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8月3日

 今日できた穴に

 昨日落っこちた


 「おはよう」

「!」

突然声を掛けられてビックリしたけど,たぶん榮川さんだ。

 振り返ると,やっぱり榮川さんが立っていた。

 「おはよう,榮川さん」

「…」

私が猪戸さんと話していたからだろう,そのまま行ってしまった。

 「榮川さんの方からあいさつしてくるなんて…」

榮川さんの背中を見ながら猪戸さんが言うので

「おととい建物の中みんなで調べたでしょ?」

教えてあげることにした。

「ああ,うん」

「あのとき,私と榮川さんと一ノ木さんが一緒にここの中を調べに行ったからかも」

「へえー」

猪戸さんも意外のようだけど,そもそも私が意外だったりする。

 昨日の朝も,おはようと言ってくれた後に,ごはん食べたかとか食べた方がいいとか言ってくれた。

それから,昼ごはんのときは昨日の朝もだったけど隣に座ってて,夜廊下で会ったときもあいさつしてくれた。

 でも,榮川さんは集会室だと私の近くには来ないで,必ず右端一番後ろに座ってるようだ。

まあ,集会室でどこに座るかは大体みんな決まってきてる感じだけど。 

 「じゃあ,ご飯に行こっか?」

「うん」

美愛の呼び掛けに私も猪戸さんも前田さんも頷いた。

 

 

 女子達は気楽だと思う。

 「昨日何もなくて良かった」なんて,そうじゃなくちゃ言えない。

 

 俺達は昨日佐藤と根津の死体を片付けたんだから。

 俺達は崖まで死体を運んで,海に落とした。

 夏だし,死体をそのままにしておくなんてヤバ過ぎるのは判る。

 死んだ奴のために生きてる俺達がヤバくなれないんだから,片付けるしかない。

片付けるって,ホントなら埋めるのがまともだろうけど,ここって土を掘る道具がないし,手で人を埋めるくらい穴掘るなんて無理だ。

 海に捨てるのは普通の考えじゃあり得ない。

 あり得ないけど,他にどんな方法もないんだから,そうするしかなかった。

 だからって,何で俺達がそこまでやらなくちゃいけないんだ?

死体の片付け方がマズイからって後ろめたい思いをさせられるのもムカつく。

 こんなことに巻き込まれて,無理矢理訳の分からないことをやらされてるっていうのに,そんな気持ちまで俺達に押し付けてやがる。

 誰が何のために俺たちにこんなことさせてるのかは知らない。

 最初外を調べたとき,玄関の横にリヤカーがあるのは何でだと思った。

建物の中を調べた女子達が「倉庫に寝袋みたいに大きい袋がある」って言ってるのを聞いた時も何でだと思った。

 昨日になってやっとつながったけど,要するに,俺達は死んだ奴を袋に入れてリヤカーで運んで崖から捨てるはずだってとこまで全部読まれてるってことだ。

俺達にこんなことさせてる奴等にとって死人が出るのは当たり前のことで,死体だって袋とリヤカーを用意しておけば,あとは勝手にどうにかするだろうって確信してやがる。

(・・・・・)

 誰かの手の平で踊らされてるってのくらいムカつくことはない。

 でも,だからってどうすることもできないのがもっとムカつく。

 

 

 最初いきなり佐藤と根津が死んだりしたから,昨日はみんな落ち着かなかったし,少しましな人達は,なんかいろいろ話し合ったりしてた。

 みんなの様子をボーッとオレは眺めてた感じだ。

 特にやることもないし,朝飯の後は集会室に行く。

 これは昨日と同じだ。

 でも,昨日の終わりに長谷田が「明日の朝は食事を終わらせてから9時には集会室に集まってくれ。明日の法を決めるから」と言っていたので,一応目的があって,何となく集まってきてた昨日とは違う。

 

 「今日の法を送信するので,みんな確認してくれ」

長谷田が言うのとほとんど同時でメールが来る。

 端末の画面に触る。

 

8月3日 @国王の法

~今日の法を【他人に傷を負わせない】にします。 長谷田~

 

(…)

昨日のと同じで,当たり前な感じだ。

 「これじゃ,喧嘩もできないな」

オレの後ろで藍川がつぶやく。

「先に殴った方は終わりだ」

(そうか,そうだな)

それはそれで納得だった。

 「まあ,外の世界でだって喧嘩は基本禁止なんだから」

「それもそうか」

藍川の隣で三浦が頷いた。

 そっちのは,ちょっと納得できない。

 昨日は何もなかったからと早くも忘れた奴がいるのかもしれないが,おとといだぞ,佐藤と根津が死んだのは。

 佐藤を閉じ込めたり,根津の手足を縛った奴が,オレ達の中にいる。

 そいつはずっと隙を狙ってるんだ。

 端末を見れば,オレ達のうち生き残るのがたった一人だってのは,すぐ判るはずだ。

 最後の一人になるまで,誰も信じれないし,みんな敵だ。

 とにかく揚げ足を取られるようなことは絶対ダメなんだ。

 元々分かってはいたが,ホント頭の悪い奴しかいないクラスだ。

 ちゃんと考えてるのはオレくらいじゃないのか。

 

 

 お昼を食べた後に「一ノ木さん,ちょっと話さない」と森さんが言うので,外に来ていた。

 

 「どう?」

「どうって…」

一体の何の話だか分からないまま付いてきたけど,森さんの話は私が考えもつかなかった中身だった。

 「迷うような話?」

森さんの側には三田さんと矢口さんがいて

「他に何か考えでもあるの?」

三田さんの口調は強い。

「・・・・・」

 「まあ,別に無理強いしたいわけじゃないの」

森さんの方は三田さんのように詰め寄る感じじゃない。

「協力が必要,それは解かるよね?」

「…」

無言で頷く。

 「じゃあさ」

三田さんが私に向かってくる。

「珠美佳,やめな」

「あ」

森さんに言われて三田さんの足が止まった。

 「今すぐ決めれるはずないもんねぇ」

そう言いながら,今度は森さんが近づいてくる。

「・・・・・」

「少し考えた方がいいけど,そんなに考えてもしょうがないから」

森さんは横から軽く私の左肩に手を添えて

「3時まで決めてね」

「え?」

 1回ポンと私の肩を叩くと,森さんは行ってしまった。

 「愛麗沙」

「…

三田さんと矢口さんが森さんの後を追った。

 私は独りになった。

 

(そんなことで本当に…)

森さんの言ってたことを,頭の中で繰り返す。

 何度繰り返しても,答えは出ない。

 正しいとか間違ってるとかじゃない。

 私は考え付かなかったけど,森さんの言ってたこと自体は,こういう状況になってしまってるんだから仕方ないんだろう。

 だから,正しいんだ。

 あとは,私ができるかどうかだ。

(私にできる?)

自分に訊いてみるけど,判らない。

(それでいいの?)

別にそんな大事な物じゃない。

 見せれる物じゃない。

自慢できる物じゃない。

 

第一私は,クラスのみんなと別に仲いいわけでもない。

三田さんが言ってたように「迷うような話?」なのかもしれない。

 

 

 「おかしいな」

呼ばれたのはオレだってのに,呼んだ奴が来ない。

「何だってんだよ」

 急に腕が跳ね上がる。

 「!」

跳ね上がった腕がない。

「え?」

何だこりゃ?

 急に背中を突き飛ばされる。

(・・・・・)

背中がスゴク熱くて,目の前が見えなくなってきた。

(…)

 

 

 「みんなに報告がある」

 

 7時まで少し間があるけど,席は埋まってるようだった。

 みんな長谷田くんの方に目を向ける。

 「あ…」

首を振る。

「あ…実は」

今度は目線を落としてしまった。

(?)

スゴク言いにくいことなのかな,と思う。

(ってことは…)

 昨日は何もなかった。

 でも,おとといは…

 今日も何かあったんだ…

 決意したようにして長谷田くんが顔を上げた。

 「ここに戸田はいない」

「は?」

長谷田くんは声を上げた森さんの方をチラッと見てから

「体育館みたいなところに道具を入れてる部屋があるんだ」

と続ける。

 「だから?」

森さんは組んでた脚を下ろした。

「あ,そっか,戸田ってそこにいるんだ」

「・・・・・」

長谷田くんが何も答えないので,かえってみんなそれが正しいんだと判った。

 そして,長谷田くんが本当に言いたいことも…

 「ちょっと待て,まだ7時になっちゃいないぞ」

村井くんに続いて

「戸田以外はここにいるようだしな」

グルッと見回した田月くんが言う。

 「茉莉亜」

「え?」

隣から理璃の声が聞こえてハッとした。

 いつのまにか,理璃の手を握っていたのだった。

 「あ,ゴメン」

「いいよ,別に」

「うん…」

 

 集会室の中はスゴイ重い感じだ。

 ちょっと離れた所にいる安齊が仁藤に訊いて,仁藤が答えてた中身は俺にも聞こえてた。

 最初は長谷田の言ってる意味がほとんど解らなかったけど,こういうことじゃないのか。

 戸田は死んだ。

 長谷田は死んでた戸田を体育館の道具部屋で見付けたんだ。

 何で死んだかって?

法を破ったからだろ。

 何の法?

 誰かをケガさせちゃいけないって法だ。

 だって,まだ法は3つしかない。

 他にあるのは,集会室に7時に集まるってのと誰かを殺すなってのだけ。

 俺にも解ってきた。

 

 戸田がいないまま7時になった。

 メールも来てるし,明日の国王を決めなくちゃいけない。

 戸田の話は一旦終わりにして,長谷田が明日の国王に立候補する人がいないか訊いた。

 「俺がやる」

手を挙げたのは仁藤で

「他に誰かいるか?」

と長谷田が言ったけど,もう誰も手を挙げなかった。

 「よし,じゃあ,明日の国王は英基だ」

そう言って長谷田は空いてた席に座って,代わりに仁藤が前に出る。

昨日の藍川くんの次が長谷田に決まったときもそうだったけど,次の国王が司会みたいになってしまうのかもしれない。

「じゃあ,法を決めるぞ」

仁藤は元々考えてたのだろう,前に出てすぐ端末の画面を見せながら

「傷を負わせないじゃ生ぬるいのかもしれないから,いっそもう暴力を禁止する」

私には画面の字までは読めないけど,きっと『他人に暴力を振るうな』という感じのことが書いてあるんだろう。

「わたしはいいと思う」

真っ先に拍手を始めたのは前田さんだ。

「ま,別にいいんじゃなーい」

左前の方で陣取ってる森さんもパンパンパンと3回だけ手を叩いた。

 パラパラパラと他の拍手が続いて,明日の法も承認されたようだ。

 

 

 「戸田が誰かケガをさせたとしたって,告発さえしなければ,あんなことにならなかったんだ」

「見た感じ,戸田を殺したくなるほどヒドイ怪我してるような奴はいなかったしな」

 今日の集会が終わった後,ヒデくんのところに中岡くんと長谷田くんが来た。

 「その道具室ってのはやっぱりドアを開けれないようにしてあったのか?」

「いや,引き戸だし,実際そうはなってなかった」

健ちゃんの質問に中岡くんが答えた。

(やっぱり中岡くんも一緒に見付けたんだ…)

「健蔵,たぶん戸田は誰かに傷を負わせたって理由で告発されたんだから,閉じ込められたわけじゃない」

「あ,そっか」

 「・・・・・」

 ヒデくんは何かを紙に書きながら考え込んでるようだった。

 フッと周りを見てみると,ほとんどの人達は,まだ集会室に残ってて,健ちゃん達の話を聞いてる。

 「告発した人は名乗り出ろ,と言ったところで,やった奴は反応しないしな」

「まあ,そうだろうな」

「何かしでかしたときのお決まりだしな」

「ああ」

自分に都合の悪いことは隠す。

私だって時々してたことだし,そんな責めれることじゃない。

(本当は,隠し事なんてしないで,みんな協力しなくちゃいけないのに…)

 

 健ちゃんがヒデくんをちょっと見て

「英基,そういえば,明日の法をどうして告発するなってしなかったんだ?」

訊く。

(!)

健ちゃんの質問は私も頭をよぎったことだった。

でも,ヒデくんはペンをポンと投げ出して

「バカだな,健蔵」

とだけ言った。

「バカって,英基」

別に健ちゃんは怒ってないようだったけど,ヒデくんにすっかり向き直った。

 「健蔵,作れる法は前の法に矛盾しないものってことになってる」

「ん?」

「一番最初から決まってる法の中に,法の違反は告発で確定するっていうのがあるから,そもそも告発自体できなくする法なんて絶対あり得ない」

「そうか?」

健ちゃんは首をかしげた。

(それはそうかも…)

 ヒデくんの言ったことは私には解った。

 「それもそうだな。それに,告発できなくなったら法を守らなくても罰せられないことになるから,決める意味もなくなって,そっちも矛盾だな」

「ん,まあ…」

健ちゃんが腕組みして頭を後ろにそらした。

 こういう感じのときって,健ちゃんは,ホントのところ納得できたり解ってたりはしないんだって私にはバレてるんだけど,健ちゃんに言ったことはない。

 

 「いつまでもそのままにしておけないんだし,まずは戸田を運びに行くぞ」

 

 集会室にいる奴等みんなに向けてだろう,田月が言うので,俺も椅子から立った。

 もちろん気は進まない。

 こんなことやりたい奴なんていないだろうし。

 昨日やって判ったけど,根津みたく小さい奴だって死体になるとスゴイ重い。

 戸田は普通体型だったはずだけど,運ぶ人数が多いに越したことないはずだ。

 「協力が必要」なんて奴もいるけど,俺は別にそういうわけじゃない。

 死体をほっとくとヤバい。

 それだけだ…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  戸田龍太

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  27人


8月4日

 次どうなるかなんて

 知って何になるの?

 


(・・・・・・・・・・)

 さっきからボーッとしたまま端末の画面を眺めている。

 画面には

 

8月4日 @国王の法

~今日の法は【他人に暴力を振るわない】ということにするので,みんなよろしく。 仁藤~

 

とある。

 

 着信には気付かなかったが,目が覚めたときにもう来ていた。

 今日にならないと法は送信できないから,生真面目なとこのある仁藤は日付が変わった途端送信したんだろう。

 それにしても馬鹿馬鹿しい。

 何が暴力かなんて誰が決めるんだ?

 間違って体のどっかが触っただけで「暴力振るわれた!」なんてことになるかもしれない。

 まぁ,オレだけじゃなくて,お互い様だけど,誰かに近付くわけにもいかなくなった。

 結局,何も考えてない奴が多過ぎる。

 ちゃんと何か考えてるのはオレぐらいじゃないのか,ホント。

 起き上がって,薄く日の差した部屋の中を見る。

 すぐ隣にいたのは中岡。

 まあ,力も強いし声も大きいから,機嫌を損ねない限り役には立つ奴だ。

 それから長谷田。

 元々そういう感じの奴だったけど,馬鹿のくせに最初の日からリーダー気取ってるのがバレバレでムカつく。

 でも,オレをどうこうしようってんじゃないから取りあえずは放っておこう。

 長谷田から随分離れて窓際にいるのは,前田と双子の鈴木だ。

 女は面倒なだけで,別に怖くない。

 どんなときでもオレの方が頭も力も上だ。

 振り返る。

 入口は内海の場所にしてある。

 体がデカいこと以外,役立たずの間抜けだ。

 でも,出入りの邪魔になるから,夜障害物として転がしておけば,何かと便利だ。

 オレがトイレに行きにくいのは,まあ,しょうがない。

 この3日で,他の奴らの馬鹿さ加減も大体判った。

 ホント,馬鹿の巻き添えにならないようにだけ,気を付けてないとな…

 

 

 眠れなかったし,最低の気分だ。

 それも,ただ単に眠れなかったわけじゃない。

 佐藤と根津には悪いが,死人が出るのは,あの二人で終わりにしたかった。

 だから,本当のとこ俺のガラじゃないって分かってても無理してみんなに呼び掛けてたんだ。

 でも,昨日戸田が死んだ。

 戸田の死体は根津よりはましな形をしてたけど,だからかえって一瞬で死んだわけでないのが判った。

 見たところ,少し這ってたような跡があった。

 一体戸田は誰に怪我させたんだ?

 というか,最初の日のことで,法を守らなかったらどうなるのか戸田にだって解ってたはずだから,わざわざ自殺行為みたいなことをするはずない。

 佐藤と根津のときは,告発したらどうなるのか知らないでやったのかもしれない。

 でも,昨日のは違う。

 告発したら戸田は死ぬ。

 そう解ってる奴がやったんだ。

 戸田を殺すつもりで告発するような奴が,何でもない顔をして集会室にいた。

 夏休み前までずっとクラスで一緒だった同士なのに…

 

 「独りでいちゃいけない」ということを中岡と話したのは,おとといのことだ。

 中岡は戸田を殺そうと思った奴じゃないだろうし,独りにならないため必要な人間だろう。

 中岡とは一緒に行動してた方がいい。

 二人ってのも何かあったときどうにもできない。

 仲間は多いに越したことはない。

 じゃあ,健蔵はどうだろう?

 健蔵は基本,気のいい奴だし,他人のことを考えれる。

 健蔵といれれば,スゴく力になってもらえそうだ。

 英基は?

 英基も必要だ。

 いろんなことにピンとくるし,決断力もある。

(他にいた方がいいのは・・・・・)

 

(え?)

 そのとき,自分で自分に驚いた。

 いつのまにか俺は,誰かの要る要らないを考えてる。

 何なんだ?

要るんじゃなければ,どうなって欲しいんだ?

 こんなことになってそんな人間になったのか,俺は。

 それとも最初から,俺は…

 

 

 何回も寝返りしてるうちに,朝だった。

 何であんなことしちまったのか考ると眠れなかった。

どうして龍太が死んだか分からないとみんな言ってたけど,俺は分かってる。

 まあたぶん,俺にしか分からないはず。

 俺の知ってることは誰にも話せない。

 俺のことだって龍太と同じわけで訴えれるんだから,話した奴が俺を訴えたら,それで終わりだ。

(・・・・・)

 誰にも話してないからって,俺以外に知ってる奴がいる。

 というか,それも本人なんだから,知ってるっていう言い方も変だけど,あいつにしてみれば,いつでも俺のことを訴えれるわけだ。

 俺はホントの意味で命を握られてる…

 何であんなことしちまったんだろう…

 
(・・・・・)

 トイレに行くため,部屋の外に出る。

 廊下はシーンとしてる。

 「?」

 玄関の方に誰か歩いてくのが見えた。

 「何だ?」

目をこらしてみると,パーカーのフードをかぶった奴が玄関から外に出て行くところのようだった。

(…)

何となくだけど,フードから髪の毛みたいなのが漏れてる感じがする。

ってことは,あいつは女子なのかもしれない。

 

パーカーが誰なのか確かめようと,そいつの後ろをついてく。

上は,スゴいぶかぶかのパーカーで,下もだぶだぶしたスウェットみたいなのを着てるようだ。

どっちもサイズは全然合ってない。

俺のことなんて気付くはずもないし,どんどん歩いてくうちに建物の角を過ぎて森の方に向かってる。

突然パッと振り向いた。

「え!」

パーカーは,俺が思ってもいない奴だった。

 「お前,何やってるんだ?」

と俺が言ってるうちに,こっちに走ってきた。

 「おい!」

全然止まらないまま,俺の横を走り抜けた。

 「お前,待てって」

 

 

 「へえー,そうなんだ」

「うん」

舟山さんが小さく頷く。

 今日の朝ご飯は舟山さんの隣で食べてた。

 「舟山さんはレヴィア法だっけ?随分詳しいんだねー」

「あ,いや,わたしは…」

舟山さんはチラッとどこか別な所を見てから

「…村井くんと藍川くんがいろいろ話してるから」

「そうなんだー」

「うん」

頷いた舟山さんの後ろで,席を探してたみたいだった榮川さんが舟山さんの背中合わせに座るのが見えた。

「ホント情報が欲しいよねぇ」

(!)

いきなり横から声が聞こえてビックリ。

 「美愛…」

いつの間にか私の右に座ってたのは美愛。

 

 座ると,美愛はフーッと溜息をつきながら自分の髪をバレッタで留めた。

 「いただきます」

そう言って美愛が箸を持つのを待ってから声を掛ける。

「ねえ,美愛」

 「んん?」

「今さっき言ってたことって」

「ん?」

「情報が欲しいって」

「あー」

せっかく持ち上げた箸を置いてしまった。

 「もーホント訳分かんなくて頭おかしくなってきたよ」

頭を抱える美愛。

(美愛でも…)

 私がいつも感じてたのは,美愛のストレスへの強さだ。

 美愛は大抵のことなら笑って済ますし,私ならパニクってしまうようなときでも落ち着いてたような気がする。

 私は能天気だけど,瞬間踏み止まれる強さは美愛に全然敵わない。

 「美愛,大丈夫?」

「半分くらいダメー」

頭を抱えたまま左手だけをヒラヒラさせた。

 「半分は大丈夫そうだね」

「まぁねぇ」

もう一度私が声を掛けると,美愛は元に戻った。

 

 美愛が食べ始めるのをまた待って,声を掛ける。

 「美愛は何が知りたいの?」

「いーっぱいあるよ」

チラッとこっちを見た。

「そうだろね,私もそうだよ」

「美結も?」

「うん」

「そっか」

「うん」

 

 「あたしが来る前,美結と舟山さんとでレビア法?の話してたでしょ」

「ああ,うん」

「まずやっぱりこんなことなってるのは,それのせいなんでしょ?」

「たぶん…」

 ヒデくんもレヴィア法の話をしてくれたけど,細かい中身までは知らないようだった。

 一人一人に渡されてる端末には,いろんなことが載ってるのに,ヒデくんが調べても端末の中でレヴィア法の中身を知ることはできないようだった。

 でも,舟山さんはレヴィア法に何が書いてるのか知ってたみたいで,さっきの話になってたところに美愛が来た。

 「なっちゃってるから,何でなったか考えても意味ないけど」

「うん」

「これからどうしなくちゃいけないのか分かるためにはレビア法?を知ってないと」

「そうだね」

美愛の言葉に頷きながら,思わず舟山さんの方を見てしまう。

 「…」

私の視線に気付いたのか,舟山さんは顔をそむけて

「…私,行くね」

慌てて立ち上がってトレイを手に持つ。

 「じゃ」

そのまま行ってしまった。

 「あたし来たからかな」

「あ,いや,そうじゃないと思うけど…」

美愛ほどじゃないけど,私にも戸惑いはあった。

 美愛は私の右隣から向かいに席を移した。

 「美結が舟山さんから聞いたことだけでも聞かせてよ」

「ああ,うん,そうだね」

 

 「…って,このくらいかな,私が教えてもらったことって」

私は食べ終わってたから,美愛には食べさせておいて,さっき舟山さんから聞いたことをみんな話した。

「ふーん」

時々相づちは打ってたけど,手は休めなかった美愛は,私が話し終わった頃丁度食べ終わった。

 「まあ,聞いたからって,すぐにどうなるってわけじゃないけどねぇ」

「うん」

美愛に言われるまでもなく,私だってレヴィア法のことを聞いて何かに役立てれるわけじゃない。

 

 急に美愛が目線を私の頭の上の方に向けた。

 「お早う,仁藤くん」

「!」

(ヒデくん?)

 「お早う」

聞き慣れた声に振り向くと,少し離れた所だったけど,もちろんヒデくんがいるのが見えた。

 私は立っていって

「ヒデくんはもう食べたって言ってなかったっけ?」

話し掛けると

「飯はだいぶ前に食ったけど」

ヒデくんが持ってた紙コップをグッとあおって

「水が飲みたくなったから来ただけだ」

と言うその横で

「俺は飲みたくもないのに英基に連れられてきた…」

わざとらしく健ちゃんがガックリする。

 「しょうがないよ」

「何が?」

健ちゃんが顔を上げたから,私はわざと顔をそらして言う。

「健ちゃんもヒデくんも,私には独りになるなって言うのに,自分は独りになりたいなんて」

「いや,別にそんなことは」

「健蔵,美結の言うとおりだ。誰だろうが独りになるのは駄目だ」

ヒデくんが健ちゃんの腰をバシッと叩く。

 「ああ,はいはい」

健ちゃんが苦笑いを浮かべて

「英基も美結もいつも正しいよ」

軽くヒデくんの背中を押す。

 押されたヒデくんも苦笑いしてから

「そういえば,美結」

私を見る。

 「なあに?」

「起きたときから工藤を見てないんだけど,美結は見てないか?」

「工藤くん?」

 工藤くんとは同じ部屋だ。

 美愛も同じ部屋なんだし,ちょっと美愛を見たけど,スッスッと首を振る。

 「私達は見てない」

「そっか」

ヒデくんが短く溜め息をついた。

 「じゃあな,美結」

「柚島と一緒に帰って来いよ」

「うん」

健ちゃんもヒデくんも行ってしまった。

 

 じゃ,美愛のとこに戻ろうかな,と向き直ったら,私のすぐ後ろに榮川さんが立ってて,あぶなくぶつかりそうになった。

「…」

「どうしたの?」

榮川さんに訊いてみる。

と,私の方は見ないで

「二人は安齊さんだけを名前で呼ぶようだ」

と言うので

「ん,まぁ,二人とも小学校から一緒だし」

と答えた。

「…」

それまでずっと健ちゃんとヒデくんの背中を見ていた視線がゆっくり私に向いた。

(もしかして…)

 「あの,榮川さん」

「…」

別に返事はなく,でも私から視線を外さない。

「もし良かったら,榮川さんも美結って呼んでよ」

「分かった」

即答。

 だから

(言ってみようかな…)

私としては結構な勇気で榮川さんに切り出す。

「榮川さんのことも名前で呼んでもいい?」

「シュテフか栞那で」

まるで私が言うのを知ってたように即答なので,ちょっとビックリ。

「じゃ,じゃあ,っと,えー,呼び捨てもなんだからぁ,か,栞那ちゃん,にしてもいい?」

スゴくどもってしまった。

「分かった。私は美結さんにする」

「うん」

私が頷いたのを見て,栞那ちゃんはやっと私に向けた視線を外し,行ってしまった。

(・・・・・)

 初めて栞那ちゃんに対する私の読みが当たったことや栞那ちゃんと名前で呼び合えるようになったことは,栞那ちゃんと少しでも心が近付いた気がして何となく嬉しかった。

 

 

 日付が変わるまで,あと2分。

 

 朝の集まりに,工藤が来なかった。

 それだけで,工藤がどうなってるかなんて判りきってたけど,また手分けして探すしかなかった。

 そして,森の近くまで行ったところで,田月が見付けたらしい。

 工藤は,やっぱり死んでた。

 頭が半分なくて顔なんて判らなかったけど,あれが工藤じゃないはずないんだから,工藤なんだろうって田月が言ってた。

 

 脚

 腕

 腹

 背中

 今まで裁かれた4人からすれば,身体中どこでも吹っ飛ばされる可能性があるみたいだ。

 

(それにしても…)

幸い…

 幸い?

 いや,もう,何か,どうでもいい感じがする。

 とにかく,朝に工藤が死んだ以外,あとは誰も死なないまま日付が変わるようだ

 

 やっぱり,幸いか…

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  工藤満

 

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  26人


8月5日

 地獄につながった道って

 何でできてたんだっけ?



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