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 踏切のように,ものすごい音で急に目が覚めた。

「…」

(なに?)

(椅子に座ってる?)

(ここ,教室じゃない?)

(机で寝てたの?)

乗ってたはずの電車の中じゃない…

 大きな音は,まだまだ止まない。

 周りを見る。

いるのは同じクラスの人達。

 みんな私と同じで,急に叩き起こされて何が何だか分からない顔。

 みんな私と同じで,周りを見回してる。

 

 「自然状態研究所へようこそ」

(!)

 突然声がしたと思ったら,前の壁に嵌め込まれた大きなテレビに青一色の画面が写ってる。

 でも,声はテレビじゃなく上から聞こえてきたみたいだ。

 「机の中に各自が使用する携帯端末を配付しましたので,確認しなさい」

(え?)

思わず声のとおり,机の中に手を入れると何かあったので,出してみたらピンク色の機械だった。

「各自,携帯端末の裏面のオンオフとある部分を押しなさい」

(オン,オフ?)

言われるまま『ON/OFF』と書いてあるところを親指で押す。

小さくピーッという音がして,画面が明るくなる。

「指紋と使用者を照合しました。今後携帯端末を使用する場合は指紋認証が必要です」

(は?)

確かに画面には私の名前が映し出されてる。

 「各自の机横にマニュアルを用意しました。この施設の利用や携帯端末の詳しい使用方法についてはマニュアルを読みなさい」

 

「…」

今やっと判ったけど,みんなの席順は出席番号順。

前の席の藍川くんは声のとおりマニュアルを机の横のフックから取ってめくり始めたけど,私は自分の名前だけ映った端末の画面をまた見た。

「自然法により,国民は一人の国王に自然権の行使を委ね,その臣民となりました」

突然,今度は青一色だったテレビの画面に字幕が映し出される。

 声は字幕を読み上げてるようだ。

「国王は法を制定して国家を統治し,臣民は議会を開き自治を行います」

 「それでは自然法を伝えます」

「国家は国王と臣民で構成され,国王は不可侵とする」

始まってしまうと,字幕も表示されながら,声が流れるように読み上げてく。

「日々選挙し,前日と異なる者を国王に選出する」

「国王が任期の間過去の法に矛盾しない限り制定する法は一本を超えてはならない」

「法は臣民に適用され,法に違反した者は排除される」

頭には何も残らない。

どこかお店で流れてるような音楽と同じだ。

「法の違反は臣民の告発でのみ確定する」

「臣民の議会に法以外の事項を提案した者については,否決をもって排除される」

「最初に法の違反があった日から三十日以内に人口を一にする」

「以上です」

「自然法については携帯端末で検索し表示することができます」

 

 「…」

頭は混乱したままだ。

 何が何だか全然解らない。

 次々声が聞こえてきて,何か考えてる暇がない。

 それなのに状況はどんどん変わってく。

 

一瞬何かが途切れてからまたつなぎ直すような音がして

「2年4組の出欠をとります」

相変わらず,唐突な声。

数秒して

「藍川優秀(あいかわまさひで)」

「はい」

当然出席番号1番から始まった。

「安齊美結(あんさいみゆ)」

「はい」

藍川くんのように,はっきりとは返事できなかったけど,一応声は出た。

「一ノ木梨加子(いちのきりかこ)」

「…」

「一ノ木梨加子」

一ノ木さんの返事が私には聞こえてたけど,出席を取ってる何かには聞こえなかったみたいで,もう一度呼ばれた。

「っ,はい」

「内海芳毅(うちうみよしき)」

「はい」

「鹿生健蔵(かのうけんぞう)」

「はい」

さすが健ちゃん,こんなときでも声は大きい。

「工藤満(くどうみつる)」

「はい」

「榮川シュテファーニェ栞那(さかえがわしゅてふぁーにぇかんな)」

「はい」

「佐藤英昭(さとうひであき)」

「はい」

「猪戸あかり(ししどあかり)」

「はい」

「鈴木まな恵(すずきまなえ)」

「はい」

「鈴木みな恵(すずきみなえ)」

「はい」

「曽根嶋茉莉亜(そねじままりあ)」

「っ,は,はいっ」

私もそうだったけど,曽根嶋さんも声は出にくかったようだ。

「田月信之輔(たづきしんのすけ)」

「はい」

「千賀理璃(ちがりりい)」

「はい」

「戸田龍太(とだりゅうた)」

「はい」

「中岡大翔(なかおかひろと)」

「はい」

「仁藤英基(にとうひでき)」

「はい」

(ヒデくんも返事がはっきりしててスゴイなぁ…)

「根津優香(ねづゆうか)」

「はい」

「野村光(のむらこう)」

「はい」

「長谷田雄生(はせだゆうせい)」

「はい」

「舟山涼香(ふなやますずか)」

「…ぃ」

「舟山涼香」

「っ,はい」

元々声が小さめの舟山さんは,こんなときの返事は余計に大変かも…

「星佑太郎(ほしゆうたろう)」

「はい」

「前田美紗(まえだみさ)」

「はい」

「三浦克哉(みうらかつや)」

「はい」

「三田珠美佳(みたすみか)」

「はい」

「村井麟汰(むらいりんた)」

「はい」

「森愛麗沙(もりありさ)」

「はぁ~い」

(こんなときにこの返事…)

森さんって別な意味でスゴイ…

「矢口広魅(やぐちひろみ)」

「はい」

「柚島美愛(ゆずしまみあ)」

「はい」

「綿谷爽輔(わたやそうすけ)」

「はい」

最後の綿谷くんまで点呼が終わった。

 

 「2年4組,全員出席確認できました」

また切り替えの音みたいなのがして

「終了します」

という言葉で画面がまた青一色に戻った。

 (!)

突然一斉にまた踏切みたいな警報音が鳴った。

 何人かが反射的に机の上の端末を掴む。

 私も端末を持ち上げると,画面には『メールが届きました』とあって,メールマークが点滅してた。

 (……)

メールマークに指で触ると,画面が切り替わって,受信メールの一覧が。

 1件だけ来ている“@国王選挙”に触ると,メールは開いて

 

~今から本日の国王選挙を開始し,30分以内に国王名を送信せよ~

 

とだけ書いてある。

 「え?」

あまりにも急で一方的なメールの内容に驚いてしまう。

みんな私と同じ感覚だったようで,ちょっと左を向くと隣の佐藤くんも強張った顔をしてる。

 それにしても,今すぐ選挙しろと言われても,やり方も決まってないし,どうやれば…

 「みんな」

その時,途方に暮れそうだった私の目の前で藍川くんが立った。

 藍川くんは身体ごと後ろに向きを変えて

 「呆然としてても仕方ない。やることをやらないと」

と言いながら前の方へ歩いて行く。

 「国王選挙とやらをしなければいけないみたいだから,普通の選挙のようにまずは立候補をしたい人がいるかどうか知りたい」

そう言って,軽く顔を左右に振って部屋全体を見回す藍川くん。

 「…立候補はないということか」

藍川くんはちょっと首をひねって

「そうすると,くじ引きとかで決めるのか?」

みんなに訊ねるようにしてから

「分かった。やりたくないのは俺も同じだけど,誰か国王にならないといけないなら,出席番号も最初だし今日は取りあえず俺がやってもいい」

と言って,またみんなを見回す。

 「…藍川では駄目だという意見もないようなので,俺でいいという人は拍手でもしてくれ」

物音一つしない中,藍川くんの声の余韻が響いているような状態が数秒続いた。

 左の方からパチパチと音がしたので,そっちを見ると,森さんだった。

 「誰かに決まんないとヤバイんだろーし,藍川でいいんじゃないのー」

私と同じように10数人が森さんを見てて,森さんのその一言で,パラパラと拍手は増えていった。

 「…じゃ,みんなの承認ももらえたという感じなので,今日は俺が国王をやります」

藍川くんが言うと,またパラパラと拍手が起こった。

 

 「国王の名前を送信するということなので,田月くんと野村くんに立ち会ってもらいたいんだけど」

「…」

「…」

藍川くんが目の前に座ってる田月くんと野村くんに声を掛けると,二人は無言で立って藍川くんの左右に移動した。

 藍川くんが端末を操作して,それを二人が見ている状態が数分続いてけど

「!」

またさっきの警報音。

 端末のメールマークに触ると“@国王選出”“@法の制定”というメールが一度に2通届いてた。

 

8月1日 @国王選出

~藍川優秀を国王に選出~

 

8月1日 @法の制定

~国王藍川優秀は法を制定し,本日中に内容を送信せよ~

 

 「そうか,法も決めないといけないんだったな」

みんなと同じく端末に目を落としていた藍川くんが顔を上げて

「とにかく全員で協力し合うことが一番大事だから,1日1回は必ず午後7時にここに集まって話し合うことにしよう

と言うと,今度はすぐに拍手が起きた。

「ちょっと勝手だけど,この部屋は集会室って名前にするから,いいよな?」

別に拍手はなかったけど,誰からも反対がなさそうなのは間違いなかった。

 「今決めたのを送信するので,そのまままた二人にお願いします」

「…」

「…」

田月くんと野村くんが端末を覗き込む真ん中で藍川くんが端末を操作した。

数分してまた警報音が鳴ったので見ると,“@国王の法”というメールが届いている。

 

8月1日 @国王の法

~今日の法は【全員午後7時に集会室に集まる】です。 藍川~

 

 

 「やらないといけないことは全部終わったようだけど」

自分でも端末の確認をした藍川くんがみんなを見回す。

「このあとはどうする?」

どうすると訊かれても私には勿論分からない。

 「ずっとここにいても仕方ない。マニュアルとかいうのもあるけど,まずは,暗くなる前にこの建物の外がどうなってるか調べないか?」

左から声がしたのでチラッと視線を向けると,長谷田くんのようだった。

「そうだな」

相槌を打ったのは,声からしてたぶんヒデくん。

 「外を調べるってことで,みんないいか?」

「こんなところにずっといれないでしょ?」

訊き返すような森さんの言葉。

 「ここの外を調べるというのに誰も反対しないようだけど,行きたくない人は行かなくていいと思うから,今は3時ちょっと過ぎだけど一旦解散,少し余裕をもって7時10分前にはここ集合ということにしよう」

藍川くんが言うと,すぐに長谷田くんが立ち上がった。

「自分で言い出したんだから,俺は外に行く。できれば俺以外も外に出てくれ」

「俺も行く」

次に立ったのはヒデくん。

「こういうのには俺も行かないとな」

後ろから声がしたけど,この声からすれば健ちゃんだ。

 健ちゃんが立つと,男子は席を立って,出入り口の方へ向かった。

 「行ってらっしゃーい,気を付けて頑張ってねー」

森さんだ。

「他にも部屋はあるんだろうし,うちらは中を見てみるからねぇー」

森さんの言葉に何だかちょっとホッとする。

 外に何があるか全然判らないのに出るのはスゴク怖いけど,みんながみんな外を見に行かなくても,建物の中を調べるのも大事かもしれないし,それなら私にもできそうだ。

 

 結局男子は全員部屋から出て行って,中に残ったのは全員女子。

 (……)

森さんの言うとおり私達も建物の中を調べに行かないと,と思ったその時

「安齊さん」

前から声を掛けられた。

 「え?」

私を呼んだのは榮川さんだった。

「っと,どうしたの?」

「私と調べに行こう」

「え,うん」

「一ノ木さんも一緒に行こう」

「ぁ…」

榮川さんからすれば,私はすぐ右斜め後ろで一ノ木さんは私の後ろだから,一番近い席の私達に声を掛けてくれたんだろう。

 見ると,猪戸さんと曽根嶋さんと双子の鈴木さん達4人もグループを組んでた。

 「じゃあ,榮川さん,一緒に行こう」

「うん」

「一ノ木さんも行こう?」

「……」

声は出せずに頷くだけの一ノ木さん。

 「何か持つならバッグから出して」

「え?」

榮川さんが指で差すところ,私の椅子の下に私が家から持ってきたバッグが入っていた。

 「…」

バッグを開けてみると私が入れたとおりに入れた物が入っているけど,何を持って行けばいいかなんて全然分からない。

「別にないみたい」

「…」

一ノ木さんも同じみたいで,首を横に振った。

 

 私達3人は森さん,矢口さん,美愛,三田さんグループに続いて廊下に出た。

 グループは前田さん,舟山さん,根津さん,千賀さんのグループもあって,4つだ。

 4つのグループは最初一緒だったけど,廊下が分かれるたびに4つが2つずつに分かれ,2つが1つずつに分かれた。

 榮川さん,一ノ木さんと3人きりになってしまうと,なんか緊張してしまう。

 普段,一ノ木さんとほとんど話をしたことはなかったけど,一ノ木さんは物静かな人だから,私のように口数の多いタイプでない舟山さんや曽根嶋さんなんかと話が合うようで,それが判ってることもあって決心しなければ話し掛けれない感じじゃない。

でも,榮川さんとは会話の糸口が見付けられない。

榮川さんの名前は『シュテファーニェ栞那』。

背が男子とあまり変わらないように見えるから,きっと170㎝より高いんだろうし,肌がホント真っ白で,髪も眉も全部金髪で,瞳は青で,顔だちもヨーロッパ系の人にしか見えない。

授業中に教科書を読むとか,何か答えるとか,そういうときに話すのを聞いたことはあるけど,私達と何も変わらない感じで別に日本語が不自由ってわけでもないみたいだから,話し掛けるのに言葉の心配があるんじゃない。

学校にいる間,誰ともしゃべらない榮川さんについては,私に限ったことじゃなく,誰も何も知らない感じなので,話題がないというか,決心して話し掛けても話が弾むとは思えない。

 最初いた部屋を出てすぐの廊下で,前田さんが,途中で見付けた物をメモしておくよう言って紙とペンを渡してくれたので,言われたとおり目に入ったことを書き留めながら,誰も一言もしゃべらずに,ただ歩いた。

 

 「?」

でも,ふと目に入ったのは,榮川さんが地図も描いている様子だった。

 「そっか,地図も描いた方がいいのか」

スゴク感心したので,独り言のように呟いてしまったのだけど

「これは配置図」

榮川さんには聞こえていたようだ。

 「うん…そうだね」

なんかピシャッと窓を閉められてしまったような感じに似てて,ちょっと怖かった。

「できれば二人も」

「え?」

ところが榮川さんは私との話を締め切ったわけではなかったようで

「配置図を作って」

と言った。

「あ,うん」

私が頷くと,傍で一ノ木さんも頷いた。

「別々に作ると見落としが減るから」

「あ,そうなんだ」

メモしてと言って紙とペンをくれた前田さんもそうだけど,榮川さんも冷静な人なのだった。

私は前田さんに渡されたものを使ってるけど,榮川さんは自分でノートを持ってきたようで,これも持ってきたのだろう,机の横にかけてあったマニュアルを時々開いて見たりしながら,熱心にノートを書いてる。

 テキパキとやるべきことを進めてくれた藍川くんといい,何となくみんなの足を前に向けさせた森さんといい,こんな訳の分からないことに巻き込まれてながら,しっかりした人達がうちのクラスにはいてくれたようだ。

 

 「それにしても随分広い建物だね」

「…」

「…」

「部屋はいっぱいあるけど,中身は空っぽだね」

「…」

「…」

私ばかりがしゃべって,榮川さんも一ノ木さんも黙ったままだ。

 でも,普段からこの二人はしゃべらないし,私は逆に授業中とかでなければ,しゃべらない時間の方が少ない。

しゃべり続けてれば,私はいつもの感じでいれる気がするし,できるだけいつもどおりの空気を作るためには,それでいいのかもしれない。

 

 榮川さんと一ノ木さんと三人で行き止まりにあった部屋を調べた。

 調べ終わると元来た道を引き返すしかないわけだけど,部屋を出たところで,廊下を曲がってきた前田さんが見えた。

 「あ,前田さん」

「安齊さん」

「こっちはもう行き止まりだから戻るしかないよ」

前田さんに言うと,前田さんの後ろから根津さんと千賀さんが来て

「こっち側も見たの?」

と千賀さんに訊かれたので

「うん,私達そっちから回ってきたから」

と答えると

「そうなんだ」

「じゃ,建物の中は多分全部見たのかな」

千賀さんと根津さんが言ってから

「私達,安齊さん達3人以外の全員とも行き当たったから,そのようだね」

前田さんが言った。

 「もう見る所がないなら,最初の部屋に帰ろうか」

「そうだね。うちら以外はみんな帰ってるだろうし」

前田さんと根津さんが言うので

「私達も戻る?」

振り返って榮川さんと一ノ木さんに訊くと,二人とも頷いた。

 

 

 最初いた部屋に戻ると,ほかの2グループはもう部屋にいた。

 みんなが調べてきたことを合せると,この建物の中には体育館やシャワー室,食堂とか図書室とか保健室みたいな部屋まであって,服がいっぱい置いてある部屋や洗濯機のある部屋も見付けたらしい。

 私達はカーペットの敷いてある少し小さめの部屋を3つ見つけたけど,同じような部屋はあと2つあったようだ。

 私達が調べた部屋は,どこも鍵なんてかけてなかったのに,森さん達が見付けた食堂の隣にある部屋2つには鍵がかかっていて入れなかったようだ。    

それに,森さん達が食堂を調べてたら,自分の端末をタッチするところがあって,タッチすると30くらいもあるメニューの中から好きなものを選べて,料理が機械から出てくるのが判ったらしい。

そんなスゴイ部屋もあったみたいだけど,私達が実際に見たほとんどの部屋は何一つないがらんどうで,倉庫って感じの部屋のいくつかには掃除用具とかペンキとかカラースプレーなんてものだけあって,保健室みたいな部屋なのにベッドなんてなかったりしてた。

調べたらかえって分からないことばかりになってしまった感じ。

 

私達が戻ってきて少しすると,男子達がみんな帰ってきた。

「どうなってたの?」

ヒデくんに訊いてみる。

「んー…」

ちょっと困ったような顔をする。

「この建物以外の場所はほとんど行けないみたいだ」

「え?なに,それ?」

ヒデくんの言うことの意味が全然分からない。

「この建物から3分くらい行くと崖で,下は海になってるんだ」

「海?崖?」

訊き返す。

 ヒデくんが小さく頷いて

「東と南は海で,北と西は3分くらい行ったところが10mよりも高いコンクリートの壁が立ってるし,遠くは壁より高い森になってて見えない」

と言うので

「えぇ…」

気の抜けたような返事しかできない。

「建物の周りは野原しかないしな」

健ちゃんが言うけど

「…」

もう何も言葉が出ない。

 

 

 ヒデくんや長谷田くんが前田さんや千賀さんと話してるのを眺める。

 「どうしたの,ボーッとしちゃって?」

声の方を見たら美愛だった。

 「うん,何だか訳分かんなくて」

「そうだよね」

美愛は私の向かいに座った。

「何なの,一体って思うよ,あたしも」

「うん…」

「だいたい,ここってどこ?」

「うん…」

二人で顔を見合わせる。

美愛とは中学校以来の友達だ。

健ちゃんとヒデくんが小学校から一緒だけど,女子だとやっぱり美愛と一番気が合う。

「まず,ご飯に行こっか?」

「え?」

「何かさ,5時半からは食堂?の機械動くみたいで,もう行っちゃってる人もいるよ」

「はー…」

ちょっとビックリするし,笑ってしまいそうになる。

私はさっきから何も考えれないし,お腹も別に空かない。

前田さんとか榮川さんみたいなしっかり者はいたけど,こんなとこがしっかりした人もいたんだ。

「ホントに出てくるのか試してみたいじゃない」

「うん」

少しだけ口の端が上がったと自分でも判った。

(美愛の明るさにはいつも助けてもらってるなぁ)

 

 食堂に行ってみると

「健ちゃん?」

もう食べ始めてたのは健ちゃんと野村くんと田月くんの3人だった。

 「やっぱりなぁ」

「お,何だ,美結。もう来たのか?」

「もう来たのかって,先に来てたのは健ちゃんの方だよ」

「おお」

右手を上げて応える健ちゃん。

 隣で美愛が笑ってる声が聞こえるけど,たぶん私も笑ってるはずだ。

 「こんなとき誰が食べに行ったのかと思ったら,やっぱり健ちゃんだ」

ただ,隅っこの方では森さんと三田さんと矢口さんの3人も食べてるようだった。

 美愛も私もオムライスを選んでテーブルに戻る。

 「スゴイねぇ,どーゆー仕掛けになってるんだろ」

「裏で何かになってるみたいだよね」

「うん」

説明書きどおりにしてメニューを選んでみたら,ちゃんとベルトに乗って出てきたのだ。

 「…」

健ちゃん達から2つ離れた席に美愛と向い合せに座ったら,いつのまにか隣に榮川さんが来ていた。

「…隣に座ってもいい?」

「いいよ」

「…」

トレイをテーブルに置いてから私と健ちゃんの間の席に座った。

 「榮川さんのは何?」

「野菜天ぷらと白飯と味噌汁…」

「そっかぁ」

一応私の問い掛けに答えてくれたけど,何となく空気が固かったので,それ以上はやめた。

 「味はまあまあ食べれるくらいだね」

「うん」

美愛の言葉でちょっと笑ってしまった。

「あんなベルトに乗って出てくるんだし,絶対裏で冷凍かなんかをチンしてるんだよ」

「そうかも」

1分くらいで出てきたし,美愛じゃないけど自販機みたいな仕組みなんだろう。

 

 私と美愛が食べ終わった頃には,大体の人達がご飯食べに来ているようだった。

 

 

 食べ終わって,そのまま最初の部屋に行く。

 「お,美結も来たのか」

部屋に入るとヒデくんが手を上げてくれてるし,隣に健ちゃんもいて同じようにしてる。

 「もうご飯は食べたの?」

「俺は早食いだからな」

「そうだね」

笑いながら頷く。

 「あれ?さっきの席じゃなくていいの?」

美愛がヒデくんに言った。

 健ちゃん達が座ってるのは右から4列目の一番後ろ。

 健ちゃんが後ろ,ヒデくんが前の席に座ってて,もちろん最初の席とは違う。

 「別にいいんじゃないか」

「ああ」

「そっか」

美愛はヒデくんの右隣の席で椅子を引いて

「あたし,こっちにするから,美結はそこにしなよ。早い者勝ちだよ」

私に健ちゃんの右隣の席を勧める。

 「うん」

美愛に言われたまま座った。

 ふと見たら,最初は私の斜め前,右から2列目の一番前に座ってた榮川さんが,いつのまにか1列目の一番後ろに座ってた。

 

 

 藍川くんが言ってた7時10分前。

 ほとんど全部の席に誰かが座ってるけど,でも2つ空いてる。

 「誰だろ?」

「んー…」

ヒデくんは部屋をグルッと見回した。

 「佐藤と根津のようだな」

「そうなんだ,大丈夫かな」

美愛が言う。

 「大丈夫って?」

「7時にはここにいなきゃいけないんでしょ?だから」

「ああ」

(そうだよね)

法律とかっていうのを守らなかったらどうなってしまうのかは分からない。

(分からないけど,何だか分からなくても守った方がいいよね)

フワフワとした訳の分からない怖い感じがするんだ。

 

 7時2分前。

 「ちょっと,佐藤と根津は何やってるんだ!」

長谷田くんがイラついたように言う。

「7時にいなかったら,どうなるの」

「やっぱり何かになっちゃうのかな」

私と健ちゃんの前に座ってる双子の鈴木さん達がポソポソと話してる。

 「探しに行くとかしたくても,7時になるまでここから出れないぞ」

「そうだな」

隣は田月くんと村井くんだ。

 

 7時になった。

 2人は来ない。

 シーンと静まり返ってる部屋で12を指してた時計の針がカチッと動く音がした。

 「みんな!」

長谷田くんが前に走り出た。

 「根津と佐藤を探しに行くぞ。男子も女子もさっき調べに行ったときと同じグループになって,手分けして行こう」

「…」

「…」

無言で健ちゃんとヒデくんが立ち上がって,野村くんと工藤くんの肩を叩いた。

 そして部屋の外に走っていくのを見てたら,私の隣に人影が。

「安齊さん,行こう」

榮川さんと,一ノ木さんが立ってる。

「う,うん」

「あたしも行くよ」

美愛だ。

 「うん」

さっき調べに行ったときのグループに美愛は入ってないけど

(今一緒なんだし,一緒に行ってもいいよね)

 「…」

榮川さんは早足でドアに向かって歩き始めたので

「美愛,一ノ木さん,行こう」

慌てて3人で榮川さんに付いていく。

 

 

 8時過ぎ。

 集会室でぼんやりしてしまってた。

 集会室には全員がいるわけじゃない。

 それに,全員揃うことはない。

 根津さんも佐藤くんも死んでたらしいから。

 根津さんは外で,佐藤くんは建物の奥の方の部屋の中で,ヒデくんに美結は見に行くなと言われたし,実際見てきた健ちゃんから聞いた話だけだけど,二人とも身体が千切れたみたいにして死んでたようだった。

(身体が千切れるって…)

見てなんかいないから,考えてるだけだ。

息が止まるくらいお腹が締め付けられるようだ。

苦しい。

フワフワしてた怖い感じは,もうズッシリ重い恐怖だった。

思う。

(こんなことが本当じゃない)

 頭を振る。

(でも,健ちゃんとヒデくんがこんな嘘ついても…)

 胸の辺りを押さえる。

(なに,これ…)

 建物の中を調べた最後に根津さんと会って,話もした。

 その根津さんが…

 

 「美結」

「…」

「美結」

「…」

 「おい,美結!」

(!)

 「え?」

肩を揺さぶられたから,ヒデくんを見る。

「…なに?」

「なにって,美結も気を付けろよ」

ヒデくんらしくないイライラ感。

「え?気を付けるって?」

ヒデくんのイライラが何か全然解らない。

「美結はショックで聞こえてなかったんだよ」

美愛が言うと

「はぁー…」

ヒデくんが腰に手を当てて溜め息をついた。

 「今度は美結,ちゃんと聞けよ」

無言で頷く。

 「法を守らないと排除されるのが本当だから,排除ってのは死ぬってことなんだ」

「うん…」

「だから,とにかく法を守ることだけは絶対気を付けろよ」

「うん…」

今度はヒデくんの言葉が何とか頭に引っ掛かったので

(法律は守んなきゃ)

とだけは思った。

 「それにしても…」

ヒデくんが腕組みをする。

「なに?まだ何かあるの?」

重すぎる恐さに潰れちゃいそうなのに,でも訊いてしまう。

 「誰が告発したんだろうと思ってな」

「え?」

やっぱりまたヒデくんの言いたいことは全然解らない。

 「ゴメン,解らないよ…」

「ああ,俺こそ,言葉が足んなくてゴメン」

ヒデくんは腕を解いた。

「佐藤とか根津が,7時に集会室にいるって法を守らなかったとはいっても,誰かが告発しなければ違反にはならないはずなんだ」

「え…」

「今端末で確かめてみてもそうなってる」

「うん…」

「佐藤と根津を探すために,俺達はグループで行動しただろ?」

「うん…」

「告発のとき端末に向かって話さなきゃいけないみたいだから,誰にも聞かれないで告発するのは多分無理だ」

「うん…」

「佐藤や根津を監禁した奴と告発した奴は同じだろうし,しかも一人じゃなくてグループだってことだよ」

「うん…」

「どうしてだ,英基?」

気の抜けた返事しかできない私に代わって,健ちゃんが訊いてくれた。

 「いいか,健蔵。誰にも聞こえないようにできないってことは,聞かれてもいいように告発したってことだ」

「だから?」

「だから,佐藤や根津を告発した奴等は告発することで意見が一致したってことだ」

「そうなのか?」

「…」

健ちゃんは不思議そうにしていたけど,私にはやっとヒデくんの言いたいことが理解できた。

「もう足のすくい合いが始まったんだよ,健蔵」

「あ,ああ」

「こんなことはこれからいくらでも起きるぞ。俺達も絶対やられないようにしないと」

 「…」

それまで何とか立っていれた私だったけど,ヒデくんの言葉が終わるとしゃがみ込んだ。

 「美結,大丈夫か?」

「うん…大丈夫」

視線は床に向いたまま健ちゃんに答える。

 ヒデくんの言うとおり,一人一人がお互いに誰かを,グループの違う人達を,それぞれ敵だと思い始めたら,どうなっちゃうだろう。

 頭の中がぽっかり空洞か真っ白になり,涙も声も出ない。

(こんなの夢なんじゃないの?)

 

 

 でも,なんか解った。

この夢は終わらない。

 死ぬまで…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  佐藤英昭

  根津優香

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  28人


8月2日

 夜が明けないでと思った

 でもやっぱり朝になった


 薄明かりが差し始めた部屋。

 

 「・・・・・」

時計を見ると,4時49分。

 さっき見たときは4時31分だった。

 結局眠れないまま朝になってしまうようだ。

 昨日は,佐藤くんと根津さんがあんなことになってから,全員が集会室に集まって話し合った。

 夜はカーペットが敷いてあって床が固くない4部屋に分かれて過ごすことになり,私達はこの部屋で寝ることにしたのだった。

(・・・・・)

上半身を起こして部屋の中を見回すと,ホントに眠ってる人もいるけど,ああいう人は心が強いのだろうか?

それとも鈍いだけ?

 

 「茉莉亜」

「え?」

そっと声を掛けてきたのは,隣で横になっていた理璃だった。

 「ゴメン,理璃。起こした?」

「いや,ウトウトしたときもあったけど,ほとんど寝てないから」

「そう,理璃も…」

あたしは理璃が明るい性格だと思ってたし,今まで悩んだりしているのを見たことがなかったけど,そんな理璃でもやっぱりスゴク昨日あったいろいろなことがストレスだったのだ。

 「なんかちょっとだけ安心した」

本音がポロッと口に出たら

「え?なんでー」

ほんの少し理璃の口元がほころんだ。

 

「これからどうなるの…」

「うん…」

理璃は起き上がってあたしの横に来た。

 「みんなでちゃんとまとまって,昨日みたいなことがもう起きないよう頑張るしかないのかな…」

あたしが呟いても

「…」

理璃は何も答えてくれない。

(分かってる)

それ以上あたしも言葉にはしない。

 天井を眺める。

(今の質問に答えれる人はいるの…)

何度も溜め息をつく。

(みんな集まれば,いい考えが浮かんだりするの…)

 

 

 「おはよう」

(!)

トイレに行った帰りに,いきなり後ろから声を掛けられたのでビックリしながら振り向くと,榮川さんだった。

 「おはよう」

榮川さんから挨拶されるのは初めてだったけど,挨拶はお返ししないと。

 「眠れた?」

「あ,うん,少し寝れたよ。榮川さんは?」

榮川さんとは同じ部屋じゃなかったから,どこか別な部屋にいたのだろう。

「眠れた」

「そ,そう」

「朝食は食べた?」

「あ,いや,まだだけど」

「食欲がなくても食べるのがいいと思う」

「う,うん」

私が小さく頷くと,榮川さんは話をやめて食堂のある方へ行ってしまった。

 

 「・・・・・」

ボーッと榮川さんの後姿を眺めていると

「美結」

(!)

また急に後ろから声を掛けられた。

 「あ,なに?ヒデくん」

聞き慣れてるから,今度は声だけでヒデくんだと判る。

「美結,独りで歩いたりするなって言っただろ!」

昨日の夜もこんな感じのときがあったけど,ヒデくんは普段こんな大きな声で私に話さない。

「あ,ゴメン」

だから謝ってしまった。

「どこ行ってたんだ?」

「うん,ちょっとトイレ」

「う…そうか」

ヒデくんは少しバツが悪そうに声の大きさをいつもくらいに戻して

「中までは付いていけないけど,トイレも一人で行くなよ。必ず柚島とか誰か誘えよ」

とだけ言うと背中を向けて部屋に戻ってくので

「うん,ありがとう」

私はヒデくんの後ろを歩き出した。

 

 部屋に戻った。

 「英基,美結は?」

「ああ」

健ちゃんの問い掛けに,ヒデくんは身をかわし,私が見えるようにする。

 健ちゃんは短く溜め息をついて

「美結,黙って独りでどっか行くのはやめろよ」

さっきのヒデくんよりは静かな感じで言う。

健ちゃんの言葉は予想できてた。

「うん,ヒデくんにも言われた」

「そうか,じゃあ分かってるな」

「うん。ゴメン,心配かけたね」

健ちゃんもヒデくんも私を心配してくれてたのが,単に嬉しかった。

 だから,つなげる言葉はできるだけ明るく言う。

「ねえ,朝ご飯食べに行こう?」

「なに?」

ヒデくんが訊き返す。

「朝ご飯を食べに行こうよ」

「あ,ああ…」

健ちゃんと顔を見合わせるヒデくん。

 「先のことはいろいろ考えなきゃだけど,今日は今日で頑張れないとマズイし」

「ん,まあ,それはそうだけど」

戸惑ってるような表情のヒデくんの前で,お腹に手を当てる。

「私,結構寝れたし,お腹も空いたから,大丈夫だよ」

 

 もちろん,嘘。

 本当に少し眠れたとはいっても,昨日一日のことやこれからのことが気になってしまってて,食欲なんかないけど,さっき榮川さんに言われたとおりだとは思う。

 「英基,じゃあ,行くか」

「ああ」

健ちゃんとヒデくんは同意してくれたけど,まだ部屋の中には4人いるので,他のみんなにも呼び掛ける。

「みんなも行こう?」

私は健ちゃんやヒデくんみたく他の人のことまで考える余裕がないし,たとえみんなから単純で無神経なバカだと思われたって,精一杯明るく振る舞うことで少しでも誰かの気が紛れるならそれでいい。

 

でも,しばらく誰も動かなかったところを,美愛が立ち上がって

「…そうだね,暗くなってても仕方ないから,まずは食堂行こうか」

私の方へ来てくれたので,他のみんなも立ってくれた。

「よし,行こう」

バレない程度に無理して声を張る。

(これでいいんだ…)

 

 

 「とにかく,単独行動は駄目だな」

 

 あまりよく眠れなかったが,朝になって目が覚めた。

そしたら,なぜか部屋にはもう誰もいなくて,こっちなら誰かいるかと思って集会室に行ってみた。

 そうしたら,長谷田と中岡が二人で話してた。

 「おう,野村も来たのか」

長谷田が俺に気付いて右手を上げる。

「ああ,誰かいるかと思って」

「そっか。でも,さっきからずっと俺と中岡だけだ」

「そうなんだ」

「野村,ここに来るまでに誰か見掛けたか?」

中岡に訊かれ,俺は黙って首を振って,手近な所に座った。

 

 二人は俺が来る前からしてた話の続きを始めた。

 「そうだな,一人でいるのは危ないな。グループ行動だよな」

「佐藤も根津もほんの少し独りになったところを狙われたわけだしな」

「ああ」

どうやら長谷田と中岡は昨日の佐藤と根津のこととこれからのことを話してるみたいだ。

 「メンバーを入れ替えたりしないのが大事だ」

「どうしてだ?」

「昨日みたいなことをした奴が誰か判らないんだから,固定しておかないと危険だろ?」

「ああ,まあそうだな」

 

 「…」

二人とも立派な奴だとは思うけど,こんなことに巻き込まれてる時点で,どうするかなんて話し合ってもしょうがないんじゃないか。

 「野村」

その時,突然中岡がこっちを向いた。

「え?」

「朝飯食ったのか?」

「あ,いや,まだ」

「俺等は食ったけど,まあ食堂まで一緒に行ってやるから飯食ってこいよ」

そういうと長谷田も中岡も俺の方へ歩いてくる。

「まだ食堂に誰かいるだろうし」

「あ,ああ」

普段から朝飯なんて食ってないけど,この二人がいなくなった部屋で独りになるのは怖いから,一緒に行くことにした。

 

 (・・・・・)

 長谷田と中岡の後ろを歩いた。

 昨日ことは,どうしたって思い出してしまう。

 根津の死体を見付けたのは仁藤だけど,俺も一緒だった。

 俺も工藤も死体のある方さえまともに見れなかったのに,仁藤と鹿生は根津の死体を調べて,「胸と肩と脚が破裂したみたいに裂けてる」とか「両手両足がガムテでグルグル巻かれてる」とか言ってた。

 身体が裂けるなんて人の力じゃないから,決まってたことを守れなかったことの罰でなったんだろう。

 でも,ガムテでグルグル巻きってのは誰かやった奴がいるはずだし,それは俺達のクラスの奴等の中にいる。

(俺だって,いつやられるか…)

 寝てた部屋から慌てて集会室まで来たのも,怖かったからだ。

 あの部屋には俺と綿谷と戸田が男で,女子は三田と森と矢口の3人だったのに,朝になったら俺以外はいなくなってた。

あとの奴等がどこ行ったのかは気になったけど,とにかく,部屋に独りでなんかいれない。

 さっき長谷田が「メンバーを固定した方がいい」と言ってた。

 俺も賛成だ。

 この二人もいいけど,昨日のメンバーに固定すれば鹿生と仁藤が一緒だ。

 あいつらと一緒なら何となく安心できる気がする。

 

 

 「・・・・・ぇ」

吐き気がする。

 安齊さんと柚島さんが言うとおり食堂に来た。

 一応朝定食なんていうのにしてみたけど,目玉焼きにケチャップがかけてあってスゴク気持ち悪い。

 優香と佐藤くんを探してるうち,奥の方の部屋のドアノブが縄跳びの縄で開かないように結ばれてた。

 縄をほどいたのは鈴木さん達で,わたしが部屋を開けると…

 誰か倒れてるのと,血がいっぱい飛んでるのだけ見た。

 ドアはすぐ閉めて,鈴木さん達に誰か呼びに行ってもらった。

 曽根嶋さんが側にいてくれた。

 そのうち村井くん達が来て,部屋の中に入って行ったので,わたし達は集会室に戻った。

 あれがやっぱり佐藤くんだったこと,優香も外で死んでたことは,あとでみんな集会室にそろってから聞かされた。

 

 「・・・・・」

 「食べれる気しないよね?」

斜め前の安齊さんが言う。

 「でも,食べれる物だけは食べた方がいいよ」

安齊さんの隣,わたしの向かいは柚島さんだ。

「…」

「私,サンドイッチもう一つ食べちゃおっと」

「なぁーに美結,もう5個目じゃないの,それぇ」

「あはは」

 (…)

 たぶん,柚島さんも安齊さんもムリはしてるんだろうと思う。

 わたしみたく血は見てないからって,いつもどおりでいれる人達だなんても思えない。

 「ケチャップはちょっと…」

わたしがつぶやくと,柚島さんが

「ああ,あたしもそんな好きじゃないよ」

と言って,すぐに安齊さんが

「最初っからケチャップかかって出てくるんだぁ,私も気を付けなきゃ」

と言う。

「え?何で,美結」

「目玉焼きにはソースでしょ」

「うそ?塩じゃないの」

「ええー」

大げさに手を振る安齊さん。

 それを見てて思った。

(なんか,良かった…)

 

 

 8時50分になった。

 森さんと三田さんが二人で集会室に入ってきて空いてる席に座った。

 

 昨日,9時に集会室に集まることにしてたから,私は8時半過ぎに来て座っていた。

 夜の7時と違って,この9時っていうのは法じゃないから,排除とかっていうことにはならないだろうけど,みんな昨日のことがあまりに気になるんだろう。

 28人全員が9時よりずっと前に揃った。

(・・・・・)

 誰も欠けていないことが,とにかくホッとする。

 

 昨日の夜みんなで話し合っていた時,メールが来た。

 

8月1日 @国王選挙

~今日中に明日の国王を選挙し国王名を送信せよ~

 

 国王の藍川くんが司会で選挙を始めたら,すぐに中岡くんが手を挙げたので,中岡くんに決まった。

 

 みんなそろったので,中岡くんが前に出る。

 「みんな知ってるだろうけど,今日の法を決めろというメールが来てる」

(そうだよね)

 眠れないまま日付が2日になってすぐメールが来ていたのだった。

 今日中というだけで,昨日のように制限時間とかはないらしく,急いで決めなくてもいいのかもしれないけど,みんながいるところで決めてしまった方がいい。

 「実はもう考えてきたんだ」

中岡くんは自分の端末の画面をみんなに見せながら

「スゴク当たり前だし,みんなを疑ってるようで申し訳ないけど,他人を殺してはいけないことにする」

少し興奮気味に言う。

 

(・・・・・)

 それでいいと思った。

 昨日から異常なことだけが続いてきた。

 「当たり前のことだって守らなくちゃいけない」という気持ちを取り戻すためにも,これからもずっと,そういう当たり前のことを決める法がいいと思う。

 私が拍手をしようと両手を胸の前に持ってきたところで,最前列の長谷田くんが大きな音で拍手を始めた。

 たぶん,中岡くんと打ち合わせていたんだろう。

 「いいぞ,賛成だ」

 またすぐ後ろの方から聞こえてきた声は仁藤くんのようだ。

 私も拍手を始めた。

 

 

 今日の法律を決めたあと,村井くんの提案で議会っていうのを開くことにした。

 ヒデくんが教えてくれたけど,昨日の最初にズラズラーッっと読まれてた法律の中に,「シンミンが議会を開いて自治を行う」というのがあったらしい。

 村井くんは「別に今すぐ議会で何か決めようっていうんじゃない」とか「できることは何でもやっておいた方がいい」とか言ってて,それにはヒデくんも納得できるようだったので,私も賛成した。

 

 議会を開くには,最初にいろんなことを決めないといけないようで,結構大変だ。

 「普通なら議決に過半数の賛成が要るってことになってるけど,俺達の議会は命がかかってるんだし,間違いのないものだけ議会にかけるよう,議決には3分の2が要るってことでどうだ?」

「それはいいと思うが,3分の2っていうのは出席してる人数のってことでいいのか?」

「いいんじゃないか。でも,そうすると今度はテイソクスーを決めておかないといけないな」

「テイソクスーか」

「サンセーリツを高くするだけじゃなくテイソクスーも多くしないと意味がないだろ」

 議論してるのは7,8人の人達だ。

 大体,私はヒデくんや長谷田くん達が何を問題にしてるのか,何一つ解ってない。

 

 その時

「ゴメン,ちょっと待って」

今まで議論に参加してなかった千賀さんが手を挙げた。

 「何だ?千賀」

議論の中心だった長谷田くんが千賀さんの方を見る。

茉莉亜が見付けたんだけど,シンミンギカイの決まりってデフォルトがあるみたいだよ

「デフォルト?」

「うん」

 立って行って端末を長谷田くんに見せる千賀さん。

 「どれ…」

ヒデくんも長谷田くんのところに行って端末を覗き込む。

 村井くんも見てる。

 

 「ふーん・・・・・」

「テイソクスーはシンミンの過半数だな」

「サンセーリツも同じか」

「1回であげれるギアンが一つっていうのはなぁ」

「かなり面倒だな」

 話は聞こえてくるけど内容は全然解らない。

でも,端末を見ながら,みんな困ったような顔をしてるのからすると,良くない感じの情報なのかな…

 ヒデくんが戻ってくる。

 「何だったの?」

そっと訊いてみる。

 ヒデくんは2,3度首を振った。

「テイソクスーもサンセーリツもショーシューホーホーも最初から決まってたよ」

「?」

首をかしげる。

 私には,ヒデくんの使う言葉の意味からしてチンプンカンプン。

 「今まで話してたことがみんなムダだったってこと?」

だから,「要するに何?」と知りたいことだけ訊き直す。

 「一応,1回で1つずつ変えていけるみたいだ」

「1回1つずつかぁ」

せっかくヒデくんが答えてくれたので,私もそれらしいことを言ってはみたものの,相変わらず何も解っちゃいない。

 

 

 結局,3分の2の人が賛成しないと何か決めれないというところだけを変えて今日の議会は終わった。

 

 「めんどくさぁーい」

 議会が終わると,森さんが心の底から面倒そうに言ってから机に突っ伏した。

「こんなの二度とやりたくないんだけど?」

三田さんが続いた。

 「そんなこと言わないで,これからも協力してくれよ」

「…」

村井くんが言うと,森さんは机に突っ伏したまま腰だけでイスを動かしてから,顔を上げた。

 「あのさ,村井」

「何だよ」

「もうなんもないんだよねー?」

「取りあえずはないな」

「あっ,そ」

森さんは,机の横に掛けてたバッグをつかんで立ち上がると

「7時だっけ?そのときまで来ればいいんでしょ?」

と言って,中岡くんが「7時に遅れるなよ」と答え終わる前に部屋を出て行った。

 「あたしも行こうっと」

三田さんも行ってしまった。

 

 「ねえ,ヒデくん,さっき誰かが議会には命がかかってるって感じのこと言ってたけど」

「そうだな」

「どういうこと?」

 美結が仁藤くんに訊いてることは,あたしも知りたかったことだ。

 「最初から決めてある法の中に,議会に提案しても賛成されなかった場合,議会に提案した奴が排除されるっていうのがあるんだ」

「え?そんなのあるのか?」

仁藤くんが美結に答えたことに,鹿生くんが反応する。

 「あるんだ,それが」

「排除ってのは,昨日の二人みたいになるってことだよな?」

「そうだ」

「じゃあ,変なことを議会で話し合ったりできないな」

「というか,必ず議会を通るようなことしか提案しちゃいけないってことだ」

「なるほどな」

 

 議会には命がかかってるなんて,冗談みたいだ。

 おとといまでのあたしなら間違いなく,冗談で済ませるはず。

 でも,今はただ怖いだけ。

 だって,それはきっとホントのことだから。

 それと,とにかくおしゃべりで,あたしを退屈させないでくれる美結が黙ってしまってる。

 きっと,あたしと同じような気持ちになったのかも…

 

 

 今日も眠れないまま何度も寝返りをうつ。

(あ…)

 時計を見たら,8月3日になったのが判った。

 

 良かった…

 何もなかったんだ…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  なし

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  28人


8月3日

 今日できた穴に

 昨日落っこちた


 「おはよう」

「!」

突然声を掛けられてビックリしたけど,たぶん榮川さんだ。

 振り返ると,やっぱり榮川さんが立っていた。

 「おはよう,榮川さん」

「…」

私が猪戸さんと話していたからだろう,そのまま行ってしまった。

 「榮川さんの方からあいさつしてくるなんて…」

榮川さんの背中を見ながら猪戸さんが言うので

「おととい建物の中みんなで調べたでしょ?」

教えてあげることにした。

「ああ,うん」

「あのとき,私と榮川さんと一ノ木さんが一緒にここの中を調べに行ったからかも」

「へえー」

猪戸さんも意外のようだけど,そもそも私が意外だったりする。

 昨日の朝も,おはようと言ってくれた後に,ごはん食べたかとか食べた方がいいとか言ってくれた。

それから,昼ごはんのときは昨日の朝もだったけど隣に座ってて,夜廊下で会ったときもあいさつしてくれた。

 でも,榮川さんは集会室だと私の近くには来ないで,必ず右端一番後ろに座ってるようだ。

まあ,集会室でどこに座るかは大体みんな決まってきてる感じだけど。 

 「じゃあ,ご飯に行こっか?」

「うん」

美愛の呼び掛けに私も猪戸さんも前田さんも頷いた。

 

 

 女子達は気楽だと思う。

 「昨日何もなくて良かった」なんて,そうじゃなくちゃ言えない。

 

 俺達は昨日佐藤と根津の死体を片付けたんだから。

 俺達は崖まで死体を運んで,海に落とした。

 夏だし,死体をそのままにしておくなんてヤバ過ぎるのは判る。

 死んだ奴のために生きてる俺達がヤバくなれないんだから,片付けるしかない。

片付けるって,ホントなら埋めるのがまともだろうけど,ここって土を掘る道具がないし,手で人を埋めるくらい穴掘るなんて無理だ。

 海に捨てるのは普通の考えじゃあり得ない。

 あり得ないけど,他にどんな方法もないんだから,そうするしかなかった。

 だからって,何で俺達がそこまでやらなくちゃいけないんだ?

死体の片付け方がマズイからって後ろめたい思いをさせられるのもムカつく。

 こんなことに巻き込まれて,無理矢理訳の分からないことをやらされてるっていうのに,そんな気持ちまで俺達に押し付けてやがる。

 誰が何のために俺たちにこんなことさせてるのかは知らない。

 最初外を調べたとき,玄関の横にリヤカーがあるのは何でだと思った。

建物の中を調べた女子達が「倉庫に寝袋みたいに大きい袋がある」って言ってるのを聞いた時も何でだと思った。

 昨日になってやっとつながったけど,要するに,俺達は死んだ奴を袋に入れてリヤカーで運んで崖から捨てるはずだってとこまで全部読まれてるってことだ。

俺達にこんなことさせてる奴等にとって死人が出るのは当たり前のことで,死体だって袋とリヤカーを用意しておけば,あとは勝手にどうにかするだろうって確信してやがる。

(・・・・・)

 誰かの手の平で踊らされてるってのくらいムカつくことはない。

 でも,だからってどうすることもできないのがもっとムカつく。

 

 

 最初いきなり佐藤と根津が死んだりしたから,昨日はみんな落ち着かなかったし,少しましな人達は,なんかいろいろ話し合ったりしてた。

 みんなの様子をボーッとオレは眺めてた感じだ。

 特にやることもないし,朝飯の後は集会室に行く。

 これは昨日と同じだ。

 でも,昨日の終わりに長谷田が「明日の朝は食事を終わらせてから9時には集会室に集まってくれ。明日の法を決めるから」と言っていたので,一応目的があって,何となく集まってきてた昨日とは違う。

 

 「今日の法を送信するので,みんな確認してくれ」

長谷田が言うのとほとんど同時でメールが来る。

 端末の画面に触る。

 

8月3日 @国王の法

~今日の法を【他人に傷を負わせない】にします。 長谷田~

 

(…)

昨日のと同じで,当たり前な感じだ。

 「これじゃ,喧嘩もできないな」

オレの後ろで藍川がつぶやく。

「先に殴った方は終わりだ」

(そうか,そうだな)

それはそれで納得だった。

 「まあ,外の世界でだって喧嘩は基本禁止なんだから」

「それもそうか」

藍川の隣で三浦が頷いた。

 そっちのは,ちょっと納得できない。

 昨日は何もなかったからと早くも忘れた奴がいるのかもしれないが,おとといだぞ,佐藤と根津が死んだのは。

 佐藤を閉じ込めたり,根津の手足を縛った奴が,オレ達の中にいる。

 そいつはずっと隙を狙ってるんだ。

 端末を見れば,オレ達のうち生き残るのがたった一人だってのは,すぐ判るはずだ。

 最後の一人になるまで,誰も信じれないし,みんな敵だ。

 とにかく揚げ足を取られるようなことは絶対ダメなんだ。

 元々分かってはいたが,ホント頭の悪い奴しかいないクラスだ。

 ちゃんと考えてるのはオレくらいじゃないのか。

 

 

 お昼を食べた後に「一ノ木さん,ちょっと話さない」と森さんが言うので,外に来ていた。

 

 「どう?」

「どうって…」

一体の何の話だか分からないまま付いてきたけど,森さんの話は私が考えもつかなかった中身だった。

 「迷うような話?」

森さんの側には三田さんと矢口さんがいて

「他に何か考えでもあるの?」

三田さんの口調は強い。

「・・・・・」

 「まあ,別に無理強いしたいわけじゃないの」

森さんの方は三田さんのように詰め寄る感じじゃない。

「協力が必要,それは解かるよね?」

「…」

無言で頷く。

 「じゃあさ」

三田さんが私に向かってくる。

「珠美佳,やめな」

「あ」

森さんに言われて三田さんの足が止まった。

 「今すぐ決めれるはずないもんねぇ」

そう言いながら,今度は森さんが近づいてくる。

「・・・・・」

「少し考えた方がいいけど,そんなに考えてもしょうがないから」

森さんは横から軽く私の左肩に手を添えて

「3時まで決めてね」

「え?」

 1回ポンと私の肩を叩くと,森さんは行ってしまった。

 「愛麗沙」

「…

三田さんと矢口さんが森さんの後を追った。

 私は独りになった。

 

(そんなことで本当に…)

森さんの言ってたことを,頭の中で繰り返す。

 何度繰り返しても,答えは出ない。

 正しいとか間違ってるとかじゃない。

 私は考え付かなかったけど,森さんの言ってたこと自体は,こういう状況になってしまってるんだから仕方ないんだろう。

 だから,正しいんだ。

 あとは,私ができるかどうかだ。

(私にできる?)

自分に訊いてみるけど,判らない。

(それでいいの?)

別にそんな大事な物じゃない。

 見せれる物じゃない。

自慢できる物じゃない。

 

第一私は,クラスのみんなと別に仲いいわけでもない。

三田さんが言ってたように「迷うような話?」なのかもしれない。

 

 

 「おかしいな」

呼ばれたのはオレだってのに,呼んだ奴が来ない。

「何だってんだよ」

 急に腕が跳ね上がる。

 「!」

跳ね上がった腕がない。

「え?」

何だこりゃ?

 急に背中を突き飛ばされる。

(・・・・・)

背中がスゴク熱くて,目の前が見えなくなってきた。

(…)

 

 

 「みんなに報告がある」

 

 7時まで少し間があるけど,席は埋まってるようだった。

 みんな長谷田くんの方に目を向ける。

 「あ…」

首を振る。

「あ…実は」

今度は目線を落としてしまった。

(?)

スゴク言いにくいことなのかな,と思う。

(ってことは…)

 昨日は何もなかった。

 でも,おとといは…

 今日も何かあったんだ…

 決意したようにして長谷田くんが顔を上げた。

 「ここに戸田はいない」

「は?」

長谷田くんは声を上げた森さんの方をチラッと見てから

「体育館みたいなところに道具を入れてる部屋があるんだ」

と続ける。

 「だから?」

森さんは組んでた脚を下ろした。

「あ,そっか,戸田ってそこにいるんだ」

「・・・・・」

長谷田くんが何も答えないので,かえってみんなそれが正しいんだと判った。

 そして,長谷田くんが本当に言いたいことも…

 「ちょっと待て,まだ7時になっちゃいないぞ」

村井くんに続いて

「戸田以外はここにいるようだしな」

グルッと見回した田月くんが言う。

 「茉莉亜」

「え?」

隣から理璃の声が聞こえてハッとした。

 いつのまにか,理璃の手を握っていたのだった。

 「あ,ゴメン」

「いいよ,別に」

「うん…」

 

 集会室の中はスゴイ重い感じだ。

 ちょっと離れた所にいる安齊が仁藤に訊いて,仁藤が答えてた中身は俺にも聞こえてた。

 最初は長谷田の言ってる意味がほとんど解らなかったけど,こういうことじゃないのか。

 戸田は死んだ。

 長谷田は死んでた戸田を体育館の道具部屋で見付けたんだ。

 何で死んだかって?

法を破ったからだろ。

 何の法?

 誰かをケガさせちゃいけないって法だ。

 だって,まだ法は3つしかない。

 他にあるのは,集会室に7時に集まるってのと誰かを殺すなってのだけ。

 俺にも解ってきた。

 

 戸田がいないまま7時になった。

 メールも来てるし,明日の国王を決めなくちゃいけない。

 戸田の話は一旦終わりにして,長谷田が明日の国王に立候補する人がいないか訊いた。

 「俺がやる」

手を挙げたのは仁藤で

「他に誰かいるか?」

と長谷田が言ったけど,もう誰も手を挙げなかった。

 「よし,じゃあ,明日の国王は英基だ」

そう言って長谷田は空いてた席に座って,代わりに仁藤が前に出る。

昨日の藍川くんの次が長谷田に決まったときもそうだったけど,次の国王が司会みたいになってしまうのかもしれない。

「じゃあ,法を決めるぞ」

仁藤は元々考えてたのだろう,前に出てすぐ端末の画面を見せながら

「傷を負わせないじゃ生ぬるいのかもしれないから,いっそもう暴力を禁止する」

私には画面の字までは読めないけど,きっと『他人に暴力を振るうな』という感じのことが書いてあるんだろう。

「わたしはいいと思う」

真っ先に拍手を始めたのは前田さんだ。

「ま,別にいいんじゃなーい」

左前の方で陣取ってる森さんもパンパンパンと3回だけ手を叩いた。

 パラパラパラと他の拍手が続いて,明日の法も承認されたようだ。

 

 

 「戸田が誰かケガをさせたとしたって,告発さえしなければ,あんなことにならなかったんだ」

「見た感じ,戸田を殺したくなるほどヒドイ怪我してるような奴はいなかったしな」

 今日の集会が終わった後,ヒデくんのところに中岡くんと長谷田くんが来た。

 「その道具室ってのはやっぱりドアを開けれないようにしてあったのか?」

「いや,引き戸だし,実際そうはなってなかった」

健ちゃんの質問に中岡くんが答えた。

(やっぱり中岡くんも一緒に見付けたんだ…)

「健蔵,たぶん戸田は誰かに傷を負わせたって理由で告発されたんだから,閉じ込められたわけじゃない」

「あ,そっか」

 「・・・・・」

 ヒデくんは何かを紙に書きながら考え込んでるようだった。

 フッと周りを見てみると,ほとんどの人達は,まだ集会室に残ってて,健ちゃん達の話を聞いてる。

 「告発した人は名乗り出ろ,と言ったところで,やった奴は反応しないしな」

「まあ,そうだろうな」

「何かしでかしたときのお決まりだしな」

「ああ」

自分に都合の悪いことは隠す。

私だって時々してたことだし,そんな責めれることじゃない。

(本当は,隠し事なんてしないで,みんな協力しなくちゃいけないのに…)

 

 健ちゃんがヒデくんをちょっと見て

「英基,そういえば,明日の法をどうして告発するなってしなかったんだ?」

訊く。

(!)

健ちゃんの質問は私も頭をよぎったことだった。

でも,ヒデくんはペンをポンと投げ出して

「バカだな,健蔵」

とだけ言った。

「バカって,英基」

別に健ちゃんは怒ってないようだったけど,ヒデくんにすっかり向き直った。

 「健蔵,作れる法は前の法に矛盾しないものってことになってる」

「ん?」

「一番最初から決まってる法の中に,法の違反は告発で確定するっていうのがあるから,そもそも告発自体できなくする法なんて絶対あり得ない」

「そうか?」

健ちゃんは首をかしげた。

(それはそうかも…)

 ヒデくんの言ったことは私には解った。

 「それもそうだな。それに,告発できなくなったら法を守らなくても罰せられないことになるから,決める意味もなくなって,そっちも矛盾だな」

「ん,まあ…」

健ちゃんが腕組みして頭を後ろにそらした。

 こういう感じのときって,健ちゃんは,ホントのところ納得できたり解ってたりはしないんだって私にはバレてるんだけど,健ちゃんに言ったことはない。

 

 「いつまでもそのままにしておけないんだし,まずは戸田を運びに行くぞ」

 

 集会室にいる奴等みんなに向けてだろう,田月が言うので,俺も椅子から立った。

 もちろん気は進まない。

 こんなことやりたい奴なんていないだろうし。

 昨日やって判ったけど,根津みたく小さい奴だって死体になるとスゴイ重い。

 戸田は普通体型だったはずだけど,運ぶ人数が多いに越したことないはずだ。

 「協力が必要」なんて奴もいるけど,俺は別にそういうわけじゃない。

 死体をほっとくとヤバい。

 それだけだ…

 

 

 

 裁きに因る死亡者

 

  戸田龍太

 

 

 裁きに因らない死亡者

 

  なし

 

 

 国家の人口

 

  27人



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