも気付いた。
 「そっか,そうだよね…」
 暑くてにじんでた汗が急に凍ったみたいに寒気がした。
(わたし,何て危ないことしてたの…)

 ここがどこだかは知らない。
 ここには私達しかいない。
 でも,ここは安全な場所じゃない。
 ホントなんだ…

 

 

 夜の集会の前,誰か足りないってことがなくて,何よりホッとした。
 しかも結局今日は1日中雨。
 きっと誰も外に行かなかったんだろう。
 図書室で本を読んでるうちに茉莉亜も来たので,あとはずっと茉莉亜と一緒にいた。
 そうすると,どこに行っても独りでいる人はいなくて,私の感じた寒気はスゴい正解だったことを改めて知ってしまっていた。

 というところで,集会の方に意識を戻す。
 「じゃあ,明日の国王を決めるんで,やりたい奴がいたら手を上げてくれ」
今日の国王は鹿生くんなので,明日の国王を決めるための司会をしている。
 「誰かいないかぁ?」
鹿生くんが左右を見回してるように,わたしも目線だけグルーッとみんなを見渡す。
 「っと…」
誰も立候補してくれないので,鹿生くんが戸惑ってるようだ。
 こういうのは初めてだ。
 昨日までは誰かかれか立候補してたのに。

 「…」
お昼に食堂で安齊さんが柚島さん達と言ってたことを思い出す。
 言ってたことは大体2つ。
 国王って,別に何か特別な権力とかがあるわけじゃなく,他の人と違うのは,まあ法を決めるくらいしかない感じなこと。
 でも,何日も経ってしまうと,前からある法がジワジワ縛りになってきちゃうので,法の作り方って難しくなりそうなこと。
(そうだよね)
 今日まで見てて,国王になったからということで大変なことはあまりなさそうだけど,後になる程大変になってくるというのも合ってる気がする。
(そういうことなら,こういうときにパッとやっておく方がいいのかも…)

 「はい」
「お」
手を挙げると,すぐに鹿生くんが反応する。
 「千賀,やってくれるのか?」
「うん」
わたしが頷くと,鹿生くんがホッとしたような嬉しそうなような表情を浮かべた。
 「ええと,千賀が明日の国王をやってもいいって言うんだけど,みんなそれでいいか?」
鹿生くんがみんなに問い掛けると,後ろの方からパチパチと音がする。
 安齊さんだ。
 安齊さんの拍手に続いて,数人が拍手をしてくれて,すぐに全体に拡がった。
 「じゃあ,明日の国王は千賀ということにします」
そう言いながら,鹿生くんは手招きをする。

 安齊さんと仁藤くんが立って行って,鹿生くんの左右に並ぶと,鹿生くんが端末の操作を始めた。
(明日の法ってどんなのにすればいいかな)
(わたしも何かちゃんと考えなくちゃ)

 

 

 夜の集会が終わってからも珍しく栞那ちゃんが座ったままだった。
 いつもならどこかにすぐいなくなっちゃうのに。

 「栞那ちゃん,いい?」
 思い切って声をかけてみたら,別に私の方は見なかったけど
「なに?」
反応してくれた。
 「その,良ければさ,ちょっとだけ話せない」
「…」
チラッと私を見てから
「分かった」
パッと立ち上がった。
 「ここでより廊下に行こう」
「え?あ,うん」
どうして廊下なのかとは思ったけど
「じゃ,行こう,廊下に」
私が先に廊下に向かって歩き出す。

 「っとぉ…」
 いざ廊下で話そうとしても,何から話せばいいのかな。。。
 廊下には窓があって,夏だから夜7時でもまだ何となく明るくて,中庭みたいになってる場所が見える。
 「そうだ,栞那ちゃん」
「なに?」
「今朝私と会ったとき,雨って言ってからずっと窓の外見てたけど,何を見てたの?」
これは確かに少し気になってたんだ。
 「何を見ていた…」
 栞那ちゃんの表情は別に変わらない。
 「…つに…だい…か」
途切れ途切れにつぶやきが聞こえて
「雨の降り方」
ポツッと出た。
 「雨の降り方?」
思わず栞那ちゃんの言葉をそのまま返した。
 「…降り方って,何で?」
そして,探るような感じで訊いてみる。
 「ここは,北緯32度20分から80分どこかだから,雨の降り方でも何か判らないかと」
「ええっ?」
 自分でもビックリするような変な声をあげてしまった。
 そして頭の中がハテナでいっぱいになる。
 でも,たぶん栞那ちゃんには全部当たり前のことみたいだから,何から訊いていいのか,そこだって分からない。

 「っと,それで,何か判ったの?」
頭の中のハテナを無理矢理蹴散らして,栞那ちゃんの言ってることをつなぐようなことを訊く。
 小さく左右に首を振った。
 「そっか」
やっぱりのようだ。
 ガッカリしかけたけど,栞那ちゃんが左足をちょっとだけ後ろに引くのが見えた。
(あ,こっから行っちゃう)
 いろんな偶然が重なったんだろう,栞那ちゃんは私の誘いに乗って廊下に来て,今,立ち止まって話してくれてる。
 どうにかしてもう少しくらい栞那ちゃんと話したい。
 「そうだ,あの,いいかな,訊いても,ね?」
しどろもどろに言うと,それでも栞那ちゃんは行っちゃうのをやめてくれた感じで
「何を?」
左足を戻した。

 「栞那ちゃんはハーフとかなの?」
「ハーフ?」
「あ,ほら,名前とか髪の色とか」
「ハーフとは違う」
 ピシャッとした口調。
 最初の日一緒に歩いてたときと同じだ。
 「私の場合」
 まだ話が続くところも同じ。
 何か,栞那ちゃんのパターンの一つが解ったみたい。
 「高倉村生まれの父方祖父が,Salzburg(ザルツブルク)生まれの祖母とドイツ在住中に結婚, 母方はアメリカ移民で祖父がGdansk (グダンスク),祖母が Karlovy Vary(カルロヴィヴァリ)生まれ」
「はぁ…」
スラスラと言い切られたので,訊き直すこともできない。
 「私の外見は祖父母4人中3人のドイツ系に由来するはず」
「うん」
 おじいさんおばあさんの生まれた場所とかは初めて聞く場所ばかりで,どこら辺なのか全然分からなかったけど,栞那ちゃんの顔立ちとか金髪とか青い瞳とか,見た目のことは全部,おじいさんおばあさんの4人のうち3人がドイツ系というのが理由なのだけは解った。

 「っと…」
「少し話そう」なんて言っておいて,元々何話そうかなんて考えていなかったし,栞那ちゃんが自分で話振ってくれるわけでもないようだから,とうとう話題がなくなってしまった。
 「あ,そうだ」
その時,千賀さんが言ってたことを思い出した。
 「そういえば,栞那ちゃん」
「なに?」
「2日目って,図書室に行ったんでしょ,どんな感じだった?」
「2日目?」
「私,あるのは知ってたし,仁藤くんとかは行ったみたいだけど,私は行ってみたことなかったから」
手を振ったり照れ隠しみたいに笑いながらの私と違って,訊かれた栞那ちゃんは,ちょっと首をかしげるようにした。
 「舟山さんから聞いた?」
「え?」
 私の訊いたことには答えないで逆に訊かれてしまった。
 「舟山さんから聞いたっていうことで,私は千賀さんから聞いたよ」
 でも,訊かれたことに答える方を先にした。
 栞那ちゃんから話題が出るなんて,きっとあまりない気がしたから。

 

 「そうか,舟山さんか」
「うん」
「確かに舟山さんもいた」
「そうなんだ」
(あ,今って)
何かいいタイミングみたいな感じがしたので,昼から結構気になってることを訊いてみることにした。
 「あの,栞那ちゃん,ちょっと訊いてもいい?」
「なに?」
「うん。栞那ちゃんは夜どこにいるの?」
「夜?」
「夜を過ごすための部屋って誰々が一緒なのか,お昼に話してたら大体判ったんだけど,どれにも栞那ちゃんはいないみたいだから…」
 「…」
 私に真っ正面を向けた青い瞳から一直線で向かってくる視線。
 見られてるだけで凍ってしまいそうに冷たい…
 怖いというのとは違うだろうけど,胸がドッキンドキンとする。
 心臓を突き刺されちゃってるみたいな感じ…
 栞那ちゃんからってより,こんな視線を誰かから向けられたことが初めて・・・・・
 私は軽い気持ちで何となく訊いてみただけだった。
 でも,栞那ちゃんにしてみれば,スゴく訊かれるとイヤなことだったのかもしれない。

 「…ゴメン。言いたくないなら答えなくても」
だから,たまらず謝ってしまった。
「…ん」
「え?」
「そう」
「?」
「教えられない」
 さっきからずっと氷の矢みたいな視線を私に向けてたけど,栞那ちゃんは,それを外さないまま小さく首を振る。
 「いいよ。ゴメンね」
 「…」
 やっと視線を外してくれたのと同時に,栞那ちゃんは何も言わないで私に背を向け,そのまま行ってしまった。

(栞那ちゃん…近付けたような気がしてたのは,私の思い上がりだったんだね・・・・・)

 

 

 

 裁きに因る死亡者

  なし


 裁きに因らない死亡者

  なし


 国家の人口

  26人


8月6日

 爆弾が危ないだって? 

 今日も一緒に寝てたよ



読者登録

黄帝さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について