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 渋谷のスクランブル交差点を見ても、すごいとも何とも思わなくなった。大学生になって上京した時は、ああ、これがスクランブル交差点かと感動したのに、今は人が多くてうざいとしか思わない。

 就職活動中の僕は、リクルートスーツを着ている。当たりさわりのない革靴、ネクタイ、鞄で身を固め、自分を当たりさわりのない存在にしている。

 平日昼間でも渋谷駅前は若者で賑わっていた。無防備に自己を解放している若者達の雰囲気は、リクルートスーツで武装した僕には不快だった。友人同士ではしゃいでいる間も、彼らの内部ではストレスがたまり続けているのかもしれないが。

 交差点の向こう側に、制服を着た女子高生が立っている。彼女は横断歩道手前の最前線に立ち、僕達のいる駅側をじっと見つめている。目があう。気まずい。そっと視線をそらした。

 再び視線を女子高生に戻す。彼女は鞄を路上におろし、ブレザーとカーディガンを脱いでいた。暑いのかなと思ったら、ワイシャツを脱ぎ、ブラも外した。スカート、パンツ、靴、靴下、全て脱ぎ捨てられた。

 彼女はスクランブル交差点で全裸になった。交差点に立つ多くの人は、彼女の奇行を眺めた。

「何かの撮影?」

 隣からささやき声が聞こえる。くだらない映画かAVの撮影だろうか。警察の許可は取っているのだろうか。屋外でこういう撮影をする時は、事前にスピーカーなどでアナウンスするんじゃないだろうか。

 彼女は地面におろした鞄の中から、二丁の拳銃を取り出した。構えが美しい。彼女は笑いながら、交差点のこちら側に向けて銃を撃った。銃声がこだまする。ひょろりとした中年の男が血を吹いて倒れる。悲鳴が上がる。

 全裸の女子高生は二丁拳銃を何発か撃った。ホスト風の男、私服の若者、スーツを着た男、弾に当たればみな等しく倒れる。スクランブル交差点に悲鳴が連続した。

 歩行者用信号が青に変わったが、横断歩道を渡る人は誰もいなかった。みな彼女からできるだけ遠くに離れようと走っている。多くの群集が見境なく走るから、衝突、転倒が各地で起きる。誰か統率するリーダーが必要だ。僕はそう考えながら、じっとその場に留まって、全裸の女子高生を眺めた。

 弾が尽きたのか、彼女は拳銃を鞄に戻した。彼女がしゃがむと、風にあおられて、茶色のロングヘアーがふわっと舞い上がった。


 女子高生が鞄の中から細長いライフルを取り出す。弾の装填を確認すると、今度はライフルの銃口がこちらに向く。銃口は真っ直ぐ僕を向いている。僕はその場を逃げ出すことができなかった。

 誰が呼んだのか、警官が三人やってきた。女子高生がライフルを警官に向ける。弾丸が乱れ飛ぶ。警官たちは何もできないまま、血を噴いて倒れた。新しい犠牲者が出たのを見て、悲鳴が大きくなった。

 無差別殺傷を狙ったテロなのだろうか。彼女は何故裸なのだろうか。やはり映画か何かの撮影なのだろうか。

 交差点の向こうから、黒いワゴン車が猛スピードで突っこんできた。車は女子高生に向かっている。女子高生が、ワゴン車めがけてライフルを乱射する。弾が車体に何発も当たる。ワゴン車は止まらない。

 タイヤを狙え。車の心臓はタイヤだ。

 僕は心の中でそう叫んだのだが、ワゴン車は歩道に乗り上げ、女子高生と衝突した。一瞬空中に浮かび上がった彼女の体は、ワゴン車の車輪に絡まり、数メートル引きずられた。

 血まみれになった女子高生の体を道路の脇に放り出した後、ワゴン車は道玄坂の方に走り去っていった

 女子高生の遺体の周りに野次馬が集まる。女子高生に殺された遺体の周りにも野次馬が集まる。

 そういえば、女子高生に銃で撃たれた人はみな、男性だった。狙い撃ちしたのだろうか。

 腕時計を見る。やばい。一次面接の時間まであと十五分しかない。僕は走って事件現場を離れた。裸のテロリストが気になるが、僕にとっては内定を勝ち取る方が大切だ。


 

 

 

 

 

 結局その日は遅刻して、面接さえしてもらえなかった。銃撃事件の影響か、僕の他にも何人か遅刻してきたが、みな面接を拒否された。

「社会人は遅刻しないのが当たり前。突発的事態が起きるのを想定して、早め早めに行動する人を我が社は求めているのです」

 門前払い役の社員さんの口調は冷たかった。彼は本気でそう思っていないのではないだろうか。ただ与えられたマニュアルを読み上げているだけのように聞こえた。

 一社落ちたからといって、へこたれていては心が折れる。就職は確率論。何度落ちても何度でも立ち上がってチャレンジする。そのうち運が開けてくる。そう自分に言い聞かせつつ、自宅のアパートを出発した。

 駅の改札を通ると、電車の走行音が聞こえた。やばい。今日もまた面接に遅刻してしまう。ダッシュで階段に向かう。二段跳びで階段を駆け上がった。発車を知らせる音楽が流れる。「駆けこみ乗車は危険です」というアナウンスがスピ―カーから再生される。

 ホームにたどりつくと、近くのドアに一直線で駆けこんだ。電車の中に入ると同時に扉がしまる。セーフ。助かった。数分おきに電車が来るのだから、別にもう一本待ってもよかったのだが、ついつい走ってしまう。悪い癖だ。冷静に考えれば、人生の残り時間はあり余っているというのに。

 肩で息をしつつ、周囲を見回す。車内には女性しかいない。慌てていたから、女性専用車両に飛び乗ってしまったのだろう。満員の女性専用車両に男一人。気まずい。スーツ姿の女性と肩が触れ合う。ちょっとでも変な動きをしたら、痴漢に間違われそうだ。

 肩をすぼめ、目を閉じる。下界をシャットアウトする。そしてふと気づく。

 女性専用車両は、先頭車両と決まっている。僕はホームの階段から一直線で電車に乗ったから、ここは真ん中あたりの車両のはずだ。今日から女性専用車両の位置が変わったのだろうか。それともたまたま、女性しかいない車両に乗ってしまったのか。


 電車はゆっくり進んだ。周囲でがさごそ音がする。隣の女性の体が僕の体に触れる。目を開けてみた。

 女性達は、服を脱ぎ始めていた。暑いのかと思ったが、様子が違う。車両にいる女性全員が服を脱いでいるのだ。男の僕が目を見開いているにも関わらず、彼女たちは上着を脱ぎ、スカートをおろし、ブラジャーのホックを外している。

 色とりどりの下着が目に入っくる。心臓が高鳴る。唾を飲みこむ。上着、ブラジャー、ショーツ、靴下、ストッキング、ハイヒール、ブーツ、サンダル。体から外れた衣類が車両の床に散乱する。

 車両の女性全員が、全裸になった。

 何だこれは? AVの撮影現場に紛れこんでしまったのだろうか。

 服を着ているのは男の僕だけだ。女性達はみな無言で、すました顔をしている。僕と目があってもさっと目をそらすだけ。僕は男として見られていない。というか人として見られていない。

 絶対AVの撮影だ。東京のど真ん中、通勤ラッシュの時間帯にこんなことをして、予算大丈夫だろうか。苦情は来ないのだろうか。

 カメラはどこだろう。男優やカメラマンがいないか探してみた。男の姿は見当たらない。裸の女性の中に撮影スタッフがいるのかもしれない。隠しカメラがしこまれている可能性もある。

 次第に僕の股間が膨らんでくる。下半身に血が集まる。やばい。変な想像はしない方がいい。あるいはこうなったら、僕も全裸になって、周囲に溶けこんだ方が気楽だろうか。いやそれもまずい。裸になったら勃起していることがばれてしまう。自然の本能行動であるというのに、勃起したペニスを知らない女性に見られるのは恥ずかしい。

 全裸の女性達が、それぞれ持っている鞄の中に手を挿入した。鞄の中で手がうごめく。みな真顔だ。

 彼女達は鞄の中から武器を取り出した。どこで入手したのか、拳銃、サブマシンガン、スナイパーライフルなどの銃火器を握っている。弾の装填が確認される。彼女達の手つきは、プロのように正確で手慣れたものだった。膨らみかけた僕の股間は、銃を目にするとともにしぼみ始めた。

 電車が次の駅に侵入する。車両が左右に大きく揺れる。僕の肩が隣の女性に触れてしまった。

「すいません」と小さな声で謝った。

 隣の女性は真顔で拳銃に弾をこめている。

 電車が停車した。扉の前には、洋服を着た女性達がいる。車内には僕以外みんな全裸で銃火器を持っているというのに、彼女達は無表情で車内を見たり、スマホをいじったりしている。

 扉が開いた。僕は急いでおりようとしたが、洋服を着た女性達が電車の中にどんどん入ってくる。車内に押し戻された。裸の女性と洋服を着た女性の体に挟まれる。

「すいません、おります」

 無理矢理おりようとしたが、人が多くて前に進めない。発車を告げる音楽が鳴り始める。


 乗降口に一人、スーツ姿の中年男性が立っていた。生地のよいスーツを着ている。鞄、靴、腕時計、どれも就活中の僕とは違い高級品だ。さながら大企業の役員かベンチャー企業の経営者といったところか。彼は、車両を見つめつつ、ホームに立ち尽くしていた。

 乗らない方がいい。ここは危険だ。

 彼を見つめながら、心の中でそう忠告した。

 扉の前に集まった全裸の女性達が、高級スーツの紳士に銃口を向ける。発車を告げる音楽が鳴りやむと同時に、何発もの銃声が響いた。青いストライプの高級スーツが一瞬で血染めに変わる。電車の扉が閉まる。

 電車が出発する。紳士は、ホームの床に倒れている。即死だろう。電車内では、先程乗りこんできた女性達が上着を脱ぎ始めた。

「あの、これって映画か何かの撮影ですか?」

 隣にいた女性に聞いてみた。彼女ももちろん全裸だ。黒髪のストレートで、普段は固い会社で働いていそうだ。

 彼女が持つサブマシンガンの銃口が僕の胸に当たる。

「それ、実弾入ってるんですか?」

 サブマシンガンの銃口が僕に向けられた。僕は鞄から手を離し、両手をあげた。

「あなたには消えてもらいます」

「ごめんなさい。もうすぐ面接なんです」

「どこの会社の面接を受けるの?」

「株式会社ふつうです」

 全裸のテロリストの眉がぴくっと震えた。今日受ける会社は、株式会社ふつう。IT系の小さな会社だ。

「株式会社ふつう?」

「そう、ふつうです」

 撃つな、撃つな。彼女の目を真っ直ぐ見すえて訴えかける。僕は何も悪いことをしていない。生きていることが罪だという屁理屈をのぞけば。

 電車が次の駅に到着した。僕は両手をあげたまま、かに歩きで電車の出口に向かった。何人もの裸の皮膚が僕の体に触れる。彼女達の脇や股間から女の匂いが漂ってくる。

 発車を告げる音楽が鳴り始めた。サブマシンガンの銃口は僕に向けられたままだ。

 幸いにも、この駅では乗客がいなかった。僕一人だけ、ホームの外に脱出した。

 聞く人に心地よさを生み出すよう設計された電子音楽が鳴りやむ。入口付近の女性達が一斉に銃口を僕に向けた。撃たれると思った。僕は咄嗟に左側にジャンプした。

 僕の立っていた場所に銃弾がぶちまかれた。ホームの奥、ベンチに座っていた男達に銃弾が当たる。男達は血を吹き出しながら、ベンチに倒れた。電車の扉が閉まる。銃は撃たれ続けた。



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